鑢の呼吸、無刀の鬼狩り   作:磯野 若二

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第壱話 産屋敷息女と虚刀流

産屋敷ゆかりという少女には、前世の記憶があった。

転生したゆかりは、しかし、その記憶や経験を活用せども、誰にも秘密を打ち明ける事なく生きてきた。

それは、特異な身上が誰にも理解されない事を恐れるより、もっと別の意図があった。

 

すなわち、自分と同様に前世の記憶をもつ者がいて、それが前世の知り合いであった場合。

周囲が敵ばかりの前世。その事を打ち明けるには危険が大きいと判断した。

 

()()()()()()()()()()()()が生まれ変わっていたとしたら、どのように対するべきか。

ゆかりは、前世で関わりをもっていた者について思い、頭の片隅に置いている。

 

杞憂とも言える憂いが現実になったのは、月夜が照らす藤襲山での事だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

「皆さま、今宵は最終選別にお集まりいただきーーー」

 

「なあ、()()()だろう? ()()()も生きてると思ってたんだ!!」

 

 

ゆかりの言葉を遮り、集まった少年達の中から一人が歩み寄る。

他より頭一つ高い、六尺近い身長の少年。腰に差した刀が、この場にいる誰よりも似合わない男。

 

 

ゆかりという少女が初めて見る顔であり、彼女の前世において最も縁深いであろう男だった。

 

 

「私は産屋敷ゆかりと申します。失礼ですが、どこかでお逢いしましたか?」

 

 

説明の中断されたにも関わらず、ゆかりは微笑を浮かべたまま自己紹介をし、会話を終わらせようとした。

それは、私はあなたと全く関係のない赤の他人である、と周知させる意味がある。

 

その言葉を受けて、少年は一瞬、言葉を噤む。

その間に、同じ場に居た、ゆかりの兄が説明を引き継ぐ。

 

藤の花が一年中狂い咲く藤襲山にて、鬼を閉じ込めている。

最終選別の合格条件は、その山に入り、一週間生き抜く事。

 

ゆかりの兄が説明を続ける中でも、少年はなお、ゆかりに言いより続ける。

 

 

「お前、いい加減にしろ!!」

 

 

別の少年ーー後藤が、自分勝手な行動をとる少年を諫める為に腕を強く引くが、びくともしない。

案内役の二人と背の高い少年の声だけが響く場は、彼のせいで次第に険悪な雰囲気を帯びていく。

 

 

ここにいるのは案内役のゆかりたち兄妹。

そして、鬼殺隊の最終選別を受けるために集まった二十人近い少年少女たち。

 

 

彼らは厳しい修行を経て最終選別の候補者となり、各々が固い覚悟でこの場に臨んでいる。

そんな中で軽薄な態度をみせる背の高い少年は、酷く悪目立ちしていた。

 

 

「では、いってらっしゃいませ」

 

 

兄の説明が終わったころを見計らい、他人行儀で当たり障りのない対応をしていたゆかりが、少年を含めた最終選別参加者に声をかける。

 

 

それが開始の合図となった。

 

 

山への入り口は二本の柱が立っており、其処に括りつけられた注連縄のようなものが、境界を示すように山を囲っている。

 

集まった少年たちが、長身の少年を乱暴に押しながら、飲み込むように群れをなして進んでいく。

 

此岸と彼岸の境を超えるように、少年たちが山の中へと入っていった。

 

先ほどの少年は、半ば無理やり山の中へと歩かされながらも、ゆかりの顔を見続けていた。

けれど、ゆかりは態度を変えず、その少年を見送っていった。

 

 

少年達が山に入ってから半刻経ち、ゆかりは密かに息を吐く。

 

 

おそらく、あの少年は前世の顔見知りであり、因縁の相手であろう。

ゆかりの前世における父の仇の息子。いずれは殺すと決意し、それを果たせなかった男。

 

 

容貌などは変わっても、男の雰囲気は変わっていなかった。

だがゆかりは、その容貌、仕草、言動ともに前世と大きく様子を変えている。

 

 

