普通ではないふじのんと普通ではないお友達   作:星乃 望夢

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殺人考察してないけど、殺人考察の時期だから許してちょんまげ。




殺人考察 (前)Ⅲ

 

 部活も引退している3年生の帰りは早い。でもそれだけじゃない。

 

 連続殺人事件の犠牲者が四人目を数えたところで、学校側が放課後の部活動を禁止して生徒を早帰りさせるため、放課後となれば校舎から追い出される様に全校生徒は帰路に就く。

 

「いつになったら終わるんでしょうか…」

 

 足をケガして程ない為、自転車の荷台に乗る藤乃がそう溢した。

 

 放課後に教室に残れないからか、この頃の藤乃は不満気だ。そんな頻繁に藤乃の家に上がり込むわけにも行かない。だからなのか、殺人事件に対して恨めしく藤乃は言う。

 

 犯人の正体は未だ掴めず、その動機も明らかになっていない。被害者の共通点もない。

 

 殺人をしている感覚すらあるか疑問だ。容疑者からすれば殺人ではなく、自分の異常性――特別であることを誇示する行為が殺人になっているからだ。

 

「こうも織姫さんと過ごす時間が減ってしまうと、藤乃は寂しいです」

 

 学校では四六時中殆ど一緒に居るけれど、今までは互いに部活に入ることなく放課後の教室で下校時間までのんびりと過ごしていたのだから、その時間がまるっきり無くなってしまった事に藤乃は不満を抱いているらしい。最近は期末試験だったから学校が終わるのも早かった所為もあるのだろう。学校が終わるのが早ければ、必然的に藤乃と一緒に居る時間も短くなる。

 

 1月辺りまで殺人事件が続く事を識っている身としては、黙して過ぎるのを待つしかない。下手に関わろうとしても、関われる事柄じゃない。

 

「明日、病院だったよね?」

 

「はい。いつもの時間で良いですよね?」

 

「うん。駅で待ってるから」

 

 足のケガの治療と経過観察で、藤乃は隔週で病院に通っている。近隣では設備が一番整っている観布子市の病院へ。

 

 車で直接向かうのが一番良いものの、藤乃は態々電車を使って観布子駅まで来て、そこから僕が付き添ってバスで病院に向かうというルートを使う。使いたがる。

 

 ただひとりで電車に乗せるのも心配だから、僕が電車で藤乃が乗ってくる駅まで迎えに行って、そのあと藤乃と一緒に電車で観布子駅に戻ってきて、そこからバスに乗るという手間の掛かる手順を踏む。

 

 過保護が過ぎるかもしれないけれど、藤乃に対しては過保護で丁度良い。少なくとも運命の日を過ぎるまでは。

 

 贔屓目に見ずとも藤乃は美少女だし、同年代の女子と見比べても一足先に女性らしい体つきをしている。

 

 魔眼を持つ藤乃なら不貞な輩をヒョイっと出来るとしても、今の藤乃は無痛症以外は普通の女の子でしかない。痴漢なんてされた日にはどうしようも出来ない。不良に絡まれてしまっても逃げることが出来ない。

 

 だから少しくらいの手間が掛かっても、藤乃を守るためならば僕はその手間を惜しまない。

 

 診察を終えるまで少し時間がある。

 

 その間、診察室の前で待っていれば良いものの、僕は一度病院を出る。

 

 病院の前にある小さな森林公園。家族連れや入院患者が屯しているその中で、車椅子に座っている女性を見つける。彼女を見つけるのはそこまで難しくはない。雑多な人波の中に居て浮いている彼女。

 

 流れるように綺麗で長い黒髪。白い服から浮き上がる華奢な体つきは、確かに百合を連想する。

 

「…こんにちは」

 

「こんにちは」

 

 眼鏡を外して声を掛けると、彼女は振り向いて挨拶を返してくれた。儚げな笑みを浮かべて。

 

 彼女と出逢ったのは偶然だった。

 

 藤乃の付き添いでこの病院を訪れた時の帰り。なんとなく病院を見上げていたら、窓から下界を見下ろす彼女と目があったのだ。

 

 次の診察の時。待ち時間の間に彼女を探してみようと外に出ると、彼女と対面した。

 

 彼女――巫条霧絵と、僕は出逢った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 その日は、なんとなく窓の近くから外を見ていた。それでも、見慣れてしまった光景は何も変わることはなかった。

 

 そう思っていた。

 

 背中越しに振り向いて病院を見上げている綺麗な人が居た。見返り美人。そんな言葉が思い浮かぶくらい綺麗な人。真っ直ぐな瞳が、私を射抜いていた。

 

 手を振ってみると、振り返してくれた。

 

