鑢の呼吸、無刀の鬼狩り   作:磯野 若二

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第肆話 産屋敷家と虚刀流

実は、七花とゆかりは、同じ屋根の下で暮らす日は、そう多くない。

 

 

七花は柱でなくても多忙であり、任務に次ぐ任務で数日は家を空ける事が多い。

 

ゆかりはそもそも、産屋敷家の人間としての役目がある為に本邸に住んだ方が都合がよく、七花が任務で帰れない事が分かれば、そちらで寝起きした方が良いし実際にそうしている。

 

 

わざわざ隠の手を借りてまで別邸で二人で暮らす事は不便が多い。

 

 

しかしこれは、ゆかり達の父である九十六代目当主の親心である事。

柱並みの実力を持つ七花の心身の状態を最高に保つ意味合いも大きい。

 

 

逆に言えば、七花とゆかりが顔を合わすのは別邸である事が殆どであり、それ以外の場での邂逅は皆無と言えた。

 

これは、そんな例外とも言える時。

 

七花が鬼狩りとなってから約八年後。

 

鬼殺隊本部ーー産屋敷家の本邸での出来事である。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

その日、柱合会議が行われる庭とは別の、小さな庭の縁側にて。

七花は大きな身体を深く落とし、うなだれていた。

 

 

彼に向かって、上品ながらも駆けるように近づく足音があった。

 

そちらに顔を向けた七花は、距離が離れていても分かるほどに怒った表情をしている、ゆかりの姿を見た。

 

 

「ゆかり、俺・・・」

 

「七花。こたびは大層な失態だったな! どう挽回するつもりだ」

 

「・・・。」

 

 

柱合会議で七花が呼ばれた件について、七花は何を言葉を返す事が出来ない。

 

そのままゆっくりと近づくゆかり。一尺もないほどまでに歩み寄った彼女は大きく手を振り上げーー優しくぽんと七花の頭を叩いた。

 

 

「これでこの件の叱責は終わりだ。自分を責めるのを止めよ」

 

 

そう言って、慰めるように七花の横へと腰を下ろした。

 

 

七花が呼ばれた訳。

それは、上弦之弐と遭遇し、花柱ーー胡蝶カナエが殉死した事についてだった。

 

 

事の詳細は数日前、夜明けに近い夜中の市街地。

そこで花柱の胡蝶カナエ、その継子である胡蝶しのぶは上弦之弐と会敵した。

 

 

その鬼は異質だった。

頭から血を被ったような髪色。左眼に上弦、右眼に弐と刻まれた大柄な青年の姿。

にこにこと屈託なく笑い、穏やかな口調で話すさまだけは常人に見えるが、事切れた女を食いながらである事を踏まえれば、その悍ましさが更に増すであろう異常さだった。

 

 

生き残った胡蝶しのぶの言によれば、その鬼は対の鉄扇を得物としており、花柱であるカナエの攻撃を余裕そうに往なしながら戦っていたという。

 

 

七花が居合わせたのは偶然だった。

別の任務の帰りに戦闘の気配を感じ、向かった先で花柱と合流した。

 

柱ほどの実力者が二対一で戦っても、その鬼の顔色が変わる事はなく、笑みを崩さないまま彼らの攻撃を捌き続けた。

まるで鬼殺の剣士が、どのような攻撃をするのか、それを観察するように、その目は冷え切っていた。

 

 

そして明け方近くになると、戦いは呆気なく終わった。

 

七花は、先ほどとは大きく異なる速度の攻撃を受け、建物を倒壊させながら吹き飛ばされた。

 

そして花柱は、しのぶの目の前で血を吹き出し、倒れ伏した。

 

 

鬼の鉄扇に花柱の血が付着していた事から、それで斬られたのだろうと後から察した。

 

血鬼術らしい技を使うまでもなく、ただの身体能力だけで二人を圧倒してみせた鬼は、日の出前に忽然と姿を消したのだった。

 

 

七花が五体満足だったのは、偶然だった。

 

回避よりの防御を意識した型ーー六の構え・鬼灯であった為に、鉄扇の一振りを防ぐ事が出来た。

 

だがその代償に、七花の手甲は綺麗に割られ、噴き出す程に溢れる血を流すほどの切り傷を負った。

 

 

七花は傷が程ほどに癒えたのち、柱合会議に召し寄せられ、改めて報告する事となったのである。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

柱たちの認識として、上弦の鬼は柱三人分に匹敵するという。

 

百年ほど前に、当時の柱達が上弦の鬼と会敵し、相打ちとなりながらも討伐した記録からの憶測である。

 