ーーなぜ(ゆかり)をとがめだと思ったかは解らない。

ーーけれどあやつが、私を()()()だと確信する材料はない。

 

 

そう考えを巡らすゆかりに対し、兄が心配の言葉をかける。

 

 

「ゆかり、無理をしなくていいんだよ」

 

「ありがとうございます、耀哉兄様。初対面の方に親しげに話しかけられたのは初めてで。驚いただけですよ」

 

先ほどのひと悶着に対し心配しているであろう、とゆかりは解釈した。

 

余計な詮索はされまいと、今までとがめは猫を被って生きてきた。剥がれそうなそれを苦も無く直して、何でもないように返答した。

 

 

言葉を聞いた兄は、しかし、微笑みを浮かべつつも浮かない顔だった。

 

 

「そうかい。なら今は構わないよ」

 

 

この場の出来事でなく、もっと別の、更に奥深くの事情を見通しているかのような様子。

ゆかりは内心不安を抱えながらも、心配し過ぎですよと微笑を浮かべながら、話を終える事にした。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

産屋敷家は、表向きは千年続く家柄の名家である。しかしその正体は鬼殺隊を支える一族だ。

彼らは毎日が多忙であり、それは子供たちとて例外ではない。

 

 

父母から子供たちへの厳しい教育。産屋敷の人間としての習慣を(こな)したり、時に名代(みょうだい)として役目を任される事もある。

 

 

最終選別の終了まで七日ある。その間、ゆかりは、多忙な中で誰にも悟られぬよう、ふと物思いにふける事が多くなった。

今まで深く考えようとしなかった、自分の前世についてである。

 

 

 

前世のとがめーー容赦姫(ようしゃひめ)と名付けられた彼女は、日本近世、東北の大名の娘として、生を受けた。

 

奥州の顔役とも呼ばれる名家に生まれた容赦姫は、年端もいかない頃、家族全員親戚含めて喪う事になる。

 

 

それは、容赦姫の父が全国に戦火を広げるほどの大乱を起こし、その責を一族郎党が命を以て償ったからである。

 

 

父の助けや己の才気によって逃げ延びる事ができた容赦姫は、己が家族が処刑される様を其の目で見た。そしてその後、復讐の道を歩む事を決めた。

 

容赦姫ーーとがめと名を変えた女は、仇である幕府将軍家に近づく為、己の持てるモノは全て利用した。

男だけの武家社会。実力だけでのし上がれる事のない世界の中、女身一つで出世を狙い、政争を起こし多くの屍を築き、一つの組織の長になる程に身分を高めた。

 

更なる地位ーー次期将軍の御用人となるため、奇策の一手として利用したのが、容赦姫の父の頸を刎ね終戦に導いた大乱の英雄ーー父の仇である。

 

 

狡兎死して走狗煮らる、とは異なるが。

大乱の終結後、家族もろとも島流しの刑に処され、そこで死した大乱の英雄。

 

亡くなった父の汚名を雪ぐことを餌に、とがめは仇の息子(しちか)を用心棒に雇った。

 

 

そして彼を連れだって旅をする事、約一年。

旅の目的もほぼ完遂、とがめの策略の大詰めに入った霜月。

幕府の監察官に素性が露見した結果、とがめは処される事となった。

 

 

復讐の道半ばに倒れた人生であったけれども、とがめはその結末に満足していた。

 

 

とがめの人生は、復讐と血に塗れた茨の道だった。

だが、とがめは仇の息子ーー(やすり)七花(しちか)と愛し合うようになった。

 

たった一年だけれども大切な思い出を胸に、彼に手にかける事なく死ぬ事ができた。

幸せな人生だった。

 

 

七花は、彼女の全てを好きだと言った。

 

 

憤怒の炎で真っ白に染まった髪も、野心でぎらぎらと光る眼も綺麗だと七花は言った。

 

 

鬼女と恐れられるほどの才気を真の当たりにしても、流石だ恰好良いと七花は褒めた。

 

 

