地獄の門をはるか南の外れ。禁断の地と呼ばれる土地の山城に人間の男が住んでいた。
地獄に来て初期の拷問の影響で名を忘れた普通の人間と自称する異物である。
彼は「災厄神の災厄」Evil god of disasterと呼ばれている八大魔王の一人である。
なお、本人は気軽にディザさんと呼ぶように部下に強制(お願い)している。
そんなディザの一日はこんな感じだ。
執務室でディザはいつものように書類を片づけていた。
他の魔王共は罪人の拷問や天界への侵攻計画という名の飲み会で忙しいらしい。
一人に至ってはどこへ行ったのか誰も知らない。
考えを一時中断し、ディザは書類の山が崩れないように自身のそばにあった杖をつっかえ棒にした。
この杖——元槍——であるがこそディザの異名の由来なのだが、ディザは神を信仰せずとも信仰系回復魔法が使える便利な棒程度にしか思っていない。
考えを戻し、先の魔王だ。
部下に仕事を任せられる体制を唯一きちんと整えてはいるのでマシではある。
だが、ディザが数日仕事を休んだら自分と知らぬ魔王以外の領地で内戦が勃発すること間違いなしだ。
今は謀略や計略の真似事で何とか全地獄の平和を維持しているが、遊んでないで手伝って欲しい。
正直、自分でお茶入れる時間さえないくらい忙しい…
「お茶がなくなったな」
ディザはぼそっと呟いた。それこそ集中してないと聞き取れない程度の声である。
「ひ、ひあい!お持ちしました!!」
声が上ずっておかしな返事でお茶を差し出す部下。
これが美少女なら萌えるだろう。
だが、差し出した部下は筋骨隆々の男の鬼だ。
なお、鬼は種族特性でパンツやブラジャー等以外の服を着ると敏捷値が下がる。
他人の嗜好にケチをつけないディザはあらゆる種族が快適な服装で仕事をするように指導している。
——さらに男女差別は原則禁止だ。例えば先日のように女性にお茶くみを強制するようなことをしたらディザ直々に指導してあげている——
筋骨隆々の鬼がパンツ一丁で舌ったったったらずの幼子のような悲鳴を上げている。
気持ち悪い絵面である。
だが、遍く魑魅魍魎の全存在に優しい魔王ディザさんを自称するディザはそんな文句は言わない。
「ありがとう」
ディザは素直にニコリとお礼を言う。
本当は茶の濃さ等拘りがある。が、目の前の鬼はこの間「指導」したばかりの新人だ。
ディザは寛大な心で部下を許した。
ところが部下はその場で気絶した。
…普通にお礼を言っただけなのだが。
ディザは悲しかった。
倒れた鬼を別の部下が——この間、鬼にお茶くみを強制されていた女悪魔だ——即座に目の前の汚物を片づけにきた。
恭しくディザに頭を下げてからディザに新しいお茶を持ってきた。
「ありがとう」
ディザは素直にニコリとお礼を言う。
女悪魔は何故か感動した面持ちで、だがそれを隠すように丁寧な所作で部屋退出した。
部屋を出た後、何かに蹴りを入れるような物音がした気がした。
鬼を運ぶ時に何かぶつかったのだろう。
そう思いディザは業務を再開した。
このように糞忙しい。全宇宙の悪の魂を洗浄して送り返すついでにご飯とするような地獄の魑魅魍魎は拷問だけすれば良いと考えているような奴ばかりなのだ。
例外もいるし、母数の関係で人数だけみれば多い。だが、平和的に統治するためには程遠い。
かといって腕力で任せるわけにもいかない。
地獄にきてレベル1から何度も死に鍛え上げたディザではあるが、悲しきかな人間には強さの限界が存在した。
レベル100で打ち止めなのだ。そこからいくら鍛えてもゲームで言う経験値しか堪らない。
経験値消費系の能力があるので全く無駄ではない。
ディザの知る他の魔王はレベル80~90くらいしかない雑魚だが、強さという面では上には上がいる。魔王なんて中間管理職だ。
例えばこの地獄の頂点——ディザも五回くらいしか倒そうとしたことはない——はレベル4000もあるのだ。
もはや腕力でどうこうの次元ではない。
どうにかして内政の環境を整えて、地獄の頂点を早めに簒奪しなければ…
ディザは時間が欲しかった。
…端的に言えば、ディザは他から見れば大分頭がおかしい魔王であった。