鑢の呼吸、無刀の鬼狩り   作:磯野 若二

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第弐話 育手と虚刀流、そして

夕暮れの産屋敷家別邸が一つにて。其の玄関で二人の男女が仲睦まじく話をしていた。

 

 

「それじゃあ、いってくるよ」

 

「ああ、上手くいくよう祈っている」

 

 

男ーー七花は、任務に出発する為に屋敷から出ていく。

女ーー産屋敷ゆかりは、どこか心配げに見送った。

 

 

「元の鞘に収まるといいが…」

 

 

今回もまた過酷な任務を七花に与えた。だが七花ならやり遂げられると信頼している。

ゆかりの気がかりは、任務の後、彼自身の育手ーー師弟の縁を切ると言った者と会う事に関してだ。

 

最終選別時、育手からの手紙には()()()()が最終選別を受ける旨が書かれていた。

だが最終選別を終えて七花の日輪刀が出来上がるまで一カ月の間。

一度、七花は育手に会いに行き、そこで大喧嘩となり、勘当じみた扱いを受けた。

 

孤児である七花に名字は無い。

自身の名字を与えるほどに思い入れのある弟子に対し、その時なにがあって絶縁を宣言したか。

 

七花から相談を受けたゆかりは、理由を察していくつか策を講じた。

結果に結びついて七花の憂いを晴らすことになるのか。

七花の為になるよう物事が進んでほしいと思いながら、ゆかりは屋敷の中へと戻っていった。

 

ーーーーーーーーーーーー

任務を言い渡されたのは本日昼過ぎ、ゆかりと久方ぶりの再会を果たした時。

任務先が七花の育手のいる山と近かった為、七花は急遽、育手に会おうと思い立った。

 

今回も異能の鬼と戦う事になったが打ち勝ち、その足で育手のいる山へ向かう。

 

落石が多く斜面も急な見通しのきかない中を、すいすいと駆け上っていく。

次第に懐かしい景色が目に飛び込んでくる。

それは山の中腹にある、ぽっかりと空いた広間。綺麗な断面を晒す岩に寄り添うように建てられた掘っ立て小屋に、七花の育手が住んでいる筈だ。

 

戸のように垂れた(すだれ)をめくり中に入ると誰も居なかった。

 

最終選別を機にここを巣立ってから一月以上経ったが、その頃よりも物が少なくなっている。

敷いていたはずの畳も外され、火鉢や布団すらも無くなって、板の間が物寂しく見えた。

まるで人が住んでいないような雰囲気。だが、土間の竈を見るに火を使った名残がある。

 

まだ人が住んでいる証だ。だが、ゆかりの推測も合わせれば、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

七花は小屋から出ると、また山に入る。

そこで適当な太さの枝を見つけると、手刀で斬りおとす。

 

素早く小屋の方まで戻ってきた七花は、それを、すぐそばにある岩の傍に突き立てる。

地面に突き立てて、土を抉る。(すき)のように枝を用いて穴を掘っていると、後ろから怒鳴るように声をかけられた。

 

 

「お前、何をやっている!! そこから離れろ!!」

 

 

聞き覚えのある声。

見知った人に話しかけられた事に気づくも、あえて無視して掘り続ける。

 

 

「やめろと言ってるのが聞こえんのか!?」

 

 

埒が明かないと、声の主は七花を力づくで止めようと腰に抱きついた。

引きはがそうとするが、びくともしない。

しばらく力を籠め続けたが無意味と悟り、声の主は七花に対し、距離を少しとる。

 

それは、刀を振るう為の間合い。

 

左の腰に下げた刀を、鞘付きのまま器用に左手で抜く。

右腕は肘から先が無い為、鞘を投げるように振って抜き放つ。

蒼く色づく刃を七花に向け、震える声で最後の通告をする。

 

 

「掘るのをやめろ()()!! さもなくば斬る!!」

 

 

左手で持つ日輪刀の切っ先を七花に向ける。

それにすら反応せず、黙々と掘り続ける七花。

 

彼に向かって、大上段で斬りかかる。

 

刀身が七花に触れる寸前。

 

まるで最初から声の方を向いていたかと思うほどの速さで七花が振り向き、刀身を片手で摘んで動きを止める。

 

変則的な白羽取りを以て、己に向けられた()()()をちらりと一瞥する。

鬼の形相だと思っていたが、今にも泣きだしそうにも見える声の主――伴田左近次に向けて、言葉を放つ。

 

 

「これを、あんたに見せたかったんだ」

 

 

そういって身体をずらし、掘られたばかりの穴を見せる。

一尺ほどの深さにあったのは、布で巻かれた小さな包み。

 

 

「これが、(ながれ)の遺書だと思う」

 

 

七花が会ったことは無い筈の、伴田の弟子の名を口に出す。

 

その言葉を聞き、一瞬硬直する伴田。

だが、穴から除くそれの柄が今は亡き弟子にあげた羽織の柄と同じものとわかり、力が抜けたように膝を着く。

左手から日輪刀を零すように地面に置く。

そして這いながらゆっくりと穴に近づき、たどり着く。

 

