普通ではないふじのんと普通ではないお友達   作:星乃 望夢

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待たせてました。


境織姫 Ⅲ

 

 また殺人事件が報道された。

 

 その手口から犯行は路地裏での殺人犯と同一とされている。

 

 いよいよもって、どの放送局も二年前の連続通り魔事件との関連性を騒ぎ始めた。

 

 ただ、僕はひとつ安心出来た事がある。今回の事件に、式は全く無関係だった事だ。

 

 昨日の夜は、式も僕の部屋に居たのだから。

 

 それが証明されただけでも、自分の中で無意識に張っていた肩が解れた。

 

 もしこれで式が事件に関わっていた、なんて言われた日には僕は自信を持って否定する事が出来る。

 

 だって式が僕の部屋に居るのに事件に関わるなんて、式がもう一人居ないと不可能なことだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「おはようございまーす。って、藤乃どうしたの?」

 

 事務所のドアが開いたことでわたしは椅子から腰を上げるけれど、相手が鮮花だとわかって中途半端な中腰で止まってしまう。

 

「おはよう鮮花。いやなに、お姫様が帰って来ないから落ち着かないだけさ」

 

「お姫様…ですか?」

 

 橙子さんのその言葉に鮮花はピンと来ない様子で首を傾げる。

 

 織姫さんがお姫様。

 

 そう通じるのは二年間織姫さんが眠り続けたのを待っていたわたしか、式さんを待っていた先輩だろう。

 

「もしかして、織姫が戻ってないってこと?」

 

 それでもわたしが落ち着かない所を見て、鮮花は思い至ったらしい。

 

「ええ。昨日、寝るまでは一緒だったのに。朝になったら居なくて……」

 

「ね、寝る前まで、一緒…?」

 

「なにかおかしかった?」

 

「いや。え? いやでも、えぇ…?」

 

 わたしが織姫さんと一緒に眠るのは特におかしな事ではないと思うのに、鮮花はそこが引っ掛かっている様子だった。

 

「まぁ、織姫の夜歩きは以前からの趣味の様なものだ。それに今の織姫を殺せる存在はこの世界にそうは居ない。だから安心しろ、と言うのも野暮か」

 

 橙子さんの言いたいことはわかる。織姫さんがわたしよりも強いなんてことも。

 

 それでも、心配になってしまうのは今のこの街は二年前の様に殺人事件が起こっているからだろう。

 

 きっと大丈夫だと自分を落ち着けようにも、あの日見た血塗れの織姫さんの姿を鮮烈に思い出して心配になってしまう。

 

「ちょっと藤乃。まさか…ちょっと」

 

 隣を過ぎるわたしを鮮花が呼び止める。でもわたしは止まらずに事務所のドアへと向かう。

 

 待っている方が賢明だとわかっている。でも、もう待っていられない。

 

「アイツに会ったら伝えておいてくれ。夜遊びも程々にしろ、とな」

 

「はい。わかりました」

 

「と、橙子さん、そこは止めて下さいよ!」

 

「止めたって無駄だろう。正面からなら私よりも藤乃の方が早い。私だって出来れば死にたくはないんだ」

 

 わたしの歪曲の魔眼は本当に「視る」だけで良い為、橙子さんが何かするよりもわたしの方が確実に早い。

 

 それは織姫さんも言っていた。わたしの魔眼の「視る」事で先んじる強さと、生じる弱点も。

 

 それでも最近は集中が要るけれど、集中すれば視えていないはずの場所も「視る」事が出来る。

 

 橙子さんには千里眼という物だと教えられ、多用すると視力を失うとも忠告されている。そもそも集中が要るから気軽には使えないけれど、透視能力と歪曲の魔眼の合わせ技は絶対に避ける事の出来ない破壊を約束してくれる。

 

 そう。相手が幽霊でもなければわたしに壊せないものは存在しない。だからわたしはひとりでも心配は要らない。

 

 それでもわたしの数少ないお友達の鮮花は、折角橙子さんから魔術を教わる予定であったのに、わたしに付いてきた。

 

「私の用事はいつでも済ませられるけど、それで藤乃になにかあったんじゃ、友達の名折れよ。だから早く織姫を見つけて、今日の分の遅れを取り戻す為に実験台になって貰うのよ!」

 

 勇み足でわたしの前を歩く鮮花の背中は逞しくて心強い。

 

 そして同時に、そんな気の優しく面倒見の良いところが先輩と兄妹なのだと思わされる。

 

 きっと先輩が事務所に居れば、鮮花の様に自分を手伝ってくれただろう。

 

 ただ女子二人で人探しというのは不安がないわけではない。

 

 魔術を習っているとはいえ、鮮花はまだまだ普通の女の子。

 

 いざとなったら鮮花はわたしが守らなければと気合いを入れる。

 

「それでだけど、藤乃は織姫が行きそうな場所に心当たりってあるの?」

 

「そう、ね……」

 

