何も解決してなくねと思ったエンディング。グッドに見えるけど本当にグッドなのかあれは、と思った今作。
 物語のラストでとった行動とエンディング後のマテリアルに喪失感が拭えないので投稿です。

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リハビリだす。
関係ないけどkh3の裏ボス有り得ないぐらい強くて草


Ex file 00 「再起」

 白い摩天楼、その屋上。黒い軍隊めいた制服という装いの女性。警察を思わせる青をメインとしたカラーリングに、しかしーー今日人々を脅かす化け物ーーキメラに対する備えとして防弾チョッキの上にチェストプレートまで重ね着した男性。女性が赤い鎖で彼女の手首と繋いだ赤い人型の異形ーー両手が剣のーーを手繰り、ソレとシンクロする様に男性へと踏み込み、エクスバトンを突く。

 激突する青いスパークを帯びた二人のエクスバトン。アキラの青いアローレギオンの連射する矢を避け、叩き落として吶喊する、赤いソードレギオン。彼等のレギオンと同じく、ぶつかり合いが一瞬の均衡を見せた後、警棒のようなソレがお互いの武器のエネルギーの反発に火花を炸裂させて跳ね返り、両者は後ずさる。

 

 「どうしてだ!アンタと俺が戦う必要なんて無いだろ!?」

 

 身内を止めようと言う時に、更に身内で争う様な事をしてる場合じゃない。冷静に考えてみれば分かるはずだ。そう呼び掛けようとするアキラは狼狽えるしかない。自身と相対する双子の姉の目は、動揺など欠片も見せない理性的な光とその性格を体現する様に真っ直ぐと彼に向けられていた。間違っているのは自分なのか、そんな考えが一瞬脳裏を過り、間隙なく切り捨てる。    

 この摩天楼を駆け上がる際にアキラは見ていた。ヨゼフだけでなく人類にとって、違う。ヨゼフにこそ重要な施設である筈のこの場所が、招かれた様に折り悪く現れたキメラや次々と侵食された職員に滅茶苦茶にされ、更には異界化が見たこともない速度で進んでいったのに、彼は彼女と同じレイヴン隊員の一人も寄越しはしなかった事を。自分の身を守らせるために護衛の一人も割きたくはなかったのだろうか。彼はそんな肝の小さな男かと言えば、寧ろ逆と言える。怨敵だと、許してはならない敵だと、その時彼を護っていたアキラと彼の姉を圧倒的に上回る力を示したジェナに向けて非力である筈の彼は啖呵を切ったのだ、「私が人類を救うのだ!」と。肝が大きいからこそここを捨てることを決心したのでは?例え用済みだとしても、そうするには余りにも惜しい設備と資源がここにはあり、費やされている。憶測に憶測を重ねたに過ぎないが、もしかすれば、本当に必要では無くなったからのこの行動なのだろうか。だからこそ発つ跡が幾ら汚れていようと構わない、と。

 何の物的証拠もない予想だ。彼の立ち居振る舞いから彼の性格はこう。だから彼の行動の意図はこうではないか、と杜撰にも程がある考えだ。とは言っても、己の目的を絶対の基準として行動し、他者がそうでないなら容赦無く切り捨てる。そう思える行動がアキラになんら不思議でない様に思わせた。

 新しい環境に連戦続き。疲労が溜まっていたのだろうか、目の前の戦いから思考の飛んでいた彼は、武器を再び構える姉を見て焦ったい思いを吐き出した。

 

 「どうしてわかってくれないんだ!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 私を愛してくれる人はいなくなった。人間は一人でいるのが当たり前。成長すれば一人立ちする事が当たり前。孤独は毒だと言うけれど、それがあんなにも辛くて寂しい事だとは思わなかった。

