亡命の王女と王女様の騎士   作:レーナ/アカデミア

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賢者の孫は好きじゃないんですけどね。



3. 「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」vs「乱数聖域」

 

【ランドソル王城】

 

ランドソル城下町を見降ろす様にして標高高くそびえ立つ城が存在する。

この王宮が移動したという記録は存在せず、その身一つでランドソルの長い歴史を常に見守ってきた。

 

そして今日、10年来に城門を通過する青年が1人。

 

「ランドソル王宮、久し振りだな……」

 

青年は門番に通行証を差し出すと慣れた様子で王宮内部へ移動する。

 

 

10年前、彼とユースティアナが出会ったのは王宮の庭だ。

その日以降、アサヒは毎日のように草むらから王宮内部へ侵入し、ユースティアナを連れ出した。正門なんて言葉は幼き日の彼の中には存在しなかっただろう。

 

しかしある日、ユースティアナの侍従者に見つかってしまった。

大目玉を食らうことを覚悟したアサヒだったが、意外なことにその侍従者は快くアサヒを歓迎し、翌日から正門を通ることを許可するよう手配してくれたのだ。

 

アサヒがランドソルを離れる前日、侍従者である彼女はアサヒにこう言った。

「ユースティアナ様を外の世界へ連れ出してくれてありがとう」と。

彼女なりの、ユースティアナへの心遣いだったのかも知れない。

 

「元気にしてるかな…」

 

そんな親しい人物への想いを馳せつつ、アサヒは見慣れた王宮内部を難なく移動する。

見慣れた建造物、見慣れた通路、ユースティアナと遊んだ場所、彼女の両親と食事を共にした場所。

それらを目にすると自然と心が懐古に浸ることになる。

 

「ここかな……」

 

そんな事を思い出しながら業務説明会の要項に書かれた場所と思わしき場所に辿り着くと、そこは見慣れない場所だった。

それも当然、この場所はアサヒがランドソルを離れた後に増設された【王宮騎士団鍛錬場】だ。

 

「おや、君かな? 陛下が言っていた新団員というのは」

 

アサヒが鍛錬場に気を取られていると、背後から見知らぬ人物に声を掛けられた。

その人物は全身漆黒の鎧を身に纏い、如何にも王宮騎士団所属と言わんばかりの圧力を放っている。

 

「あ、はい……。貴方は?」

 

兵士という事を嫌でもアピールするその風貌にアサヒは一瞬面を食らったが、すぐさま質問に切り替える。

 

「ああ失礼。私はジュン、王宮騎士団の団長を務めている」

 

その返答にアサヒは驚いた。まさか王宮騎士団の団長と即座に出くわすとは思いもしなかったからだ。

しかしここはユースティアナにおいての『敵地』。この人物とも敵対する可能性がある、隙を見せず、常に冷静に振る舞わねばいけない。

 

「しかし驚いたよ。時間になれば正門に迎えに行くよう頼まれていたけど、まさか1人でここに辿り着けるなんて」

 

「あー、えっと、たまたまです、たまたま!」

 

危ない危ない、とアサヒは肝を冷やした。

そして急いで話題を逸らそうとする。

 

「名乗るのが遅れました。自分はアサヒと言います」

「うん、陛下が何度も言っていたから知ってるよ。それにたった1人の新入団員、忘れるわけないさ」

「1人……?」

 

【おかしい】。

その会話にアサヒが違和感を感じない訳が無い。

新たに加入するのは十数人と聞いていた。いや、()()()()()()()

そもそも王宮騎士団は人手が足りないと言う面目の元、団員を募集していたではないか。

更に、陛下……ユースティアナから地位を奪ったという『全ての元凶』が自分の名前をこのジュンに何度も伝えていたと言うのだ。一体どういうことなのだろう。

 

「時間だ、中へ入ろうか」

 

アサヒの心の中の猜疑心は拭い切れない。しかし、時間は待ってくれないらしい。

とにかく今は王宮騎士団に加入する事を第一としなければ。

そう思いながら、アサヒは扉の中へと誘われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「–––––以上が業務の全内容ですが、何か質問は?」

「はい、わかりました。大丈夫です」

 

入室から約1時間が経過した。

係員より業務内容を説明されていたアサヒだが、幼い頃から王宮に出入りしていたアサヒにとって、王宮騎士団の内容は余りに理解し易い内容だった。

それにしても、わざわざ1人の為に仰々しい説明会を開いたのかと思うと、やはり疑念を抱かずにはいられない。

 

〈ガチャ〉

 

「やあ、そろそろ終わる頃だと思ってね」

 

