フォーセリア大陸の西にあるリアス聖王国。
国の北には真祖のヴァンパイアの蛮族が支配する王国があり、西には黒い森を挟んでデスロードが支配するアンデッドの王国がある。
幸いアンデッドは生きる者全ての敵であるため、アンデッドと蛮族が組むという状況は有り得ない。
それでもどちらか一方だけでもリアス聖王国を抜けて来たら人類存亡の危機である。
リアス聖王国は人類を守るという国是の誇り高き国である。
蛮族やアンデッドの侵入を防ぐ最前線であり、そこに集う冒険者達は英雄を超えたといえるような猛者揃いだ。
更にこの国には「絶対正義」を掲げる最強のアレス騎士団が存在する。
アレス騎士団はアンデッドや蛮族等の神敵を誅殺することに生涯を費やすという誓いを秩序の戦神アテナに捧げていることで有名だ。
中でも騎士団長エリスは戦神アテナへの信仰が深くそれだけ恩恵も色濃い。
エリスの死後はアテナの善悪の最終決戦で戦う聖騎士の一人として召し上げられることがほぼ確定しており、天国と地獄の情報までアテナから直接聞いたという噂まである。
神に愛された聖騎士団長の存在はリアス聖王国の誇りである。
——エルフのエリスがアテナの下へ行くまでが人類絶滅までの残り時間、聖王国ではエリスが言えば黒いカラスも白になるというブラックジョークがあるほどだ——
つまりはああなるのも必然であったのだろう。
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黒い森の奥深くにはアンデッドの侵攻により破棄された都市の遺跡が存在する。
その地下奥深くのダンジョンで7人のローブに身を包んだ魔術師達が祭壇に捧げられたハイ・エルフの女性を囲んで詠唱していた。
皆が黒のローブを包む中で一人だけ赤のローブを着た魔術師がいた。
名をレイド・パラディクトという。
彼は魔術師ギルドの本部メンバーという立場でありながら人類を裏切り、アンデッド側についた魔術師だった。
否、レイドからすれば圧倒的な実力がある自分を正当に評価しない魔術師ギルドが先に裏切ったのだと言うであろう。
人格に問題がある等という感情論を振りかざす魔術師ギルドは魔術師として失格なのだと。
——特にハイ・エルフの、王族の護衛という大任を自分より格下の若造に奪われたことが我慢ならなかった——
だから、王族の護衛を皆殺しにし、弟子達と共にアンデッドになるための触媒にわざわざしてやると決めたのだ。
問題は弟子の一人が不始末をやらかしリアス聖王国に所在がバレ、更には儀式まで遅れが出ていることか。
だが、問題ない。残り1時間もあれば儀式は完成する。
それまでにこのダンジョンを潜り抜けることは不可能だ。
アンデッドの王デスロードから頂いた護衛達がこのダンジョンの通り道にいる。
噂に聞くリアス聖王国の騎士団長ですら勝てぬに違いない。
だから、焦ることはないのだとレイドは自分に言い聞かせた。
今まさに新しい人類の脅威が、邪悪が出でようとしていた。
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邪悪な儀式魔法を完成させるとレイドが意気込んでから1時間5分後、アレス騎士団長エリスとS~SS級冒険者達計5人はついにダンジョン最奥の扉までたどり着いた。
騎士団員達は強力な戦力ではあるがダンジョンという空間では邪魔になってしまう。
そのため、冒険者ギルドから派遣された英雄達だ。
魔術師ギルドが土下座して頼み込んでやってきた英雄達の強さはまさに一騎当千の勇者そのものだった。
先ほど戦った数千ものアンデッド召喚能力があるミニングレスとそれを指揮するアンデッドジェネラルとの戦いは伝説の英雄譚に相応しいものであった。
冒険者達は聖王国最強のアレス騎士団長エリスですら連携して戦われると負ける強さだった。
…だが、それを喜ぶ暇はない。
リアス聖王国の王女様が囚われているのも勿論ある。
だが、それと同じ或いは以上に厄介なのが、この先にいるのはレイド・パラディクトだ。
レイド・パラディクトは失われた古代の転移魔法ゲートが使えると言われるただ一人の大魔術師だ。
