目が覚めたら海の上に立っていた……いや、なにを言っているのかわからないが、それが事実だからどうしようもない。
今はっきりしていることは、どこを見渡しても水平線で、現状がまったく理解できないことだけだ。
それと、右目をカバーのような何かに塞がれて前が見えないな。誰のイタズラかは知らないが、こういうのは本当に勘弁してほしい。
「な、なんで取れな――いっ!?」
俺の声が高くなってる? しかも全身の肌が病的に白い……もう何がどうなって――げぇ、尻尾まで生えてるだと!?
なんだこれ……俺は悪の組織にでも改造されてしまったのか? いやいや、さすがにこんなことが現実に起こるはずもないな。
これは夢だ。きっと鮮明なだけの夢に違いない。
「…………」
腹立たしいほど天気がいいな。心地のいい風に、穏やかな海。
自分は孤独に強いと自負しているが、人の気配や生活音のない環境がこんなにも恐怖を感じるとは思わなかった。現在地は不明、おまけに通信機器もないからどうにもならないときてる。
いったい俺はどうすれば……。
こういうときは、体力のあるうちに水や食料を探すべきか? たぶんそうだよな……ならとりあえず陸地、陸地を目指してみよう。
あれから一時間ほど大海原をさまよった。
体を動かすことで本能的な恐怖を誤魔化しつつ、ついでに海の上をどれくらい動けるのかも軽く検証していた。
幸いにもこの体は、疲労を感じることなく海面を走ることができるらしい。まだ尻尾の感覚は掴めないが、これも時間さえあればなんとかなりそうな気がする。
ただ、水の上を歩ける謎については触れたりしない。夢ということでスルーしておこう。
なんか超人になったみたいで楽しくなってきた……たまにはこんな夢も悪くないな。
そんなこんなで数分後、ついに念願の陸地を発見。無人島かと思い近づくと、砂浜に先住民……というか、見覚えのある三人の小人たちがいた。
「おぉ二人とも、あそこに見たこともない深海棲艦がいるのです!」
「むむ、しんしゅですかな?」
「……なぁ、あいつおれたちがみえてないか?」
「それはありえません。もし我々が見えるのならとっくに食べられているのですよ。まして深海棲艦など所詮はケダモノ。我らの存在を感知するなど不可能なのです」
「たしかに。よくみるとげせんなつらがまえをしておりますな」
「バナナとかすきそうだな」
「ぷぷ、チンパンには相応しいおやつなのです」
「「「ガハハハ!!」」」
「……おーおー、好き勝手言いなさる」
「っ!?」
俺が深海棲艦? 確かにこの体はそれっぽいし、あの子たちは妖精さんにそっくりではある。でも深海棲艦に妖精さんって……連想するのは艦隊これくしょんしかないよなぁ。
でも俺の知っている妖精さんは初対面であんなこと言わない。言わないったら言わないんだ!
……とりあえず、あの妖精らしき生意気なチビどもと接触してみよう。これが夢なら、きっと辻褄の合わない粗が見えてくるはずだ。
「こんにちは。チンパンでバナナが大好きな深海棲艦ですぅ。どうぞよろしく」
「…………」
「実は俺、現在地がわからなくて困っているんだ。なんたって下賤な面構えでケダモノだからなぁ? よかったらご教授いただけるとうれしいのだが」
「ひっ!?」
「リ、リーダー! こやつしゃべっておりますぞ!?」
「ことばまでりかいしてやがる。はなしがちがうじゃねぇか!」
「はぅ!? で、ではバナナを、バナナで餌付けを試みるのです!」
「その試みは後にしてほしい。それより君ら妖精さんだろ? ここがどこなのか教えてもらえないか?」
「…………わ、我々を、食べるのですか?」
「あいにくとバナナのほうが好きなんだ。しつこいようだが、俺は現在地がわからなくて困っている。これ三回目だぞ? はよ教えろ」
「しんかいせいかんなのに?」
「……見た目はな。でも中身はただの人間なんだ」
「むむむ」
なにがむむむだ! 本音はお前らみたいな口の悪いちびっ子なんざおしりペンペンしてやりたいんだが、それで逃げられても困る。
ただ気になるのは、一人だけ艦娘にそっくりな子がいることだ。
左の子はどう見ても木曾にしか見えないし、声はもちろん、服装や口調もそのまんまだ。
右のヘルメットをかぶった子がむむむとほざいた奴だな。確か、艦娘を建造する画面で見た覚えがある……ような気がする。
最後に真ん中のリーダーと呼ばれたのが、たぶん羅針盤を回していた子だ。ゲームでは無駄にテンションが高くて、頭にヒヨコを乗せたヤツな。
てか、さっきから尻尾がチクチクする。他の妖精から小石でも投げられてんのか?