故に、柱並みの実力者が二人と継子一人では力不足であり、負ける可能性が高い事は明らかであった。

 

それを踏まえれば、僅かながらも上弦之弐の情報を得、二人生還できた事は不幸中の幸いと言えない事もない。

 

 

その事から、柱合会議にて七花に罰が下った事はない。

 

だが、七花はこの件で大きく悩んでいた。

 

 

「あの鬼はさ、姉ちゃんにどっか似てるんだよ」

 

七実(ななみ)にか?」

 

「ああ。あの実力といい、戦い方といい、姉ちゃんを思い出す」

 

 

ここで言う姉とは、前世の七花の姉である鑢七実を指す。

彼女は、日本最強の存在だった。

 

初見の相手の技を再現する事が出来る観察眼を持っていた。

 

それは武芸だけでなく超常の技ーー爪を刃のように硬化して伸ばす忍法や、海や雪原を沈む事なく歩いて渡り重さを消す忍法ーーすらも再現する事ができた。

 

おそらく、全集中の呼吸・常中すらも、見様見真似で習得すると断言できるほどに精度が高い。

 

それだけが最強たる所以ではないが、実力としては、その姉を思いださずには居られないほどの強敵だった。

 

 

二人の前世にて、彼女は刀集めの壁として立ちふさがり、弱点である病弱さ、とがめの奇策と七花の新たな奥義を駆使して辛くも勝利を収める事ができた。

 

 

だが、上弦之弐はどうであろうか。

 

血鬼術も見せない其の実力は測る事が出来ず、七実の弱点である病弱さとは無縁であり、前世で見せたとがめの奇策ーー暗闇を作り出し明暗差による瞬きほどの隙を突く戦法が、闇夜で生きる鬼に通用する事はないだろう。奥義を含めた七花の技を見られた事も痛い。

 

 

七花は今世にて、鬼狩りとして多くの実践経験を積み、身体を鍛え上げてきた。

 

前世の自分より強くなった自負はある。だが、前世の姉との実力を埋めたとは断言できない。

 

そんな七花が、この先相手取る可能性もある上弦の鬼について、悩みや後悔といった気持ちを募らせる事も無理は無かった。

 

 

「安心せよ、と言えないのが心苦しいではあるが、策はある」

 

 

と、ゆかりは述べた。

 

 

「戦闘を見ていない私が言えた義理ではないが、その鬼に付け入る隙は存在するように思う」

 

 

ーーそなたは私の刀だ。振るうは私。

そなたは己が名刀である自負をもってくれれば、所有者として心強い事はないーー。

 

 

と、ゆかりは己の言葉が空元気ゆえの物である事を自覚しながらも、七花に前を向いてほしく言葉を紡いだ。

 

 

「・・・そうだよな。あんたの刀として、俺は立ち止まっちゃあいけないよな」

 

 

と七花は立ち上がり、ゆかりを見下ろした。

 

 

「やっぱりゆかりは、最高の女だな」

 

「言わずとも知れた事よ。惚れ直したか?」

 

「ああ。ただしその頃にはあんたは八つ裂きになっているだろうけどな」

 

「ちぇりお!」

 

 

座ったゆかりに、脛を殴られる七花。

いつもの調子を取り戻しつつある事に安堵したゆかりの耳に、幼い子供の声が聞こえた。

 

 

「ねえ、七花叔父様(おじさま)がいらっしゃるのだから、早くしないと遊んでもらえないじゃない」

 

「叔父様は忙しいし、叔母様(おばさま)とお話しされているし、邪魔をしては駄目だよ、くいな」

 

「本当はお兄様も遊んでほしい癖に我慢しちゃって。じゃあ私だけ行ってくる!」

 

「ああ、待ってよ! 僕も挨拶しにいくから」

 

 

そういって、現れたのは、産屋敷家当主の娘ーー三女くいなと、当主の息子でありくいなの兄である輝利哉(きりや)だった。

 

 

「ごめんあそばせ、叔母様、叔父様。ご挨拶がしたく参りました」

 

「お話中、失礼いたします。久しぶり故にご挨拶したく、参りました」

 

「邪魔などしておらぬぞ、輝利哉、くいな。顔を見せてくれて嬉しいよ」

 

「おう、久しぶりだなあ。まだおっきくなったんじゃないか」

 

 

七花はそう言って、乱暴にならぬよう気をつけながら、甥と姪を抱き上げ、両肩にそれぞれ乗せた。

 

 

二十歳を超えて成長は止まったとはいえ、七花の背丈は六尺八寸(約二○四センチメートル)あり、肩幅もそれなりに大きい。

 

四歳と三歳になる子どもたちを乗せるのに、何の不都合も無かった。

 

