普通ではないふじのんと普通ではないお友達   作:星乃 望夢

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空織姫

 

 扉を開けたとき、そこにはいつも通りの空気が流れていた。

 

 伽藍の堂。

 

 蒼崎橙子が住まうこの建物は、表向きには古びた工房、しかしその実、異端を受け入れる懐の深さと、人形師としての知見が詰め込まれた、魔術的な“居場所”だった。

 

 だが、その日は違った。

 

 その場所には、誰よりも静かな“殺気”が佇んでいた。

 

 いつもの定位置、手摺に腰を預けて腕を組んでいる両儀式。

 

 まるで、何事もなかったかのように、ただ佇んでいた。

 

 織姫は一歩足を踏み入れ、そしてすぐにその視線とぶつかる。

 

 式の目は、鋭く、冷たく、だが確かに何かを測るように織姫を捉えていた。

 

「……よ。無事だったか」

 

 口にした式の声は、相変わらず淡白だった。

 

 それが安堵か、苛立ちか、あるいはその両方か、織姫には正確には読めなかった。

 

「まぁ、おかげさまで、なんとか」

 

 以前よりも僅かに低くなった声。

 

 自らを“俺”と名乗るようになった織姫の声音は、芯が一本通ったように穏やかで揺らぎがない。

 

 式の目が細くなった。

 

「変わったな、お前。……少しだけ、気味悪くなくなった」

 

 それが式なりの、最大級の好意であると織姫は理解していた。

 

 織姫はそっと笑みを浮かべる。

 

「貴女のように強くなるには、随分遠回りをした。でも……今の俺は、ようやく“俺”になれたと思ってる」

 

 式はしばらく織姫を見据えていたが、やがてふいと視線を外す。

 

「ふーん……で? 自分が何したか、分かってんだろ」

 

「ええ。世界に語られないまま、“空想具現化”を行使した根源接続者……」

 

「違ぇよ」

 

 静かに、だが鋭く、式が遮った。

 

「幹也の前で死にかけて、“あいつら”の時間に線引きして、自分だけ勝手に先に行こうとした。あいつらの“普通”まで巻き込んで、それでも笑って許してもらえるって思ったか?」

 

 織姫の微笑が、かすかに揺れる。

 

 式は続けた。

 

「……お前が死んでたら、幹也はもう戻ってこなかった。私も。……多分、壊れてた」

 

「…………」

 

 織姫は、何も言えなかった。

 

 心臓を貫かれたときに浮かんだ顔──巴、霧絵、藤乃、幹也、そしてこの式の瞳──そのすべてを裏切る覚悟だったことを、自分が一番よく知っていたから。

 

 だが。

 

「それでも、立ち止まることはできなかった。俺は、“起源”を背負って、生きると決めたから」

 

「……バカだな、お前も」

 

 そう吐き捨てる式の目に、ふっと光が差した気がした。

 

「けど──」

 

 式は立ち上がる。

 

 織姫の眼前まで歩き、一拍の間のあと、静かにその胸を指差した。

 

「その“俺”ってやつ。ちゃんとこいつで決めたことなら、もう何も言わないさ」

 

 織姫の胸には、未だ癒え切らない痕があった。

 

 白純の手刀が貫いた箇所、魔術で癒えたはずの肉の奥に、焼き付いた“決意”が、まだ疼いている。

 

 だから、織姫は頭を下げた。

 

「ありがとう、式。これからも、俺は“俺”としてここにいる」

 

 式は何も言わず、ひとつだけ頷いた。

 

 その仕草に言葉はいらなかった。

 

 殺し合いの果てに生還した者同士の、あまりに無骨で、不器用な、確かな同意だった。

 

 そして二人の間には、初めての“沈黙”が、居心地よく訪れた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 金属とガラスと電子の調和したその空間は、あらゆる感情を無機質に閉じ込めるような静寂を湛えていた。

 

 霧絵──巫条霧絵は、軽やかな足音と共にその沈黙を破る。

 

 織姫はその気配を背で受け止めながらも、振り返ることなく無機質なソファに腰を下ろしていた。

 

 血の香りも、痛みも、今はもう残っていない。

 

 ただ、そこにいるだけだった。

 

「……聞いたわ。また無茶したって」

 

 霧絵の声は、乾いた天井へと真っ直ぐに向けられていた。

 

