鬼舞辻無惨の血を分け与えられ、人から鬼という化物と成る。
人を食らえば食らうほど力を増す鬼。
成りたての鬼が五十を超える人を食らうと、身体に異形を備える。
何十本も生えた腕、十尺を超える身体、蛇の如く自在に動く舌など。
異形の鬼となり手強さに拍車がかかる。
そこから更に五十人、合わせて百人以上を食らえば、超常の技ーー血鬼術を身につける。
血鬼術を操る鬼ーー異能の鬼と呼ばれるそれは、鬼殺の剣士といえども、下級が対すれば餌にしかならない。
中級や上級の剣士でも命を懸けて挑まなければ、まず勝てない。
その強さから鬼舞辻に気に入られた鬼は、その血を多く下賜され、桁外れの強さを得る事が出来る。
鬼舞辻みずから選別した、異能をもつ十二の鬼。それが十二鬼月である。
最初の任務から二年が過ぎた頃、七花が十五歳の時。
彼は初めて、十二鬼月と対面する事となった。
暗闇に有象無象の気配が潜む異界。深い森の中だった。
とある森に人影がある、と噂がたった。
そこを通り抜けようとする者はおろか、近づく者すら消えるのだという。
十名近い隊士が送り込まれ、そして連絡が途絶えた。
ゆかりは、ただちに七花を援軍として送る事に決めた。
人の手が入らない森は、入り口というものが存在しない。
それなのにぽっかりと、人ひとりが通れる大きさに拓けていた。
明らかに誘われていると知ってもなお、七花はそこから森へと入るしか無かった。
隊士たちの生存は絶望的だが、生き残っている可能性が僅かにでもあるのなら、助けなければならない。
ゆかりの命令を胸に、七花は森へと一歩足を踏み入れる。
その足が接地した直後、地表から突然、突き出てくるものがあった。
槍のように尖ったそれは、勢いも合わさり人間を突き殺すには十分な威力。
それを、踏み足を引いて半身ずらして避け、手刀で断ち切った。
切っ先を失っても伸びる勢いを落とさないそれは、天井の木々にぶつかって動きを止めた。
仄かな月明りに照らされてそれは、木の根のようにも、干からびた人の腕のようにも見える。
そして切断された切っ先は、さらさらと僅かな風に溶けるように崩れていき、そして消えた。
血鬼術か、と思う間もなく横からも攻撃が迫ってくる。
今度は迎え撃つことはせずにやり過ごし、速足で森の中を駆け入っていく。
その背中を追うように、次々と鋭い攻撃が迫ってくる。
四方八方から迫ってくるそれは、どれも木の根や枝のように見えた。
森全体が敵意をもって襲いかかってきているようである。
逃がさないとばかりに向かってくるそれを、時に切り払い、時に身体を滑り込ませるようにして避けながら、七花は森の奥へと足を進めていった。
そして七花は奇妙に開けた場所に出た。急に攻撃が止んだ。
そこは、お椀をひっくり返したように空間が広がっている。
面積は三十坪ほど。木々が密に茂って周りを覆い、枝葉が硬い壁や天井を作っていた。
そこにぽつんと、人影があった。
月光が零れる程度にしか注がぬのに、何故か姿がくっきりと見えた。
見かけは若い女。
森に似つかわしくない豪奢な襟巻と臙脂色の着物を身に着けている。
だが髪は骨のように朽ちた白で、そこから異形の瞳と角が二本覗く。
瞳が特に異様で、白目であるべき個所は血のように赤く染まり、黒目があるべき箇所は白く濁っている。
そして、その左の
ーーいいか七花。鬼は人を食らうほど力をつけるが、その中でも格別の恐ろしさを誇るのが十二鬼月。十二の鬼だ。
ーー見分ける
ーーそなたの実力を疑うわけではないがしかしーー。
ーー出会ったなら、一旦退く事を頭に置け。初見で戦うには荷が重い相手だ。
そんな言葉を思い出しながら、その鬼と対峙する。
「
十二鬼月の十番目、下弦之肆が待ち構えていた。
「面白い剣士が現れると聞いて待ってみたが、拍子抜けだな」
そういって、下弦之肆が、
手足を太い枝に穿たれ、木の根で締め付けられた男たちが十名。
樹木の壁に埋め込まれるように捕らえられていたのは、鬼殺の剣士たちだった。
「柱になれるほどの鬼狩りが助けに来る、と聞いて待ってみたが
言い終わらないうちに、天井や地面から三十を超える木の槍が、七花に向かって伸びていく。
七花が道すがら相手どった数よりの倍以上。
槍衾のように隙間なく襲いかかるそれらは、しかし七花を貫く事はなく、同士討ちするように互いを打ち合った。
「おれが独活の大木なら、あんたは何なんだ」
先ほど居たところから横に一丈離れた場所に、七花は避けていた。
両脚をつま先立ちにし、手刀を頭への防御に回して肘を突き出した構え。
柔軟な横の動きを可能とするのは、虚刀流が六の構えーー
肘の攻撃で槍を何本かへし折り、道を開いて逃れた七花。
そしてすぐさま構えを変える。
