気が付くと、周りには何も無かった。
……いや、語弊がある。
海があり、空がある。
周囲にはさっきまで攻撃を仕掛けてきたセイレーン艦隊とアズールレーン連合が居たはずだった。
今は、何も居ない。
「どういう事だ……?」
思わず口から溢れる。
そして、その独り言を拾う者は……誰も居なかった。
「島風さん……?駿河さん……?」
同行者の姿は無かった。
辺りを見渡しても、海ばかり。
「……?」
分断された?
まさか……既にここは鏡面海域の中?
「……ハッ!?」
突如、何かが飛来する。
俺は慌ててアクセルを吹かして逃げる。
KAN-SENが近くに居ない以上、俺は戦う術がない。
背中の端末がここの情報を拾い本陣へ送っていることを祈るしか無い。
「くっ……あっ!?」
ちらりと後ろを向く。
そして……見慣れた機影であることを確認してしまった。
あれは間違いない。
「隼鷹の……艦載機……!」
前を向いた瞬間、血の気が引いた。
「なっ……セイレーンの……量産型……!?」
いつの間にか、眼前に展開されていた数々の艦隊。
挟まれてしまった。
もう、こうなっては助からない。
(万事休すか……!)
セイレーン艦隊の砲身が赤く煌めく。
そこから放たれる光芒に焼かれてしまうところまで覚悟し……何も起きなかった。
「えっ……?」
そして、何も起きなかった。
性格には……俺の身には、だ。
何故なら……空を舞っていた艦載機たちが、セイレーンの艦隊を次々と攻撃していたからだ。
そのさまは圧巻だった。
鮮烈に、荒々しく。
ただ殺意をぶつけるように、一息で首を刈り取るように。
「隼鷹……」
しばし、トライクを停めて見入ってしまった。
彼女が戦うところを何度か間近で見たことはあったが……こんな荒い戦い方は初めて見た。
そして、確信する。
この海域の何処かに……隼鷹は居る。
「……行こう」
会うんだ。
必ず。
俺はそのためにここに居るんだから。
「隼鷹……ッ!」
名前を叫ぶ。
すでに彼女へ何度も通信を送っているが返ってくるのはノイズのみ。
だから、呼びかける。
応える声に一縷の望みを賭けて。
「隼鷹ォーッ!!」
喉の痛みなんて気にしない。
近くで起きた爆発の勢いにも負けず、進む。
その先に居ることを信じて。
そして、
「あ……」
ブレーキを掛ける。
掛けてしまった。
居た。
ずっと会いたかった彼女が、そこに。
「隼鷹……!……っ!?」
向こうもこちらに気が付き……攻撃してきた。
慌ててアクセルを吹かし走り出した。
「隼鷹!俺だ!イサムだ!」
必死に呼びかけるが、反応はない。
(どうする……?!)
このままでは埒が明かない。
今は周りにセイレーンの艦隊が居るために彼女の目標が分散している。
仮に、このまま……それが無くなれば?
(俺が、狙われる……!)
どうする……、どうする……!?
「う、わっ……!?」
至近弾。
これはいよいよ詰みが近くなってきた。
一か八か。
(突っ込む……!それしか無い……!)
その後どうするか、近付いて何をするか全く見当つかないが……ここまで来てむざむざ死ぬ訳には行かない。
「う、おおおおっ……!」
計器がエラーを吐きまくっているのもお構い無し。
トライクの限界までまスピードを上げる。
彼我の距離が縮まり、隼鷹の姿が見えた。
「……っ!」
その姿は、とても痛々しかった。
見たことがないほど激昂し、声にならない叫びを上げ、全身ズタボロになりながら有らん限りの攻撃手段を持って暴力を叩き付けている。
怒り。
その姿が物語っている。
「げっ……!?」
がたん、とリバーストライクが揺れる。
被弾していたか……!?