 それは責めるでもなく、怒るでもなく。

 

 ただ、ひとつの事実を呟くように。

 

「無茶というより、無様かな」

 

 織姫の声は低く抑えられ、それでいて丁寧な抑揚を失わない。

 

 どこまでも冷静に、そして静かに、自らの在り方を見つめている声音だった。

 

「私を看取ってほしい、って……言ったのは、私の方だったのに。まさか先にいなくなろうとするなんて。……本気で、死んだかと思った」

 

 霧絵は壁際にもたれかかり、苦笑いを滲ませながら目を伏せる。

 

 表情は軽やかに作られていても、その奥にある喪失感は隠し切れなかった。

 

 織姫は、無言で顔を上げた。

 

「……看取る気は、変わってないよ。俺があの時、あそこに踏みとどまったのも……そういう約束のうち、だと思ってる」

 

「そうやって……ほんと、真っ直ぐなのよ、あなた」

 

 霧絵は目を細め、彼の横顔を見つめる。

 

 彼──境織姫のその眼差しには、既に以前の"僕"はなかった。

 

 "俺"と名乗ることを決めたその意志と覚悟が、色濃く滲んでいる。

 

 根源へと至り、空想を現実に具現化した彼がなおも此処にある理由を、すべては解らずとも霧絵は痛いほど理解していた。

 

「もし、またあなたが死にかけたら……今度こそ、私の方が先に逝ってやるから」

 

「それは困るよ。……その時は、俺がちゃんと止める」

 

 ふ、と霧絵の口端が緩んだ。

 

「うん……期待してるわ、織姫」

 

 織姫は何も言わず、その言葉を静かに受け止めた。

 

 天井に走る配管の反射が、彼の瞳の奥に微かに映り込んでいた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 がちゃ、と事務所の扉が開く音が響いた。

 

「……おはよう、織姫。もう出かけんのか?」

 

 臙条巴が、上着の裾を揺らして姿を見せる。

 

 いつも通りの時間、いつも通りの調子──少しだけ、疲れの滲んだ声色が混じるのは、ここ数日の空気がどこか緊張感に包まれていたせいだろう。

 

「うん。病院に行く。俺が目を覚ました報告と、幹也さんの見舞いと、着替えを届けに」

 

 織姫は長椅子に座りながら、淡々と返す。

 

 着物は新しく、血の色一つない。隣には紙袋と封筒。

 

 その目には、僅かにだが深い疲労の色が見える。

 

「……すげぇな、お前。死にかけてた奴の顔じゃねえよ、それ」

 

「寝れば回復する体質でね。あと、そう簡単には死ねない契約もあるんで」

 

 冗談とも本気ともつかない調子で言う織姫に、巴は小さく肩をすくめる。

 

「ふうん……あれだけの騒ぎで、詳しい話は聞かされてないけどな。橙子さん、何かとんでもないことが起きたってしか言わねぇし」

 

「俺自身の存在がそういう扱いらしい。詳細は伏せた方が都合がいいみたい」

 

「そりゃまぁ、“普通”の範疇じゃなかったってことなんだろ? なんつーか、お前、こっちの常識あんまり守らないタイプだもんな」

 

 織姫は少しだけ笑った。

 

「こっちの常識に収まりきる構造じゃなかったらしい。……巴、そっちの身体、調子は?」

 

「ん。おかげさんで快調。継ぎ目も軋まないし、感覚もちゃんとある。あんとき、お前が居なかったら──本当に終わってた」

 

「終わってないから、今がある。それだけだよ」

 

 男同士の、肩を張らない静かなやり取りだった。

 

 命を繋ぎ留めた恩はある。

 

 けれど、それを声高に主張するでもない。

 

 どちらも、それを“借り”とは思っていない。

 

 ただ、“あの日のこと”が、互いに少しだけ踏み込める距離感を作った。

 

「……橙子さんの方は?」

 

「相変わらず火消しに奔走中。俺みたいなのを現地に置いとく以上、いろいろ根回ししないといけないらしい」

 

「ま、橙子さんも災難だな。拾った弟子が核弾頭並のトラブルメイカーとか……笑えねぇ」

 

「お前が言うなよ」

 

 二人同時に吹き出した。

 

 その一瞬だけ、伽藍の堂に普段通りの空気が戻る。

 

