普通ではないふじのんと普通ではないお友達   作:望夢

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ふじのんエミュよりコクトーエミュが欲しい今日この頃…。普通を描くのって難しい。


殺人考察 (前)Ⅱ

 

 自身に両儀式を投影する事で、人形程度なら相手にする事が出来る。荒事などしたこともない自身には、破格の戦闘能力だ。

 

 ただ、肉体は境織姫の物だ。それを両儀式として動かせば、身体が付いていかない。筋肉痛なんて日常だ。両儀式を投影したところで、両儀式として育った身体ではないのだから当然だ。

 

 自転車に車のエンジンを載せて爆走している様なものだ。そんなことをして自転車が保つはずがないのは当たり前だと橙子は言う。

 

 筋肉痛で済んでいるのは橙子のお陰だ。それでも最初は加減もわからずに動いて肉離れとか筋を痛めたのは記憶に新しい。

 

 そこから基礎を固める為にこの身体を鍛える事が朝の時間は費やされる様になった。最低限、動きの負荷に耐えられないと、いざというときに使い物にならないんじゃ話にならない。人体のスペシャリストの助言もあって、身体の効率の良い動かし方も学べばどうなるのか。

 

 それは総合体育祭で短距離走を手始めにして幾つかの走る競技に出てくれと頼まれる程になった。

 

 俊敏に動く為に瞬発力は重点的に鍛えていたからだ。

 

 それが体育祭の練習中に露見してしまった。

 

「良い事だと思いますけど」

 

「バカ言うな。それに、目立つのは好きじゃない」

 

 他人なんてどうでも良い。両儀式を投影するようになってからは、他人なんて嫌いだと思うようになり始めた。自分の都合を押し付けるやつは特に嫌いだ。

 

 ただ少しだけ、普通とは違うところを見せてしまっただけで、こう騒がれると鬱陶しくて敵わない。

 

 それを言った浅上の返しはそんな言葉だった。

 

 こんな煩わしい事の何が良いんだか……。

 

「だって。そんな織姫さんの事をずっとわたしだけが知っていたと考えると、とても優越感を抱くから。ただの一部分しか知らない他の人たちなんかより、わたしの方がもっとたくさん、織姫さんの事を知っているんだって。羨ましいでしょう? って」

 

 そう言った浅上の口許には、嘲笑うかの様に弧を描いていた。

 

「ホント、危ない女だよ。お前」

 

「ふふ。危ない、ですか。それじゃあ、そんな危ないわたしと一緒に居る織姫さんは、もっと危ない人かもしれませんね」

 

 普通じゃないどころか、何時からコイツは愉悦部に入部したのか。

 

 おそらくアレだ。新学期早々にコイツの家に連れ込まれて、その晩にちょっと人前では言えないことをしてからだ。

 

 それから頭のネジが弛んだのかの様にコイツは少しバカになった。

 

 具体的に言うと、人前でも手を繋ぐとか。休み時間には椅子をくっつけてまで肩を寄せて来たり。わざとらしく教科書を忘れたなんて言って授業中にも引っ付こうとしてきたり。

 

 でも、誰も居ないからって、放課後の教室はさすがにマズイだろう。

 

 浅上が普通じゃないのはわかっているが、少し度が過ぎる。まるで箍が外れたみたいだ。

 

「でも、そんなに煩わしいのなら、わたしから言っておきましょうか?」

 

 学校では浅上しか付き合いのない自分と違って、浅上はオレよりかは社交的だ。多数の意見で本人の意思なんて無視する選抜に対してオレが一人で吠えるよりも効果的な道を浅上は持っているだろうが。

 

「やめとく。今のオマエ、何するかわかったもんじゃない」

 

「そうですか? ただお話をするだけですよ?」

 

 小首を傾げる浅上。ならその口許のニヤケをどうにかしてから言え。クラスの奴らを説得した褒美に何をしようかと考えて愉悦に歪んでるのが丸わかりだ。

 

 両儀式を投影していなくとも、今のオレなら浅上を殺してやりたいと思う自信がある。

 

 ホント、こんな危ない女の何処が良いんだか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 総合体育祭。近隣の学校が集まって行われるお祭り騒ぎの様な体育祭。 

 

 その体育祭の種目に出る生徒は実力派揃い。他の学校の人たちに見られるのだから、少しでも自分達の学校の凄いところを見せつけたい。そんな見栄の張り合いの様な場所だと織姫さんは溢していた。

 

 そんな織姫さんは然り気無く、まるで誰かを探すように周りの様子を伺っていた。他の人にはわからないかもしれないけれど、わたしにはわかる。

 

「誰かお探しですか?」

 

「まぁな。ま、こんだけ人が居ちゃ、探しても見つけるのは難しいだろうな」

 

 あの他人に無関心な織姫さんが関心を向ける人物。どんな人なのか、わたしも興味が湧いてくる。

 

「ホラ、次の種目、浅上の出番だろ?」

 

「そうですね。行ってきます」

 