振るえる左手で包みをもち、穴の傍に座った己の膝に乗せる。

ますます震えが激しくなる左手で、丁寧に包みを開いた中にあったのは、見覚えのある筆跡で遺書と書かれていた。

 

 

(ながれ)…」

 

 

七花はその様子を見て、ゆかりの推測が正しかったことを確信した。

 

鬼殺の隊士は命懸けである。その為、親しき者への遺書を残す者が多い。

そのほぼ全てを産屋敷家で預かっているが、数年前に死んだ伴田の弟子、伴田流のものは預かっていなかった。

 

 

ーー書いてない事も考えられる。だがそれよりも、どこかに隠されている可能性が高い。

 

 

七花の相談を受けて、ゆかりがまず口にしたのはそれだった。

七花は腑に落ちる思いだった。隠し場所といえば、育手の小屋に不自然に立つ石碑に何かがあるだろう。

 

そう思い、真っ先に石の元を掘ったが、目当ての物を掘りあてる事ができた。

 

月明りの下、伴田は嗚咽を零しながら遺書を読んでいるらしい。

それを確認した七花は、邪魔しないようにと、音を立てず小屋の中に戻った。

 

ーーーーーーーーーーーー

それから一刻ほどして、伴田が戻ってきた。

目元は真っ赤に腫れている顔を改めて見る。

 

総白髪の短髪に、皺だらけの顔。

最終選別後に合った時よりも痩せこけていたが、顔は憑き物が落ちたように穏やかだった。

 

土間から板の間にあがり火鉢がすっぽり入りそうな距離を開けて、七花の前に正座する。

そして深々と土下座をした。

 

 

「七花。すまなかった」

 

 

頭を深々を下げたまま、伴田はぽつぽつと話を始めた。

 

自身は鬼に家族を殺され、その恨みを胸に鬼殺の剣士になった事。

怪我を機に衰えを自覚し、鬼に食われる前にと剣士を引退し隠となり、隠を勤め上げた末に育手になった事。

そして、孤児を拾い、伴田(ばんだ)(ながれ)と名付け、十年近く育てた事。

流に己の技の全てを教え、鬼殺の剣士となった弟子が死んだ事。

 

 

「私が、流を殺したと思っている」

 

 

流は任務の中、鬼に殺された。

だが、そもそも私が技を伝授しなければ、流が死ぬ事は無かった。

鬼が憎いあまり目が曇り、無垢な子供を唆して鬼に差し出し、命を奪ったのだと。

 

流が死んでからは、剣士であった頃に稼いだ金で供えものを墓標――最終選別参加の条件として流に両断させたものーーに捧げ、残った育手への禄には一切手を着けずに生きてきた。

 

死んだ流に対し、どう詫びればいいのか。

切腹を決意する寸前に紹介されたのが、七花だった。

 

 

七花は、鬼が出ると噂のたつ山に棲んでいた孤児で、派遣された剣士により保護された。そして、比較的近くに済んでいる伴田の元に、一時的に預けられる事になった。

 

剣士や鎹鴉からの説明を受けた伴田は、これは流への供養となる機会だと思った。

 

流を死なせた己の技は受けつかせず、隠としてーー鬼が襲ってきても正しく逃げ切る術を教えて身体を鍛え上げる。

 

そしてその子供が鬼に食われることなく幸せに長生きできれば、流への供養となるのではないか、と。

 

一時預かりだった七花を正式に預かり、剣士にさせる事を建前に全集中の呼吸を覚えさせるための修行を課した。

 

自衛の為に刀の振り方だけは教えたが、幸か不幸か、七花は剣才が無く、身につかなかった。

 

しかし予想外な事に、孤児であり食に困っていただろう七花は何故か身体が大きく、何故か独自の全集中の呼吸を会得していた。

そして著しく成長し、たった一年で全集中の呼吸・常中を会得した。

 

伴田にとって都合がよかった。

これで、七花は剣士にはなれずとも、隠になる。

隠になれると確信して最終選別に七花を送り出し、己は腹を切る前の身辺整理を始めた。

 

ところが、最終選別で七花は鬼殺の剣士となったらしい。

それでは、何の為に自分は七花を鍛えたのか。また己の弟子を殺すのか。

 

絶望や自責などのさまざまな感情がない()ぜとなり、最終選別後に会った時は七花に対して勘当を言い渡したという。

 

 

「だが、私の考えは間違っていたようだ」

 

 

流の遺書には、伴田への恨み言は一つもなく、感謝の言葉しかなかった。

 

親に捨てられ何も無かった自分に、伴田左近次が持っている全てをくれた事。

鬼殺の剣士となって人々を守ることができ、剣士である事を誇りに思っている。

最後に、たとえ自分が死んだとしても、己を責める事なく、幸せに暮らしてほしい。

 

師匠ではなく父として慕っている伴田左近次へ、と締められた遺書。

 

 