「じゃ、行ってくる」

 

 織姫が立ち上がり、紙袋を手に扉へ向かう。

 

「……なぁ、織姫」

 

 背後から巴が声をかけた。

 

 織姫が振り返ると、巴は真面目な顔で続けた。

 

「病室で変に気張んなよ。感謝されんのが一番しんどいのって、案外本人だからな」

 

 それに、織姫は小さく頷いた。

 

「わかってる。無理はさせないよ。……俺も、幹也さんも」

 

「それでいい」

 

 ひら、と手を挙げて巴は見送る。

 

 扉の向こう、まだひんやりとした朝の風が吹いていた。

 

 それはどこか、戦いの後に訪れる、静かな余韻のようだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 静かな病室に、ノックの音が柔らかく響いた。

 

 幹也が目をやると、白いカーテン越しに人影が差す。

 

 やがて開いた扉の向こうに現れたのは、すっかり血の気が戻った肌に、端正な顔立ちと長い黒髪を揺らす──織姫だった。

 

「失礼するよ。見舞いに来た」

 

 静かな声。

 

 どこか慎ましく、けれど確かな芯を持つその声音に、幹也は瞬きし、目を細めた。

 

 ゆっくりとベッドの脇へと歩み寄るその姿に、数日前の、血まみれで崩れ落ちた光景を重ねることができず、頭のどこかで不思議な感覚が芽吹く。

 

 織姫はベッドの脇の椅子に腰掛けると、膝の上に紙袋を置いた。

 

「着替えと、橙子さんからの差し入れ。……病院食に飽きてるかと思ってね」

 

 そう言って、笑う。

 

 ほんの僅かに口許を緩めただけの、ささやかな笑顔。

 

 だが、その笑みに、幹也はようやく「ああ、無事なんだ」と実感できた。

 

「……生きてたんだね」

 

 言葉はそれだけだった。

 

 だが、それに込められた感情の濃度は、語彙の多寡など些細な問題にしてしまう。

 

 幹也は腕の点滴を気にしながら、身を起こし、織姫の顔を見つめる。

 

「君の方が……無事じゃないと思ってた。俺、目の前で──」

 

「見せてしまったね。……でも、大丈夫だったよ。俺は」

 

 冷静に、どこまでも静かに語るその言葉に、幹也の喉が詰まった。

 

「どうして……どうしてあそこまでして……!」

 

 幹也の声が震える。怒りでも、悲しみでもない。

 

 ただ、純粋な困惑と戸惑い──自分のためにそこまでしたという事実が、重すぎて理解できないのだ。

 

 織姫はその言葉を静かに受け止め、少しの間、沈黙を置いた。

 

「……あなたが、僕の“普通”だったから。だからだよ、コクトー先輩」

 

 その声に、幹也は一瞬、言葉を失った。

 

 だが、それは優しい言葉ではなかった。どこか、切実で、脆く、決意に満ちたものだった。

 

「“普通”なんて曖昧な言葉だけど……それでもそれを壊されるのが──どうしても、許せなかった」

 

 それは自己犠牲の言葉ではなかった。

 

 そこには織姫の「選択」があった。

 

 誰かに言われたのではなく、誰かのためでもなく。

 自分自身が、そう在りたかったから。

 

「……だから助けたのかい?」

 

 幹也の問いかけに、織姫は小さく首を振った。

 

「助けたんじゃない。……守りたかったんだよ。あなたも、あなたの選んだ未来も」

 

 不意に、病室の隅から視線を感じた。

 

 視線の先には、壁に寄りかかるように立つ──式がいた。

 

 式は黙ったまま、織姫と幹也を交互に見ていた。

 

 けれど、その視線は冷たいものではなかった。

 

 むしろその沈黙の奥に、僅かな安堵と、深い理解が滲んでいるようにも思えた。

 

「……あのね、織姫」

 

 幹也は、ようやく少しだけ表情を取り戻しながら言った。

 

「僕は……君が無事で、本当に良かったって、そう思ってる。……でも、次は、絶対に、死んじゃダメだ」

 

 苦笑交じりの、それでいて本気の言葉。

 

 織姫もまた、ほんの少し、目元を和らげた。

 

「善処するよ。……俺も、あなたにそんな顔は、もうさせたくない」

 

 それは奇妙なようで、どこか美しい約束だった。

 

