もうひとつのソラ   作:ライヒ

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※初めに※
この作品を読んでいただいている皆様。大変申し訳ございませんでした。前回の投稿からおよそ……数えるのがいやになるほど年がたってしまいました。
これは100%私の不徳の致すところで、続きを待っていてくれる皆様をお待たせしてしまいました。精進していきたいと思います。

※変更点※
原作のセリフを少なくして、それだけだと短くなるので一つサブエピソードをぶっこんでみました。あと前に書いてたポエムやめました。寒いので。
サブエピソードはいわゆる、RPGなどで「見なくても物語に影響は出ないけど、見たほうがちょっとお得な気分になれるよね」的なイベントのことです。それとタイトルも変えました。
主人公が身動きできない状況に陥ってしまうので、他の目線が必要だったとも言います。楽しんでいただけたら幸いです。


pacato…パカート:穏やかに
concitato…コンチタート:激しく

第二十二話「穏やかに、けれど激しく」


第二章 黒曜日の侵略者と少女の想い
第二十二話 「pacato&concitato」


 

 

 

 

 

「……久しぶりね、並盛町も」

 

 さわやかな風で長い髪を揺らしながら、リータはそう独り言ちた。

 リータとディーノ、この姉弟は普段からよく並盛に来ているが、別に暇なわけではない。むしろ、暇を無理やり作ってきている、といったほうが正しい。

 キャバッローネファミリーはボンゴレの中でもかなり上の立ち位置にいる。けれど、そこのボスであるディーノの持ち前の気前の良さが災いして、色々と頼まれごとが多いので仕事には事欠かないのだ。

 リータはボス補佐、もしくはボスが何か騒動に巻き込まれ身動きが取れない時にボスに代わって判断を下すボス代理。なので普段の仕事はそれほど多くはない。……もっとも、ボスと比べて、だから十分多くはあるのだが。

 今日彼女は、ようやくできた休日を使い並盛町に来ていたのだった。

 

「時差の関係で夜になっちゃったけど……桃凪たち寝てるかしらね?」

 

 夜の街というのも物珍しく、きょろきょろとあたりを見回しながら歩くリータ。地元民に聞いても「さして特徴がない事が特徴」と言われるこの町も、昼と夜ではまた違った趣を見せる。

 ぽつりぽつりと点在している街灯の光によるコントラストと、薄い星空のプラネタリウムの中、ゆったりと歩くリータ。ワンピースの長いスカートが風になぶられふわりと揺れる。いつものように持ち歩いている日傘をぶらぶらと振りながら、リータはそっと言葉をこぼした。

 

「ところで……ここ、どこかしら?」

 

 知る人ぞ知るリータの方向音痴は今日も順調なようで、さっきから同じところをぐるぐる回っているにもかかわらず、リータはそれに全く気付いていない。

 

「うーん……?」

 

 どうも目的地に着かないことを不思議に思いながら、リータはその白魚のような指を頬に当てる。

 

 何気なく周囲に気を配っていて、気づいた。

 

「あら……」

 

 柔らかに漂ってくる夜の風。その中に、明らかにこの町にはふさわしくない香りが混じっていることに。

 

 

 

 

 

第二十二話 「pacato&concitato」

 

 

 

 

 

 人気のない深夜の時間帯、二人の少年が街を歩いている。

 一人はぼさぼさの金髪をヘアピンで止め、顔に真横一文字の傷のある少年。歩き方の大股加減や、発している雰囲気がなんとなく、路地裏にいる警戒心の高い野良犬のような雰囲気が漂っていた。

 もう一人は白いニット帽を頭に被り、頬にはバーコードの入れ墨、眼鏡の下の瞳はどこか無機質な印象を感じさせる少年だった。彼は音もなく、気配もなく、静かに足を進めている。

 どこをどう見ても共通点のない二人だが、眼光だけはそこらにいる普通の学生とは違い、鈍く鋭い光を放っていた。

 金髪の少年は城島(じょうしま)(けん)。ニット帽の少年は柿本(かきもと)千種(ちくさ)といった。

 どちらも、少し人には言えないことをしてきた帰りである。

 

「あーそういや柿ピー。明日は誰だっけ?」

「……犬、覚えてないの?」

「んなもん覚えてなくても帰ればわかるから問題ないんだびょん!!」

「……はぁ」

「なんらよー」

 

 じゃあ聞くなよ。という雰囲気を言外ににじませながら、いかにも面倒そうにため息をつく千種。それを見た犬はどこか拗ねた雰囲気を出して唇を尖らせる。

 一見すると仲のいい友人同士が、駄弁りあいながら夜の散歩をしているように見えた。

 けれど、大きな動作で歩いていた犬の学生服のズボンのポケットからポロリと何かが落ち、硬質な音を立ててコンクリートの地面を滑って、電気の切れかけた電灯の根元にぶつかり、止まる。

 

「落としたびょん!!」

「じゃあ拾えば?」

「言われなくても今拾うっつーの! 柿ピーはほんと細かいんだからー」

「……犬が大雑把なだけだと思う」

 

 ちかちかと明滅する電灯に照らされていたものは、ところどころに赤黒い錆のようなものがこびりついた、ペンチ。犬のポケットから落ちたものはそれだった。

 大股で歩み寄り、明らかに間違った使い方をされているペンチを拾い上げる犬。そのまま彼は適当に元々入っていたポケットにペンチを突っ込む。

 千種のほうを振り向いて、来た道を戻ろうとした所。

 

