……ヒッパーと別れてから、数分。
帰路がぶっちゃけ同じなので気まずいと重い途方に暮れていた。
「こんばんは」
「えっ……ああ、ローンさん」
背後から声を掛けられた。
あまりにも気配がなさ過ぎて面食らう。
「こんばんは。どうしたんですか、こんな夜更けに」
「ヒッパーが飛び出していくのが見えたので心配になって」
「そ、そうなんですね」
今泣かせちゃったんですよあの子……。
自分で決めていた事とは言え罪悪感が無いなんて事は無い。
全ての決着がついたら改めて話をしないと。
「……ヒッパー、可哀想」
「申し訳ない事をしたと思ってます」
「それに、貴方も」
「え?」
ローンさんの表情が月明かりに照らされる。
……俺は戦慄した。
彼女には表情と言うものがなかった。
何も、表情から読み取れない。
「どういう事です」
「死にそうな目に遭って、また自分から命を懸けに行く。人間である貴方が」
「……俺の選んだ道です。貴女にとやかく言われる筋合いはありません」
それだけは変わらない。
誰に何を言われても。
「フフフ、強情ね。でも……」
そっとローンさんが近付いてくる。
思わず後ずさりそうになる。
彼女は俺の右腕に触れる。
「……腕、両方無くなってしまえば流石に考えも変わるでしょう?」
「なっ……あ、ぎぃっ!?」
ローンさんはそのまま俺の右腕を捻ろうとした。
慌てて左の義手で抑えた。
「あら。その義手も凄いパワーね。先にそっちから壊しちゃおうかしら」
「くっ……何のつもり、ですかっ!!」
「?貴方が戦場に出ない為、ですよ」
「お、わっ」
ぐるん、と視界が回る。
投げ飛ばされた。
慌てて受け身をとってローンさんから離れる。
「逃しませんよ」
それより早く、ローンさんが俺の左腕を捻り背中へ回された。
肩も抑えられていて動けない。
「くっ……辞めてください。こんな事何の意味もないっ……!」
「意味?ありますよ」
義手に込められた力が強くなる。
嫌な音が聞こえてくる。
このままだと、砕かれてしまう。
このタイミングで義手が破壊されてしまうと、作戦に遅延が出てしまう。
「貴方は私に守られるべきなんです。もう命なんて懸けなくて良いのイサム。隼鷹の代わりに、私がずっと……ずっとずっとずっとずっと守ってあげる」
「ぐ……違う!」
「違わない。だってイサムは私より弱いんですもの」
「そうだ、俺は弱い……!でも、弱いままで、何の意思も示さなくて良いわけがない!!」
でも、この手を振り払えない。
「離れなさいってのこの馬鹿ッッッッッ!!!」
「きゃっ!?」
「うわっ……!?」
衝撃。
手が離されて思いっ切り突き飛ばされた。
誰かがローンさんにぶつかった?
「イサム!」
「えっ……ヒッパー!?」
俺に駆け寄ってきたのは、さっき走り去って行ってしまった……アドミラル·ヒッパーだった。
起き上がろうとして、義手に力が入らなくてつんのめってしまった。
「ちょ、危ない!」
慌ててヒッパーが俺を受け止めた。
勢いでヒッパーの胸元に飛び込む形になってしまった……柔らかくてちょっとどぎまぎしてしまう。
「ヒッパー、どうしてここに……」
「あの馬鹿……ローンが居ないってビスマルクの奴から連絡が来たから嫌な予感が……って、何でもないっての!」
「そっか……ありがとう、ヒッパー」
「礼は後、立って」
立ち上がり、吹っ飛んだローンさんの方を見る。
……待って、彼女との体格差を考えるとまさかドロップキックしたんじゃ。
「痛いじゃないですかヒッパー」
「うっさい!勝手に抜け出して何してんのよアンタは!」
「イサムを守る為です」
「何が守るってのよ!イサムに手を出して!下手したら国際問題よ!」
「関係ありません。何が敵になろうと、私がイサムを守れば良いんです」
何事も無かったようにローンさんは立ち上がる。
そして、俺に向かって手を広げた。
「おいで、イサム」
「アンタ……!」
激昂するヒッパーを手で制した。
「イサム……?」
「ローんさん」
話はきっと通じない。
彼女の中に刻まれてしまったんだ。
「帰って来たら、お茶でも飲みながらゆっくり考えましょう」
「……えっ?」
「は?」
ローンさんとヒッパーが面食らった様な声を上げた。
「多分、ローンさんには時間が必要です。でも、俺にはそれに付き合う時間がありません」
何の確証もない、薄っぺらい約束。
それでも。
「絶対に帰ってきます。だから……この話は、また後日にしましょう」
彼女のした事を赦して、これからの彼女を肯定してあげないといけない。
「………………」
ローンさんは黙ったまま、そのままふらりと立ち去って行った。
「………………」
「………………」
そして、この場に沈黙だけが残ってしまった。