扉が開かれると、そこには先程アサヒを招いた団長のジュンの姿が現れた。

 

「丁度良かった様だね。アサヒくん、君は最後にやらなければならないことがある」

「何ですか?」

「うん、ちょっと私について来てくれるかな」

 

アサヒは言われるがままにジュンに追従する。

ここはアサヒがランドソルを離れた後に建てられた場所だ、当然、今からどこに連れて行かれるかは彼にとって不明である。

そして数分後、アサヒは大きな木造の扉の前に立たされた。

 

「さあ、入って」

 

 

アサヒは扉に手を掛け、力を入れた

 

 

すると–––––

 

 

『おお、来たぞ!』

『お前が新入りか!宜しくな!』

『結構若いんだな』

 

 

王宮騎士団所属の兵士と思われる人物が十数人居合わせていた。

そして、アサヒに対する反応を送る者がいれば、歓迎の言葉を送る者など人それぞれの反応を見せせいた。

 

『なーんだなんだ?陛下のお眼鏡に適う新人が入ってくると聞いて見に来れば、ただの坊やじゃないか』

『こら、クリスティーナ!これから共に戦う仲間に何てことを言うんだ!』

 

各人が優待的なムードを見せる中、金髪の女性だけは不服といった態度を見せ、それに対して白髪の女性は反発している。

 

異質なムードに戸惑うアサヒだったが、後方に佇むジュンの方へ振り向いた。

 

「あの、これは……?」

「丁度業務が空いている者達に集まってもらってね、顔合わせさ。それと」

 

それだけ説明すると、ジュンは団員の方へと歩き出し、再度アサヒへ目を向けた。

 

 

「ようこそ

 

王宮騎士団(NIGHTMARE)】へ」

 

 

会場は拍手に包まれた。

側から見ればある種の内定式の様な、そのような集まりに見える。

 

「–––はい、宜しくお願いします」

 

ひとつ、会釈。

敵地と警戒心を怠らなかった彼だが、この空気には呆気に取られた。

王宮騎士団に対する意識変更が必要かも知れないと、そう思う程に。

 

「やあ、初めまして!私はトモ、これからよろしくね!」

 

先程金髪の女性と小競り合いを起こしていた人物がアサヒに握手を求めて近付いた。

年齢はアサヒより若いと見受けられる、彼は彼女に対し、友好的に握手で返した。

 

「宜しくお願いします、自分はアサヒです」

「堅いなぁ〜。確かに私は先輩だけど、見た所貴方の方が年上だし、気軽にトモって呼んで欲しいな」

「こらこらトモちゃん、これからアサヒくんには大事な用があるんだから」

「あ、そうでしたね。じゃあアサヒさん、また後で!」

 

ジュンに注意されると、トモは瞬時に自分の持ち場へと戻って行く。

掴み所のない人物、それがアサヒにとってのトモの第一印象だった。

 

「アサヒくん、君は戦闘員志望だったね?」

「はい」

「では、これから君には【王宮選抜試験】を行ってもらう」

「王宮選抜試験……?」

 

その仰々しい名前の試験に、アサヒは顔を強張らせる。

 

「ああごめん、そこまで身構えないで欲しい。試験なんて名乗っているけど、これは適性検査。君の力量を測って、どの部署が適しているか見定める為の試験なんだ」

 

ジュンが試験のあらましを説明すると、雑務と思われる人物が試験用の道具を運んで来た。

 

「ルールは簡単。この模擬刀と防具を用いて団員と模擬戦を行う。その結果や過程を鑑みて、アサヒくんの役職を決めさせて貰う」

 

雑務員が提示した模擬刀と防具を一瞥し、アサヒはそれぞれを手に取る。

 

(つまり、ここで認められることがあれば高い役職を得られ、より王宮の情報を知ることが出来るのか……よし……)

 

アサヒは奮起すると同時に手に取った模擬刀を一振り。

納得した表情から見るに、どうやら彼の審美眼に間違いはなかったようだ。

 

「では両者、前へ」

 

審判の号令と共に、アサヒと1人の団員が所定地へ着く。

相手の背丈と風貌から察するにアサヒより年上と思われる。

 

 

(ティアナ……待っててくれ)

 

 

10年前に約束を交わした青年の長き戦いが

 

今、始まる

 

 

 

 

 

 

 

 

「驚いたな……」

 

〈一刀〉

いや、〈三刀〉

 

多くの者には一瞬で勝負が決したように見えたかも知れない。

しかしここにいる2名の人物だけが、その試合内容を把握していた。

一瞬で決する攻防の中、アサヒは相手の太刀筋を受け流し、その後的確に三本の斬撃で相手を斬り伏せたのだ。

 