「まぁいきなり信じろってのは難しいか。でもこのとおり敵対の意思は無い。だからその、物をぶつけるのはやめてくれないか?」
「わ、我々はなにもしていません。濡れ衣なのです!」
「うしろをみてみな。あんた、うたれてるぜ?」
「え?」
振り返ると、遠くで黒々としたサメのような怪物が、大きな口を開けて主砲を俺に向けていた。さっきからドカドカとうるさかったのはコイツだったらしい。
駆逐イ級。艦隊これくしょんのゲーム内ではそう呼ばれていた。
いわゆる最弱の敵であり、いつもお世話になっている相手――ってガチで砲撃されてるじゃねーか! 痛くないから気がつかなかった。
この体が頑丈で助かったが、まともに直撃を喰らってビクともしないのはどういうことだ? ゲームでもありえない気が……。
いや、それより今は忙しい。そういうのは後にしてもらおう。
「ふんっ」
「グギャ!!」
小走りで近づき、軽く蹴り飛ばして追い払った――はずが、グシャリとイ級が粉砕。燃料が返り血のごとく飛び散り、誤って一般人を小突いてしまったサイヤ人の気持ちを味わった。
なんとな~く自分の正体に察しはついているが、まさかこれほどのパワーとは想定外だ。これじゃあ格上の深海棲艦と出会ったら終わりじゃないか。ましてや姫級なんて想像もしたくない。
待て、なんで俺はイ級に撃たれた? 少なくとも、見た目は深海棲艦のはず。
「もんどうむようでしたな。おなかまではないので?」
「正直に言うと俺にもわからない。ついさっき目覚めたばかりだし」
「ならとつぜんへんいか? むねもぺったんこだしなぁ」
「突然変異……そうだ君らは鏡みたいなもの、なんてあるわけないよな」
「鏡ですか? ありますよ。ほいっ」
あるんかい。そしていつ俺の肩に乗ったんだお前ら……でもまぁ、ここはさすがの妖精さん。自分より大きな鏡をポッケから出すとは恐れ入る。おかげでようやく自分の姿を確認できるな。
鏡に映ったのは、かの有名な重巡洋艦ネ級の姿だった。
戦艦並みの性能を誇る美しい深海棲艦。長めの白髪にビキニのような黒い装甲。そして尻尾のように生えた二股の砲身が特徴的だ。
ゲームではかなり面倒な存在なんだが、いざ自分がこうなってみると……まぁなんだ、見た目はとても美しい。
先ほどから木曾妖精が俺の胸をペタペタと触り、首をかしげていた。それもそのはず、俺の顔や体形は女性に見えるが、胸にはふくらみがなく、腕がやや筋肉質でたくましい。
「じつはおとこだったりしてな。うできんがすじばってる」
「ただのひんにゅうでわ? ちちのさいでせいべつをはかるなど、いささかぼうろんにすぎますぞ」
「班長に同意します。男性がこんな女性用水着みたいな恰好をしていたら、もはや手遅れの変態さんなのです」
「手遅れですいませんねぇ? こんなナリでも心は男だよ」
「……あ、はい」
「地味にリアルな反応はやめろ。目が覚めたらこの格好だったんだ」
「口ではなんとでも言えます。でも我々は懐が広いので、あまり触れないようにしてあげるのですよ」
「今ガッツリ触れただろうが!」
確かに深海棲艦も基本的なデザインは女性だもんなぁ。
どうせ夢なんだし、こうなったら股間に連装砲でも――ん? そういえば、妖精さんは深海棲艦も改造できるのか?