復讐の為に多くの命を奪い、仇討ちーー七花自身の殺害を止められないほどに怒りに狂った馬鹿な女の本音を知っても、旅路の果てに自分の死が待っている事を理解したうえで、それでも七花はとがめを愛し続け、共に歩んだ。

 

 

彼女は人より言われた事がある。お前を好きになる奴はこの世にいない、と。

死んで当然と自他ともに称された女を、表も裏も本音も全て愛した男が、鑢七花であった。

 

とがめの前世は血腥い修羅の道あったが、七花という、愛する人にもたらされた幸せを胸に刻んで死んだ。

 

だが彼女は地獄に落ちる事なく、遥か彼方の日本に生まれ変わる事となる。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

彼女が再び生を受けたのは、日本近代。明治後期と称される時代の東京である。

莫大な財を持つ産屋敷家の娘として生を受けた。

 

とがめは己が前世とも呼べる記憶を有し確固とした人格を宿している事を、赤子のころより自覚できていた。

 

自身の状況を知覚できた当初は、さすがに驚いた。

だが直ぐに落ち着き、周囲に不審がられない程度に急いで状況や時勢を知った。

 

 

その結果として、二つの重大な事実があった。

 

 

一つは、仇である()()将軍家が日本の歴史の中に影も形も無い事。

 

 

そして、とがめの知る日本の常識から外れた、鬼なる存在である。

 

 

産屋敷家は、鬼殺隊と呼ばれる政府非公認組織を指揮し、支える為に存続してきた。

 

産屋敷家の存在意義とは、悪鬼滅殺。

 

日本に巣食う鬼たちを滅して無辜の人々を守り、真祖ともいえる原初の鬼ーー鬼舞辻無惨を滅する事にある。

 

 

鬼とは空想の産物に非ず、実在する化け物である。

怪力を持ち、人外の異形を備え妖術を操り、人を襲って食らい成長する怪物。

そして、日の力がなければ滅する事が出来ない、ほぼ不老不死とも言える存在である。

 

雑魚とも称される鬼であろうと、身体を粉みじんに刻まれても血肉さえ食らえれば確実に無傷の状態で復活するだろう。

 

その存在を滅する方法は二つのみで、日光に晒すか、日の力を取り込んだ鉱物によって作られた武器ーー日輪刀で頸を刎ねるしか方法はない。

 

 

産屋敷家は、日輪刀を手に戦う鬼殺の剣士を育て、支える為に存在する。

歴代当主は皆聡明である。さらに兄であり次期当主である耀哉は、先見の明をもつ麒麟児だ。

 

そんな家に生まれたとがめは、父母より厳しくも優しく育てられ、兄を支え、産屋敷家の一員として鬼殺隊を支える一助を担っていた。

 

 

前世の未練とも言える家鳴将軍家(かたき)は存在せず、今世には自分を愛してくれる家族もいる。

 

 

愛が深ければ深いほど、失った時の悲しみや怒りは大きくなる。

復讐に人生を捧げるほどに愛情深いのが、とがめ(ゆかり)である。

 

 

前世の事を完全に割り切るのは難しいけれども、産屋敷ゆかりとして家族を愛し産屋敷家の女として生きてきたつもりだ。

 

 

だがゆかりは、七花が生まれ変わったのを知り、自分の判断に悩んでいた。

 

 

ゆかりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

前世で見せた七花の力量は素晴らしきものだ。

しかしそれは、世間から隔離された環境の中で、二十年近くも鍛錬に費やして培われたもの。

 

彼に刀剣や武器の類を扱う才能は無い。

その無才を引き継いで転生したならば、鬼殺隊の剣士になれたとしても日輪刀が振るえず、死ぬ可能性が非常に高い。

 

 

非常識な存在に対し生身で戦う剣士たちの中で、生を全う出来る者は極々僅か。

ほとんど全ての剣士たちが、戦いの中で鬼に敗れて死に、あるいは食われた。

 

 

もし、前世の実力を十全に発揮できるならば、刀を振るえない七花を鬼狩りにする手段は存在する。

 

だが、死地に追いやるような真似は出来ない。

 

