普通ではないふじのんと普通ではないお友達   作:星乃 望夢

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そろそろタグに原作知識必須と入れた方が良い感じがしてきた。今更だって?

まぁ、こんなニッチな需要しかない小説読んでる読者の方々なら原作知識持ってると思いますが、やっぱりはじめて空の境界に触れる人とかいるのかしら?


伽藍の洞 Ⅲ

 

 睡眠を必要としない私は病室を眺めていた。人は眠っていても起きているもの。身体さえ眠ってしまうものは即ち死である。だから私は眠りたくても眠ることが出来ない。

 

 夜の病院は、まるで死の静寂の様に寒いと感じてしまう。死というものに最も近いからそう思うのかもしれない。

 

 それとも、死の気配を持つものが近くを彷徨いているからだろうか。

 

 床に白い(もや)の様なものが立ち込めていた。

 

 その靄は人の形をしていた。半透明の白い姿はまるでクラゲの様だと思ってしまう。

 

 欠けた両儀式の方だけではなく、空っぽの私の方にまでやって来た。

 

 そう。私は空っぽ。本来在るべき魂のない私は、肉体という器だけの存在。

 

 だから私の方にも来るのは当たり前だった。

 

 幽霊が視える様になっている私の眼だからハッキリと映る白い霊。己の形もなく、ただの霊魂として存在するもの。

 

「でも残念ね。この(カラダ)は、誰にも譲る気はないの」

 

 手を伸ばそうとする幽霊の目の前でルーンを切る。

 

 害はあるだろう。けれど、「死」が視えないのなら直接的に私に「死」をもたらす存在ではないということだ。その気になれば殺せるけれど、「死」を「視る」というのは少し疲れる。勝手に視えてしまうものと、意図的に視るのとでは負担の掛かり方が違う。

 

 守護のルーンによって弾かれた幽霊は幻の様に消えていった。

 

 「死」が視えないのなら、追い払うだけで充分だ。

 

 朝がやって来れば靄も消えた。

 

 病室から見える夜明けに眼を向けながら、また検査続きの憂鬱な1日が始まるのだと溜め息を吐いた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 目覚めてから記憶喪失……診断的には記憶障害という事になるか。

 

 断片的に記憶を持っているから記憶障害と診断されているが、私から言わせればやはり記憶喪失だ。

 

 投影魔術を使い始めるより以前の記憶が丸々思い出せないと言うのだから、それは思い出せない障害ではなく、喪失していると言う方が正しい。

 

 両親には酷な話だろう。

 

 織姫が伽藍の堂に転がり込んでから通り魔事件に巻き込まれるまで、私は織姫を預かっている手前、報告義務があったから月に何度か織姫の両親と連絡は取り合っていた。ただ魔術に傾倒していた織姫は半年間の間両親と顔合わせする事もしなかった。

 

 非情、というよりも、余裕がなかった、と言うべきか。

 

 あの頃の織姫は、気を張り詰めていたし、少しでも手札を増やそうとより魔術の習得に躍起になっていた。

 

 だから半年間の記憶の中に両親との思い出はない。今の織姫にとっては両親は本当に赤の他人だった。

 

 見舞いに来た両親と入れ違いで、私は織姫の病室に入る。

 

「ご苦労さん」

 

「疲れたわ…。両親と言っても、口調ひとつで自分の子供を受け入れられなくなるものなのかしら」

 

 織姫の両親が織姫に会いに来たのは2度目だった。一度目は目覚めたばかりでそれほど時間は長くなかった。それに織姫が両親を覚えてないと言うことで記憶喪失が発覚したのもこの時だった。

 

「人間は一度認識したものを変えるというのも難しい。徐々に変化するのならともかく、十数年息子として受け入れて育ててきた子供が、いきなり女言葉で喋り始めたら認識と事実の摩擦が起きてしまう事は仕方のないことだ。それが普通の常識の中で生きる人間の限界とも言える」

 

「なら、橙子はともかく、藤乃はやっぱり普通じゃないわね。もしくは難しく考えないおバカさんなのか」

 

