普通ではないふじのんと普通ではないお友達   作:望夢

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かなり強引な進め方ですまないさん並にすまないと言うしかない。


冠位人形師

 

 伽藍の堂――。

 

 冠位人形師、蒼崎橙子の営む建築デザイン事務所兼人形工房。

 

 人避けの結界によって関係のない人間は訪れる事が出来ない場所。

 

 アーネンエルベ、ブロードブリッジ、巫浄ビル、小川マンション、礼園女学院――。

 

 場所を特定するのに随分と骨を折らされた。実動して2年が経ち、僕は中学三年生になっていた。

 

 大学生で色々なツテや縁を持ち、物探しが神憑り的なあのコクトーに比べればなんと情けない事か。

 

 それでもようやく探し出せた。

 

 探し方は劇中に出てくる建物郡から歩いて行ける範囲。歩きに限定したのはそうした場所に両儀式や黒桐鮮花が歩きで通える範囲内に注力した方が確率としては大だからだ。とはいえ小川マンションにはバイクで向かっていた描写からして候補地から外しても良かっただろうが念のためだ。

 

 そこから下水道の水を調べた。何故なら結界を張っていても誤魔化しているのは人の認識で、異界に隔離している訳じゃない。だから雨水などの下水には結界の魔力に触れた痕跡が残る。

 

 小川マンションの方はまだ建設中だが完成間近。ともすればそのマンションのフロアの設計に関わった彼女もこの街に居ることになる。

 

 ようやく掴めた彼女の影。しかし魔術で居場所を調べてしまった以上、警戒されるかもしれない。

 

 そう、魔術だ。

 

 やはり魔術師を探すには魔術に携わるしかない。自分はコクトーの様に物探しが神憑っている訳ではない。普通に探した所で辿り着けなかったかもしれないし、更に時間が掛かっていたかもしれない。

 

 探すのに2年掛かったのだから掛かりすぎだ。死に物狂いで探せばもう少し早くなっただろうか。

 

 ともかく探し出せた迄は良い。あとは入るだけだ。

 

 入るだけなのに……。

 

「入れない……」

 

 住所は合っている。そして魔術的にも調べたのだから間違いないはずだ。バブルが弾けて建設途中で放棄された廃ビルなんて探せば幾らでも出てくるのだ。範囲候補を絞ったとはいえ、それをしらみ潰しに探すのも容易な作業ではなかった。

 

 そんな苦労を重ねて来たのに、最後の最後で門前払いなのか。

 

 或いはやはり魔術を使ったことで警戒されてしまったのか。

 

 意識の間を擦り抜ける様に、住所の廃ビルの前をすっ飛ばされるのだ。

 

 帰国する迄のほんの短い期間だけ、覚えられた魔術は決して多くはない。魔術というよりも錬金術に近いものだろうが。

 

 結局のところ、一度魔術と言うものを目に触れさせたくて、自分は冬木市を訪れた。

 

 第四次聖杯戦争――。

 

 万能の願望器と言われている聖杯を手に入れる為に行われる魔術師同士の戦争。

 

 その戦争に、魔術とはどういう物かを知るために自分は首を突っ込んだ。

 

 結果からして当初の目的は果たせた。そして自分も極めて初歩的な物だが、魔術を行使できる様になった。

 

 残念な事に、自分には魔術回路が存在しなかった。

 

 それでも触媒を用いれば、あとは周囲の魔力を使うなりすれば良い。魔石に貯めた魔力を使っても良い。

 

 魔術師からすれば鼻で笑われる様な物でも、今まで普通の人間でしかなかった自分からすれば、魔術という異能に手を伸ばす事の出来た大きな一歩だった。

 

 共にイギリスに来ないかとも誘われたが、今の自分にはやるべき事がある。そして、彼女を置いて、日本を離れる事なんて出来ない。約束したからには男に二言はない。

 

 時計塔に赴けば、それこそ様々な魔術に触れられる機会はあっただろう。確実に魔術というものに触れられる機会は魅力的で、しかしそれで自由に身動きが出来なくなってしまったら、彼女の運命に間に合うことが出来なかったら。

 

 それでは本末転倒だ。先ず自分の大前提として、僕は彼女を守るために、普通ではない力を求めているのだから。

 

 人避けの結界を前にして立ち往生。ただこのまま引き下がっては、或いは明日には彼女はこの場から居なくなってしまうやもしれない。

 

