鑢の呼吸、無刀の鬼狩り   作:磯野 若二

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最終話 鑢の呼吸、虚刀の鬼狩り

鬼殺隊新本部となった屋敷の一角には、()()()()()()の輝利哉と、その姉妹全員が詰めていた。

 

協力者の鬼・愈史郎の血鬼術により、彼の血鬼術の札を身に着けた(かすがい)(がらす)と、視界や音が共有可能となった。

無惨の隠れ家である無限城の内部を、遠方の鬼殺隊本部から覗き見ることができる。

これにより、高さも奥行きも果て無く続く無限城の内部を地図に書き起こし、各隊士や鬼たちの居場所を把握。

鬼の真祖、鬼舞辻無惨を討つための助けとなるよう働いていた。

 

そんな中、ふいに一人の手が止まる。

産屋敷耀哉の四女、くいな。

彼女たちの父母は今夜、鬼舞辻無惨を討つために命を落とした。

そして、同じく愛していた叔母も。

 

この日が来る事は覚悟していた。

悲しみを理由に立ち止まっている暇は無いと分かっている。

理性とは裏腹に胸の痛みが鎮まることはなく、呼吸するたび燃え上がるように心を苛んだ。

 

この地図作成の技能にしても、空間認識能力に優れ地図作りが得意な叔母の直伝。

ゆかりとの授業、遊んでもらった記憶。

ふいに()()が脳裏に蘇り、涙が零れ落ちてしまう。

 

 

家族の思い出が止めどなく溢れ、胸の痛みがさらに酷くなった。

 

 

「くいな」

 

 

と、動けないくいなの手に、誰かの手が添えられた。

はっと手の伸びる方を見やれば、右隣には彼女の姉ーー長女ひなたが寄り添っていた。

人形のように整った顔にはーー家族にしか分からないーー押し隠した悲しみとくいなを心配する感情が見えた。

 

それは一瞬のことだったのだろう。

 

いつの間にか、ひなたは自席に戻って地図を書き、次々と来る情報を整理しお館様(輝利哉)に報告していた。

しかし冷たかったくいなの手には、ひなたの暖かさが残っている。

かなたは姉の優しさに涙を(こら)えながら、再び筆を動かし作業に戻る。

 

一人で戦っているのでは無い。

 

血を流しながらも鬼たちと戦う隊士たちがいる。

その陰で懸命に働いている者がいる。

一丸となって鬼殺隊の無事と勝利を願う者たちがいる。

そして、鬼を滅し人々を守るために命を賭した者たちがいる。

 

改めて思い出せばこそ、身体が自然と、()すべき事を為していた。

 

 

時刻は丑三つ時。戦況は佳境を迎えている。

 

 

新上弦之陸、撃破。

討伐者一名。

階級甲・我妻善逸。

当人は重症により一時戦線離脱。

 

 

上弦之参、撃破。

討伐者二名。

水柱・富岡義勇、階級甲・竈門炭治郎。

当人らは重症により治療優先。応急手当の後、無惨討伐に参戦。

 

 

上弦之弍、撃破。

討伐者二名。

蟲柱・胡蝶しのぶ、階級甲・鑢七花。

階級甲・嘴平伊之助、階級丙・栗花落カナヲと合流し無惨討伐に参戦。

 

 

上弦之壱、撃破。

討伐者五名。

岩柱・悲鳴嶼行冥、風柱・不死川実弥、炎柱・煉獄杏寿郎、霞柱・時透無一郎、階級丁・不死川玄弥。

 

時透無一郎と不死川玄弥は治療のため一時戦線離脱。

悲鳴嶼行冥、不死川実弥、煉獄杏寿郎は無惨討伐に参戦。

 

柱たちが集結し、鬼舞辻無惨を討とうと刀を振るっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

鬼舞辻無惨は、千年生きてきた中でも最大の苛立ちを感じていた。

 

無惨の計画に綻びが生じたのは、鬼殺隊本部である産屋敷家の本邸を見つけ出し、当主を殺そうと乗り込んだ先での事。

 