両足を前後に配置し今にも駆けだしそうに見える構えは、縦方向への動きを得意とする。
虚刀流七の構えーー
お喋りに付き合いきれないとばかりに、目にも留まらない速度で上弦之肆へと向かっていく。
「虚刀流ーー
その勢いのまま、前蹴りで鬼の頸を穿とうとしーー地面から生えてきた巨大な木の壁に阻まれる。
下から上へと吹き上がるような勢いに負けたか、大きく七花は後ろへと飛ばされる。
そしてその場所をすぐさま木の刺突が追いかける。
「ははは、確かにすばしっこいが
そこからは、まさに鬼ごっこだった。
木の槍がひたすら追いかけ、七花が避け続ける。
上弦之肆は一歩も動かず、憐れな獲物を甚振るように、ただひたすら血鬼術で以て七花を追いかけていた。
「逃げてるだけでは勝てんぞ!」
やがて空間が木の槍に覆い尽くされる。
七花は血鬼術による木の槍によって生まれた、鬼の死角になる位置にいた。
そこは偶然にも、鬼殺の剣士が磔にされていた場所の付近である。
「ーー鑢さま。すみません」
まだ息があった隊士が、命を振り絞るようにして謝る。
自身が七花をおびき出す為の餌になったことを、心の底から後悔するような声音だった。
「気にするな。俺が必ずーー」
「見つけたぞ? そこか」
鬼の声がすると同時に、木の槍がまっすぐに伸ばされていく。
周囲は木の槍に囲まれて逃げる事は出来ない。
どすん、と重たい物を突く音が響いた。
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「あっけないものだな」
鬼は嘲笑った。柱でもない鬼狩りなど怖くないものだと。
先に倒した十人の鬼狩りもそうだった。
鬼の頸に刃を届かせる事はできず、しかし粘る事だけは一丁前だった。
結局は十二鬼月に反撃する事も叶わず敗れたが、それでも目には絶望の色を宿す事は無かった。
それがなぜか癪に障り甚振るように身体中に穴をあけた。
磔にされてもしかし、目の光が絶える事は無く、虎視眈々と挽回を狙っているように見えた。
戦いの最中、自身を鼓舞するように彼らは吠えた。
鑢さまに助けてもらった命、尽きるまで戦う事は止めない、と。
皆、声を揃えて奮起するものだから余計に苛立ちが増した。
だから戯れに、鑢という名の鬼狩りが来るまでは男たちを生かす事にした。
鑢という剣士が現れるか男たちが失血死するかというところで、都合よく当人は現れた。
日輪刀と同じ材料で出来た鎧をまとい、
下弦之肆は、その姿を見て酷く苛立った。
鬼舞辻に気に入られて十二鬼月となっても、そこで終わってはならない。
力を蓄え鬼狩り達を滅ぼす事が十二鬼月の存在意義。
だが自身を含めた下弦の六鬼は、鬼狩りの柱と呼ばれる実力者に狙われては討たれ、常に顔ぶれが変わる。
真祖の血を多く与えられた上弦六鬼、その参番目に重なって見えたせいだろうか。
鬼殺隊の柱に狙われ滅される下弦の鬼と違う。
百年近くも生き、多くの柱たちを返り討ちにした上弦の鬼たちを思い出させるからか。
刈られる下弦之鬼とは違い、上位者たる上弦之鬼を思い出させるからか。
下弦之肆は、七花に対して不快な気持ちを感じていた。
「さて、食らうとするかーー」
老若男女、人それぞれに味わいが異なる。
だが強い鬼となるには、ただの餌ではなく極上のものーー例えば、鍛え抜かれた剣士などを食らうのが良い。
鑢と呼ばれる男は、単騎で戦いながらも、今まで戦った剣士の中で最も長く生き延びた鬼狩りだ。
それから先に食そうかと思い、目の前で頼みの綱が断たれた雑魚どもの顔を拝みながら食らおうかと思考を巡らせる。
そして一歩、踏み出そうとした直前、頭上から声がかけられる。
「その頃にはあんたは八つ裂きになってるだろうけどな」
その声は、先ほど殺したはずの鬼狩りのもの。
軽い口調で放たれた言葉と裏腹の、重い一撃が上弦之肆の頸を襲った。
「な、なにが」
落ちていく上弦之肆の首。
彼女の視界には、反転した世界の中に、自身の身体と血鬼術で生まれた樹木の槍が塵となっていく光景。
そして、牢獄のように固められた天井と、そこに刻まれた大きな罅が見えた。
天井すべてに広がる割れ目は、人の足跡らしき穴を中心に広がっていた。
「なぜお前が生きている!? なぜ死んでいない」
「いなして上に跳んだだけだよ」
「な、」
男を貫いたはずの場所を見れば、磔にされた隊士の脇の傍を、木の槍が貫いている。
その木の槍は、途中から折れて壁に刺さり、辛うじて穴を空けていた。
「あんた、自分の血鬼術で木の槍は生やせても、それで何を刺したかまでは分からないんだな」
七花が森に入ってから今まで、道すがら考えていた。
木の槍は、まるで仕掛けられた罠のように七花を襲ってきた。
