弦巻マキが敵連合の拠点で顔合わせをしているのと同時刻。
世間は休日ということで、東北じゅん狐堂の看板娘である三人は平日よりも多い来客者への対応をこなしていた。
やっと順番の回ってきた女性客……黒髪のツインテールに前髪を白く染め、リボンタイを付けたワイシャツ風コスチュームのヒーローがそわそわと品物を待っている。
そこに、売店の奥から注文した商品を持ってきた東北ずん子を見て、彼女は小さくガッツポーズをとった。
「ずんだスムージー四つ、ずんだシェイク三つ、それと特製ずんだ餅六つのご用意ができました」
「っしゃ! 今日は買えたっス! 事務所でみんなと食べるっスよー!!」
箱詰めされた戦利品を高々と上げている彼女の隣では、頭部から髪の一部が伸び、その先に口の付いた球体が繋がっている和服の男性もまた、スタッフの東北イタコへ購入する商品を伝えている。
「ずんだ羊羹を一本、ずんだ煎餅を一袋。 それから……」
「ずんだロールケーキ十本にずんだモンブランケーキ十号をグェッ」
勝手に喋りだした後頭部の口を、彼は強く握りしめて黙らせた。 眉間にしわを寄せながらも、彼は少し顔を赤らめて追加注文を口にする。
「……ロールケーキ一本とモンブランケーキ四号を一つ、お願いします」
「はぁ~い、ご用意しますので少々お待ちくださいませ~」
ぱたぱたとイタコが奥に消え、数分も経たない内に戻って袋に入れられた商品を渡す。
たった二人で売店を滞りなく回している様子に、店内でずんだ餅をつついているトイプードルの着ぐるみの様なコスチュームを着た女性ヒーローが眺めている。
隣にいる同行者の男性……目の周りを青色の星形に塗り、紅白のストライプ服を着た男性ヒーローに言った。
「すごいなー、この店。 手際がいいし、お菓子も美味しいし! ね、鈴木!」
「トイトイ……それには同意する。 が、せめて事務所以外の場所ではヒーローネームで呼んでくれ」
鈴木と呼ばれた男は肩を落とし、ずんだ餅を頬張りながら周囲を見渡した。
店内では、イートインスペースで買った商品に舌鼓を打つ者、誰かのお土産にと持ち帰っていく者、そして個性使用許可場のキャンセル待ちで買った飲食物を食べながら、休憩スペースで時間をつぶしているグループに分かれている。
売店の忙しさとは裏腹に、個性使用許可場の受付を担当している東北きりたんは予約制の為、人の並んでいない受付の椅子に座っているように見える。
しかし、それは端から見ていればそう映るだけで、彼女はタブレットにペンを走らせながら、ブツブツと呟きつつ液晶画面とにらめっこしていた。
「Aルーム、ターゲット追加。 Jルーム、終了時間が迫ってるのでお知らせ……。 Dルーム、ドリンクを小型昇降機で搬送……。 え、Hルーム、ターゲットが足りない!? いやいや、確かに送ったはず。 ……ちょっとぉ、消費し終わっただけじゃないですか! ちゃんと追加っていってくださいよ、もぉ!」
従業員がそれぞれ業務を全うしていると、飲食スペースにある柱時計から十二時を告げる鐘が鳴る。
きりたんは視線を売店スペースへ向けた。 店の外まで並んでいる行列を見て、レジカウンターに向けてしゅっと片手を上げて立ち上がる。
「ずん姉さま、イタコ姉さま。 ぱぱっとお昼を済ませてきます」
「いってらっしゃい」
「ゆっくりでいいわよ~」
二人の返答を聞くや否や、すたたたたたっと建物の奥へ小走りに駆けて行った。
それを見ていた来客者達は一人早めの昼食かと思い、気にする者はいない。
きりたんは売店スペースから人目の届かない通路の奥を曲がり、段ボール箱が積まれている行き止まりへ飛び込むと虚空へ消えた。
次に彼女が現れた場所は灰色の通路。 真直ぐ伸びた四方を壁で囲まれた道に一つだけある扉。 紫のいる部屋の前に立ち、手の平を上に向ける。 すると、上からサンドイッチやハンバーガーなどが現れ、いつの間にかきりたんが持っているトレイへと落ちて並んだ。
彼女は笑顔を浮かべ、意気揚々と扉を叩いて部屋へ入る。
