日刊3位にまで来ちゃったから、フワッとした内容よりもしっかり書いた方が良いのかとてつもなく迷う。
結果的に僕は冠位人形師蒼崎橙子の弟子にしてもらえた。
自分でもかなり強引な売り込みの仕方だったと思っている。けれども、コクトーと違って特技もないし、蒼崎橙子に示せるメリットもないのならば、多少強引にでも行かないとならないと思っていた。そうでもしなければ、自分など簡単に丸め込まれていただろう。
それでもかなり強い暗示を施されたのは、眼鏡を掛けている時の自分が未だこの伽藍の堂の中で出てこれない程だとなれば判る。
自分に暗示の類が効かないのは既に体験していた事だった。
第四次聖杯戦争。
その時に接触した魔術師は、その聖杯戦争にて生き残った魔術師。ウェイバー・ベルベット――後のエルメロイⅡ世だ。
此方も消去法だ。第四次聖杯戦争に参加する魔術師の中で自分の話を聞いてくれそうな人物となれば、ウェイバーか。或いはかなり確率は低くなるが、遠坂だろう。愉悦部の戸を叩く勇気はなかった。話は真面目に聞いてくれそうな人物だが、代わりに痛いしっぺ返しが来そうで怖かったのだ。
より危険度の低い選択肢を考えるとウェイバー位しか居ない。
それでも最初は暗示を掛けられて追い返されそうだった。その時に、自分には暗示が効かない事が判明した。
自分も魔術師かと警戒されたが、魔術回路はないし、魔術師でもないことが判ると、ウェイバーは頭を抱えていた。
ただこの時も、僕は大丈夫でも、オレはウェイバーの前には出てこれなくなった。
つまり暗示はちゃんと効いている。
ただ、オレに効力があるのに、主人格に効力がない理由。
蒼崎橙子が言うには、オレ達の関係性に
オレは主人格に降り掛かる負担を受け止める存在だ。だから暗示の類も、オレが一手に引き受けるから主人格には効力がないのではないか。
しかしこの手の精神的な負荷をオレが耐えられなくなった時は、どうなるか分からない。
本気ではなかったとはいえ、魔眼まで使われていたらしい。余程強力な暗示なのは、蒼崎橙子のもとに引っ越してから一月が経つ今でも、伽藍の堂の中で人格が切り替えられないことから判る。
無理に切り替われば、その足でオレは自宅に一直線に『帰る』事になるだろう。
ともあれともかく、どうにかこうにか自分は蒼崎橙子から魔術と人形製作の指導を受けている。
私生活の大部分を魔術に置き換える為に伽藍の堂に引っ越しもした。その方が家から伽藍の堂に通うよりも効率的に魔術を学べるからだ。
ただ藤乃との約束もあるため、学校は変えていない。自転車で二時間もあれば通えるのだから変える必要性を感じない。体力作りにも丁度良い。
両親への説得は、思ったよりもすんなりと行った。今まで我が儘という我が儘を言ったことがないからだろう。
両親には蒼崎橙子のもとで人形造りを学ぶためだと伝えている。いくつもの展覧会に出品している程の凄腕人形師だと紹介しているし、一応未成年である自分の身柄を預かるので、蒼崎橙子にも両親に説明をしてもらった。蒼崎橙子を紹介した時は、両親が少し騒がしかった。他人を家に連れてきた事なんて一度もなかったからだろう。父親には何処であんな美人を引っ掛けて来たのかと問われて、正直少し……ウザかった。
嘘を言っている訳でもないためボロは出ない。時計塔で冠位認定を受け、封印指定にまでされている人形師。現代最高随の人形師であるのは疑い様のない事実だ。
昼間は学校。夜は魔術師としての修行の日々を送っている。
中学三年生。時は1995年。余暇はあと――二年。
◇◇◇◇◇
境織姫――。
押し掛け同然に転がり込んできたその少年は、中々面白い人間だった。
それは人間性の話ではなく、存在としての在り方。そしてその異常性だ。
本人は二重人格だというが、記憶を共有する二重人格は、二重人格とは言い難い。二重人格とは、主人格が精神的に耐えられないものを切り離して新たに生まれるものだからだ。
他人を恐怖した境織姫の産み出した人格。もう一人の境織姫。人並みに完璧であれと願われた理想の自分の投影。自身を守護する盾にして殻。
疑似人格の形成としてはお手本の様なものだ。さらに眼鏡という小道具を使い、自身と別であると定義しているのだから完璧だ。
理想の自分という、他者でありながら自身でもあるという想像によって生まれた境織姫の疑似人格。
境織姫にとっては自身であるが他者でもある。そして、精神的な負荷を受け持つ境織姫が存在しているのだから、精神に作用する暗示も、疑似人格の境織姫には通用するが、主人格の境織姫には通用しない。
