死の国に流星群が降り落ち、黒の森が炎上する。
そんな中、奇妙な光景があった。
流星群が降り注ぐことはない。
そこだけ月夜すら見えるくらいの平静に包まれている四方25㎡の空間が存在した。
その異様な光景もさることながら、そこには一軒の家屋が見受けられた。
否、豆の蔓が家屋のような形に絡み合っていた。
四角に形成された蔓の中は空洞であり、そこには二人の人間がいた。
さらに、どこから持ってきたのだろうか簡素な石でできたテーブルと椅子が置かれていた。
一つの椅子に座るのは縮こまって困惑した様子の角の生えたナイトメアの少女ミリエル。
顔は蒼白でありまるで死を待つ死刑囚のようである。
絶望の象徴であるアンデッドの国シドゥが壊滅していくこの光景を悪夢というべきなのか。
ミリエルは思わず現実から逃避し、そのようなことを思っていた。
ミリエルは古代魔法を習熟した一端のウィザードである。
師レイドのような超一流に及ばずとも国等であれば準精鋭であろう自負がある。
だから、見たことはないがこの魔法の正体を自分の知識から類推していた。
この魔法はおそらく最高位古代魔法メテオ…だと思う。
だが、規模が違い過ぎる。
そもそも知識の習熟よりも実戦での力を求めたミリエルでは検討もつくはずがなかった。
しかし、これだけはわかる。
目の前の男性の桁が外れた力というだけでは済まされない存在であるということだ。
…機嫌を損ねたら死ぬ。ミリエルは泣きそうだった。
一方、机を挟んで向かいの椅子に座る男はそんな少女の様子を気にも留めていないようだ。
ミリエルも知っている魔術の本を読んでいるようなのだが、少し顔を顰めている。
「さて、空気が悪い。気分を変えるとするか」
そう言って、男が自身の手提げ袋に手を入れる。
手提げ袋から陶器の水差しとガラスのコップが取り出される。
どう考えても容量以上の物が取り出される。
だが、ミリエルはそれ以上に取り出された物に驚いた。
陶器はルビー、サファイア等の宝石で彩られ、ガラスには色鮮やかな装飾が施されていた。
どこかの大国の王族でもなければこのような物は持てないだろう。
ミリエルは財と力を持つ男性が何者なのか聞きたいが、怖くて聞けない状態でいた。
怯えるミリエルを見て男が言った。
「今、水かワイン、マヨネーズと酢があるがどれを飲みたい?オススメはマヨネーズだ」
男はにこやかな顔でそう言った。
「はい!マ、マヨネーズでお願いします!」
反射的に答えるミリエル。
男が陶器のルビーに触れたと思うと、陶器からグラスへ何かが注がれる。
…ミリエルへ並々と白い粘液状の物質が注がれたグラスを手渡す。
「さあ、飲みたまえ。君はマヨネーズを常飲するのだな。覚えておこう」
にこやかな笑顔で戯言をぬかすこの男の名はディザ。
地獄の八大魔王の一人にして黒の森の大惨事を引き起こした人の形をした災害である。
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「う…うぐ…」
泣きそうな顔でマヨネーズを飲み切ったミリエル。
ミリエルは水を頼めば良かったと全力で後悔したが、怖くて頼めなかった。
——ミリエルがマヨネーズを知らないだろうと思惑が成功してディザはご機嫌だ。糞である——
「さて、冗談はこれくらいにしてこれを飲むと良い。
ハッキリ自分の意見を言うことの大切さを学んだようで私は愉し…嬉しい」
ディザは陶器の水晶に触れ、もう一つのグラスに並々と透明な液体を注いだ。
ミリエルへグラスを差し出す。
「…」
ミリエルは水が欲しいが、ディザの差出したこのグラスは本当に水なのか怖くて飲めない。
「そうか…。私は信用されていないのか悲しいな…」
あからさまに私悲しいですと言わんばかりのディザ。
「い、いただきます!!」
機嫌を損ねたら死ぬ。そう思ってミリエルは一気にグラスの液体を飲み干した。
すると、
「…水だ!」
ミリエルは水であったことに驚く。良く冷えた普通の水だった。
だが、この状況では神の甘露であった。
「私をなんだと思っているのかね」
ディザは若干ご機嫌な斜めなご様子だ。
「す、すみません!!」
全力で謝るミリエル。
頭を下げる勢いで風が起こりそうだ。
——いや、謝る必要ないから——
「私は寛大で慈悲深いといわせ…言われている。何、気にすることはないよ」
ディザはミリエルの謝罪で機嫌を取り戻したようだ。
——ディザはこれで場の空気を和ませたと思っている。とんだパワハラ野郎である——
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——ミリエル視点——
「私の名はディザ。元八大魔王と呼ばれる役職にいたウィザードだ。
色々聞きたいことがあるだろう。質問を許そう」
目の前の男性はディザというウィザードらしい。
質問と言われてもすぐに思いつかない。
何故、こんなことをしたのか色々聞きたいが地雷踏みそうで怖い。
まずは、無難な質問に…「って!!魔王!?」
「魔王というのは地獄の悪魔を統括する役職だ。他には?」
さらっと流されて次を促される。
「す、すみません!」
言葉に出ていた!ヤバイヤバイヤバイ…
地獄、悪魔…うん。納得しかないわ。
変なこと言いそうだから今のは聞こえなかったことにしよう。うん。
後は、ええと。
「す、素敵な水差しですね、どういう仕組みなんですか?」
さっき死ぬかと思ったが。
「これは地獄ではメジャーな水差しだ。私の元領土の輸出品としても有名だった。
地獄は鉱石だけはやたらあるから君が思う程価値はおそらくない。
それぞれの宝石に液状の物を収納する魔法があり触れると出てくる。
例えば水晶なら水、ルビーならマヨネーズと言った具合だ」
凄い。凄いのだが、何故『まよねーず』なるものを入れたのだろうか?
