普通ではないふじのんと普通ではないお友達   作:星乃 望夢

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忘却録音Ⅱ

 

 礼園女学院の寮は午後六時以降、寮内の行き来さえ禁止されるのだという。

 

 トイレは別として、唯一例外は一階にある学習室を利用する時のみ部屋から出ることを許されるのだそうだ。

 

 高校から入学した生徒はその不自由さに慣れず、度々友人の部屋に遊びに行っては見回りのシスターに発見されるらしい。

 

 小等部から過ごしている生徒は慣れたもので、無闇に外出はせず、するにしてもシスターの見回りルートを知り尽くしているので見つかることはないらしい。

 

 そんな話を丁寧に藤乃は聞かせてくれた。

 

 鮮花の部屋には式が、藤乃の部屋には僕が失礼する事になった。鮮花の同室は今実家に帰っていて居ないのだとか。藤乃はひとりで一部屋を使っているのでお邪魔する事になった。

 

「ということですので、本日はもう寮内での行動は出来ません。起床は五時ですが、冬休み中は朝の礼拝はないので六時あたりまで眠っていても良いですよ」

 

「つまり12時間も暇なワケか。っ、藤乃!? なにするの? あ、眼鏡取らないで…っ」

 

 半日も暇な時間をどうしようか考えていたら藤乃にベッドに押し倒された。ふわりと女の子の甘い香りが鼻孔を撫でて行く。自分を強い自分にしている眼鏡を奪われると、弱い自分が表に出てきてしまう。

 

「久しぶりに2人っきりなんですから、良いじゃありませんか」

 

「……それを言われたらどうしようもないじゃないか」

 

「はい、わかって言っていますから」

 

 クリスマスも元旦も、霧絵も交えて3人で過ごしたのは別として、やっぱり2人っきりという特別が欲しい藤乃の反撃だった。

 

「いつもとは違って、礼園の制服姿だと、いけないことをしている様に感じますね」

 

「藤乃はそっちの趣味でもあるの?」

 

「いいえ。相手が織姫さんだからですよ」

 

 そう言いながら指を恋人繋ぎにして身を落とす藤乃の唇が、僕の唇を奪っていく。

 

 そして僕を見下ろす藤乃はとても愉しそうに笑うのだ。

 

 それも仕方の無い事だ。

 

 これから織姫を貪る事に藤乃は愉悦を覚えるのだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 藤乃に貪り尽くされてまともに寝れなかった僕は朝の五時に身体を起こした。

 

「あれ? 織姫、もう起きてたの?」

 

「おはよう鮮花」

 

 部屋のドアに仕掛けたルーンを再度掛け直していると鮮花と出会した。人避けのルーンと守護のルーンだ。人避けのルーンはともかく、守護のルーンには何かが接触した痕跡が見受けられた。

 

「今のルーン魔術よね? 何かしたの?」

 

「人避けと守護のルーンを施したんだ。守護のルーンには干渉された痕があったけれど」

 

「それって誰かが部屋に入ろうとしたってこと?」

 

「誰かというより、()()だね。まぁ、案外妖精を操っている魔術師は未熟かもしれないね」

 

 原初のルーンまで再現した橙子さんのルーン魔術が凄いのだろう。そんな橙子さんから魔術を習っているのだから生半可な魔術師に遅れを取るつもりはない。

 

「それじゃあ織姫、藤乃を連れて食堂に向かいましょ」

 

「あー、藤乃は明け方まで起きててやっと寝付いたから寝かせておいた方が良いかもね」

 

「明け方までって、なにしてたのよ」

 

 鮮花がジト目を浮かべて言う。しかし何があったのかを赤裸々に話す必要はないだろう。

 

「別に。ちょっと話し込んじゃっただけだよ」

 

「……まぁ、それで騙されてあげるけど、部屋以外では慎みのある淑女として振る舞ってくださいね」

 

「わ、わかりました」

 

 しかし聞く程でもないと言わんばかりに、鮮花の中では答えが出来上がっていたらしい。藤乃と自分の関係を知っている鮮花なら推理するまでもなかったのだろう。

 

「じゃあ朝は私と織姫だけね。織姫も妖精って見えるのよね」

 

「式に視えるのなら僕にも視えるね」

 

「じゃあ問題ないか。一先ず朝食にしましょ」

 

「わかった」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 朝食を終えて、鮮花は昨日調べあげた互いの収穫をまた1度反復していた。

