姿を例えるなら羞花閉月。その美しさに花が恥じらい月は身を隠す。
陸では神馬となり、海では七つの海を統べる冷徹なる女王。
その正体は破壊を司る神と見られ、佐々木中将が自らの寿命を生贄に召還したとされている。
戦いにおいては言わずもがな、武芸百般に通じた鈍器のエキスパート。主に接近戦を好み、振るわれた雷光の如き一撃は天をも穿つという。バナナが好き。
以上が倉庫に穴を掘っていたケンタウロスの正体だそうだ。
こんな噂を信じてしまうピュアボーイ&ガールにはカウンセリングをおススメするがな。
「んで、他に隠していることは?」
「か、隠してなんかないのです。聞かれなかっただけなのです」
「ちゃんと話し合ったよな? 提督ちゃんに会う予定はないから、顔面ノーガードでもいいじゃんって言ったのは誰だ? 言ってみろ大臣!」
「あ、そっか~ってごしゅじんもなっとくしてたじゃないか。ほんとうはケンタウロスもきにいってるクセに!」
「口答えかこの野郎! また労働した後に挟んでやる」
「イヤだ! もうすっぱいのはイヤだ!!」
「まぁまぁごしゅじん。けっかてきにしんかいせいかんのあらたなじょうほうもえたのですぞ? ごてにまわるよりははるかによいのでわ?」
「そう、か? そうだな、確かにそうかもしれない。すまん、お前たちばかりを責めすぎた」
「……いえ、我々も勝手なことして、ごめんなさいなのです」
「いいんだ。俺のためにがんばってくれたのはわかっている。これで仲直りしよう」
「へへ、おう!」
でも気が収まらないからリーダーと大臣は鼻の穴に突っ込んでおこう。先ほど風呂を借りちゃったから挟めないのが残念だ。
もう窓の外は美しい朝焼けに照らされている。
なんとなく庭を見下ろすと、こんな朝早くから爺さんが散歩をしているのが見えた。
そういえば昔、俺の爺ちゃんも夜中いなくなって大騒ぎになったっけな。まさか爺さん……よく安心したり、気が抜けるとヤバいとは聞く。い、一応確認だけはしとくか。
ケンタウロスキットに足を入れて装着すると、ガションと小気味のいい音がしてドッキング完了。最後に不具合がないのを確認し、班長を肩に乗せて玄関から庭へと向かった。
そこで爺さんは木を見上げたり、地面を見てはニッコリとほほ笑んでいた。これマジでいっちまったのでは……。
「爺さん大丈夫か?」
「ほ? ケンタッキー君か、おはよう」
「……おはよう。ビビらせないでくれ、徘徊してるかと思った」
「君も存外に失礼じゃな。ほほ、これを見てごらん」
「あぁそれか。時雨から聞いたよ」
「昔はこんな不思議なこともあったのぅ。こうしてまた起きたのはただの偶然ではあるまい。よく橘君も言っておったよ……これは妖精さんのいたずらだと――ほ!?」
足元を見ると、班長が土にハゲと書いていた。
これ、失礼なことはやめなさい。
「……ケンタッキー君、わしはやるぞ」
「え、今から育毛を?」
「失った毛根は戻らんよ。そうではなく目が覚めたのだ。味方同士で争っていては、深海棲艦に勝てぬと思い奴らを放置してしまった。もしもあの頃に戻れたのなら、自分の頭をぶち抜いてやりたいのぅ」
「…………」
「ここには橘君と君がいる、だが佐世保には艦娘を労う者がおるかさえもわからんのだ。大切に扱っているならば文句はない、だがそうでないのなら……それをこの目で確認せねばならんでの」
「待て、冗談だよな? 契約違反はいただけない。それに佐世保を通り越して天国に逝ったらどうする気だ?」
「まだまだ死なんわい! 君との約束も増えたからの、ほほ」
爺さんは語り始めた……佐世保の艦娘は真実を知らないのだと。
そもそも、艦娘を生み出せる唯一の提督をなぜ殺害したのか? その理由は西の連中とやらの誤解が原因だった。
提督ちゃんのお姉さんは、艦娘と共に深海棲艦を次々と打ち破った。当時は敗北するという危機感もなく、彼女の艦娘を生み出す技術ばかりに目が向けられていたそうだ。
お姉さんは上層部にも包み隠さず説明したが、その内容を信じたのは爺さんただ一人だけ。将校らは自分たちを嘲笑していると勘違いし、彼女は恨みを買ってしまったという。
やがて彼女が勤務する佐世保に調査員が送り込まれ、取り返しのつかない誤解が生まれた。
佐世保鎮守府の工廠には、艦娘を生む不思議なタンクがある……と。
あとはお察し、艦娘は二度と生まれなくなったわけだ。
「誰一人妖精さんを信じなんだ。すでに艦娘という不思議な少女を目の当たりにしても、目に見えぬものを信じるのは難しいからの」
「復讐するか?」
「君が言うと怖いのう。橘君は家族を守りたくて提督になった。それはわしも同じこと、そしてわしら軍人の使命は国を守ることじゃ。それだけは忘れておらん……だが、このまま終わらせてよいのかね? 否である!」
爺さんがガチギレしてる……ど、どうしたんだよいきなり?