 

「こんばんは、坊やたち」

 

 

 声は上から降り注いできた。この夜の街には明らかにふさわしくない、海辺のコテージに吹く風のような声。

 何の危険もなさそうなその声を聴いて、ざわりと犬の肌が泡立つ。先ほどまで一切感じていなかった気配が、雨粒のように犬の体を貫いたからだ。

 

「!! 誰だびょん!!」

「犬! 上だ!!」

 

 いつもはぼそぼそとはっきりしない話し方をする千種が、珍しく声を荒げて叫ぶ。その言葉に素直に従い、犬は上……街灯の天辺を見上げた。

 

「でも、そんなに血の匂いをさせてどこに行くの?」

 

 月明かりに照らされ、長いスカートを風に揺らすシルエット。

 光を糸にしたような鮮やかな髪色。

 月光の下で見ると、より神秘的な美貌が際立っているように見えた。夜だからよく見えないというところを差し引いても、かなりの美女の部類に入るだろう。

 犬と千種は知らないが、彼女の名前はリータといった。

 月の下で微笑む金髪の女性、思わず息の詰まりそうな光景だが、今の二人は年上の美女を見てドギマギするような余裕も、気もない。

 リータの発する雰囲気は明らかに一般人じゃない。そもそも、どこに血のにおいをかぎ分けることのできる一般人がいるのか。極めつけは、自分たちがここまで近づかれても気づくことができなかった事。

 彼女は明らかに、危険だ。

 

「……!」

「それとも、どこに行って……あら?」

 

 先手必勝、千種が両腕を振り上げる。それに連動して、彼の両手のポケットから金属製のヨーヨーが飛び出した。子供の遊び道具と呼ぶにはあまりにもふさわしくない速さで、それはくるりとリータの周りを取り巻き、自分たちを見下ろす存在をとらえるべく巻き付こうとする。

 しかしリータはそれを見てふわりと街灯の上から飛び降り、そのままどう体を動かしたのか、とんとんと鋼糸を踏み台にして宙に躍り出た。リータの体が一瞬、重力の枷から解放される。しかし、その直後に若干の静止をもって地球の掟は彼女の体を引き摺り下ろした。

 落ちていくだけの無防備な状態、それを狙い、犬が獣のように跳躍する。長い牙に、研ぎ澄まされた爪。その姿はまさしくオオカミで、長く伸びた爪が鋭さを伴いながらリータに向かって振りかざされた。

 

「隙アリッ! だびょん!!」

 

 犬の五指がそのままリータの腹部を抉り取ろうとした、けれど、その手は何もつかむことなく空を掻く。動くことのできるはずもない無防備な空中で、リータは方向を変えることができていた。彼女は持っていた傘の柄ではなく先端を掴み、柄の部分を街灯に引っ掛け、そのまま遠心力に任せてぐるりと位置を変えている。ちょうど、街灯を挟んで犬と向かい合わせになる位置だ。

 

「……ありゃ? ぎゃん!?」

 

 対して攻撃の空ぶった犬は、リータの前にある電灯に思いっきり頭をぶつけ、ぼとりという効果音がしそうな感じで地面へと落ちてしまっていた。

 

「ねえ、私別に物騒なことする気はないのよ」

 

 地面に足を下ろし、靴の状態を確かめながら千種に声をかけるリータ。犬を軽くあしらった光景を見ていた千種は警戒しながら、距離を開ける。

 まだ空中にとどまってしゅるしゅると回転しているヨーヨーを見て、一気に後ろにバックステップをとった。

 相手はまだ気づいていない。千種の放ったヨーヨーの本体には細かい穴が開いていて、そこから一撃必殺の猛毒針が出る仕掛けになっているということに。

 リータが街灯を通り越し、こちらへと歩いてくる。

 一歩、二歩、三歩。犬を通り越して、今だ。

 

「ただちょっと……」

 

 今までは距離が近すぎて、一緒にいた犬も巻き込んでしまう可能性があったから放つことができなかったそれを、千種はこの時を待っていたといわんばかりのタイミングで射出した。

 音もなく、無数の針がリータを背後から串刺しにしようと襲い掛かった。人を殺せるように作られたそれの威力は十分で、針の勢いでコンクリートの地面が壊れ、土煙が上がるほどだった。リータは後ろからの攻撃に最後まで気づかないまま、土煙に紛れ見えなくなる。

 もうもうと上がる煙が、千種の視界を遮る。犬ならば獣並みの嗅覚で相手がどうなったのかを知ることができるかもしれないが、千種にそれは望めない。その代わりと言っては何だが、彼の中の冷静な判断力が様子を観察することを選択していた。

 

「……ねえ、聞いてる?」

 

 少しだけ機嫌を損ねたような、むすっとした声が聞こえる。

 一陣の風が吹き、上がっていた土煙が払われる。酷い惨状になった地面に中心に立つリータは、砂埃ひとつ、血の一滴も流れていない。差している日傘をくるくると回して、どことなく不満そうな顔をしたまま、佇んでいた。

 

「いつつ……テメーいったい何なんだびょん!!」

 

 額の痛みから復活したらしき犬がリータに向かって吠える。

 

「それはこっちのセリフよ。えーと……金髪の坊や。そんな物騒なもの持って、貴方達一体何者なの?」

「うるへー!! というかオレはそんな名前じゃねーし! ちゃんと城島犬って名前があるびょん!!」

「……犬、何やってるんだ」

 

