VillainのVはVOICEROIDのV   作:捩花

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感想に指摘してもらいました
後半部分に加筆する予定ですのでご了承ください
流れ自体は変わりません


Voice27 好き勝手に生きるヴィランであるならば

 窓の無い一室から、二人分のワイヤレスマウスのボタンを押す音が聞こえる。

 部屋の中央に置かれているスクウェアテーブルで、琴葉葵と結月紫はしかめっ面でパソコンの画面を睨みつけていた。

 足元でみゅかりがあくびをしている中、最後の仕上げとばかりに不必要な程の力でエンターキーを押した紫は、脱力して椅子の背に持たれかかる。 軋みを上げる椅子に身を任せ、彼は疲れた表情でみゅかりを拾い上げて抱きしめた。

 

「あー、終わったぁ」

「みゅっみゅっみゅあー」

 

 紫は疲れた精神を解消するため、みゅかりのフカフカな体に顔を埋めて息を吐く。 同時に作業を終えた葵もまた、凝っていない肩を回して体を解している。

 計ったかのように部屋の扉が開き、お盆に湯飲みと和菓子を載せて東北きりたんが入ってきた。

 

「お疲れ様です。 お茶をどうぞ」

 

 机の上に置かれたずんだ餅へ飛びつき口に放り込んだ紫は、蕩けた顔で頬に手を添える。

 

「ああ、疲れた脳に和菓子の甘味が染み渡る……」

 

 しばらく極上の菓子を味わいながら休憩を堪能し、乾いた喉にお茶をゆっくり流し込んで紫は息を吐いた。

 

「いやー参った。 あの薬、想像以上にヤバかったんだな」

 

 開き直った紫はセイカに頼まれ、解いていた物の意味を聞いていた。 個性を強制的に強化する薬の開発データと言われた時には耳を疑ったが、当初は彼も特に問題視していなかった。

 A組の目立たない生徒達に使うだけと聞いていたので彼女に任せるまま、むしろ強化された個性でこれからどんな活躍をするのかワクワクしていた所に、僅かに残っていた薬品が解析され、予想以上にこの世界にもたらす影響を知って青ざめた。

 葵は泣きついてきた紫の姿を思い出し、口元を隠しながらも彼に同意する。

 

「フフ。 ええ、本当に。 まさか全部使い終わったと思っていた入れ物を、目ざとく拾って警察に回していたなんて……油断していました」

 

 数分前に雄英高校にて、秘密裏に行われていた会議。

 ヴィラン活動へ舵を切った紫が意気揚々と有用な情報がないかと、あかり草を介して会議の内容を聞いていれば、世界規模の戦争などという物騒な単語が飛び出していた。 望んでいない予想外のシナリオが起こらないよう軌道修正する為、部屋に来ていた葵と共に情報封鎖を行った。

 雄英高校の面子に記憶消去を行わなかったのは、単純に彼らならば広めないであろうし、広めようとしても意味が無いからだ。 薬品の情報を保管していた警察は、今はもう実物及び記録は消失しており、その情報を知っている人々もヒーローを除いて忘れさっている。

 現在、紫達以外に薬品の情報を知っているのは、実物を目の前で見せられたヒーロー二人と、雄英の機密会議に参加した面々のみ。 そして、薬品の詳細な情報は塚内含めて知らされておらず、薬品の情報を広めようとしても、証拠を出すことができずに戯言扱いされるのが関の山となる。

 "頭文字(イニシャル)V"が再び実物を残さない限り、個性拡張薬はヒーローにとって事実上の都市伝説となった。

 紫は思いつく限り最善の策を実行し終えた事に安堵すると同時に、行った事に対する労力の手軽さに手ごたえを感じることができず、葵へ再度確認を取る。

 

「葵ちゃん、これで本当に大丈夫なの? パソコン上にある、あかり草のステータスに記憶消去《個性拡張薬関連》っていう項目を追加して、検索に当たった相手を指定して決定を押すだけでいいの?」

 

 彼の問いに、葵はこくりと頷く。

 

「はい、問題無いですよ。 既に警察関係者で記憶を持っているのは塚内警部だけです」

「はぇー、すっごい。 ゲームのデータをいじっているみたいだ」

 

 葵の視線がパソコンに向けられ、紫もパソコンの画面を見た。

 複数のウィンドウには立体の建築物データが映っており、その中で青色の棒人間が頭に黄色い花を咲かせ、右往左往と動いている。 画面左上に『関連記憶消去率』と書かれた横の数字が、数十秒前では零だった数字はあっという間に百へ届き、コンプリートの文字が画面中央で点滅していた。

 

「個性『VR』で、まさかこんなことができるとは。 このゲーム好き一般人の目をもってしても見抜けなかった」

 

