VillainのVはVOICEROIDのV   作:捩花

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Voice28 一年ヒーロー科A組 一学期期末 実技試験・前

 雲一つない快晴。 雄英高校が所有する広大な敷地にある訓練所の一つ、街を模したエリアに立ち並ぶ建物がドミノ倒しのように、轟音を立てて崩れていく。

 下手を打てば瓦礫の下敷きになる崩落現場で、黒色に白いラインの入った服をはためかせながら車道を疾走する少年が『Escape Gate』と書かれている場所を目指して悲鳴を上げながら向かっている。

 

「無理無理無理っ!! 逃げる以外にどうしろっつーんだよコレ!? 芦戸、なんとかできねーか!?」

 

 顔を向ける余裕すらない上鳴電気の後ろには、傾いていく建物ともう一人の生徒が追走している。 フェイクファー付きのベストを着た、ピンクの髪から角がぴょこんと生えている芦戸三奈もまた、悲鳴を上げながら背後に迫りくる恐怖から逃げていた。

 

「溶かすには量が多すぎるよ! とにかく脱出ゲートに……」

 

 二人が進む道路の先、左右にある建物が崩れて瓦礫の雨が降り注ぐ。 幸い、彼らから離れていた場所だったので飛び散る破片は二人に届いていないが、現状を終わらせることのできる場所へ続く道を塞がれ、脱出路が見えなくなった上鳴の顔が青ざめる。

 

「やべぇ、ゲートの道が!」

「上鳴! そこ危ない、こっち!」

 

 芦戸の声に疑問の声も出さず身を翻し、彼女を追ってビルの隙間へ飛び込む。 転がりながらも受け身を取り、少し前にいた場所へ視線を向ければ、上から広告看板が落ちて金属音を響かせながらひしゃげて地面に倒れる。

 轟音が遠ざかっていくのを聞きながら、上鳴は一難去ったとばかりに安堵の息を吐きつつも悪態をついた。

 

「くっそー。 B組に教えてもらっていた、例年通りのロボットが相手だったらなぁ! 一人でもゲートから逃げるか、ハンドカフスを先生につければ終わりだけどさ。 体重半分の重りっつーハンデ貰っても意味無くないか!? 制限時間三十分で、できんのコレ!?」

 

 上鳴は手に持ったハンドカフスを見て口を歪める。

 期末試験前日。 食堂にて、よく口の回るB組生徒が非礼を働き、そのクラスメイトからお詫びに教えてもらった期末試験の情報。 又聞きではあったものの、ロボットを使う試験内容と聞いて簡単に突破できるだろうと高を括っていた上鳴は、当日に知らされた試験内容の変更に、最も煽りを食らっていた。

 ロボットの代わりに相手となるのは頭脳派の根津校長。 被害を考えなければ、未だ姿を見せず二人を窮地へと追いやっていくという、現役ヒーローですら手を焼く手腕に、一生徒である二人は対抗する術を持たない。

 芦戸が音の無くなった道をのぞき込み、上鳴に向いて首を振った。

 

「どっちの道も無理だよ。 ゲート側なんて瓦礫の崖みたいになってる」

「登るにしても危ねーし、時間もかかる。 これ、もう校長見つけるしかなくね?」

 

 根津校長を捕まえる為の戦闘力で言えば、上鳴一人でも十分であろう。

 最大の障害として、個性『ハイスペック』を持つ根津が作り出した瓦礫の迷路を突破し、居場所の分からない校長の場所まで辿り着ければの話だが。

 大きな穴のある上鳴の案に、芦戸は拳を握って頷いた。

 

「それしかないよね!」

「だよな! 校長は個性『ハイスペック』、体を動かすのは苦手なはずだ!」

 

 良くも悪くも、上鳴と芦戸は情報を前向きに捉え、かつ単純に行動する傾向がある。 もう一人誰かが居たならば、個性による頭脳戦の警戒を提言するだろうが、生憎この場にいるのは二人のみ。

 

「建物が倒れていない所に行けば、絶対いるっしょ!」

「よし、行くぞー!」

 

 意気揚々と建物の陰から飛び出した二人。

 崩れる音が鳴り止んだ施設内は、既に大半の建築物が積み木のように重なり合っており、複雑な迷路と化した事を彼らはまだ知らない。

 

 

 