 得体のしれない相手にわざわざこちらの情報を出すやつがいるか。と千種は思ったけれど、ぎゃんぎゃんと喚く犬はそれを察することはできないらしい。千種も千種で面倒だからそれ以上は言わなかった。

 

「ふーん、犬君ね。それで、話を聞いてくれる気にはなったかしら?」

「はぁ!? 誰が……!」

「……話とは」

「柿ピー!? なにやってんら! とうとう頭と帽子が一体化したびょん!?」

「ちょっと黙って」

 

 なんかとてつもなく不名誉なことを言われた気がするが、無視して話を進める。

 おかしいとは思っていた。

 攻撃してみてわかったが、この女性は千種たちに反撃したことは一切ない。必要最小限の動きで回避しているだけだ。始末できればそれが一番よかったのだが、どうやら実力はあちらのほうが上らしい。

 こちらを害する気がないのならば、大人しく聞いたほうがいいだろう。

 しかし、話を聞いてほしいと言っていた割には、リータは少し罰が悪そうに頬を掻いた。目線もどうにも落ち着いていないし、先ほどの余裕が嘘のようだ。

 

「あ、その、ね……えっと……」

 

 少しだけ顔を赤く染め、もじもじと指先を絡めるリータ。なぜそこまで恥ずかしがっているのか、正直言って興味ないからさっさとしてほしい。

 かなりの葛藤の上、彼女が絞り出した一言は、

 

「……ここ、どこか知ってる?」

「……はぁ?」

 

 リータの次の声は犬のものだ。まぁそういう反応をしたくなるのはわかる。千種だって、犬が言わなければそんな反応を返していただろう。めんどいからしなかったかもしれないけれど。

 

「え、いや、ここが並盛町っていうことはわかってるのよ? ただ、その並盛町のどこなのかがわからないだけで、……ほんとなの!」

 

 何やらあたふたと慌てた様子で弁解をしているリータだが、正直そんなことはどうでもよかった。

 でもその白い目がますますリータの羞恥心をあおったらしく、今度は身振り手振りまでつけ始めた。バタバタと非常に忙しそうだ。

 

「お前ばっかじゃねーの!? こんな小さい町で普通迷わねーびょん!!」

「ち、違……! 迷ってるってわけじゃないんだってば! ただ、知らないところに来ちゃっただけで……!」

「それを迷ってるっていうんだびょん! ばーかばーか!!」

「ば、馬鹿っていうほうがお馬鹿になっちゃうのよ! このお馬鹿ちゃん!」

「お前に言われたくねーし! このバカ女!」

 

 まるで子供のような言い合いだった。

 

「……あっちをまっすぐ行けば、コンビニがある。そこで地図でも買えば?」

「え、あ、ああ、そうね。地図は大事だものね! ありがとう!」

 

 とてもめんどくさそうに道を教える千種に、一転した明るい顔になった女性はお礼を言った。

 そしてそのまま、手を振りながら走って行った……コンビニとは逆方向に。

 

「何だったんだびょん……あのバカ女」

「めんどい……犬、帰ろう」

 

 そんな、夜の話。

 

 

 

 

 

 とある日の日曜日の午後、沢田(さわだ)桃凪姫(とうなひめ)は困惑していた。

 桃凪が今いる場所は応接室。御多分に漏れず、この学校の風紀委員長である雲雀(ひばり)恭弥(きょうや)に書類を届けに行って、いつものように雲雀の書類を手伝っていた。

 しかし、

 

「……きょーや」

「なんだい」

「なんか、今日機嫌悪いね」

「うるさい」

 

 なぜか今日は雲雀の機嫌がいつにも増して悪かった。一人でいる時の雲雀の機嫌を標準とすると、今の雲雀は体育祭の集合ダンスを踊っている人達を見ている時のような感じ。わかりにくいかもしれない。つまり、とてつもなく苛立っているのだ。

 そして桃凪は気になることがもうひとつあった。たぶん、それが雲雀の機嫌の悪さと関係がある気がする。

 

「今日風紀委員の人少ないよねー。なんかあったの?」

「ちょっと、縄張りにちょっかいをかけてくるやつらがいてね」

「ふーん」

 

 話だけを聞いていると、ヤクザの抗争のようだなぁ、とは桃凪の談。

 もうちょっと詳しい話を聞くべきか、墓穴を掘るのをやめるべきか。悩んでいた桃凪だったが、応接室の扉が開けられたことによりその思考は中断される。入ってきたのは風紀委員副委員長、大柄な体と見事なまでのリーゼントが特徴的な男、草壁(くさかべ)哲也(てつや)だった。

 

「くさかべさんこんにちはー」

「こんにちは、桃凪さん。……委員長、お耳に入れたいことが」

 

 一度こちらに向けて軽く会釈をした後、すすっと雲雀の傍に近寄り、何事かを報告する草壁。聞かなくてもわかる、雲雀の不機嫌の元に関係する何かだろう。

 

「……また一人?」

「はい、つい先ほど報告がありました。辛うじて口の利ける者から聞きだしたことによると、相手は……の制服を着ていたようです」

 

 桃凪がいるからか、それとも話の内容が人に聞かせたくないものなのか、あるいはそのどちらもか。肝心、というか詳しい部分を聞きとることが桃凪には出来なかった。

 興味津津でこちらを見ている桃凪に気づいた草壁が、桃凪さんには関係の無い事ですよと言って苦笑する。関係ないと言われても、目の前でそんなにもひそひそと話をされると逆に気になるのが人のさがというもの。雲雀には聞けなさそうだが、草壁は比較的温厚な男だ。色々と聞いても怒られたり、めんどくさそうな目で見下されたりする心配はない。