産屋敷の人間ではなく、とがめ(ゆかり)という一人の女として、愛する男を死なせたくは無かった。

 

 

最終選別については、剣士候補者を育て上げた指導者ーー育手(そだて)から報告は受けている。

 

孤児であるため苗字は変われども、七花という名の候補者が居り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()との評価を、ゆかりは知っている。

 

鬼殺隊には剣士や育手などの他、後方支援や事後処理を担う(かくし)と呼ばれる役職もあるが、それに就かせる気も無かった。

 

 

最終候補に残れるのであれば、市井の中に生き、鬼と遭遇しても逃げ延びる事も出来るだろう。

なれば、持てる力を駆使して七花を鬼殺隊から遠ざけるだけだ。

 

藤の花の家に奉公するもよし。

千年続く由緒正しき家柄の産屋敷家。その力を以て良き就職先を斡旋するもよし。

七花は純真な男だ。悪いようにはされないだろう。

 

 

鬼殺隊の益を損なう行為は越権や背信とも言える。厳しい罰は覚悟の上。

 

 

最終選別が最初で最後に相見(あいまみ)える機会だとしても、例外はない。

 

 

愛する者が幸せに暮らせるならば良い。己の気持ちなど、どうでもいい。

 

 

とがめという下らない女の事を忘れて、ゆかりのいない七花の幸せを生きてほしい。

 

 

ひっそりと、強固な覚悟していたゆかり。

そして最終選別が終わる七日後、彼女は再び七花と会う事になる。

 

ーーーーーーーーーーーー

最終選別開始から七日後、早朝。

 

最終選別合格者は三名。

うち二人は隠を志願した為、剣士となるのは一人のみ。

 

それが、七花だった。

 

その姿は、合格者の中で一番みすぼらしいものだった。

 

上半身はほぼ裸。戦いで破れたか、ぼろ布のような衣服を纏っている。

そして、最初は腰に帯びていた刀を梱包するよう厳重に蔓を巻いて抜けないようにし、子供が長枝を引きずるように持っていた。

 

 

それはまるで、とがめと七花が旅を始めた頃の姿と被って見えた。

 

 

既視感に襲われながらも、ゆかりは兄と共に最終選別後に必要な務めを果たしていく。

 

まずはじめに、合格者の帰還を祝い、迎える挨拶。

 

そして、隊服の支給の為、身体の寸法を計測。

 

次に、鬼殺隊内の階級ーー十あるうちの最下級である(みずのと)を入れ墨として刻む。

 

また、連絡等の諸々で必要な鎹鴉(かすがいがらす)を支給。

 

最後に、剣士に新規で支給される日輪刀、その原料となる玉鋼を選ぶ事となった。

 

 

選別前と変わって、滞りなく進行する。

 

 

「では、あちらから、刀を造る玉鋼を選んでくださいませ」

 

 

ゆかりはそう言って、設置した机に置かれた二十個近い鉱石を見やる。

 

鬼を滅し、己の身を守る刀の鋼を選ぶ。

 

大切な儀式が始まる場で、七花は初めて口を開いた。

 

 

「おれは、刀を握ることができない。おれが足止めしてる間に、こいつらに首を斬ってもらった」

 

 

その言葉に、驚く者は誰一人いなかった。

残りの合格者はみな、七花の戦い方を知っているのだろう。初耳であるはずの耀哉は驚く様子も見られず、ただ微笑みながら見守っているだけだ。

前世の無才を知るゆかりはそれを考慮しており、驚く事はなかった。

 

 

けれど、それから続く言葉に、ゆかりの心は揺さぶられる事となる。

 

 

「鬼殺隊で死ぬやつが多いのは知っている。だけど、刀を振るえなくて癒えない傷が増える事になっても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()があっても、おれは鬼と戦い続けるよ。それがゆかりの為になって、それがおれの幸せだからだ」

 

 

「ゆかりは昔は、ひょっとしたら今も、自分を自分勝手で自己中心的で、死んでも治らない馬鹿で愛想を尽かされても当然と思い込んでいるかもしれない。」

 

ーーそれでもおれは、そんなあんただからこそ、あんたに惚れている。

 

 

それは、他人が聞けば意味が解らないだろう。気が狂っていると思われても仕方がない。

言い寄った女を偏見で語って、脈絡もなく告白する言葉。支離滅裂である。

 

 

ーーわたしは愚かな女だけれど、それでも。

ーーわたしはそなたに、惚れてもよいか?