 上鳴と芦戸が元気よく走っていく姿を監視カメラが捉えている。

 その映像を映し出しているノートパソコンは、このエリア内で唯一建設途中の屋上にあるクレーン車の中。 映像を見ながら寛いでいる根津校長は両手の平を上に向けて言った。

 

「HAHAHA。 だめだね、こりゃ」

 

 試験開始と同時に校長は施設内にあったノートパソコンを重機内に持ち込み、狭い空間で入れた紅茶を嗜みつつ遠隔操作で監視カメラを操って、理想通りになった敷地内の瓦礫迷路を再度確認する。

 

「いくつかルートは残してあるけれど。 その場のノリで行動してちゃ残り時間全部を使ってもゲートどころか、ボクの所に辿り着くこともできなさそうだ」

 

 根津校長があれやこれやと考えていると、施設の至る所に設置されているスピーカーから、リカバリーガールによる試験突破の放送が流れた。

 

『報告だよ。 最初に条件を達成したのは轟・八百万チームさ』

「おっと」

 

 根津は即座に携帯電話を取り出し、放送されたチームを担当していた相澤消太へ繋げる。 きっちり三コール後に繋がると、校長は嬉しそうに口を開いた。

 

「随分と二人とも成長していたようだね、相澤君」

『はい。 ……特に八百万には驚かされました』

 

 打って変わって相澤の声は少しばかり重い。 常日頃聞いている同僚であれば、気落ちしていると気づく程度の変化。 根津もその感情を感じ取りつつ、続きを促す。

 

『エッジショット事務所で小道具を覚えてきたのか、煙幕を使いつつ搦め手で徹底的に対策をしてきました。 得意の鳥もちによる捕縛布の無力化。 轟の炎による乾燥の誘発でゴーグル越しでも目を瞬きする回数を増やし、予測した進行通路に赤外線センサーを設置してこちらの位置を把握。 建物の屋上から接近するように誘導し、空中から接近したところに予め作っておいたコンクリート模様の布による視線遮断、最後は布ごと轟の大氷撃で拘束……』

 

 一つため息を挟み、相澤は結果を述べる。

 

『敵の個性が既知である前提でしたので、合格範囲内かと』

「HAHAHA、声が渋い。 素直に褒めてあげなよ、喜ばしい事じゃないか。 ヴィラン鎮圧だけならば、もうプロヒーロー一歩手前にいるんじゃないかい?」

 

 校長の生徒を褒める言葉に、相澤は即座に否定した。

 

『いえ、まだまだです。 相手の個性が不明であれば、こうも上手く行かなかったでしょう。 実際に、八百万はセンサーとその予測した範囲外からの奇襲に動けませんでしたし、轟は最近になって炎を使い始めた弊害で扱いが大雑把過ぎます。 八百万は不測の事態に対する行動速度、轟は炎のコントロールが今後の課題です』

「HAHAHA。 一年生でこれなら、業界に入った後にヒーロービルボードチャートへ載る日も、そう遠くないね!」

『……』

 

 明るい未来を語る校長に対して、反応のない相澤。 彼も喜んでいないわけでは無い。 しかし、八百万の成長に深く関わっているのが、敵連合襲撃事件に紛れていた"頭文字(イニシャル)V"である事が気に食わなかった。

 会議によって方向性の見えた"頭文字V"の行動目的。 相澤には理由がわからないが、彼が教鞭を振るうA組を狙って身体と個性の底上げを図っている理解できない存在。

 たとえその行動信念が次代育成だとしても、薬品を使ってでも手段を選ばない行動に同意できるはずもない。 さらに、生徒の成長に大きく影響を与えている事実から、目を逸らせるほど小さい事ではなかった。

 腹の底に溜まっていく鬱憤。 表に出ない仏頂面に感謝する日が来ると思っていなかった彼は、話を逸らすべく校長が担当しているチームは、未だ終了のアナウンスが流れていない事への疑問を投げかける。

 

『そちらはまだ、終わっていないようですが』

「もう終わったようなものさ。 二人分、合宿の補習準備はしておいてね」

『……わかりました』

 

 電話越しでも分かる、落ち込んだ声を最後に電話が切れた。

 根津は紅茶を入れなおすとノートパソコンの画面を見る。 未だゲートにも校長の元へも辿り着けていない生徒二人の様子に、一つため息を吐いて別の試験会場に思いを馳せた。

 

「さて、他はどうだろうね? ボクの予測では砂藤君と切島君のペアが、ここの次に危なさそうだけど」

 