 

「なんか物騒な感じなの? 教えて教えて」

「いえ、狙われているのは風紀委員だけですから心配はいりませんよ。念のため夜遅くは出歩かない方がいいとは思いますが、桃凪さんはその心配はいらなさそうですね」

「それはー、私は夜出歩いても襲われないという意味なのか、そもそも夜に出歩いたりしないだろうという意味なのか。議論が分かれそうです」

 

 草壁の性格から考えるに恐らく後者だろうけど、半分からかいの意味も含めて問い掛ける。まぁ相手は結構硬派な人なのでこの冗談が通じるかどうかはわからないが。……そもそも、桃凪自身が非常に本気か冗談かわかりにくい表情をしているということは考えの中には無いらしい。

 

「桃凪さんは女の子ですから、夜出歩くなど親が許さないでしょう。それにお兄さんもいる事ですし」

「んーとね、つなは見た目弱そうだから狙われないんじゃないかなぁ」

 

 言っててひどいとは自分でも思うが、屈強な風紀委員を何人も襲っているような相手なら、いかにも弱いですと全身でアピールしているツナは絶対に襲わないだろう。そういう点を見れば、桃凪も狙われる心配はない。

 しかし、そこで草壁が何かに気づいた様子で声を上げた。が、しばし考えた後に首を振って否定する。言葉に出してはいないので、傍から見ている桃凪には意味がわからなかった。

 

「くさかべさん?」

「ああ、いえ。少しいらない心配をしてしまっただけです」

「いらない心配ー?」

 

 それは一体どういうものだろうか。さらに詳しく草壁から聞きだそうと思った時、ガタンッ! と雲雀が応接室の椅子から立ち上がった。

 休日の学校の応接室でいきなり鳴った大きな音に思わず桃凪と草壁の視線が集中する。雲雀はその視線すらもうっとうしいと思っているかのように不機嫌な表情を浮かべると、そのまま出口へと歩き出した。

 

「委員長、どちらへ?」

「屋上」

 

 そう一言だけばっさり切り捨てて、雲雀は学ランをなびかせながら応接室から去っていった。多分、応接室の人口密度の高さに耐えられなくなったのだろう。桃凪は机に置いてある書類に目を向ける、まだ途中だ。終わっているものと終わっていないものに分けて、終わっている方を草壁に渡し、もう片方を机の上にまとめておく。

 

「きょーや、さらに機嫌悪くなってたね」

 

 ごくたまに、いや結構な頻度で風紀委員は雲雀の八つ当たり要因になったりすることがある。いかんせんすべては気分次第な男なので、注意報とか作りたくても作れないのだ。

 隣にいる草壁は溜息をついていた。その後、何やらしょうがないとでも言うように渋い微笑を浮かべる。

 

「恐らく、委員長は今回の件、桃凪さんに関わって欲しくないんでしょう」

「えー? なんで?」

 

 その答えは本当に疑問だ。雲雀が桃凪を心配する可能性など、砂漠の中の砂粒一つくらいしかないと思う。それに桃凪は進んでこの事件に関わろうなどというようなアクティブな思想は持ってないし、巻き込まれるような繋がりもない。

 ただ一つ、騒動の中心となっている風紀委員との繋がり以外は。

 

「相手がどこまでこちらを敵視しているかはわかりませんが、風紀委員会と親交のある桃凪さんを狙わないとは限りませんから」

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ということ?」

 

 桃凪自体は一般人でも、風紀委員に関わってるからという理由だけで狙われるかもしれない、というのを雲雀は危惧しているのだろうか。一般的な模範解答だったらそれで正解だろうが、なにしろ相手は『あの』雲雀。

 

「でもくさかべさん。……きょーやにそんな真心あると思います?」

「…………いや」

 

 結論としては、雲雀にそんな親切心を期待するなどありえないということだ。

 そうやって論破した桃凪から、草壁はそっと目をそらした。別に泣いてはいない。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「あらお帰り桃凪ー。休日出勤なんてサラリーマンみたいね」

「せめてそこはOLのほうがいいな私女だし」

 

 家に帰ってすぐ、母親の沢田(さわだ)奈々(なな)に迎え入れられる。どことなく今日も天然の発言が目立つ母親との会話は、やはりほんわかとしていた。

 桃凪は食器棚からコップをひとつ取り出してテーブルに置く。冷蔵庫を開け、中に入っていた麦茶をそのままコップに注ぎ入れた。麦茶の容器もそのままテーブルに置いて、椅子を引いてテーブルの前に座る。コップを手に取り一口、二口、そして思いついたように言葉をはさんだ。

 

「そういえばねー、今日知ったんだけど、並中の風紀委員の人狙われてるんだって」

「え、そうなの? 物騒ねぇ……」

 

 まぁ並盛町は結構フリーダムな感じの町だが、傷害事件が表ざたになるような事はそんなにない。大体がマフィアや風紀委員関係だったりするので、マスコミに知られる前にもみ消されるからだ。たぶん。

 だが、今回の事は風紀委員でも証拠隠滅が難しいらしい。一応全国ニュースにはなっていないようだが、町全体にはすでに広まっているとみていい。相手の目的が不明で、どう行動するのかがわからないというのも、拍車をかけているのだろう。

 

「ツッ君にも護身術とか習わせようかしら?」

「つなはたぶん嫌がるよそれー」

 

