「いよいよですね」
一夜明け、博麗霊夢の処刑当日の朝、私はそう呟く。
「銃殺刑だとよ、アンタはどう思う?」
「そうですね、納得いかない点も多々ありますが今更ですね」
「そうかあ、俺ァ処刑が終わったら紙縒と一緒に組織を抜けるぜ」
ここにいても俺の望みは叶いそうにないからな、一緒に並んで地平線を見つめていたグレイウルフはそう言ってそのまま中へと戻っていった。ベランダに残された私は一人、昇りゆく朝日を静かに眺める。
「さて、牢屋の様子でも見に行きましょうか」
そう言って私はベランダから牢屋へと歩みを進める、階段を下りて廊下に出てしばらく歩き、牢屋のある部屋の前で歩みを止める。不意打ちに備え、いつでも刀を抜けるように身構えながら扉を開く。
――何も起きない。
ふぅ、と息を吐いて部屋の中へ入る。すると咲夜がこちらに気づき、あら? アードレイク、とこぼす。
「さ~く~や~! 無視しないでよ! この手錠何とかならないの!?」
私を意にも介さずレミリアが叫ぶ。申し訳ありませんお嬢様、能力が使えたのなら時を進めて錠を劣化させたりできましたが......と咲夜がこちらへの警戒を緩めずに謝罪する。
「あまり使用人を困らせるものじゃありませんよ? レミリアさん」
少し気の毒になった私は無理を言うレミリアを宥める。
「あら、アードレイクじゃない。錠、外してもらえない?」
「おいおいレミリア、あいつは敵だぜ。敵が拘束を外してくれるわけないだろ」
私が反論する前に牢屋の奥からあきれた調子で魔理沙が突っ込む。私はそりゃそうでしょう、と魔理沙の言葉に同意しつつ牢屋に目を走らせる。人数を数え、脱走者がいないことを確認すると右手を刀から離して肩の力を抜く。
何とか脱走して霊夢を助けられないかとガヤガヤと話す様子を少し眺めたあと、私は昨日伝えておけと指示されたこと来たついでに伝えようと思い、口を開く。
「今日の正午に博麗霊夢を処刑します、方法は銃殺。助けたいならそれまでに頑張ってください」
今日の正午か、魔理沙が私の言葉を反復する。
そんな様子を尻目に私は部屋へと戻ろうとする、すると魔理沙が問いを投げかけてくる。
「私たちが能力を使えないのは何でだ? あんたらの中に他人の能力を封じれるような能力を持った奴はいなかったはずだが」
――鋭い。返答するか逡巡したがシャングリラはこの計画の要だ、それに処刑まで時間がある以上この切れ者に情報を与えるのは危険だ。
そう判断した私は適当にはぐらかして部屋を出た。
* * *
「聞いたか? 今日の正午だとよ」
アードレイクが出て行った部屋でその言葉が反響する。
「分かってるわ、取り敢えずなんとか錠を外さないと......」
レミリアが苛立ちながら返答する。しかし吸血鬼の腕力でも千切れないものが壁にぶつけたり、引っ張ったりする程度で壊れるはずもなくだんだんと牢屋の中の空気は暗くなっていった。
能力を封じられている理由が分かればまだ対処できたかもしれないが聞き出すことはできなかった。霊夢の救出を諦める人物はいないが、気概だけでなんとかなるような問題でもなく空気は時間が過ぎてゆくほどの暗く重くなってゆく。
「時間だぜ、お前ら」
扉が勢いよく開き、エルグがそう叫ぶ。
「なあ、私たちが能力を使えないのはなんでだ?」
エルグとともに入ってきたであろう羽虫を払いながら魔理沙がエルグに問う、エルグはそうだな、冥土の土産に教えてやるよと説明し始める。
「俺らは
「シャングリラ? なんだそりゃ?」
「ンなことも知らねえのかよ、魔導パルス爆弾【シャングリラ】、指定した対象の能力なんかを封印する代物だ」
あのクソアマどもと手前らを指定してるからお前らは勿論、仮にあいつらが結界を越えて戻ってこようとも能力は使えず俺らにカモられるッつうわけだとエルグはぺらぺらと上機嫌に話す。
「ホラ、これで満足か? ならとっとと出てきな」
有無を言わせず錠についた鎖を引っ張るエルグ、半ば引きずられるように外へ連れ出される魔理沙たち。
外へ出ると杭に鎖を固定してエルグは中へと戻る。何とか脱出できないかともがいていると上から耳障りなエルグの声がする。
視線を上げるとハーメルンとエルグがグレイウルフ、アードレイク、ルトラが守りを固めるバルコニーに立っていた。魔理沙たちはエルグたちを不覚にも見上げる形でバルコニーに視線をやる。
目を凝らすとバルコニーの出入り口に冷めた視線でエルグたちの後姿を眺める女王、その横でおどおどしているのは恐らく紙縒だろう。そして――
「もう一人いるっぽいがありゃ誰だ?」
魔理沙がボヤく、するとエルグが再び話し始める。
「あのクソアマどもは結界の外へ放り出した、そして博麗の巫女を昨日捕らえた!」
そんなことわかってるわよ、とレミリアが歯ぎしりする。エルグの演説を聞くのは私たちだけだ、演説の内容は私たちへの当てつけのようなものだろう。
「さて、時計塔の下を見て見な。クズども」
そう言われてバルコニーよりさらに上、時計塔の下へ視線を上げると楽園の素敵な巫女こと博麗霊夢その人が立たされていた。
――霊夢!