 まじまじと画面の戦果を見ている紫に、きりたんがツッコミを入れる。

 

「いえ、即座に見抜けられたら既知であるとしか思えませんよ。 実現できる範囲も、マスターが寝ている時間に皆で調べましたから。 あ、実験相手は木っ端ヴィランなので気にしなくていいですよ」

「ふーん」

 

 見えない所でヴィランが掃討されている話を聞き流しながら、紫はしかめっ面で画面を見ていた。

 完遂したにも拘わらず、晴れた表情をしない彼の様子に、きりたんが首を傾げる。

 

「どうかされましたか?」

「んー」

 

 抱えていたみゅかりを机の上に置いて、顔を画面に向けたままぼそりと呟いた。

 

「適当に名付けたけど、そもそも個性『VR』ってなんだろうなって」

 

 誰に言うでもなく、自身に問いかけるように、彼は言った。

 その言葉にきりたんは持っていたお盆を落としかけ、葵は体を硬直させ、二人の目が紫へ向く。 冷や汗を流し始めた彼女達を余所に、彼は首を傾げながらパソコンの画面を見つめている為、挙動不審な葵達の様子に気づくことなく言葉を続けた。

 

「VRって、仮想現実だっけ? 虚空から武器を取り出したから、VRMMOゲームアニメみたいな個性だと思って、そう命名したんだけど」

 

 彼の個性は検査機関などで調べたわけでは無い。 記憶の中で近しい現象を探し出して当てはめただけである。 本来であれば、然るべき検査機関で調べるのが妥当ではあるが、この世界に来た当初は間を置かず倒れてしまった。

 幸か不幸か、もし病院で検査した結果、このとんでもない個性が明るみに出た場合、潜んでいるAFO(オール・フォー・ワン)に連なる存在から目をつけられる可能性は否定できないので、検査を受けなくて正解ともいえるが。

 考え込んでいる紫にきりたんは目と腕を忙しなく動かしつつ、どもりながらもやんわりと彼の言葉を否定した。

 

「そ、そこまで深く考える必要はないのでは? ほ、ほら! 切り離した体を浮遊させる個性で『トカゲの尻尾切り』とかあるんですよ。 ぶっちゃけ、この世界で個性の呼び方とか、それっぽい響きで、いいんじゃないですかぁ?」

「うーん。 まあ、そうだけどさ」

 

 端から見ればパントマイムをしているようにも見える、挙動不審なきりたんを前に気にする様子もなく、紫は目を閉じて深く考え込んだ。

 

「知っている物を作り出す……いや、引っ張っているような感覚? なら、とりだした武器が、消えるときにポリゴンになるのはどういう意味だ? そう思っているから? ゲームから引っ張ってきたから? いや、自分がそう思っているから? なら、それこそ生み出しているような感覚が無いのは? そもそも、距離が離れているのに影響を与えられたのは」

「みゅ」

 

 紫の頭にみゅかりが飛び乗った。 もみあげの様な腕を彼の耳を通して顎にひっかけてしっかりと体を固定すると、弾むように体を上下に動かし始め、それに合わせてみゅかりと彼の頭が振動した。

 

「みゅっみゅっみゅっみゅっ」

「…………。 ちょ、ああたたまゆれるるみゅみゅかりり!?」

 

 リズムに合わせて頭が上下に動き、ガクガクと紫の頭が揺れる。 しばらくは無反応だった彼だが、おもむろにみゅかりを両手で掴んで引き離した。

 特に抵抗しなかったみゅかりは机の上に下ろされると、大きく口を開けて腕をぱたぱた動かして机を叩く。

 紫にとって見慣れた行動に、机の上に合ったクッキーを取ってみゅかりの目の前に持っていった。

 

「はいはい、おやつね。 ……それできりたん、何だっけ?」

 

 もしゃもしゃとお菓子を食べているみゅかりを撫でながら、彼は先ほど夢中で考えていた様子が嘘のように、きりたんへ聞いた。

 呼ばれた彼女は一度、咳ばらいをしてから人差し指を立てる。

 

「マスターがこれからどうしたいか、ですよ。 ようやく関わることに本腰をいれてくれたのですから、どんなヒロアカの世界が見たいのか、という話です」

「ああ、それね」

 

 全く違う内容に、しかし紫は疑問に思うことなく彼女が切り出した話題に乗って考え込む。

 

「うーん、とりあえずは神野事件まで潜伏かなぁ。 オールマイトに勝てるわけが無いし、同戦力のAFOも当然。 これから物語は期末テスト、林間学校からの神野事件。 それでその後がインターンで……あー」

 

 物語を確認していると、紫は顔をしかめて声を絞り出す。

 

「インターンといえば、ほら。 あれだよ、うん」

 