 もともと、必要な事もやりたがらないのが、桃凪の双子の兄沢田(さわだ)綱吉(つなよし)、通称ツナだ。護身術なんて痛くて面倒なものやるわけがない。それに、ちょっとかじった程度で襲撃犯と渡り合えるとは思えないし。

 

「そういえば桃凪、なに買って来たの?」

「新しい日記ー。本屋さんでね」

 

 奈々が不思議そうな顔で持っていたビニール袋を見ていたので、桃凪はその袋から一冊の日記帳を取り出した。

 学校から家に帰るついでに、行きつけの本屋で新しい日記帳を買ってきていた。桃凪はいつも寝る前に今日の事を振り返って日記をつける習慣がある。この間使いきってしまったので、新しい物が欲しかったのだ。

 

「つな部屋だよね?」

「ええ。朝からゲームばっかりで……もう、あの子ったら」

「むむ」

 

 休日はゴロゴロしたり好きな事をする日だ、と桃凪も思っている。けれど、こちとら朝から学校に行って書類を片づけたりなんなりしていたのに、ツナは涼しい部屋でごろごろとゲームとは。

 よし、乱入してこよう。

 そう決めた桃凪は席を立ち、コップの麦茶を飲みほした後軽く水洗いして食器かごに戻す。麦茶の容器も冷蔵庫に入れると、二階への階段を上がって行った。目指すはツナの部屋、の前に、一度自分の部屋に戻って日記帳を置いてこよう。

 

「もうちょっとでご飯だからねー!」

 

 後ろで奈々がそんな事を言っていた。

 

 

 

 

 

 並盛町から外れた、廃墟にて。

 割られた窓ガラスとあちこちに意味をなさないがらくたが散らばる建物の中、所々に数人のグループを作って不良が固まっている。彼らは皆全員同じ制服を着用していて、同じ学校の生徒であることがうかがえた。

 その不良が集まる廃墟の中、唯一と言っていいほど、人の少ない一つの部屋があった。

 

「あーあー、ぜんっぜん当たりがこねー!! つまんねーびょん!!」

「犬……うるさいよ……」

 

 そこにいたのは犬と千種だ。犬は不満を隠しもせず、ボロボロのソファーに寝そべって足をバタバタさせている。その犬をたしなめる、というよりは文句を言っているのが千種。

 何を隠そう、並盛中風紀委員を襲撃していたのは、この二人だ。この間はその帰りにリータに会って、……まぁ、色々あったのだけど。

 

 けだるそうに壁に体を預けている千種に、犬はだるだるとした調子のまま話しかける。

 

「んなこと言ったってさー、ほんとは柿ピーもつまんねーって思ってるびょん? オレにはお見通しなんれすよー」

(むくろ)様の作戦……しかたない」

 

 口では了承しているような千種だったが、態度……というか雰囲気はいかにもめんどくさそうだ。

 彼らにとって今回の襲撃は手段でしかなく、目的が達成できなければ意味がない。だから、いくら働いても目的への道筋すら見えない今の状況は、ストレスをためて余りあるものだった。

 

「つーかさー! 骸さんどこいったんれすかー! 八百屋!? ナッポーと一緒に売られちゃってる感じな……ぎゃん!?」

 

 大声でここにはいない骸という人物の悪口(?)を叫んでいた犬だったが、突如として寝転がっていたソファーから何者かの手によって蹴り落とされた。ごつん、といったそれなりに痛そうな音が後頭部から鳴り響き、刺激を受けた団子虫のように犬の体が縮こまる。

 

「誰がナッポーですか、犬」

「む、骸さん……帰ってたんれすね……」

 

 その犬を冷たい目で見降ろしていたのが……まぁ、確かに犬の言うとおり某南国果実に見えなくもないような個性的な髪形をし、犬と千種と同じ制服に身を包んだ、赤と紺のオッドアイの少年だった。

 ……かつて、とある少女と邂逅を果たし、再開の予感を感じさせた少年。彼こそが、今回の事件の首謀者、六道(ろくどう)(むくろ)

 骸は犬を蹴り落としたソファーに腰を下ろすと、腕を組んで状況を考察する。

 

「まぁ、二人の心象もわかります。こう当たりが来ないのはいささかつまらない」

「ですよねー! あんな雑魚ばっか相手すんのめんどいびょん!! やりがいがねーし!!」

「……骸様、何かわかった事でも?」

 

 襲撃に参加しているのは千種と犬のみで、骸はいつもここのソファで考え事をしているか、ふらりと出掛けてどこかへと行っている。そんな事をすれば怪しまれる可能性や、敵に見つかる可能性もあるはずだが、二人ともその心配はしていないようだ。骸の『能力』ならばそれらをかわすことなどたやすいから、心配する必要は確かにないが。

 千種に問いかけられた骸は六の字が刻まれた赤の瞳を動かし、いかにも楽しんでいますとでも言うように笑っていた。

 

「残念ながら、何も分かりませんでしたね。よほど隠すのが上手いのか、それともこのような状況でも怯えて出てこない腑抜けなのか」

「結局これまでどおりってわけれすかー……。つまんねー」

「……」

 

 明らかに落胆する犬と千種を尻目に、骸はさらに楽しそうな笑顔を増していく。それは人が見れば休日に遊びの予定を立てる中学生の笑みでもあるだろうし、別の者が見れば相手を策にはめて愉悦を得る悪魔の笑みにも見えた。ちなみに犬と千種は思いっきり後者だった。