 此処は彼女の工房なのだから、魔術的に突破すれば侵入者として扱われて、使い魔に食い殺されるか。

 

 それ以前に、魔術的に突破出来る程の力が自分にはないのだが。

 

 魔術的にどうもならないのなら、物理的にどうにかするしかない。この人避けの結界は対象を選別して働きかける。伽藍の堂に関係のない人間の認識を阻害して、認識出来ないようにしている。

 

 素人考えならば、その阻害される認識を強く維持するかしかない。

 

 場所は間違いない。必ず此処に在ると強く思う。

 

 それこそ果てのない地平であろうとも踏破するという強い想いに倣う様に。

 

 必ず此処に在るのだと魂の奥底から想う。

 

 風向きが変わったように、肌に感じる気配が変わった。

 

 結界というものは外界と内界を隔てる物。内側に入ってしまえば幾らか気を抜けた。

 

 先ずは第一関門突破、という事だろう。

 

 あとはどうやって彼女と話すかだ。限り無く一般人であるとはいえ、自分は既に魔術の世界に足を踏み入れてしまっている。魔法使いの家系に生まれた彼女には、自分が魔術に関わっている人間だということは直ぐに見抜かれてしまうだろう。 

 

 今はイギリスに帰った友人を相手にするのとは次元が文字通り違う。

 

 自分が彼女に提示できるメリットは、残念ながら存在しない。

 

 一階は廃墟。二階と三階は確か彼女の仕事場だったはず。足を踏み入れたら帰って来れなさそうなので迷わず四階まで上がる。

 

 階段を登り切り、四階のフロアに入る。目の前の床には鞄が置かれていた。

 

 ぞわりと、背中から嫌な汗が吹き出し、最早本能や反射と言った領域、思考する前に足が地面を蹴って、埃だらけのフロアの中へと飛び込む。受け身を取りながら背後を振り向く。そこには()()()()()()()

 

「っ――――、はぁ……」

 

 意識が張り詰め過ぎている。少しの異常にも過剰反応してしまう。まるで戦場の真っ只中に居るみたいだ。

 

 いや、ある意味で戦場か。自分が運命に抗えるかどうかの戦いをするのだから。

 

 受け身を取った時に落としてしまった眼鏡を取るために立ち上がる。落ちている眼鏡を拾うために屈んで、再び前を向いた時。目の前に人の顔があった。

 

「あっ…」

 

 眼鏡を掛けた、人の優しそうな、赤髪の女性。にっこりと笑った彼女と思いっきり眼を合わせてしまった。

 

 その眼鏡は魔眼殺しだとわかっているが、それよりも先に反射的に眼を閉じて距離を取ろうとして、足に何かがぶつかって、そのまま後頭部から地面にダイブした。

 

「っぅぅぅぅ~~~~っっっっ」

 

「えーっと、大丈夫…?」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 この事務所に無関係の人間が入り込むとは思ってもみなかった。

 

 ただの一般人ではないのは確かだ。着ている服には拙いながらも防護魔術が施されている。周囲の魔力を取り込んで防御力に転化する。原理はわかるが効果は微々たる物だ。魔術師同士の闘争ではまるで役に立ちはしないだろう。時計塔に上がりたての魔術師でも、もう少しマシな物を作れる。

 

 ならばこれを作った魔術師がその程度の低能なのか、或いはそれを着ている本人がその程度の魔術師なのか。

 

 いずれにせよ、この場所を魔術師に知られたのならば放って置くわけにはいかない。

 

「あなた、何しにここまで来たの? ここは私の自宅兼事務所なのだけれど」

 

「えぅ!? あぅ、…えっと……ぅぅ…」

 

 身のこなしも全くの素人、というわけでもないらしい。間抜けを装った魔術教会の追っ手…という線にしては間抜けすぎる。そして魔力も普通の人間と大差無い。至って普通なのだが。

 

 歳はまだ10代中頃。骨格からして男。まだ少年と表して良い子どもは、私の質問に対しておろおろとして、おもむろに眼鏡を掛けた。

 

「………アンタが、冠位人形師、蒼崎橙子か」

 

 眼鏡を掛けるとまるで人格が入れ換わった様に間抜けさが抜けた。

 

 まさか自分以外にも眼鏡をトリガーに性格を切り替える人間に会うとは。

 

「そうよ。その名を知っているということは、あなたはこちら側の人間ね?」

 

 私に対して冠位という名を使ったのなら、先ず間違いなく魔術側の人間で、時計塔に関係している可能性が高い。

 