 

 

だけど、ゆかりにとっては。七花の命を以ての脅迫である。

そして何より、とがめが散り際に放ったの言葉に対する、生まれ変わっても愛を誓うことを示す返答だった。

 

 

前世のとがめは言った。弱き者が強き者に噛みつくための、命と魂を削る方策が奇策だと。

これはある意味、七花からゆかり(とがめ)に対しての奇策である。

 

 

そしてそれは、効果を発揮した。

 

 

七花を鬼に関わるもの全てから離し、安全なところで幸せにする方法ばかりを考えていた。

それが一気に頭から追い出され、溢れた感情や言葉の意味が頭の中をぐちゃぐちゃにかき回す。

 

 

自分を愛してくれて、そして自分も七花を愛している。

 

 

封じていたはずの気持ちが耐え切れず、人形のように笑みを湛えた顔がくしゃりと歪みそうになる。

 

 

「それでは皆様、これからの流れを説明致します」

 

 

絶妙な時機に、ゆかりの兄ーー耀哉が声を発する。

 

七花以外の全ての目が向けられ、ゆかりの変化を目にする者はほぼいなくなった。

 

 

「隠を志望される皆様は、これから任務に就くための説明を続けます。

剣士となられる方には別途必要なものがございますので、玉鋼を選んでいただいた後、別所に移動してもらいます」

 

 

剣士の方への説明は任せたというように、耀哉はちらりと、ゆかりに視線を送った。

 

本来の段取りにない流れは、耀哉の独断だろう。

二人きりになれる場を提供してくれた意図をくみ取り、普段の平静さを取り戻したゆかりは、内心驚きながらも頷く。

 

 

そして改めて、ゆかりが七花に、口を開く。

 

 

「鬼を滅殺し己の身を守るための鋼を、選んでくださいませ」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

最終選別合格者の儀式が終わり、ゆかりの案内を経て、七花は、藤襲山の近くにある藤花の家紋を掲げた屋敷へと案内される。

 

 

誰にも声が聞かれないであろう奥の部屋に通された二人は座布団に座り、互いの顔がよく見える距離で、改めて会話を交わす。

 

 

「…どうやって私のことに気付いた?」

 

「そうだな。なんというか、何となくとしか言いようがないな」

 

「そうか」

 

 

人形のように固い微笑みを浮かべていたゆかりの顔に、初めて感情の色が宿る。

呆れるような、照れるような複雑な表情だった。

 

前世において、とがめと七花は旅をしていた。

それは、四季崎記紀という刀鍛冶が残した千本のうち、最高の十二本を集めるための旅。

戦国の時代、四季崎の刀の所持数が国の力を示すと言われた伝説の刀の、完成形である十二本を集めて幕府の威光を盤石にする為の旅。

 

その旅中で出会った刀鍛冶ーー四季崎記紀に言われたことがある。

 

 

人が刀を選ぶのではなく、刀が人を選ぶのだと。

 

 

それに(なぞら)えるならば、四季崎記紀に作られた刀ーー七花がとがめ(ゆかり)を所有者として選んだと言えるだろう。

たとえ生まれ変わっても愛する人を気づくのに理由など無い、が正解なのかもしれないが。

 

 

「はじめに言っておくが、私がそなたに捧げられるものは無い。精々この身体だけだが、病弱で、十年生きていられるかもわからない」

 

「おれは、とがめの愛があれば十分だ。ゆかりの為に生きられる事より、価値のあるものはない」

 

 

