「あなたですか」
「初めまして、ではありませんよね? ガナッシュ様」
「そうやって三味線を弾き続けるつもりで?」
「失礼ですね、私は誠実に生きています」
「あなたが誠実なら世の中に罪人はいませんよ」
「私は誠実ですがそれと罪人がいないことは関係ないのでは?」
それにあなたたちは罪人でしょう、と笑みを浮かべながら言い放つハーメルン。それを聞いたガナッシュはふぅと息を吐きハーメルンを睨みつける。
「間違いではありません、しかし罪人は更生するものですよ」
「罪は永遠に罪ですよ、消えることはありません」
ところでいつまで舌戦をする気なのですか、とハーメルンは問う。ガナッシュはお互いに決定打がない以上、舌戦で勝ち負けを決めたかったのですが破綻者相手にそれは無意味だったようですね、そういってガナッシュは帽子を深くかぶり直す。
「そうこなくては面白くないですもんねぇ、よく分かっていらっしゃる」
「ここから先は泥沼ですよ」
「汚れてなんぼでしょう?」
「残念です」
そういって懐からナイフを取り出しハーメルンの喉を切り裂かんと突進するガナッシュ、しかしハーメルンはニタニタと笑いながら突っ立ている。ナイフが喉を掻き切り、鮮血が噴き出す。
「そんなもんですか」
喉を引き裂かれたハーメルンが落胆したように呟く。しかしガナッシュは驚いた様子も見せず平然とハーメルンの腹部をナイフで貫く。
「やはり破綻者ですね」
そういってガナッシュはバックステップで距離をとる。その目の先ではハーメルンがあくびをしていた。
「つまらないですね、さりとてこちらから攻める理由も見つかりませんが」
気が済むまで刺せばよろしいのでは、そういいながらハーメルンは首をコキコキと鳴らす。
心拍に変化は無し、極めてリラックスした状態にある......やりにくい相手ですね、この上なくと悪態をつくガナッシュ。あなたの能力は厄介ですかねえ、こちらから攻め入るのは怖くてとてもとても......そういいながら肩をすくめるハーメルン。
私としては殺されたと認識したにも関わらずショック死はおろか緊張すらしないあなたの精神が気になります、肝を釘で打ち付けでもしているのですか、と煽り返すガナッシュ。
「いやあらちが明かないですねえ、どうしましょうか?」
「おや、膠着状態は好きなのでは?」
「そんな面白みのないものはご勘弁願いたいですねえ」
「まあ私としても膠着状態は望ましいものではありませんが」
そういいつつ短刀を投擲するガナッシュ、ハーメルンはそれを器用に上着で絡めとり、投げ返す。投げ返されたナイフは物理法則を無視しガナッシュの心臓へ一直線に飛んでゆくがガナッシュは指で挟んで受け止める。
「ふむ、面白みがないですね」
「命のやり取りを心の底から楽しめるのはあなたぐらいですよ」
にしても目というものは当てになりませんね、すぐに騙される。そういってハーメルンは自分の目を指さす。ガナッシュはなら抉りだしてはどうです、と返す。
「いやあ私は人間ですからね、再生するなら今すぐ臓物すべてほじくり構いませんが」
面白そうですし、と言ってハーメルンはケタケタと笑う。そんな様子を見てガナッシュは大きくため息をつく。
そしてずっと閉じていた本を開き、そこに記された言葉を読み上げる。
「あかしけ やなげ 緋色の鳥よ くさはみ ねはみ けをのばせ」
それを聞いたハーメルンはポカンとした表情を浮かべたあと大声で爆笑する。
「最高だぜあなた! オレともども自爆とか最高に面白れェ!」
「ようやく三味線を弾くのをやめましたか」
赤いインクのようなものがべったりと付着したページを見せびらかすように持ちながらガナッシュは爆笑するハーメルンにそう語りかける。
――空が茜色に染まってゆく。
緋色の太陽に照らされながら二人は果てしなく広がる荒野に立っていた。
「残念だったな、俺は脱出方法を知ってる」
「私も勿論知っていますよ、そしてそれを私が許すわけないでしょう」
そういってガナッシュは夕焼けよりも赤い太陽を指さす。目を凝らすと
「なるほど、俺もお前もあれを認識して見ちまってるわけか」
「そういうことです、
それを聞いたハーメルンは恐怖で取り乱して命乞いをするでもなく、慌てふためき抵抗するでもなく、どっこいせと言いながら地面に座り込み、近づいてくる緋色の鳥を鼻で笑う。
「なんとも思わねえな」
それを聞いたガナッシュは一言、最後までそうあるのですねと呟く。
刹那、紅の視界に黒が混じる。
世界が再び赤を取り戻したとき、ガナッシュとハーメルンはその場から消えていた。
* * *
「一つ、聞いてもいいか?」
「なんや」
「なぜ、エルグなんかに協力してるんだ」
「いや協力はしとらんよ、利用させてもらってるだけや」