そんな複雑な精神構造をしている境織姫に暗示を効かせるのならば、疑似人格を破壊する勢いで強力な暗示を掛けるくらいが、今のところ考えつく方法か。
境織姫と関わりのない魔術師では気付き難い特性だ。
しかし、その負担を受け持つ疑似人格が、その負担に耐えられなくなった時はどうなるのかは予想がつかない。
耐えきれない分の暗示が本人に掛かるのか、空気を入れ続けた風船が割れる様に、疑似人格が破壊されるだけで済むのか。
試してみるのも一興だろうが、それで使い物にならなくなっては惜しくもある。
本人は覚えが悪いというが、はじめから教えたことを完璧に出来る人間など居ない。いくつもの失敗を重ねて、人間は成長するものだ。
しかし魔術となると、それは異なってくる。才能や、或いは属性。得手不得手によって習得できるものには限界がある。
だが、境織姫にはそれがない。
魔術回路を持っていない為、消費する魔力の量によっては魔術を行使する為の魔力を別枠で用意する必要があるが。教えた限りの魔術を覚えていく。そして、覚えは良いが、習得には時間が掛かる。
その二つの欠点が目立つが、教えた魔術を、時間さえ掛けてしまえば習得出来るというのは、異常としか言い様がないだろう。
得手不得手もない。属性も関係なく魔術を習得していく様は、魔術回路さえあれば時計塔でも名を売れる程度の魔術師になれただろう。或いはその異常性を危惧されて封印指定でもされたか。いずれにせよ、誰かに習うことが出来る魔術であれば、どんな秘術すらも習得してしまうだろう化け物だ。
私にとっては時間などある意味で無限にあるようなものだ。この手間隙掛かる弟子の成長というものは、人形造りに近いものがある。まぁ、ゆっくりやっていこうじゃないか。一つ一つの部品を丁寧に仕上げていくように、一つ一つの知恵と技術を教えていく。
ただ私でも教えることの出来ないものがある。
戦闘技能に関しては完全に専門外だ。戦闘を使い魔に任せる私では、その辺りの事は教えられない。
今は適当に組んだ人形を相手してもらうことで茶を濁している。それでも
運命を変えると宣った織姫は、何かに急かされる様に忙しなく、机にかじりつく勢いで魔術と技術の習得に日々を費やしていた。
学生にとっては毎日が休みになる夏休みだろうとも、毎日朝から晩まで魔術と向き合っていた。その向き合い方は魔術師そのものだ。
それでも、3日に1度は外出していた。友達と夏休みの宿題を片付けているのだと言っていたが、あれは間違いなくデートだ。一人前にちゃんと青春しているらしいのは良いことだ。人間性を失わない様にするには、そうした人らしい生活は重要な事だ。
だが、それも夏が終わりを迎える頃に様子が変わった。
市内の商店街で殺人事件が起きた。そのニュースを見てから織姫の空気が張り詰め始めた。
まだ覚えたてのルーン魔術で完全武装している姿を見て、何かが始まったのだと察した。
◇◇◇◇◇
夏休みが明けて、新学期に会った織姫さんは難しい顔を浮かべていた。
そんな顔は以前にもあった。
何かに悩んでいるのだろうか。ただ織姫さんは、藤乃にその事を話してはくれないのだろう。以前もそうだった様に。
織姫さんは藤乃のことをたくさん知っているのに、藤乃は織姫さんの事をあまり知らない。それは藤乃の事を知っていてくれる織姫さんに甘えてばかりいるから、それで満たされてしまっているから。
夏休みになる前に、織姫さんは自転車で藤乃を迎えに来てくれる様になった。今までは歩きだった通学が変わったのは、織姫さんがお引っ越しをしたから。
やりたいことがあって家を離れたからだと織姫さんに言われて。その頃からだろう。織姫さんの心が遠くにあるように感じるようになってしまった。
近くに居るのに、立っている場所が違う。見ている景色が違う。そんな感覚が積み重なっていく。
住む場所が遠くなってしまったのに。それでも織姫さんは藤乃の傍に居てくれる。流石に夏休みにまで毎日一緒には居られないのは藤乃にもわかっています。それでも3日に1度は顔を会わせて、お出掛けをしたり、宿題をしたり、それなりには一緒に過ごしていました。
それでも心に積もる不安は拭う事が出来なくて。
「殺人事件」
「え…?」
午前中で終わってしまう学校からの帰り道。落ち着いて織姫さんと話せる時間なのに藤乃の選んだ話題は、そんな物騒なもの。
