その縁もあり、余話を投稿しました。
今後も不定期に更新していければと思います。
余話 ちょこれいとの話
「とがめー、ちょっといいか」
そう言って、男は部屋に入ってきた。
文机に向かって座る女性に近づきながら、抱えていた風呂敷を解き、包まれていたものを彼女に差し出した。
男の声に振り向いた女性は、渡された直方体の箱に書かれた文字を口に出して読む。
「ちょこれいとくりいむ、か。菓子なら茶を用意せねばな」
「ああ座っといてくれよ。俺が淹れてくるから」
と、男は女の手に土産のそれを握らせて、早足で台所へと駆けていく。
全く
しかし、その顔に不快な感情は全く無い。嬉しさに笑みを浮かべていた。
女ーー鑢ゆかりにとって、男ーー鑢七花から贈り物を貰うのは珍しい事ではない。
七花は、鬼殺隊という組織に属する人間だ。
鬼殺隊は鬼と呼ばれる化け物を倒し、無辜の人々を守るための私設武装組織。
鬼殺隊を指揮する産屋敷家が運営するそれは、滅私奉公めいた目的からは想像に反して、給金という形で所属する隊員に報酬が支払われる。
最下位の隊員でも、人並み以上の金を得る事が出来た。
七花という男は、入れ替わりの激しい組織の中で十年近く最前線で働いてきた古参。
柱という幹部を除いた最上位の隊員である為、その稼ぎは怖ろしいまでに多い。
育ち故に本人の生活は質素なものだが、妻であるゆかりに対しては例外で、珍しい贈り物を買う際に金に糸目をつけない。
このように贈り物を貰う事は珍しくなかったが、この贈り物自体は大変珍しいものだった。
熱で溶けたか、苦いような香ばしいような独特の芳香が漂う。
甘い匂いから察するに菓子の類。
箱を空ければその正体は分かるものだが、せっかくなので敢えて開けずに想像を膨らませていた。
「待たせたな。もう開けたか?」
「いいや、まだだよ。一体どんなものが想像もつかぬ」
「俺も実際に食ったわけじゃないけど、すげえ美味いらしいぜ」
と、七花は嬉しそうに笑いながら、お茶が注がれた湯呑を茶托に載せ、ゆかりの元に置く。
彼は食に対する関心は薄いが、人づてに評判なものはそれとなく覚えていて買ってくる事が多い。これもその例に漏れない。
一言断りを入れて、箱の側面を押すようにして開く。
中身を見ると、包装紙に包まれた丸い物が見えた。
それを七花と自分に三個ずつ分けて菓子皿に置く。
彼と同時に個包装された包みを開けば、こげ茶色で
小豆餡のねっとりとした質感とも、黒糖飴の薄っすら透けるような質感とも違うそれを一口かじる。
少し融けてはいるが硬めの薄い皮は、ぱりぱりとした食感で苦くも香り高い。
その中には白くて甘い、ねっとりとした餡ーー生くりいむが一杯に詰まっていた。
「・・・これは美味しいな。七花はどうだ?」
「苦くて甘い。あと喉が渇く」
「そうか」
と、彼の素朴な感想に笑いながら、七花と同様に茶を啜った。
ふう、と誰からともなく吐息を零す。
「なんかそれさ、
その
彼女は特別、珍しい物や高価な物に惹かれはしない気質だ。
彼女の実家ーー産屋敷家は
彼女にとって喜ばしいのは、純粋に七花が、彼女の為にと一心に品を選んでくれた事だ。
直接口には出さないが、七花は常日頃からゆかりの身を案じている。
産屋敷の人間は、代々、呪われていると言えるほどに薄命だ。
男子は一人を残して兄弟早死にする事はざらにあり、女子も十三歳までに嫁がせ名字を変えなければ病気や事故で早世する。
おそらく、ちょこれいとに関しても効能を気にして買ったと、その雰囲気から断言できる。
病で身体が弱く、産屋敷家の役目以外で外出することが難しい彼女に対し、気晴らしになるようにと明るい話を振っているのも見てとれた。
そんな気遣いが彼女には嬉しかった。
「他の店には餡に酒精が練り込まれたのがあるらしいけど、こっちのが美味そうだから買ってきたんだ」
そう言って、茶をぐいと飲んでは再び注いで飲む。
昔から変わらないのか、七花が下戸らしく、辛いものや苦いものには慣れていない。
(茶は割と高価なものを使っている為にぐびぐびと飲める)
おそらく彼の舌には、くりいむの甘さよりも、ちょこれいとの苦みが残っているのではないか。
そう思った時、ふと悪戯心が芽生え、彼にそっと近づいた。
七花、と声をかけ振り返らせると、その口に己の舌を忍ばせた。
そのまま数秒、時が止まったように二人は動かなかった。
「・・・どうだ。甘いか」
「いや、まだ苦い」
「馬鹿者。そこは甘いと言っておくのだ」
欲張りな奴めと呟きながら、ゆかりは七花の肩に手をやった。
■対象こそこそ噂話
・日本へのチョコレートの歴史
1797年、長崎にて伝来の記録が残る。
1899年(明治32年)、森永製菓よりチョコレートクリームを製造販売。
明治36年に博覧会に出品され、森永のチョコがさらに有名になったとか。