時は明治から大正へと移り変わった頃。
鑢七花、二十五歳。彼が鬼狩りとなってから十二年後、鬼殺隊の歴史は大きく動く事となる。
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炎柱と上弦之参の衝突から四カ月後、蟲柱が
ちょっとした諍いがあった。
「放してください! 私はともかく、この子はーー」
「うるせえな、黙っとけ」
蝶屋敷に所属している鬼殺の剣士ーー神崎アオイと、鬼殺の剣士ではないが蝶屋敷で働くおさげ髪の少女ーー高田なほが、身長が七尺近い筋骨隆々の大男に連れ去られようとしていた。
腕に一人ずつ少女を抱えて屋敷を出ようとする大男に、蝶屋敷で働く他の少女達が群がるように大男を止めにかかる。
任務の帰りに立ち寄った少年ーー竈門炭治郎は、少女たちから恐怖の匂いを感じ取り、大男から少女たちを助けようと飛びかかった。
「女の子に何をしてるんだ! 手を放せ!」
手荒い態度で強引にアオイ達を連れ去ろうとする男に、炭治郎は頭突きを食らわせようと突撃するが、音もなく躱される。
ここで炭治郎はようやく、相手が誰かを確認した。
袖の切り落とされた鬼殺隊の隊服を纏い、じゃらじゃらと飾りを身に着け、戦化粧を施した派手な男。
半年近く前、炭治郎が柱合会議で見かけた鬼殺隊の柱の一人ーー音柱・
「アオイさん達を放せ! この人さらい!」
「俺は任務で女の隊員が要るから、こいつらを連れていくんだよ!
継子じゃねえ奴は胡蝶に許可とる必要もない!!」
「なほちゃんは隊員じゃないです! 隊服着てないでしょ!」
蝶屋敷で働く少女の一人、おかっぱ頭の寺内きよの言葉に、じゃあいらねとばかりに、音柱はなほを炭治郎たちの方へ放りなげた。
危なげなく彼女を抱きとめた炭治郎は、怒りを露わに音柱へと啖呵を切る。
神崎アオイは鬼殺隊の隊員である事は間違いない。
家族を鬼に殺され鬼殺隊の最終選別を突破できたが、自身の意思とは裏腹に、鬼に対し恐怖から立ち向かう事が出来ず、己を恥じ責めていた。
それでも自身に精一杯できる事があるなら、と蝶屋敷で一生懸命に働く姿を知っている炭治郎からすれば、看過できる事ではない。
無神経にもほどがあると憤っていた。
「アオイさん達の代わりに
そう炭治郎が言い切る前には既に、彼の仲間が宇随を囲んでいた。
「アアアアアアアアオイちゃんを放してもらおうか」
柱の左側の竹垣に、大男にびびりながらも立つ黄色い髪の少年ーー
「俺は力が有り余っている! 行ってやってもいいぜ!」
柱の右側の竹垣で構える猪頭巾の少年ーー
頼りになる炭治郎の仲間たちが、無頼の輩に見える柱に立ち塞がった。
だが宇随はそれに臆する事もなく一瞥し、彼らの言葉を切って捨てた。
「だいたい、
柱の継子としての役目も考えてねえどころか、そもそも煉獄はこの事を知ってんのか?」
それでも無理やり連れていくのは許せないと言い募ろうとした炭治郎たちの所に、一匹の鴉が舞い降りた。
黒い羽に一筋の銀羽が目立つ鴉。
それは、階級
その鴉より、宇随に向けて言葉が放たれる。
「御館様ヨリ提言アリ!
竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助ヲ任務二同行サセヨ。
コノ件ハ炎柱・煉獄杏寿郎モ許可シテイル!」
その言葉を以て、あっさりと宇随は抱えていたアオイを返し、炭治郎たちを任務に連れていく事を了承し、連れだって出発する事となった。
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音柱、炎柱の継子たちが合流し任務に向かった事を、七花は帰って来た鎹鴉より報告を受けた。
正確には、御館様や炎柱に掛け合って本件をまとめたゆかりが、その報告を受け取っていた。
連続任務を終え休息を取る七花は、甥や姪に仕事をある程度引き継ぎ暇を持つ事のできたゆかりの膝枕に寝そべりながら、口を開いた。
「なあ、俺が増援に行った方がよくないか?」
「言ったであろう。宇随の任務は鬼の捜索が大きな課題となる。
そなただと目立って調査に支障が出る。それに、竈門炭治郎が大切な役割を果たすとな」
「竈門炭治郎、ねえ」
七花は拗ねたように、ゆかりの膝上で寝がえりをうつ。
「そうむくれるな。そなたが鬼殺隊に大きく貢献している事は、誰もが知っている」
ゆかりがこの十年、七花に背負わせた役目は二つ。
一つは、鬼殺隊の戦力維持向上を目的とした、討鬼への援護及び撃破。
七花が鬼殺隊に入隊する前より、剣士の質は徐々に低下していた。
これは志の低い隊員が増加したというより、若い芽が成長しきる前に刈られ続けてきた為だ。
鬼殺の剣士になる為には厳しい修行に耐え、最終選別を突破しなければならない。
そもそも訓練を満了できる資質をもつ者は多くはなく、最終選別により其の数は更に減る。
そして任務により、命を落とす者が多くいた。
産屋敷家では、藤の花の家紋を掲げる家を筆頭に、多くの情報網から鬼の行方や推定される強さを測り、それを任せられる階級の隊士を派遣し、鬼を討つ作戦を取っていた。
だが、鬼が出たという事は即ち被害が出た後ーー鬼が人を食らい強くなっている証。
電信技術が日本に普及して久しく其の情報伝達力は素晴らしいものだが、それすら凌駕する頻度で鬼が人を食らい、想定外の力を備え、鬼殺隊士たちを屠る事もある。
また、一番の要因としては血鬼術の厄介さがあるだろう。
七花が討伐した鬼の一例として、笛の音で神経を狂わせ、血鬼術による狼で相手を襲う鬼がいた。
勘働きで笛の音が届く前に耳を塞いだ七花が、足刀で血鬼術の狼と異能の鬼を切り捨てた事で早期に決着がついたが、一般の隊士では初見殺しの血鬼術を前にしては、どうしようもない事もあるのだ。
故に七花は、言葉通り日本中を駆け回り、隊士たちの援け、手に負えない鬼を討伐してきた。
前世の七花がそうであったように、実戦を経て大きく実力を伸ばす事が多々ある。
たとえ七花に助けられたとしても其れを枷とする事はなく、戦いを糧に成長する隊士が多かった。
それもあってか、半年近く前の那田蜘蛛山の戦いでは、派遣した隊士の一党が散り散りになるという危機はあったものの、柱が応援に来るまでに持ちこたえ、生き残る剣士も大勢いた。
「だけどよ、肝心の無惨を発見したのは俺じゃないし」
ゆかりが七花に任せた役目の最後が、鬼舞辻無惨の捜索である。
鬼舞辻無惨の手を介してのみ、鬼は一様に人から化け物へと変えられている。
産屋敷家の見解はそうであった。
狂犬病が感染するように、鬼に咬まれ手傷を負いながらも生き延びた者が、鬼になったという例はない。
鬼となった者の素性を出来る限り調べてみても、共通する項目はなく、それこそ老若男女問わず鬼となっている。
過去の記録も参照し、鬼舞辻無惨を探し出し討伐すれば、鬼の被害は止まるであろう。