 歯切れの悪い紫。 しかし、記憶を共有している二人も『あれ』という指示代名詞でありながら、言いたいことを理解して苦笑いを浮かべる。

 もしかしなくても、インターン編という物語の根幹を崩す一手。 ある意味、ヒーローアカデミアという作品で、最もシナリオのアンチヘイトを生み出した中心人物の一人。

 関わることで確実にシナリオが変わる相手へ干渉するのは、紫の考えからすれば悪手という他ない。

 

「うーん、やっちゃっていいものかなー? でも、ヴィラン側で動いてくれているマキちゃん達は敵連合に向かったし、あまり動きすぎてストーリーが変わりすぎるのもなー」

 

 しかし、唸って迷うくらいには『介入しちゃってもいいかな?』と思っている程に手を入れるか迷う相手。

 首を傾け脚で貧乏揺すりをしながら、指で机を叩いている彼の様子に、葵は立ち上がって傍へ赴き、紫へ助言を呈した。

 

「マスター。 私と東北の皆は外聞があるので大っぴらに動けませんが、多少ならば行動を起こすのに問題は無いと思いますよ。 いえ、うまく立ち回って見せます」

 

 紫が彼女を見れば、まっすぐ彼を見つめる青い瞳は、深い海のように光を吸い込んで彼の姿を映し出している。

 

「一番やってはいけない事、それは対抗できないオールマイトとAFOにマスターが捕まる事です。 逆に言えば、捕まりさえしなければ、何をしようとも問題ありません」

 

 紫は語りかけるその姿に既視感を覚えた。 まるで、ボイスロイドを起動して現れるウィンドウに映し出された、液晶の向こう側にいるような琴葉葵を見上げる。

 

「マスターの望むことを叶える……それが望みであり、存在意義です。 私達はマスターが楽しんでいる姿が好きです。 貴方が笑って、喜んでいる事。 それが皆にとって叶えたいことですから、マスターは気の向くまま私達に言ってください」

「葵ちゃん……」

 

 穏やかな顔で微笑む葵。

 紫はその表情を見て、目をそらし頬を掻きながら口を開いた。

 

「でもなぁ、万が一悪い方向に傾いたら嫌だしなぁ」

「えぇ……」

 

 踏ん切りの付いていない紫に、きりたんは半眼で肩を落とす。

 思いの丈をぶつけた葵は穏やかな表情のまま、紫の顔を両手で掴んで頬をむにむにと揉みしだきだした。

 

「そこは頷いてどうするか決める所ですよね? 恥ずかしくなってきたので、マスターの顔を好きにいじくりますね」

「あ、ちょ、やめ、その顔ダークサイドぉ!?」

 

 いつの間にか葵の顔が蔑むような表情で紫を見下ろしている。 心なしか額に青筋が立っているように見える彼女はぼそりと呟いた。

 

「牛と草しかない煉獄に連れて行ってあげましょうか?」

「割と洒落にならない地獄の指定はマジ止めて!?」

 

 二人のやり取りを眺めながら、紫の変わらない様子にこっそりと安堵の息を吐くきりたん。

 しばらくの間、じゃれ合っている様子を見ていた彼女は、ニヤリと笑ってコソコソと紫の後ろへ移動し、彼の脇の下に手を入れる。

 

「うぇっへっへっへ。 では、私は脇の下をマッサージして差し上げましょう」

「あっ、ちょっ、まっ!? そこダメ!? あははははは!! 息、息できない!?」

 

 悪乗りしたきりたんを葵は咎めることなく、むしろ二人掛かりで彼の体を押さえて紫の足裏をくすぐり始めた。

 じゃれ合っている三人の傍らには、机の上に放置されているパソコン。 葵の扱っていた方には、先ほどの作業をやっていた画面の他に、二人分の資料が映っている。

 

『雄英高校一年A組 期末実技試験官代理ヒーロー詳細』

 

 そこには、耳から二本の角らしきものが伸びてる女性と、頭部から角のようなものが伸びている男性に関する情報が映っている。

 結局、スリープモードで画面から映像が消え、様子を見に来たずん子によって二人の頭に拳が落ちるまでの間、紫は喉が痛くなるほど笑わされていた。




感想、誤字報告、指摘ありがとうございます

最早原作を読むのが
風景描写やキャラクターの性格や容姿の確認に使う程度になってきた



以下、補足な蛇足

・牛と草しかない煉獄
Steamで販売されているGrass Simulatorというシミュレーションゲーム
タイトルがシミュレーションなのに、遊び方はFPSガンシューティング
ギフト(お金を支払ってフレンドにゲームを送る)テロに上げられる作品
某動画投稿サイトには約180の動画がある
虚無ゲーなので動画にする場合、トーク力が試される草場

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