普通ではないふじのんと普通ではないお友達   作:星乃 望夢

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霧絵に対してやり過ぎ感が否めなかったので修正してみました。


境織姫 Ⅴ

 

 八月。茹だる様な暑さの中で境織姫は友人である巫条霧絵の病室を訪れていた。

 

 原因不明の昏睡のまま目覚めない彼女。

 

 家族の居ない彼女の病室を訪れるのは看護婦くらいで、他は自分か藤乃くらいだ。

 

 彼女の意識が戻っていないことの確認は済んだ。彼女が今何処に居るのかも察しが付く。ただ、彼女を連れ戻す切っ掛けを見つけられないでいた。

 

「このままじゃ、死ぬことになるわよ。霧絵」

 

 それは彼女の望むことであって、しかしそうではない。

 

 誰かの思い出の中で生きる事で生を実感しようとしている彼女。その相手はつい先日一時の目覚めのあとは再び眠ってしまった。

 

 自分では彼女が追い求める存在にはなれない。藤乃だって、欠けた心を少しでも慰めたくて一緒に居るようなものだ。

 

 自らの内に呼び掛けても返事はない。

 

 それもそうだ。肉体の人格である「境織姫」を活動させるために境織姫は眠っているのだ。

 

 そもそも「境織姫」はある目的のために生まれた存在であって、決して境織姫の穴を埋める為の存在ではない。

 

「藤乃も霧絵も、貴方に導く責任があるのよ。織姫」

 

 藤乃との日々が楽しいのは自らもまた境織姫であるからだ。しかし本当の意味で彼女達を救えるのは境織姫に他ならない。

 

 「境織姫」は荒耶宗蓮を殺すための概念武装であり、決戦存在でしかないのだから。

 

「彼女達を想うのなら、寝ていては駄目よ。織姫」

 

 まるで幼子に言い聞かせる様に、「  」は己の胸の中へと言葉を送った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 深い眠りから覚めるように、徐々に意識が浮上する。

 

 寝惚けた眼は景色を脳裡に映し出す事はなく、目尻を拭ってピントを合わせる。

 

「此処は……」

 

 真っ白なシーツが目に入って、続いて黒い髪の毛が映る。その先にはまるで死人の様な顔の知り合いの姿。

 

「霧絵…?」

 

 僅かに、ほんの僅かに上下する胸元を見なければ生きているとは思えない程色の無い彼女。

 

「いったい、どうなってるの……」

 

 自分の最後の記憶は、雨の中で獣と戦ったところで途切れている。

 

 それがどうして霧絵の病室に居るのだろうか。

 

 記憶が繋がらない。

 

 獣と戦った後や、それ以前の記憶の連続性など、知るべき事、確認すべき事、山程ある筈の問題よりも霧絵の事だけが頭を駆け巡っている。

 

 霧絵を探せ。霧絵は何処に。霧絵は此処には居ない。

 

 そんな、この総身から急かされる様に辿り着いたのは巫条ビル。

 

 普通の目には何も見えない。でも霊視能力を持つ自分の魔眼を通してなら。

 

「居た……!」

 

 巫条ビルの上で浮いている霧絵を見つけた。

 

 老朽化しているビルの階段を駆け上がる先は屋上だ。

 

「霧絵!!」

 

 屋上の縁にまで行って声を掛けても反応が無い。

 

「無駄だ。彼女は今、虚無の中に居る」

 

 重い、(おも)い声だった。

 

 言霊という概念があるが、まるで一字一句がその様に重く意志を持っていた。

 

 振り向けば闇の中から滲み出る様に1人の男が姿を現した。黒いコート姿に彫りの深い目元の男。

 

「荒耶宗蓮…!!」

 

「いかにも」

 

 その重圧を感じる気配を全身全霊に記憶する。

 

「彼女に…、霧絵に何をした」

 

「なにもしてなどいない。あれは自らの願いで虚無へと旅立った。お前を迎える為に」

 

「なんだって…!?」

 

 荒耶の言葉が本当ならば、霧絵は自分の所為で「  」を目指していることになる。

 

 そんなことをしていてはいけない。彼処は死者が行き着く場所だ。生者のまま辿り着いて良い場所でもない。死に取り憑かれていた霧絵では、至る前に死んでしまってもおかしくはない。

 

「根源へ至った霧絵が目的か!」

 

「故あればなんとする?」

 

「殺す!!」

 

 判断は早かった。元々は藤乃の為だった。でも今はそれだけでは無くなった。

 

 霧絵にもその毒牙を伸ばすと言うのなら──。

 

投影開始(トレース・オン)──殺式!!」

 

 己の内側が切り替わる。ただの境織姫から、両儀を押し嵌める。

 

 さらに四肢の指の爪に刻み込んだルーンを起動する。

 

 強化と加速を起動すれば身体能力は瞬間的にサーヴァントにも匹敵し得る自負がある。負担は後日降り掛かるが、現状で切れる札はすべて切るべきだ。

 