 

「とにかく今判っていることは、一年四組をターゲットに本人も忘れていた秘密を書かれた手紙が来ていること。口論の末に切りあった2人のどちらかが手紙の送り主ではないかと思って、刃物を持ち出したにも関わらず玄霧先生が止めに入るまで誰も止めようとはしなかった。そして玄霧先生はその場に居て口論を止めたはずなのにその記憶が曖昧だという。つまり記憶を奪われた。記憶を奪う妖精と、その妖精使いの魔術師の目的はなんなのか」

 

「隠したいことがあるから記憶を奪っているんじゃないかな?」

 

「隠したいことねぇ。葉山に連れられて援助交際をしていたという特大の爆弾以外に隠していることがあるっていうの?」

 

「それは分からないけれど、手紙も奪われた記憶も四組で起こっている、つまり四組の特殊性を辿れば良いんじゃないかな?」

 

「四組の特殊性……。橘佳織と葉山英雄、か」

 

 地頭が良い鮮花にちょっとしたヒントを出すだけで答えに辿り着いて行くのは話が早くて助かる。

 

「とりあえず橘佳織と葉山英雄に関してもう1度四組の生徒に聞いてみましょ」

 

「それは構わないけど、普通に話しても話してくれないよ?」

 

「昨日は生徒に暗示を掛けて訊いたんでしょ? なら同じ方法でお願いするわ」

 

「わかったよ」

 

 と言うわけで暗示を掛けて話を訊きやすくなった四組の生徒から再び事情聴取を行った結果、橘佳織についてある憶測が立った。

 

「妊娠疑惑とそれに伴うクラスでの孤立、か」

 

「九月あたりから体育の授業を見学し始めて、十月からは欠席が多くなって、火事が起きる1週間前からは1度も登校していないと」

 

「もし本当に妊娠していたのなら、相当なストレスだったのは間違いないわね」

 

 念のために保健室のシスターにも尋ねてみれば、生理がやってこないと橘佳織に相談を受けたという事だ。

 

 自身の妊娠を苦にした自殺。

 

 橘佳織という亡くなった女生徒に対する事実は概ねそのあたりだろう。

 

「私、少し寄りたいところがあるんだけど、良い?」

 

「オッケー、構わないよ」

 

 鮮花に付いて行って辿り着いたのは職員室だ。誰も姿もなく暖房も点いていない寒気が支配する静かな部屋だった。

 

 神よ、感謝しますと言って、鮮花は事務の資料棚をあさりはじめた。

 

「見つけた…」

 

「なにを見つけたの?」

 

「葉山英雄についての資料よ」

 

 職員室のドアの前で見張りをしていれば、鮮花は葉山英雄についての書類を見つけたらしい。

 

「葉山英雄、九七年二月就任、九ハ年十二月退職……? おかしいわ。葉山は十一月のはじめに寮に放火して、そのまま学園から姿を消した。なのに十二月まで職員として登録されている。しかも退職になった理由が住所不定の為って、ようするに行方不明ってこと?」

 

「行方不明ね。とりあえず片付けよう。いつまでも誰も来ないなんて限らないし」

 

「そ、そうね。そうしましょ」

 

 本当はどうなっているのかを知っているこちらとしては鮮花の様に混乱する事はない。なんか鮮花を騙しているみたいで少しだけ罪悪感が沸いてくる。

 

 資料を片付けて廊下に出ると、まるで待っていたかの様にとある人物と相対した。

 

「おや、職員室に何の用ですか、黒桐君」

 

「…おはようございます、玄霧先生」

 

 実際に見る玄霧皐月という人物は無害そうなどこにでもいる普通の男に見える。

 

 そんな男が黒幕の1人だなんて誰が判るというのだろう。

 

 少々長話をした鮮花と玄霧皐月。

 

 僕は全力で気配を消していたから話題には上がらなかった。鮮花と共にその場を無言で辞する。

 

 まぁ、玄霧皐月には戦う術など無いというのだから用心のし過ぎかもしれないが。

 

「どうしたの織姫? シンとしちゃって」

 

「別に。なんでもないよ。それよりももう昼だけど、どうする?」

 

「そうね。じゃあ一先ず昼食にしましょ」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 昼食は起こした藤乃と一緒に取ることになった。

 

「それで、何か判ったのですか?」

 

 藤乃が問い掛けてくる。

 