 こういう時、二人は骸に対して、畏怖の念と、それ以上の尊敬を感じるのだ。

 

「ええ、これまで通りに続けます。けれど」

 

 その色違いの目が細められる。とても酷薄に、人に裁きを下す天使のような無慈悲さで。

 

「少し、遊んでみましょうか」

 

 崩壊へのカウントダウンを唱え始めた。

 

 

 

 

 

 ぴちょん、と顔に水滴が当たる。

 

「む、うーん……?」

 

 温まった体とぼんやりとした頭。ゆったりと浸かっていた湯船で、桃凪は目を覚ました。どうも、お風呂で寝てしまっていたらしい。お風呂で寝てしまった人が溺れて死んでしまったりした事件があった気がする。疲れがたまっているとなってしまうそうだが、桃凪は別に疲れた記憶はない。いや、もしかしたら気付いていないだけで疲れていたのだろうか。

 

「……気をつけよう」

 

 妙に重たい頭を振ってお風呂から立ち上がる。急な動きに頭がくらりとして視界がちかちかするが、お風呂上りによくあることだ、気にしない。

 バスタオルで体と髪を拭いて、用意していた着替えのパジャマと、ペンダントをつける。濡れた髪のまま二階へ上がって、ツナの部屋の扉をこんこんとノックした。

 

「つなー。お風呂いいよー」

『今入るー』

 

 中ではピコピコとゲームをしている音がした。昼ごろ桃凪がツナの部屋に乱入した時もゲームしてたし、いくら休みだからってちょっとだらけすぎじゃないだろうか。

 自分の部屋に戻って、ドライヤーで髪を乾かす。桃凪の髪は長いので乾かすのに苦労するが、癖っ毛なので乾かさないで寝ると次の日にすごいことになるのだ。具体的に言うと、歌舞伎とかで出てくるもっさりした髪の毛の人みたいな。

 ドライヤーを当てながらも、まだ意識がぼんやりしているらしく、桃凪は何回か舟をこいで、そのたびにドライヤーを落としかける。

 乾かし終わってひと段落ついたころ、机の上に放置していた日記帳を思い出した。まだ何も書かれておらず、まっさらな表紙にまっさらなページの日記帳を。

 さてどうするか、まだ寝るには早い時間だし、いつもなら本を読んだりするのだが。本屋で日記を買った時に、お気に入りの作家の新作が出ていたのだ、これを読むのもいいかもしれない。

 

「……まぁいっか。読むのに夢中で寝落ちしてもあれだし」

 

 そう思って、筆箱からマジックペンを取り出し、日記帳に黒々とした字で『桃日記』と記す。そして表紙を開いて、シャーペンを手に取った。

 

「何書こうかなー」

 

 頭の中で今日起きた出来事をまとめてみる。朝起きて支度して、学校に行った。学校で雲雀と草壁と話して、帰り本屋に寄った。家に帰った後はツナと一緒に遊んで、ご飯を食べて、そんでまたツナと一緒にいた。

 それと…………ああ、忘れてはいけない。並盛中学校風紀委員襲撃事件もあった。漢字にすると長いなこれは。狙っている相手は不明、意図もわからず、目的も知らない。中々の難事件だ。

 

(きょーや大丈夫かなー。なんかきょーやのことだから場所が分かったらすぐ突撃しそうな気がする)

 

 それもとびきりの楽しそうな笑みを浮かべて、今の今まで溜まっていたストレスをすべてぶちまけるかのように戦うのだろう。

 そんな事を考えていた時、

 

 ぱきんっ!

 

「え?」

 

 固い金属がはじけるような小さな音。それの少し後に、カーペットの敷いてある床に何かが当たってぼとりと鈍い音を立てた。怪訝に思って下を見てみると、それは首に下げるチェーンの部分が無残にもちぎれ飛んだ、ペンダントだった二枚貝のアクセサリーが。さっきの甲高い音は、このペンダントの鎖が飛んだ音だったのだ。

 パラパラとチェーンの残骸が床に落ちる。さっきまで普通に桃凪の首にかかっていたものだ、なのになぜ。

 理解できない状況だが、とりあえずは散らかってしまった部屋をきれいにしようとする一般的な思考回路が先んじる。桃凪は呆然としたまま椅子から降りてかがみ、チェーンだったものを右手の指でつまんで左手の手のひらに乗せまとめてゴミ箱へ捨てた。

 

「これ、結構お気に入りだったのに」

 

 チェーンはもう修復できないから、新しい……今度はチェーンではなく紐でも買ってこようかと思いながらペンダントの本体へと手を伸ばし、その時。

 

 ――――……!!

 

 視界が反転した。

 

 

 

 

 

「並中大丈夫なの? また襲われたらしいじゃない」

「何それ?」

 

 月曜日の早朝。いきなり奈々がツナに言った一言は、それなりに物騒だった。けれど、夜遅くまでゲームをしていたせいで寝ぼけていたツナの頭には上手く入らなかったらしく、また身に覚えのないことでもあったので、そのまま聞き返す。

 と、そこでもうすでに起きて朝食をとっていたリボーンがその情報に補足を加えた。

 

「この土日で並盛中の風紀委員8人が重傷で発見されたんだぞ。やられた奴は何故か歯を抜かれるんだ、全部抜かれた奴もいたらしいな」

「……え!? マジで!? な、なんでそんなことするんだ……?」

「さーな」

 