……よし、まずはこの子たちのご機嫌をうかがってみよう。
チンパン扱いは許さんが、反応を見る限り会話には問題がないように思えた。ならば腰の低い対応で情報を引き出し、用済みになったらおしりペンペンしてやればいい。
特に木曾妖精は念入りになぁ? グヘへ。
「まぁそんなことはどうでもいいさ。おまえはおれたちのてきじゃあないってことだろう?」
「お、おう」
「きっとこのであいはうんめいだ。そうはおもわないかリーダー」
「しかり。こんかいばかりはただのぐうぜんではありますまい」
「……我々は深海棲艦など信用できませんが、感情で可能性を排除するほど愚かでもありません。あなたの上陸を許可するのですよ」
「あ、あぁ。なんかよくわからないが助かるよ。ところで、この周辺海域の名称を教えてくれないか?」
「?」
「……あの島の名前とか、なんちゃら海とか名前があるだろう? まずはそれを教えてほしいんだ」
「そんなの知らないのです。我々はリゾートを楽しんでいるだけで、人間の取り決めなど知ったこっちゃないのです」
人に興味がなさそうな口ぶり……むしろ嫌っている?
言葉は慎重に選んだほうがよさそうだな。
「なら海図とか、コンパスを貸してもらえたら嬉しいんだが」
「こまったごじんですなぁ。そのようなものはございませんぞ?」
「ございませんって……あぁなるほど。妖精さんならそんなものがなくても、ちゃんと現在地がわかるってことか」
「むりだぜ? ラーベすらつくってねぇし、つくれなかった。なんたってしげんがねぇからな!」
んんん?? ラーベとやらが何なのかは知らないが、この子たちはなにを言ってるんだ?
「……え、えーと理解力が足りなくてすまん。君らはリゾートでここにいるんだよな? ならどうやってここにきたんだ?」
「ひょうりゅうしてながれついたのがこのむじんとうだっただけですぞ? せっかくだからリゾートをたのしんでおります」
「遭難してるじゃねーか!」
なにがリゾートだこの野郎!! 妖精が遭難してどうするよ……あぁもう、夢なら早く醒めてくれ。
どれだけカンカンと照り付ける太陽に願っても、この変な夢が覚める気配はなかった。
いくら神頼みしようとも状況は変わらない。俺には航海に関する専門知識はなく、妖精さんも当てにならないことが判明してしまった。
海の男は星の動きで現在地を把握できるそうだが、真似したくてもどうしたらいいのかさっぱりわからない。だからこそ、俺は無我夢中で陸地を探した。深海棲艦とわかった今となっては無意味かもしれないが、当初は水とか食料が必要だと思っていたから。
そして当たり前だが、船は燃料がなければ動かない。それは深海棲艦だって同じ……はずだよな?
さて、問題はこの大海原のどこで燃料を確保するかだ。
ふと体に付着していた返り血(燃料)を見て、イ級をココナッツのように喰らう自分の姿を想像してしまった。
「このよのおわりみてぇなツラしてどうしたよ? ほら、バナナでもくってげんきだせ」
「…………ありがとう」
そりゃ浜辺で体育座りにもなるってもんよ。妖精さんに出会えてウキウキしてたら、その妖精さんまで遭難してたんだもの……バナナうめぇ。
「では外務大臣。よろしくなのです」
「まかせな」
「……が、外務大臣って、木曾じゃないのか?」
「へぇ、おれがキソにそっくりなことしってるのか。あぁそうそう、だいじんといってもしごとがなかったから、こんかいがはつしごとだ。よろしくたのむぜ!」
「どうよろしくするのかわからないが、よろしくな。でも君に外務大臣はちょっと違うんじゃない? 血の気多そうだし」
「むむむ! これはないせいかんしょうというやつですな? われらをぐろうされるおつもりか!」
「じゃあむむむの子、君の肩書は?」
「せいびはんちょうですぞ」
「せめて大臣で統一しろ」
こいつらめんどくせぇ。
「まぁおちついてバナナをくえよ」
「……ありがとう」
「じゃあほんだいにはいるか。あんた、こまってるよな?」
「そりゃ困ってるよ。現在地が不明で補給もできないからな」
「なんだそんなことかよ」
「そんなことって、お前らも迷子だろ……俺だって自分のことさえわからず、航海術の基本すら知らない。最低でも補給の目処が立たなければ、お前たちを故郷に運んでやることもできないんだぞ?」
「…………」
それ以前に経度も緯度もわかりませんがね!