「……まぁ、ケガしない程度に頑張ってこい」

 

 織姫さんに見送られて、わたしは次の女子対抗リレーに出場する為に、織姫さんのもとを離れる。

 

 織姫さんが頼まれた様に、わたしも走るのが速い方だったのでリレーの選手として走ることになった。

 

 身体の感覚のないわたしは、疲れるという感覚もわからないから、他の人よりも全力で走り続ける事が出来る。

 

 それに、織姫さんが観ているとなると、ちょっとだけ頑張ってしまって。ゴール直前で足を挫いてしまった。

 

 きっと織姫さんにはこうなることがわかっていたのだろう。わたしが織姫さんの事を良く知っている様に、織姫さんもわたしの事を、或いはわたし以上に、藤乃以上に、浅上藤乃を知っている。

 

 走り終わったわたしを出迎えた織姫さんは――。

 

「オマエ。バカに加えてドジだったのすっかり忘れてた」

 

 眼鏡を掛けている織姫さんは、藤乃を嫌っている。浅上藤乃を嫌っているのだから、わたしのことも嫌っている。

 

 それでも織姫さんは織姫さんだから、織姫さんは藤乃の事を好いてくれている。愛してくれているから。

 

 嫌いなのに放っておけないという矛盾を抱えている。

 

 口ではわたしを悪く言っても、態度はわたしを気遣って肩を貸してくれる。

 

 そんな矛盾が、わたしは――藤乃は、愛されているのだと実感できる。

 

「しっかし。いつもと会場が違うから、医務室の場所がわかりゃしない」

 

 今年の総合体育祭は、観布子市の連続殺人事件もあって、観布子市からは少し離れた運動場を借りて行われている。だからいつもとは施設の勝手が変わっているから、さすがの織姫さんでも迷っている様子。

 

「君たち、大丈夫かい?」

 

 そんなわたし達に、声を掛けてくれた人が居た。

 

 人の良さそうな人とは、こんな人を指すのだろうと思えるほど温和そうな男の人だった。胸の名札には「黒桐 幹也」と書かれている、高校生の先輩だった。

 

 その先輩の視線はわたしたちを見てから、驚いた様に僅かに目を見開いて、隣の織姫さんを見ていた。

 

「……式?」

 

「え…?」

 

 織姫さんの知り合いなのだろうか。織姫さんの名を呟いた先輩は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

 

「ごめん。同級生にあまりにも似ていたものだからつい。それより困っていたように見えたけど、どうしたの?」

 

「連れがケガしちまってな。いつもと会場が違うから、医務室の場所がわからないんだ」

 

 あの織姫さんが躊躇いもなく他人と話しているのをはじめて見た。いつもなら面倒そうに一息吐いてから話すのに。

 

「なるほど。医務室なら案内するよ」

 

 先輩は笑みを浮かべて織姫さんからわたしに視線を移して、そしてわたしの足に視線を落とした。わたしの左足のくるぶし辺りが赤く晴れ上がっているだろう。

 

「そいつは重畳。ついでにコイツを担いでくれ。オレは競技の召集が掛かっちまったからな」

 

「え? ええっ!?」

 

 いきなりそんなことを言い出した織姫さんに驚いてしまう。いや、今から医務室に向かって帰ってきても競技が始まってしまうかもしれないなら、仕方のないことなのかもしれない。

 

 でも、はじめて会った人と二人きりなんて。

 

「うん。わかった。彼女は、僕が責任を持って医務室に連れていくよ」

 

 なんかもう、わたしの意思の関係ないところで話が纏まってしまった。

 

「じゃ、あとは任せたぜ。コクトー、先輩」

 

 そう言って、織姫さんは行ってしまった。

 

 織姫さんを見送ったわたし達はしばらくそのまま佇んでいた。

 

「浅上…藤乃ちゃん、か。とりあえず負ぶって行くけど、良いかい?」

 

「は、はい…」

 

 話が纏まってしまった手前、断るのも失礼だと思って、わたしは先輩のお世話になることにした。

 

 はじめて会った男の人に身を預けるのは、普通は不安に思うものかもしれない。けれど、何故か先輩にはその不安を抱くことはなかった。

 

「あの…」

 

「ん? なにかな?」

 

「織姫さんが、お知り合いに似ていたと言ってましたけど」

 

 あの織姫さんが事もなく話をしたこの先輩の事が気になって、少し話をしてみたかった。

 

織姫(しき)か。彼もシキって言うんだ。僕の同級生にも(しき)って娘が居るんだ。女の子なんだけどね。名前も同じで、見た目も似通っていたから驚いてね。同級生の式は、眼鏡を掛けていないのに」

 

 織姫さんと似ていると言った先輩は、苦笑いを浮かべて話してくれた。

 

 わたしから言えば、先輩は織姫さんと似ている気がした。眼鏡を外した、本当の織姫さんと。

 

 その温和で、優しそうな顔に抱いた印象は、はじめて織姫さんと話したときに感じたものと同じだったから。

 

