もうひとつのソラ   作:ライヒ

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続きました。けどまだ新しい所じゃないですごめんなさい!


vicenda……ヴィチェンダ:変化

第二十三話「変化する」


第二十三話 「vicenda」

 

 

 

 

 

 ふわふわと、どこか夢のような気分だった。

 でも夢ではなくて、これは間違いなく現実だった。

 だって、今自分の頭の中で鳴り響いている頭痛も、歩いているだけで荒くなってくる息も、こめかみを伝ってくる汗も、間違いなく現実のものだから。

 一体、自分はどれだけ歩いたのだろうか。それさえも曖昧になってくるほど、思考はぼんやりしていた。

 いっそのこともう、投げ出してしまえばいいかもしれない。自分の体と思考の所有権を一切合財投げ出してしまえば、この苦しみから逃れられる。なんとなく、そんな風に思うのだ。

 前に授業だったか、本を読んだときに見たことがあるのだが、人間の体は自分とは違うもの……他人の体の一部とかを移植されると、拒絶反応がおこるらしい。自分とは違う存在を、体が攻撃するのだ。

 この頭痛も、そういうものではないだろうか。自分以外の存在に抵抗するための、体の拒絶反応。

 だから、受け入れてしまえばいいのでは。

 

「…………だめかな」

 

 ちょっとだけ、そんな後ろ向きな考えが頭をよぎったが、すぐに頭を振って否定した。

 拒絶反応は、自分が自分であるために必要なものだ。その垣根を越えてしまったら、きっとそれは自分ではなくなる。

 

 桃凪は歩みをやめない。

 

 自分の意志で、進むのだ。

 

 

 

 

 

第二十三話 「vicenda」

 

 

 

 

 

 朝の通学路にて。

 いつものように学校へと登校しているツナだったが、今日はその「いつも」とは少し外れた日だった。

 まず、桃凪がツナと一緒にいないこと。具合が悪いらしい彼女は、今日は学校を休むのだそうだ。

 妹に対する心配ももちろんあるが、心のどこかで学校を休める桃凪に少し羨ましさを感じている……のは、この年頃の中学生としては当たり前のことだろう。

 

 そしてそんな違いなどどうでもよくなってくるほどの大きな違いが、もう一つ。

 

「本当、ツナ君に会えてよかったわ。あのままだったら大変なことになってたから」

「はぁ……えーと、どうも……」

 

 自分のすぐ隣で輝く光量最大の輝く笑顔。思わず目をそらしてしまうのは間違ってはいないだろう。

 

「お前、ディーノのことになるとしっかりしやがるのに、自分のことになるとダメダメだな。相変わらず」

「む、リボーン。それは違うわよ。確かに少し気が抜けてたかもしれないけど、私は私の弱点をしっかり把握してるし、それを克服しようと努力してる……はず、よ?」

「説得力ねーぞ」

 

 いつものようについてきていたリボーンと何気ない会話を交わしている彼女は、ツナにとって人生の先輩、もしくは憧れの相手でもあるディーノの姉、リータだ。

 実のところ、ツナはリータについてはよく知らない。彼女に懐いているのはむしろ桃凪だったし、リータが出すオーラというか、雰囲気が少しツナには近寄りがたかったというのもある。

 それに、

 

(うっわぁ……すごい視線を感じる)

 

 なんといっても、彼女が無意識に出している、人の目を引き付ける力……簡単に言えば、美しさだ。

 今現在もツナと同じく通学中の生徒達……それも男女問わずの視線が、それはもう集まってきている。人からいい意味で注目されることの少なかったツナには、正直言って少し居心地の悪い視線だ。

 そしてそれに全く気付いていないリータ。鈍感なのか、それともいつものことだからなのか……それはリータ本人にしかわからない。

 

「そういえばツナ君、桃凪はどうしたの? 今日は学校には来ないのね」

「あ、桃凪は体調が悪くて休むらしいです……」

「ふーん……」

 

 ツナがそう答えると、リータはゆっくりと朝の通学路を見回す。リータが視線を向けるほう、今まで彼女を見ていた他の生徒たちが顔を赤くして目線をそらした。

 やがてリータはある一点に視線を向けると、少し不思議そうに首を傾げる。

 