 私は無価値だ。猫は気まぐれだと人は言う。そうではない。人こそ気紛れだ。意に沿うものがあれば近付いて、そぐわなければ離れていく。氷の蜘蛛の糸は気付けば蒸発して靄のように消え失せていく。誰かが自分を何があっても愛してくれる、それが当たり前ではないのだと知って、私の寂しさが薄れる事はあっても、その寂しさがなくなる事は決してなかった。無償の愛、或いは母性と呼ばれるものを賞賛する哲学者に対して、私は彼等をマザコンだと勘違いしていた。ここからは私の想像だ。彼等は愛を注がれて育ち、世に一人立つ。そして、薄氷の様な人間関係を築き、その壊れる度に、あらゆる愛の手に入れ難さを知る。友愛、異性愛、親愛。将来の為、計画的に時間を消費する事を必要とする人々は、無価値なものには、時間を浪費させてくる存在には手を出したがらない。彼等はそこで自身は無価値な人間であることを思い知らされたのではないだろうか。必要とされない。つまりは、愛されない。世に、誰からも必要とされず、資源を浪費し、生命を貪り、幾多の屍の礎の上に佇むだけ。私達人間は生きているだけで罪深い。そして先人が命をかけて築いたものの上に胡座をかき、一日命を繋ぐために数えきれない程の生命の屍を食らう私は、無価値どころか、有害でしかない。私は愛されていない、この世に必要とされていない。そう哭いて飛び降りた賢者がいたと聞く。なら私は、今の私に生きる意味はあるのだろうか。

 

 音の無い病室。ノックの無い毎日。萎びていく生花。レギオンのコアが収められていたレガトゥス、それが付いていた左腕を眺める。ゴツくて、重くて、大きい、邪魔だったそれももうない。部屋を蹂躙する様な臭い(ジャンクフード)の詰まった紙袋もない。空腹をごまかすために目蓋を閉じる。

 そう言えば。レギオンを失い、私を庇って入院したアキラもこんな風に参ってしまったのだろうか。彼が意識を取り戻さない時に一度彼の病院を訪れた後は、ネウロンとしての仕事やレギオンとの訓練で行かずじまいだった。意識を取り戻し、体を動かせるほどに回復するまで彼はどんな思いでいたのだろう。言い訳はある。きっと仕事をほっぽり出せばアキラは自分を責めるだろうし、その間にキメラや偏移体に襲われるだろう人々の命を見捨てる事が許されるはずない。許したくない。誰かが自分の未熟さの所為で命を落とす事はさせたくはなかった。でも、目の覚めたアキラに会いに行ってあげればよかった。今はそう思う。

 人は失ってから大切なものの尊さに気付く。当たり前だ。ありふれていると感じられるものが貴いと思えるはずがない。けれど、これほど覆したいこともないだろう。

 上体を起こし、腕を窓へと精一杯伸ばし、指先に触れたロックを外し、ガラス面に押し当てた指を引いて窓を開ける。肌を切る様な風が吹き込んでくる。反射的に腕で首元と顔を覆う。まえはこんなものどうって事なかった。風が止んだ隙に窓を閉めようともう一度手を伸ばすと、幾らか細くなった様な腕が目に入った。華奢といえば聞こえはいい。腕の皮膚を引っ張ると薄くなったソレに凹凸が浮かぶ。筋肉が脂肪へと変わっているのだ。溜息をついて胸中から淀みを吐く。スッキリした。

 引き戸の開く音がする。ノックはない。音の方を見ると白衣の女性が姿を現した。

 

 「ハワードさん、お散歩の時間ですよ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 きゅらきゅら。

 ダウンジャケットにマフラーがぬくい。ガタガタと揺れる座席にも慣れた。外気がキツくとも、病院から出た開放感、そして日の暖かさに心が緩んだ。ほうと息をつく。私はこの瞬間がたまらなく好きだ。この一瞬、あらゆる鬱屈から私は解放される。

 

 「どうですか、寒くありませんか」

 

