チンパン棲艦ネ級♂   作:イボのない軍手

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孔明になりたかったネ級♂

 

 ケンタウロスが隣に座ろうとしているが、カウンター席という構造の問題で苦戦しておった。その長い体では椅子に座るのも一苦労じゃの。

 一生懸命ガタガタと頑張っ――あ、コップ落とした。

 

 

「す、すまん。都会は慣れてないんだ」

「そういう問題かい? あんた、私生活大変そうだね」

「そうでもない。走行時の安定感が違う」

「まさかこんなところでケンタウロスに出会うとは。これも何かの縁、彼女にも一杯頼むよ」

「女ではなく男だ。ケンタウロスの雌雄を間違うと股裂きの刑にされるぞ。俺は過去に三人ほど裂いてやった」

「そ、そうじゃったか。これからは気をつけるとも」

 

 

 ケンタウロスの世界はなんと厳しいことか……どう見ても顔は男に見えんがの。

 

 

「ところで、爺さんは海軍の将校だそうだな。ここの提督殿とも親しいと聞いている。差し支えなければ、ここの住民が避難していない理由を答えてほしい」

「君は……ふむ、そうじゃな。わしの力不足が原因じゃよ」

「別に爺さんを責めてるわけじゃないんだ。鎮守府での評判も悪くなかったからな。聞きたいのは、誰がこの状況を生み出したのかだ」

「……全員、じゃろうな。元帥が倒れ、派閥争いに火がつきおった。見通しが甘かったと気づいた時にはもう部下を失っておったわ。西側に嵌められての」

「西? やはり佐世保に戦力が集中しているのは、指揮系統の混乱が原因だったのか」

「うむ。橘君……横須賀提督の姉君を死に追いやったのも、彼女をここまで苦しめたのも全て……全て奴のッ! ゴッホ!!」

「お、落ち着け爺さん」

「ふぅ、すまんのケンタウロス君。わしは佐々木という、そちらの名前を聞いても?」

「……ケ、ケンタッキー」

「ケンタッキー君か、よろしく頼むよ。実は――」

「佐々木中将、探したよ」

「!?」

 

 

 その声は、時雨か。

 情けない姿を見せたくないはずが、もっと情けない姿を晒してしもうたか。支援を心待ちにしていた彼女らに、どんな顔を見せろというんじゃ……。

 

 おそるおそる振り返ると、時雨がケンタッキー君を捕獲しておった。

 

 

「久しぶりだね中将。お酒は控えてって言ったはずだよ」

「ほ……そうじゃったなぁ。すまんの」

「提督や僕らも心配してたんだ。さぁ早く鎮守府に行くよ? もちろん君もね」

「……じ、実はお腹が――」

「空いてるんだよね? わかってる」

 

 

 柔らかい物腰は変わらんのう時雨は。相手を落ち着かせる独特の空気は彼女しか出せまいて。

 

 しかし驚いた。あの時雨がここまで親しげに話すとは……やはりケンタッキー君は橘君の知り合いで間違いないの。

 

 

「ちと道草を食いすぎたか――おっと」

「飲みすぎだよ……あの、よかったら君にお願いがあるんだけど、いいかな?」

「……背中は定員一名だ」

「ふふ! ありがとう。足が増えた理由は後で聞かせて」

 

 

 笑顔……!? おぉ、時雨が笑っておる! 

 すっかり忘れていた。わしが本当に求めていたのは支援物資などではない、彼女らの笑顔だったではないか。いつから忘れておったのか……今ではもう思い出せなんだ。

 

 ケンタッキー君の背に乗せられ、こうして後ろから様子を見るだけでも嬉しくなる。まるで逃がさないとばかりに、彼の腕をしっかり掴む時雨のしぐさ。これほどの無防備を晒す彼女を見れたのは僥倖であった。

 

 居酒屋から揺られること数分。もう庁舎の入り口が見えてきたようだ。正門には久しい響の姿もある。

 

 

「時雨。中将は……え?」

「見つかったよ。ほら、彼の背中に乗ってる」

「佐々木中将。無事でなにより」

「響、遅くなってすまんの……」

「問題ない。中で提督も待ってる。それと……あなたはなぜ馬なの?」

「悪いが、哲学は専門外なんだ」

「……詳しいことは中で聞く。入って」

 

 

 響がギシッとケンタッキー君の腕を掴み、獲物を見るような目で彼を見つめていた。

 なんと彼女まで? この執着心……いったいこの地で何が起きているのやら。

 

 わしも彼に興味が湧いた。彼女らの笑顔が彼に関係しているのは間違いない。わしに足りなかったモノがここにある。

 この年になっても、学ぶ喜びというのは変わらんものじゃな。

 

 応接間へ案内されると、橘君がわしを歓迎してくれた。ケンタッキー君を見て驚き、わしを見てホッとしたように笑みを浮かべる。

 姉君とはまた違う、立派な提督になったの。

 

 

「中将! よかった……無茶ばかりして、本当に心配したんですから」

「橘君。本当にすまなんだ」

「もう……そうやって簡単に頭を下げるのはやめてください!」

「君はたくましくなった。今やお姉さんにだって負けないとも。本部からの支援もなしに、この地獄を耐え続けているのだから」

「最初からあんな奴らの支援なんて当てにしていません。もちろん無謀なこともわかってましたが、支えてくれた人もたくさんいますから……そうでしょ? お馬さん」

「…………」

 