 だからなのか。わたしが先輩に対して不安を抱かないのは。

 

「どんな人なんですか? その人は」

 

 共通の名前と、先輩も観違った程に見掛けも似通っているというそのシキさんの事が気になって訊ねてみてしまった。

 

「そうだね。余り他人を寄せ付けなくて、中には恐いなんて言う人もいるけれど。本当の式は、そんなことないんだ。…って、なに言ってるのかな僕は」

 

「……本当に、似ていますね」

 

「え?」

 

 観間違えたのも仕方のないことかもしれない。もっと違う部分もあると思う。けれど、先輩から聞いたそのシキさんは、わたしの知る織姫さんとそっくりだった。

 

「織姫さんも、他人に無関心で、他人を寄せ付けない人ですから。でも、本当はとても優しい人なんです」

 

「そうだね。見掛けだけを見ても、その人の本質なんてわからない。本当のその人を知ることが出来た僕たちは幸せなのかもしれない」

 

 先輩はそんな恥ずかしい事を恥ずかしげもなく言った。きっと先輩も、そのシキさんの事が好きなのだろう。

 

 同じ様な人を好きになった相手だから、そんな共通意識が、先輩に対する不安を抱かない理由だったのかもしれない。

 

 医務室に運ばれて、先輩はわたしを置いて行ってしまった。

 

 それでも、またいつか会えるような気がした。

 

 唯の勘ではなく、直感めいた確信。

 

 きっとその時は、互いに自慢話でも出来れば良いと、そんなことを、わたしは思った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 浅上藤乃と黒桐幹也の出逢いは、それこそ偶然ではなく必然で、世界の運命が定めたものなのだろうか。

 

 藤乃が何らかの理由でケガをすることを自分は識っていた。ケガをした事を隠している藤乃を黒桐幹也が見つけるはずだった。

 

 でも、ケガをした藤乃を僕が放って置けるはずもない。

 

 だから藤乃を優先した。それでも藤乃は黒桐幹也と出逢った。

 

 それが定められた運命なのか。それから道を外れようとしても、世界の修正力が働くと言うのだろうか。

 

 そんな憤りを藤乃には見られたくなくて、彼女を黒桐幹也に任せてしまった。どう転んでも間違いなんて起きないと確信できる相手だから、藤乃を任せられた。そうでなかったら競技なんてすっぽかして、藤乃を医務室に連れていったことだろう。

 

「どうした? 今日はやけにピリピリしているじゃないか」

 

「……別に。ただ、定められた運命は変えられないのかって、考えてるだけです」

 

 伽藍の堂。事務所でコーヒーを飲みながら今日の事を考えていた僕に橙子さんは言った。

 

 黒桐幹也との出逢いが悪いのではない。彼との出逢いが藤乃の人生に必要ならばそれでも構わない。

 

 ただ結果として僕は藤乃が黒桐幹也と出逢う理由を潰してしまったのに、藤乃は黒桐幹也と出逢った。

 

「橙子さん。運命を変えるって、どうすれば良いんですか?」

 

 自分などよりも、実感として世界の真理に近いだろう魔術師の師に問い掛ける。

 

 橙子さんはタバコを一息吸って、紫煙を吐き出してから言葉を紡いだ。

 

「そうだな。ざっくばらんだが、土地を変えてしまえば良い。土地を変えても降り掛かるものが変わらないのならば、それは運命ではなく宿命だ。運命は外から来るものだが、宿命は魂の運命。内から生じるものは環境を変えたところで必ずその本人に降り掛かるものだ。宿命を変えることは出来ない。もしお前の変えたい運命が宿命に類するものならば、抗うだけ無駄だ。抗うよりもどう向き合うのか考える方が建設的だな」

 

 運命と宿命の違いは理解できる。

 

 ならば境織姫という外的要因でも変わることはなかった藤乃と黒桐幹也の出逢いは宿命に類するものだったのか。

 

 なにが運命で、なにが宿命なのか。それを見分けることは出来ない。そんな特別な「眼」は、自分にはない。

 

「もし変えたい運命が宿命だとして、その当事者を殺した場合でもですか?」

 

「その時はオマエ。この世のすべての人間を殺し尽くすことになるな。それは極論だがね。いっそやってみれば良いさ。そうすれば運命なのか宿命なのか見分けはつく」

 

 宿命は変えられないのなら、その当事者を殺したところで、その宿命の為に別の相手が藤乃に手を伸ばすかもしれない。橙子さんの言いたいことはそういう事なのだろう。

 

「人を殺すことになっても怒らないんですか?」

 

「魔術師には愚問な問いだな」

 

 魔術の探求。「  」へ至る為ならば道徳など通用しないのが魔術師だ。

 

 藤乃を助ける為に世界中の人間を殺し尽くす。出来る出来ないはともかく、もし本当に藤乃に魔の手が迫るのなら、僕はその魔の手を殺してしまいたいと思っているのは確かな事だった。

 

 

 

 

to be continued…


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