10年の飽くなき鍛錬の末、アサヒはめきめきと成長を遂げていた。

剣術の才能があったのか、それとも何か他の要因があったのか、それはアサヒ本人にもわからない。

その剣術は、いつしか常人の技術を凌駕していた。

 

 

「ほほう……!」

 

大半の団員が呆気に取られる中、トモに『クリスティーナ』と呼ばれていた金髪の女性が不敵な笑みを浮かべる。

 

「あっ……おい!クリスティーナ!何をするつもりだ!」

 

トモの注意すら彼女には馬耳東風。

歩みを止めることなく、クリスティーナはアサヒに対して歩みを寄せた。

 

「ただの坊やだと思ったら面白いじゃないか…。よし坊や、私に勝ったら副団長権限でより高い位をくれてやろう。どうだ? 私と戦え、さあ、今すぐ!」

「ちょっ……クリスちゃん、流石に新団員に対して君が相手じゃ……!」

「やります」

「なっ……」

 

アサヒは本能で感じていた。

【彼女は異質】であると。この中の誰よりも。

そして、彼女に勝つ事がユースティアナの居場所を取り戻すことへの近道であると。

 

「はっはっは!いいぞ!そう来なくてはな」

 

クリスティーナは高飛車な態度を見せると、選ぶ事なく模擬刀を手に取り所定の位置に着く。

防具など微塵を付ける気配は無い。『自分が勝つ事しか見えていない』のだ。

しかしそれは驕りなどではない、彼女に取っては『絶対の事実』なのだから。

 

「こうなっては仕方ない……アサヒくん、無茶だけはしないようにね。もし何かあれば私が助けに入るから」

 

それだけ言い、ジュンは引き下がって行った。

王宮騎士団の団長にここまで言わせるのだ。彼女の力量は予想を遥かに凌駕するだろう……アサヒは警戒心を強めた。

 

 

「試合開始ッ!!」

 

試合開始の号令が辺りに響き渡る。それと同時にアサヒは相手の出方を伺った。

が、クリスティーナの様子はそれとは対極的なものだった。

 

「恐怖の時間だ!」

 

クリスティーナは地面と平行に両手で刀を携え、何かの所作を行った。

ここにいる団員の殆どは、それがルーティーンか、それとも何か別の所作かはわからない。

しかし、意味の無い行動では無いと、アサヒは直感で感じた。

 

「来ないのか? ではこちらから行くぞ!!」

 

先程の所作を終え、クリスティーナはアサヒに剣戟を浴びせようと振り掛かる。

その剣戟は余りにも剛直であり、一直線にアサヒを目掛けていた。

 

(防げる……!)

 

 

しかし

 

 

「ッ!?」

 

クリスティーナの刃を受け流そうと構えたアサヒの刃を『まるですり抜けたかのように』クリスティーナの刃はアサヒの防具を掠めた。

 

「避けたか……運の良い奴だ」

 

アサヒには理解が追い付かない。

しかし考えている余裕は無い、攻撃をし終えたクリスティーナはまるで無防備、反撃の好機–––––そう思いアサヒは斬りかかる。

 

 

 

 

「!?」

 

 

確実に命中したと思われる剣戟は『まるですり抜けたかのように』クリスティーナの体を通過した。

 

「ほらほらどうした!もっと私を楽しませろ!!」

 

動揺するアサヒの都合なんて考えるはずもなく、クリスティーナは重い一撃をアサヒに浴びせ続ける。

 

(一体どういう事だ……!?落ち着け、落ち着いて考えろ……!)

 

当たらないクリスティーナへの反撃を行いつつ、アサヒは思考を張り巡らせる。

そして、当たらない剣戟の中に『ある法則性』を見出した。

 

(そうか!)

 

ひとつ。

アサヒはクリスティーナの性質について『仮説』を立てた。

そして、それを立証すべく、次の一撃を繰り出した。

 

 

【カッ!!】

 

 

その一撃は

 

クリスティーナ本体に当たるには至らずとも、初めて彼女に刀での受けの体制を取らせた。

 

 

「あ、当たった……!」

 

試合に見入っていたトモは思わずその一言を発した。

その手のひらは汗で濡れている。

 

「ほう……私の絶対防御を破るか……」

 

クリスティーナは笑みを浮かべている。自分の好敵手と出会えた、まさしく戦闘狂そのものだろう。

 

「ではこちらはどうかな!!」

 

鋭く、重い、彼女の剣戟がアサヒを目掛ける。

先程までであれば確実に命中させられていたであろう。

 

 