「まぁね。聞いても良い気はしない話だけど」

 

 四組の生徒から聞き出した情報を共有すると、藤乃は眉をひそめた。

 

 橘佳織の望まない妊娠と死、葉山英雄の失踪、毎日送られてくる手紙、援助交際、妖精による記憶の搾取。

 

 点と点は集まりつつあるが、それを線で結ぶにはまだ足りない。

 

「橘佳織の死と葉山英雄の行方不明が謎なのよね。本当に火事から逃げ遅れたのか。妊娠を苦にした自殺か。葉山英雄による口封じか。本人に訊こうにも、1人は死人で、もう1人は行方不明なんじゃ訊きようがないわ」

 

 手詰まりねと鮮花は言う。確かに今ある手懸かりでは妖精使いの魔術師にはたどり着けてはいなかった。

 

 鮮花が妖精使いの魔術師と相対するのは向こうから名乗り出た様なものだ。普通に調べても妖精使いの魔術師にはたどり着けなかっただろう。

 

 鮮花が1度十一月に燃えてしまった東の学生寮を見に行くというので藤乃と僕を合わせた3人で向かうことになった。

 

 鮮花1人じゃないから妖精使いの魔術師から接触があるかどうか不安だったが、杞憂だったようだ。

 

 燃え落ちた東の学生寮を見てまわっても特に何があるわけでもなかった為に早々に引き上げる事になった僕たちに、学生寮の玄関から1人の女生徒が現れた。

 

 黄路美沙夜。

 

 彼女が妖精を操る魔術師だ。

 

「調子はどう? あれから何か進展して、黒桐さん?」

 

 なんてことなく、柔らかに黄路美沙夜は告げるが、鮮花の纏う空気が変わった。

 

「どう? 藤乃、視える?」

 

 鮮花の背に隠れて藤乃に耳打ちする。

 

「はい。視えます、織姫さん」

 

 千里眼を持つ藤乃にも妖精は視える様だ。

 

 ざっと数えて50は黄路美沙夜の周りに妖精が舞っている。藤乃の歪曲の魔眼なら黄路美沙夜ごと妖精たちを捻り潰せるだろう。だが殺人はノーだという鮮花に則って、今回は殺しはナシだ。

 

「そちらは浅上藤乃さんと、どちら様かしら?」

 

「境織姫です」

 

「…あぁ、黒桐さんの兄弟子の。女装をしてまでこの学園へやってくるなんてご苦労な事です」

 

 軽蔑の眼差しを浮かべながら黄路美沙夜は、自分たちしか知らないはずの秘密を口にした。やはり鮮花から奪った記憶から情報が漏れてしまっている様だ。

 

「──そこ!」

 

 鮮花が胸もとで何かを掴んだ。きいきいと、その見えない何かが鳴いている。妖精を手掴みしたのだ。

 

「あら。黒桐さん、妖精は見えないと教えてくれたのに、もう見えるようになったの?」

 

 鮮花が妖精を手掴みしても、黄路美沙夜は余裕の態度を崩さない。それどころか、感心といったものまで見せる。なるほど、学園の鉄の女は伊達ではないと言うことか。

 

「……そっか。昨日の一時間、私は先輩とつまらない話をしていたみたいですね」

 

 鮮花は黄路美沙夜を敵と認識したのだろう。一触即発の臨戦態勢の構えを取っていた。

 

「ええ。お陰で、黒桐さん、貴女の事で解らない事は一つもなくなったわ。一時間もあったんですもの。貴女がどんな人間なのかなんて、この仔たちに掛かれば簡単に手に入ります」

 

 黄路美沙夜は片手で自分の肩に居る妖精を撫でる。

 

「冷静ね、黒桐さん。驚かないなんて、つまらないわ。私は貴女の話を聞いて驚いたのに。そうでしょう? まさかこの学園で、私以外に魔術を習っている人が居るなんて思っていなかったから」

 

「驚きませんよ。初めから妖精使いが居るって判っていましたから。けど、驚いた先輩は慌てて邪魔者(私たち)を消すために待っていたんですね。その行動自体は正しいと思いますけど……。自分から正体を明かすなんて程度が低いですよ、黄路先輩」

 

 まるで煽る様に言う鮮花だが、黄路美沙夜は余裕のある態度を崩さない。

 