「マスター、お昼ごはんです……よ?」
そこには誰もいなかった。
電気の消えた、がらんどうの部屋を素早く見渡すと、部屋中央のテーブルに乗っているメモ用紙を発見して拾い上げる。
『皆へ
忙しそうだったので声はかけませんでした
体調がだいぶ良くなったようなので
運動がてら外を散歩してきます
居場所は隠蔽しておくので邪魔しないでください
ゆかり』
「…………」
メモを読み終え、半眼になっているきりたんは無言で昼飯の載っているトレイをテーブルへ放り投げた。
放物線を描きながら、放り投げた物は白い楕円模様が浮き上がっており、突起物のある歪な黒い球となってテーブルに着地する。 変形したソレは二本の手のような足で立ち上がると、きりたんを一飲みにできそうな口から赤い液体を滴らせて、何かを探すように体をゆっくりと動かしている。
きりたんへ歩いてくる黒塊を見て、彼女は口をへの字にして呟く。
「マスターがほとんど忘れていた存在も完璧に生み出せている……個性の出力が上がっているという事は、マスターはお休みの状態ですね。 ……まったくゆかりさんは。 いつも一緒にいるのに、独り占めして狡いですよ、もう」
彼女を食い殺さんと大口を開けて襲いかかる化け物を背に、きりたんは軽く手を振って握る。 まるで握り潰されたようにひしゃげて飛び散り、蜃気楼のように化け物は掻き消えていく。
その様子を見届けることなく、彼女は頬を膨らませて部屋から出ていった。
雄英高校の近くで最も大きい商業施設、
ヒーロー科A組の約半数が、林間合宿に必要な物を揃える為に買い物へやってきていた。
それぞれが探し物を買いに散っていった後、緑谷はかつてUSJ事件で襲撃を仕掛けてきた死柄木に首を掴まれ、休憩スペースのベンチに座って問答を強要されていた。
死柄木はステインと自分がどう違うのかを緑谷に問いかけ、「ステインの行動に納得はできなかったが理解はできた」という答えに、死柄木の中にあった眩しいほどに鬱陶しい原因を理解した。
「何でヒーロー殺しが鬱陶しかったのか、お前もムカつくのかがわかった気がする。 全部、オールマイトだ」
寒気が走るほどの悍ましい笑顔を浮かべた彼はギリギリと緑谷の首を締め上げる。 喉仏を握りつぶされそうなほどの力に、緑谷は何かを言っているヴィランの拘束から逃れようとするが、死柄木は感謝を述べながらも、さらに締め上げて脅す。
「会えてよかったよ、緑谷! おっと、暴れるなよ。 人が死んでもいいのか? お前のせいでそこらを歩いている人間が簡単に死ぬぞ?」
ヴィランの脅しに、緑谷は首を掴んでいる手に触れるだけで抗う事ができない。 締め付けられる痛みに涙を浮かべながら、酸欠の彼は我慢の限界に至り、空気を求めて無理やり喉を膨らませた。
「はぁーっ! はぁ、はぁ……あれ?」
難なく呼吸ができるようになり、緑谷の目が点になる。 相変わらず首は死柄木の手で締め付けられている。 にも関わらず、呼吸どころか掴まれている痛みすら消えている事に彼は困惑した。
その様子に、死柄木も盛り上がっていた気分が消沈して顔をしかめる。 本来は気晴らしに出てきただけなので、ここで騒がれても困るので黙らせるために再び強く握りしめるが、当の緑谷はきょとんとした顔で苦しそうな顔すらせずに戸惑っていた。
力を込めているのに平然としている緑谷に、死柄木は元凶かと疑いの目を向ける。
「……おい、何なんだこれは。 お前の個性か?」
死柄木の問いに緑谷はブンブンと頭を振って否定した。
首に指が食い込むほど絞めているのに苦しくないという、奇妙な出来事が起きていると理解した彼は、いつの間にか目の前に立つ人影に気づいて視線を向ける。
「餓鬼、見世物じゃないぞ」
死柄木の言葉に釣られて、緑谷も目の前に佇む黒いパーカーを着た人間を見る。 そこには緑谷よりも少し背の低いだろう人物が、二人を見ながら薄い黄色のソフトクリームを舐めている姿があった。
黒兎の様なフードの中に見える顔は中性的で、よく見れば薄紫色のワンピースを着た女性であることに気づいた緑谷はヴィランに睨まれている彼女へ、必死に平静を取り繕った。
