普通ではないふじのんと普通ではないお友達   作:望夢

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ようやく一段落というか、話を進められるというか。話盛りすぎて怒られないか戦々恐々といった具合です。








殺人考察 (前)Ⅵ

 

 夜が深くなれば、闇もまた濃くなっていく。

 

 眠らない街になるにはまだまだ先の事。誰も居ない街は今、殺人鬼の影に怯えていた。

 

 殺人鬼は既に5人の人間を殺している。頃合いからして、そろそろ6人目が出るはずだ。

 

 オレの夜の徘徊癖はより強まっている。

 

 眼に細工を施してからはより顕著になっていた。

 

 境織姫は前世の記憶がある以外はまったく普通の人間だ。

 

 その為、幽霊くらいは見ることが出来るように蒼崎橙子による処置を受けたのだ。霊的なものが「視える」だけというものだが。これも歴とした魔眼だ。ただそれで浅上藤乃の能力を視れるとは思わなかったが。

 

 魔眼を持ち、両儀式に近くなる事で、その習性や習慣がより強く出てくるのは当たり前だ。

 

 もともと二つの人格を持っていた所に三つ目の人格を形成して行く作業。

 

 陰と陽の存在を作り、そこに両儀となる存在を当て嵌める試みは一先ず順調だと言えた。ただすべての人格が互いを認識しているという違いが生まれてしまっているが、それについては仕方がない。所詮自分は後付けの存在なのだから。

 

 そうまでするのは浅上藤乃の運命と――或いは宿命と対峙する時。想定される相手は両儀式であり、そして荒耶宗蓮である。

 

 両儀式は、今の浅上藤乃であれば殺す対象にはならないだろう。

 

 しかし荒耶宗蓮はどう浅上藤乃に関わってくるかわからない。

 

 もし戦うという事になった時。少しでも荒耶宗蓮を殺せる存在になることを求めた。

 

 ならばそれは『両儀式』が荒耶宗蓮の死因だろう。

 

 それを目指すのだから、大言壮語も良いところだ。それこそ根源への到達という魔術師らしい目標になってしまう。

 

 それでもやらないよりはマシだろう。

 

 だから両儀式を投影している今の自分は両儀式として、両儀式がしていた様に夜の街を歩くのだ。

 

 着物に編み上げのブーツ。冬で寒いから革ジャンまで揃えて、普段の自分ならコスプレかなんかかと思うかもしれない。ただ今の自分は両儀式なのだから着物を着ることに疑問は持たない。

 

 ふと、鼻孔を突く錆び鉄の様な、生肉のソレに近い匂いを感じ取る。

 

 どうやら現れたらしい。

 

 その匂いのもとに向けて足を進める。不思議と迷いはない。両儀式が匂いを追うのが得意だからだろうか。

 

 自分は犬じゃないと、自分で自分の思考に苛立つ。

 

 深夜2時にもなれば、街は死んだ様に静かだった。郊外に離れてしまえば闇が支配する世界になる。

 

 薄暗い街灯の下。一面に広がる赤い水溜まり。

 

 まるでそれは自らの行いを誇示するかの様に飾られた死の芸術品だった。

 

 人間の死体。今さら死体程度で揺らぐような神経はしていない。見慣れてしまったからだろうか。

 

 その死体を見下ろしている影があった。着物の帯に潜ませているナイフに手を掛ける。

 

 その僅かな音に気づいたのか。その影は此方を向く。

 

 その口許は赤い紅を引いたように血で彩られ、綻んでいた。

 

 その影は此方に向かって走り出した。街灯に照らされて煌めくモノがある。それを認識する前に知識としてナイフであるのだろうと答えを出し、反射的にナイフを抜いて構えていた。

 

 ナイフを片手に地面スレスレを這うように疾走する。

 

 まるで獲物に一直線に向かう獣の様だ。

 

 間合いに入るのは向こうの方が早かった。自分にとってはまだ間合いの外に居るのに、あちらにとっては此方の倍程度に間合いが広いらしい。

 

 まるで猛獣が飛び掛かる様に、地面を蹴って更に加速しながら頭上から(ナイフ)を突き立ててくる。

 

 飛び散る火花。ナイフとナイフが互いに衝突した。

 

 闇の中で僅かに散る火花の灯りに照された相手の瞳と交差する。

 