「黒桐さん。私、貴女を消そうだなんて思っていないわ。だって貴女は数少ない同類ですもの。いがみ合うよりは理解しあいたいと思わない? そこの異物は別ですけれども」

 

 黄路美沙夜の塵を見るような視線がこちらを向く。

 

 こちらにも事情があっての事だが、彼女には知ったこっちゃないだろう。

 

「いきなり妖精をけしかけておいて、理解しあうもないと思いますけど」

 

「違うわ。その仔は効率のいい話し合いの席を設ける為に使ったの。本当は一対一で話しあいたかったのだけれど」

 

 邪魔者を見る目で黄路美沙夜の視線が自分と藤乃へと向く。

 

「話し合いって、私と先輩で、ですか」

 

「そう。黒桐さん、貴女はここに来てくれた。それだけで私は貴女に好感を持ったわ。だってここは──」

 

「橘佳織が亡くなった場所だから、ですか」

 

 ええ、と満足げに黄路美沙夜は頷いた。

 

「十一月の火事で逃げ遅れた一年四組の生徒ですね。その子と知り合いだったんですか、先輩は」

 

 鮮花の質問に黄路美沙夜はええ、と優雅に頷いて答えた。

 

「佳織は私の後輩だった。初等部からの、可愛い妹みたいなものだった。要領が悪くて損な役回りを演じてばかりの子だったけれど、誰よりも信仰に篤くて優しい子だった。けど、ここで死んでしまった。死ななければならない程の罪なんてない、キレイな子だったのに。信心深い彼女は、そうであるが故にもっとも辛い選択をしてしまった」

 

 橘佳織を想うが故だろう。

 

 辛そうに、本当に悲しむ様に黄路美沙夜は語る。

 

 けれど、そこから先には慈悲らしき心は一切存在しなかった。

 

「なのに、彼女達は悔い改めもしない。佳織が命まで投げ出したというのに、以前と何も変わらないのです。そんなもの、既にヒトではありません。一年四組の生徒達は皆罪人です。あのようなモノ達は私の学園には要りません。ゴミは焼き捨てるべきでしょう」

 

「一年四組の生徒が、橘佳織を殺したとでも言うんですか」

 

「それなら、いえ、その方がなんて救いがあったでしょうね、黒桐さん。佳織は自殺したのです。この意味は、貴女には解りません」

 

 軽蔑するような眼差しで、黄路美沙夜は鮮花を見た。

 

「解らなくて良いですけど。結局、橘佳織の復讐なんですか、この騒ぎの原因は」

 

「ええ。彼女達には地獄の底が相応しい。この学園で安穏に過ごさせる事は出来ません」

 

「本当に、殺す気ですか」

 

「まさか。殺してしまっては地獄には堕ちない。()()()()()()()()()()()のです。ですがそれを責めはしません。……手をお引きなさいな、黒桐さん。私、貴女とは争いたくありません」

 

 そう言うと、黄路美沙夜はもう一度肩に乗っている妖精を軽く撫でた。

 

「見えないでしょうが、この仔は黒桐さん、貴女の記憶を(はら)んでいます。キレイでしょう? 貴女の思い出は冷たくて、滑らかなの。大理石のように美しい。なのにその芯には強い炎が燃えている。私にはその中身は見れないけれど、手触りだけでとても純真なものと判ります。貴女──とても良くてよ」

 

 黄路美沙夜はそう告げてくすりと笑った。

 

 そこから長いこと鮮花と黄路美沙夜は無言で睨み合った。

 

 その沈黙に、鮮花と黄路美沙夜の間に入る事は憚られる。これは鮮花の試練でもあるからだ。

 

 自分たちは舞台の端役だ。

 

 もっとも、黄路美沙夜が仕掛けて来るのならばその限りでもないのだが。

 

 互いの沈黙は黄路美沙夜が小さく溜め息を吐いた事で終わりを迎える。

 

「仕方ありませんね。貴女とは気が合うと楽しみにしていたのに。そんな気がしない、黒桐さん?」

 

「ええ、全くしません」

 

 鮮花は即答する。

 

 黄路美沙夜はふふ、と笑った。

 

「そうかしら? 私、貴女と似ているのよ。例えば、そう──実の兄に、恋をしているところとか」

 

「…………え?」

 

 黄路美沙夜の言葉に鮮花は言葉を詰まらせた。

 

「な、な、な」

 

 なにを言うんですか、と言いたい鮮花だが、言葉にならない。

 

