剣盾旅記録   作:鳴神ハルキ

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一か月かからなかったからセーフ!





59、決着 ユウリ&ソニアvsダイオウドウ

 ダイオウドウを食い止めるべくソニアと手を組んだユウリはヤミラミを取り出す。

 

「ヤミィ!……ヤミ?」

 

 戦う気満々で現れたヤミラミはなんだかそういう雰囲気ではないことに気がつくと首をかしげる。そんなヤミラミにユウリから一通の手紙が手渡される。

 手紙にはここに至るまでの経緯と状況が記されており、これを読めばすぐにでも運営委員会と協力して動けるほど細かに記載されていた。

 これをサイトウさんまで届けてほしい、と手紙を差し出すユウリの顔は真剣で、ヤミラミは少しだけ逡巡したがすぐに悪戯っぽい笑みを浮かべて手紙を受け取る。

 

「ちょっと大丈夫ユウリ? ヤミラミの場合、こっそり中身をすり替えたりしたら大変よ?」

「もしそんなことをすればヤミちゃんだけ家に送り返します、ママと二人きりの家に」

「ヤミッ!?」

 

 瞬間、ヤミラミの脳内に突如として溢れ出す恐怖の記憶。

 ユウリの母親と二人きりが示す未来。

 すなわち、死ッ!

 

「(フンフンフン)」

「あ、すごい勢いで頷いてる」

「ママは怖いですから…」ガクガクブルブル

 

 ヤミラミ同様体を震わせる様はまさしく似た者同士のパートナーと言えるだろう。

 受け取った手紙を後生大事に抱えたヤミラミは、一度振り返り心配そうな目を向けるが顔を横に振り、一目散に駆けていく。

 その背中を見つめるユウリにソニアは問いかける。

 

「よかったの?」

「なにがですか?」

「ただでさえ少ない戦力をさらに分散させるような真似をして」

 

 既に三体のポケモンを失ったユウリにとって残るポケモンはバチンキーとヤミラミの二体のみだったはずだ。

 もとよりサイトウさんに任されたのは状況の確認のみ。その役目を果たすためにポケモンを一体使うというのは悪くはない手だが、ダイオウドウを食い止めるには一体でも戦力は多い方がいいはずだ。

 

「これは、まあアタシなりの保険ってやつです」

「保険?」

「これで何かあったとしてもヤミちゃんだけは無事に終わります。それに、なにより」

 

 なにより、と言葉を区切ったユウリはそれまでの強気な笑みから少しだけ弱さが漏れ出た。

 

「ヤミちゃんが居たら最後まで頼っちゃう気がして」

 

 ヤミラミとユウリの付き合いは長く、出会いはユウリがまだ子供の頃にまでさかのぼる。

 当時から既に悪戯っ子として頭角を現し始めていたユウリは隣町まで買い物に来ていた。

 初めての買い物、初めての自分だけのボール。

 嬉しさを抑え切れずほくほくした顔で帰宅するユウリだったが、その目の前に現れたのがヤミラミだ。種族柄悪戯が大好きなヤミラミがそんな幸せそうなユウリを見逃すはずもなく、ユウリの持つダークボールを奪ってしまった。

 突然のことにポー、と気の抜けた顔をするユウリだったがすぐに事態を理解する。

 大事なものを奪われてしまったユウリは子供のように泣き喚く……と思いきや、ボールを奪われてしまったというのにヤミラミには見向きもせず踵を返してしまう。

 ここで困ってしまったのはヤミラミ。悪戯をして一番つらいのは相手にされないことだ。あの手この手を使ってユウリの気を引こうとするヤミラミにユウリはふんす、と笑顔を浮かべながら言った。

 

『きゃっちぼーるならしてあげるわ!』

 

 こうしてまんまとダークボールに捕まってしまったヤミラミだが、それ以来ユウリの良きイタズラ仲間であり、最高の相棒だ。雨の日も風の日も、冬にも、夏の暑い日にも悪戯を続けた彼女たちの友情は誰にも引き裂くことはできない。その代わりと言ってかハロンタウンの防衛設備は二人の悪戯により通常の三倍にまで膨れ上がり、ウールーなどの失踪被害がグンと減った。

 

 そんなもはや互いが互いの半身ともいうべき存在となっているヤミラミを自分から引き離したのは、もう一人の自分に甘えたくないという意思表示の表れなのだろう。

 それを聞いたソニアは頭の上に乗せた眼鏡に手をかけるとスッと装着する。

 