 頭の中でシミュレートしていると、スピーカーからリカバリーガールのアナウンスが流れ、試験終了者の名前が公表された。

 

『報告だよ。 蛙吹・常闇チーム、条件達成さね』

 

 合格した生徒のアナウンスを聞きながら、根津校長は優雅に紅茶を一口含む。 地上では未だに右往左往している生徒達をパソコン越しに眺めつつ、他のチームがどのように試験を突破するのか思考を巡らせていた。

 

 

 

 

 大氷塊が生えている施設から、数キロ離れた訓練場。 同じような街並みの中にちらほらと緑の見える公園がある場所で、脱出ゲートから離れた道路に灰色の蕾が咲いていた。

 コンクリートの花弁に包まれているのは、赤いツンツン髪に露出度の高いヒーロースーツを身に着けた切島鋭児郎と、黄色の全身タイツという覆面レスラーのようなコスチュームを身に纏っている砂藤力道の二人。

 道路に使われている身近な物質が盛り上がり、いくつも壁となって進路を妨害してくるのを、二人は片っ端から拳で粉砕していた。

 切島は目の前の壁を壊すと、拳を止めずに力道へ怒号を飛ばす。

 

「砂藤ぉ! 糖分の残りは!?」

 

 コンクリートへ与えられる打撃音と崩れ落ちる粉砕音が絶えず鳴り響く中、切島と同じく障害物を拳で砕いている力道もまた、腕を動かし続けながら大声で答えた。

 

「あと一袋!!」

「もう持たないって事だな!」

 

 自分たちが不合格一歩手前だという事を確認して、現状を打破するために立ちはだかる壁を手あたり次第に壊し続けた。

 二人の試験担当教員はセメントス。 個性・セメント。 コンクリートという、現代社会において圧倒的な使用率を誇る素材を自在に操り、敵対者を捕らえることを得意とする雄英高校教員の一人。

 自分達では手の届かない遠隔から無力化を仕掛けてくる相手に、力道達は打つ手無く消耗戦を強いられていた。

 不毛な攻防に、切島が悲鳴を上げる。

 

「終わる気配が無ぇ! つーか先生、始まる前に『積極的に行くよ』って言ってたけど! 積極的すぎるだろ!」

「セメントス先生は個性を使う場合、手が触れていないと操れない。 だから、攻撃を始めた位置からほとんど動いていないはずだ。 そもそも、この壁を突破できなければ、俺達は移動すらできないが!」

「砂藤、何か策ないか!? 俺は思いつかねぇ!!」

 

 教鞭を振るう時の温和なセメントスのイメージとはかけ離れた、確実に獲物を狙う狩人のような執拗さに突破口を探す暇すら与えてもらえない。

 自身の力が及ばない現状。 力道は状況こそ違えど、格上の相手と対峙した職業体験と今の状況を重ねていた。

 

(あの時に似ている。 敵が目の前にいるのに、何もできない無力感が……)

 

 握っていた拳をさらに強く力を入れて振り上げ、壁を破壊する。

 無尽蔵とも思える相手の攻撃に、職場体験の経験からヒーロー達の行動を思いだし、拳を振るいながら周囲を見渡した。

 

(どこかに突破口があるはず! あの得体の知れない空間じゃないんだ。 必ず……空間?)

 

 力道が思い出すのは、見上げるほどに巨大な大蛇。 記憶に導かれるように見上げると、そこにはコンクリートが幾重にも伸びて青を塗りつぶすように灰色がゆっくりと広がっている光景だった。

 彼はポーチに入っている角砂糖の詰まった袋を取り出し、入る分だけ口に入れて噛み砕き、喉を無理やり動かして胃に流し込む。

 個性を動かす燃料が体の中に行き渡ると、隣に立つ切島に提案を持ちかけた。

 

「切島! 負けるなら、逃げるのと立ち向かうのと、どっちがいい!?」

 

 端から聞けば負け前提の話に、切島は迷うことなく答える。

 

「そりゃ勿論! 漢はいつでも前のめり!!」

 

 力道は目の前に生えてきたコンクリートを粉砕すると、腰を深く落としながら自分の肩を指し示して啖呵を切った。

 

「俺の賭けに付き合ってくれ!」

「おうよ!」

 

 説明する時間など不要と、切島は力道の上に飛び乗る。 背中に乗った重みを感じたと同時に、力道は自身の個性を全て解放した。

 

 

 