無惨は、太陽を克服した鬼・禰豆子の居場所を知るために、鬼殺隊当主を吸収し記憶を読み取り場所を探ろうと考えていた。

 

本部にいたのは瀕死の当主とその妻。そして当主と同じく死にかけの女。

己を散々邪魔してきた鬼殺隊の当主が弱りきった病人である事に、驚き、憐れみ、見下しながらも、自身の目的を果たそうと無惨は鬼殺隊当主に近づいた。

 

だが、聞くつもりの無い当主の言葉に耳を傾けてしまい。

その妻や当主の妹の言動や演技に謀られ、屋敷に仕掛けられた罠に気づけず。

当主の目論見通りに罠に嵌り、謎の血鬼術による血肉の杭の足止めを受け、裏切り者の鬼・珠世の特攻により彼女謹製の人間化薬を食らう羽目になった。

 

無惨を脆弱な存在(人間)に戻そうとする毒薬を分解するため、無限城に籠ったはいいが解毒の際に体力を大きく消耗。

回復を図るため、無惨に近づいてきた鬼殺隊士を捕食しようとしたが、柱ーー筋骨隆々の二刀流の剣士ーーに阻まれ、それも叶わなかった。

 

その柱は無惨に傷をつけるほどの剣才は無かった。

しかし素敏(すばしっこ)い動きで撹乱し、苦無や爆薬などの狡い小細工を用いて弱い隊士たちが逃げる時間を稼いでいた。

それだけでなく、他の柱たちが到着するまでの時間、一人で無惨の足止めをしていた。

 

毒使いの柱。

無刀の鬼狩り。

目敏い少女剣士。

二刀流の猪頭。

 

次々に現れる鬼狩りたちが、無惨の攻撃を蠅のように掻い潜り、効きもしない斬撃を与えてくる。

殺傷範囲にいるのに殺害できない。

その苛立ちが徐々に、無惨から冷静さを失わせていた。

 

そして猗窩座を倒した柱と、一番の誤算である耳飾りの鬼狩りが戦いに加わった。

耳飾りの剣士は日の呼吸を使い(こな)すまでに成長していた。

忌々しい縁壱(ばけもの)には劣るものの、柱に近い実力を以て無惨を斬り体力を奪い続ける。

 

用意した数合わせの雑魚鬼も全て討ち取られ、上弦の鬼すら討伐された。

 

それだけでなく、異常な髪色の柱や縞羽織の柱も参戦したことで、それらを降した筈の鬼ーー無限城を司る新上弦之肆・鳴女ーーが敵の支配下に置かれている事を知る。

 

 

感覚を共有する無惨に対し、呪いにより偽る事ができない配下の鬼から、虚報が流された。

敵の操り人形になったのならば、無限城を操り無惨を陽の下に投げ出す事も可能だろう。

無限城は難攻不落の城ではなく、砂上の楼閣と言える不安定な物へと成り果てた。

 

ゆえに、珠世の作ったであろう鬼に支配された鳴女を処分せざるをえず、結果として無限城は崩壊。

月が照らす街中に転移した両者は、互いに心身を磨り減らす消耗戦を続けた。

 

 

無惨の腕が、片腕三丈(さんじょう)を超えて伸び、柱たちを襲う。

腕は鋭利な鉤爪が満遍なく生えており、返しの付いたそれは肉を切り裂くだけでなく、傷口をずたずたにしながら肉を抉るだろう。

 

それだけでなく、体表全面に不規則多数にある口は瞬間的に多量の空気を吸排し、対する者を引き寄せ押し崩す。

 

たとえ無惨の腕を掻い潜れたとしても、その先には、背中から九本、太腿から各四本の計十七本の細い管がうねり、接近した者を切り刻もうとする。

 

高速の生体鞭二種と、体勢を崩す不可視の風。

 

それらに晒されながらも、鬼殺隊の柱たちは間一髪の距離で避け、攻撃を続けていた。

 

 

「吸息したぞ! 派手に動け!」

 

 

観察眼に優れた二刀の剣士ーー音柱・宇随天元の言葉に、ぎりぎりで柱たちは攻撃を凌ぐ。

 