…もう飲みたくない。これも違う。
「ええと、この家?は何ですか?魔法ですか?」
土に豆を蒔いたかと思えば凄まじい勢いで成長した。
10秒程度で家屋になった。魔法ならば凄い便利だと思った。
…すぐ隣で極夜郷が燃えるのを綺麗な花火と大笑いする魔術師にとても聞けなかったが。
「イビルビーンズという。仮設のテントみたいなものだ。
かつて地獄の四分の一を壊滅させた地獄の植物を私が品種改良したものだ」
…凄いのだが、地獄を壊滅させたとかはともかくそんな危険なものを
「全部処分されなかったのでしょうか…」
思わず声に出てしまう。
…不味い!
「…ハハッ!」
あっ、これ聞いちゃいけないやつだ。
…何故か、先ほどから口が妙に軽くなる。
気を引き締めなければと顔を軽く振る。
「とはいえ、便利だろう?お陰で植物によって壊滅させ…した地域では売れに売れた。
今でも地獄の生活保護の支給リストにあるくらいだ」
今、壊滅させたとか言わなかっただろうか?
聞かなかったことにする。
「生活保護とはなんですか?」
話題を変える。私は何も聞かなかった。
「私の元領土は悪魔の権利が認められている。その中の権利の一つだ。
…簡単に言うと教会の孤児院等の代わりに物品の支給や職業訓練等を行う機関だ」
何だろう。地獄の方が現世より良さそうに思えてきた。
地獄とは一体…
この時、ミリエルは無自覚に地獄の存在とディザが魔王であると受け入れていた。
——感覚がマヒしたともいう——
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その後、ミリエルはあれこれ聞いてみた。
だが、大よそ規格外の非常識というのしかわからなかった。
——隙あらば嬉々として相手の嫌がることをするサディストでもある——
想像以上に親しみを覚えるようなお方だ。
そう思わせているのかもしれないが…
突如、空気が変わるのを感じる。
…目の前の人物から有無を言わさぬ覇気を感じる。
「では、私からも質問をしよう。ミリエル。
このままだと君は死刑になるが、どうする?…帰るなら送っていくが」
思わず固まるのが自分でもわかる。
沈黙が返事と受け取ったようで話が続けられる。
「言っておくがどう足掻いてもこれは変わらん。
魔法儀式やら古代エルフの拉致やらその他諸々…。
君の選択し、それらに加担したという事実は変わらない」
目の前の魔王の言うとおりだ。
確かにそう言われて否定できない。
…だが、どうすれば良かったのだ。
断ったら死ぬ状況だった。
反対すれば、見るも無残な肉片に変わっていく兄弟子。
賛同するなら肉片を灰になるまで燃やすように言われ、
私は…
「ゔっ!」
思わず口を押える。
目じりに涙が溜まるのを感じた。
「リムーヴ・ディジーズ」
魔法が私に降りかかる。
…吐き気が一瞬で収まる。胃のムカつきすら感じられない。
心なしか落ち着いたとすら思う。
私の様子を確認したのか話が再開される。
「…そこで話は変わるのだが」
現実を突きつけた上で、逃げ道の無いことを改めて示す。
…言いたいことがわかった気がした。嫌な予感しかしない。
「私はここまでの和やかなやり取りの通りほんの少し常識に疎い」
そうですね。思わず頷きたくなるのをぐっと堪える。
「そこで一人。奴隷…もとい良き協力者が必要であるのだ」
こういう存在を私は幼き日の寝物語で母から語られたことがある。
これはまるで…
「ああ、なんということだ!…君、そんな良き隣人に心当たりはないかね?」
——悪魔だ——