「なら、ここからはもう一歩も引き下がれないわよ」

「わかってます。『はいすいのじん』ってやつですよ!」

「交代できなくなるかわりにポケモンの力を引き上げる技ね」

「ヤミちゃんを手放した今のアタシのステータスは2倍にも3倍にも膨れ上がってますよ!」

「トレーナー本人が強くなってどうするのよ……」

 

 眼鏡を装着したソニアはふー、と息を吐くとキラリと意識を研究者モードへと切り替える。

 

「とりあえずユウリ、ダイオウドウの技を教えて頂戴」

 

 それからユウリはダイオウドウの技を事細かに解説する。

 

 まず『10まんばりき』。

 高く振り上げた足から放たれる重厚な一撃。食らったら死ぬ。

 次に『パワーウィップ』。

 鼻が倍ほどに伸び、横一線に薙ぎ払う広範囲な攻撃。食らったら死ぬ。

 続いて『じゃれつく』。

 鼻で相手を拘束し、強烈な体当たりをお見舞いする突進攻撃。食らったら死ぬ。

 最後に『アイアンヘッド』。

 速い・重い・強い。食らったら死ぬ。

 

「こんなとこですね」

「今まで凌げてきたわね……」

「天才ですから」

 

 フフン、と鼻を鳴らすといつものユウリが戻ってきたようでソニアは安堵する。

 

「それで具体的にはどうするんですか? 悔しいけど、今のアタシとポケモン達には決定打がありません」

 

 ユウリは腰に着いたモンスターボールに触れる。

 残るはユウリの手持ちの中で最もバトルに優れるバチンキー、その強さは最も息の合うヤミラミの戦績を上回る。

 

「大丈夫、安心しなさい」

 

 ソニアは誇らしげに人差し指を立てる。

 

「どんなに強いポケモンにだって、必ず一つは『弱点』が存在するのよ」

 

 ソニアの語る『弱点』。

 それは、どんなポケモンも須らく持ち合わせているタイプによる有利不利ではなく、各々のポケモンが持つ生態的に弱い点のことを指すという。

 

 例えばバチンキーならば生まれた時から持つスティック。

 これを失うと攻撃力がガクっと落ちる。

 

 例えばラビフットならよく発達した耳。

 強烈な音を聞くと一瞬だが動きが止まる。

 

 例えばジメレオンなら強い日差しや熱。

 体の水分が少なくなると途端に動きのキレが低下する。

 

 そういった、ポケモンが生命であるならば必ず存在する、設計上の弁慶の泣き所を責めるというのだ。

 弱点を突くことによって相手の調子を崩すという戦法は、奇しくもユウリがヌオーのバトルで用いた沼地戦術、自身のポケモンに都合の良い環境を作り本調子にさせる戦法の対極といえる方法であった。

 

「つまり、アタシ達が強くなるというよりは」

「そ、相手を弱くする、ってこと。相手を倒す、っていうならこっちの方が確実よ」

「……それってちょっと卑怯なのでは?」

「ポケモンバトルに卑怯もくそもありません。勝てばよかろう、なのだー!」

「ソニアさんってこんなにクレバーだったかなぁ?」

 

 普段と比べると少しばかり邪悪な笑い方をする姉貴分に綽々としながらユウリもその有効性を分析する。

 勝てるかわからない相手に突撃するより、その弱みに付け込むという戦法は確実性がある。

 それは今までポケモンと触れ合ってきた経験から「ポケモンには必ず弱みが存在する」という部分に深く共感したからでもある。

 先ほどまでと比べれば勝算は十分、たしかに喉元までの道筋が見えた。

 

 だが、そこまでしてもやはり最後に立ちふさがるものがあった。

 

「やっぱり……ここまでしても決定打が足りない」

 

 頭の中でいくらシュミレーションを重ねても最後に立ちふさがる壁。

 絶対的なポテンシャルの差、というものがどうにも埋めがたい。

 

 例えばユウリ達があと一つ、もしくは二つ以上バッジを手に入れた段階ならば解決できたかもしれない問題だ。

 しかし、今この場では絶対に埋められない問題でもあった。

 なにか策はないかと彼女は必死に頭を捻り、奇抜な発想をよくするアカツキの戦いでも参考にしようかと舵を切りだしたところでユウリの脳裏に稲妻が走る。

 

「…………………あ」

 

 彼女は慌てた態度でカバンを降ろしたかと思うと、一心不乱に中身を漁り始める。

 

「なにしてるの?」

「………これ!」

 