 ただ私の質問に彼は何と答えようかという顔をして、言葉を紡いだ。

 

「そうとも言えるし、そうとも言えない。魔術を学んだのは、たったの1週間ちょっとだ」

 

 そんな魔術の魔の字も知らないような人間が、この事務所に辿り着ける訳がないのだが。結界は完璧だ。それに1週間程度魔術をかじっただけならば普通の人間とほぼ変わりはないはず。だとすれば別口の探知系の異能を持っているのか。

 

「でもオレは識っているから見つけられた。それでも探すのに結構苦労したけどな」

 

 含みのある言い方をする。知っているから見つけられた? なら探す必要もないはずだ。それに、此処に越してきたのはつい最近だ。誰にもこの場所の事は教えていないのだから、知る術もない。

 

 間抜けに見えて、どうやら普通じゃないと見るべきか。

 

「…なにが目的だ」

 

 眼鏡を外して、妙な真似をすれば殺せるように構える。

 

「……運命に、抗うために、あなたの力を貸して欲しいんです」

 

 此方に倣う様に眼鏡を外して見えた顔は、覚悟を決めた、真っ直ぐな人間の顔だった。

 

「運命に抗う、だと…?」

 

 からかっているのか。それとも大真面目なのか。運命とはなんの運命なのか。

 

「僕の大切な人の運命を変えたい。僕はその人に訪れる運命を識っている。けれど、僕は識っているだけで、なんの力も持っていない。だから、その力を身につけたくて、あなたの事を訪ねました」

 

 運命を知っている。その言葉を信じるのなら、千里眼に類似する異能を持っているのか。だとするのならば、この場所に辿り着けた事にも一応の納得はいく。

 

「なら無駄足だったな。私が君に関わる理由がない」

 

「……僕が、根源へと到達出来るかもしれない魂の持ち主だとしてもですか?」

 

 根源へと至る事の出来る魂か。また随分と大きく出たものだ。

 

 しかしそれが本当だとして、私には興味のない話だ。

 

「……この場所にやってこれた頑張りに免じて忠告してやる。魔術師相手にその事を軽々しく口にするな。それこそ細胞のひとつにまでバラバラにされて隅々まで調べ尽くされるぞ」

 

「魔術協会でホルマリン漬けは勘弁ですね」

 

 こいつに魔術を教えた奴は余程のアホか。それともそれを聞いたこいつがアホなのか。人の忠告を軽口で返してきやがった。

 

「…だからあなたくらいしか居なかった。根源へと至る事を諦めて、その気のないあなたしか」

 

「随分と買ってくれているみたいだな。その千里眼か未来予知で、私が君を弟子入りさせる未来でも見たのか?」

 

「千里眼とか予知じゃないですよ。知識として識っているだけですから」

 

 まるで見聞きした様な口振りで話すその様子が馬鹿馬鹿しいと思えてくる。知識として知っている。千里眼でも未来予知でもない。ともすれば運命を見ることが出来ると言うのか。

 

「世界は無限の可能性に溢れています。例えば第三次聖杯戦争で1つの分岐が起こる。例えば先の第四次聖杯戦争の直前に1つの分岐が起こる。中には早期に地球上からマナが枯渇する世界も存在しますね」

 

「面白い話だが、それを裏付ける証拠はないな」

 

「確かに。ならどんな事なら信じられますか? 妹に魔眼殺しを盗まれた腹いせに魔術協会から妹の名義でお金を引き下ろしていたり、或いはあなたが何人目の人形なのか、それとも…」

 

「わかったわかった。もう良い、ちょっと黙れ…」

 

 人畜無害そうな顔をしてなんてやつだ。人の秘密を勝手にベラベラと話されたら敵わない。調べても調べられない事まで恐らくこいつは知っている。

 

「ただ解せないな。そうまでして何故私に拘る。運命を知っているのなら、自分の運命を見て最良の選択をし、時計塔にでも入って、現役のロード辺りに取り入れば良いだろう」

 

「この世界にとって部外者の僕には、この世界での運命(ものがたり)なんて用意されていないので無理ですね。そして魔術師本人が最強である必要はない。最強の物を作れば良いというあなたの持論でなければ、ただの人間でしかない僕は、戦うことすら出来ないと思ったからです」

 

「この世界の部外者と来たか…。魂が根源に通じていると宣うのはそれが根拠か?」

 