 後方頭上から声をかけられる。いいえ、とだけ返して目の前に広がる光景に自身を目移りさせることに集中する。黄金のイチョウの並木に挟まれて真ん中に細い堀川のある歩道。銀杏が落ちれば暫くは見にこれない為に、今だけしか味わえない景色だ。此処には時代が隔絶した様な雰囲気がある。同行してくれる看護士に聞いたところ、百五十年以上も前の街を再現したらしい。

 

 「「新しい」と「新鮮」て違うんですね。古臭い町に新鮮さを覚えるんですから」

 

 彼女は変わっている人間だ。そう言った人間は格好の話し相手を見つけるとお喋りになるので、適当に相槌をうつ。

 

 「そういえば、足の方はどうですか。寒くありませんか」

 

 特にそう言ったものは感じられない。車椅子に固定された毛布に覆われる自身の両足。感じるものと言われれば、下の世話をされる事に覚えるものがある。機会が訪れるたびに、相手が異性でなくてしみじみ良かったと思う。

 

 「あはは。男の患者さんだと結構キちゃう方いるんですよね。同じ男性の看護士でもお孫さんやお子さんの年齢の人に相手されるのはキツいて」

 

 「そんな年齢の方が未だご存命で治療を受けられる。世の中もだいぶ平和になったんですね」

 

 そう、なのだろうか。

 未だ人類は崖の縁に立たされている事に変わりない。ヨゼフ司令兼博士はこの世を去った。しかし、優秀な彼を失った研究機関は皮肉にもその出来事によって、頭角を表し始めている者が出てきていると聞く。まるで一部故障を起こした脳が欠陥を補う為にある部分を発達させる様に。レギオンは量産体制が完了し、ネウロン隊員の全てへの配備は済んでおり、一部警察にまでそれは導入されているらしい。 

 確かに世の中は以前と比べれば平和に近付いているのかもしれない。つまりは私はもう必要ないのかもしれない。今や私も代替の効く部品の一つだからだ。

 

 「私はハワードさんが必要ですよ。患者さんがいないと飢え死にしちゃいますからね。でも・・・そうだ。看護士になるなんてどうでしょう」

 

 はい?

 

 「看護士じゃなくてもいいんですけど、戦い以外を生業にするのはどうでしょう。私達は人手不足ですし、患者さんも私達の助けを必要としています。探せばセカイさんを必要としてくれる所があるんじゃないですか」

 

 はぁ・・・

 正直甘えていると言われても仕方ないが、戦う以外に気の進むものがない。けれども、教官の真似事ぐらいなら。そう思ったところで自分の両脚の事を思い出した。これは別の案が必要かな。

 ありがとう。看護士になるかはわからないけど、退院した後の身の振る舞い方を考えてみる。そう口にする。

 

 「・・・あっ、そう言えば!その足なんですけど」

 

 カッと辺りが明るくなる。がたがたと揺れていた車椅子に激しい地鳴りが伝わってきた。轟音と轟風。看護士の悲鳴と共に車椅子が横倒しになり、自分の体が投げ出される。まともに受け身も取れず、掌が地面に強く擦り付けられる。

 音の発生源の方を見やると、そこは病院があった。四階建てであった筈のそれは3階までしかなく。新しい屋上からは大きな火が煤色の煙になって逆巻いていた。丸いシルエットが見える。それは丸い肋骨に髑髏がついたキメラを彷彿とさせた。

 

 「うそ・・・」

 

 無意識に手を伸ばしても何も現れない。レギオンがいれば、エクスバトンがあれば、防護服があれば。そうだ、何を私は思いあがっていたのだろう。当たり前になっていた誰かの協力がなければ戦えもしない非力な一般人なのだ、私は。

 その空虚さを納得とともに受け入れている私は歯噛みして、しかしそれ程の悔しさを感じなかった。

 

 「・・・市民体育館に行きます。あそこは避難場ですから。いいですか」

 

 彼女が自分を車椅子に座らせるに易い体勢を取る為に、体を起こして、青いノイズの様な燐光が地面に付着した血から昇っているのが目に入る。瞬きすると、ただの真っ赤な血に砂利だけ。