 たとえどうあっても、境織姫は浅上藤乃の肯定者であることに変わりはなかった。

 

 藤乃のことを呆れたように、しかし愛し気に口にしていた。

 

「どちらでもあるが。まぁ、あの娘の場合は後者の比率が高いだろうな。というより、私ならともかくとはなんだ? これでも充分驚いた方だと思うぞ」

 

「それでも橙子は私を受け入れているでしょう」

 

「偶々そうした知識に富んでいただけさ。そうでなければ早々受け入れられなかったと思うが」

 

 これでも魔法使いの家系に生まれ、魔法使いとなる為の教育を受けていた身だ。

 

 根源を目指すのは何処の家の魔術師もそうだが、私の場合は人の形を用いてそこへ至ろうとした。

 

 だから人の在り方というものに明るかっただけだ。

 

「だからよ。私は橙子に拒絶される方が、記憶に無い親に拒絶されるよりも堪えてしまうわ」

 

 薄情者、とは言えない。それは織姫の実情を知らない人間の見解だ。

 

 薄情とは正反対の厚情を織姫は持っている。

 

 織姫にとって他人などどうでも良いのだ。しかし懐に入れている相手にはとことん甘い。

 

 そんなところまで魔術師然としているとは。何処かで生まれを間違えてしまったのではないかと思える程だ。

 

「ところで、ハサミは持ってきてくれたのかしら?」

 

「お前は大人しくしていたからな。許可が下りた。だが何に使う気だ。生け花でもするつもりか?」

 

「まさか。髪の毛を切りたいのよ」

 

 まったく、こんなところまで似ていなくとも良いだろうとは思うが。今の織姫は両儀式でもあるのだから思考が似るのも当たり前の事か。

 

 先程両儀式と交わした会話の焼き直しの様に、しかし違うのは目覚めてすぐに自分の眼を潰した等という奇行に走った両儀式と違って、記憶喪失であっても終始大人しかった織姫の差か。織姫のもとへはハサミを持ち込めた。

 

「それなら美容師でも呼べば良いだろう」

 

「嫌よ。他人には触れられたくないもの」

 

「だから自分でやるつもりだったのか?」

 

「そうしたいけど、片手じゃ満足に出来ないわ」

 

 二年前に片腕を失った織姫。身体の欠損は境織姫という存在の欠損だ。私にとってはそこを埋めるのも簡単だが、しかしどれだけ眠っているかわからなかったから義肢を取り付けはしなかった。

 

「……私に切れと言う気か?」

 

「得意でしょ? そういうの」

 

 そう不敵に、挑発する様に織姫は言った。

 

 確かに人形を手掛ける傍らでそうした技術も持っている。でなければ人形の髪型さえ整えられない。

 

「期待してるわ、人形師さん」

 

「良いだろう。だが文句は受け付けんぞ」

 

 それを聞いた織姫は満足気に笑って、ベッドから椅子に座り直した。

 

 根源への到達を諦めていた私が、その器の完成に手を出している。どうして中々、この世は残酷だ。いや、諦めた私だから委ねられているのか。

 

 髪を切っている間の織姫は、それこそ人形の様だった。中身の無い殻。人として生きているわけではなく、あくまでも今の織姫は浅上藤乃の運命を変えるために産み出された道具だということか。

 

 そこまでする程の覚悟があった。だが織姫、お前が私に言った浅上藤乃の宿命をも背負うと宣った言葉は嘘だったのか。

 

 境織姫が浅上藤乃の宿命を背負うという意味でこれを成したのなら、お前はとんだ大バカ者だ。

 

「出来たぞ…」

 

「ええ。良い感じ。ありがとう、橙子」

 

 思考はなく、感性に任せたカットは、大半は肩口で切り揃えた。だが一部は切らずにそのままにしておいた。

 

 以前の男としての織姫と、今の女としての織姫の両者の同居。テーマとしても自然にそうさせる程、今の織姫は陰陽を彷彿とさせるのか。

 

 全体的には短くしたが、一部だけはそのままというアンバランスさはしかし、それで正解なのだと思わせる。

 

