黒い森を超えた先にあるデスロードが支配するアンデッドの王国シドゥ。
人類は勿論、蛮族すら忌避する太陽が昇らぬ国だ。
草木が枯れ落ちた廃城跡は見るだけで生理的な恐怖に侵される。
死と暗黒のデスロードが住まう城、寝物語で語られる忌むべきアンデッドの極夜郷である。
寂れた天井のない玉座の間にはレイス、デュラハン、ジャイアントゾンビ等多種多様なアンデッドで埋め尽くされていた。
さらには宝を守るように王座をドラゴンゾンビが囲んでいる。
だが、その玉座に座るのはこのアンデッドの国の王デスロードである。
デスロードは魔法的繋がりを失ったことを察する。
そしてその繋がりが途絶える前のジェネラルからの通信魔法メッセージ。
全てを悟った。
「そうか。レイドは失敗し、ミニングレスとアンデッドジェネラルが消滅したか…」
人間の英雄達が自らの配下を滅ぼしたという報だった。
デスロードの声は落ち着きを払っている。
一見すると部下の死を悼んでいるように見える。
だが、違う。
「フフフ…ハハハッ!…ハハハハハハハハッ!!」
デスロードは笑いが込み上げて仕方がないのだ。
「これから聖騎士エリスが国へ戻った時、人類はこう思うだろう。
英雄が強大なアンデッドを倒した!アンデッド等恐れるに足らず!」
アンデッドを侮辱するような未来予想図を語るデスロード。
だが、無いはずの目が爛々と輝くような様子である。
一瞬の間、そして呟く。
「戻れれば…な」
デスロードは最初からレイドが成功しても失敗しても問題なかったのだ。
「…あの魔術師ごときに我が配下を授けたのは翻意を翻さぬようにするためだ。
何故、同胞たるアンデッドでもない人間の魔術師風情にあそこまで肩入れするのか」
デスロードはこれ待っていた。
だが、自分以外には話さなかった。
同胞たるアンデッドジェネラルにすらも、だ。
精々、誰かダンジョンに入ったら報告せよ程度にしか伝えていない。
このデスロードの冷酷さに異を唱える者は玉座の間に誰もいない。
主たるデスロードが払う犠牲は全て大義のためであると知っているから。
「ハハハ!王女奪還のためには国が率先して動かねばな!
冒険者が解決などしてみるがいい。聖王国は王女を冒険者に任せた。
…これは国として面目が立たない。国からも人を出さねばな!」
デスロードは愉快で仕方がない。
国が動かなければ王女は死にレイドという戦力が増えるだけだ。
冒険者では絶対にアンデッドジェネラルに勝てないとデスロードは確信していた。
それだけでも部下を一時動かすだけの価値はあった。
強力な敵が減り、逆に味方は増える。一石二鳥だ。
だが、デスロードが敗れる可能性が一つ。
それが計画の真の狙いだった。
「最初から計画通りだ。レイドという魔術師が黒魔術に興味を持つのも。
プライドが肥大化し怨嗟を生み出すのも。…人類を裏切るのも」
長い偽りの命を燃やすアンデッドの王はいつの世も愚かしい生者が現れるのを知っていた。
その時々の生者の傾倒から類推し、どうすれば行動を誘導できるのか。
それくらい学ぶ機会も教材もいくらでもあった。何せ永遠に存在するのだから。
「…全ては我が計画通りだ」
デスロードはニヤリと口を歪ませる。
「聖騎士エリスはダンジョン奥深く!我が配下を止められる者はどこにもいない!」
数日間のエリスの確実な足止め。これだけが目的だった。
デスロードをして、長い偽りの生からしても異常な程強い存在がいた。
聖騎士エリスだ。
デスロードが軍を整えた攻め込む時期に、神が不正を働いたようなタイミングで現れた。
エリスの死を待っている?…エリスが子を産み、第二のエリスが生まれたらどうする。
氷の女王とかいう中央部に現れた改革者の存在もある。
味方であるはずの『時間』が敵になった。
だから、ここまでお膳立てをしてやった。
そして、今が狩り時である。
「我がシモベ達よ!今すぐ聖王国を攻め滅ぼせ!」
デスロードは玉座の間から叫ぶ。
「「「「「ウオオオオオオ!!」」」」」
玉座の間の全ての魑魅魍魎が叫びに答える。
それはまさに死の咆哮だった。