 

「きゃあ高い!」

 

「ぼ、僕はもう大丈夫ですよ! そんな歳じゃありません!」

 

「お前たち肩車好きだったじゃないか、遠慮するなよ」

 

 

と七花は、子どもたち二人が落ちぬよう腕を伸ばし支えながら、ゆっくりと小さな庭を歩いて回った。

 

七花の身長は、岩柱ーー悲鳴嶼行瞑よりは小さいが、次いで高い音柱ーー宇随天元よりも高い。

 

大きく筋肉がついていない為に細く見えるが頼りない訳はなく、やんちゃな性格のくいなは安心して大はしゃぎで、輝利哉も楽しんでいった。

 

 

産屋敷家は代々短命の一族である。それ故に当主たる父が子どもたちを厳しく躾ける。

 

無論、遊ぶ時間もあるが、たまに会う大きな叔父と会えば、こうして肩車してもらうのを、二人をはじめ其の姉二人も楽しみにしていた(末妹のかなたは大人しい性格の為か肩車は怖がる)

 

 

そんな様子を、ゆかりは温かい目で見ながらも考え事をしていた。

 

 

鬼殺隊の目的は、鬼を滅する事。だが、それに近づいている実感は微塵もない。

 

 

鬼殺隊の剣士が鬼を殺す事は、被害が出た後にある。

そして、五体満足のまま鬼を討伐する事が出来るとは言えず、敗れてしまい命を落とす事も珍しくはない。

 

 

産屋敷家の当主は皆、自身が地獄に落ちると覚悟し、鬼殺隊を指揮してきた。

 

最終選別により、子どもたちを鬼の手で殺させてしまう事を続けてきた。

心技体に優れた剣士を選別するために。

 

 

最終選別の場である藤襲山は藤の花に覆われているいるが絶壁に阻まれている訳ではない為、剣士にならず隠になるための棄権を認めている。

 

鬼殺の剣士を志す者は、鬼に身内を殺された復讐心から心身を鍛え、己と同じ悲しみを無辜の人々に味わせたくない思いから刀をとる。命を殉ずる覚悟を持っている。

 

 

それは、産屋敷の罪を消す材料には決してならない。

 

 

だからこそ歴代の当主たち、鬼殺の剣士たちは戦ってきた。

繋いできた命のために、積み重なる無念を晴らす為に。責任をもって。

 

 

ゆかりも、その思いを宿している。地獄に落ちる覚悟がある。

それと同時に、次代ーー目の前で無邪気に笑う子供たちに、責を負わせたくない思いが募る。

 

 

七花とともに考えた事がある。

なぜ自分たちは、この世界に生まれ変わったのだろうと。

 

 

原因は分からない。だが、理由は思い当たるものがある。

 

 

どうか、大切な人が幸せにいられるように。

理不尽な力が脅かされないように。

 

 

だからこそ、異質な自分たちは生まれ変わり、その力を発揮するため生きているのだと。

 

理論も何もない、それこそ荒唐無稽な話だけれども。

子どもを授かる事の出来ない病弱な身体だろうと関係なく、精一杯、命を懸けて鬼を滅せねば。

 

ゆかりは子どもたちと七花を見て、重ねて思うのであった。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

花柱の殉死を契機として、柱合会議にて鬼殺隊当主より一つの提案がなされた。

 

それは、柱同士が一対一で剣を合わせる組打稽古(くみうちげいこ)

 

七花の報告を合わせ検討され、ゆかりから輝哉より打ち上げられたそれは、多忙な柱達の状況を鑑みて半年に一度の柱合会議と同時に行われる事となる。

 

本来は柱しか参加できない其れに、柱でない鑢七花も参加する事に不満を持つ柱もいたが、実力を目の当たりにして口を噤んだ。

 

しかし異議として申し立てられる事はなく此の提案は可決される事となった。

 

()()()()()において炎柱ーー煉獄杏寿郎が上弦之参との闘いの結末に変化が生じたのは、鑢七花と炎柱による組打稽古が一因であるが、それを輝哉が予期していたかは誰にも分からない。




■こそこそ噂話
七花について
身長:二○四センチメートル
体重:九二キログラム ※原作だと二十貫(約七五キロ)でしたが、BMI的に細すぎる為、増量しています。
趣味:鍛錬、稼いだ給料でゆかりに貢ぐ事

ゆかりについて
身長:一四四センチメートル
体重:三二キログラム ※原作だと八貫三斤(約三二キロ)でBMI的に細すぎと思いますが、病弱のため特に変化なし。
趣味:悪巧み、七花をからかう事(七花からの反撃も含め楽しんでいる)

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