「あとは腕ね。どうにかなる?」

 

「……退院祝いだ。それくらいは都合しよう」

 

 そうして織姫は完成するのだろう。その存在意義を果たすために行動を始めるのだろう。

 

 今ならばまだ止められるのだろうが、そうしたところで、不完全であっても織姫は動く。宿命からは逃れられない。今の織姫の宿命は、浅上藤乃の運命ないし宿命の回避。それが織姫の悲願でもあった。

 

 これは境織姫の戦いであるから私はただの端役だ。だが、その戦いを見届けるのが、弟子に対するせめてもの手向けか。

 

「入り口の近くにルーンを刻んだ石を置いておく。雑魂程度ならば追い払える」

 

「ようやく、静かな夜を過ごせそうね」

 

 胸を撫で下ろす、とまではいかないが、煩わしいものから解放された様に織姫は言った。

 

 今の両儀式が極上の器である様に、織姫も極上の器だ。中身の無い殻なのだから。

 

 しかし両者の違いは、両儀式に生としての実感がないのなら、織姫にはそれがある。少なくとも浅上藤乃の為に生きるという意思が織姫にはあるはずだ。そう望まれて生まれたのだから、そうしたように生きるしかないのだとしてもだ。

 

 同じ様でいて、しかし正反対か。

 

「橙子…」

 

「ん?」

 

「動きがあるとすれば今夜か明日の夜よ」

 

「なにか「視た」のか?」

 

 呼び止められ、織姫を振り向いた。

 

 私が織姫に施した霊視の魔眼。その名の通り、精々幽霊が見える程度の物だ。しかし「  」へと接続している今の織姫であれば、その魔眼を下地にどんなものでも「視る」事が出来るだろう。

 

「いいえ。でもそれは、あなたにもわかることでしょう?」

 

 そんな思わせ振りな台詞を言う織姫。だがその通りだ。

 

 雑念は普通なら何かに干渉出来る強い存在ではない。そこまでの干渉を持つ存在ともなれば、それは雑念ではなく別の存在だ。

 

 簡単な例を挙げるのなら悪霊がそうだ。

 

 他者に干渉出来るほどの、未練と言う強い念を抱いた存在だ。

 

 そうした存在の痕跡は今のところこの病院には存在しない。

 

 だがこうも雑念が多ければ、それが寄り集まる事もするだろう。

 

 死んだあとも残ってしまった魂の欠片。欠片なのだから自らを補おうとひとつになって行き、そうした果てに幽霊となる。意思は既に死んでいるが、本能だけは残っている。以前の自分に戻りたい。人間の体が欲しいと。

 

 織姫は自己という殻を持っているから憑りつかれる事はないが、自己が曖昧になっている両儀式はそうも言ってはいられない。

 

「わかった。だがどうしてそれを私に伝える必要がある」

 

「私には必要無いけれど、あの娘には必要な事だから」

 

 自分には必要ないと織姫は言った。この場合のあの娘とは先ず両儀式の事だろう。投影しているからそうなのか、或いはもっと別の所で繋がりがあるのか。それともこの二人が陰陽の存在だからなのか。

 

「私を便利屋かなにかと思っていないか? そこまでする義理は、私にはないな」

 

 そう言い捨てて、私は織姫の病室を出る。

 

 確かに義理はない。だが両儀式に何かあれば、折角雇った所員は悲しむだろう。そうした意味では義理が生じるのか。

 

 癪だが、放っては置けないか。

 

 織姫がそうである様に、両儀式も「  」へと至っている可能性が極めて高い。

 

 織姫を放って置けないのと同じで、両儀式も放って置けないのは同じだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 橙子が置いていった御守りのお陰で静かな夜を過ごせた。

 

 朝の診察を経て、ようやく退院できる事を知らされた。

 

 丁度土曜日だから、また藤乃がお見舞いにやって来た。

 

「そうですか。退院出来るんですね」

 

 藤乃は私の退院を聞いてほっとしていた。

 