誰があんな野郎と協力するねん、アホらし、とボヤく。あられは続けざまにならお前の目的は何んなんだと問う。
「おいおい、質問は一つっていうたやんか。ちゅうかそんなん決まってるやろ」
ワシの目的はただ一つ、強者と拳を交えること、そう言ってグレイウルフはあられに殴りかかる。
あられはグレイウルフの拳を受け止め、手首を極めて肩を外し片腕を奪おうとするが強引に投げ飛ばされる。受け身をとるためやむなく手を離す。
「ッてえな、能力か」
片腕で自分を投げ飛ばした馬鹿力の正体を瞬時に見抜くあられ、それに対して手首を振りながらまっすぐこちらを警戒するグレイウルフ。地面を蹴り突進するあられ、一瞬面食らうもすぐに迎撃態勢をとるグレイウルフ。
下から救い上げるように鳩尾を殴られるが固めた筋肉で強引に防ぐグレイウルフ、息が詰まるのもお構いなしに脳天めがけて拳を振り下ろす。手ごたえに違和感を感じたあられはすぐさま手をかざす。
大きな音とともに地面が陥没するが手でガードしたあられにはそこまで大きなダメージがない。腕の痺れが取れる時間を稼ぐため体を大きく捻り顔面を蹴り上げつつ離脱する。
蹴り上げを片方の腕でいなすが一緒に巻き上げられた砂によりマウントポジションを手放すグレイウルフ、すぐに辺りを見回しあられの姿を視界に収める。
「やるやんけ」
「ふん、お前が言うか」
最初は先手を取られ、次はマウントポジションを取られ、結果的に二度にわたって防戦する羽目となったあられ。根本的な戦術の見直しが必要だと直感するが検討する暇はない。
「いくでえ」
再び右ストレートが飛んでくる。腕を掴み引っ張りつつ寄ってくる顔面を殴ろうとするが左手で受けられる、これ以上密着しているのは危険と判断しあられはグレイウルフをそのまま投げ飛ばす。
空中で体勢を立て直し着地した勢いを推進力に変え、ロケットのように突っ込んでくるグレイウルフ、物理法則をあざ笑うような強引な体さばきに舌打ちしつつ突進を躱し頭を踏みつけようとするが躱される。
互いに密着することを嫌うせいで膠着する戦況でグレイウルフも戦略を変更する。
「狼に変身する程度の能力ねえ、格闘に覚えのあるやつが野生動物の膂力を得るとこうも厄介なのか」
「ははははは、勝負はここからやで。 銀狼!」
そういって左腕で上段、中段、下段と続けざまに殴るグレイウルフ。より鋭く、より重くなった攻撃に対してあられは能力を解禁し、未来視によって対応する。
群狼、大狼、魔狼、天狼と叫びながら矢継ぎ早に攻撃仕掛けるが未来視によってギリギリで対応される。最初に密着したことにより未来視との誤差が少なくなりおせてはいるが一度距離をとってしまえば未来視によって攻撃はすべて躱されるため距離をとれないグレイウルフ。
グレイウルフは打たされていることに気づきながらも手を緩めることができずにいた。対してあられも未来視のデメリットである片目分の視野の消失による死角からの攻撃によって徐々にダメージが蓄積していた。
体力がなくなるまで、あるいは相手が倒れるまで拳を打ち続けるしかないグレイウルフと徐々にダメージが蓄積していくあられ、先に体力が尽きたほうが負けるという壮絶な泥仕合と化していた。
そして遂にグレイウルフが限界を迎え倒れこむ、しかしグレイウルフが倒れたことにより緊張が解けあられも倒れこむ。泥仕合の末についた決着は引き分けだった。
「引き分けっちゅうのは意外な決着やな」
「もう喋れるまで回復したのか、恐ろしいタフネスだな」
「ワシはなァ、より強いやつと拳を交えたかった。そのために紙縒とともにあらゆる世界を巡った」
「前に幻想郷に来たのもそういうわけか、だがそれがどうした?」
「いや、倒れこむまで戦ったのは今回が初めてや。死にかけたことは何度もあるんやけど」
「何が言いたい?」
「ええ戦いやったわ、お礼といっちゃなんやが一つ教えたるわ」
そういってグレイウルフは
「こいつを解けばアイツは復活できんくなる、俺もこんなんが体ん中に入ってるんは気持ち悪いさかいに頼むで」
そういってグレイウルフは寝息を立て始める、終始変わらない傍若無人な態度にため息をつきつつあられはグレイウルフにかけられた呪いを解く」
そして立ち上がり旧紅魔館を目指して歩きながらベリーにその旨を連絡する。
「知ってるわ、よくやったわね」
「ほかの奴らは?」
「ガナッシュ、翔魔、葵と連絡が途絶えてるわ。それ以外の奴らからはさっきと同じような連絡がされてきた」
「なるほど、交戦中かあるいは......」
「どちらなのかは集合時刻になればわかるわ、あなたも早く向かいなさい」
そういって通信が切れる、時刻を確認したあられは急ぎ足で旧紅魔館へと向かう。