チンパン棲艦ネ級♂   作:イボのない軍手

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酸っぱいネ級♂

 

 

 ぬぅ……やっぱり計画通りにはいかなかったか。

 だけどあの爺さんを放っておくと自害しそうだし、このまま臨機応変に動くしか手はなさそうだ。

 

 妖精情報によれば、爺さんこと佐々木中将は艦娘たちの恩人らしい。艦娘をかばって横須賀に左遷? された提督ちゃんのため、あっちこっちへ駆けずり回って食料品や資材を工面していた。たとえそれが満足できる量ではないとしても、その努力を無駄にはさせない。

 

 爺さんは艦娘を想う心の友だったんだ。またもや資材確保の旅に出てぽっくり逝かれたら困る。

 あんたの墓場はここだ。艦娘を見守りながら幸せに長生きしろ。

 

 

「なぁなぁ、ちゃんと聞いとる?」

「も、もちろん聞いてる。でも俺は上京したてのケンタウロスだから、君らの知り合いじゃないんだよなぁ」

「川内と神通が会いたがっているから、終わったら顔を見せてあげてね。明石は仕事を増やした戦犯だって嬉しそうに怒っていたけど」

「せや、ごはんもみんなで食べよか。提督たちの予定はどうなん?」

「大丈夫、響が考えてくれてるから」

「ええやん! アンタはなにが好き? ウチの一押しはカレーや」

 

 

 時雨と龍驤が可愛すぎて辛い……。

 

 彼女たちのエピソードを知れば知るほどかわいそうで……いっそ玉砕してでも原因を潰してやりたいが、俺の死は妖精の死と同義だ。後継者を見つけるまでは絶対に死ねない。ってか死にたくない。

 

 得られた情報のほとんどは胸糞悪いものばかりで、俺の予想通り軍の指揮系統は滅茶苦茶だった。しかも提督ちゃんの監視役はすでに逃亡し、本部にある防衛司令部でふんぞり返っているらしい。これらは全て妖精からもたらされた情報なので間違いない。

 

 そして理解する。広く早く、あらゆる情報を得てしまう妖精を敵に回す恐ろしさを。

 

 いずれ奴らは横須賀が落ちないことに疑問を持つだろう。だが鎮守府周辺はこちらのテリトリーとなった以上、どこからネズミが入ろうと問題なく対処が可能だ。

 

 

「カレーか……いいなぁ。でも俺は毛繕いで忙し――」

「毛繕いなら僕らがしてあげる。寝室は足を外せば大丈夫だよね?」

「ケンタウロスに足を外せと申すか……それよりこの縄を外してくれ」

「もっと太いのがええの?」

「太さに不満は言ってない。むしろ太すぎるから不満だと言ってる。しかもこれ曳航用のロープだろ? 逃げないから外せっての」

「まずは積み荷の確認だね。ついでに明石と顔合わせして、倉庫整理に付き合ってもらっていいかな?」

「聞けや。淡々とスケジュールを組む前に相談しよう、な?」

 

 

 人の話を聞きやしねぇ、スルー力が高すぎて笑うしかないわ。

 時雨は俺の腰に巻いた曳航用ロープを持って隣を歩き、龍驤が背中に乗ってキャッキャと乗馬を楽しんでいる。天国かな? 

 

 ……もうこうなったら、提督ちゃんに相談して工廠の地下に隠し倉庫でも作ってしまうか? 有事の際も、それがあると無いでは安心感も違うだろう。

 

 

「見てみ、比叡とウチで車を倉庫まで運んだ跡や」

「ここで壊れたってこと?」

「せや。いつもここで止まって受付に伝票出すやんか? そしたら三台ともタイヤがへし折れて大騒ぎや。意味わからんやろ?」

 

 

 龍驤の言ったとおり、工廠の入り口から倉庫まで輸送車を引きずった跡が残っていた。俺が重量を考慮しなかったせいでこんなことに……。

 

 輸送車に積んだ資材は、妖精さんが加工した特殊な形をしているんだ。鉄などはコンパクトに圧縮され、見た目は小さくても重さはそのまま。だからたくさん積めても重量はえらいことになるわけだ。

 

 あの時は食事中の運転手をとっ捕まえて急いで積み込んだからなぁ……いや、申しわけないことをした。でも反省はしてない。

 

 そんなことを考えたせいで罰が当たった。港で黄昏ていた運転手が俺を見つけ、鬼の形相で駆けつけてくる。

 

 

「あ、この馬女! どんだけ積み込みやがったんだテメェ! あれは佐々木中将にあずかった大事な車両なんだぞ? どうしてくれんだよ……仕事が……俺たちの仕事がぁ!」

「す、すまん。だが安心してほしい、俺が責任を持ってちゃんと修理するから」

「本当か? 本当だな?」

「ケンタウロスに二言はない。本当にすまなかったと思っている。だが一つだけ言わせてもらうが、俺は馬男だ。次も間違えたらお前の頭をお前のケツにぶち込んでやる。わかったか小僧っ!!」

「ハヒッ!?」

 

 

 倉庫内は作業員が忙しなく動き回っており、妖精さん特製の資材を運ぶのは大変そうだった。特に比叡は疲れ果てていたが、見かねた時雨たちも参戦したから問題はないだろう。

 