 血走った様に赤い瞳は歓喜の色を灯している。

 

 ただ、それも次の瞬間には困惑に変わり、獣は大きく跳ねた。

 

 四肢を使った着地は正しく獣だ。跳ねた距離は5m程度か。

 

「おかしいなぁ……ようやくと思ったのに。お前じゃない……」

 

「へぇ。人を殺してハイになってるってのに、会話が出来る頭が残ってたのか」

 

「お前はなんだ……。お前は両儀式じゃない…。なのにどうして、両儀式と同じ匂いがするんだ……」

 

 会話が出来ると思ったが、前言撤回。どうやら独り言を言っているだけのようだ。

 

「ようやく両儀が此方に来てくれたと思ったのに。お前はなんだ。両儀の匂いをさせてるお前は…!」

 

 匂いとくるか。判断の仕方が丸っきり獣だ。

 

 下から掬い上げる一閃。先程の本能任せの攻撃よりも見易い一撃を回避して、ナイフを突き出す。

 

 ただ獣染みた反射神経は此方の攻撃を予感していた様に回避して行く。

 

 ナイフ捌きは僅かに此方が上の様だ。技術で振るう此方と、向こうは爪や牙の延長。そこに技術的なものはないと見た。ただそれがやり難い。本能で振るわれる牙ほど、予測のし辛いものはない。

 

「あぁ、でもそうか。両儀じゃないなら、食べても構わないのか……」

 

 来る。そう思った一瞬で既に懐に入られていた。闇の中でも煌めく赤い瞳が目の前に映る。

 

 意識が感じ取る警戒網を、危険だと察知する前に素早く擦り抜けて来た。

 

 迫るナイフの切っ先は真っ直ぐに心臓に向かっていた。

 

 その一撃を避けられたのは生存本能が思考よりも先に身体を動かしたからだろう。

 

「っ――――!!」

 

 飛び散る鮮血。二の腕から下の感覚がない左腕。

 

 ナイフは避けた。ただ、相手が人間ではなく獣だということを、なまじ人の形をしていたから失念してしまった。

 

 大きく開かれた口に噛みつかれ、信じられない力で潰され、引き千切られた。

 

 ナイフで斬られるよりも痛みとしては特上だ。これがいつもの自分だったら、地面をのたうち回るか、あまりのショックで気を失っていたか。

 

 膝を着かなかっただけでも頑張った方だ。だが、境織姫が知覚した事のない痛みは、境織姫の身体を硬直させるのには充分すぎた。

 

 此方の身体が動かない合間、殺す機会なんていくらでもあっただろう。

 

 しかし獣はそうしなかった。

 

 引き千切った腕を、味わうように食べていく。特上のご馳走を平らげる様に。骨を噛み砕く音と、肉を咀嚼する音。どちらも人が発する音としては普通にあるだろう。だが、それが人が人の骨と肉を平らげる音だと認知すると、倫理観の摩擦で吐き気を催す。

 

「このっ、異常者……!」

 

「ははっ。そうだよ。俺は異常者だ。でも異常者だから異常な事をするのは当たり前だろう?」

 

 倫理観の破綻。いや、そもそもケモノになってしまっている目の前の獣には、人間の倫理観なんて通用しないのだろう。

 

「両儀の匂いがするからかな? お前の肉はとても美味しかったぜ」

 

「抜かせ…っ」

 

 傷口から流れ落ちる血液と一緒に、身体の活力までも流れ落ちている気分だ。血を流しすぎて頭が白み出す。それを気力で繋げているが、手足の末端の感覚がどんどん抜けていく。

 

 それは死の感覚だ。

 

 死が、刻一刻と、自分に歩み寄っている。

 

 この身体は知らないが、魂はその感覚を知っている。知っているから理解してしまう。

 

 死というものを、一度経験しているから、死を知覚してしまう。

 

「あぁ、()()が、「死」か……」

 

 わかってしまう。感じてしまう。自らに牙を突き立てる死の息吹。命を刈り取る死の鼓動。

 

 自分はこんなところでは死ねない。死ぬつもりもないし、死んでやる必要もない。

 

「次は、もう片腕をいただこうか…!」

 

 獣がまた走り出した。蛇の様な蛇行に、猛獣の様な素早さで。

 

 煌めくナイフで、オレを殺そうとする。

 

「な――っ」

 