「……なんだか学生っていう割には毛色の違う人たちもいるのね。ほら、あそこの子たちとか」

「え? …………うわっ!」

 

 リータが指さす先にツナも視線を向ける。と、その顔がわかりやすいほど青ざめた。学校の校門前、同じブレザーを着た生徒たちにまぎれることなく、強烈な存在感を出す集団がいた。

 

「風紀委員だ……! あそこにもいるし……」

「そりゃあんな事件が多発してるからな。ピリピリもするぞ」

「? リボーン、事件って?」

 

 リボーンが言っているのは、今朝奈々が話していた並中風紀委員襲撃事件だろう。リータはそれを知らないらしいが、言われてみれば彼らの表情は一様に険しく、校門を通る並中生を眺めている。

 並中の不良に限らずどこの不良でもそうだろうが、基本不良とは売られたケンカは買う主義だ。襲撃犯の明らかな挑発に対してイラついているのか、きっちりと決まったリーゼントの下の顔は般若のように恐ろしい。

 

「こえー……。やっぱ不良同士のケンカなのかな……」

「違うよ」

 

 ツナの怯え交じりの疑問、それに答えたのはリボーンではなく、もちろん事件を知らないリータでもなかった。

 

「えっ……ひ、雲雀さん!?」

「チャオっす、雲雀」

「あら? この子……へぇ」

 

 風紀委員の特徴である学ランの上着を脱いで、涼しそうな半袖で歩いてきた少年、雲雀恭弥。風紀委員会のトップでもある彼が来た瞬間、辺りに散らばっていたリーゼント達が一斉に背筋を伸ばし、太い声で挨拶をした。

 相も変わらず、中学生とは……いや、人間とは思えない威圧感を出しているものだ。ツナの腰が引けてしまうのも仕方がないだろう。

 と、そこで雲雀の視線がリータへと向く。ここは並盛中の校門前であるからして、明らかに学校とは関係ないリータがあまりにも堂々と通学路にいることは、確かに傍から見てもおかしいとは思うが。

 しかしリータはそんな視線さえも意に介した風もなく、にこにこと雲雀を見返すだけだ。そのリータの余裕に比例してツナの顔色はさらに悪くなっていくのだが。

 やがて、雲雀は興味なくしたように……あるいはそれ以上に重要な事柄を思い出したように、目線をリータから外した。

 

(相変わらず、こえーなこの人……)

「雲雀、事件の犯人の目星は付いてんのか?」

「ちょ、リボーン!?」

 

 興味を無くしてくれたらそれでいい、そう思って何も話さず雲雀の視界から外れようとしたツナだったのだが、それを察したのかはたまた純粋な興味からか、リボーンが雲雀に質問した。

 雲雀は赤ん坊なのに馬鹿みたいに強いリボーンの事はそれなりに気にいって、認めている。ちらりと視線を向けた後、まだだよと簡潔に答えた。

 

「もちろん、逃がすつもりはないけどね。……降りかかる火の粉は、元から断つ」

 

 最後にそう言って、今度こそ雲雀はツナ達へと興味を無くした。その直後、

 

 ♪緑~たなびく並盛の~大なく小なく並~がいい~

 

 と、ツナにとっては朝礼や行事の時によく耳にする音楽、すなわちうちの校歌が流れてくる。今日は朝礼の予定はなかったし、そもそもどこにスピーカーがあるのだろうか。そう思ってキョロキョロとあたりを見回したツナだったが、何処にもそれらしきものはない。

 

(? どっから聞こえてくるんだ、これ)

 

 ピッ、と音がして校歌が止む。携帯の着信音? でも誰の

 

「僕だ。何かあった?」

(……雲雀さんの着うた!?)