産屋敷家は莫大な財をもつといえど、当主でもないゆかりに出来る事は少ない。

更に産屋敷家の人間は、鬼舞辻の呪いというべきか、三十年も生きられない。

身体は脆く、成人を過ぎると不治の病が必ず発現し、痛みに苦しみ死ぬ。

 

それを説明したうえでもなお、七花は鬼殺の剣士になるという。

ゆかりに止める術は無かった。観念したゆかりは、実務的な話を進める事にした。

 

 

「そなたは前世と同じく、刀を振るう才能が全くないのだな」

 

「ああ、槍とか薙刀もふくめて、これっぽちもない」

 

 

ああ言ったけど、おれはとがめの役に立てる剣士になれるのかなと落ち込む七花に、ゆかりは案ずるなと返す。

 

曰く、頭の中に、そなたの日輪刀を造るための設計図は描けている。

それを書き起こすのに時間が必要だから、その間に、七花には行ってもらうところがある、と続けた。

 

 

「そなたには日輪刀をうつ刀鍛冶たちの里に行ってもらう。紹介状は先に運ばせるから、紹介された刀鍛冶に、()()()()()()()を作ってもらえ」

 

「また、ゆかりと離れ離れになるのか」

 

「今後の為だ。我慢せい」

 

 

刀を振るう才能の無い男に刀をうつ。

矛盾した命令よりも、ゆかりと離れる事に考えが傾き、落ち込む七花。

 

ゆかりが叱咤しながらも、嬉しさでつい顔をほころばす。

 

 

「・・・それに、暫くすれば一緒に暮らせるようになる。嫌というほど顔を見ることになるぞ?」

 

「おれはゆかりを見飽きる事はないよ。ずっと見ていたいくらいだ」

 

「っ、隠を玄関で待たせているんだ。さっさと行け!!」

 

 

真正面から行為をぶつけられ恥ずかしくなったゆかりは、追い出すように七花を急かす。

七花は気が乗らないようにのっそりと立ち上がると、隠が待つ玄関へと歩いていく。

 

 

そんな七花の背中に、ゆかりが声をかける。

 

「それから、二人きりの時だけだが、とがめと呼んでもよいぞ」

 

 

え、と七花は振り返る。

 

 

七花は最終選別中、とがめと呼んだのがまずかったと考えていた。

よって、ゆかりと呼んでいたが、どういう事だろうかと困惑していた。

 

 

「そなたと私が生まれ変わったぐらいだ。他の者が転生してもおかしくはなく、危険を回避する為に今世の名前を呼ぶのは当然。だが、そなたにとがめと呼ばれるのは、その、愛称みたいで心地よいからな」

 

 

七花に顔を向ける事なく、ゆかりは言い切った。

 

 

「では、またな」

 

「ああ。今度会う頃には、あんたは八つ裂きになっているだけだろうけどな」

 

「ちぇりお!!」

 

 

突っ込みで七花の背中に拳をぶつけるゆかり。先ほどのやり取りも含め赤さの残る顔を見れて、満足した七花。

 

そして互いに噴き出す。

 

前世で、愛称や口癖を決めようと他愛ない会話をした事を思い出したからだ。

 

そこから七花は速足で玄関へと向かい、ゆかりは筆を執って紹介状を書くことにした。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

隠に背負われ、何度か運び番が交代されて、連れていかれる事少し。

七花は刀鍛冶の里、その里長の屋敷へと案内されていた。

 

 

「ワシが君の刀を打つ鉄地河原鉄珍や。里で一番小さくて一番偉いのがワシ。畳におでこ着くぐらい頭さげたってや」

 

「よろしくお願いします」

 

「素直でええ子やな。おいで、干菓子をやろう」

 

 

ゆかりの顔に泥を塗るわけにはいかないと正座をして頭を下げる七花。

それを、里長である鉄地河原以外の同席する者すべてが不審な様子で見据えていた。

 

 

里長に刀を打ってもらうのは、鬼殺剣士の最上位ーー柱などの実力が認められた者たちだ。

 

それを、先ほど預かったゆかりからの紹介状ありとは言え、新人が刀を打ってもらえるのは異例。ゆえに懐疑的にもなるし、面白くないと感じるのも道理である。

 