水柱・冨岡義勇の剣は無惨の攻撃を全てなぎ払い、岩柱・悲鳴嶼行冥の技は間合いの広い技を以て自身を守り、崩れつつある仲間を庇う。

 

 

風の呼吸・(はち)の型、初烈(しょれつ)風斬(かざき)り。

蟲の呼吸・蜻蛉の舞い、複眼六角。

炎の呼吸・()の型、煉獄(れんごく)

 

 

俊足の柱たちが、一撃離脱の戦法で相手に傷を与える。

 

 

無論、柱たちとて無傷ではない。

 

紙一重で避けねばならぬ事も多々あり、身体中が傷だらけだ。

 

ならびに、無惨の攻撃には、生物にとって猛毒である自身の血が含まれており、(かす)めただけでも致命傷になる。

 

だがそれも、珠世謹製の解毒薬が提供された事で症状が緩和され、戦い続ける事が出来ていた。

 

 

力の及ばない隊士たちは無限城崩壊に巻き込まれた仲間を救う為に奔走し、無惨に一矢報いる事のできる隊士は、協力者・愈史郎の"目くらましの札"を身体に貼り付け、密かに攻撃を与え続けている。

 

 

圧倒的な身体能力を誇る鬼の真祖・鬼舞辻無惨に対し、鬼殺隊は互角以上の戦いを繰り広げられていた。

 

 

象と蟻ほどの戦力差があるはずなのに押されている。

何かがおかしいと無惨が感じた時には、戦況は無惨の不利に傾いていた。

 

彼は当初、自身の異変に気付かなかった。

珠世が無惨に食らわせた人間化薬に隠れ、第二の薬として、無惨を衰えさせる"老化の薬"が混合されており、寿命に換算して一万年近く老いている事に気付けていなかった。

 

 

故に、それに気づいた時、彼は迷わず逃走を選択した。

 

身体を千以上の肉片に分裂して逃れようとするが、第三の薬"分裂阻害"に阻まれ断念。

 

隙を晒すのも構わずに溜めを作り、柱たちに身体中をなます切りにされながらも、最大威力の攻撃ーー体外放電を行った。

 

未知かつ最速最大の一撃を受けて、柱たちは弾き飛ばされ気絶。

"目くらましの札"により姿を隠していた者たちも一網打尽に倒した。

 

余裕があれば、瀕死の鬼狩りたちの息の根を止めたかっただろう。

だが一厘でも死の可能性があるならば、それに固執する理由はない。

 

 

第四の薬”細胞破壊”で予想外に損傷していた事もあり、全力で遁走を図る無惨。

 

 

その背中に、一つの銃弾が撃ち込まれる。

そして打ち込まれた部位から木の幹が生え、無惨を地面に繋ぎ止めた。

 

 

ーー血鬼術・静爛(せいらん)風樹(ふうじゅ)

 

 

それは、無惨と柱たちの決戦場より後方から飛来したもの。

周囲を一望できる高い建物から狙撃をしたのは、風柱・不死川実弥の弟ーー不死川玄弥。

 

鬼を食らう事で一時的に鬼となれる彼は、上弦之壱の一部を食らった事で凶暴化し、今の今まで取り押さえられていた。

だが、無惨の弱体化によって間接的に鬼の狂化が解かれ、戦線に戻る事ができた。

 

しかし、この血鬼術を放てるのは一度きり。

彼の中の鬼の血は薄れてなくなり、人間に戻る。

全集中の呼吸が使えない彼は戦線に立つ事が出来ない。故に。

 

 

「時任さん、後は頼みます」

 

 

悔しさを言葉にのせて託す。体力を消耗していた彼は卒倒した。

それに続くように、戦線に復帰した一人の柱が無惨に相対する。

 

 

霞の呼吸・()の型、移流(いりゅう)()り。

同じく伍の型、霞雲(かうん)の海。

 

流れるような一撃に次いで、高速の細かい連撃が無惨を切り刻む。

 