 

 まさかの事実に愕然とするツナ。一体どれだけこの人はうちの学校が好きなのか。というかその着メロは自作なのか。

 まぁそれはともかく通話中に話しかけるのはよくない、と言うのは建前で早くこの場から抜け出したい。軽く会釈してその場から去ろうとしたツナ。リータは学校の中までついてくるつもりもなく、その場で別れることになった。

 はずだったのだが。

 

「……ふーん。ねえ、そこの君」

「は、はい!?」

 

 去り際、雲雀から声をかけられる。どこか嫌な予感を感じながらも、ツナは恐る恐る振り返った。

 そして雲雀から言われたことは、

 

「君の知り合いじゃなかったっけ。笹川了平、やられたよ」

「…………え!?」

 

 

 

 

 

 ずっと歩いて、歩いて。

 気が付けば、町の外まで行こうとしていた。

 歩いているうちに、進んでいるうちに、ひどかった頭痛はだんだんとおさまっていて、今は少しだけ視界がぼんやりと霞がかるのみだ。

 

「そこを、右、か」

 

 つぶやき、その角を右に曲がる。頭に響いてる(気がする)声のナビゲートはなかなか的確で、町の地図が頭にある桃凪からすると最短ルートで通っていると言える。

 ゆっくりと、しかし確実に骸へと近づいているのを桃凪は感じ取っていた。

 骸に会ったときに、まずは何から聞こうか。なぜ自分をここに呼んだのか? 目的は何なのか? そもそもこの力は一体どういう原理なのか? 聞きたいことはいろいろある。

 

(足痛い……)

 

 散歩とかはよくしていたけど、こんな体調で歩き回ったことは今までなかった。覚束ない意識を現実に強く繋ぎ止めてくれるのが、今まで歩きっぱなしだったことによって生まれた痛みだけだった。あとは、すべてのものが遠くに、絵本の中に見えてしまって、感覚が薄い。

 いつもは実感によってセーブしていることを、何気なくやってしまいそうで。案外、お酒を飲んだらこんな感じになるのかもしれない。

 とうとう並盛町を抜けた。何もない、田園地帯が広がるだけの大地に、一本の道路が通っている。そんな場所を、歩いて行った。……にしても、わざわざこんな距離から桃凪の家の近くの公園まで歩いてきたのだろうか、あの少年は。

 そして、

 

「……ここだ」

 

 ぴたり、と足が止まる。

 黒曜センター。おととしの台風で土砂崩れが起きたため閉鎖され、今もなお放置されたまま廃墟と化している複合娯楽施設だ。幼いころツナと両親とともに来たこともある。

 骸はこの中にいるらしい。

 廃墟なのだから、普通だったら正面の門は閉まっているはず。けれど目の前の門には錠もついていなくて、桃凪一人だったら楽々通れるスペースが開いている。誘い入れる気満々といった感じだ。一度入ってしまったら、出ることはなかなか容易ではないだろう。

 それでも、もう決めたんだ。

 

「……よし」

 

 掛け声ひとつ。桃凪は中に足を踏み入れた。

 骸がいるらしき建物はなんとなくわかる。今、骸と自分は見えない何かで繋がっているからだ。それが何なのかはわからないけど、繋がっているからこそ、自分はここに呼ばれたのだろうから。

 すっかり寂れてしまった施設の中を歩いていく。黒曜センターの中は不気味なくらいに誰もいなかった。元からそうなのか、それとも骸の差し金か。どちらとも知れなかったが、今はその方が都合がいい。

 やがて見えてきた建物は、いかにも廃墟だといわんばかりの有様だった。おそらく今の時間が深夜ならば、絶対に何か出るだろうという様相の。ところどころ崩れかけている箇所もある。でこぼこの地面を歩き、開いている入口からその建物の中に侵入した。侵入、で合ってるはずだ。望まれてここへ来たけど、自分は決して望んでなんかいない。

 こんな会い方など、望んでなんか。

 壊れかけの階段を上り、薄暗い通路を歩く。人の手によって作られた構造物であるはずなのに、まるで巨大な生き物の体の中に入り込んでいるような気味の悪い感覚がする。

 いや、それは間違いではないか。ここはもう骸のテリトリーなのだから。

 階段を登り切った先の通路、そこから繋がる一つの扉。

 

 そこに、六道骸はいた。

 

「……むくろ、久しぶり」

「……ええ、待っていましたよ」

 

 あの日と同じ声、同じ調子。ただ一つ違うことは、前はぼんやりとしていて定かではなかったその姿が、今ははっきり視認できること。

 