 

 まぶしい。やはり彼女こそ最後の希望。

 西の者どもは、深海棲艦がどれほどの脅威であるかをまるでわかっておらん。

 

 佐世保では空母型の深海棲艦まで現れたというに、要所である横須賀を切り捨てるなど考えられぬ愚物よ。

 今は戦力があちらに集中しているからよいものの、ここの制空権を奪われれば自分たちも終わりだとなぜ気づかん? それを龍驤君ただ一人に押し付けるなどと……ぬぅぅああああ!! 絶対に許さんッ!!

 

 

「ゴッホ!!」

「中将!」

「だ、大丈夫じゃ……う、うぅ……」

「……泣かないで。あの日、私たちをただ一人守ってくれた中将にみんな感謝しています。お姉ちゃんを殺して、艦娘を物扱いする奴らの支援がなくても、私たちは負けませんから」

「橘君……うぅ……」

「ウチや、入るで? 問題発生や提督。工廠で……中将やん、久しぶり! 泣き虫なんはかわらんなぁ」

「こ、こら失礼でしょ! そんなに慌ててどうしたの?」

「聞いてや……いつも食料品運んでくる運ちゃんがな? 足回りを弁償しろ、ケンタウロスを出せや言うてうるさいんよ。意味わからんわ」

「ケンタウロス? あぁ、このお馬さんのことでしょ」

「は? あ……ああああ!! ホンマにケンタウロスおるやん! 自分なにしとん!?」

 

 

 龍驤君は賑やかで場を明るくしてくれる。

 

 あの撤退戦で艦娘たちを守り抜き、本来なら彼女はこの上ない名誉を賜るはずだった……だが、待っていたのは敵前逃亡を図った軍規違反艦の烙印。それも、彼女が主導であったと全ての責任を押し付けたのだ。

 

 奴らは恐れた。龍驤君のカリスマに。

 

 深海棲姫討伐戦の最中、誰よりも早く後方艦隊の動きに疑問を持ったのが龍驤君だ。結果的に彼女らを率いていた橘君の艦隊は包囲され、味方の援護もなく殲滅された。

 今思い出しても腸が煮えくり返る!

 

 即座に後方への一点突破を選択した龍驤君のおかげで、多くの艦娘たちが救われた。だが橘君は……。

 

 橘君。見えるかね? 

 妹君が、龍驤君が、時雨が、響が笑っておるのだ。きっと川内と神通、そして比叡もそうなのだろう。明石もそうであると……いやいや、忙しさでそれどころではないかの。ほほ。

 

 自分の情けなさには怒りを通り越して呆れがくるわ……。

 さぁ前を向け佐々木中将。胸を張ってやれることを精いっぱいやるのだ!

 

 

「橘君。いつも通り食料品とわずかな資材しか用意できず、本当にすまない。なにやらその輸送中に問題があったようだが、ケンタッキー君は悪くなかろう。弁償に関してはわしが話を聞くとも」

「中将はいつもそうなんだから……どれだけ私たちが――」

「提督殿、話の途中で失礼。中将殿にご報告が」

「……居酒屋では中将のこと爺さんって呼んでたよね?」

「なんや自分、中将と知り合いなん?」

「ゴホン、まぁな。輸送品に関してですが、おそらく中将殿が持ってきた資材が重すぎて車両が耐えきれなかったのでしょう」

 

 

 な、何を言い出すのだケンタッキー君。わしが集められた資材などたかが知れておる。とても過積載になるほどでは……。

 

 

「待ちたまえケンタッキー君。そんなはずは――」

「龍驤、その運転手が持ってきた荷物の名義は確認したか?」

「そんなん中将以外にあるわけないやん。せやけど、確かに資材がいっぱいや文句言うてたで」

「なんと!?」

「だそうです。これから俺は中将殿から受けた依頼を完遂するため、運転手と話をつけてきます。失礼」

「ケンタッキー君……そうか、君だったのか」

 

 

 ここに戻るまで、もう町がないのではと恐怖していた。状況を考えれば当たり前で、守り切れるわけがないのだ。たとえ、どんなに優れた提督であろうとも。

 

 ケンタッキー君。君は彼女たちを救い、きっと心まで守ってくれたのだな。わしの立場と心を守ろうとしてくれたように……。

 

 

「ほなな! って逃がすわけないやろ!」

「時雨」

「大丈夫だよ。門は閉めたから」

「二人で彼を絶対に捕まえてちょうだい。きっと涙に弱いと思うから、泣き落としてでも引き止めて」

「まかしとき!」

 

 

 なるほどの……前回は逃げられたんじゃな? ほほ、楽しいわい。助けるだけ助けておいて、礼も言わせてもらえんのでは困るのじゃよ。

 だがの、あの手のタイプは泣き落としが効かんでなぁ。

 

 じゃがケンタッキー君の人柄……馬柄? はほんの少しわかった。橘君のために、ここはわしが頑張らねばなるまい。

 

 


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