 生徒達のいる場所から、約五十メートル離れている道路上。 直方体の顔をした雄英教員の一人であるセメントスは、手から伝わる違和感に目を細めて笑った。

 

「気づいたね」

 

 二人分の地面にかかる重さが一つになり、背負ったのか担ぎ上げたのかは分からないが、残しておいた道に気づいた事をセメントスは素直に喜んだ。

 

(とはいえ、ただ逃げるだけじゃすぐ同じ状況になる。 道路は基本的にコンクリートが使われているし、建物もそうだ。 君達は私の個性を知っていたからこそ、真正面かつ敵が圧倒的有利になる場所で戦うべきじゃなかった。 一応、この訓練場には広い土の公園や芝生の公園とかもあったんだけどね。 私の警告を無視してそっちから近づいてきたんじゃしょうがない)

 

「さて、彼らの次の手……!?」

 

 個性を扱うのに集中していたセメントスは、包囲網からでたはずの二人を目視するべく顔を上げて目を見開く。

 予想通り、彼らは覆っていたコンクリートの唯一である空いた天井から飛び出した。 ただ、その姿を見れたのは一瞬。 セメントスが予想した以上の速さで、切島を担いだ力道は弾丸のように上空へ飛んでいった。

 

「やれやれ。 聞いていたより、大分強くなっているじゃないか!」

 

 伝聞で聞かされていた砂藤力道の個性強化。 見違えるほどの出力に驚きつつも、セメントスは即座にコンクリートを操作する。

 彼らの狙いは明白だった。 投擲による切島単独のゲート一点突破。 高々度から切島を投げることで、セメントスに邪魔される事無くゲートに辿り着ける。

 

「でも、そのまま通す事はできないよ!」

 

 故に、彼は自身の背後から五メートル四方のコンクリート柱を天高く伸ばして妨害を試みる。 たとえ切島がいくら硬かろうが、壁の中で止まるか失速してしまえば、セメントスにとって捕らえることは簡単な事だった。

 しかしその考察が、彼にとって最大の誤算となる。

 力道は彼の予想通り、空中で振り上げた両手で切島の脇を掴んでいる。 その二人が視線を向ける先はゲートではなく、教員であるセメントスへ狙いを定めているのに気づいたのは、妨害壁を投擲予想高度まで伸ばしきった時だった。

 

「「シュガーキャノン・烈怒頼雄斗(レッドライオット)バレットォー!」」

 

 足場の無い空中であるにも関わらず、文字通り弾丸のように切島が放たれ、一直線にセメントスへ向かって落ちてくる。

 

「逃げずに向かってくるとはね!」

 

 セメントスは背にした灰色の柱を曲げて壁にするか、そこから壁を作るか、地面から壁を作るかの三択に一瞬迷った末、道路から次々と防壁を生み出して相手の攻撃に備えようとした。

 背の柱を曲げるのは時間がかかるが、柱から壁を生み出せば地面よりも早く自身を覆う壁を作ることができる。 しかし、セメントスの個性はあくまで特定の物質を流動させて作り上げているので、一部分だけを動かそうとすれば偏った質量により全体のバランスが崩れ、予期せぬ被害を招く可能性が高い。 特定の場所だけを動かす場合は物質の形状維持に集中せねばならず、周囲の安全を含めてどうしても操作が遅くなってしまう。

 セメントスは今までの経験から、反射的に速度を優先して複数の壁を作り上げる。

 彼が防壁を急ピッチで作り上げている中、そこに高速で飛び込んでいく切島は未知の恐怖に全身を強張らせていた。

 

(怖い! すげぇ、怖い!!! けど、ここで竦んだら漢が廃る!)

 

 力道から託された試験突破の一手。 彼は体の震えを誤魔化すように雄叫びを上げながら、腕を交差させて目の前に迫る壁へ突っ込んだ。

 

「うぉおおおおぁああああああああ!!!」

 

 灰色の防壁を次々と突破していく。 予想した以上の破壊力に、セメントスは追加で壁を作り上げようと地面につけた手に力を込める。 同時に、彼の目の前に出していた壁が轟音と共に崩れ、交差した腕と体の間に持っていたハンドカフスを構える切島がすぐそこに着地した。

 たかが一瞬、されど一瞬。 迎撃に迷っていた刹那の時間によって、丁度よくセメントスの前に切島が辿り着いた。

 セメントスは咄嗟に距離を離そうと、手に力を込めて地面を突き飛ばす。

 そして、彼は気づく。

 