 病室に差し込む陽光の中、三人の間に、静かで、けれど確かな時間が流れていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 病院を後にした織姫は、礼園女学院の門を前にひとつ深呼吸した。

 

 静かな午後の光が、重くなった制服の袖口に落ちる。

 

 藤乃のために洗い直した制服を着ているのは、自分に課したけじめのようなものだった。

 

 受付で名を告げ、数分の待機の後、白いタイと上品なカーディガンを身につけた浅上藤乃が現れる。

 

 その表情には、柔らかな笑みと、隠しきれない安堵が浮かんでいた。

 

「……織姫さん。来てくれて、ありがとうございます」

 

 礼をする藤乃に、織姫は小さく首を横に振った。

 

「こちらこそ、急に呼び出してしまってごめんね。少しだけ……顔を見たくて」

 

 ふたりは校舎裏手にあるベンチへと足を運ぶ。

 

 静かな中庭、夕方前の光が校舎の窓に反射して、きらきらと揺れている。

 

 藤乃は姿勢を正して、隣に腰を下ろした。

 

「……病院に、行かれていたんですよね」

 

「うん。幹也さんのところに、顔を出してきたところなんだ」

 

 織姫の声は穏やかで、けれどいつもより少し硬い。

 

 芯を持った声、それは以前の「僕」ではなく、今の「俺」が紡ぐ音だった。

 

「そうですか。先輩も織姫さんも、ご無事で…本当に、良かった」

 

 藤乃の目元がわずかに揺れる。

 

 織姫は彼女の気持ちに気づいていながら、それをすぐには言葉にせず、ほんの少しの沈黙を置いた。

 

「……俺も、一応は無事だよ。こうして立って、君に会いに来られたんだから」

 

「……でも、一週間も……眠っていたら、心配にもなります」

 

 藤乃の指がスカートの裾をぎゅっと握る。

 

 声には抑えた震えがあった。

 

「心配、したんですよ。……あの夜、もし織姫さんが帰ってこなかったら、って」

 

 織姫はゆっくりと目を閉じ、吐息をひとつ置いた。

 

「……正直に言うとね、戻ってこられないかもしれないって思った瞬間もあった。でも……俺は、帰ってくるって、信じてた。誰かのためにじゃなくて、自分のために。君の待つ場所に、俺自身の意思で戻りたかったんだ」

 

 その言葉に、藤乃の目が揺れる。

 

 安堵と、抑えきれない感情が胸を満たしていくのがわかる。

 

「……馬鹿です。そんなの、余計に涙が出そうになるじゃないですか」

 

「泣いても、いいよ。今は、そういう時間だと思うから」

 

「……ふふ。やっぱり、優しいですね。変わらないです。織姫さん」

 

 そう言って、藤乃は肩を揺らす。涙は見せなかったが、その表情はとても優しかった。

 

 織姫はふと、空を見上げた。青の奥に、まだ透明な月が浮かんでいる。

 

「……君がいたから、俺は帰る場所を知った。もしそうでなかったら、今の俺は……違う道を選んでいたかもしれない」

 

「私も、織姫さんがいたから……少しずつ、自分を許せるようになったんです」

 

 静かな時間が流れた。

 

 風が吹き抜け、ふたりの間の沈黙すら穏やかに包み込んでいく。

 

 やがて織姫は、そっと立ち上がった。

 

「もうすぐ夕方だね。寮に戻らないと、怒られちゃうんじゃない?」

 

「……大丈夫です。今日は、ちょっとだけわがままを言っても、許される気がします」

 

 そう微笑む藤乃を見て、織姫もまた口元を緩めた。

 

「じゃあ、もう少しここに居ようか」

 

「……ええ。そうしましょう、織姫さん」

 

 ふたりの影が並ぶ中庭のベンチには、確かな絆の温もりが残されていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 陽光が優しく差し込む観布子の街。風に舞う花の匂いと、遠くから聞こえる子どもたちの笑い声が、この地に根ざす“日常”の輪郭をなぞっていた。

 

 その一角、古びた蔵を改装したアトリエに人の出入りが増え始めていた。

 

 ──伽藍の堂。かつて蒼崎橙子が構えていた魔術と創造の拠点。

 

 今はその継承者、境織姫の手により、新たな息吹を宿していた。

 