打ち込まれた木に身体を拘束され、打ち払おうにも体内を蝕む木の根に動きを封じられた無惨は、霞柱・時任無一郎の攻撃を無防備に食らう。

 

赫刀を発動している時透の剣はかなりの痛みを与えたが、無惨は奇しくも斬撃により束縛を逃れた。傷口が開き満身創痍である時任から逃れようとするが、別の追撃が、それを許さない。

 

 

雷の呼吸・(いち)の型、霹靂一閃・神速。

花の呼吸・()の型、(べに)花衣(はなごろも)

蛇の呼吸・参の型、(とぐろ)()め。

恋の呼吸・()の型、懊悩(おうのう)(めぐ)る恋。

獣の呼吸・捌の型、爆裂猛進(ばくれつもうしん)からの(ろく)の牙、乱杭(らんくい)()み。

 

 

岩柱に庇われた者たちがいち早く回復し、攻撃を見舞う。

 

 

二度目の放電を放ち、再び追手を退ける無惨。

それでも、神や仏は許さないとばかりに、三度目の追手が現れる。

 

 

虚刀流最終奥義、七花八裂・改。

そして、日の呼吸・拾参(じゅうさん)の型。

 

 

異端といえる無刀の鬼狩り、鑢七花。

無惨を追い詰めた日の呼吸の再来、竈門炭治郎。

 

連撃の最高峰とも呼べる隙間ない致命打の数々。

それが、弱った無惨に浮き出た古傷ーー数百年前に無惨を追い詰めた日の呼吸の使い手が遺した傷跡ーーに余す事なく叩き込まれる。

 

 

それが最後のひと押しとなったのだろう。

 

無惨は活動を止め、そして差し込む陽の光に、ゆっくりと灼かれて死んだ。

 

誰かの思いを知ることも出来ず、知ろうともせず。

そして誰かに思いを継ぐ事も出来ないままに、無惨はこの世から消えた。

 

ここに、鬼との戦いは集結。

鬼殺隊の勝利をもって、千年を巡る鬼舞辻無惨との因縁は晴らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

夜明けの太陽の下、戦場に残る鬼殺隊の皆は涙を流し、叫びが込み上げる。

だが、これで終わりではない。柱を筆頭とした怪我人の救護に、現場の事後処理など、やるべき事は多々あった。

慌ただしくなる界隈の中で、最初に気づいたのは炭治郎だった。

 

 

「あれ、鑢さんはどこに?」

 

 

激戦で疲労困憊ながらも、炭治郎は一人の鬼狩りの姿を探した。

 

 

彼は炭治郎の恩人の一人だった。

 

煉獄杏寿郎とともに、無限列車の戦いで上弦之参から命を救ってくれた。

 

その縁があって杏寿郎の継子になった際、修練の中で鑢七花の技ーー七花八裂を伝え聞き、それが技を繋ぐ日の呼吸の拾参の型を発見するための手懸りとなった。

 

そして最終決戦では、無惨の放電攻撃から炭治郎を庇ってくれた。

 

鑢七花は鬼殺隊随一の体力を誇ると聞くが、そんな彼でも、最終決戦を経た今では疲労で動けない筈だが、一番近くにいた炭治郎の付近に姿は無かった。

 

薄れる意識の中、隠の後藤の叫び声から、七花が鬼殺隊旧本部へと走り向かっている事を炭治郎は知った。

しかし限界に達しており、どうする事も出来ずに気絶してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

前身傷だらけの半裸の男が、夜明けの街、野原、山の中を走り抜けていった。

 

男ーー鑢七花には、痣が発現している。

痣とは、全集中の呼吸・常中の効果を超えて、寿命を前借りするように身体能力を飛躍させた者の印。

痣を発現させた者は、齢二十五までに死ぬという。

 

そして七花の年齢は、今年で二十五になった。文字通り、一刻の猶予もない。

その中で彼は、愛する者が居た場所で人生を終えたいと考えていた。

 

 

刀は鞘へ。あるべきものは、あるべき人のもとへ。

 

 