 荒耶宗蓮と相対して出し惜しみなどしていられる余裕など此方には無いのだから。

 

「唯識──直死!!」

 

 人の死が覆ることの無い寿命だと言うのなら──。死の運命、その因果を直接刻み付ける。

 

 が、やはり目の前の男の死が()()()()

 

「直死の魔眼。よくぞと褒めよう。だがその眼では私は殺せん。私の起源は『静止』である。既に止まっている者を、お前はどう殺すというのだ」

 

「殺すとも。この眼は生きているのなら神様だって殺してみせる…!」

 

 身体の内から届く声のままに、織姫はその支配権を譲り渡した。

 

投影開始(トレースオン)──無垢識」

 

 両儀式の顕現の中でも最も「  」に近しき存在の投影。

 

 それは境織姫を最も「  」へと近づけ、両儀へと至らしめるもの。

 

 対荒耶宗蓮の為の概念武装にして決戦存在。

 

 境界を超え、自身に「  」を当て嵌める。

 

 今この時だけはありとあらゆるものを殺すことを許された殺人鬼となる。

 

 投影した刀を手にする織姫は正眼の構えで相対する。

 

 ぞくりと、荒耶の背筋に冷たいものが迸る。

 

 それが畏怖によるものだと一瞬では気づけなかった。

 

「莫迦な、この私が恐れるというのか」

 

 目の前のただの少年に、荒耶は狼狽えた。

 

 この存在は自らを殺し得るという確信を抱かせる程の濃密な死の気配。

 

「そうか。お前も(から)へと至りし器だったな。境織姫」

 

「そう。そして、貴方を殺す者よ」

 

「否! 根源へと至る器は、この荒耶宗蓮が貰い受ける!」

 

 結界を展開する荒耶に対して、織姫はその刃の切っ先を地面に滑らせる。その斬撃はいとも容易く荒耶の三重結界の内の最も外側の一つを殺す。

 

「──粛!」

 

 織姫に向かって腕を向ける荒耶は、何かを握り潰す動作をする。空間を圧壊させる荒耶の魔術だ。

 

 だが、生じるというのならば、殺せない道理などありはしない。

 

 荒耶の魔術が織姫を捉える前に、一閃にて織姫は荒耶の魔術を殺してみせた。

 

 その光景に荒耶は眼を見開いた。

 

 また同じく空間を握り潰そうとしても、その魔術は既に織姫には看破され通用しない。

 

 身を屈めて、地面を舐める様に織姫は疾駆する。ついでと言わんばかりに、荒耶の結界をまた一つ斬り裂いていく。

 

 返す刃で荒耶の右腕を肩から斬り裂き、捥ぎ取って行く。最後の結界がなければ荒耶の身体は胴体ごと真っ二つだっただろう。

 

 次の一手は荒耶が先んじた。しかし魔術や結界の類ではなく、織姫を蹴りつけるという反撃だった。

 

 魔術も結界も通じないというのならば徒手空拳ではどう出るという観察の為だ。

 

 その槍のような中段蹴りを、織姫は掻い潜って、刀の切っ先を荒耶の胸に突き立てた。

 

 しかもそれはただの突きではない。

 

 この荒耶宗蓮の死の点を突き抜いたのだ。

 

「二兎を追う者は一兎をも得ず、か…」

 

 膝を崩しながら荒耶は呟いた。死の点を突かれた事で、肉体の生命力が加速度的に失われていく。つまり死という終焉へと向かっているのだ。

 

「だが、我が秘策は潰えず。相克する螺旋こそが私の本命だ」

 

 そう言い残して、荒耶宗蓮は黒い塵となって消えていった。

 

「……なんとか、なった、か…」

 

 その場にへたり込んで全身を襲う激痛を対価にあの荒耶宗蓮を退けられたのなら安いものだ。ただ、あの荒耶宗蓮を完全に殺しきれていない様子から、本当の決戦は矛盾螺旋となるのだろう。式の戦闘難易度を知らぬ内に上げてしまったかもだが、それは今気にしても仕方がない。

 

「霧絵…」

 

 身体強化の反動に苛まれながら霧絵に最も近い屋上の縁に立つ。周りには霧絵だけで、他の浮遊霊は存在していない。霧絵が虚無へと挑んでいるからだろうか。

 

「戻ってきて霧絵。そこは貴女が居るべき場所じゃない」

 

 霧絵に対象を絞って念話を飛ばす。それくらいしか霧絵の注意を引く方法が思いつかなかったからだ。

 

 念話が届いたのか、霧絵の身体がピクリと震えた。

 

 目の前に浮遊する霧絵の目が開き、微笑みを浮かべた。浮いている霧絵が降りてきて、顔の輪郭を確かめる様に手で触れてくる。

 

「さぁ、帰ろう。霧絵」

 

 その言葉に何かを満足するかの様に霧絵は頷き姿を消した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 彼が帰ってきた。それを確認して私は元の自分の身体に戻った。