 黄路美沙夜は嬉しそうに目を閉じる。

 

「貴女の事は昨日、貴女自身の口から聞かせて貰ったと言ったでしょう? 貴女のお兄さんの事も、貴女の魔術師の事も知っています。そんなところまで私達は似通っている。黒桐さんは半年前からだというけれど、私はもう少し後からかしらね、魔術というものを身に付けたのは。佳織が死んで、私はその報復の為に妖精を操り、人から記憶を奪う術を身に付けた。真理を学ぶ為に魔術を習得したのではなく、個人の目的の為に魔術を身に付けたの。佳織の為に──彼女に関わった者の記憶を採集するのが私の目的。彼女の恥辱の痕跡をすべて消したいの。それ以外はどうでもいい問題よ。私がしたいのはそれだけ。形あるものを壊すわけでもなく、人を殺すわけでもない。どう、黒桐さん。これって悪いことかしら?」

 

「そんなのは、私の知った事じゃありません。けど四組の生徒達を脅しているのが貴女だという事は判りました。その原因が橘佳織にあるという事も。ですが、玄霧先生はどうでしょう?」

 

 ぴくり、と黄路美沙夜の眉が動揺に歪む。

 

 彼女が理屈を並べて自らを正当化しようと、それだけは悪と言い切れる出来事だ。

 

 玄霧皐月が担任となったのは橘佳織が死んで、葉山英雄が失踪した後だ。玄霧皐月は事件に何の関係もない。にもかかわらず、妖精によって記憶を奪われているのだから。

 

「玄霧先生の記憶を奪ったのは、余分な事です」

 

「違います。余分ではありません。あの人は、あんな事件になんて関わるべき人ではないのです。知ってしまった事実は、全て私が奪わなければいけない」

 

 鮮花の言葉は鋭く響いたが、それよりも鋭く黄路美沙夜は鮮花の言葉を切り捨てた。

 

「──どうして?」

 

「決まっているでしょう。あの人が、血をわけた私の兄だからです」

 

「……実の兄? 先生が?」

 

 信じられないと鮮花は口にする。それもそうだ。黄路の子供は皆養子だ。黄路美沙夜の旧名が玄霧美沙夜という話も嘘だとは言い切れない。

 

 本当のところはまったく違うのだが、今はそれを口にする時ではない。続く黄路美沙夜の言葉に耳を傾ける。

 

「ええ、私も初めは気付きもしなかった。佳織の死を知った後、貴女同様に一年四組に疑惑を持った私は葉山英雄を問い詰めたわ。……その後。佳織がなぜあんなことになってしまったかを知った私は、四組の担任になった玄霧皐月に相談するしか手段がなかった。……もう、私ひとりではどうする事も出来ない状況だったから。玄霧先生はどこまでも優しかった。そんな人から記憶を奪うのは心苦しかったけれど、私は彼を識る為に記憶を奪うしかなかった。でも、今はその行為こそ幸福だったと思います。先生の記憶は、たしかに私の兄である事を証明していたんですから。皐月(あに)は佳織の死の真相を全て知っていました。告発するのは容易く、しなければ自責に苦しめられるというのに、兄は彼女達の為に黙っていようと決心していたのです。……私が詰め寄ると、死者より生者を尊重すべきだと兄は言いました。ですが、私は認めません。人を一人自殺にまで追い込んでおいて平然と暮らしている彼女達は許せない。なにより──こんな汚ならしい事に胸を痛めている兄の姿を見る事が、私には耐えられなかった。だから皐月(あに)から記憶を奪ったのです。私が妹だという記憶も、あの事件に関する記憶も、すべて。皐月(あに)は何も悩む事なく平穏に生きて、ただ私を愛してくれさえすればいい。見返りなんて──何もいらないから」

 

「……でも貴女は利用してるじゃない。何も知らない担任として、一年四組の秘密を先生に守らせている。それを貴女は見て見ぬふりで、好きだなんて口走ってる」

 

「それも、もうじき終わります。言ったでしょう、黒桐さん。私達は似ているのです。だから貴女の葛藤も理解できる。私なら──貴女の望みを叶えてあげられる」

 

 だから仲間になれ、と黄路美沙夜は鮮花に手を差し出してきた。

 

「──条件つきなら、見逃してあげてもいいわ」

 

「ちょっと鮮花! っ!? 織姫さん…?」

 

 鮮花を止めようとする藤乃を止める。

 