 

 「揺れますから、我慢してくださいね」

 

 考える。さっきの現象の意味を。あれは私の渇望が見せた錯覚か、そうでないのか。判別ができない。

 レギオンとシンクロした時の感覚を思い出す。同期したもう一つの自身の意識と、位置情報の違う自分の体の感覚。混線しそうなソレを必死に捌く感覚。目を開けると青く光る自身の前髪が視界に入る。が、やはり足は動かない。

 何かが足りないのか、何が違うのか。レギオンを操る時とは違うのか。

 

 アキラがレギオンと融合した時、ハルの言っていた事が頭に過ぎった。

 ジェナが死に間際に慈しみと哀れみを湛えた表情で私に囁いた言葉を思い出した。

 

 私はレギオンを操る感覚をもう一度呼び起こす。ソードレギオンも、アローも、アームも、ビーストも、アックスもここにはいない。けれど彼らの血肉と私の身体は融け合った事がある。彼等の細胞が瀕死の傷を塞いでくれた事がある。

 私は自身(レギオン)の足を操る。

 久しく感覚の無かった両足に神経が機能を取り戻したのを感じる。逸る気持ちを抑え、脹脛や太腿を僅かに動かし、力んだり脱力したりを繰り返しながら、精密な動作と操作に狂いがないかを確かめる。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 今の私がやるべきことはわたしの担当する患者さんの命を保証すること。出来る事はこの人を安全な場所へ連れて行く事。

 それだけを頭に言い聞かせて焦ったくハワードさんの車椅子を押していると、彼女の髪の毛が青白み始め、光り始めた。日系の血の特徴を表す濃く暗い髪が青い炎の様に燐光を上げて揺らめき始めた。

 息を呑んだ。硬直した体が本能と理性のどちらを優先するかで迷っている。今すぐハンドルから手を離して逃げるべきか、それともーーーーーー

 

 「大丈夫ですか!」

 

 そんな考えを蹴散らす様に声を張り上げる。此方を向いた彼女の目は、今まで目にしたことも無いような力強さを宿して燃え盛る様に輝いていた。

 この目を私は見た事がある。

 真っ白な包帯を否応なく赤が瞬く間に侵していく。そんな閉じ切ってもない傷を放ったらかしにして死地へ戻って行った警察官の目だ。

 直感した。この人は行く気なんだ。

 

 「無茶ですよ!そんな足で行く気なんですか!?」

 

 するとハワードさんは車椅子を降りて立ち上がる(・・・・・・・・)。足を覆っていた毛布を固定したベルトはいつの間にか外れており、毛布が重力に下がって落ちる。夥しい程に走る青く光る血管、その浮いた足が目に入った。

 

 「・・・」

 

 驚愕する他なかった。

 さっきまで望んでいた奇跡が起こってしまった。こんなタイミングで。これだけ呪わしい奇跡もない。この人は間違いなく戦いに行ってしまうだろう。筋肉の削げ落ちた、病み上がりの体で。

 はっしと彼女な手首を掴む。骨張った感触のソレに強く握った。

 とは言え、こんなひとにどんな言葉をかけたら良いのか分からない。

 そうして黙りを決め込んでいた私の手を、ハワードさんは包むように握った。

 

 

 

 

 私達はバケモノの子です

 

 それでも、人と歩める事を証明したい。

 

 アキラと一緒に、お父さんに誓ったんです。

 

 だから、どうか、これ以上私から生きる意味を奪わないでください。

 

 私に守れるものはもうこの約束しかないんです。

 

  

 

 

 手の平に掴んでいた彼女の手の感触が消える。驚く私は彼女の手首から先が無くなっていた事に気付く。そして、やがて失われた彼女の手は、立体パズルが組み合わさる様に細かなキューブが凝集し、復元された。

 