 しかし妙だな……俺の妖精たちはどこへ行った? さすがに大丈夫だとは思うが、こうも遅いと少しだけ心配になるぞ。

 

 

「ケンタッキー君」

「なんだ爺さ――佐々木中将もこちらに?」

「ほほ、気軽に爺さんと呼んでもらおうかの。孫ができたようで嬉しかったのじゃよ」

 

 

 なんとも穏やかな爺さんだ。作業員たちもあいさつにやってきて、いつもありがとうございますとお礼を言っていた。

 人柄だけじゃない、爺さんなら必ずなんとかしてくれるという信頼があるんだろう。本当に味方のいない状況でよくやってきたな。

 

 

「のうケンタッキー君。そう急がんでもよいのではないか?」

「なにがです?」

「今夜出るつもりじゃろ? みなまで言わずともわかるよ」

「…………」

「君がなぜ彼女らを守ろうとしているのかは問わん。だが君におんぶにだっこではわしらの気が済まんでな……ところで、佐世保に新たな深海棲艦が現れたことを知っているかね? 空母型だそうじゃ」

「ヲ級が!?」

「ふむ。その様子では深海棲艦の一部がこちらへ向かっておることも知っておったようだの」

 

 

 え……知らないです。

 

 

「わかっておる、君が一人で立ち向かおうとしておることを。君から見れば龍驤君たちでさえ赤子当然。まだまだ未熟に見えているのも十分承知しておる」

 

 

 まてまて、何を言ってんだよこの爺さん……人をアフロ入りのガンダムと間違えてないか? それにあの子たちは艤装さえまともなら、俺をワンパンで沈めるポテンシャル持ってんのに。 

 

 あぁ伝えたい……俺のメインウェポンが鈍器であることを。

 

 

「わしはもう長くないじゃろう……だからどうか、どうかここに留まり彼女らを導いてほしいのだ。大海の支配者たる、深海棲姫よ」

「な!? お、おい爺さん冗談だろ? まだ元気そうじゃないか……」

「ほほ、こればかりはどうにもならんでなぁ。だからこそわかるのだよ。君になら、彼女たちを任せられると」

「…………爺さん。命をダシにするのは卑怯すぎないか?」

「ほっほ! 死にぞこないの特権じゃな」

 

 

 やめてくれよオイ……妖精たちはそんなこと言ってなかったのに。

 

 深海棲艦の一部がこちらに向かってて、そのタイミングで爺さんが逝ったら艦娘のモチベがダダ下がりだぞ? 詳しい数はわからないが、俺一人で対処できるほど甘くはないだろうし……まいったな。

 

 

「爺さん、生きろ。せめて情勢が安定するまで生き続けろ」

「ほっほほ! 無茶言うわい。それが君の望みなら頑張ってみようかの。では、契約を延長してもらえるかな?」

「あれは適当に言っただけなんだが…………わかった。期間は爺さんが死ぬまでだ。俺もやれるだけやってみるが、艦娘を守りたければ爺さんが死ぬ気で生きろ。あんたの存在も彼女たちの支えなんだ」

「ほほほ、楽しいのう」

 

 

 何を喜んでんだこのジジイは……死期が近くなると頭のネジが飛んでいくんですかねぇ。

 

 ニコニコと振り返る爺さんに釣られ、こちらへと歩いてくる提督ちゃんに声をかけられたまでは別によかった。だが、提督ちゃんの頭でニヤニヤしている外務大臣と、目を泳がせるリーダー&班長がどうしても気になる。前にこんなことがあったような……。

 

 それからは資材の搬入を手伝い、ついでに地下倉庫の建設に乗り出して時間を忘れていた。捜索していたらしい時雨から強引に止められ、庁舎に着いた頃には夜中で自分もビックリしている。

 

 

「明日こそ歓迎会するから、絶対に忘れないで」

「……すみません」

「じゃあ今日はこの部屋でゆっくり休んでね。明日僕が起こしにくるから」

「はい。あ、待った。聞きそびれたが、あの時はどうして中将が居酒屋にいることがわかったんだ? 爺さんも初めて入ったと言ってたんだが」

「庭の土に書いてあったんだ」

「え?」

「あの木の下に、居酒屋へ急げって書いていたんだ。本当だよ?」

 

 

 外務大臣がニッコニコ。部屋の隅に隠れようとするリーダーと、机に避難しようとする班長。

 そうか、何かがおかしいと思ったら貴様らだったのか……。

 

 

「おやすみ。これからよろしくね?」

「……よ、よろしく。時雨もゆっくり休んでくれ」

 

 

 時雨は退室した、さぁ処刑の時間だ。

 

 

「申し開きを聞こう」

「くく、たいへんだったなごしゅじん。これからいそがしくなるぜ?」

「言いたいことはそれだけか?」

「……え? あの、けっこうおこって――あぐ! うぷ、むれてる! すげぇむれててすっぱい! あああああああ!!」

「次は貴様だ」

「ヒィィ!?」

 

 

 戦士たるもの、いつだって常在戦場の心得を忘れてはならない。

 その日は夜明けまで夜戦の訓練を行い、妖精たちと共に身を引き締めあった。

 

 


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