 カバンの内部に広がる混沌の中から一つの包みが取り出される。

 綺麗に包装された包はまだ新しく、ここ数日の間に手に入れたものが伺える。

 

「これ、もしかして『きせきのタネ』?」

 

 それはつい先日アカツキから感謝のしるしとして贈られた『きせきのタネ』。

 包から取り出され、ユウリの手のひらでほのかな力を発するそのタネは、持たせたポケモンの草タイプの技の威力を上昇させる力を持つ。

 

「そうです。そして、これとあと一つ。サルちゃんの『アレ』を同時に使うことができれば」

 

 ユウリの考えにソニアも目を見開く。

 合点がいったとばかりにソニアは笑みを浮かべ、眼鏡のレンズの奥で幾重ものシュミレーションを重ねていく。

 

「…………………イケる。針を通すような作戦だけど、これならイケるかもしれないわ」

 

 ユウリよりも優れた頭脳を持つ博士見習いのソニアの脳内でもピースが嵌まる。

 これなら、イケる。

 いや、もはやこれしか手はないとばかりに喝采が上がる。

 

「でも……いいの?」

「なにがですか?」

「この作戦だと戦いはかなり激しくなるわ。それに上手くいくかどうかもわからない危険な賭けよ」

 

 ソニアは真剣な視線をユウリに向ける。

 作戦によるリターンは多い。しかしそこに至るまでのリスクも並のものではない。さらにいえば成功の確率もそれほど高いものではない。

 それでもやるのか、と視線で語り掛けている。

 

「今更です、ソニアさん」

「じゃあ」

「それに、この天才ユウリ様にかかればそれくらいは朝飯前です……もう夕方前ですけどね!」

「……だったら、わたしからはもう何も言うことは無いわ。わたしの力、存分に使いなさい!」

 

 パシンと乾いた音が二人の間で響き渡る。

 それは年齢の差を超えた共闘。

 お互いがお互いを認めた証だ。

 

「…………」

 

 そんな人間達をダイオウドウは静かに見つめている。

 ダイオウドウの目に映る少女は、先ほどまでとは表情が一変した。

 勝利を求めるギラギラとした姿勢は変わらない。

 しかし、面構えが変わった。

 勝利を求め逸る気持ちを制御できない未熟なトレーナーから、それを制御する術を手に入れたものの表情へと変わったのだ。

 いや、手に入れたというのは少し違う。元から持っていたものがさらに大きくなったと言える。

 先ほどまでのユウリは己のキャパシティを超える勢いの作業を負い必要以上に脳を酷使していたことで情熱と冷静さ、その均衡を大きく崩していた。

 しかしそこにソニアという存在が入り込んだことで負担が半分となり、肉体的にも精神的にも余裕を取り戻した。

 今のユウリは、間違いなく成長の兆しが表れている。

 勝利を求める炎のような情熱と、全てを見通す氷の冷静さ。

 本能と理性、どちらも併せ持つ最強のトレーナーが生まれる予感。

 

 それを感じ取ったダイオウドウの行動は意外なものだった。

 

「ッッッッッッッ!!!」

 

 負傷した脚をズズズ…と持ち上げ、四本の脚で大地を踏みしめたのだ。

 

「ッ! 嘘、もう治ったの?」

「落ち着いてユウリ、あの傷じゃ完治には程遠いはず」

「だったら、一体何のために……?」

 

 立ち上がったダイオウドウに不審な目が向けられる。

 意図を探ろうとする彼女達の思考に反して、ダイオウドウ側の思考はシンプルなものであった。

 

「バォオオオオン」

『未来ある若人たちよ、資格を示せ』

 

 ダイオウドウの人格形成にはトレーナーであるローズ委員長の意思が大きく根付いている。そのため、ローズ委員会のように未来への投資を惜しまない性格をしている。

 それはどんな場合でも例外ではなく、成長を前にダイオウドウはユウリにとっての壁、乗り越えるべき試練になろうと決意したのだ。……ビートの指示は放り捨てて。

 この者達は主人の作り出す未来で光り輝く素質を備えた一等星。

 その決意に比べれば痛む脚などなんのその。

 いいハンデでしかない。

 

「パオ、バオオン!」

『貴方達が主人の描く未来で輝けるか存在かどうか、ワタシが見届けてやろう!』

 

 吼える声に乗せた意志は本気。

 通じるはずのない言葉はしかし、確かにユウリ達に意志の力を感じさせた。

 