(あー、これは)

 

 ハンデとして身に着けている重りによって、いつもの力では動きに必要なパワーが足りず、動作が遅くなってしまう事に。

 動かずに迎撃できる彼にとって、枷になっていなかったハンデが牙を剥き、切島の目の前に両手を突き出す格好となってしまった。

 そして、切島は罠を疑うことなく、罠があったとしても踏み壊す勢いでハンドカフスをその腕に掛ける。

 カチリとカフスがロックされる音が響き、試験の終わりを二人に告げた。

 切島はしばらくの間、ハンドカフスを掛けた姿勢で固まっていたが、セメントスが地べたに座り込んだのを見て勝鬨を上げる。

 

「っしゃあ!!」

「……お見事!」

 

 嬉しがる切島の隣で、セメントスは試験終了の合図をリカバリーガールの元へ送る。 すると、間を置かずにアナウンスが放送された。

 

『報告だよ。 切島・砂藤ペア、条件達成さね』

 

 自分達の試験が終わりを告げた事を理解し、切島は踵を返して力道のいるであろう場所へ走っていく。

 

「砂藤ー! 賭けに勝ったぞー!! すっげーなお前、何だあのパワー!!!」

 

 喜んでいる生徒の後ろ姿を眺めながら、一仕事終えたセメントスは手の平を閉じて開く動作を繰り返しながら呟いた。

 

「……もう少し、体も動かさないとな」

 

 彼が雄英に就職してから、教鞭の他には基本的に設備の修復業務が主となっている。 鍛錬不足を痛感したセメントスは密かにトレーニング増量を決意した。

 そこに、慌てて切島が戻って来るのを見てセメントスは首を傾げる。 帰ってきた彼は息を切らしながらもコンクリートに包まれた場所を指さして教員に助けを求めた。

 

「せ、先生! 砂藤が糖分不足で倒れています!」

「ふむ。 乗ってきたバスにスポーツドリンクがあるから取りに行きなさい。 その間に彼をここへ運んでおこう」

「了解ッス!!」

 

 切島がゲートに向かって走っていくのを見送り、セメントスはコンクリートを操って力道の居場所を確認する。

 二つの穴が開いている隣に力道は横たわっていた。 その穴は倒れている彼の靴底型をしたへこみだったので、着地までは個性を保っていたようだが足を抜いた直後に倒れたらしい力道を、コンクリートを流水のように移動させて連れてきた。

 試験突破の要だった彼はか細い声でうわ言を呟いている。

 

「糖分……糖分……」

「消耗戦に弱いのは相変わらず……と」

 

 セメントスは彼の口に、持っていた飴玉をねじ込む。 生徒が飴玉を無心に舐めだしたのを見届けてから壁を作って寄り掛かり、もう一人の生徒が戻って来るまでの間、彼は青い空に浮かんでいる丸い雲を眺めていた。

 

 

 

 

『次いで、口田・耳郎ペア。 条件達成さね』

 

 スピーカーから、次々と試験を突破したと情報が流れていく。

 周囲で破砕音と爆発音が鳴り響く中、緑谷出久は放送内容に気を割く余裕なく、崩れた壁にもたれかかりながら顔を持ち上げた。

 目の前には彼のチームに当てられた試験官である、赤い角兜と武者鎧を身に着けた老人が仁王立ちしている。 年寄りとは思えないほどの覇気を体から放ちながら、腹の底に響く重低音の声を武者は緑谷へ放った。

 

「無様。 その一言に尽きる」

 

 真正面からの侮辱。 しかし、ボロボロにされた緑谷は言い返すことができない。

 ヒーローオタクである緑谷でなくとも、ヒーローの情報を集めている者ならば誰もが知っている。 ヒーロービルボードチャートに名を連ねる強者の名前を、緑谷は震える足で立ち上がりながら噛み締めるように呼んだ。

 

「具足ヒーロー・ヨロイムシャ……!」

 

 オールマイトと同じく、もしくはより長く。 騒乱の時代を生き抜いたヒーロー。 現役の老兵が彼の前に立ち塞がっていた。




感想、誤字報告、ご指摘等有難うございます

原作に詳細が出てきていないキャラクターは基本的に独自解釈、独自設定のタグ通りとなります(今更)

てか何でヨロイムシャの出番がないのか
鎧か!? 書きにくそうな鎧が悪いのか!?

あと、感想で指摘された加筆修正部分は今月中には修正……したいなぁ

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