VillainのVはVOICEROIDのV   作:捩花

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Voice9 鳥籠の主

 東北じゅん狐堂の一室。 一人で暮らすにはそれなりに広い部屋のソファベッドで弦巻(つるまき)マキと琴葉(ことのは)(あかね)がスヤスヤと寝ている。

 部屋の主である結月紫(ゆづきゆかり)はスクエアテーブルに乗っかった紫色の生物、みゅかりに顎を乗せながら対面で食事をしている相手を眺めていた。

 テーブルにはおよそ一辺が二十センチメートル程度の重箱。 その中に入っている色々な食べ物を銀色に煌めく髪の女性が一心不乱に箸を動かして食べている。 片耳イヤホンを着け、二つの三つ編みを揺らしながら美味しそうに食事をしている女の子が不意に紫を見ると、重箱に入っている卵焼きを箸に挟んで突き出した。

 

「マスター、食べますか?」

「あかりちゃん、さっき夕食を食べたばかりだから入らないよ。 みゅかりは食べれる?」

「みゅあー、みゅっみゅ」

 

 もみあげのような手で机を叩きながら、大きく口を開けて催促するみゅかり。 あかりと呼ばれた女性が卵焼きを投げ込むと、全身を動かして食べ始めた。

 みゅかりの振動に合わせて頭が動いている紫の視線の先には、食事を続けるあかりの近くに積まれた五つの空箱と反対側に手つかずの箱が四つ。 あかりが食べ終わった箱を空箱の方に置くと、蓋のしてある方を手に取り開いて食べ始めた。

 二十分以上続けられている食事光景を紫はぼうっと眺めている。

 

(状況に流されて一年くらい経ったけど、そういえば部屋から出てないな)

 

 ふと、紫はここ一年を思い返す。

 気が付けば転生して路地裏に立っていた。 そしてこの世界がヒロアカの世界だと知り自身の個性を試した結果、ボイスロイド達が紫の個性によって発現し……彼女たちと会話をしている最中に眩暈と発熱が起こり地面に崩れ落ちたのが始まりの記憶。

 

(あの時は個性の反動ってわけでも無かったらしいけど、何だったんだろう)

 

 初めてボイスロイドが現れた時は全員が仮想実体で肉体を持たない状態だった。 先日のマキや茜のように消耗しながら生み出したのではなく、初めて武器を具現したように気軽に出せたが、原因不明の体調不良により倒れてしまった。 幸い、近くにいたボイスロイドの誰かが()()()()()()おかげで安全な場所に移動することができたが。

 

「……ん?」

「どうしました、マスター。 もしかしてこのタコさんウィンナー食べたいですか?」

「いや。 何でもないよ」

 

 記憶に引っかかりを覚えた紫だが、あかりに話しかけられて思考が中断する。

 幸せそうに食事をしているあかりを見ながら記憶を再び掘り返した。 次に意識が戻った時は既に部屋の中。 当時こそベッドしかなかったが、一年経った今では生活感溢れる場所に変わった。

 

(そういえば……一年前はヴィランになるとか欠片も言ってなかったけど、半年前くらいからヴィラン活動しようって言い始めてたっけ。 その時も動くのが億劫で冗談だと思って生返事してたけど。 まあ、養ってもらってる身としては強く言えないし……ぶっちゃけ働かなくていいから楽)

 

 前世では人に使われる立場だった紫は身を削って働かなくていい現状に満足してた。 ボイスロイド達が敵活動を始めたのでヒーローに襲われる可能性が生まれたが、紫はその可能性から全力で目をそらしているが。

 手元のみゅかりをモフモフしながら、ふとボイスロイドという存在について思い返す。

 

 VOICEROID(ボイスロイド)

 音声合成ソフトウェアにイメージキャラクターをつけて売り出された、入力文字読み上げソフトを指す名称。 女性の声が多く、男性声も片手で数えられる程度ではあるが存在する。