しかし

 

 

「なに!?」

 

 

その剣戟は当たるに至らず、空を切った。

ここでクリスティーナはこの試合で初めて動揺の表情を見せる。

 

 

「ふぅ………」

 

アサヒが疲弊した表情を浮かべる。

 

それもその筈。

アサヒがクリスティーナ攻略に用いた方法は

『攻撃が当たらなければ、当たらない前提でその先を導き出す』

『攻撃を避けられないのであれば、避けられない前提でその先を導き出す』

というものだ。

 

どちらも理屈ではわかっていても本人の直感と経験のみで実行出来るものであり、かなりの神経をすり減らす。疲労は当然のことだ。

 

ようやく自分の攻撃を当て、敵の攻撃を避けたが、その表情に余裕は一切感じられない。

そう、これでイーブン。アサヒは褌を締め直した。

 

 

しかし、対面している戦闘狂はアサヒと対極である。

 

 

「ふっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 

 

攻撃を当てられ、攻撃を避けられ、一瞬の動揺は見せたものの

彼女は余裕綽々のようだ

 

「やはりお前は面白い、私の審美眼に狂いは無かったようだ! ではとっておきを見せてやろう、感謝するんだな!!」

 

クリスティーナは明らかに何かを始めようと構えを見せた。

禍々しい空気がその場一体を包む。

 

「クリスちゃん、それは……!!」

 

 

 

【来る】

 

 

【何かが来る】

 

 

ジュンの声が無くともアサヒは直感で感じ取った。

 

 

【まずい】

 

 

そうアサヒが感じ取れる程に今のクリスティーナは異質だ。

素の状態で喰らえばタダじゃ済まない、何かが

 

 

 

 

乱数聖域(ナンバーズアヴァロン)!!

 

 

 

 

クリスティーナがアサヒに向かって動き出す

 

大気を震わせながら

 

このままだと確実にやられる

 

やるしかない

 

 

【アレ】を–––––––!

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスティーナが発動した異能【乱数聖域】

誰もがアサヒの敗北を予感した

 

が、しかし

 

団員の目の前に繰り広げられた光景は

 

【立ち尽くすアサヒと地面に落ちたクリスティーナの剣】

 

だった

 

『副団長のあの攻撃に……』

『撃ち勝った……!?』

 

ギャラリーはそれぞれの反応を見せる。

ただひとつ、一貫して全員が驚きの表情を見せていた。

 

 

「っはぁ……はぁ……!!」

「…………」

 

 

状況の優劣とは裏腹に、アサヒはかなり疲労の様子を見せ、クリスティーナは驚きつつも、この世の神秘に触れたような反応でアサヒを見つめている。

 

「私の乱数聖域(ナンバーズアヴァロン)を止められるとは……貴様は一体何者……いや」

 

 

()()()()?」

 

 

クリスティーナは何かを発見したかのような質問をアサヒに投げかける。彼女の直感で何かを理解したのだろう。

 

しかし、アサヒにはその質問の意味がわからない。

 

 

「し、失礼します!」

 

 

この場にいる殆どが動揺している中、勢いよく扉が開かれた。

すると、息を切らせた通達員が駆けつけてくる。

その人物は、アサヒを見つめていた–––––

 

 

 

 

 

 

 

 

アサヒが通達員に呼び出され、誘われた場所、それは彼自身がよく知っている場所だった。

 

(こいつが……)

 

王宮の玉座、であればそこに座る人物は当然–––––

 

「先程のクリスティーナとの試合、魔法で見ていたわ。面白かったわよ」

 

ユースティアナから居場所を奪った人物、他ならない。

 

「ありがとうございます」

 

アサヒは内心怒りで煮え滾っていた。

しかし、今はまだその時では無いと、冷静に振る舞う。

ただ、この諸悪の根源をよく覚えておく事、今はそれに徹することだ。

 

「後でそれ相応の役職を手配しておいてあげるから、今日はもう休みなさい」

「はい、失礼します」

 

アサヒはその言葉を最後に玉座に背を背ける。

昔はあんなに輝いて見えた場所が、今では汚れて見えて仕方がない。

 

(待ってろよ……必ず、必ず……!)

 

決意を胸に、アサヒはその場を後にした。

 

 

 

(行ったわね……)

 

「キャル、出て来なさい」

「はい、陛下」

 

アサヒが退出した事を確認した玉座に座る人物は、従者を呼び出した。

その人物は猫耳で、黒い魔装束を身に纏っている。

 

「明日からは彼も監視対象にしなさい、いいわね」

「はい、わかりました」

 

それだけ聞き取ると、猫耳の従者はその場を去った。

そして、玉座に座る人物は不服そうな表情を浮かべる。

 

(アサヒ……あんな人物、今までにいなかったわね……。それにキャルに渡したものと似通った【あの能力】……検討は付く。しかし何故彼が……?)