その為、鬼殺の剣士の中で最も身軽であり、無尽蔵の体力を持ち、柱に匹敵する実力をもつ七花を遣わせていた。
だが鬼舞辻無惨の居場所や正体を掴む事は出来ず十年。
今年に鬼殺の剣士となった竈門炭治郎の手により、鬼舞辻無惨の尻尾をとらえる事に成功したのである。
「鬼舞辻無惨は鬼の始祖だ。あの多様な血鬼術をもつ鬼たちを考えれば、是非もない」
と、慰めか謝罪か分からぬ気持ちで、ゆかりは七花の頭を撫でる。
ゆかりと七花は、血鬼術の恐ろしさを知っている。
あれは前世で相対した忍びの頭領たちに匹敵するほどに危険だと。
前世の刀集めの旅。十二本の刀を蒐集する中で出会った忍たちは、人の身でありながら、おそろしい能力を有していた。
四尺ほどの女子どもから七尺近い大男まで、姿形や顔、声や仕草まで自在に変える事の出来る忍がいた。
鉄鎖に刀を繋げただけの武器で、一つの関を完膚鳴きまでに破壊する忍がいた。
物体の残留思念を読み取る事の出来る忍がいた。
他者の身体を乗っ取り、何百年も生きてきた忍がいた。
そして、自身の身体に別の人間の身体をつなげ、忍法含め其の人間の能力を自分のものとする忍がいた。
どの能力も脅威であり、忍法という名ながらも血鬼術に近いほどに非常識な力ばかりだった。
「竈門炭治郎の報告によれば、鬼舞辻無惨は人に化けて人に溶け込んでいたという。
それに、己の情報が洩れぬよう、遠隔操作で鬼どもを自決させる事が出来るのだ。」
追う者たちにとって、これほど厄介なものはない、とゆかりは呟く。
「だが鬼舞辻無惨の影を見つける事が出来た。おそらく、年内にも大きな動きが現れるに違いない。そなたの働きもようやく報われるというものだ」
「だけど、とがめ」
と、七花は外の方へと向けていた顔を正面に戻し、ゆかりの顔を真正面から見つめ、髪に、そして頬に手をやった。
綺麗だった。
初めて出会った時は人形のような、美しくも作り物のような印象の少女だった。
七花と出会ってから年々美しさを増し、日本一の美女だと臆面なく言える女性へと成長した。
床へと垂れた髪は絹のような艶やかさがあった。
だがそれは、光の加減によっては燃え尽きた灰の色のようにも見えた。
そして其の顔色は、前世が見慣れた姉の顔色ーー死病に侵され、明日枯れるかもしれない者のそれだった。
成人を境にゆかりの体調は悪化し、今では家政婦の手を借りねば日常生活に支障をきたすほどに病は進行している。
「案ずるな、七花」
言わんとしている事を悟り、ゆかりは微笑みを返した。
「必ず、私たちの悲願は果たされる。それを喜んでくれると、ありがたい」
そういって、互いの熱を確かめるように、ゆかりは唇を七花のそれに合わせた。
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そして鬼殺隊に吉報が巡った。
音柱・宇随天元。
階級
そして、竈門禰豆子。
彼らを中心とした活躍により、上弦之陸を撃破。
味方側は重傷なれど、後遺症無く復帰可能。
犠牲なく上弦の鬼を討伐したことにより、鬼殺隊は新たな局面を迎える事となる。
■こそこそ噂話
ーー遊郭潜入前、藤の花の家紋の家にて
「宇随さん、あの鎹鴉は鑢さんのものですが」
「ああ、そうだが」
「どうやって煉獄さんや御館様に話をつけてくれたのでしょう。
俺たちが宇随さんに会う事を想定してたんですか?」
「あれは鑢の野郎より、ゆかり様の慧眼や采配によるものだろうよ」
「ゆかり様、とは」
「お館様の妹君で、鑢の奥さんだよ」
「宇随さんって、鑢さんて人への態度が悪いっすね」
「あいつは無礼な奴だからな。俺に向かって"もっと鎖とか巻き付けないと忍ぽくなくて地味"とかぬかしやがって」
「いや、鎖を巻き付けてる忍なんている訳ないでしょ・・・」
「(伊之助、茶菓子を頬張っている最中)」