 織姫さんが行きそうな場所と考えてみて。思いついたのはアーネンエルベか病院、あとは住んでいる家でもある橙子さんの事務所、とても低い可能性として織姫さんの実家だった。今の織姫さんは以前の記憶がないのだから、織姫さんの実家は除外しても良いだろう。

 

 他に行きそうな場所となると、数少ない織姫さんの趣味の読書から書店だろうか。

 

 わたしが織姫さんを知らなさ過ぎるのか、それともそれだけ織姫さんの普段の行動範囲が狭すぎるのか。きっと後者だと思いたい。

 

 行きそうな場所の心当たりが少ないのは、織姫さんを探す上で探すべき候補地が絞り込めると前向きに捉えるべきか。

 

 そうでないと、藤乃は情けなさに泣いてしまいそうです。

 

「じゃあ取り敢えずアーネンエルベに行ってみましょ。あの子、身体は男だけど甘いもの大好きみたいだし。ひょっこり会えるかもしれないわよ?」

 

「ごめんなさい…」

 

 織姫さんと過ごした時間が一番長いわたしがあまりにも使えない情けなさに、鮮花に頭を下げることしか出来なかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 お昼も兼ねて式を連れた僕はアーネンエルベに立ち寄っていた。

 

 事件に関しての調査を続けている内に観布子駅の方まで来てしまったからだ。

 

 殺人事件のおおよその犯行時刻は夜中の3時前後。詳しく調べてみて、最初の日に殺された彼等は現場近くで1時頃に目撃されている。そのあとは目撃されておらず、そして事件発覚となる。

 

 犯人像はまだ浮かび上がってこない。けれど、事件現場の周囲で、犯行時刻前後に着物姿の髪の長い女性が目撃されている。最初の現場の周囲でも12時頃に目撃されていた。昨日の事件現場の近くでも、2時頃に目撃されている。

 

 事件現場は離れているのに、2度に渡って同じ様な特徴の人物が目撃されている。

 

 僕にとっては着物を着た女性なんて言うのは見慣れたものだけれども、普通なら余り見慣れたものでもない。

 

 そして髪が長いという特徴。

 

 その時の僕の脳裏を掠めたのは、織姫の事だった。

 

 確かに織姫も式と同じく着物を普段着としている。少なくとも僕が知る限りの普段着は着物姿だ。そして後ろ髪は一房が腰辺りまでの長さがある。顔つきだって式とそっくりだから女の子に間違われるだろう。

 

 だからといって、事件現場周辺で目撃された着物姿の女性が織姫であるかなんて思うのは早計過ぎる。

 

 それでも嫌な予感がしたのは、アーネンエルベにやって来た鮮花と藤乃ちゃんから織姫が夜に出歩いていて、そして今日はまだ一度も姿を見せていないと知ってしまったからだろうか。

 

「取り敢えず織姫は僕らで探しておくから、藤乃ちゃんは鮮花と一緒に礼園に帰ること。今はこの街も物騒だからね」

 

「わかってはいます。でも…」

 

 居ても立ってもいられない。藤乃ちゃんの思いは僕にも理解できる事だった。でもそれで藤乃ちゃんに何かあっては織姫は悲しむし、僕も後悔するだろう。毎週1度は顔を合わせる生活を二年も続けていた女の子だ。それくらいの情は僕も持ち合わせている。

 

「頼んだよ、鮮花」

 

「はい。任せてください兄さん」

 

 あとは鮮花に任せる方が良いと判断して、僕は織姫を探すために腰を上げた。

 

 連続殺人に織姫が関係しているなんて思いたくはないけれど、事件現場周辺で目撃された女性の特徴は織姫のそれに当て嵌まってしまう。

 

 式とそっくりだからとは別にしても、髪の長い織姫はその顔立ちも相まって一目じゃ男だなんて見分けられないし、今は織姫は女の子で、仕草のそれも普通に女の子らしいから先ず男だなんて見られない。だから女性と勘違いされても仕方がない。勘違いとは違うか。今の織姫は女の子だから、そう認知されるのが当たり前だ。

 

「式は、織姫なら何処に行くと思う?」

 

「なんでオレに訊くんだ」

 

「いや、なんとなく」

 

 なんとなくというよりは、式なら知っていそうな気がしたからだ。

 

 此処に来るまでだって殺人事件の犯人を探すよりも、目撃されている着物姿の女性の足取りを追う方を重視していた。だけれど、その足取りは追え切れていない。どうしても途中で見失ってしまうのだ。

 

 その女性が織姫だとは限らないけれど、今は織姫を探す事に重点を置く。けれども僕は残念ながら織姫の事、織姫の私生活を良く知らない。

 

 だから式に訊いてみた。式からすればふざけているんじゃないかって思われるだろうけど、織姫の行動は本当に式と、織に良く似ているから。

 

「式が行きたいところに織姫も居るんじゃないかって思って」

 

「オレとアイツは別人だって、お前の中じゃそうなってたんじゃないのか?」

 

「うん。そうだけど、織姫の事をあまり知らない僕が宛もなく探し回るよりかは、考え方が似てる式の方が見つけられる確率が高いんじゃないかって思ったから」

 