「私、こんなに早く会うことになるとは思わなかったよ」

「そうですか? 僕は予感していましたよ、いずれ必ず……君とは再会することになる、とね」

 

 そういう、予感じみた何かは桃凪も感じたことはある。さしたる確証も、理由もないのになぜか、「そうなる」という確信を持ってしまうことだ。大体、嫌な予感のほうが当たりやすいが。

 だがしかし、今はそれよりも、

 

「なんで、私を呼んだの?」

 

 これが、一番聞きたかった。

 桃凪はあの日の記憶を、頭痛がおこるまで――桃凪が骸に呼ばれるまで、覚えていなかった。忘れさせられていたから。夢の中の出来事だと、思わされていたのだから。

 招こうとしなければずっと忘れたままだったのに、忘れさせたのはそっちなのに、なぜ。

 思い出させてまで自分をここに呼んだ理由を、きちんと聞きたい。

 それを聞くと、骸は薄く眼を細め、口を少しだけ微笑ませた。菩薩のような、でも薄くて冷たい刃のような、笑顔。

 

「少し趣向を変えてみようと思ったから、ですよ」

「……えーと、趣向?」

 

 桃凪は首をかしげる。骸に言いたい、問題の答えだけを教えられても、その答えにいたるまでの過程がわからないのでは結局何もわからないのと一緒だ、と。どこがわからない、と聞かれれば、全部としか。

 

「ああ、趣向というのは……今やっていることについて。それはまぁ、気にすることではない。ただ、君を招いて、事態がどう動くのか興味があるんですよ。こちらもいい加減飽きがきていまして」

「……意味が分かんないけど、むくろは、私を使って何かしでかしたいってことだけはわかった……かもしれない」

「それでいい。君の疑問には、これから答えるつもりですから」

 

 この時、桃凪は何も知らなかった。はぐらかす様な彼の言葉に、理解が及んでいなかった。

 骸のしていることも、今の状況も、骸の目的も、骸自身のことも。

 だからこそ、

 

「君は、ボンゴレを知っているか?」

 

「……え?」

 

 だからこそ、骸の言った一言に、桃凪は凍り付く。

 ボンゴレ。今、彼はボンゴレといっただろうか。なぜ、その名前を。彼が。

 呆然と、何も言えずに立ち尽くす桃凪を見て、骸は笑った。その反応が桃凪から出たことが嬉しくて仕方がない、というような表情で、笑っていた。

 

「僕の目的を、教えてあげましょう」

 

 じわじわと、退路が断たれている。逃げ道が狭まれている。骸はそこから一歩も動いていないのに、見えない糸のようなものが、確実に。

 骸はまるで、物わかりの悪い生徒にやさしく教える教師のようであって、人をそそのかし罪を教える、聖書の中の蛇のようだった。

 

「ボンゴレとはイタリアを主体にする巨大マフィアの事だ。命令ひとつで容易く世界を動かすことのできる、裏世界の支配者」

 

 その話はもう、リボーンから聞いている。

 けれど、だからどうだというのか。

 桃凪は動けない。骸から発される、その威圧感。悪意とも呼べるだろうそれが、桃凪の足を地に縛り付けていた。石になってしまったみたいに、動けない。

 

「僕の目的とは、このボンゴレを乗っ取りマフィア間の抗争を起こすこと。そうやって世界を混乱させ、その混乱に乗じて世界中の要人を乗っ取りさらにこの世界を破滅へと近付ける」

 

 熱の無い演説のごとく、淡々と骸が語る話は荒唐無稽で、非現実的で、血なまぐさくて、到底信じることなどできない。

 しかし、それを否定する材料もまた、桃凪にはなかった。

 

「そのために…………むくろは、ここに、来たんだね」

 

 頭の中が真っ白になりながらも、かろうじてつぶやいた一言。その言葉に、骸は(わら)った。

 

「ボンゴレは、そろそろ代替わりの時期のようですね。ボンゴレの後継者がここ、日本にいると知り、僕は彼を炙り出すことにした」

 