「なに?今まで本気じゃなかったから今から本気になる、って言うわけ?」

「警戒しなさいユウリ。この雰囲気――本物よ」

 

 ソニアも歴戦の経験からその力を確かに感じ取り冷や汗を流す。

 

「………ほんと、嫌になるわね」

 

 上を見ればどこまでもキリがない。

 下を見てもすぐさま追い抜かれそうになる。

 だけどそんな状況がどこか好ましいとさえ思えてくるのは何故だろう、とユウリは口角を上げる。

 

「行きますよ、ソニアさん!」

「いくわよ、ユウリ!」

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「キッキィ!!」

「バオオン!!」

 

 両者の激しい攻撃が衝突する。

 二本のスティックを巧みに操るのはバチンキー。緑色のオーラを纏わせた一撃は確かな威力で空気を震わせる。

 対してダイオウドウは巨大な鼻を軽々と振るう。その破壊力はただ振るっただけでバチンキーの渾身の一撃と同程度だ。

 

「でも、あのダイオウドウとわたり合えてる!」

「ええ、これも『きせきのタネ』のおかげね!」

 

 先ほどまでは歯牙にもかけないほどの差があった二体がわたり合えている。

 その興奮はポケモン同士にも伝わる。

 

「ウキィ!!」

「バオオオオン!!」

 

 バチンキーは先ほどの雪辱を果たすため、ダイオウドウはようやく自分と打ち合える猛者と出会えたため。

 両者が楽しそうに打撃をぶつけ合う姿は、ようやく対等に立てた喜びと対等に撃ち合える相手を見つけられた高揚からだ。

 

「ユウリ!ダイオウドウの弱みはやっぱり動きの鈍重さよ。攻撃が通じるなら焦らず速さで攪乱しなさい!あと足狙いなさい!」

「わっかりました、『くさのちかい』!」

 

 打撃の応酬が一区切りついたところでソニアはダイオウドウの弱点を見出す。

 身軽で素早いバチンキーはダイオウドウが一度行動する間に、二度の行動が可能である。

 これはユウリ達にとって大きなアドバンテージであり、ダイオウドウにとっては大きなディスアドバンテージだ。

 

 バチンキーは己のスティックを地面に突き刺すと地面に草のエネルギーを注ぎ込む。

 何かに気がついたダイオウドウはその場で身構え、地中を掘り進む巨大な音を耳にする。

 次の瞬間、尖った大量の葉が地中から噴き出す。

 ドガガガガ、と植物の葉とは思えないほど硬質な音とともに対象を切り刻み、ダイオウドウの鋼の体をみるみるうちに傷だらけしていく。

 

「『くさのちかい』もパワーアップしてる。あんなに強烈な攻撃じゃなかったのに」

「特殊技でもダイオウドウにダメージを与えられるのは嬉しい誤算ね」

「バオオオオオオ!!」

 

 これ以上喰らうのはまずいとダイオウドウは地面に向けて『10まんばりき』を放つ。

 蓋をするかのごとく覆いかぶさったことでダイオウドウの足裏は無数の葉で傷ついていくが所詮烏合の衆、アット的なパワーと重量によって葉の大群は地中へと押し返される。

 

「ウキッ!?」

「サルちゃん!?」

 

 押し返されたエネルギーはそのまま逆流し供給元のバチンキーへと帰っていく。

 逆流した草のエネルギーはバチンキーの体を吹き飛ばすと、間髪入れずにダイオウドウの突進攻撃がバチンキーを襲う。

 技ではないただの体当たりではあるが、ダイオウドウの体から放たれればそれは大技にも匹敵するダメージとなる。

 瓦礫の山に突っ込んだバチンキーへ、さらなる猛攻を仕掛けようとダイオウドウが近くにある瓦礫を掴み上げ、投擲しようと持ち上げる。

 

「ッその岩いただき、『はたきおとす』!」

 

 軋む体に鞭を打ち瓦礫の中から弾丸のように飛び出したバチンキーは今度は悪のエネルギーを纏わせスティックを振るう。

 

「バオッッッ!」

 

 持ち上げかけた瓦礫が叩き落とされ、動きが硬直するダイオウドウに追撃が走る。

 

「もういっちょ、『えだづき』!」

「ッキッキィ!!」

 

 立て続けに二連打、瞬時に草のエネルギーに切り替わったスティックが顔面へと叩きつけられダイオウドウの態勢は大きく崩れる。

『はたきおとす』は相手が何かを所持している時に攻撃を食らわせると大きくボーナスがつく特殊な技だ。その一瞬を見極めることは至難の業だがユウリの場合持ち前の判断の速さが吉と出た。