「退院したら、しばらくは橙子のもとに居るから、何かあったら電話しなさい。決して自分ひとりで来るなんてしちゃダメよ?」

 

「心配性ですね。わたし、そんな子供じゃないですよ?」

 

 藤乃はわかっていない。私は藤乃の事を子供扱いしているわけじゃない。ただひとりにさせるのが恐いだけだ。

 

「あなたはもう少し、自分を自覚しなさい」

 

 私が目覚めて藤乃がお見舞いに来てくれた日。私は「視て」しまったのだ。

 

 泣いている藤乃の事を。

 

 だから私は藤乃に忠告する。

 

 ひとりでなければ、きっと藤乃は大丈夫だから。

 

 退院する前に霧絵のもとを訪ねたものの、霧絵は眠ったまま起きて来ない。

 

 それも当たり前。今の霧絵の意識は、此処にはないのだから。

 

「霧絵さん、どうしてしまったんでしょう。折角織姫さんが目を覚ましたのに」

 

 藤乃の顔は暗い。私が目を覚ましたのと入れ代わる様に霧絵はこの1週間眠ったまま目を覚まさないのだ。

 

 

「大丈夫よ。今の彼女はただ飛んでいるだけだから…」

 

「織姫さん……」

 

 今の私に言えるのはそこまでだ。あとは退院したら迎えに行こう。

 

 視えてしまった「死」を殺すには、先ずは霧絵に帰ってきて貰わないとならない。

 

 退院は明日にして、藤乃はそのまま私と一緒にベッドの中で横になっている。

 

 私の知らない間に、藤乃はちょっとした魔術を行使する様になっていた。

 

 暗示をかけて自分が病室に居ることを誤魔化した。

 

「こうでもしないと、毎週織姫さんのお見舞いに来られませんでしたから」

 

「ホント、危ない娘ね…」

 

 何処の世界に、お見舞いに来るのに暗示の魔術を覚える人間が居るのか。…目の前に居た。

 

 昨日はやけに静かだったから、何かが起こるとしたら今夜だろう。だから藤乃には帰って欲しかったけれど、一緒に居たいと言われたら断ることなんて私には出来ない。

 

 深夜。藤乃を起こしてその時を待つ。

 

「いったい何が起こるんですか?」

 

「わからないわ。でもホラー映画とかに良くあることかもしれないけれど」

 

 病室のドアが開いて誰かが入ってきた。看護婦でもこんな深夜に患者の病室に入ってくる事は普通はしない。

 

 なら、普通ではない何かが入ってきたのだろう。

 

「これは…」

 

「ほら、ホラー映画に良くあるでしょう? 幽霊が死体に憑りついて死体を動かすとか」

 

「っ、(まが)れ!」

 

 飛び掛かろうとした死体に、藤乃は迷う事なく魔眼を使った。あらかじめ魔眼殺しは外していたから、藤乃は「視る」だけで良かった。

 

 藤乃の魔眼で脚を捻られた死体は床に膝を突くけれど、それだけでは止まらない。

 

「きゃっ」

 

 藤乃の肩を抱きながらベッドから抜け出す。死体はまるで獣のような四つん這いで空のベッドの上に飛び掛かった。

 

「どうして…。脚を壊したのに」

 

「生きていないから脚を壊した程度じゃ止まらないでしょうね。首を捻切っても無駄。あれは言ってしまえば人形なの。魂の無い器をただ動かしているだけ」

 

「なら、動かせないほど壊してしまえば良いんですね」

 

「ご明察」

 

 藤乃はバカな娘だけれど、馬鹿じゃない。ちゃんと頭が良くて察しが良い。でもバカなのだけれど。

 

「凶れっ」

 

 ベッドの上から飛び掛かってきた死体に向けて藤乃は、その死体の隅々まで捻れさせた。骨を砕き、肉が千切れる音が響く。

 

 まるで水を絞った雑巾の様だ。

 

「やりました…」

 

「お見事」

 

 人の形をしたものを壊したというのに、藤乃に動じた様子はない。

 