くそ、頭が痛い。でも俺がなんとかしなくては……。
チビどもは当てにできないし、どうにか残った燃料を無駄にしない方法を考えるんだ。
…………やはりイ級を探すか? 死ぬほど弱そうなヤツ。
そう決意を固めて振り返ると、チビどもが円陣を組んで話し合っていた。まずあいつらからイ級がいそうな方向を教えてもらい、燃料を確保できないか試してみよう。しっかし、このバナナうめぇな。
「またせたな」
「ん? あぁ、相談は終わったか?」
「おう。さっそくだけど、おれたちとけいやくしてく――しろ」
「なぜ言い直した。契約ってなによ?」
「いっしょにたたかおうぜ!」
「交渉力の欠如がヤバい……まぁ一緒に戦うっていうのは、俺としても心強いけど」
「きまりだな! いいってよおまえら」
「「「わー」」」
「!?」
いきなり砂浜の奥から出るわ出るわ。様々な妖精さんが一斉に俺へと群がってくる。その数は百や二百で収まらず、全身を埋め尽くしても足りないくらいだった。
「とつげきだー」
「おー」
「なにをするきさまら――お、おごごあっ!!」
「あんしんしてそいつらをうけいれてくれ。これからアンタはおれたちのごしゅじんなんだからな」
「ほごぁ!?」
口から妖精たちが入ってくる。私は鼻から、と言わんばかりに穴という穴から侵入されている。胃カメラよりはマシだが、体内を生物が這いずる感覚はとんでもなく気味が悪かった。
てかご主人ってなに? 事前に契約内容を告げろアンポンタンどもが!
――はんちょう、ばななをはっけん!
「むむ、しんかいせいかんのたいないにバナナが? これはきっかいな……しょうさいがひつようですな。エーはんはそのバナナをもちかえるように」
――りょうかい!
「それはさっき食ったやつだ! ゴホ……まず、説明を、しろ」
「なんの?」
「全部だバカチン! 契約内容! 体内へ侵入した理由! このチビどもの数! 最低限でいいから説明してくれよ……」
「単純な話、我々はものづくりやサポートが可能ですが、思念体ゆえに依り代や宿主が必要となるのです」
「……宿主」
「正しくは同調できる存在を指します。人々はそんな特殊能力を持つ人間を“提督″と呼びました。ですが、それも過去のお話。最後の“提督″を失い、我々も帰る場所を失ったのです……」
最後の提督って、わけがわからんな。ここは俺の知っている艦これの世界じゃないのか? あの重婚だらけの廃人が巣くう、艦娘たちのパラダイスじゃないのか。
「我々には資源を集める術がなく、このまま消えゆく運命でした。ですがこうしてあなたが現れたのです。“提督″の力を持ち、資源を集め、我々を宿すことができるあなたが!」
「俺が……? でも、俺は深海棲艦だろ」
「我々と会話ができるほど同調できたのは、あなたを含めても歴史上で二人しかいません。誇ってかまわないのです」
「つまり、われらのぼうはていとなるけんりをさずけますぞ」
「てなわけで、よろしくなごしゅじん! おれたちをやしなえ」
「「「やしなえー」」」
いやぁ、いきなり数百をこえる妖精のパパになれて、オジサン幸せだなぁ~……ってなるかボケ! なんでそうなる? 今回だけ協力すりゃ済む話なのに、なんの因果でこんなチビどもを養わねばならんのだ!
く……こいつら、揃いも揃って憎たらしい笑顔を浮かべやがって。かわいいなぁオイ。
「……養うのはともかく、まずは現在地の把握が先だって何回言わせる気だ? 俺も自分のことがわかってないから、残った燃料でどれくらい移動できるのかさえわからない有様なんだ。だから予備の燃料を確保するか、最低限活動できる範囲を算出できなきゃ話にならない」
「こまったごしゅじんですなぁ。われらをあなどりすぎでわ?」
「な、なんだと……すでにわかっているのか?」
「ぐもんですな。ビーはん、シーはん、ほうこくせよ」
「あい。そうこうがすごかった」
「ばななくさかった」
「ごまんぞくいただけましたかな?」
「お、そうだな。おいリーダー、このポンコツどもをクビにしろ!」
予想以上にダメダメで頭にくるぜ……でも泣き言なんて言ってられない。こうなったらイ級を殺す機械と化してでも生き抜いてやる。