「死が、オレの前に立つんじゃない……っ」

 

 死を知覚出来るなら、死を「視る」事の出来る(オレ)に視えないはずはない。

 

 死が迫ってくるのなら、その死さえ殺してしまえば良い。

 

 迫るナイフをナイフで切って殺す。

 

 先程は衝突して火花まで散らしたのに、あっさりと、熱したナイフでバターを裂く様にナイフを斬り殺す。

 

 ナイフを振るう為に振り上げた手の中で、ナイフを逆手に持ち変えてそのまま突き下ろす。

 

 だが獣は寸前で身体を翻して跳び跳ねた。猫かアイツは。

 

「クックククク、ハッ、ハハハハハハ!!!! そうか、そういう事だったのか。クハハ――」

 

 狂った様に背を仰け反らせて笑う獣。ただその笑い声も、オレの耳には遠くなり始めた。

 

「お前も俺の同類だよ。だから両儀と同じ匂いがしたんだ。でもどうしようか、お前の美味しさを俺は知ってしまった。せっかく見つけた仲間なのに残念だよ。俺はお前を食べたくて食べたくて仕方ないんだ…」

 

「悪食……」

 

 ニヤリと、極上のご馳走を前にした獣は歓喜に打ち震える様に笑っている。

 

 息も上がりはじめて、汗も止まらない。ナイフを持っている手も感覚がない。

 

 藤乃も、こんな感覚だったのだろうか。

 

 霞み出す意識の中で、そんな思考が流れる。

 

 らしくない。いや、らしいのだろう。

 

 両儀式を投影していても、自分の存在の根幹は境織姫なのだから。

 

 なら、浅上藤乃の顔を思い浮かべるのは、オレにとっても普通か。

 

 獣にはまだ爪や牙が残っている。ナイフを失っても相手を殺すのに便利な道具を失っただけに過ぎないのだろう。

 

 死を知覚出来る今のオレになら、オレに死を向けるのなら、殺すことが出来る。

 

 感覚のない身体を動かすのは、それこそ自分の目で見てようやく動いているのだと実感できるものだった。

 

 確かにこれじゃあ、生きている心地はしないな。死んでいるのも同然だ。

 

 だから僕は、そんな藤乃を殺したかったんだ。

 

 死を目前にして、こんなにも安らかな心境でいるのは、とっくの昔に自分はその目的を果たしてしまったからだろうか。

 

「いや、まだだ――」

 

 まだ果たしきれていない。だからさ、まだ死ぬわけにはいかないんだ。

 

「直死――」

 

 だからオレを殺そうとする死を殺して、早く帰ろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 1998年 6月――。

 

 全寮制の女学院に進学したわたしは、週に一度、お友達のお見舞いに行く。全寮制で厳しい学校なのにそんな頻度で外出が許されるのは、普段の生活の賜物。学院一の優等生で、成績も全校トップを維持して、そしてちょっとだけズルをしているから。

 

 病院に行く前にわたしには寄るところがあった。今日は土曜日。隔週でわたしは橙子さんの事務所を訪れる。

 

 それはわたしの能力をコントロールするため。といっても、感情的な昂りがなければ、魔眼殺しのお陰で普段の生活に支障はでない。だから軽く近状を報告するくらい。

 

 感情が昂るなんて、もう2年も起こってはいない。

 

 事務所のドアを開けると、橙子さんと、一月程前にこの事務所に転がり込んできた先輩の姿があった。

 

「あ、いらっしゃい、藤乃ちゃん」

 

「こんにちは、先輩」

 

 わたしに気づいた先輩が声を掛けてくれる。いつ見ても人の優しい笑みを浮かべる人だ。

 

「もうそんな時間ね。幹也クン、今日は上がってもいいわよ」

 

「ええ。もう少ししたら上がります」

 

 書類を整理している先輩の横を通って、橙子さんと向き合う。

 

「こんにちは、橙子さん」

 

「ええ。特に変わりはなさそうね」

 

「はい。特に変わりはないですけど、やっぱり少しピントが合わない感じがします」

 

 わたしのその言葉を聞いて、橙子さんは考える仕草をして、眼鏡を外した。

 

「最近多いな。また力を使っているのか?」

 

 それは確認と、批難する様な色が含まれていた。

 

「いえ。ただちょっとだけ、ヒョイってする事が多いだけです」

 