 今はまだ待つ時だ。この問答が鮮花には必要だから待つのだ。

 

「黄路先輩、貴女が私の失くした記憶を取り出せるのなら」

 

「失くした、記憶?」

 

「そう。私には幹也(あに)を好きになった決定的な瞬間の記憶がない。気がついたら好きだった。だから、貴女がその記憶を取り出せるというのなら──」

 

「それは無理ね。本人が知らない過去は記憶ではなく記録です。妖精が掠奪できるのは貴女の記憶だけ」

 

「なら──交渉は決裂ね」

 

「鮮花…」

 

「ごめん藤乃。でもこれはちゃんとハッキリさせときたかったから」

 

 詫びを入れる鮮花に、藤乃も胸を撫で下ろす。

 

 黄路美沙夜に向き直る鮮花には闘志が巡っていた。

 

 ここで黄路美沙夜を倒すつもりらしい。なら遠慮は要らないだろう。

 

「ねえ黒桐さん。使い魔を作るには前身になるものが必要だと知っているでしょう? なら──貴女がさっきから握り締めているソレは、何から作ったものなんでしょうね?」

 

 黄路美沙夜は笑う。

 

 鮮花は握ったソレに視線を落とした。

 

 ソレは葉山英雄の顔をした小人だった。

 

 驚いた鮮花は反射的に手を離す。

 

 黄路美沙夜が動くよりも早く、こちらは動いた。

 

「やれ、藤乃!」

 

 こちらを背後から狙っていた使い魔の妖精を投影したナイフで切り刻みながら藤乃にゴーサインを出す。

 

「凶れっ!!」

 

 藤乃の魔眼がピンポイントで炸裂して、妖精の軍勢の悉くを捻り潰した。

 

「私の妖精達が…っ、何者です、あなた達は!」

 

 黄路美沙夜の鋭い視線が自分と藤乃を貫く。

 

「ただの魔術師だ」

 

「右に同じく」

 

 黄路美沙夜に対して余裕を持って答える。あれだけの数がいた妖精達を捻り潰した藤乃の魔眼の規格外っぷりにはこちらも驚かされたが、顔は崩さない。余裕を持って優雅たれだ。

 

「これでおしまい? それともまだ使い魔は残っているのか?」

 

「穢らわしい男が、私を侮らないことですっ」

 

 黄路美沙夜の背後に何かが実体化した。ソレは巨大な花の怪物だった。繰糸の様な物が黄路美沙夜の腕に括り付いている。まるで黄路美沙夜の方が操り人形の様に見える。そして彼女の顔が驚嘆に崩れる。

 

「先輩!」

 

 鮮花が叫ぶ。まだ残っていた使い魔の妖精が集まってきてこちらに襲い掛かってくる。

 

投影開始(トレース・オン)──殺式!!」

 

 式を投影した自分が前に出て襲い来る使い魔の妖精を切り刻む。

 

「やれ鮮花!!」

 

「AzoLto──!」

 

 僅か三歩で黄路美沙夜との距離を詰めた鮮花は、掬い上げる様なボディーブローを花の怪物へと突き刺した。

 

 拳の着弾を確かめてから、鮮花は己の魔術を発動させる呪文を発した。

 

 大気が一瞬にして燃え上がる。

 

 黄路美沙夜の背後にいた花の怪物は苦悶の声らしきものを上げながら燃えていく。そして炎は怪物を燃やし尽くして怪物と共に消えていった。

 

「熱っ!! つい勢いでやっちゃったけど、なんだったのよあれ」

 

 右手に焼け爛れた痕を残しながら言う鮮花に近寄って癒しのルーンを刻んで瞬く間に傷を癒した。

 

「操っているようで、本当は操られていたのさ。半年学んだ鮮花でこうなるんだ。たったひと月やふた月でああして魔術を使う事なんて出来ない。黒幕は黄路美沙夜に妖精を取り憑かせる事でその問題を解決したんだ」

 

「黒幕って。そうか、黄路先輩に魔術を教えた誰かが居るんだ」

 

「そういうこと」

 

 玄霧皐月については自分はどうこうしようなんて考えてはいない。放っといても自分たちには害意はないと考えているからだ。

 

 一先ずはこれで妖精騒ぎは幕を閉じるだろう。妖精を操る本体を失っては黄路美沙夜という未熟者に出来ることはないのだから。

 

 

 

 

 

to be continued…

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