…そう、デスロードの策は完璧だったのだ。
「…こんなことだろうと思った」
地獄の魔王——イレギュラー——がいなければ。
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ローブで体を隠した少女がいた。
否、いるのだが誰にも見えずにそこにいた。
某魔王に渡された姿が見えなくなる魔法のローブのお陰だ。
魔法のローブで身を包んだ少女の名はミリエル。
ついさっきディザにお前らの本拠地はどこか思い出せと言われて、気が付いたら転移していた15歳の少女だ。
——少女に洗脳系同人可能な外道魔法使いやがったよあの男——
ミリエルの種族はナイトメア。タビット以外の人類から稀に生まれる種族だ。
彼女ミリエルは蛮族で滅ぼされた村出身だ。
ナイトメアは普通の生まれながらに鬼のような角が生える等異常がある存在だ。
そのため、ナイトメアは人より蛮族に近いと言われる。
幸運なことにミリエルの生まれた村ではナイトメアへの迫害はなかった。
極めて善良な両親と村の隣人達に囲まれてミリエルは生まれ育った。
だが、村が滅んだ後、ミリエルはこの世の地獄を見た。
余所者のナイトメアは凄惨な迫害を受けた。
理由は蛮族に与して自らの両親を殺した人類の裏切り者等々だ。
不満の捌け口として何から何までミリエルが原因とされた。
…勿論、そんなわけがない。
そのような日々を過ごす中で幼き彼女は迫害の中で力を求めた。
これは決して復讐というものではない。
何故なら人間の善性をミリエルは知っていたからだ。
自身の両親に村の皆、思い出がミリエルをどうしても狂わせなかった。
それ故にミリエルは自分が至らぬためだと自身へ言い聞かせ耐え忍んだ。
ミリエルは心が折れそうになりながら、心を削り取られながら必死に生きた。
そして魔術師ギルドに入り、『力』こそ至上とする魔術師レイドの弟子となったのだ。
…誇れる自分が欲しいから。
だが、数々の迫害を受け、骨身に染みた性根は中々治らなかった。
暴力から逃れるためには、ミリエルは卑屈な生き方にならざるをえなかった。
——だが、これは時間をかければ問題なかった。絶望の淵で立ち上がる勇気を持つミリエルならば——
しかし、そういった精神がミリエルに育つ前に師レイドは人類を裏切った。
さらにはレイドに反対した親しき兄弟子の死。
ミリエルはここで心が折れてしまった。
自身がどう足掻こうとも人の世は自分を裏切るのだと。
神に祈っても何を縋っても、自分が欲しくて足掻いても…
だが、ミリエルは知らない。
最後まで報われぬ人生を歩もうとも決して諦めなかった人間の可能性を。
死してなお地獄からをも幾億も這い出た精神の化け物にして気狂い。
物語にしては荒唐無稽な地獄の元魔王ディザの名すらまだ知らなかった。
——なお、決して善良な人格者ではない——
ミリエルの目の前に漆黒の楕円が現れる。
ミリエルは知っているこれは師レイドが使っていたものと同じ転移魔法ゲートだ。
「さて、…ミリエルよ」
ディザはゲートで待機していたローブで身を包んだミリエルに呼びかける。
姿を隠すローブ等意味をなさないと言わんばかりに直視する。
「ハ、ハイ!!」
見るからに死にたくないですと叫びそうな少女ミリエル。
——経緯からすれば当然である——
「花火というものを見たくはないか?」
ディザは『優しい』笑顔でミリエルにそう言った。
少女の記憶を僅かだが『見てしまった』ディザはデスロードに対して激怒していた。
知らぬとは言え雑な策謀擬きで可能性を奪った。ディザのそれはただの八つ当たりだった。
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その日、フォーセリア大陸西部の黒の森の外れに流星群が直撃した。
アンデッドの王国シドゥの首都極夜郷が存在すると言われる辺りだ。
数日森は焼かれ、大地の震えは収まることの無いように思える有様だった。
森火事が治まった後、冒険者ギルドから派遣された冒険者達が黒い森から先の跡地で見たのは何もない高野だった。