 ツナの予想をはるかに超えた痛そうで物騒な話に、寝ぼけていた頭も覚めて血の気が下がる。それでも襲われたのは風紀委員で、無差別ではないらしいということがまだツナの危機感を薄くさせていた。

 

「ねーツナ、護身用に格闘技でも習ったら?」

「な!? なんでそーなるんだよ!!」

「そりゃ心配だからよ! 自分の身は自分で守らなきゃ」

 

 そう言って力説する奈々にツナはげんなりとした顔を向ける。護身術とかどう考えてもめんどくさそうだ、やりたくない。それに奈々のこういうのは結構突発的なのだ、いちいち付き合っているのは疲れる。ただでさえ、最近は家庭教師のおかげで気の休まる日がないというのに……。

 

「それに、男の子は強くなくっちゃね!」

「だな」

「余計なお世話だよ!? つーかオレ関係ないから! 不良同士の喧嘩だよっ! やられてるのは風紀委員ばっかりなんだろ?」

 

 そう、いわゆる他人事だ。いくらツナの在籍する並盛中学校とはいえ、風紀委員会は構成はほぼ不良。つまり、今回の事も不良同士の争いかなんかだろう。

 それでもなお護身術を勧めてくる奈々を何だかんだであしらいながら椅子に座ったツナだが、何かがおかしい事に気づく。それは奈々も気づいていたようで、不思議そうに首をかしげていた。

 

「桃凪、まだ起きてこないのかしら? いつもはツナより早く起きてくるのに……」

「本屋で新しい本買ったって言ってたしなー。読みふけってて寝るの遅かったんじゃ?」

「うーん……、ツナ、桃凪起こしてきてくれる?」

 

 そう奈々に言われて、視界の隅っこに護身術についてのチラシが大量に積まれているのも見つけて、ツナは慌てて席を立ち二階へ向かう。

 しかし、奈々に言われずとも桃凪がこんなにも起きるのが遅いのは珍しいのではないだろうか。妹はどちらかというと昼型だ、夜は早く寝るのが基本のはず。

 桃凪の部屋の前に付いたツナは軽くノックしようとする……が、突如として寒気のような何かを感じて縮こまった。背筋をぞくりと何かが通り過ぎるような感覚、思わずあたりを見回すが、なにもおかしいことはない。

 

「なんだ……? 今の……」

 

 風邪でも引いただろうかと思い二の腕をさするが、もうすでに寒気は何処にも無くなっていた。改めてドアをノックする、返事はない。

 

「桃凪ー。朝だぞ?」

『…………つな?』

 

 ドアの向こうから聞こえてきた、小さくてくぐもった声、何処となく不安定で、ゆらゆらと落ち着きがない。嫌な予感がまた浮かび上がる。この感覚は、昔感じたことがあったような。

 

「桃凪? どうしたんだ?」

『あー……ちょっと具合悪い、今日学校休む……。朝ごはんはいいや』

 

 とても具合の悪そうな声。体調が悪いとか、それだけだろうか。桃凪は嫌なことは嫌というし、痛いなら痛いと言う、だから心配はいらないと思うが……。

 

「そっか、……あんまりひどかったら病院行けよ?」

『うん、………………ねえ、つな』

「?」

 

 ドアに向かって背を向けたツナに、桃凪が声をかけてきた。振り返ったツナ。しばらく、両者音もなく。

 唐突に桃凪が告げた。

 

『ありがと。……元気出た』

「? うん」

 

 やはり、今日の桃凪は少しおかしい気がする。

 いつもと様子の違う妹を怪訝に思いながらも、ツナは階段を下りてキッチンへと行く。先ほどまではツナと奈々とリボーンしかいなかったはずだが、いつの間にかそこにランボとイーピンとビアンキが追加されていた。

 

「母さん、今日桃凪具合悪いから学校行かないって。朝食もいいらしいよ」

「え、そうなの? もう桃凪の分も作っちゃったのに」

 

 桃凪の分であろう料理のお皿を持って奈々が困った顔をするが、あとでお腹が空いた時に食べてもらえばいいかとラップをかけてテーブルの隅っこに置く。もうすでに全員分の朝食は作り終わっていて、キッチンは香ばしい匂いが漂っていた。

 

「ほらツナ、早く食べないと遅刻するわよ」

「え? ……ゲッ!? もうこんな時間かよ~!」

「ツナはもう少し早く起きればいいのよ。ママン、おかわり」

「イーピンのおかずいただきだもんねー!!」

「●@■°ΣΔ!!」

「お前ら騒がしーな。朝食はもうちょっと静かにくえねーのか」

 

 いつものようにわちゃわちゃと朝のひとときが始まり、日常が戻って来る。

 先ほどツナが感じた悪寒も、様子のおかしかった桃凪の事も、時間の流れに流されて忘れてしまった。

 

 

 

 

 

「ありがと。……元気出た」

『? うん』

 

 ベッドに寝転んでそう答えた。元気が出たのは本当だ。少なくとも先ほどよりは、ずっと。

 階段を下りるツナの足音を聞きながら、桃凪は脈動する頭痛をかみ殺す。

 ――――……。

 

「…………痛い」

 

 ずきずきとか、そういう安直な表現ではとても表せない激痛、鈍痛。昨日の夜初めて訪れたその痛みは、次の瞬間桃凪の意識を奪い去り暗闇の世界へといざなっていた。朝ツナに話しかけられるまで、気絶していたのだ。