 その流れるような攻撃に感嘆の息と呆れを漏らすのはソニア。

 

「ったく、末恐ろしいったらないわねこの子は」

 

 ソニアはユウリやダンデのような目覚ましいポケモンバトルの才能には恵まれていなかった。

 どちらかと言えば、現在のような研究職が向いている人間であった。

 だからか、彼女の目にはユウリの姿はとても眩しく映る。

 

「わたしがこれだけ戦えるようになったのはいつ頃だと思ってるのよっ!」

 

 だからこそ、一回り年下の女の子に負けていられないとソニアのトレーナー心が奮起する。

 彼女は研究者。

 一つ一つを積み重ねていき、一つの成果を生み出すことにかけては右に出る者はいない。

 だが、だからこそ戦いの場で咄嗟に判断を下すことは彼女の得手ではなく、その部分に関しては既にユウリの方が勝っているともいえる。

 それでも彼女はポケモントレーナーだった。

 膨大な過去の戦歴とポケモンについての豊富な知識が誰よりも早く次にくる光景を導き出す。

 

「読めた、退避!」

「はい!」

 

 バチンキーの連打が終わった直後体勢を崩したかと思われたダイオウドウが強く地面を踏みつける。

『10まんばりき』で踏みつぶされた地面が一気に陥没し、代わりにダイオウドウの鼻先を掠めて地面が大きく隆起する。

 そこは先ほどまでバチンキーのいた場所であり、退避勧告が無ければ隆起した地面に突き飛ばされバチンキーは大きなダメージを受けていただろう。

 そんなことを喜ぶ暇もなくさらなる追撃が押し寄せる。

 隆起した地面が即座に粉砕され、ダイオウドウの巨大な鼻が顔を出す。

『アイアンヘッド』、蛇のようにしなやかで鋼の硬度を持つ鼻が例え岩だろうが鉄だろうが容赦なく破壊する必殺の一撃だ。

 隆起した地面との波状攻撃、死角からの追撃に緊張が走る。

 

「だから、読めてるって言ったでしょ!」

 

 驚くユウリとバチンキーを他所にソニアだけはダイオウドウの攻撃を完璧に予知していた。

 辺りに散乱していた大量の葉が、ダイオウドウの攻撃の余波によりバッと宙に舞い上がる。

 ダイオウドウの肌に傷をつけるほどの切れ味を持つ葉だが材質は思ったよりも柔らかくて軽い。紙吹雪のように舞い上がった葉はバチンキーの体を包み隠し、ダイオウドウの正確な狙いを乱す。

 

「サルちゃん、反撃!」

 

 間一髪攻撃を回避したバチンキーはそのままダイオウドウにへと突撃する。

 迎撃の態勢に移ろうと身構えるダイオウドウにバチンキーの体を包み隠していた葉が大群が殺到をかける。

 

「ッ!?」

 

 いかにダイオウドウが鋼の肉体に守られていても眼球は柔らかく、尖った葉の1枚でも触れれば大ごとだ。

 咄嗟に目を守ろうと瞼を閉じれば一面は闇の世界。トレーナーという外付けの視界がないダイオウドウにとってそれは大きなディスアドバンテージとなる。

 視覚から入ってくる情報が途絶し、この瞬間にのみダイオウドウは完全にバチンキーの姿を見失う。

 

「『えだづき』!!」

「ウキキキキキキキキ!!!!」

「ッッッ!!?」

 

 瞼を開いた瞬間、頭上から二連打では終わらない打撃の雨が降り注ぐ。

 視界を奪い、文字通り背中を取ったバチンキーはダイオウドウの意識を刈り取らんと全力で打撃を叩きつける。

 滝のように降り注ぐ乱打はダイオウドウの体力を瞬く間に削り取っていった。

 

「オオオオオオオオオ!!!」

 

 しかし相手も歴戦のポケモン、巨大な体を無理矢理揺さぶり『じゃれつく』を発動させる

 もはや『あばれる』といっても遜色ない『じゃれつく』は背中のバチンキーを跳ね飛ばすと空中で強烈な体当たりをお見舞いし大ダメージを食らわせる。

 なんとか攻撃は食い止めたもののハァハァ、と荒い息遣いを吐くダイオウドウはかなりのダメージを食らったようだ。

 

