俺は横須賀鎮守府へと舞い戻り、妖精から町の住民が避難していないと聞いて耳を疑った。
そんなことがありえるか? 鎮守府内の作業員が少ないのは、提督ちゃんから聞いた話で多少は理解できる。一部がお偉いさんと逃亡し、艦娘たちを捨て石にした……そこまではわからんでもない。
ならどうして周辺の町に住民が残っているのだろうか?
防衛を捨てたも当然なのに、一番守るべき住民を放置するのは明らかにおかしい。保身に熱心なお偉いさんであればなおさらだ。
いくらなんでも異常すぎる。上が腐りきっているだけならまだいいが、これは指揮系統そのものが崩壊しているのではないか? それならこの惨状も納得……できねぇよ。
ダメだわからん。計画を変更して情報を集めたほうがよさそうだ。
「そういえば、鎮守府の妖精たちは大丈夫か?」
「ごあんしんを。ごしゅじんのパワーでかんぜんふっかつしましたぞ」
「でもいぜんよりかんしょうできないから、おもうようにサポートできないってさ。まぁそうだよな」
「……鎮守府の妖精さんが装備を開発したり、提督ちゃんを助けてやればいいじゃないか」
「できません」
「あんだと!? できなくてもやれ!」
「こ、ここの仲間たちもご主人さまを宿主として復活しました。そして艦娘はご主人さまとの絆がありません。なので装備に加護を与えることはできないのです」
「おれたちようせいをにんしきできるだけですごいんだぜ? かいわもできるなんてきせきみたいなもんさ」
「……前に歴史上でも二人目とか言ってたな」
「さよう」
「何が左様だ。そのセリフをもう一度吐いたらムレムレの脇に挟むぞ」
ここの妖精さんは復活しても、思うように力を発揮できないのか……俺はちょっと甘く考えすぎていた。じゃあ作ってもらったこの専用装備も、スペック以下の性能しか発揮できないのかな。
「資材を送り込んだら帰るつもりだったが、予定を変更して情報収集を行う。そこで、俺の変装道具を用意してもらえないか? 尻尾も隠せるやつがいいんだが」
「ご主人さま、なぜこそこそするのですか?」
「ごしゅじんはじしんをおもちくだされ! きっとかんむすたちもかんげいしてくれますぞ?」
「深海棲艦を歓迎してもらっては困るんだよ。それにあんなカッコつけて出ていったのに、一週間足らずで戻るのは恥ずかしい……」
「なんだよそれ……じゃあどうすんだ?」
「俺にいい考えがある。まぁ聞いてくれ――」
いくら何でもこっそり資材を置いていくわけにはいかないだろ。だから今回は猿芝居抜きで渡す方法を考えてあるんだ。
一つは輸送トラックを利用すること。
この鎮守府は資材の出入りはないが、さすがに食料品の輸送くらいは行われているはず。ちゃんと妖精さんにも調べてもらうつもりだし、まぁ間違いなく運んでいるだろう。
トラックの運ちゃんには袖の下を渡し、荷物として資材を運んでもらう。まぁこんな状況だ、きっと運ちゃんも空気を読んでくれるさ。
資材は重いが小分けにすれば問題ない。運転手は筋骨隆々なゴリラが多いし、フォークリフトでも使えば大丈夫だろう。
「――てな感じ。提督ちゃんには一筆添えればよかろうなのだ」
「おお、それなりに計画っぽいのです!」
「みなおしましたぞ! ゴリラのはっそうとはおもえませぬ」
「べつにだまっておいてけばいいじゃねぇか」
「聞いたかリーダー、班長。大臣には計画を立てて実行する喜びがわからないらしい」
「外務大臣はリアリストなので、ロマンを理解するのは不可能なのです」
「……おろかな」
「な、なんでだよ!? めんどうじゃんか!」
「資材が勝手に増えたり、支援がきたと勘違いさせたらどうする? ぬか喜びなんてさせちゃダメなの。大臣は罰として俺の変装道具を作ってくれ」
「…………わかったよ!」
黙って置いてってもいいが、ああいうのは管理者も報告が大変なのよ。報告書に、なんか増えてました! とは書けないから。
だけど、せっかく艦娘を眺められるチャンスだったのになぁ……。
まぁここまで狂った環境は放置できない。俺がいれば妖精の力で横須賀は持つとしても、他の鎮守府は戦力外と見たほうが賢明だ。だから可能な限り情報を集めよう。
後手に回って、彼女たちを失う前に。
「ごしゅじん、できたぜ!」
「……早すぎだろ。また雨合羽だけってオチじゃないだろうな?」
「へへ、まぁそうちゃくしてからのおたのしみだ。さぎょうにかかれ」
「「「わー」」」
数分後、俺はケンタウロスになっていた。
「なぁ、どういうことだ?」
「ケンタウロスだな」
「見りゃわかる。なんでケンタウロスにした? 俺は町で情報を集めると口を酸っぱくして言ったよな? もう一度言う、なんでケンタウロスにした?」
「むむ、まちでじょうほうをあつめるからでしょう。たしかにめだたず、しっぽもみえませぬ」
「ほう、ケンタウロスが目立たないと」
「田舎ではしょっちゅう見ます。リンゴが主食なのです」
「ケンタウロスの食性なんてどうでもよいわ!」
「だ、だめだったか? ごめんなさい……」
「……あ、いや。いやいや言い過ぎた。冗談だって! そういや俺の田舎にもいたわケンタウロス。よく後頭部を射られたなぁ」
「ビックリしましたぞ? なぜおいかりなのかと」
「そ、そっか。ちょっとビビったぜ!」
ん~ケンタウロスいたかなぁ? てっきりファンタジー世界の馬だと思っ――ここ、ファンタジーだったわ!
「よし、準備はいいな? まずみんなには鎮守府を出入りする輸送車、またはトラックを見つけてほしい。そして上層部に近しい人、内部事情に詳しい人もだ」
「「「らじゃ!」」」
「もちろん艦娘や提督ちゃんは除外する。彼女たちとの接触を見られ、面倒になる可能性を排除するためだ。では散開!」
「「「わー」」」
気が重い。あの子になんと伝えればよいのか……。
横須賀に支援はない。どんなに手を尽くそうとも、この流れは止められなんだ。
全てはあの日、橘君を失った瞬間から決まっていたのだろう。
皮肉なものだ。わしが守ろうと誓った橘君の妹に守られているのだから……情けない……どこまでも情けない。それも居酒屋で酒に呑まれ、彼女に会うことからも逃げているなど……うぅ。
「……すまぬが、もう一杯頼めるかの」
「横から失礼、それくらいにしたほうがいいぞ爺さん」
「ほほ、心配していただ――」
……ケ、ケンタウロス? 居酒屋にケンタウロスじゃと!?
なんと幻想的で美しいことか。
「マスター、いつもの」
「ウチにゃ馬の常連はいないよ」
これがわしと、白きケンタウロスの出会いじゃった。