 機械音声とも呼ばれる物で、身近なものでは電話の音声案内や電車のアナウンスなどに使われている。 業務などに使用される物とは違い、ボイスロイドは感情表現、イントネーションや発声スピードの調整、そして人が話すように自然な発音へ近づけるシステムが備わっており、肉声に代わってゲーム実況等の娯楽や紹介動画の説明を読み上げるのにも使われるようになった。

 

 転生者である結月紫にとってボイスロイドを含めた機械音声の作品は日々の癒しでもあった。 ネット上に投稿されるボイスロイドを使った様々な動画。 ゲームを進行しつつ解説を入れていく作品、趣味に走ったストーリー物、解説を代弁させた紹介動画……肉声の代わりに機械音声を使い、日々新しい作品が投稿されていく。

 ボイスロイドが発売される以前に機械音声を使った作品が無かったわけではない。 ただ、使われていたのはフリーソフトが大半であり、人の声には聞こえ難いものであった。

 故に、人の声に近づけた商品であるボイスロイドは以前から使われていた機械音声を下地に使用者が広がり、使われていたフリーソフトに代わって、もしくは共存して作品を彩る存在となった。

 

(出てきたボイスロイドは自分の記憶を元にした感じっぽいよね)

 

 多くの人に触れられることで情報は形を変え、交じり合って形を変えていく。 声と姿、そして簡単なプロフィールを与えられ世に出されたボイスロイドも例外ではない。

 目の前にいる 紲星(きずな)あかりがいい例である。 彼女は本来、食いしん坊という特徴はなかった。 しかし作品に使われていくに従って誰かが、いつの間にか付けた符号が今の彼女に現れている。

 無論、その特徴はすべての人が使っているわけでは無い。 ただ淡々と実況をしていくあかりもいれば、エセ関西弁で喋るあかりも探せばいるだろう。

 紫の記憶にある「紲星あかりは食いしん坊」であるという情報を引き継ぎ、生まれたのが目の前にいる紲星あかりだろうと紫は推測した。

 

(といってもはっきり分かるのはあかりちゃんくらいだけど。 マキちゃんはタグで探して合う作品を片っ端から見たし、葵ちゃんと茜ちゃんはダークサイド系も見てたからなぁ)

 

 紫は身の回りにいるボイスロイドを指折り数える。

 

 元々は作曲ソフトのイメージキャラクターの一人であり、今この世界にいるボイスロイドの中では最も早く世に送り出された弦巻マキ。

 標準語と関西語、二つのイントネーションで喋らせることが売りの琴葉葵(ことのはあおい)と琴葉茜。

 東北地方応援のご当地キャラクターとして現れた長女の東北(とうほく)イタコ、次女の東北ずん子、末妹(まつまい)の東北きりたん。

 明るい女の子の可愛らしい中にも優しさあふれる声をコンセプトに生み出された絆星あかり。

 自身の元となった、落ち着いた女性の声のイメージで作られたボイスロイド、結月(ゆづき)ゆかり。

 

 そして最後の一人を脳裏に浮かべようとして、あかりの背後に緑色のヘッドホンをした女性の頭が壁から生えているのを見て目を見開く。 悪戯心が浮かんでいる笑顔で紫を見る女性は幽霊のように部屋とシャワー室を仕切る壁を突き抜けて空に浮かび、ふわふわと浮いている。

 

「こんばんはマスター。 心ここにあらずといった感じですが、どうしましたか?」

「セイカさん、どっきりは止めて」

 

 紫は仰け反った背筋を戻し、顎を再びみゅかりの上に乗せた。

 ボイスロイド、京町セイカ。

 名前と同じ町の行政情報や広報活動を告知するために生まれたボイスロイドであり、この世界においては唯一ボイスロイドの中で肉体生成をせずに半霊的な状態で活動している。

 公式設定のキャラクターデザインコンセプトは『過去・現在・未来を行き来する未来からの使者』。

 ボイスロイドでも珍しい成人した女性。 しかし紫にとっては作品投稿者の代弁者で見かける割合が多く、ボイスロイド劇場と呼ばれる作品群ではお姉さんキャラであるが故にお酒を好み、私生活はだらしなく表現される事が彼の印象に残っている。