段々と速度が落ち始めた。
そして、自分の真上に影が。
「直上……!?」
戦闘機が1機、真上に付かれた。
逃げられない。
「クソッ……!ごめん……!」
爆弾が投下される。
俺は咄嗟に立ち上がり、トライクのシートを蹴る。
背後で爆発。
トライクが破壊されてしまった。
「う、おっ……!」
爆風に煽られ、吹き飛ぶ。
なんとか海面で受け身を取って立ち上がり走る。
この力で海上に立つとき、硬い足場と同じくらいの感触になるため受け身を取らなければのたうち回る羽目になる。
走る。
トライクも無い。
自身の足だけが頼りだ。
「はっ……!はっ……!」
周囲は既に焼け野原。
墓標のように量産型の残骸が並ぶ。
それは、最早彼女の標的は俺しか残っていないということになる。
「隼鷹……!隼鷹……ッ!」
必死に呼びかけながら走る。
彼女は、手を俺に向ける。
それは、差し伸べられた手のひらではなく……拒絶の意思を持って掲げられた手。
隼鷹の背後から、新たに2機の戦闘機が飛来する。
機関銃の音がする。
それでも、走る足を止めない。
気休めにもならない短刀を抜く。
「うおおおっ……!」
放たれる機銃に対してあまりにも無力。
次々と脚に、腕にと弾が掠める。
「くっ……!」
KAN-SEN技術で作られている義手は、幸いかなり頑丈で弾丸を弾いていた。
頭と胸を短刀と義手で守りながら、なお走る。
「う、おお、ぉぉぉっ!!」
どのくらいの時間が経ったのだろうか。
気の遠くなるほど経っていたかも知れない。
実は一瞬の出来事だったのかも知れない。
ズルズルと動かなくなる足を引きずる。
立っていられなくて四つん這いになる。
足が動かないなら手で這えば良い。
少しでも、前に。
隼鷹の元へ行くんだ。
「隼、鷹……!」
いつの間にか、機銃の音は消えていた。
……静かになった。
顔を上げる。
……そこには、表情の抜け落ちた隼鷹が立っていた。
「隼」
言葉が続く前に、彼女の細い腕が俺の首を掴んだ。
「ぐっ」
ギリギリ、締め上げられる。
気が付けば、彼女の前に無理矢理立たされていた。
「か、はっ……!」
左腕で首を絞める彼女の腕を掴む。
「………………」
それを、虫でも潰すかのごとく何気ない動作で、
「えっ……?」
隼鷹は、左腕の義手をへし折った。
「ひっ……!?」
一瞬だけ緩んだ喉から声が漏れる。
堪らず残った右腕を隼鷹に伸ばす……が、届かない。
虚しく空をつかむだけ。
「隼……鷹……っ……!」
薄れる意識。
ここまでか。
そんな中、一言だけ……俺は、
「あり……がとう……今……まで……」
「………………!」
「ゔっ……!?」
突如、隼鷹の手が離される。
肺に一気に空気が入り、目がチカチカする。
「げほっ……!ごほっ……!」
「い、さむ……?どうして……ここに……」
「隼鷹……!良かった、」
「い、嫌っ……!来ないで、見ないで……!」
隼鷹がヒステリックに叫んで後退る。
俺は、片腕しか残っていない身体で這いつくばって追う。
「ま、待って……!隼鷹!」
「どうして来たの!?」
「君に、伝えたい事があるからだ!」
「私は、イサムを守れなかった!」
「そんな事無い!こうやって、生きてまた会えたんだ!君のおかげなんだ!」
「でも……!イサムは、腕が無くなって……!私が、また壊した……!」
「壊れたら直せば良い!俺はまだ生きてるんだ!」
「なんで……どうして……!」
「黙って居なくなるなんて……寂しいじゃないか……!」
「……バカっ!」
「隼鷹……今まで、ありがとう……!俺は、君に会えて……幸せだった!」
隼鷹が、こちらに駆け寄ってきて……俺を助け起こし、そのまま抱き締めた。
「私に会うために……またボロボロになって……」
「隼鷹だってボロボロじゃないか……」
「これは……私がやらないといけないことだから」
「辛いなら、やめちゃおうよ」
「駄目……だってこれは……イサムの為だから」
「俺の……?」
少し、身体を離して……隼鷹は額を俺の額に触れさせて、呟く。
「イサムが、戦わなくて良い世界を作る為に。力を貰っちゃったから……だから、私は戦うの」
「……本当に、ありがとう隼鷹」
「ううん……イサム」
隼鷹が、俺の頬に手を添える。
「幸せになって」
「……君は?」
「私は……全部片付けてから、帰るわ」
「……絶対だよ」
「ええ、勿論。だから……イサムは、平和に暮らして、結婚して……私に貴方の家族を紹介して」
「……分かった。絶対、帰ってきてよ」
「約束、よ」
「ああ……」
お互いに、涙を流す。
……もう、ここまでみたいだ。
「もう、泣かないでよ。男の子でしょ?」
「隼鷹だって泣いてるじゃないか……」
「あ、あら……?本当ね……」
二人して笑った。
「……髪、切ったんだ」
「ごめんね。焼けちゃったんだ」
「長くて綺麗な髪だったのに。でも……男らしくなったね」
「色んな人に、鍛えられたよ」
「そう……」
「だから、こっちは心配しないで」
「ええ。私、頑張ってくるわ」
「無理、しないでね」
「大丈夫……私は、KAN-SENなんだから。強いのよ」
「知ってる」
「ふふ……じゃあ、行ってくるね」
「……行ってらっしゃい」
「行ってきます」
隼鷹は、俺を座らせた。
俺は、立ち去る彼女を見送る。
霧が、晴れる。
鏡面海域が消えるのだろう。
隼鷹は海域と共に消え……セイレーンとの戦いに身を投じる。
俺は……それを見送る事を選んだ。
今までの人生、隼鷹と共に過ごしてきた思い出。
伝えたかった感謝の言葉。
そして、約束。
「俺も……目一杯幸せになるよ……」
瞼が重い。
意識が朦朧としていた。
限界を迎えて、俺は仰向けに倒れた。