「できるできないではない、やるのだ。佐世保の状況次第じゃが、いずれ君の動きに合わせられるよう死力を尽くす。後ほど連絡をするから、みなを頼むぞい」
「本当の死力になるからやめろって! しかも今から行くのか? せめてみんなと話を――」
「わしは君と一緒で恥ずかしがりやさんでの。ほほ」
「このっ……リーダー、爺さんに何人か付けてやれないか? もうなんでもいいから、とにかく助けてやってほしい」
「おうふ、お任せくださいなのです!」
爺さんは深々と将校帽をかぶりニヒルに笑う。声をかけても振り返らず、必ず戻ると宣言して庁舎を出ていってしまった。
昨日はメソメソしていたのに、いきなりやる気を出しやがって……鼻から抜いたリーダーが選りすぐりの精鋭を付けてはくれたが、大した干渉はできないだろうな。
どいつもこいつも本当に勝手な奴ばかり……あぁもういい、腹減った! メシ食って穴掘ろう。
「ごしゅじん、ごきぼうのしなができましたぞ」
「おぉ、ついにできたのか!」
あれから食堂に向かうと、食事の準備をしていた提督ちゃんにカレーをごちそうしてもらえたんだ。これが美味いのなんの。完熟バナナに匹敵するほどのおいしさで、龍驤がうるさかったのも納得できる。
部屋には時雨たんへの書置きを残し、朝っぱらから港にある地下倉庫の建設(穴掘り)に取り掛かっていた。といっても、妖精たちのサポートが凄まじいので大した苦労もないが。
「……こちらが拳銃型試作単装砲です。でも貧弱な人間の兵器を模した役立たずのうんちっちなのです!」
「やたら不機嫌だなリーダー。俺は指でしかトリガー引けないんだから仕方ないだろ? でも、ちゃんと作ってくれてありがとうな」
「我々はご主人さまに忠実なのですよ」
「はやくうってみようぜ!」
「よし、じゃあいくぞ?」
俺は艦娘や深海棲艦のような艤装ができなかった。なら拳銃でも作ればいいじゃない、そう思って以前から妖精たちに依頼をしていた。
憧れのリボルバータイプを所望したが、構造をうまく説明できず却下された。その結果、単装砲にグリップとトリガーを付けただけという悲しい仕上がりになっている。
スッと構え、海に向かって撃つ……左手は、添えるだけ。
トリガーを引くとズンッ! と地鳴りのような発射音が響き、弾丸が海面をめくるように水しぶきをあげさせた。
うん、たぶんイ級も一発じゃ落とせないだろうが、あるとないとでは安心感が違うはずだ。
「ではご主人さま、次はこれを」
「……俺が掘り出した岩をどうしろと?」
「これを先ほどの場所に本気で投げてほしいのです」
「?? 別にいいけど」
妖精たちが離れたのを確認し、振りかぶって強めにぶん投げる。
それは弾丸以上の速さで海面に激突、発生したかすかな衝撃波が頬を撫でていった。
こんな派手な水しぶきはイルカショーでもなかなか見られない。無駄にはりきったイルカが、無意味に水をぶちまけるアレだ。着岩の衝撃で波紋のように波まで立ってるし……。
つまり、岩のほうが痛そうだった。
「まぁこうなるよな」
「とうぜんでしょう。ゴリラがなぜどうぐをつかわないのか? それはつかうとよわくなるからです」
「チンパンだとなんど言えばわかるのですか? 思い込みはゴリラの始まりなのです」
「リーダーこそチンパンのもうしゅうにとらわれ、まるでげんじつがみえておりませんな。あのとうてきりょくをみてもなおしゅちょうされるおつもりか?」
「じゃあ、ごしゅじんはゴリラがたチンパンジーってことでどうだ?」
「とりあえず、お前らは全国のゴリラとチンパンジーと俺にあやまれ」
なんで蔑称の代名詞みたいな扱いになってんだよ……。
でも確かに岩を投げたほうが強かったのは事実か。この試作品も携行性と装填のため、威力は抑えて耐久性を重視しているとのこと。
「でも、まだ改良の余地はあるだろ?」
「もちろんあるですよ? でもご主人さまは直接殴ったほうが早いのです」
「ぎょらいにかんしてもどうようですな。なぐってしっしんさせ、てきのたいないにねじこんでばくはさせればよろしい」
「両手に岩と魚雷持って突っ込むとか気が触れてんだろ……」
「そのためのたてをつくってるから、もうちょいまっててくれよな!」
「そうか、ならサイドアームの開発も頼むぞ? その盾を持つ腕が足りないんだ」
もうめんどくさいからガンダム作ってくんないかな?
大きく伸びをして作業に戻ろうとしたら、明石っぽい少女が倉庫の扉からジッとこちらを見つめていた。