 我に帰る間もなく、彼女は病み上がりとは思えない健脚ぶりで走り去っていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 黒々とした煙が溢れ出る病院のエントランスの前に着く。煙を避ける為にはい着くばって進むか、それとも火元に近い侵入経路を探すか。

 私は人間の域から外れているのだろう。しかし、レギオンと私の容姿は似ても似つかない。私は彼等にどれだけ近付いているのだろう。

 たかが三階。されど三階。手の付けやすそうな縁の一点を見据え、大きく息を吐くと、助走のかわりに跳ぶ。

 浮遊感を感じる間もなくストンと着地する。

 何が足りなかった。何処を改善すれば良かった。誰かが見ているのではないかと思うと、気を紛らわせようとして、そんな時間もない事に正気に戻る。

 割れたガラスが地面に散らばるのが視界に入ると、エントランスへ姿勢を低くして入る。

 

 ぱきり

 

 踏み締めたガラスの割れる音。私がその音を出した直後、煙の中から白衣の偏移体が飛び出してきた。

 振り下ろされようとする巨大な右腕の爪。そこにDNAの様な螺旋を描く力の流れが見えた。間隙を置かず、そこへ向かって右腕を突き出す。

 

 「◼️◼️」

 

 ぐら付く相手の心臓に、踏み込んで右腕を突き出す。スッと腕が肉体に入っていく、生温かな感覚に反射的に右腕を引き抜くと、ここ暫く目にしていない、懐かしい相棒()()が目に入った。

 視界が煙で覆われている事にしゃがもうとして、目にソレが染みていない事に気付く。呼吸をしても、何も感じない。

 腰を上げて辺りを見回す。此方に揺らめいて近付いて来る一対、二対、三対、次々と増えていく光。

 偏移体と言えど、周囲を囲まれるのは芳しくない。病院の三階に通じる階段はこのまま直進した先にある通路の両端にある。一つは目の前の一体の直ぐ背後にある。囲まれ切る前に、この包囲の一点を破って突っ切る。

 道を塞ぐ一体を切り裂き、突進して轢き倒すと直ぐに現れた階段を駆け上がる。

 開放感のある四階に出ると、ふわふわと丸く浮かぶものが目に入る。黒々とした肋骨に頭蓋骨。似た個体よりも一回り大きい。分類c1-10の中でも上位c9のキメラ、デイモス。

 そのデイモスは何をするでもなく漂っている。同個体の烈火を体現した様な苛烈さから程遠いソレに疑問を覚えていると、その個体から近い所に大きめの瓦礫に身を隠している子供が見えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 子供の身を隠す瓦礫、その覆い隠せない場所を見下ろさんとする近付くキメラを、バーナーの尾を引いて飛来した拳が打つ。床に跳ねて転がるソレを針鼠にする様に青い光線が次々と飛来し、爆発する。

 

 そんな光と音に歯の震えすら止まっていた子供は、浮遊する、成人の胴体程に太いであろう腕に掴まれ、足元に床が無くなった時に目を瞑った少年はまもなく足に地がついた感覚に目蓋を開く。彼は病院の敷地外に出た事に気付くと、背を向け覚束ない足を懸命に動かし始めた。

 その少年の元に知った顔が近付いて行くのを見たハワードは視界を戻す。ゲートが開き、デイモスよりも一回り小さな同類が二体現れる。

 全く危険でなかった事はない。しかし、より危うい戦いになる。

 倒す敵の順番と、その手順を即座に決めた彼女は自身の体から離れ、浮遊する手を分解し、剣状の腕へと再構成し、駆け出した。

 デイモスがその身から間欠線の様に湧き上がるエネルギーを解き放つと、立ち込めていた煙を火で塗り替える様に吹き散らした。ソレが自身へ走り寄る女を視認すると、勢いづけた振り子の様に彼女へ突進する。

 勢いそのままに彼女は体を、接近しきるデイモスと床の間に滑り込ませ、その背後へと抜けると火を此方へ吐かんとする小型キメラへ接近し、敵の喉に走るエネルギーを断ち切る。