 中は木材と鉄骨を組み合わせた現代建築の香りと、どこか懐かしいアンティークの調和。

 

 橙子と同じく「建築そのものに魔術を織り込む」造形の思想を受け継ぎながら、そこに織姫独自の静謐さと品位が宿っている。

 

 今日は、その伽藍の堂で開かれる初めての個展──境織姫による人形展覧会の開催日だった。

 

 準備のために集まった面々は、織姫の夢を手伝うかのように、自然に手を動かしていた。

 

「なぁ、幹也、この角度ちょっと変じゃねえか?」

 

 展示台の設置に苦戦している臙条巴が、スパナ片手に幹也へと声をかける。

 

「うーん、たぶん設計図通りだけど……織姫に聞いてみた方が早いな。織姫なら、目測でも正確だから」

 

 幹也は額の汗を拭いながらも、どこか楽しげだった。

 

 一方、展示スペースの入り口では、浅上藤乃と巫条霧絵が柔らかな手つきで布を整え、照明の位置を調整していた。

 

「こっちのレース、少し落ち着いた色味の方が織姫さんの人形に合うと思うんです」

 

「そうね……あの子の色彩って、どこか澄んでいて静かだから。華やかすぎると台無しになっちゃう」

 

 やわらかに交わる会話。

 

 少し前までなら想像もつかない、穏やかな光景だった。

 

 その静けさを破るように、木の扉が軋んで開く音がした。

 

「ふーん、あんたがこういうのやるなんてね」

 

 現れたのは両儀式。

 

 懐かしさを滲ませつつも、飄々とした目付きであたりを見渡す。

 

 と、そこで式の視線が、一人の少女とぶつかる。

 

 ──黒桐鮮花。

 

「なによ……来るなら来るって言いなさいよ! 誰も歓迎してないとは言ってないけど!」

 

 突っかかるような台詞とは裏腹に、どこか安心したような顔。

 

「……相変わらずうるさいな、お前は」

 

「うるさいのはそっちでしょ!」

 

 そんなふたりのやり取りを、壁際で腕を組んだまま見ていた橙子が、ふっと笑った。

 

「騒がしいのは、まぁ平和の証よね」

 

 その言葉に誰もが苦笑する中、最後にアトリエの入り口から一人の青年が現れた。

 

 ──境織姫。

 

 髪をきちんと整え、黒に淡金を差し込んだ落ち着いた振袖に身を包んでいる。

 

 目元に宿るのは確かな覚悟と優しさ。彼が踏みしめる一歩一歩に、誰もが視線を寄せた。

 

「みんな……手伝ってくれて、ありがとう」

 

 静かな声だった。

 

 けれど、その場の誰よりも強く、深く、響く声だった。

 

 織姫は、展示台に並ぶ自作の人形たちを見渡した。

 

 中には、式を模したものもあった。

 

 幹也の穏やかな立ち姿を再現したもの、霧絵の柔らかな微笑を封じたガラスの瞳もあった。

 

 藤乃の髪をなびかせた姿も、巴の影を宿した硝子も。

 

 織姫の記憶が、心が、この場所に刻まれていた。

 

 静かに、けれど確かに。

 

 ……ここで、僕の物語は終わり。

 

 でも……明日も続く日々を、僕は皆と生きて行く。その果てを見届けるまで、ずっと──。

 

 言葉に重みも、憂いもなかった。ただ、静かな願いだった。

 

 ──この地で。観布子の地で。

 

 人を想い、人と歩み、人の営みに自分の手を重ねながら生きるという、ささやかな夢。

 

 それを守るために、境織姫は再び、今日も歩き出す。

 

 幾多の戦いの果てに、自分の名で呼ばれることを選んだ青年の物語は、終わりではなく、これからだった。

 

 

 

 




 
なんというか、ノリにノッた筆任せで完結させてしまった。

終わってしまったという感覚しか湧いてこない。

IFもの第四次聖杯戦争篇書いたり、番外篇を書いたりも出来る。

でも一度、普通ではないおともだちは一区切りなのだと思うと、去来するのはやり切ったというよりも、寂しさという感情でした。

途中ほっぽりでも5年ほど、そして初の完結作品を手掛けられたのは何とも言えないものでした。

こんな私の稚拙な作品を読んでいただいて、ありがとうございました。
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