 目が覚めても痛みは消えておらず、さっきからずっと、息をするだけでも激痛が走っている。心なしか寒気もしてきて、桃凪は蒲団の上の毛布を引っ張りくるまった。

 頭痛、と言うものの原因は主に疲労や病気……病気は種類が多すぎるから分からないが、目や肩の疲労で偏頭痛が起きたりすることがある。どくんどくんと脈打つようなこれは偏頭痛の症状かもしれないが、それ以上に視界がぼんやりとしていて明朗としない。薄い霧がかかっているようだ。

 急に訪れたその痛みの原因を、桃凪は探ろうと考える。しかし、

 

(……だめだ。まともに考えられない)

 

 思考を働かせるべきである頭が苦痛を発していて、とても頭を動かすことなど出来そうにない。パズルのピースを元に戻すために使う手が、折れてしまっていては動かせないのと同じように。考えることもできない今、桃凪は完全に無力なただの少女だった。

 でも、わかることがひとつ。

 自分はこの痛みの記憶がある。どこで体験したのかは思い出せないが、確かに覚えているのだ。

 ――――……。

 どこだったろうか、思い出さなければ。思い出さないと、この頭痛は一生続く気がする。頭痛の他に耳鳴りもしてきたのだ、こんなものが一生涯続くなんて御免こうむりたい。

 ずくんずくんと、こめかみに釘を打ち込まれたような痛み。目を閉じて回想を開始。

 ――――……。

 ぼんやり浮かび上がるのは、ほほに触れる暖かくも冷たくもない手。綺麗な満月に、体を覆う――。

 

「……霧」

 

 唐突に思い出した。

 ――――……。

 夢のような場所で邂逅した一人の少年。彼のその手のひらに触れられて霧が発生した。その瞬間、強烈な痛みが生まれたのだ。あの時の痛みと今の痛みは、程度こそ違うが非常に似通っている。

 もしやこの痛みは、あの夢の少年からの何らかのメッセージなのだろうか?

 

「…………、」

 

 頭痛の奥底、耳鳴りの遠く、深く深くにもぐりこむ。じわじわ滲んでくる脂汗をうっとうしく思いながら、聞こえてくる囁きに耳を澄ました。

 ――――……。

 砂嵐のように明瞭としない声から不純物を取り除いて、泥水を清水に直すように濾過していく。

 思い出せ。忘れていた彼の名は、月の美しさを理解出来なかった彼の名を。

 その名は、

 

「……ろくどう、むくろ?」

 

 ――――……。

 記憶の蓋が開かれ、パンドラの箱が放出する。それと同じく、ノイズのような耳鳴りが変化し、はっきりとした声となった。さらさらと流れる清流のように澄んだ声、今は余さず聞きとることが出来る。とても懐かしい声色、あの日聞いたままだ。

 骸が囁いた言葉とは。

 

 ――――……おいで。

 

 聞こえたのはそれだけ。単純にして明快で、仰々しい言葉もなく、飾るほどの語彙もなく。けれど、言葉通りの懇願では決してありえない、絶対的な命令。だからこそ逆らえない。抗えない。

 呼ばれている。呼ばれている呼ばれている呼ばれている。

 

「…………っ!」

 

 声を自覚した瞬間、痛みがより増してきた。自分の頭の中でまったく違う生き物が不気味に脈動しているような気味の悪さ。だんだんとそれは存在感を増していき、いつかは頭蓋を割って這い出てくるのではないだろうかとまで思わせる、恐怖。

 呼ばれて、いる。

 

「…………行かなきゃ」

 

 苦痛はそのまま鎖となって、桃凪の行動を束縛する。桃凪に残されている選択肢は一つだけ。選ぶのではなく、選ばされた。選択権はあるようでない、最初からそれ以外を選ぶことなど許されていないのだ。

 それでも、桃凪にだって意地があった。

 ぐらぐらする頭のせいで重心のとれない体で必死にパジャマから普段着へ着替え、そのまま這いずるように勉強机へと向かう。筆箱の中からシャーペンを取り出し、手のひらに痕が残るほど強く握りしめる。広げられたままの日記帳に、シャーペンを走らせた。

 

(……つな)

 

 メッセージ、と呼べるような高尚なものではないかもしれない。そもそも、呼ばれているとは言ってもどこに行けばいいのかわからないのだから、これから行く場所を書くことも出来るはずもない。

 ここに書き残すこと、それは宣言だ。

 どこに行こうとも、何になろうとも、必ず桃凪はツナのいる場所へ帰って来る。助けは呼ばない。絶対に、自分の足で帰って来ると。

 震える手で書き記す。

 

つなへ

 

 私、行かなきゃ。

 大丈夫、ちゃんと帰って来るから。心配しなくてもいいよ。私の帰る場所は、つなの所だから。

 だから、

 

「……いってきます」




読んでいただきありがとうございました。

今回の改稿作、桃凪側はあんまり変わりません。話が進むごとに少し変わるとは思いますが。
黒曜編は複数の視点から物語を進めていきたいですが、原作キャラの視点だとどうしても原作寄りになってしまうので、オリジナルキャラクターのリータに登場してもらいました。このお話はリータの掘り下げエピソードでもあります。全国のリータファン(いるかわからないけど)やったね!
それと考えましたが、少しだけ恋愛展開を入れたいと思います。と言っても恋愛が苦手な作者の書くものですので、そこまで大々的ではありません。スパイスとしてお楽しみください。

長くなってしまいましたが、最後に。

こんな作者ですけれど、見捨てないでくれるとうれしいですo(_ _)o
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