 目撃情報で辿れるところまでは辿れても、一度途切れてしまうと中々足取りを掴むのは難しい。ホテル街を探してみたものの目撃情報はない。となると、織姫は昨晩何処にも泊まらずに夜を過ごしたということになる。最後の目撃情報は、昨夜の殺人事件が起こった近くの繁華街だった。夜の繁華街で、夜中ともなれば人通りなんてまばらで、闇に紛れてしまえば忽然と姿を消すことなんて難しい事でもない。同じ様な深夜で聞き込みをしても良いけれど、それまでの間、なにもしないでいると言うのも落ち着かない。

 

 藤乃ちゃんに代わって織姫を探すと約束したからだけじゃない。僕自身も、織姫に何かがあったのではないかと心配だから。見つけ出してなんともないという所を見て安心して、そしてそのあとは少しお説教だ。

 

「ま、良いぜ? こうなったらとことん連れ回してやるから覚悟しろよ」

 

「あはは。お手柔らかに」

 

 そう言ってニヒルに笑う式のあとに付いて歩き、結果、観布子市のあちこちを文字通り連れ回された。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 街も静まりかえる夜中。降り始めた雨。

 

 雨の夜──街灯の下。

 

 まるで一筋の月明かりに照らされる様にその場だけが闇の中で色彩を放っていた。暗闇を切り取ったその世界は常識を侵す異世界が広がっていた。

 

 着物を着る長髪の影。光に照されたその姿は、白く、蛇を思わせる細い輪郭。ともすれば女性だとしか思えない程に細々しい。だらりと下げられた右手に光るのは一振のナイフ。肩口まで伸びている髪はデタラメに切り揃えられているが、一房だけはそのまま腰辺りまで伸ばされていた。街灯の光を受けて煌めく色は金色で、着物を血で汚し、口許は紅を塗った様に紅く染まっていた。その光景を切り取ればまるで画の様な妖しい美しさがあった。しかしそんな美しさを全て台無しにするものがあった。

 

 その足元には人間の死体。四肢はなく傍に転がっていた。夏の湿った空気に乗って、噎せ返る様な生々しい血の匂いが運ばれていく。歩道に広がる血の海。そんな光景を見れば警察を呼ぶのが普通だろう。

 

 しかし、その光景を見た存在は、その普通の行動を取る人間では無かった。

 

「よぉ、待ってたぜ……」

 

 長髪の影が闇に向かって声を投げ掛けた。

 

 惨状が繰り広げられた街灯の隣の街灯の下に別の影が現れた。

 

「なんだよ。2年ぶりに会ったってのに、随分と寂しい反応じゃないか」

 

「私は貴方と世間話をする様な間柄になった覚えはないわ」

 

 新たに現れた影──織姫は街灯の下に照された血の池に佇む影の声にそう返した。自身を欠く事になった相手だからだろう。義肢の接合部が疼く。あの時の痛みがフラッシュバックして眉間に皺を寄せる。

 

「なんだかつまらないヤツになったな。俺はあの夜からお前の事を食べたくて食べたくて仕方がなかった。それでも我慢してお前が目覚めるのを待っていたのにっっ。なのになんだよそのザマは…。ふざけてんのか? あの夜、あの時のオマエはこんなつまらないヤツじゃなかった! 日常に足を置きながら非常識に外れた人間だったハズだ! 今のオマエはただの脱け殻みたいじゃないか!!」

 

 まるで大切な物を奪われたかのような慟哭にも似た怒声を響かせる血塗れた影。だが、織姫はそんな影を冷めた目で見ていた。そして、血塗れた影の言う様に、自分は脱け殻だと言うのも的を射ている。

 

 境織姫という人間が、己の存在と引き換えにして産み出した決戦存在。非常識を殺すために非日常でしか生きる事の出来ない非常識の徒。それが『境織姫』だ。

 

「剣式──」

 

 非常識を殺す為に産まれた織姫は、目の前の非常識を殺す為に刀を投影した。いや、その存在定義よりも先行する感情があった。肉体の人格である境織姫にとって個人の感情として、目の前の存在を赦してはおけなかった。自身を傷つけ、欠損させ、奪った本人を前にして、冷静でいられる自制心を、今の織姫は持ち合わせていない。自身の存在を引き千切って奪った目の前の獣を許すわけにはいかない。

 

 目の前の獣が自身を食べたくて堪らないというのなら、自分は目の前の獣を殺したくて堪らないのだ。その視線は獣を捉えながらもしかし、その手に光るナイフに向けられていた。そのナイフは2年前に自分が握っていた物だった。

 

 刀を構える織姫に対して、血塗れた影は──獣は、しかし獣らしからぬ落ち着いた様子で、今にも飛び出しかねない織姫を冷めた目で見ていた。

 

 耳に地面を水が打つ音が聞こえ始める。

 

 その音は次第に増え、数を増し、服や肌を濡らしていく。

 

 風が吹き、雷鳴が彼方で轟く。

 

 両者を照らすように迸る閃光を合図に、織姫は駆け出した。

 

 

 

 

to be continued…

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