「あの、大丈夫ですから! 何でもないですから!」
「涙浮かべながら首を絞められておいて、何でもないは無いでしょうに」
女性は半眼になってため息を吐くと、ソフトクリームを持った手の小指を伸ばす。
すると、緑谷達の目の前に彼女が食べているソフトクリームと同じものが、文字通り虚空から浮かび上がって現れた。
現状への理解が追い付いていない二人に、女性はクスリと笑って浮かんでいる物を食べるように勧める。
「ただの栗きんとん味のアイスですよ。 遠慮なくどうぞ、ガブっと」
「アイスは噛り付くものじゃないと思います……」
緑谷の呟きに、我に返った死柄木が立ち上がろうとして、体が動かない事に気づいて怒号を放つ。
「お前、何しやがった!」
ヴィランが放つ怒りの声を何処吹く風と、受け流している女性は悪戯顔で答えた。
「呪いをかけました。 目の前のアイスクリームを食べて、かつ私とお話をしないと、他人に認識されず、ここから移動できない呪いを」
「えぇ……」
緑谷もまた腰を上げようとして動かない事に、少なくとも目の前の女性がどういう原理かは分からないが、この場に自分達が縛り付けられている事を把握した。
食べかけのアイス片手に、女性は礼儀正しくお辞儀して名乗りを上げる。
「ああ、申し遅れました。 "頭文字V"という名称でヴィラン活動をしている、結月ゆかりと申します」
堂々とヴィランを名乗る女性。
それなりに大きい声で言ったが、彼女の後ろを通り過ぎている通行人は何も聞こえていないかのように素通りしている。 その様子を見て、緑谷は自称ヴィランが言った『他人に認識されない』という事が実際に起こっている事を理解する。
同時に、ゆかりと名乗った女性を見て、緑谷の体の内側がむず痒いような、得も言われぬ感覚が沸き上がってきた。
(あれ、体が……?)
体内の変化に困惑している緑谷を余所に、昼下がりの公共の場で堂々と犯罪者を名乗る相手を前にして、死柄木は胡散臭そうに顔をしかめた。
「……で、お前は俺をどうしたいんだ」
意図の解らぬ相手に死柄木が疑問を口にすると、ゆかりは肩をすくめながら答えた。
「先ほどから言っていますが、ちょっとお話をしたいだけですよ」
彼女の言葉に、死柄木はつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「必要ないな。 むしろ気分は最悪だ。 せっかく」
「せっかく『オールマイトのいない世界を創り、正義とやらがどれだけ脆弱かを暴いてやろう』と思ったのに、ですかね?」
「……!?」
先ほどの緑谷との問答で、心の内に生まれたばかりの思いを明確に口に出され、彼は目を見開く。 その様子をゆかりはおかしそうに眺めながら、空いている手をひらひらと振った。
「ご心配なく。 別に脳内を読んだりとかはしていませんので」
死柄木達を見ながら、アイスクリームを啄んでいるヴィラン。 得体の知れない相手に、死柄木は一挙一動を警戒して空いている左手の平を顔の前に構えた。
「……用件は何だ」
「繰り返し言ってますが、ちょっとお話がしたいだけですよ」
繰り返すのに疲れたのか、アイスクリームの残りがコーン部分だけになってしまったゆかりは、ため息を吐いて呆れている。
その態度に死柄木の苛立ちが増していく。
「だから、さっさと用件を言え!」
彼の怒号に、ゆかりはすまし顔で鼻を鳴らす。 そして、まるで演劇役者のような動作で胸元に手を置いて言った。
「世間話の一つもできないんですかね。 例えば、目の前にいる美少女のこととか」
「美少女を自称している人、初めて見た……」
目の前で好き勝手している女性に、緑谷は口を開けて唖然としている。
死柄木は話にならないと、未だに目の前で浮いているアイスクリームを乱暴に掴んだ。 彼の予想と違って、五指で触れても崩壊しないソレに目を見開いていると、ゆかりは空いている手の指を振って無言の疑念に答える。