 目の前にいる彼女はそこまで影響がないのかそのような素振りを見せず、未だに食べ続けているあかりを窘めていた。

 

「あかりちゃん、食べすぎは良くないよ。 というか今、夜十時だよ?」

「ご飯は別腹です! それと私はボイスロイドですので太りません!」

「お腹には食べた物が入るんだよ? ご飯が別腹なら、本腹には何が入るのかな」

 

 二人のやり取りをみているとみゅかりがあくびをした。 釣られて紫も小さく口を開けて目をこする。

 

「ん、もう眠くなってきた」

「みゅあっふ。 みゅっみゅっみゅっ」

 

 みゅかりが紫から抜け出し、跳ねながらベッドへ向かう。 紫も腕を伸ばして立ち上がり、みゅかりの後に続いてベッドに向かおうとした。

 突然、ぐらりと傾く紫。 幸いにも床は柔らかいカーペットだったが、受け身できずに倒れた彼を見てあかりが重箱をほっぽり出して駆け寄った。

 

「わわわ!? 大丈夫ですか、マスター?」

「んー……痛くはないけど、力が入んないや」

「じゃあベッドに運びますね。 んしょっと」

 

 苦しそうな表情の紫をあかりがお姫様抱っこで運び、ベッドに下ろし布団を掛ける。 紫は既に静かな寝息を立てており、横になった彼と布団の隙間にみゅかりが入り込み、もみあげのような手を紫の腕に巻きつけて眠りについた。

 紫の額をあかりの手が静かになでる。

 彼が熟睡している事を確認してから指を鳴らす。 地面に落ちて中身が散らばった重箱と背後のテーブルにあった全ての箱が一瞬で新品の状態、ビニール風呂敷で包まれた状態まで巻き戻っていった。

 その横でセイカは指を咥えてあかりを羨ましそうに見ている。

 

「むー、ずるい。 私もマスターに触れたい」

「実体生成しないって言ったのはセイカさん自身じゃないですか」

「便利なんですけどね、気配を消せば誰にも見つかりませんし。 例外はいますけど」

 

 元通りになった重箱をあかりは抱えて部屋を出る。 その後を追ってセイカも空中を自在に動きながら廊下に出た。

 窓は無く、最低限の照明しかない白色の殺風景な廊下。 最奥の部屋から出てきた二人は他愛ない話をしながら歩を進める。

 

「セイカさん、マスターの状態もだいぶ安定してきましたね」

「ええ。 恐らくですが、外を出歩くくらいなら十分にできるかと。 ただ、それをする利点は欠片もありませんが」

「マスターがインドア派で助かりました。 誰かとゲームで遊んでるだけでも不満はないようですから」

 

 いつの間にか板敷の廊下を歩いていた。 二人の後ろを見れば、古民家のような内装の行き止まり。 先ほどの無機質な廊下の姿は何処にもない。

 ふわふわと空中を移動しているセイカは異常を気にすることなく人差し指を立てた。

 

「とにかく、今はマキさんや茜ちゃんの再生成が安定するまでは潜伏する方針です。 あかり草のネットワークはほぼ完成していますから情報には困りませんし、雄英体育祭が始まるまでマスターの気を紛らわせましょう。 私は少し用事で出かけてきますのでよろしくお願いします」

「はーい。 それじゃ、皆の所に行ってますね」

 

 駆け足で先へ進んだあかりを見送るセイカ。 角を曲がって消えるまで見送ると天井を抜け外に出た。

 暗い空に街の星空のような明かり。 紫の記憶と変わらない夜の風景を見下ろして、セイカは一人愉しそうに呟いた。

 

「さて、体育祭の次は職場体験。 ターゲットは……口田君と砂藤君かな。 どう掻き回してみましょうか。 ……マスターの記憶にあった『個性の出力を上げる薬物』なら強くなりそうかな? まずはそこら辺の(ヴィラン)に試してみますか」

 

 地上の星空を飛ぶセイカ。 ビルの合間を縫うように移動する彼女を見る者は誰一人いない。





誤字脱字報告、そして感想有難うございます

何度も推移していると、もうこれで行こうという現象をどうにかしたい
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