 ぎゅう、と心臓が締め付けられる。動悸が早くて、耳のすぐそばに心臓がやってきたように、うるさい。先ほどの苦痛とは全く別の、でも同じくらい嫌な汗が滲んできた。

 

「とは言っても……ボンゴレの情報が何もなかったので、仕方なく非道な手段を取らせていただきました……仕方なくね」

 

 骸は少しだけ困ったようなふりをしながら、肩をすくめる。その言葉はまるでコピー機から吐き出される用紙のように薄っぺらかった。

 と、ここまで聞いて、桃凪はようやく危機感を覚え始める。骸はこちらを害する気はなさそうだが、もしそのような気になれば桃凪など一瞬のうちに下せるのだと、実感がわいてきたからだ。

 日常的に非現実的な危険に見舞われていたからか、それともそんな毎日をなんだかんだで生き残っていたからか、じわじわと内側から燃えてくるような焦りを感じながらも、意外と頭の中は静かだった。

 しかし冷静だからこそ、逆に分かってしまった。

 

「君のいる並盛中で起きていた襲撃事件は、全てボンゴレを見つけるためだった。気づいていましたか?」

 

 骸が標的としている人物は、自分の兄であるということ。

 そして、骸は桃凪をここから逃がすつもりがないということ。

 

(……どう、しよ)

 

 ツナには関係ないと思っていた。だから何も告げずにここに来た。自分一人で何とかするつもりで来ていた。

 でも、それは間違いだったんだ。

 相談するべきだった、助けてというべきだった、打ち明けるべきだった。そうすれば、

 

 自分のせいで、ツナが傷つくこともなかったのに。

 

 きっと、ツナは迎えに来るから。桃凪を、見失ったりしないから。

 たとえそこが、蛇の巣だったとしても、必ず。

 

「……わ、たしは」

「?」

「……いつの間に、私を忘れていたんだろ」

 

 気が付くと声が漏れていた。考えていった言葉ではなく、ただ率直に、感情の赴くまま、支離滅裂に吐き出された言葉が、それだった。自分でも、意味が分からない。

 

「…………君は、いや、その話は後にしますか」

 

 骸がソファーから立ち上がり、そのままこちらに一歩、二歩。ゆっくりとした足取りで歩み寄ってきた。こちらを捕まえようとか、そういった気概は全く感じられない、実にリラックスした足取りだった。

 それもまた当たり前だ。ここは骸のテリトリーで、領域で、王国なのだ。この中にいる限りは桃凪は骸から逃げられない。逃げられる可能性も、無くなってしまったのだから。

 

「僕の遊びに付き合ってもらいましょうか、沢田桃凪姫?」

「…………」

 

 詰んでいる。確実に、チェックメイトの状況だった。ここから逆転する可能性は万に一つもなく、あとはただ無慈悲に手が振り下ろされるのを待つだけ。そういう展開。リセットボタンなんてないのだから。捕まるしかない、けれど。

 

 それでも、桃凪はあきらめたくなかった。

 

 桃凪の中にある、負けず嫌いな部分が、この状況を良しとするのを拒否していた。

 曰く、

 

 こんな奴に負けてたまるか。

 

「……ッ!」

 

 そう思うと、体が勝手に動いていた。立ち向かうことではなく、逃れることを。己の中に建てた誓い……必ず、ツナの所に帰るのだと。その願いを支えに、桃凪は骸を背にして逃げ出した。

 しかし、

 

「うわっ!?」

 

 走り出してすぐ、何かに体がぶつかる。壁とかの障害物のように、衝撃の全てが自分に返ってくるような硬質さはなく、むしろ人肌の温かささえ感じられる。少し遅れて、それが人間なのだと理解した。

 一瞬、骸の仲間がやってきたのかと思い、すぐに疑問を覚える。ぶつかった衝撃はずいぶん軽かった。元から小さい桃凪が衝撃でしりもちをついていないのだ。桃凪よりも小柄など、小学生くらいしかいない。

 耳に聞こえてきた、ばたんと重たいものが落ちる音と、ばさりとそれで空気がかき乱される音。すぐ近くに、桃凪の身長の半分はあるのではないかと思うほど巨大な本があった。桃凪はそれに、その本の持ち主に見覚えがある。