 

 「」

 

 妨害する様に飛んでくる、人一人焼き焦がす程の業火の弾。彼女はその横槍を大きく後ろに跳び、避けざまに距離を埋める為に長大にした右腕の剣で追撃にと高く高くカチ上げる。跳んで行くソレへアームレギオンの腕に再構成した左腕を飛ばすと、同じく再構成した右腕で彼女自身を投げ飛ばした。左手がキメラを捕まえると、追い付いてきた右腕を引き絞り、敵を打ち抜いた。一体は砕かれた砂城の様に飛び散る。

 彼女はその勢いで背後を、残る二体がいる方向へと見る。此方へばら撒かれる火の弾が当たらない様に祈りながら、左腕の根本から生やした青い鎖を、浮いたその片腕にまいた彼女は、再度それをもう一体の小型キメラへと射出する。左腕にがっしりと捕らえられ、無い足で引っ張られまいと抵抗するキメラ。彼女が鎖で繋がった左腕を引くと彼女自身がキメラへとぐんと引き寄せられ、右腕で敵を殴り抜いた。ソレは砂塵を巻き上げ盛大に瓦礫へ突っ込んだ。

 有り余る勢いを殺しきれず、着地と同時に転げ、回る視界の中、床に入った亀裂から輝く光が熱と共に漏れるのを見た彼女は、体を強引に人間の両手で跳び起こすと、我武者羅に走った。一歩背後から背を炙る程の火柱が際限なく湧き続ける。

 それが目の前に噴き出す予兆が見えた彼女は横に身を投げ出す。急いで顔を上げると頭上にデイモスが見えた。

 業火と共にデイモスはその巨体を床に叩き付け、それによって発生した爆風紛いの衝撃にハワードは身を叩かれ、吹き飛ばされる。

 彼女は瓦礫の上を転がる。痛みを堪えて立ち上がると、デイモスが力を溜め込む様な動作をしていた。火球を幾つも吐き出すのだろう。

 見覚えのある動作に彼女は再びデイモスへと駆け出した。此処でソレは怯んだ。全く躊躇いの無い、しかし決して無謀でも無い突撃。想定と理解の埒外の行動。なまじ他のキメラよりも知能が優れていた為に怯んだソレは、平静と時の感覚を失い、決定的な隙を晒す。力の流れ、その乱れを隙と捉えた彼女は、両腕を柄にし、大剣と見まごう程の斧を構成する。彼女の優れたバランス感覚で助走と共に一回転、振り回された斧が圧倒的な暴威を持ってデイモスへと届く。それは人の腕程もある肋骨をさもそれが小枝であるかの様に叩き割り、晒されたコアを澄んだ快音と砕く。

 

 デイモスと同タイプのキメラ、エレメント系のキメラは厄介である。しかし、デイモスよりも「小型」のソレは「特に」危険だ。何故なら彼らは傷を負う度に窮場を切り抜ける為体を大きくし、取り扱えるエネルギーを増やし、やがて最後は風船の様に弾けて限界まで溜め込んだ熱エネルギーで辺りを吹き飛ばす。それこそ、この病院の四階が床だけを残して消え去った様な。

 

 デイモスへと刃を振り抜く直前、ソレと遜色変わらぬほどに大きくなったキメラが赫灼と輝き、心臓の鼓動する様に体が膨れては収まってを繰り返していたのが、彼女の視界に捉えられた。

 瓦礫に突っ込んだ二体目のキメラ、ソレはまだ死んでいなかったのだ。

 熱量を伴った光、夜を昼間と誤認させる様な明るさのそれが、弾けた。

 

 

 

 

 

 この日、マモリ・ハワード隊員はMIA、行方不明とされた。現場近くにいたとされる看護士の証言から、彼女は死亡した可能性が高いと見られ、その安否を確認する捜査は早々に打ち切られた。以後、事後処理と福祉施設の復建が行われている。




続きはないです。


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