七月。
夏真っ盛りの末日。
橙子が設計に関わったというホテルの落成式に出席していた。橙子の他にはコクトー先輩に式、そして藤乃に私が居る。
「どこへ行くの?」
「どこだっていいだろ」
幹也が私たちに飲み物を持ってくると席を外したところで、式は会場から出て行こうとする。事務所の人間だから幹也が出席するというので付いてきた式。ただ立食パーティーには興味のない式には面白いことはなにもないのも仕方がない。
「藤乃。悪いけどコクトー先輩に少し外の空気を吸ってくるって伝言頼めるかしら?」
「あ、はい。わかりました」
式が興味がないのなら私もそうだ。式を追って会場を出る。
「おい。なんでついてくる」
「貴女と同じよ。夜風を浴びに行くの」
「ハン。別にオレは夜風を浴びに行くんじゃない。ただ暇だから外に行くだけだ」
「ならあまり変わりないじゃない」
そうカリカリするものでもないと思いながら向かう足は同じ方向を歩いていた。
ホテルのガーデンに差し掛かって、式が歩みを止めた。
「おい。そっちは危ないぜ」
そう言葉を放った式の先には人影があった。子供だった。年頃は14、5の男の子だ。
男の子が去って直ぐに頭上で爆発が起こる。
男の子が去った場所を見ている式を横目に、私もその場所に眼を向けた。直感が告げる。今の男の子にはなにかがあると。
◇◇◇◇◇
8月2日。
爆弾魔に付き纏われていると橙子さんに話す式。
閃光弾に地雷、時限爆弾、都合3回式は襲われたが、そのいずれも式は無傷であった。
式が爆弾魔に狙われているなんて話は初耳だ。もちろん初耳というのは前世での意味だ。
式は襲ってきている爆弾魔はホテルの件の犯人だと言い放つ。ここ数年、ホテルの件と同じ様な犯行が行われているらしい。犯行声明を出していながら捕まらない犯人は未来視、予知能力を持っているかもしれないと橙子さんは言った。
予知能力持ちの犯人とどう戦うのか。
「鬱陶しいったらないぜまったく。どうせ狙うならお前の方にしておけばいいってのに」
「僕に!? なんでさ」
いきなり話を振られて狼狽えてしまう。口に含んだコーヒーを噴かなかっただけ褒めて欲しい。
「いや…。なんでもない」
未来視というのがどういうものか知るために、観布子の母に会いに行ってみろと橙子さんに勧められた。
観布子の母。それも前世では聞き覚えのないものだ。
辻占い師で悲劇を回避する方法を教えてくれる占い師らしい。
爆弾魔とは無関係だろうと思われるが、会うだけ会っておけと橙子さんは言った。それで未来視という人種がどういうものか、直接みれば感触が掴めるらしい。
8月3日。
幹也先輩とは別行動で式と自分は観布子の母を探すために観布子を歩く事になった。
「どこ行くんだ。こっちだ」
式は迷いなくビルとビルの隙間、路地裏に入っていく。
路地の奥。およそ万人が占い師だと思える格好をした女性だった。黒いヴェールで覆った顔に、水晶玉。恰幅の良い身体で、年の頃は五十代そこそこ。
式は2分ほど話して占い師に背を向けた。それだけで未来視を持つ人間の考え方の参考になったと言っている。
「そこに居るお兄さん、チョイと占って行かないかい?」
「恋愛運とか将来の夢ですよね。なら将来の夢を占ってください」
「成る程。お兄さん、夢は叶うよ。でもねぇ、チョイと気をつけないとだね。死相が見えてるよ」
「夢は叶うのに死相ですか…」
今叶えたい事は荒耶宗蓮との決着だ。それが叶うというのなら、命懸けなのは仕方のない事だろう。
命を落とす危険も承知だ。もちろん藤乃を悲しませたくないから全力で抗う気ではいるけれども。
死相を回避する方法に関しては聞かないことにした。荒耶宗蓮を退けられる未来が判っただけで充分だったし、もし死相を退ける方法まで知ってしまったら、その時に正しい解答を導き出せないと思ったからだ。
「死相じゃないんだが、今日は橋と駐車場に気をつけな。鬼門だからね」
「わかりました」
観布子の母と別れて式のあとを追う。
そして観布子の母の言う橋が鬼門だと言った意味を直ぐに知ることになる。
爆弾魔から電話が掛かって来た。話の端々から爆弾魔の未来視は測定の未来視だというのが読み取れる。
予測と測定の違い。起きる可能性を視るのが予測。起きる可能性を限定するのが測定。
未来を測定するということは、未来を決めてしまうということだという。
携帯電話で話し続ける式について歩く傍らで、橋に差し掛かった。そこには1台トラックが停めてある。
観布子の母は橋が鬼門だと教えてくれた。チリチリと首筋が疼く。
「ねぇ、式──」
続く言葉を紡ぐ前に、トラックが爆発して、爆風に煽られて地面から飛ぶ。炎に包まれず無事でいられたのは爆発した瞬間咄嗟に飛び退いていたからだった。それでも瞬間的に肌を爆発の熱が撫でる。
爆風を横からもろに食らった式は吹き飛ばされながらも空中で身を捻って橋の下の川へ落ちた。
視線を感じて顔を向けると、ビルの屋上から此方を覗く誰かがいた。視線が合うと驚いた様子で姿を消す人影。
走っていく式を追い掛ける。たどり着いた先は立体駐車場を備えるデパートだった。
観布子の母の忠告が脳裏を過ぎる。
「此処に居るの?」
「ああ」
立体駐車場へ入っていく式を止めようかとも思ったけれども、式を止める言葉を思い付かない。鬼門だと言われた駐車場とはこの立体駐車場の事なのかはわからないが、式をよろしくと幹也先輩には言われているから一緒に付いていくしかない。
立体駐車場3階にして、追いついたと言って携帯電話を握る手を離した式。
「定められた結果の末路か」
カタチがあるのならば未来まで殺せる。なんて無茶苦茶な眼だ。
式は決定された未来像を殺したのだ。爆弾魔からしたら理不尽だろう。そんなズルめいた決着は。
そう。決着である。
爆弾魔の正体はまだ子供と言える10代中頃の男の子だった。設置した爆弾は起爆する未来まで殺されたのか一先ず爆発はしなかった。
それでも雄叫びに近い叫び声と共に爆弾魔の少年が起爆装置のスイッチを押しまくると、今度こそ爆発した。車の陰に飛び込んで避けたから良いものの、対人地雷もどきの爆弾は殺意が高すぎないですかね。
同じ様に隠れていた式は気怠げそうに車の陰から出てくると、爆弾の起爆装置を手に持っていた。
「良いの? ソレ」
「未来視は殺した。だから爆弾魔も廃業するだろ。それ以上は知らない」
まさかの爆弾魔が子供だったなんて警察でも調べられないはずだ。面倒になる前に退散の構えらしい式。そういえば幹也先輩と待ち合わせしてるんだっけか。
式が良いのならこれ以上口を挟むのも野暮だ。
記録上、家族を庇って軽傷を負った父親1人と、右目に重傷を負った子供が救急車で搬送されたが、ばら蒔かれた鋼玉は駐車してある車やコンクリートの壁に柱を無惨に引きちぎったが奇跡的に死傷者は居なかった。
そして着物の少女や、その少女に似た出で立ちの少年が居たとは記録に残される事無く事件は解決した。
to be continued…