 

「刀を握れないと書いてあったが、それで最終選別に合格して剣士になるとな。早速、庭に出て力を見せてくれや」

 

 

そう促され、七花は里長の屋敷にある大きな庭に設置された、七花の背丈ほどに高い大岩の前へ連れてこられた。

 

 

鬼の頸は岩より硬いものもざらにいる。それを斬れるのが鬼殺の剣士としての第一条件といえる。

大岩の前に案内された七花はしかし、慌てることなく構えをとる。

 

 

両足とも横に向けて、大きく腰を落とす。

六尺近い身体をちぢこめるようにし、その上で胴を思い切り捩じって、大岩に対し背中を向ける。

岩から遠いほうの手を拳にし、もう片方で包み込むように開く。

 

 

虚刀流・四の構え、朝顔。そこから繰り出される一打。

 

 

「虚刀流四の奥義ーー柳緑花紅(りゅうりょくかこう)

 

 

その技は鬼相手に使いどころが限られる技。

ゆえに、虚刀流の七つある奥義の中で、人に見られ結果的に鬼に伝わっても困る事は少ないだろう。

そして奥義の中でも一二を争うほどに常識外の力を発揮する妙技。

 

 

背中を見せるほどに捩じっていた胴を一気に戻す。

その勢いで大岩に振りかぶった拳は、しかし触れるか触れないかの距離で止められる。

 

砲台から放たれた砲弾のような勢いで大岩に放たれたそれは、岩を表面から割るのではなく、()()()()爆散させた。

 

見物していたのは、里長と側近が数人、護衛たる鬼殺の剣士が数人。合計十数名近く。

その中で、術理を見抜けた者は一人もいなかった。

 

 

里長の鉄地河原鉄珍が感嘆の声を漏らす。

その他の者は、事実と理解が追い付かず混乱するばかりである。

 

 

「これは面白い子やな。()()()の言った通りや」

 

 

ゆかりからの紹介状が届くより先に、隠を通じて、ゆかりの父である鬼殺隊当主から送られた文を思い返す。

長を含めた里の皆を労う言葉の中に紛れた、一つの依頼。

 

ーーゆかりが刀鍛冶に、とある剣士を紹介するだろう。

ーーその時は、里長に刀を打ってもらいたい。

 

予言めいた言葉の真意は、まさにこれだったかと里長は理解する。

驚きふためく周囲に指示を出して、直ぐに七花の日輪刀製作にとりかかるのだった。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

普通、日輪刀は十日から十五日で完成する。

だが、七花の日輪刀は、三十日もかけて作られた。

 

その()の姿を、産屋敷本家の別邸の一室にて、ゆかりと七花は出来栄えを確認していた。

 

 

「兄ばかりでなく、まさか父にも感づかれていたとはな。口添えのおかげで早くに仕上がったのだから文句は言えんが」

 

 

上手く感情を隠していたつもりだったが、最終選別も含め、家族には御見通しだった事を、ゆかりは今知った。

前世の享年すら父より上だったのに、年の功とは何だったのか。

恥ずかしさやら悔しさやら嬉しさやらで、微妙な表情をしていた。

 

 

だが目の前の()()に対しては、七花も同様に、驚いてはいないようだった。

 

 

その日輪刀は、普通に連想する刀とは別の代物。真逆どころか、刀ですら無い。

 

言うなれば、猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石を主に作られた、手甲と脚甲。

 

指から肘を隈なく覆う手甲と、同じく指から膝までを覆う脚甲。

西洋の板金鎧とも違う造りは、異彩さを放っていた。

 

 

設計方針となったのは、前世の記憶。

 

とがめと七花が蒐集しようとした十二本の刀の一振り、賊刀(ぞくとう)(よろい)

西()()()()()()()()()()()()()()()()。関節可動部は言うに及ばず、金属同士も別の部位が隠しており、隙が一つもない完全防御を体現する鎧であり、()()()

 

賊刀は継ぎ目が刃になっていて、使用者は傷一つつかないまま、体当たりするだけで相手をなます切りにできる代物であった。

 