その言葉が自分からでたのか、それとも鎖につながれたほかの誰かからでたのかは分からない。
とにかくそう叫ぶ声があたり一帯にこだました。
妖精に銃口を向けられ、うなだれていた霊夢はこだまする叫びに反応して頭を上げる。
私たちを見つけると優しく微笑み返してきた。
――どうしてだよ。
――どうしてそんなに優しい顔をするんだよ。
「殺せ!」
――辺りに破裂音が響く。
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――次の瞬間、魔理沙の目に映ったのは暴発した銃だった。
「さっすが姉さんね、姉さんの不運に敵うと思うなよ!」
「そんな嫌味を言う妹なんて欲しくなかったわ」
「なぜだ! お前らが巫女を助ける理由などねえだろうが」
「だってさ、女苑」
「あのねえ、幻想郷が滅びたら富を巻き上げられないでしょうが」
「そーだそーだ、私たちはお前に慰謝料と迷惑料を請求する!」
エルグは話しても無駄だと思ったのかアードレイクに霊夢を殺すように指示する。
“リバースイデオロギー”
その言葉が聞こえた瞬間、霊夢の姿が時計塔から消え、私の目の前に現れる。
「気に入らねえなァ、この私を見下しやがって」
――ボサボサの髪、――矢印があしらわれた特徴的なスカート
――鬼人正邪が立っていた。
「あと少しだったのに、次から次へと......、カスどもがッ!」
「おーおー、言ってくれるじゃねえか」
「まったくね、いつまでそこに立ってるつもりかしら?」
直後、凄まじい轟音とともに暴風がバルコニーめがけて襲い掛かる。瞬間、ハーメルンが能力を発動する。すると暴風はバルコニーを少し逸れ、虚空を抉った。
土煙の中から現れたのは赤黒い鱗に覆われた体、大木のような尾、大地を掴む爪、覇竜だった。
豪壮な巨体に目を奪われていると不意に手が軽くなる。見れば焔稀が刀で錠を破壊していた。
「お前ら......、どうやって結界を越えたんだ?」
手をさすりながら魔理沙は焔稀に問いかける。
「今はまず、ここから立ち去るのが先決です」
「おい、シャングリラのモードをニルヴァーナに切り替えろ!」
あいつらを消し飛ばせ、とエルグが喚く。
ハーメルンが立ち去ろうと走る魔理沙たちに向けてニルヴァーナを発射する、だが砲撃をユウが身を挺して防ぐ。
「沙羅! ユウを連れて紅魔館へ!」
ユウは元の姿に戻る。そのまま沙羅とともに紅魔館へと走る。土煙がはれたとき、正邪やベリーたちの姿はなくなっていた。
「クソがッ! あと少しで計画は成功してたのにッ!」
エルグは喚き散らすが少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「ハア......ハア......、だがシャングリラを破壊しないと奴らは能力は使えない」
お前らァ! シャングリラの守りを固めろォ! エルグは叫ぶ。
「奴らは必ずこれを破壊しにくる、そこで返り討ちにしてやる!」
そう呟いてエルグは旧紅魔館の中へと踵を返す。