「……?あれは」
笛の音がする。
翔鶴さんの様に、心を落ち着かせる優しい音色ではない。
無骨で、それでいて心地の良い音。
「……狼さん」
狼さんが、目を閉じ無心で笛を奏でていた。
演奏が止まる。
「すみません、邪魔をしましたか?」
「気にするな」
「良い笛ですね」
「母上から頂いた物だ」
「お母さまからですか……」
この人も人の子なんだな……。
「……すまない。群青殿にこの話は」
「いえ、話題を振ったのは自分ですので」
「感謝する」
……狼さんとここまで話したの、初めてかも知れない。
「それで、どうしてここに?」
いつも能代にボコボコにされている神社。
何故ここに狼さんが居るのだろうか。
「貴殿と話をしたいと思ってな」
「話?」
狼さんが俺に何の話だろうか。
「……群青殿。こちらへ来ぬか?」
「此方……?」
それは、どういう……。
「貴殿はKAN-SEN側へ寄りすぎている」
「え……?」
「一度、人間の視点へ立ち返ってみてはどうだ」
「視点って……」
「上は、隼鷹の捜査を打ち切る考えを出している」
「は……?」
打ち切り?
何を言っている?
「ふざけないで下さい……!」
「ふざけてはおらぬ。重桜はそう言う考えだ」
「赤城様はまだ……!」
「軍部はそう言う考えだ」
「まさか、人の視点って」
「そうだ、重桜軍の人間だ」
……KAN-SENがそこそこ権力を掌握しているが、やはり人間の軍人もそれなりに勢力は強い。
「故に群青殿。貴殿はどうするつもりだ?」
どうする。
進展の無い捜索をするか、諦めて元の生活に戻るか。
「そんなの、決まっている!」
「そうか」
不意に、何かを投げられる。
慌てて手に取ると、それは慣れ親しんだ代物。
「……そう言う事ですか」
「最悪引きずってでも連れてくる様にと言われている」
狼さんが構える。
俺も負けじと構えた。
神社の境内で、無言で木刀を構え合う。
「ッ……!」
踏み出す直前、狼さんが消えた。
当て勘で左腕の義手を振る。
カン!と乾いた音がして木刀を弾いた。
「そ、こっ……!」
切り返しとばかりに振るう。
太刀筋を読んでいるのか、無情にも弾かれる。
刃を弾かれたらどうすべきか。
この2年間みっちり高雄さんに叩き込まれている。
大きくその場から跳び退る。
「……!」
狼さんがそれを追うように身を低く飛び込んでくる。
ここだ……!
「なっ……!?」
嘘だろ、この人前に跳んでるのに空中で左に曲がった!?
いや、違う。
どこからか出した鈎縄で直角に軌道を変えたんだ。
「ぐっ……!?」
そこから縄を掛けた木を蹴り、その勢いで蹴り飛ばされた。
境内を転がる。
降り積もった桜が舞い上がる。
「く、そ……!」
転がりながら起き上がる。
受け身のとり方がまぁ上手くなった。
早く立たなければそのまま加賀様にフルボッコされていた事を思い出す。
狼さんは……!?
背中から衝撃。
堪らず吹き飛ぶ。
顔から地面に倒れた。
いつの間に!?
慌てて右へ転がる。
先程まで倒れていた場所に狼さんの足が振り下ろされた。
強い。
当たり前だ。
生身でKAN-SENを相手取れるほどの人間だ。
ほぼ素人の俺ではかなわない。
木刀が打ち合う音が境内に木霊する。
突きは踏まれ、斬撃は弾かれ、足払いは飛び越えられる。
だけど、
「諦める、ものかっ……!」
絶対に、諦めたくない。
木刀に体重を預けて立ち上がる。
「まだ立つか」
「当然……!」
どうする……?
せめて一太刀当てなければ、鍛えてくれた人たちに面目が立たない。
「……持ち味を活かせ」
ぼそり、と狼さんが呟く。
持ち味……?
……そうか!
「う、おおっ!」
「!」
走る。
俺の、持ち味……!
それは、
「これだあああああああああああああ!!!」
木刀ではなく、
「ッ……!!」
狼さんが木刀で防ぐ。
が、大きく体勢が崩れた。
この義手は、重い……!
いくら狼さんでも……!
ぐらり、と上体が揺れる。
ここは、押すところだ!
すかさず肘を突き出す。
孤児院で教わった重桜寺体術、その一……!
「拝み連拳……よもや使い手が居たとは」
まだ喋る余裕がある。
「まだ、まだ……ッ!!」
「だが、甘い!」
流石に2度も通じない。
木刀で軽くいなされ……上段構え。
(一文字……ッ!?)
思わず木刀を頭上に構える。
……その脇腹に蹴りが入れられた。
また境内を転がっていく。
転がりながら体勢を立て直し、無理くり前に跳んだ。
「喰らえッ……!」
2連回し蹴りを放つ。
狼さんは軽く受け流すがそれは布石に過ぎない。
この技は流れる様な剣と脚の連撃。
無形の奥義ではあるが、放つ者によって千差万別と化す。
心の在り様、拠り所が自然に生まれるという。
木刀を片手で振り抜く。
また防がれるが、振った勢いのまま左腕を渾身の力で突き出す。
狼さんは咄嗟に受け止めてしまった。
大きく体勢が崩れ後ずさる。
振り抜いた拳の勢いをそのままに、最後の回し蹴りで飛び込んだ。
「見事……!」
脚は、狼さんを捉え……なかった。
「え」
鴉の羽の様な物が辺りに飛び散る。
俺はつんのめって転びそうになるのを堪え、辺りを思わず見回した。
「何処に……!?」
「ハッ……!!」
「ぐ、えっ!?」
頭上からの急襲。
流石に対応しきれず踏まれてしまい、うつ伏せに張り倒されてしまった。
「な、何が……」
「よもや、卑怯とは言うまいな?」
背中を踏みつけられ、顔の真横に木刀が突き刺さった。
万事休すか……!
「そこまでです!」
そこへ、誰かの声が響いた。
「……能代?」
戦闘を書くのが苦手過ぎて書き上げるのに滅茶苦茶時間が掛かってしまった。
今回は隻狼成分マシマシでお送りしました。