「この世界を観測できる世界からやって来た魂が、この世界の理に馴染むためには、この世界の理を司っている場所を通ってこなければならない。でなければ理の違う魂は拒絶されて然るべきではないですか?」

 

「確かに一理あるな。私は魂は専門外だが、そう考えられるのも無理はない」

 

 だが例えそうだとしても、既に根源へと至る事を止めてしまっている私には、ただ知られたくもない秘密を知っている厄介な人間でしかない。

 

 世界は観測者が居るから存在していると言われることもあるが、そんな観測者が目の前に居るとなると、率直に言って気持ちが悪い。

 

 他人に知られたくはない事さえ一方的に知られているとはそういう感覚だ。

 

 自分は相手を知らないのに、相手は此方を知っている。趣味や趣向。或いは生まれから終わりまで。何を成してきたのか、そしてこれから何を成すのか。

 

 運命を知られているなどぞっとする。

 

「ただやはり私にはメリットのない話だ。悪いが他を当たってくれ」

 

「いやです」

 

「『帰れ』、と言った」

 

「いやです」

 

 まるで梃子でも動かんと言わんばかりに私を見つめてくる。だから暗示を掛けてやったのだが、まるで効いちゃいない。どうなってるんだこいつは。

 

「もう一度言うぞ。『帰れ』」

 

「いやです」

 

 軽く頭を抱えそうになった。魔眼も使って暗示に誘導を掛けているのに全く効いている気がしない。

 

 これは頑固者とかいう次元じゃない。

 

 使い魔をけしかければ排除は容易だし、私自身の火力でもおそらく殺せる。本人の言う通りたったの1週間程度で学んだ魔術で防げるほど腕は落ちちゃいない。

 

 ただそれは負けた気がするのは、まだ彼が一般人側の空気を持つ人間だからだろう。運命を知っていると言ったが、おそらくは本当にそれだけなのだろう。でなければ余程擬態の上手い人間なのか。……有り得ないな。これは勘だが、こいつは極めつけのアホの匂いがする。

 

「運命を変えると言ったな。それが変えられる運命ならば良いが、変えることの出来ない運命――この場合は宿命とも言えるな。そうした宿命だった場合はどうするつもりだ」

 

「……彼女の運命が宿命だというのなら、その宿命も背負ってみせます」

 

 恋する乙女は無敵だというが。それは男でも適応される事なのか。極めつけのアホの他に底無しのバカと来たか。

 

 ――こういう底無しのバカは嫌いじゃない。

 

「お前の敵はなんだ?」

 

 運命を知っているのは良い。だが戦うために魔術を必要としているのなら、並大抵の案件ではないのだろう。

 

 それこそ魔術師同士の闘争に巻き込まれるのか、魔術であれば回避できるというのならば私が代わりに解決しても良い。その時は私に関する記憶だけは消し去るが。

 

「荒耶宗蓮」

 

「……なるほど。難敵だな」

 

 まさかその名が出てくるとは思わなかった。

 

「だが、奴が敵となるのなら、ハッキリ言って私の手には余る可能性すらあるぞ」

 

 魔術師としては欠陥も多かったが、結界に関しては魔法の域に到達していると言っても過言ではない。そして近代随一の武術の達人ときている。

 

 生半可な魔術師では返り討ちに遭うのが関の山。この私でさえだ。それこそ手段を選ばなければ勝てるだろうが、そうなれば魔術協会に察知される危険性もある。

 

 聞けば聞くほど、私にはなんのメリットもない話だ。

 

「それでも僕は、あなたに頼るしかない」

 

 何処までも真っ直ぐで、目的のためには挫けない強靭な精神力。それはその口から放たれた名を彷彿させる。

 

 このまま手放しで帰すというのも不安が残る。暗示が効かないとなると、殺すか隔離するかだ。

 

 そうした心配は要らなさそうな感じだが。

 

「……良いだろう。だが、私はただ教えるだけだ。運命に抗うのはお前だけで成し遂げろ」

 

「もとよりそのつもりです」

 

 暗示が効かないのなら目の届く範囲に置いておく方が気が楽だ。殺すのは負けた気がするし、隔離したとすると、何故だか猛烈に厭な予感がする。

 

「さしあたっては……。ここの掃除からだな」

 

「わかりました」

 

 さて、この選択が吉と出るか凶と出るか。

 

 真っ白な人間を魔術師と戦える様にするというのも、これは作るという行為に当て填まる。

 

 完成には期待しないが、暇潰し程度にはなるだろう。

 

 

 

 

to be continued…


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