何かを貫くまでは止まらず、逆に、人でなくとも何かを貫けば動きは止まる。
それは絡繰り仕掛けのようで、予め決められたような動作。
傍を通れば襲いかかってくるが、それだけ。
七花に止めを刺したと確信したようだったが、血鬼術で自らの視界を狭めている事には気づかなかったらしい。
目に見える範囲では、任意に木の槍を生やせる。
目に見えない所では、自動の槍の罠を仕掛けている。
七花の予想は、どうやら当たっているようであった。
その結果が、鬼の敗北である。
おそらくは、最初の前蹴りが当てるつもりも無かったと気づいていなかったに違いない。
待ち伏せているからには己の周囲に防御の備えがあると予想していれば、突然現れた壁を足場にして後ろに飛び交える事も七花には出来た。
攻撃が通らぬふりをして逃げ、鬼の死角を増やすように血鬼術を乱発させた。
後は隙を見て、弾いた槍を契機に七花自身の足場ーー血鬼術で生まれた木の槍を跳ね昇り一撃を決めればいい。
杜若の構えは、縦の動きを自在に操る。
それは平面的な限りでなく、立体的な動きも可能とする。
昇りつめた末に天井を足場にして放たれたのは、前方三回転かかと落とし。
天井に大きな亀裂を生むほどの
狼が花を散らすが如き、その技の名前はーー。
「ーー虚刀流七の奥義、
それが断頭斧のように、鬼の頸を落とした。
「い、嫌だ。死にたくーー」
「じゃあな」
散り際の一言も許さなかった。
七花は落とした首に容赦なく手刀を振り、鬼の頭を真っ二つに割った。
完全にとどめをさした証か、血鬼術で出来た木の空間は消滅し、あとは静かな森が残された。
先ほどよりもくっきりと見える月夜から、七花の鎹鴉が飛び込んでくる。
先ほどの木の槍を思わせる勢いで飛び込んできた鴉を除けて足を捕まえると、付近に待機させている隠を呼ぶように言いつけ、手を離した。
待機させていた隠が来るまでの間、七花は十名の隊士たちの隊服を破るなどして包帯擬きを作り、血止めの応急処置を施すことにした。
十名のうち、かろうじて半数は息があった。後は人事を尽くして天命を待つのみである。
「鑢さま、申し訳ありません」
「言ってる暇があったら身体を休めろよ」
安堵の涙をこぼす者もいた。脅威は去ったとはいえ、気を緩めてぽっくり逝かれては困ると七花は口にしながら、手当てを施していく。
そして隠たちがほどなく現れ、現場は慌ただしくなった。
七花に出来る事は何も無いため、上位の隠に最低限の引き継ぎを行ってから去る事にした。
そして夜通し走って帰り、ゆかりの屋敷で休んだ翌日。
鬼殺隊の本部へと、七花は呼ばれる事となった。
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鬼殺隊の人員は、十の階級を与えられ、その階位に応じた難易度の任務に就く。
だが、功績を認められた者ーー例えば十二鬼月を討伐した者ーーは、十ある階級の最上位である
それこそが柱。鬼殺隊最上位の隊士にして、最強の剣士である。
七花は、対面する男ーー産屋敷耀哉から、柱の説明を受けていた。
場所は産屋敷家の邸宅、鬼殺隊の本部である屋敷の一室である。
そこにいるのは、鬼殺隊の当主である耀哉と、七花だけである。
先の功を以て七花を柱とするならば、顔見せも兼ねた柱合会議に彼を呼ぶ筈である。
それを考えれば、二人きりというのは異常ともいえた。
「十二鬼月を倒してくれてありがとう。おかげで多くの人が救われる」
「…いや、いえ恐縮です」
「無理して敬語で話さなくても構わないよ」
そんなやり取りの後に、耀哉は要件を切り出した。
「今日、七花に来てもらったのは、柱のことだ。できることなら柱となって鬼殺隊を支えてほしいのだけれどーー」
ーー七花は柱にならない方がいいと、私は思っている。
七花は、その言葉に怪訝な顔をする。
先ほどの説明と矛盾するのではないかと。
「七花は、
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それから七花は、柱を除いた最上位ーー甲の位をもつ隊士の一人として、産屋敷ゆかりの裁量によって与えられた任務を熟す日々を送る。
盲目の巨漢が、岩柱となった。
抜け忍の男が、音柱となった。
寡黙な青年が、水柱となった。
可憐な少女が、花柱となった。
その間、多くの人間が柱となった。
だが彼は、鬼狩りとなってから現役の間、鬼殺隊の柱になる事はなかったという。
■こそこそ噂話
下弦之肆の設定は下記の通りです。
名前:
血鬼術:樹木操作
名前の由来:能力の下準備として、己の血肉で作られた種子を撒く必要がある。
その種子が零余子のようであるから。
※血鬼術の設定は本作独自の為、タグとして独自設定を追加いたしました。