「…なんで遺書を隠してたか何だけどさ」

 

 

七花がここで、改めて口を開く。

 

 

「本当はたぶん、死ぬつもりが無かったんだよ。あんたに教わった技なら、鬼に殺されるはずはないって」

 

 

だから遺書を隠した。

やがては伴田の作り出した呼吸の型の代名詞として、柱となって引退するまで人々を守り続ける。

 

そう誓ったからこそ、書いてみたはいいが、遺書を隠してたのではないか。

 

そう七花が問いかければ、伴田は顔をくしゃりとゆがめた。

そうしてせき止めていた涙があふれ出すのを見て、七花は思った。

 

こうあってほしいと、流は望んでいたのかもしれない。

敬愛する、家族同然の師匠に、どうか自分の為に苦しまないでほしいと。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

夜もだいぶ更けたころ合いとなり、七花は小屋から出る事にした。

 

 

「引き留めてすまないが、七花。お前に二つ頼みがある」

 

 

ひとまず涙も収まった伴田が、七花にお願いをする。

 

 

「お前が剣士になる事を止めはせん。しかし、鬼を滅する事が出来ると、私に示してほしい」

 

 

技を教えずとも、一年も寝食をともにした弟子。

安心して送り出せるようにと願いを口にする。

 

それを受け、七花は小屋の外にある広間にて、虚刀流の技を見せた。

 

 

「虚刀流――『雛罌粟(ひなげし)』から『沈丁花(じんちょうげ)』まで、打撃技混成接続」

 

 

二百七十二の多種多様な技が、伴田の為に振るわれる。

硬い鬼の身体すらも穿てるであろう技の勢い、冴え。

 

育手は現役時代、階級の高い者が多い。ゆえに七花の技量がよく分かった。

彼の技と日輪刀を見て、大丈夫だと安心したように微笑んだ。

 

 

「現役時代の私よりもずっと強いのだなお前は。…それから最後の願いだが、お前に伴田の名字を名乗らないでほしい」

 

 

二つ目の願いは、七花を勘当した時に放った言葉と同じ。だが、その意味は真逆。

 

 

「私はお前を見ずに、歪んだ目で流の事ばかりを見ていた。だから、お前に伴田の名字を与えたのは、私の自己満足――呪いのようなものだ」

 

 

「お前には新しい名字で生きてほしい。それが私からの願いだ」

 

 

曇った己の目を磨き、過ちを正してくれた弟子。

そして、刀の間合いよりも近い距離で、身を削るように戦うであろう剣士

 

 

「新たな名はそうだな。…()()()なんてどうだろう」

 

 

いや失礼、これは冗談だと言う伴田に対し、その言葉を聞いた七花は大声を出して笑った。

己はしちか、という名前と虚刀流の技だけをもって生まれ変わった。

 

まさか、とがめと出会う事で大切なものを思い出し、伴田と出会う事で前世の姓を再び名乗る事が出来るとは予想外である。

 

 

「いや。おれは今日から、鑢七花と名乗る事にするよ。いい響きだ、しっくりとくる」

 

 

その言葉に、伴田は初め驚いたが、七花が本気で喜んでいると知り、破顔した。

 

 

月が師弟を照らす中、新たな任務が鎹鴉から言い渡される。

それを聞いた七花は山を出ていき、その姿が見えなくなるまで伴田は見送っていった。

 

疾風のように現場へ急行した七花は、今にも食われそうな隊士を鬼から守り、完膚無きまでに滅した。

隊士からの礼の言葉もそこそこに、七花はゆかりが待つであろう屋敷へと戻る事にした。

 

そして明け方、産屋敷家が別邸の一つに到着する。

 

 

「よくぞ帰ってきたぞ七花。その様子だと、問題ないようだな」

 

「ああ、またゆかりに助けられた」

 

「日頃のそなたの献身には及ばんよ。そなたが行動したからこその結果だからな」

 

 

隠を労った後、玄関先で抱擁しあいながら報告し合う二人。

七花を背負ってきた隠がまだ敷地内にいるにも関わらず、堂々といちゃつきながら、七花とゆかりは屋敷へ戻っていった。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

ーーこれでよかったんだよな。(ながれ)

 

 

七花はふと、最終選別直前の夜の事を思い出す。

普段であれば伴田も寝付いている時刻に起きた当時の七花は、外に誰かの気配を感じて寝床を出た。

 

そして小屋の外にいたのは、岩の前にいる人影らしき何か。

両足と左手を喪い、抉られたような顔面の傷が目立つ、一人の少年の姿。

 

それに害を感じなかった七花はぼうっと眺めていた。そんな彼に少年は頭を深々と下げる。

 

 

まるで、自分の代わりに伴田左近次を宜しく頼むと言いたげなように。

 

 

それに対し頷いた七花に対し、安心したようにふっと消える少年。

 

きっと、あれが流だったんだろうと七花は改めて思った。




※今回出てくる人物は、鬼滅の刃の前身ともいえる「鬼滅の流」の登場人物がモチーフです。
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