「残念ですが、呪いの効果中では個性は無効でーす。 しっかり味わって食べて下さい」
彼女の言葉に、しかし死柄木は聞く耳持たず、ガツガツと口の中へ入れてあっという間に食べ切った。 緑谷の首から手を離し、額に指を当てながら彼は立ち上がると、舌打ちを一つ打ってゆかりを一瞥し、彼女の横を通って立ち去る。
「チッ。 お前の姿は覚えたからな。 オールマイトの次に殺してやる」
「ふふふ、それは恐ろしい」
一欠片も怯える様子無く、ゆかりはひらひらと手を振って見送った。
人込みへ消えたヴィランの姿に、緑谷は締め付けられていた首元を擦りながら、未だに体内で動いている何かを感じつつも、ゆかりと名乗った女性に声をかける。
「あの……。 ……!?」
彼は突然、体を硬直させた。 体内に感じていた違和感が急に強まり、まるで誰かが無理やり彼を動かそうとしているように、緑谷はぎこちない動作で手を伸ばす。
その先にいたゆかりは少しだけ首を傾げると、薄らとほほ笑んだ。
「ああ、そちらは反応がありましたか。 それだけでも散歩した甲斐がありましたね」
体が無理やり動こうとする緑谷は、彼女の個性らしき能力でベンチに縛り付けられている為、ゆかりへ近づく事ができない。 段々と個性の出力が上がっていき、軋む体が引きちぎれるような苦痛を味わいながら、彼は口を動かした。
「あ、貴女は一体……」
絞り出した言葉に、ゆかりは薄く笑みを浮かべ、彼に近づいてそっと耳元で囁く。
「"一流のバッドエンドよりも、三流のハッピーエンド"」
「それは何……ぐっ!?」
個性の出力がさらに上がり、もはや言葉すら発することもできなくなった緑谷は、引き千切れそうな体を必死に押さえつける。
それでも限界以上に苦痛を与えてくる体によって、彼の意識が消えそうになったその時、緑谷のよく知る女の子の声が聞こえてきた。
「デク君、ここにいたの?」
緑谷は意識を強引につなぎとめて声のかけられた方を向く。 そこには、彼のクラスメイトである麗日お茶子が心配そうに緑谷を見ていた。
「結構探したよ。 ……どうしたの、苦しそうだけど大丈夫? それに、その人は?」
若干、黒い感情の見える目を緑谷と相対する女性に向けながら、彼の傍へ寄る。 それを見て、ゆかりは残っていたアイスクリームのコーンを口に放り込み、体の向きを麗日の方へ変えながら言った。
「それでは私も行きますか。 ああ、それと緑谷君。 さっきの呪いというのは嘘ですから、もう動けますよ。 ついでに麗日ちゃんには置き土産です。 どうぞ」
彼女はそう言って麗日とすれ違いざま、軽く肩へ触れる。 見た目は撫でたようにも見える動作に、当の麗日は悲鳴を上げて蹲った。
「いぁっ!?」
「う、麗日さん!?」
何かされたクラスメイトを見て、緑谷は立ち上がった。
「あ、デク君。 大丈夫だよ。 ちょっとちくっとしただけ」
「そっか、良かった。 ……あ、あのヴィランは」
緑谷はいつもと変わらない麗日を見て胸をなでおろすも、体の異変は何もなかったように消えており、ヴィランを名乗った女性の個性らしきものが解けている事に気づいた
結月ゆかりと名乗ったヴィランが去っていった方を見る。 その姿は既に無く、地面に溶けたソフトクリームだけが残っていた。
感想、誤字報告、指摘有難うございます
次話の林間合宿を構想していたのに、大人の方も書かないといけなくなったのどうして(自業自得
冒頭に出てきたヒーロー二人はオリジナルじゃない、ほぼオリジナルキャラです
単行本4巻にいるのでお暇な方は探してみてはいかがでしょうか
以下、補足の蛇足
・白い楕円模様のある黒い球体
ロボトミーコーポレーション(Lobotomy Corporation)より
T-01-75 笑う屍の山
『その笑顔は不気味で悲しみに満ちています』
ゲーム内最高危険度ALEPH級アブノーマリティ
最高危険度の割りに弱いが、死体を食らって数を増やす習性があり、最大の三つまで増えると指定危険度に恥じない脅威となる
その形状から、だいたい団子と呼ばれやすい気がする