 それに対してわたしは何事もなく答えた。すると橙子さんは呆れた様子で溜め息を吐いた。

 

「前にも言ったがな。その力は使いすぎると失明するぞ。半年前に調整したばかりなのを覚えているか?」

 

「はい。でも、仕方ないじゃないですか」

 

「何が仕方がない、だ。私用で能力を使うなと言っているだろう。まぁ、アイツが居るからまだマシなんだろうが」

 

 そう呟いた橙子さんは、机の上の黒い髪の人形を見つめた。赤と紫色の髪の人形たちは今日も掃除とか洗濯物をして動き回っているのだろう。でも、黒い髪の人形は、2年前から動かなくなってしまった。

 

「お待たせ、藤乃ちゃん。では所長、少し行ってきます」

 

「ああ。土産を期待しているよ」

 

 お仕事を終えた先輩と一緒に、わたしは病院へと向かう。途中の花屋さんで花束を買って。

 

 先輩と向かう先は殆ど同じ。長期入院患者の居る病棟の同じ階層の部屋が隣同士だから。

 

「こんにちは、織姫さん」

 

 病室のベッドの上に横になっている織姫さん。声を掛けても返事は帰ってこない。

 

 2年前、織姫さんは連続通り魔事件の被害に遭った。通り魔事件被害者唯一の生存者。

 

 あの日の夜の事は今でも思い出す。

 

 ふと目が覚めた時に織姫さんの姿はなく、お手洗いか何かかと思っていたら、上の階が騒がしくなって。

 

 階段を駆け降りる橙子さんから織姫さんが病院に運び込まれたと聞いて、寝間着に上着を羽織るなんて格好で橙子さんの車に飛び乗った。

 

 病院に着いて、治療室の前で待たされて、織姫さんに輸血する血が足りないと言われて、わたしの血で織姫さんが助かるのなら迷いなんてなかった。

 

 輸血する間、隣で処置を受けている織姫さんを見たけれど、とても痛々しかった。

 

 手術を終えて、一先ず織姫さんは助かった。致死量の出血をしているとみられていたから助かったのは奇跡だとお医者さまは言っていた。

 

 助かったと言われてほっとした。

 

 けれど織姫さんは眠り続けている。あれから一度も目を覚ますこともなく。2年の月日が流れてしまった。

 

「今日も1日、気持ち良く寝ていたわ。いつもと一緒。何も変わらない」

 

「そうですか」

 

 病室に居た先客の言葉に、わたしは特になにを思うことはなく返すだけだった。

 

 わたしが学校で週に一度しか織姫さんのもとを訪れる事が出来ない変わりに、霧絵さんが、織姫さんの傍に居てくれる。

 

 だからわたしは、普段通りの生活を送っていられる。でなければ織姫さんのことが心配すぎて普通の生活なんて送れなかっただろう。

 

 せっかく織姫さんがくれた普通に生きる事の出来る人生を不意にはしたくなかった。

 

 それでも織姫さんをこんな姿にした相手を憎んで、立ち直るには少し時間が掛かったけれど、そんなわたしに霧絵さんが言ってくれた。

 

 わたしが普通に生きることが織姫さんが望む事で、霧絵さんの夢だと。

 

 眠ったままの織姫さん。病気で普通の生活を送れない霧絵さん。

 

 だからわたしには、お二人のお友達として、普通に生きる義務がある。

 

 立ち直って一念発起したわたしは普通の生活を送っている。時々橙子さんのお仕事を手伝ったりして世の不条理を捻るなんてしてますが。

 

 いつ、織姫さんが目覚めるのかは橙子さんもわからないと言っていた。

 

 それでも、わたしは織姫さんが目覚めてくれると信じている。

 

 信じる事が出来る。だって、織姫さんは藤乃を否定した事など一度もないのだから。

 

 まだ、指に嵌める指輪を作って貰っていない。

 

 だからその指輪を作って貰うためになんとしても起きてくれないと困る。でないとわたし、このまま歳を取っておばあちゃんになっちゃっても、織姫さん以外の人と一緒に居るつもりはないんですから。

 

 

 

 

to be continued…




コクトーが伽藍の堂にやって来た時期を修正。

1998年6月の半年前じゃなくて一月前だった。なんで半年なんて数字が出てきたんだ?

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