 

(イレギュラーだろうと、私の邪魔はさせない……)

 

 

 

 

 

 

 

 

玉座の間から退出したアサヒ、そこにはジュンとトモが出迎えていた。

 

「やあアサヒくん、お疲れ様」

「団長、お疲れ様です」

「アサヒさん、凄かったよ。どうやったのか気になるけど今日は流石に聞けないかな」

「うん、疲労もあるだろうし、今日は寮でゆっくり休むといい。歓迎会は今度行おう」

 

寮と言われ、アサヒは夜の約束の事を思い出した。

決して忘れてはいけない、彼女のことを。

 

「あー……ごめんなさい、実は今日の宿は予約してしまって……」

「そうなのかい? では明日、ちゃんと手続きするようにね」

「はい、わかりました」

 

ジュンとトモはアサヒに対して別れの言葉を送る。アサヒもそれに返す。

そして、ユースティアナの元へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ランドソルの郊外に佇む野谷、その夕刻の草原をアサヒは歩く。

たった半日ほどの別れだが、彼はそれを特別久しく感じていた。

 

そして約束の場所には、ユースティアナの姿があった

 

「あっ! アサヒくーーーん!!」

「うわっ、と……! ティアナ、ただいま」

「はい!おかえりなさい!寂しかったですよぅ」

 

ユースティアナはアサヒに会うなり抱き着いた。

その様子はまるで飼い主を待ちわびる子犬だ。

 

「どうでした? 王宮騎士団? 大変じゃなかったですか?」

「ほんと色々あったから、後で話すよ」

「え〜気になっちゃいます。じゃあじゃあ、私の話を聞いてください! 今日ですね、ご飯王子とご飯姫に会ったんですよ!!それからそれから–––––」

 

ユースティアナはアサヒの手を握り、野営用のテントの中へと誘った。

 

 

 

 

 

 

アサヒとユースティアナの邂逅から3時間は経過しただろうか。

今はテントの中で、2人は枕を共にしている。

幼い頃からの慣習であり、気にかけることは微塵もない。

 

「––––それでですね、アサヒくん、私今度からはその偽名を使おうと思うんです。その方が何かと都合が良いと思って」

 

これまで明るかったユースティアナの表情が一変、少し悲壮感のある表情へと変化した。

会話の内容は、森の中で炊きたてご飯を振舞ってくれたご飯姫とやらに名付けられた【ペコリーヌ】という名前を名乗るということだ。

これにはアサヒも悲観的だった。

ユースティアナという名以外で彼女を呼ぶ事は、仕方がないにしても他人行儀である。

 

「……だから、今の内にいっぱい名前を呼んで欲しいんです。私の名前を……あなたに呼んで欲しい」

 

そう言うと、ユースティアナはアサヒの首の後ろに手を回した。

 

「……ティアナ」

「もっと……」

「ティアナ」

「もっとです……」

 

ユースティアナは更にアサヒに体を密着させた。

まるで、縋り付くように。

 

「貴方だけ……貴方だけが覚えていてくれた私の名前……もっと、もっと……」

 

彼女は怯えていた。

ここまで脆弱なユースティアナを見るのは幼き日を共にしたアサヒすら初めてだ。

それ程に信じられた者から裏切られる心の傷は深い。

もし自分ならば耐えきれるだろうか?

男の自分ですら耐え難い程の苦痛を、この少女は1人で抱え込んでいたのだ。

 

「……うん。何度でも呼ぶよ ユースティアナ・フォン・アストライア」

 

今はただ、少女の心の傷を塞ぐ為に自分に出来る事をするだけだ。

せめて、少しでも。

 

「アサヒくん……大好き……」

 

そう言いながら、ユースティアナはアサヒに抱きつき、目を閉じていった。

 

「おやすみ、()()()()()()()……」

 

そして

2人は眠りに就いた。

 

 

 

《次回》

 

【屋上庭園と謎の少女】

【アストルムを駆ける “2人”の騎士】

 





こ〜ねくてぃんぐはーっぴぃ〜♪

予定は予定 だけどしっかり実現したよ
感想ありがとう!モチベーション!

ペコリーヌがアサヒに語った内容はゲーム内ストーリー序章そのままだよ、ご理解よろしく
キャルと似た権能の正体わかるかな?
次回予告の2人の騎士ってわかるかな?

次回もお楽しみに!

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