「怖いですよね。場所も、織姫さんが住んでいる近くですよね?」
「うん。と言っても、少し離れてるから大丈夫」
織姫さんがお引っ越しをしたのは、学校から自転車で二時間も掛かるいくつかの市を跨いだ観布子市という街。
少しでも心に積もる不安を拭うために、同じ視線で、同じ場所に立ちたいからと、織姫さんの身近に起きている話題として殺人事件を挙げるのは、少し普通ではないのかもしれない。それでも織姫さんは藤乃の選んだ話題に乗ってくれる。
織姫さんは、藤乃を否定しないから。だからいつも、甘えてしまう。
甘えてばかりいるから、藤乃には、織姫さんの見ている景色が見えないのだろう。同じ場所に立てないのだろう。
近くに居るのに遠い人。一緒に歩いているはずなのに、目指す場所のある織姫さんと、そんな場所のない藤乃では、歩む早さが違う。
普通の世界で生きられる織姫さんと、普通の世界では生きられない藤乃では、やっぱり一緒に居ることなど出来ないのだろう。だからこんなにも、織姫さんの事が遠いと思ってしまうのだろう。
「藤乃…?」
気づけば、家の前に辿り着いてしまっていた。いつも思う。もっと家までの道程が遠ければ良いのに。
もっと、傍に居て欲しい。ずっと、どんなときでも離れなければ、きっと藤乃も、織姫さんの見ている景色が見えるはず。織姫さんと同じ場所に立てるはず。
なのに住んでいる場所が、帰る場所が違うのだから、離れなければならない。それが、いつも嫌だった。
「…少し、上がって、行きませんか…?」
「…いい、けど……」
今まで家まで送り迎えをして貰っていても、そんな事を口にした事はなく。家の前で別れられたのに、今日はそれが出来ない。
掴んだ手を離すことが出来なくて、織姫さんを家に招き入れた。
男の子を連れて帰ってきた事に母はとても驚いてしまって。そういえば今まで家に他人を連れてきたことなどなかったと思い出す。
学校ではない。家の中の自分の部屋という場所は、もっとも気を抜ける場所で。
そんな場所で、織姫さんと一緒に居られる時間が、藤乃はとても好きです。
肩を寄せ合ったり、膝枕をしながら頭を撫でてくれたり、畳の上で寝転びながら向き合ったりして過ごすのは、とてもお友達らしい過ごし方、なのかもしれない。
お友達……。
こうしてとても身近に居てくれる織姫さんは、果たしてただのお友達と呼んでしまって良いものか。
最近、否応にも耳にする男女の恋愛話。
普通ではない藤乃には縁遠い話だと思っていました。
でも、藤乃のすべてを受け入れてくれる織姫さんならきっと――。
「藤乃…?」
畳の上をゴロゴロとはしたなく転がって、織姫さんの身体にしがみつく。
「どうか、したの…?」
大切にしてくれるとわかっているから。もう少し、今のままでいたいのは藤乃の我が儘です。この関係を変えるときは、変わるときはもっと織姫さんと近くに居られるようになった時。でも、置いて行かれるのは嫌です。
「いいえ。ただ…。今日は、帰って欲しくないって、思って…」
家に招き入れた時もそうだった。今日は織姫さんと離れたくない。離れてしまえばまた置いて行かれてしまう。
そう思ってしまうから、織姫さんの都合も考えずに我が儘を言ってしまう。
「それは……えっと…。その、ね。……いい、のか、な……」
照れ隠しに俯きながら、小さく言葉を返してくれる織姫さん。
そんな、愛らしい織姫さんを見ると、少しだけ心に積もるものが晴れていく。優しい織姫さんも良いですけれど、藤乃は愛らしい織姫さんの事も、好ましく思っています。
いつも頼ってばかりで甘えてしまう織姫さんとは違う。少し頼り気がなくて、子供みたいで、甘やかして、イジメてしまいたくなる。
こんな愛らしい顔を、どんな風に歪めてしまうのか。
そんなことを想像してしまう藤乃は、やっぱり普通ではないですね。でも、もし藤乃が普通の子だったら、織姫さんとお友達になることが出来なかったのなら、藤乃は普通ではなくて良かったのかもしれない。
「ふ、藤乃……?」
「ふふ。なんですか、織姫さん」
最近はクラスの男の人にジロジロと見られる様になってしまった胸に、織姫さんの顔を招き入れると、まるで借りてきた猫の様に固まってしまう織姫さん。
普段はまったくそんな素振りを見せない織姫さんも、やっぱり男の方で安心しました。それとも、藤乃の部屋の中だから、意識してしまうのでしょうか。
織姫さん、とても初ですからね。こうしたことは藤乃がしっかりと手を引いてあげないと。
to be continued…