 一進一退の攻防にゴクリと喉の鳴る音がした。

 立ち上がるバチンキーだが、今のでかなりのダメージを受けてしまった。

 代わりと言っては何だがダイオウドウの体力も大きく減少させた、つり合いとしてはイーブンだろうがユウリ達の顔色は苦かった。

 

「ごめんなさいソニアさん……好機に目がくらんだアタシのミスです」

「いいのよ……って言いたいところだけど、これまでのバトルからダイオウドウの攻撃を二度耐えたものはいない。かといって『アレ』が来るほど消耗していないとなれば、確かにかなり不味いわね」

 

 今のバチンキーはかなりのダメージを食らったがまだ立てる程度の力は残していた。

 それはソニアとユウリが一番危惧していた事態、ギリギリにならなければ来ない『アレ』を待つ彼女たちにとって半端なダメージというものが一番恐ろしかったのだ。

 

「バチンキーの残りの体力からいってもう一度ダイオウドウの攻撃に耐えられる可能性は限りなく0に近い……詰み、かもしれないわね」

 

 何度も脳内シュミレーションを重ねるソニアだったが芳しい結果を得られず唇をかみしめる。

 そんな時、逆転の芽がほぼ潰えたことでユウリの体がぐらりと揺れる。

 ここまでの激しい戦いでユウリが消費した体力は少なくない。今までそれを精神力で耐えてきたものの、唯一の希望が潰えたことで負担が一気に体へと押し寄せてきたのだ。

 慌ててソニアが手を貸そうとするも、それより早くユウリは自分の足で踏ん張る。

 

「アタシは諦めませんよ! アタシがアタシであるため、なによりポケモン達の為にも!」

「ユウリ……」

「……ソニアさん、一つお願いしていいですか?」

「……?」

「アタシが、突破口を見つけ出します。だからそれまで指示出しをお任せしていいですか」

 

 帽子を含めに被ったところでユウリの眼がスッと細められる。

 その目に魅入られた途端、ざわっとダイオウドウの体に寒気が走る。

 一挙手一投足、呼吸の回数から瞬きの回数まですべてを見通すかのようなユウリの視線にダイオウドウの体が二歩三歩と後退する。

 

「ユウリ……貴女、それは……」

「アタシにもよくわかりません。でも、なんだかこの状態になると世界がスローに見えてくるんです」

 

 それは一人でダイオウドウと戦っていたときに見せた片鱗。

 思考が最適化されていきクリアになればなるほど何もかもが遅れて見え始める。

 過酷なまでの脳の酷使と激闘が彼女の内に眠る『観る』力を呼び起こしたのだ。

 

「突破口は見つけてみせます。だからそれまで……できるだけ相手に手札を晒させるよう逃げまくってください!お願いしました!」

「えぇ!?」

「パオオオオン!!!」

「あぁもう、こういう自分勝手なところがダンデ君似なんだから!」

 

 そこから、ソニアにとっての地獄が始まった。

 

「逃げて!とにかく射程から飛び出して」

 

「『パワーウィップ』、来る、二秒後!伏せて!」

 

「あと三秒後に『アイアンヘッド』が来るから…えっと、半歩ずらして回避!一発だけ反撃して距離をとって」

 

 もとより咄嗟の判断能力にはそれほど秀でていないソニアにとって反撃をせず、ただひたすら相手の攻撃を誘うようにしてギリギリを避け続けるというのは正気の沙汰ではなかった。

 ダイオウドウの方もユウリの変貌に何かを期待するように動きを激化させ、ソニアにとっての地獄はさらに加速した。

 もし自分のポケモンを使えたら!と何度考えたことだろうか。

 ソニアが自身の寿命を削りながら、なんとか絞り出した数分。

 ダイオウドウの足が振り上げられた時、それまでピクリともしなくなっていたユウリが動く。

 

「ユウ――」

「サルちゃん、ジャンプ」

「ウキ!」

 

 ダイオウドウが足を振り下ろし『10まんばりき』を炸裂させるより早く瓦礫を足場に空へと跳躍したバチンキーはがら空きの頭部に『えだづき』をお見舞いする。

 

「……見事ね」

「お待たせしましたソニアさん。ようやく見つけましたよ、突破口を」

 

 額に汗をにじませながらユウリが突破口を見つけたと自信満々の笑みを浮かべる。

 

「説明している時間もありません。一気に決めましょう!」

「ええ!」

 

 復活したユウリの声がフィールドに響きわたり、続けてバチンキーも地を駆ける。

 近接に特化したダイオウドウの目と鼻の先ほどまで近づくものの、その動きには一切の迷いがない。 

 当然、不用意に近づいた相手へ鉄槌を降さんとダイオウドウは鼻を折りたたみ『アイアンヘッド』の態勢に入る。

 

「近づいたら『アイアンヘッド』、思った通りね!」

「サルちゃん、『くさのちかい』!」

 

 ズゾゾゾゾと地面が湧き立ち、フィールドを埋め尽くさんばかりに大量の葉群が現れる。

 バッと舞い上がる光景はまるで風で空へと飛び立つハネッコの群れを幻視させるほどで、辺り一面の空間を埋め尽くす。

 目晦ましっ!