 ただそれだけなのに。私は次の日から窓際で外を見る日常を送った。毎日毎日、外を見続けて。でもあの人は現れない。

 

 一週間が過ぎて、二週間が過ぎて、その頃になると、あの人は私が見た幻なんじゃないかと思い始めた頃。

 

 またあの人を見つけた。また、視線を合わせた。

 

 慌てて私は車椅子を動かして下に降りた。見失いたくない。目を離した間に何処かへ行ってしまうかもしれない。

 

 この世界で私を見つけてくれたあの人と、一度で良いから話をしてみたい。

 

 そんな心の内側から溢れ出る衝動に身を任せて、私は急いだ。まるで魔法が解けてしまう前に急いで帰ろうとするお姫様の様に。

 

 病院の外に出るなんていつ振りだろうか。

 

 あまりに急いでいたから、車椅子を必死で動かして加減なんてしなかった私の腕はもう疲れて震え始めていた。明日は筋肉痛になるんだろうなと余計な思考が頭を過ぎる。

 

 そんなこと、今はどうでも良かった。あの人に会えるのなら、明日の自分なんてどうなっても。

 

 病院の前の小さな公園。家族連れや入院患者で溢れているその中で、あの人は直ぐに見つけられた。上下黒の服装だから人垣の中でも見つけやすい服装。

 

 近くで見れたその人の顔は、まだあどけない幼さがありながら、人形の様に整った綺麗な顔だった。

 

 上縁の眼鏡の奥にある瞳は、真っ直ぐ私に向けられていた。

 

 私に視線を合わせながら、その人は私に歩み寄ってくる。

 

 私の前までやって来ると、腰を降ろして、眼鏡を外した。眼鏡を掛けている時は、まるで鋭利な刃物の様だった目付きが正反対の軟らかくて温かそうな目付きに変わっていた。

 

「…こんにちは」

 

「こ、こんにちは…。っ、あの、私、私は…っ、ごほっごほっ」

 

「や、少し落ち着いて」

 

 何かを話そうとして噎せてしまう。激しい運動をした後の様に息は荒くて、頭も少しぼーっとしていた。

 

 彼はそんな私の背中を撫でてくれた。落ち着くまで何度でも。

 

 患者の一人として向けられた同情心のある優しさではなく、心に響く真っ直ぐな優しさに、私は嬉しさを感じていた。頑張って無理をして、会いに来た甲斐があった。

 

 彼はお友達の付き添いでこの病院に来ているのだと言う。

 

 そのお友達はきっと、あの日に彼の隣で杖を突いていた女の子だろう。

 

 私には関係のない話だ。明日をも知れない私には。

 

 診察が終わる頃だと言って、彼は私の車椅子を押して病院に戻った。放って置いて良いと言っても、彼は聞かずに車椅子を私の病室まで押してくれた。

 

 また窓際で外を見下ろしていると、彼の背中が見えた。

 

 また振り向いた彼と視線が合って、彼が手を振ってくれた。

 

 私はそれに手を振り返した。

 

 翌日、案の定腕の筋肉痛で酷い数日を過ごすことになった。

 

 明日なんてどうでも良いと思っていたのに。

 

 気づけば私は、また彼が病院にやって来る日を楽しみにしていた。

 

 二週間に1度だけ会える私の織姫(おりひめ)さま。

 

 彼――境織姫と、私は出逢った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 織姫さんに新しいお友達が出来た、かもしれない。

 

 どうしてそんな曖昧な言い方になるのか。

 

 それは織姫さんに直接訊ねたわけではないから。

 

 病院の帰りに、決まって織姫さんは病院を振り向いて手を振る。窓際で織姫さんを見下ろしている女性が居た。同じ様に手を振り返していた。

 

 織姫さんの交友関係に口を出す権利は、わたしには無い。どんな人なのか訊ねる勇気もない。

 

 だって、遠目で見ても、その人は綺麗な人だと思ってしまったから。

 

 別に恋人としてお付き合いしているわけでもないのだから、織姫さんにわたし以外の女性と付き合いがあっても、わたしには何かを言う権利などない。

 

 あぁ、でも。織姫さんの事を一番知っているのは藤乃だから、なにも焦る必要なんてない。

 

 織姫さんも、そんな簡単に、誰にでも身も心も許す様な人ではないのを藤乃は知っている。

 

 だからこれは嫉妬とか、そんな感情ではないと思う。

 

 ただ、最近の織姫さんはわたしの足のケガを心配して。それに連続殺人事件で帰りが遅くなってしまうのをわたしの両親も気にするだろうからと、わたしの家に上がることを遠慮していた。

 