戦っているのはバレた可能性が高い。考えたくないが、逃げられた可能性もある。
ゲートがこのダンジョン内でも使えるものならば非常に不味い。
先のアンデッド達を倒したのは儀式を中断するに値すると判断して逃げるだろう。
テレポートならまだしも不明瞭なゲートを使われて逃亡されたらもう手掛かりはないに等しい。
その弟子達も自分達であれば問題ないが大陸中央部の国々の兵士では対処不可能だろう。
…対処可能なのはあの北東の「氷の女王」の国くらいか。
余計な事を考えていたとエリスは気合を入れなおした。
敵はすぐそこにいるのだから。
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ーエリス視点ー
盗賊が最短で扉に罠がないことを確認し、後方のエリス達へハンドサインを出す。
「扉越しに申し訳ないが話をしたい」
中から否、自分の後方から声が聞こえた。
しかし、後ろには何もいない。
「ああ、すまない。私より格上の盗賊だと思われるが…少々手荒だったからね」
中の自称盗賊は壁越しに盗賊に詫びるがこれはブラフだ。
盗賊が後ろから声をかけることができるとは聞いたことがない。
盗賊は驚いているようだ。一瞬だけ驚愕の表情が出た。
いくら最短で調べるため少々簡素化したとはいえ英雄級の腕前が悟られたことに衝撃を隠せないらしい。
冒険者の魔術師を見る。魔術師が頷く。これは魔法であると。
魔法での探知か。随分杜撰なブラフだと失笑しそうになるが、何かおかしい。
まさかとは思うが…
「…中で何をしている!」
時間稼ぎのブラフと考えたが何かおかしい。
一度だけ話を聞くことにする。
アンデッドを従えている以上、人類の敵ではあるが。
…まさか、裏切りの魔術師レイドとは関係ないのではないかと。
「大事な人がいるのであれば返そう。私は通りすがりの冒険者だ。
罠とか完全に無視して部屋に来たら悪い魔法使いがいたので退治した」
あからさまな嘘だとわかる。
扉を開けると皆で頷き合う。
「話は最後まで聞きなさいと親御さんから習わなかったのかな?
こちらとしても争いたくはない。
だから提案だ。君達は大切な人を、私は帰り路を交換しよう。
壁越しに互いに向き会いつつ時計回りに移動しよう」
…恐らくだが、わかった。
こいつは逃げ遅れたレイドの弟子の一人だろう。
だが、その事実に落胆するのも激高して襲い掛かるのもまだダメだ。
王女様がブラフの可能性が高い。
だが、ブラフ込みでもこれを無視して王女様が殺害されでもしたら…。
ここまで思考が誘導された。
王女様奪還のために、急いだせいで情報が不足していたこと。
杜撰なブラフで拙い嘘を混ぜて認識を歪ませ、王女様という最大のブラフを仕込んできた。
このわずか数秒のやり取りで、だ。
「…扉を開けるので交換しよう。異論は認めない」
こちらがどうするか考える前に扉を開けられる。
するとそこには、
「神に仇なす神敵め!誅殺してくれる!!」
エリスは思わず叫んだ。
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このエリスの叫びには確固たる理由がある。
エリスは詳細不明の男が持つ杖を見た。
かの杖は天界の一般的な神が見れば文字通り我先構わず襲い掛かって来る物だった。
エリスはアテナの加護を受けた聖人である。聖人故にこの衝動には耐えられない。
なお、この杖をどこぞの魔王は便利な棒程度にしか思ってない。
何故なら地獄にいる普通の人間(自称)だったから。
——それは理由にはならない——
かの魔王にその認識を修正できるものはいなかった。
——だって、怖いから——
その杖、否、槍こそは『災厄神トラウィスカルパンテクウトリの槍』。
最高善たる星の象徴たる善のバハムートに背きし、災いの星の邪神の槍である。
そして、『災厄神の災厄』Evil god of disaster八大魔王の一人ディザたる証であった。
魔王と神が出会って戦わないわけにはいかなかった。
『本人』を除いて。