 

だが、そこを踏襲した訳ではない。

 

 

重要なのは、隙間なく身体を覆う機密性。

 

虚刀流の振るう刃ーー手刀や足刀を隈なく覆う事を目的にし、なおかつ、その機動力を損なわせない事。

 

七花が折れず曲がらず良く切れる刀である。それが前世も今世でも不変であるのならば。

七花という名刀に対して悪鬼滅殺の刃を(めっき)する事で、彼を鬼狩りにする事ができる。

 

前世にて蒐集した賊刀を検分したとがめは、その構造を良く覚えていた。

ゆかりは、それを元にして設計図を描いて里長の参考に渡した形だ。

それを里長は、分野違いも甚だしいにも関わらず、わずか三十日で完成させた。

 

 

「さて、早速任務だ」

 

 

今回、ゆかりから七花に与えられたのは、先遣隊を送り込んで鬼殺の剣士を送り込み、鬼殺ならずと報告があった場所へ向かう事。

癸ーー最下級剣士である七花を、増援として送り込む任務。

 

 

「今後は鎹鴉から任務を言い渡されるが、それは鬼殺隊当主からの命であり、その意思を汲む私の命令であると心してかかれ」

 

「承知した」

 

 

一月の間、修行ばかりに明け暮れていた七花は、早くゆかりの役に立ちたいと、いきり立つように()()()を装備する。

 

すると七花が日輪刀を身に着けた途端、その色が変わる。

鈍色から赤とも僅朱とも言えない、まるで鑢のような色にじんわりと染まっていく。

 

日輪刀は色変わりの刀とも呼ばれる。

それは、ある程度の剣術を修めた者が新品のそれを握ると、各々の呼吸の型の適正を示すように刃の色が変わるからだ。

 

その逸話を知るゆかりが、剣術の才能が無い七花の日輪刀の色が変わった事に内心驚きながらも、伝えるべき言葉を彼に伝える。

 

 

「その前に四つ、誓ってくれ」

 

 

一つ。悪鬼は必ず滅せよ。

二つ。自身の身体を守れ。

三つ。鎹鴉からの指示を守れ。

 

 

「これは、そなた自身の地位を高めて自由に振る舞えるようにすると共に、私の評価を高め、私自身の策を展開しやすくする事に繋がる。あくまで隊士たちは、産屋敷家を慕って従ってくれているのだからな。当主でない私の言に、正当性も説得力もない」

 

 

ゆかりは前世と違い、七花に同行する事はできない。弱点になる事は必至である。

軍師でもあった前世の経験を存分に発揮する為、七花には無謀とも言える任務を与え続けるだろう。

 

そしてーー

 

 

「最後の四つ目。そなた自身を守れ。これは、理由を言わんでもわかるな」

 

「合点承知。おれはあんたの大切なものを守る為に、刀を振るう。とがめの愛する」

 

「そうだ。必ず、生きて帰ってきてくれ」

 

 

七花が存分に力を振るえるよう、彼の心のよりどころを守るため。

ゆかりは産屋敷家に縁ある屋敷にて指示を出し、七花という刀を振るう事となった。

 

 

それで会話を締めたが、二人が離れ離れになったのはわずか二日である。

 

ゆかりに与えられた産屋敷家別邸に七花が帰ってくる。

救援に向かった癸の剣士が、傷無く刀を持たずに異能の鬼を滅したと報告があがり、鬼殺隊で噂が広まるのはすぐだった。




◼️こそこそ噂話
神職の一族である母が、自分の娘をゆかりと名づけました。

ゆかり
→紫(ゆかり)
→ムラサキ科の花の一つ、瑠璃唐草(るりからくさ)(ネモフィラ)
→花言葉「あなたを赦す」
→容赦姫

ネモフィラは明治時代に日本へ伝来した花だそうです。
それを見たゆかりの母が明るい陽だまりに自生しているこの花を見て、どうか暖かな光の中で人生を歩んでほしいと考えた事が由来の一つです。

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