 でも今日は土曜日で休みでもある。帰ろうとする織姫さんを引っ張って、車に乗せて、家に連れ込んで、日が暮れるまでのんびりと過ごして。夕食を一緒に食べたあとは、藤乃の部屋で織姫さんを押し倒した。

 

 やっぱり足を心配する織姫さんを無視して、ひたすら織姫さんを貪った。

 

 声を出さない様に必死に口を固く結ぶ織姫さん。それを見た藤乃は織姫さんに声を出させようとあの手この手を駆使する。

 

 織姫さんの弱点など知り尽くしている。

 

 声を出さないで空気の掠れた音だけを出すという器用な事をする織姫さん。でも、声は出なくても口を開けさせたという事実に愉悦と達成感を感じる。

 

 蕩ける様に小さく声を出し始めたのならそれはもう藤乃の勝ち。

 

 あとは織姫さんの意識が飛んでしまうまでひたすらイジメて、壊して、蹂躙して、貪り尽くす。

 

 あの織姫さんを汚して、壊しているのだと思うと、心に渦巻く愉悦は藤乃をさらに突き動かす。

 

 藤乃が満足する頃にはもう夜が明けようとしていた。

 

 両親が起きる前にシャワーを浴びて。少しだけ浴室で織姫さんをイジメてしまう。声が反響するから、部屋でよりもさらに必死に声を殺す織姫さん。なのに織姫さんは決して藤乃を拒絶しない。だから藤乃は余計に織姫さんをイジメてしまう。

 

 日曜日の朝から織姫さんに膝枕をされて過ごすのはとても贅沢な日だと思う。

 

 でも、このまま1日過ごしてしまうのは少し勿体無くて、織姫さんに我が儘を言って、藤乃は織姫さんとお出掛けする事に。

 

 足をケガしているのにアグレッシブ過ぎると苦笑いを浮かべながらも、織姫さんは藤乃に付き合ってくれる。

 

 電車に乗って観布子市へ。

 

 特に買い物をするわけでもなく、お店の中を巡り歩いて。

 

「織姫さん、あれ」

 

「ん? …あぁ、なるほど」

 

 数ヵ月前に出逢った先輩を偶然見つけた。指し示した先を見て織姫さんも納得したのなら間違いない。

 

「向こうもデートみたいだしな。馬に蹴られる前に退散しようぜ」

 

 確かに、お邪魔をするのは憚られる。少しだけ見えた織姫さんにそっくりな人。眼鏡を掛けているとか服装的な特徴を抜きにしてみれば。なにより眼鏡を外している素顔もわたしには見慣れたもの。

 

 織姫さんと瓜二つの顔を持つ人に連れられている先輩は楽しそうに振り回されていた。

 

「そうですね」

 

 あんな風に楽しそうにしているのなら、今度会ったときに話せる話題も多いかもしれない。

 

「そろそろ一回休もうぜ。歩き疲れた。てかお前、ケガ人だってわかってるのか?」

 

「そうですね。つい楽しくて。何処かお店に入りましょうか?」

 

 疲れたなんて嘘。織姫さんならまだまだ動けるはず。そんな風に言ってわたしを休ませてくれる。

 

 素直じゃない、とはまた別。織姫さんはわたしを嫌っていても嫌いになりきれない。だからぶっきらぼうな言い方や接し方になる。

 

 そんなところがまた良いのだとわたしは思ってしまう。藤乃からすれば優しさの塊みたいな織姫さんの事が好きで、ぶっきらぼうな織姫さんは少し苦手としている。それは藤乃が少し子供であるから。わたしという殻を纏って、普通の浅上藤乃の内に居る存在だから。どうしても人当たりに弱い。

 

 織姫さんはどちらのわたしも好いてくれている。わたしはどちらの織姫さんも好いている。眼鏡を掛けている織姫さんはわたしを嫌っていて。藤乃は眼鏡を掛けている織姫さんを少し苦手としている。

 

 複雑に絡み合ったわたしたちの関係。互いの中身と殻が入れ替わればバランスが取れるのかもしれないし、そんな互いに凸凹しているからわたしたちは互いにパズルのピースを嵌め合う様にバランスが取れているのかもしれない。

 

 だから離れてしまうと不安になってしまう。織姫さんが傍に居ないだけで、わたしたちは欠けてしまうから。

 

 浅上藤乃という存在を象る為には、織姫さんの存在が必要不可欠になってしまっているから。

 

「織姫さんは、本当に高校へは行かないんですか…?」

 

「……うん。今どうしてもやりたいことがあるから。高校は最悪通信制もあるし。本当は藤乃と一緒に高校行きたかった。でも、今じゃないとダメなんだ」

 

 織姫さんがお奨めだという喫茶店に入って、わたしは織姫さんに訊ねた。

 

