ディザは奴…協力者となったミリエルからこの世界の様々なことを聞き出した。
——可哀想な被害者はぶっ続けで捲し立てられた。休み等ない——
ディザが聞いたことは一般常識。
この世界の国、宗教、政治、職業果ては芸能に至るまで様々だ。
そのお陰で大分齟齬がなくなったとディザは満足気だ。
今後を見据えた方針もディザの中で固まった。
——ミリエルは全く考えていない。考える暇がなかった。ディザは自己中である——
今後に備えた意識共有が必要だとディザは考えた。
ディザ的に問題なのはミリエルが魔法に偏った知識であるということだ。
魔法への探求で見識が狭くなるのはどこの世界でも同じかと思った。
だが、魔術師としてならともかくディザの奴…協力者としてはいただけない。
聞けばミリエルの元師レイドの実力主義は魔法に特化したものであった。
ミリエルは優秀で魔法そのものよりもどちらかというと実戦の力を重んじる。
ミリエルの価値観の修正は容易だろうとディザは判断した。
——他者の価値観を尊重しない。腕力で地獄の悪魔達を圧政していた横暴なる魔王らしい結論である——
故に、ディザはミリエルに講義してあげることにした。
余りのミリエルへの優遇っぷりに彼女が感涙して五体投地し出さないか心配な程だ。
——そんな奴はいない——
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流石にミリエルを休ませて翌日。
ディザは早朝にも関わらずミリエルを叩き起こして今後の方針と称して席に座らせる。
どこから取り出したのか小さい黒板のようなものまで用意されていた。
起こしたミリエルとの適当な応答の後、話が始まる。
「結論に至る前に二、三話してからにする。故に聞くように」
ディザが何故、結論を言わないのか。
それは、ミリエルにこれするぜ!と言ったら『はいわかりました』となりそうだからだ。
完全なるイエスマンはディザはいらない。
——かといって、反対するとオシオキだ。凄く面倒臭い——
「私の使える魔法に4、50人の宿舎を創造できる魔法がある。これをどう思う?」
ディザはとりあえずミリエルとの共通言語である魔法で例えて説明することにした。
ディザからすればこの魔法は少し考えれば問題のある魔法だ。
ミリエルも実戦に携わるものならばディザが求める答えを答えられるはずと考えていた。
「す、凄い魔法だと思います!」
ミリエルはそう答える。
ディザはそっとマヨネーズの入ったグラスを置く。
ミリエルは顔面蒼白だ。
ミリエルのこれを飲めというのかと言わんばかりの表情を無視してディザは話を続ける。
「もう少し考えて答えるように。これが使えるのは戦争や災害時くらいだ。
君がこの魔法覚えたとして使い道があるか?土地の権利やら何やら…無理だろう?」
ディザは話していてミリエルは法関係に疎かったかなと思いなおした。
更に言えば、ディザは先ほどの問では聞き方が悪かったかなとも思った。
『どう思う?』だと『凄いです』という感想しかないのも仕方がないかな、と。
——なら、マヨネーズを下げろ——
マヨネーズから目を離してディザの話を真剣に聞くミリエル。
マヨネーズに目を向けるディザ。
ミリエルは即マヨネーズを飲んだ。苦しそうだ。
ディザは話を続ける。
「魔法はあらゆる分野で応用可能だ。だが、個でみればこれほど不完全なものはない」
ディザはそうあっさり魔法を否定した。
ミリエルはディザ程の魔術師が魔法を否定し出したことに衝撃を受けたような顔をする。
師レイド等は魔術の探求がどうこうと魔法を万能視していた。兄弟子達も自分も、だ。
魔術師とは程度の違いこそあれど魔法を否定する者はいないという常識が否定される。
——こいつは使える物なら何でも良いだけだ。真に受けてはいけない——
「例えば私が知る魔法にエルフが使う食用植物の感知魔法がある」
ディザがそう告げるとミリエルは興味深げだ。
だろうな、とディザも思う。この魔法は効果だけ聞くだけだとかなり便利だ。
「日常でも役に立つし、冒険者なら食費が浮く素晴らしい魔法だ。
だが、エルフにしか使えない」
ディザは思い返す。汎用性がなさ過ぎる実用に長けた魔法の存在を。
この魔法はエルフの感覚を高める魔法であるため人間には意味がない。
だが、そこまで話すと魔法体系の違いから説明しなければならなくなる。
ディザは省略した。
「正直、エルフでない人間なら植物図鑑でも買った方が何千倍も役に立つだろう?」
ディザはミリエルの反応を見る。
ミリエルはふむふむと聞き入っている感じだ。メモまでし出している。
だが、反応がないと説明している側からすると伝わっているのか判断し辛い。
違う世界の魔法等より身近なもので例えることにした。
「魔力を使う光源魔法ライトもランタンの方が魔力を温存できたりする。
更に言えば、ライトを覚えるよりランタンの使い方を覚えた方が楽だろう?」
ミリエルを見るが納得しているようだが、疑問もあるようだ。
ディザはミリエルに目線で質問を促す。
——というか、しないと怒られる——
「し、質問ですが、ライトならば程度の低い物ならば子供でも覚えられます。
汎用という意味では先ほどの例と当て嵌まらないのではないですか?」
ミリエルはディザの目線の意味を感じ取ったのかおどおどしながらも答える。
ディザはミリエルを優秀な生徒だと思った。
人によっては重箱の隅を楊枝でほじくるようだという者もいるだろうが。
だが、ディザが今回取り上げているのは汎用性の話題ではない。
少々話が脱線し過ぎたかとディザは反省する。
「最初に挙げたように今回挙げているのは魔法の個としての不完全さだ。
だが、良い指摘ではある。水を挙げよう」
喉が渇いているだろうミリエルのことを思いやってディザは水の入ったグラスを差し出す。
「あ、ありがとうございます!」
ミリエルはディザに褒められてとても嬉しそうに喜んでいる。
——DV野郎に騙されてはいけない。そもそもマヨネーズを飲ませたのはディザだ——
ディザはそうだろうと頷いて話を戻す。
「今回言いたいのは魔法が汎用性ではなく応用を主とした学問であるということだ。
環境に適合して魔法はそれぞれの国で進化している。
砂漠なら渇きを癒し、雪国なら暖を求める等だ。使う側の環境に応じて発展している」
これはディザの学匠としての結論だ。
ディザは地獄の魔王として色んな亡者から話を聞くことがあった。
大概の魔法のない世界では時代が進むと科学が発達し、それ以外では魔法が発達している。
無論、例外も存在するが。
ミリエルは学徒として好奇心が刺激されているようだ。
——ディザの流星群のせいで従来の価値観が壊れたせいでもある。ミリエルの状態は不幸な時に悪質な宗教に嵌ったようなものだ——
「…話が長くなった。故に、私が出した今後の方針。その結論だけ言うとしよう」
ディザは当初の目的を端的にミリエルに言うことにする。
「私は冒険者になりたいと思っている。そのために今後は動くことにする」
ディザはミリエルへそう宣言した。
話は終わりと言わんばかりにディザは使わなかった黒板を回収し始めた。
さらに手提げからパンを出す。朝食のようだ。
一方のミリエルは脈絡がないディザの結論に呆然としている。
——魔法はどこへ行ったお前——