 先ほどは『アイアンヘッド』をこれで逸らされたなと思い返したダイオウドウはすぐさま攻撃を取りやめ、広範囲を薙ぎ払わんと『パワーウィップ』を振るう。

 倍以上の長さとなった鼻を振るえば視界を埋め尽くしていた邪魔な葉が一気に散らされ、バチンキーの姿も見えてくる。

 ダイオウドウの、すぐ目の前に。

 

「ッ!?」

「ダイオウドウ、貴方はとても強くて誇り高い。相手の攻撃は真正面から受け止めて、その上で言い訳できないほど圧倒的に打ち破るのが大好き、そうでしょ? だからこんな目晦ましにもわざわざ技を割いてまで対処しようとする。それが貴方の『弱点』よ」

「『パワーウィップ』は広い範囲を持つ大技、その性質上攻撃の威力は先っぽに行けば行くほど強くなる。だけど逆に言えば根元であればあるほど力は伝わらず技の威力は大きく落ちる、と。考えたわねユウリ、これならギリギリで踏みとどまれる」

 

『くさのちかい』の目晦ましは攻撃を避けるためではない、『パワーウィップ』を使わせるための餌だった。

 そうまでして使わせた『パワーウィップ』の根元へバチンキーは突撃を加える。どれだけ力が伝わっていなくとも技は技、バチンキーの体は軽く吹き飛ばされる。

 しかし突撃はダイオウドウの態勢も崩し、威力をさらに減衰させた。

 バチンキーの残り少ない体力でも、瀕死の一歩手前で踏みとどまらせるまで。

 

「さあ、来なさい!」

「ウキキウッキィィィイ!!」

 

 傷ついた体でフラフラとしているのに、これまでで一番強い咆哮を上げる。

 極限状態まで傷ついた体に活力がみなぎり最後の力を振り絞らせる形で力が溢れ出す。

 全身から草のエネルギーが噴き出し、地面までも侵食し、植物の芽が顔を出し始める。

 『きせきのタネ』の比ではない、『しんりょく』による最後の力をこの土壇場で解放させたのだ。

 

「『きせきのタネ』×『しんりょく』。まったく……考えついても普通やる?こんなこと」

「馬鹿で結構。勝てばよかろうなのだー!」

「あー!それわたしの台詞!」

「一回言って見たかったんですけど、これ言うとIQ下がる気がしません?」

「うぼぁー!研究者に向かってそれは禁句!」

 

 おなご三人集まれば姦しい……二人しかいないがダイオウドウが♀だからそれも換算しよう。

 

「ダイオウドウもなんだか混ざりたそうに見てるわね」

「ここにきてまさかの和解フェイズきた?」

『お構いなく。』

「なに言ってるかわからないけどニュアンスでわかるわね。レポートにして提出できないかしら」

「これが女同士の友情言うやつですか?」

「絶対違う」『違います』

 

 バチンキーの体に漲る『しんりょく』の力にダイオウドウも興奮を隠しきれない。

 ダイオウドウの長い人生の中でも意図して『しんりょく』を発動させるなどという酔狂なトレーナーはいなかった。

 

 危険、綱渡り、博打。

 それらすべての賭けに勝ったものが今目の前にいる。

 

 それらユウリ達が手繰り寄せた最後の希望に敬意を表すかのようにダイオウドウも最後の溜めへと入る。

 強靭な四肢は地面にめり込ませるほど屈曲させ、巨大な鼻を今まで以上に折りたたむ。

 完成した体勢はまさしく動かざること山の如し。

 ダイオウドウは自身の最も得意とする『アイアンヘッド』でバチンキーを迎撃する様子だ。

 

 対してバチンキーは二本のスティックの内一本は用済みとばかりに地面に突き立て、残る一本で刀のような構えをとる。

 『しんりょく』で得た力と『きせきのタネ』で得た力、全てをこの一本に注ぎ込むつもりのようだ。

 