 

「ごめん。遅くなった」

 

「ううん。良いの。あなたが来てくれるのなら、私は何時だって待っていられるから」

 

 彼が病室にやって来たのは夜になってからだった。

 

 そんな数時間を待つくらい、2年を待っていた私には僅かな時間でしかない。

 

「こんなこと言うのもなんだけど、身体の具合はどう?」

 

「……平気。いつもどおり」

 

 嘘だ。

 

 彼を心配させたくなくて吐いた言葉。

 

 もう一つの身体で飛んでいた間に言葉を紡ぐのすら億劫になるほどになってしまっていた。死が目前に迫っている。そう感じられる程に今の私の身体は弱りきっていた。

 

「……霧絵。もし身体が治るとすれば、霧絵はどうする?」

 

「…そうね。もしそんな夢のような事が出来るのなら、治してみたいわ」

 

 緩やかに死に向かっている私からすれば、本当にそれは夢のような事だ。彼の記憶の中に自分が生きているのなら死ぬ事も怖くなかった私が、もう一度生きても良いのなら、そんな希望を抱いても良いのなら。

 

「──わかったわ。その願い、叶えてあげる」

 

 だからおやすみと言った彼は、彼ではなかった。

 

 でももう起きているのも少し億劫だった私はその声に誘われる様に眠りへと墜ちて行った。

 

 意識が途切れる直前に願ったのは、また明日目覚めたいという事だった。

 

 だって2年も待ったのだから、彼の記憶にもっと私を刻み付ける為にたくさんお話をしたかったから。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 巫条霧絵──。

 

 我が弟子の友人にして、身体を病魔に冒されている女。

 

 巫条霧絵にはあの荒耶が関わっていたというのだから余計な手出しはしたくはなかったのだが、最早死に体で生きているのが不思議な状態の彼女の治療を引き受ける事となった。

 

 しっかし、根源接続者というのはなんでもありなのか。彼女の病巣はすべて織姫が殺したのだという。だが長い闘病生活によって彼女の病を殺そうとも身体が衰弱しきってしまっていて自力での回復は困難だから私の腕が必要だったのだが。

 

 結局内臓の大半は私が施術する事となって伽藍の堂に彼女の身を移すことになった。

 

 まったく。駆け込み寺ではないんだがな此処は。

 

「しかし、あの荒耶を退けるとはな。時計塔でも五指に入る結界術のエキスパートだった男だぞ。これもお前の目論見通りか?」

 

「まさか。今回は突発的な遭遇ですよ。それに倒したのは本人であって本人じゃない。工房に待ち構える荒耶宗蓮本人を斃すまでは安心できません」

 

「それがお前の運命の終着点か」

 

 それを見届けるのが師としてのせめてもの情けか。

 

 巫条霧絵もそのまた1人だと言うのだから笑えない冗談だ。

 

 だが彼女を使って荒耶が「  」を目指すような運命を織姫は知らないと言った。それだけでもう運命という結末を変えていることになる。

 

「その終着点がお前の始発点になることを祈るよ」

 

「始発点、ですか」

 

 浅上藤乃や巫条霧絵にどのような運命が待ち受けていたのかはわからないが、その2人に織姫が関わったことで運命が変わったのは確かだろう。荒耶とどういう繋がりが2人にあったのかは不明だが、浅上藤乃の為に「  」に挑み、根源接続者となった織姫が望む荒耶の抹殺は本気だった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 伽藍の堂に新しい仲間が加わりました。

 

 原因不明な昏睡から目覚めた霧絵さん。ちょっと織姫さんとの距離が以前よりも近くなっている気がします。

 

 それと、病魔に冒されていた霧絵さんの病気は回復したそうで、出歩ける様になると事あるごとに織姫さんを連れて行ってしまう。わたしもそれに付き添っていますが、なんというか、霧絵さんがアグレッシブになるのもわたしには解る気がします。今の霧絵さんは生を謳歌している。わたしも身体が治った時は同じことをしましたから。

 

 自分はこんなにも生きているんだと、新しい自分は此処に居るのだと知って欲しくて。

 

 バイタリティに溢れる霧絵さんはちょっと元気過ぎて、自分もああだったのかと少し恥ずかしくなり。次は何処へ行こうかと織姫さんの手を引く霧絵さんに置いていかれないようにわたしも織姫さんの手を取る。

 

 すると織姫さんはちゃんとわたしの手を握ってくれる。もう何処へにも行かないでと我が儘な藤乃の想いを汲んでくれるかのように。

 

 やはり織姫さんは織姫さんでも、今の待ち焦がれた織姫さんは藤乃の想いをちゃんと受け止めてくれる藤乃の王子さまです。

 

 だから、大切なお友達の霧絵さん相手でも容赦はしない。織姫さんに最初に見つけて貰ったのは藤乃なのだから。

 

 

 

 

 

to be continued…

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