 あるけれど、信じられない。

 目の前にいる少年こそが、その本の持ち主で、桃凪のよく知る友達で。でも、決してこんな場所にいていいような少年ではなかった。なかった、はずなのだ。

 

「…………ふーた、なんで?」

「……桃姉ぇ、ごめんなさい」

 

 桃凪の目の前に、フゥ太が立っている。最近姿を見ていなかった。でも、だからって。

 ひどく憔悴したような顔で、今まで見たこともないような表情で、フゥ太がこちらを見ていた。いつもはくるくると動くまあるい瞳に、じんわり涙がたまっている。

 もう意味が分からなかった。すべてがおかしかった。今まで信じてきたものは、いったい何だったのか。どうして、こんな目にあっているのか。こんな、危険な目に。

 …………危険。

 そうだ、危険は。

 すぐ、そこに。

 

「歓迎しますよ」

 

 声は桃凪の背後から、囁くように滑り込んできて。それと同じく、あの時のような霧が辺りを取り巻き、桃凪の意識は繭に包まれるようにおぼろげになっていく。ふわふわと、自我が緩やかに崩れていく音が聞こえたような気がした。

 ぐらり、と体が揺れる。

 ――――不確かな世界へと、桃凪は沈む。

 

 

 

 

 

 まるで災害でも起こったかのような繁盛具合。リータは並盛中央病院にて、漠然とそんなことを思う。

 ツナは病院について一目散に病室……笹川了平がいる所に駆けて行ってしまった。それをリータは追いかけて、運よく、病室までの正確なルートを進むことができている。

 彼女の中には、一つの疑念があった。

 リボーンから襲撃事件の話を聞いてから、ずっと、ある少年たちのことが頭をよぎっているのだ。あの夜に、道を聞いた少年二人。あの時は気にしていなかったが、あの身のこなしは明らかに裏の世界の人間だとリータは気づいていた。

 夜に徘徊している裏世界の少年たち、そしてボンゴレ後継者であるツナの学校で起きている襲撃事件。いくら何でも別件として片づけるには少々つじつまが合いすぎていた。

 

「……一体、何が……、!」

「きゃっ!」

 

 考え事をしながら歩いていたからだろうか、曲がり角から慌てて飛び出してきた影、避けきれずにぶつかってしまう。

 相手がバランスを崩し転倒しそうになっているのを見て、半ば反射で手を伸ばし、助ける。

 ぶつかった相手は、明るい色の髪を外はねのショートカットにしたかわいらしい少女だ。

 

「ごめんなさい、大丈夫? ケガは?」

「ご、ごめんなさい! 大丈夫です……あ、あの、7号室ってどこかわかりますか!?」

「え?」

 

 焦りで顔を白く染めながら、少女が縋り付くようにリータに聞いてくる。少女の剣幕に驚いたわけではないが、思わずリータは驚きの声を上げていた。7号室は確か、笹川了平が入院している場所のはずだ。

 

「……貴女、もしかして笹川了平君の知り合い?」

「! お兄ちゃんを知ってるんですか!?」

 

 お兄ちゃん、ということは了平の妹、ということなのだろう。となるとツナとも知り合いなのかもしれない。

 

「彼の知り合いのツナ君が私の知り合いなの、だからこれから様子を見に行くのよ。ツナ君は先に行っているわ」

「ツナ君の……?」

「ええ。ツナ君よりもリボーンとの方が付き合いが長いけどね。……それとね、少し落ち着きなさい。そんな様子で病室に行くと、入院している方に心配されるわよ?」

 

 少女の肩に手を置いて、リータはじっと目を見つめる。目の前の少女は明らかに冷静を欠いていた。せわしなく動く目が、心配そうに握られた手のひらが、それを示している。

 

「病人……まぁ怪我人だけど、にはね? そういう風に切羽詰った雰囲気が毒になるのよ。だから……ほら、深呼吸して」

「は、はい……」

 

 そのまま、少女は目を閉じて静かに深呼吸する。さっき会ったばかりの人間の言うことをすぐ聞くとは、純粋というより世間知らずと評したほうがいい少女だった。

 