 それは以前から織姫さんに言われたこと。一緒の高校に行きたいと誘った藤乃に突きつけられたはじめての否定。

 

 それは将来かならず起きるもの。それでもこんなに早く訪れるわけはないと思っていたもの。

 

 夏休みの時に言われたその言葉が、今の浅上藤乃を作った切っ掛けかもしれない。そうでなければ、もう少し穏便に織姫さんと過ごしていたかもしれない。

 

 そんな真っ直ぐな織姫さんの意思を変えることは出来なくて。だから離れてしまうまでせめて少しでも織姫さんとの繋がりを強くしたくて。加減なんて考えずに織姫さんを求めてしまうのだろう。

 

「それでも、僕は藤乃の友達だから」

 

 告白なんてしていないから、藤乃と織姫さんの関係はお友達のまま。

 

 告白するのは、それは浅上藤乃の人生に織姫さんを巻き込んでしまう事だから。

 

 普通ではない浅上藤乃よりも、もっと普通で、素敵な人が必ず居るから。

 

 だから藤乃は、お友達という関係から一歩を踏み出せない。織姫さんの人生を巻き込んで、背負える強さがないから。だから今のままで、今の居心地の良い関係でいたい。自分の都合しか考えられない弱い藤乃には、今のままでも充分なのだから。

 

「藤乃も、僕の友達でいてくれると、嬉しいかな…」

 

 不安げに上目遣いをする織姫さん。それは自分の言葉に自信がない時にする織姫さんのクセ。

 

 織姫さんはわかっていない。そんなことをされると、たとえわたしでなくとも織姫さんを物陰に連れ込んでしまいたいと思ってしまう程度の破壊力があることを。

 

 藤乃以上に気弱な所が織姫さんにはある。けれど、芯が通っている時はやっぱり藤乃よりも強い人だと思わせる程真っ直ぐなところもある。

 

 あぁ、ここが人前でなければ抱き締めてしまうところだった。

 

 でも、少しだけなら良いのではないだろうか。

 

「藤乃…?」

 

「あ、いえ。なんでもありませんよ。…わたしも、藤乃も、織姫さんとお友達でいたいです」

 

 互いに違う道を歩く事になっても、それでお別れにはならない。なることはない。なるはずもない。なろうとも思わない。

 

「良かった……」

 

 わたしの返事を聞いた織姫さんはほっとした様に肩を撫で下ろした。

 

 すると織姫さんはポケットから小さな紙袋を取り出して、中身を見せてくれた。

 

「はじめてだから凝ったものを作れなかったんだけど。良かったら、貰ってくれる…?」

 

 織姫さんの手の中にあるのは革紐に通された指環だった。

 

「これを、わたしに…?」

 

「女の子に指環なんて、おかしいかもしれないけど」

 

 織姫さんが藤乃の事を好いてくれている事は疑う余地もない。織姫さんの贈り物を受け取らないという選択肢は、浅上藤乃には存在しない。

 

 織姫さんから指環を受け取って、革紐で首から下げる。それを手に取ると、口許が弛んでしまう。

 

「……次は、指に嵌められるものが欲しいです…」

 

 指に嵌められる指環。それは弱い藤乃が遠回しの精一杯で伝えられる言葉だった。

 

「…あ、ぅ、……うん…。その…、……頑張って、みる……」

 

 その意味が伝わったのか。顔を俯かせて、言葉を詰まらせながら耳まで赤くした織姫さんは、途切れ途切れながら返事を返してくれた。

 

 こんなに幸せなのに、まだ幸せな事が待っていてくれるのだろうかと思うと、この幸せが消えてしまわないように、席を移して織姫さんの隣に座って、織姫さんの事を抱き締めてしまっていた。

 

 こんな普通ではない浅上藤乃が幸せになってしまって良いのだろうかと。

 

 この幸せが取り上げられてしまわないように、強く、強く、居なくならない様に、強く、実感出来るように。

 

 こんな温かな幸せを取り上げるというのなら、藤乃は神様を恨みます。呪います。殺してしまいたいと思います。

 

 そう強く、想う事は、普通ではない藤乃にだって出来ることなのですから。

 

「藤乃!」

 

「え…?」

 

 織姫さんに呼ばれて気づいたとき、わたしたちの座る席の横にあった窓ガラスが割れて、その破片が降り注ぐ――前に、織姫さんが藤乃の身体に覆い被さった。

 

 いったい、なにが起こったのか。起きてしまったのか――()()()()()()()()()()

 

 思い出す、とても昔のこと。10年近くも前のこと。

 

 わたしは、藤乃は、この異常(ちから)の所為で、嫌われていた。

 

 

 

 

to be continued…

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