 ぼろ雑巾の様になった死体から白い靄のようなものが湧き出てくる。まるで幽体離脱の様に。……まるでと言うより文字通りの幽体離脱だった。使い物にならなくなった死体を捨てたのだから。

 

「あれが死体を動かしていた幽霊ですか」

 

「視えるの?」

 

「ええ。見えています」

 

 藤乃はその眼以外は普通の女の子だったはず。それでも見える程に幽霊の密度が高いのか。それとも魔眼を使っているから視えているのか。

 

「凶れ…!」

 

 幽霊に向けて魔眼を使う藤乃。緑と赤の螺旋が幽霊を捉える。しかしその螺旋は幽霊を素通りしてしまう。

 

「どうして…」

 

 藤乃の魔眼は藤乃が壊せないと思ったものは壊せない。壊したくても、普通、幽霊の壊しかたなんて知らないだろう。

 

 だから藤乃の魔眼は物質的な破壊力に優れていても、霊質的な破壊力に乏しい。

 

 わざわざ殺す必要もないけれど、それでまた新しい死体を手に入れて襲われても面倒だ。

 

「直死――」

 

 だから私が殺してあげよう。

 

 私の平穏を殺すというのなら、それは殺す対象となる。

 

 既に死んでいる幽霊に対して「死」は視え難い。それでも眼を凝らせば視える。存在の終焉を「死」として捉える。

 

 死の線――ではなく、死の点を、爪で突き刺す。魂の欠片を殺した所でまた欠片になってしまうのだから、幽霊となった概念そのものを殺す。

 

 すると幽霊は存在を殺されて霧散して逝った。

 

「はぁ……。やっぱり疲れるわ」

 

「終わった、んですか?」

 

「一先ずは、ね」

 

 しかし部屋が酷いことになってしまった。死体から溢れ出す血で床やベッドが汚れてしまって、とても横になれるような状態じゃない。

 

 窓際に立って外を見てみれば、誰かを担ぐ橙子の姿があった。

 

「もうじき隣の部屋に橙子が来るから、片付けを頼みましょうか」

 

「……ごめんなさい、織姫さん」

 

「謝る必要なんてないわ。藤乃は藤乃に出来ることをしてくれたでしょう」

 

「でも……」

 

 幽霊を壊せなかったのがそんなに落ち込む程だったか。と言うのは野暮。私もどうして藤乃がそんなに落ち込んでいるのかわからない程、鈍感でも唐変木でもない。

 

「見えていたのなら大丈夫よ。次は出来るわ」

 

「……はい」

 

 幽霊が死ぬのを見た藤乃になら、次は幽霊だろうと壊せるだろう。

 

 藤乃に橙子を呼んで貰って。部屋の惨状を見た橙子は口許をヒクつかせて、盛大な溜め息を吐いた。

 

「お前というやつは。もう少しスマートに出来ないのか?」

 

「「死」を視るのは疲れることなのよ橙子。それとも、病室まるごと吹き飛ばしても良かったのなら、次はそっちのやり方で対応するけれど?」

 

「やめろ。考えただけで気が滅入る」

 

 もう一度溜め息を吐いて、橙子は片付けを始めた。藤乃には私の杖代わりになって貰っている。

 

 諸々の片付けが終わった頃には朝になっていた。

 

 人を連れてくると一度戻っていった橙子。

 

 私は藤乃と一緒にベッドに座って肩を寄せ合って、朝日を見ていた。

 

「晴れそうですね。良い退院日よりです」

 

 柔らかい陽射しに照らされる藤乃の顔は、まるでそんな陽射しに融けてしまいそうな温かさを携えていた。

 

 そんなことはないというのに、藤乃の輪郭を確かめる様に私は藤乃の頬を撫でた。

 

「織姫さん…?」

 

 そんな私に小首を傾げる藤乃。

 

「なんでもないわ」

 

 時間というものは否応なく人を変えてしまう物だ。それは仕方のないことでもある。それでも変わらないものもある。

 

 それを確かめる様に、或いはそれが私にも向けられているものであると確める様に、私は藤乃に触れ続けた。

 

 

 

 

to be continued…

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