 両者ともに満身創痍。

 ダイオウドウは四度の連戦、バチンキーは格上とのタイマンで瀕死の一歩手前。

 張りつめられた力は器いっぱいに満たされ、少しでも動けば最後、全ての力が決壊してしまうかのようだ。

 二体が完全に静止したことで荒れ果てた壁画前が静寂に包まれる。

 先に動いた方が負ける、そんな空気を孕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺のカレーを食わせてやんよォォォ!!!』

『ぼくはシチュー派だァァァ!!!』

 

 戦場にはあまりにも似つかわしくない怒号。まことに遺憾ながらこの一言が一発で空気を決壊させた。

 

「バオオオオオオオオン!!!」

「ウキィィィィィィィ!!!」

 

 声に反応するように動き始める二匹のポケモン。初動を征したのはダイオウドウだ。

 彼の体から音速で技が射出される。ダイオウドウの『アイアンヘッド』は蛇のようにしなやかな軌道と獲物を狙って逃さない精密さが売りの大技だ。

 最速で最短、一部のブレもない美しい攻撃が一直線に飛んでいく。会心の一撃にダイオウドウ自身も勝ったと確信する。

 

「バオッ!!?」

 

 だがここでアクシデントが発生する。

 技を発動させるため足をまっすぐに張る直前、何かによってストップをかけられる。

 蔦だ。

 ダイオウドウの足にいつの間にか幾重もの蔦が絡みつき『アイアンヘッド』射出の妨げとなっている。

 何処から。

 原因はすぐ目の前にあった。地面に突き刺さっている方のスティックだ。

 バチンキーが不要とばかりに地面に突き立てた二本目のスティックが淡く黄緑色に光り、力を送り込んでいる。そこから小規模な『くさのちかい』を操り、気づかぬうちに足を拘束していたのだ。

 

「やりぃ!」

 

 ダイオウドウは知らない。

 目の前にいる少女は正々堂々に見えて、実は悪戯大好きなガキ大将であったことを。

 バトルの中での彼女しか知らないダイオウドウにとって完全なる盲点であった。

 

「決めてサルちゃん!」

「ウキィィ!!」

 

 大胆不敵にして揺るぎない実行力と胆力。『アイアンヘッド』の勢いが完全に削がれたことで形勢は一気にユウリ達に味方する。

 勢いが完全に殺された攻撃をバチンキーは軽やかに躱す。もはや完全にタイミングを読み切ったバチンキーには目を閉じていても躱せるものだった。

 

『アイアンヘッド』を足場として一気に駆け上がる。

 ダイオウドウは勤めて冷静に鼻を動かし振り払うが、バチンキー止まらない。

 ダイオウドウの体を拘束していた蔦を操り幾らかを絡み合わせた即席の足場を作り出し、蹴り飛ばす。

 

 鼻は引き戻したばかりで使えない。

 脚は拘束されて動かせない。

 大きな体もここまで近づかれては何かをする暇もない。

 

 ダイオウドウは自分の手札が全て使い切らされたことを悟り、自然と気持ちを吐露する。

 

『ユウリ、貴女のこれからの活躍をご期待しております』

 

 満足げな表情と慈愛に満ちた言葉は確かにユウリに伝わる。

 

「次は絶対にサシで倒して見せるわ。それまで首を洗って待っていなさい!」

「ウッキィ!!」

 

 だからこそ二人は全身全霊を込めた一撃で宣戦布告する。

 正真正銘、この大勝負を終わらせるために最後の技を振るう。

 

「『ウッドハンマー』!!!!!」

 

 兜割りの如く振り下ろされた渾身の一撃が全てを粉砕する。

 圧倒的な雰囲気が消失し、ダイオウドウの巨体が崩れ落ちる。

 

「勝ったッ!第三部、完!!!」

「何部あるのよ……」

 

 粉塵を巻き上げ、崩れていく様は堅牢な城が墜ちるような物悲しさと、同時に勝者を祝う勝ち鬨のようであった。

 

 

 




いきなり『観る』力とか言い出してポケスペ路線になるのか?と作者困惑中。
作者は一時期イエローに心を奪われていたことがあります。いいよね、ポニテボクっ娘。

ちなみにビートがシチュー好きというのは作者の勝手な妄想です。こいつはカレーよりシチューの方が似合うかな、って。
やべぇよ、やべぇよ……勢いで変なセリフ入れたけどビートの方どうするのかまだ決まってねえよ。
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