そして彼は、爆発によって更地となった産屋敷旧本部ーー鑢ゆかりが命を賭した場所へと辿りついた。

爆薬は屋敷に万弁なく設置されており、当然ながら人が隠れられる場所はどこにも無い。

希望も一縷の望みも何も無い。その事に七花は乾いた笑いが込み上げてきた。

 

ゆかりが以前、言った言葉が頭によみがえる。

私たちは四季崎記紀によって存在しえたのだと。

 

まるで用済みだとばかりに何もない景色を見て、七花はなんともいえず一人で笑うしか出来なかった。

 

 

四季崎記紀とは、前世において、七花ととがめ(ゆかり)が出会い旅をする切っ掛けとなった十二の刀ーー完成形変体刀の製作者である。

 

戦国時代に生まれた彼は、完成形含む千本の刀を打ち、ばら撒いた。

その刀の所有数で国力が決まるとさえ謳われ、実質、戦国を支配していた四季崎記紀。

彼は優れた刀鍛冶であると同時に、占術師の家系に生まれ未来を予知する凄腕の占い師でもあった。

 

予知能力を以て日本という国の滅亡を知った四季崎の一族が、日本滅亡の歴史を改竄(かいざん)する為に生み出した最高傑作が、四季崎記紀という人間だという。

 

 

前世と今世では、日本の歴史に異なる箇所があった。

 

前世において、戦国時代を終結させたのは、四国から日本を治めた旧将軍であった。

今世において、戦国時代を終結させたのは、尾張に生まれた魔王に、後を継いだ太閤だった。

 

前世において、旧将軍なき後、家鳴将軍家が尾張に幕府を開いた。

今世において、太閤なき後、徳川将軍家が江戸に幕府を開き、明治に入り東京へと名を改めた。

 

前世において四季崎記紀という人間が、今世に生きていたという証拠はない。

だが、四季崎家の人間は、確かに今世に生きていたという。

 

 

今世。千年前の平安時代。

 

鬼舞辻無惨の呪いにより無惨の血筋はほぼ断絶し、とある神主の助言により命を長らえた一族が産屋敷家である。

 

その神主の名は四季崎といい、その神主の娘を娶り産屋敷家は生まれた。

つまり産屋敷家の人間には、四季崎の血が流れている。

 

 

今世の四季崎が、前世の四季崎と類似する点はいくつかある。

 

 

四季崎の血を引く産屋敷家当主は、勘働きという形で予知に近い未来を見通せる事。

 

 

産屋敷家の記録によれば、日輪刀の技術は件の神主より伝えられたものである事。

 

刀鍛冶の里のとある家には、燃料を必要とせず、戦国時代に製作されてから三百年以上稼働する六腕の戦闘用絡繰り人形ーー縁壱零式が受け継がれているという。

 

これは前世において戦国時代に四季崎記紀に製作された、太陽電池で稼働する四足四腕の戦闘絡繰り人形ーー完成形変体刀が一本である微刀(びとう)(かんざし)ーーに酷似している。

 

 

同じく刀鍛冶の里では、記憶の遺伝といわれるものが伝わっている。

先祖の記憶が遺伝し、自身が初めて刀を作る時に同じ場面を見た記憶がある、経験した事のない出来事に覚えがある、といった事例が多々あったという。

 

前世において、完成形変体刀が一本ーー毒刀(どくとう)(めっき)ーーは、四季崎記紀の意思を最も強く宿し、担い手の意識を乗っ取り四季崎記紀の人格が復活する事もあった。

意識・経験・記憶の遺伝という点において、肖似(しょうじ)していると言えるのではないか。

 

 

人間に近い知能を持ち人語も話す(かすがい)(がらす)を産屋敷家で育成しているが、前世において動物を介して意思疎通や会話を行う技術が一部で伝わっており、七花もそれを目撃している。

 

四季崎記紀の関与を肯定するには説得力に欠けるが、否定するには(わだかま)りが残るといったところ。

 

 

今世の四季崎が、何を考え鬼殺隊の誕生に寄与したかは不明である。

しかし鬼ーー鬼舞辻無惨が今世の歴史における修正点だとするならば。

四季崎記紀が千本の習作を以て作った最後の刀であり、歴史を改竄するための刀ーー虚刀(きょとう)(やすり)と、その担い手を誕生させたと考えるのは、不自然であろうか。

 

 

そう、戯言としてゆかりが話していた言葉を、七花は思い出す。

 

だが、千年前の四季崎の思惑など知った事ではない。考えるだけ面倒だと七花は思う。

それより七花は、愛する人を偲びたかった。

 

七花の心には、愛する人を失った悲しみや後悔がある。

しかし、愛する人の思いを胸に戦い貫いた武人(かたな)としての達成感もある。

 

自分はあくまで、自分の為に戦った。

愛する女(ゆかり)の願いーー鬼を倒し家族を呪いから解放する事ーーを叶えられた。一人の男としてこれ以上ない愛の証と胸を張ろう。

前世において、呪いともいうべきしがらみで復讐の道を歩んだゆがめを思えばこそ、たとえ独りよがりな自己満足でも、強くそう思う。

 

ーー花たるもの、散るは覚悟の(こころ)あり。

ーー花の最後は見事と思え。

 

己の名前に準えて散り際の一言を考えようとしたが、下手くそなそれに思わず笑いながら、腰を落とす。

 

 

するとふいに、桜の薫りを感じた。

元を辿るように顔を向ければ、そこに懐かしい顔が見えた気がした。

 

 

腰まで伸ばされた白い髪。

小柄な身体を着物で包み、整った顔には気の強そうな瞳が輝く。

 

つい昨日離れたばかりだというのに懐かしく思うのは何故か、七花には分からなかった。

 

 

そのまま薫りに(ひた)るように、七花は目を瞑る。

 

 

ーーたとえ裂かれる時があろうと、それは刹那のことであり。

ーー愛は運命(さだめ)永遠(とわ)に変える。

ーー地獄が永遠(とわ)に続くとしても、ただただ、それに寄り添うのみ。

 

 

七花は疲れもあってか、そのまま静かに意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

時は大正から百年を過ぎた頃。現代と区分される時代の日本にて。

 

本国最高齢を記録した産屋敷(うぶやしき)耀利哉(きりや)の元に取材が来ていた。

 

彼は取材に来た者に対し、舞踊が長寿の秘訣と端的に言った。

取材者は、運動こそが長寿の秘訣と単純に締めた。

 

本当の意味は、産屋敷家だけが知っている。

それは、彼が幼少期に数度見た、舞いのような武の姿。

亡き叔父が世に出し、たった一人のために振るった剣の型。

 

当時は鑢の呼吸と呼ばれたそれは、失伝や未伝の技もあり大きく形を変えたが本来の名前を付け直され、舞踊として産屋敷家や他家に嫁いだ輝利哉の姉妹を通じて伝わっている。

 

虚しい刀の流れと書いて、虚刀流。

 

唯一無二の真実であり絶対であるものが歴史ならば。

人が歴史だと言う者がいた。

 

人の知る歴史は嘘かもしれないが、人の知る人の生は嘘ではない。

虚しい刀の流れとは言えども、ゆかりと彼女を愛した七花の人生は(まこと)のものとして、確かに語り継がれている事を、産屋敷の人らは覚えている。

 




■こそこそ噂話
・不死川実弥の血鬼術
不死川玄弥が鬼化した際の血鬼術名は(私が知っている範囲だと)不明ですので、独自解釈で設定しました。

血鬼術名:静爛風樹(せいらんふうじゅ)

※静(相手を拘束して静かにさせる)
爛(内側から爛れるような痛みを発する)
風樹(風にのる弾丸とそこから生える樹木)
風の呼吸・参の型、晴嵐風樹をもじって名前を勝手に考えました。

・「鬼滅の刃」世界の四季崎が、なぜ鬼殺隊に関与したか
世界にまたがる大戦において、鬼舞辻無惨(正確にはその細胞)が兵器として利用され、制御しきれず日本が滅亡する未来をみた為。
鬼舞辻無惨が蘇生した命であり誕生を予知することが出来なかった為、後手に回り、それが鬼殺隊の設立に関わった。
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