「落ち着いた? じゃあ行きましょうか」

「……わかりました。……あの、お姉さんは」

「私はリータよ。貴女の名前は?」

「笹川京子、です」

「そう、京子」

 

 少しだけ冷静になった京子と一緒に、了平の病室へと行く。

 件の病室の扉が見える位置、どうやら我慢しきれなかったらしい京子がダッと駆け出し、急いで扉を開けて開口一番こう言った。

 

「お兄ちゃん! なんで銭湯の煙突なんて上ったの!?」

「なんとなくだ!」

 

 一瞬聞いただけでは意味が分からない言葉だったが、それに淀みなく、むしろ勢いよく答えている少年が恐らく、京子の兄である了平なのだろう。すぐそばにはツナが立っていて、なんというか「どんな言い訳だよ」とでも突っ込みを入れたそうな顔をしていた。

 

「お兄ちゃん……、それほんとに捻挫なの?」

「ああ!」

「嘘!? 捻挫で入院なんてするの!?」

「酷い捻挫だからな!」

「手の包帯も!?」

「手もだ!」

 

 どこか噛み合っているようで噛み合わない会話。それでも京子の心配は本物で、了平は京子に心配をかけまいとしているのは、傍から見ても感じ取れる。

 やがて、今まで張りつめていたものが崩れてしまったのか、京子の表情がじわりと溶ける。眉は八の字に寄せられ、肩が落ち、ゆっくりと瞳が潤んできて、最後は涙声になってしまった。

 

「でも……よかった……。生きてて……よかったよぅ……」

「な、なな泣くなと言っているだろ!」

 

 ベッドの上の了平もやはり、家族の涙には弱いのか。本来なら安静にしておくべき体をあたふたとさせながら必死に京子を慰めていた。

 ツナが空気を読んだのか、そっと病室を後にする。入口にいたリータもそれに倣い、そっと病室の扉を閉めた。

 病室を出て、少し歩いて、廊下について。

 ツナは頭を抱えていた。

 

「なんで!? お兄さん風紀委員じゃないじゃん! 一体どーなってんだこれー!!」

(……あら、ツナ君気づいてなかったのかしら)

 

 病院には並中生ばかりだった。あの学校の風紀委員の規模はどれくらいのものかはリータにはよくわからないが、少なくとも風紀委員の知り合いだけではここまで大人数が集まったりはしないだろう。

 

「ねえリボーン、私、この間の夜にそれなりに出来る男の子たちと会ったのよ。関係あるのかしらね?」

「確証はまだねーが、考えられる可能性はあるぞ」

「やっぱり? ……ふう」

 

 リボーンの心当たり、とは何かはわからないが、なんとなくは予測でき。思わずリータはため息をついた。とても面倒な問題になってきたからだ。

 この事件がボンゴレと何の関係もないただの襲撃事件ならば、リータはキャバッローネファミリーボス補佐としてのしがらみなど全く関係なく、ツナ達に手を貸すことができる。けれど、もしこれがボンゴレが絡む事件ならば、ボンゴレの傘下であるキャバッローネファミリーはボンゴレの指令を待たなければいけなくなるからだ。

 まだ若い子供が、将来のためとはいえこういった危険なことに巻き込まれる事実。マフィアの世界で生きている以上避けられないことだとは理解できているけれど、やっぱりどこか心が重くなってしまう。彼のように望まずに巻き込まれた少年を見ていると、特に。

 少し憂鬱な気持ちでツナに目を向けると、彼は同じく病院に来ていたらしき知り合いから事件のことについて詳しい話を聞いている所だった。

 

「……つまり、風紀委員だけが襲われてたんじゃなくて、並中生だけが襲われてたってこと!?」

「そうみたいだ……マジヤベーって明日は我が身かもしれないぞ!?」

「う、嘘だろ……」

 

 自分の近くにある危機的状況に合点がいったらしく、さぁーっとツナの顔から血の気が引いていく。今までツナは「自分は風紀委員と何のかかわりもない中学生」だと思っていた。だから、いくら危険が間近に迫っていても余裕を持っていられたし、自分が危険に陥る心配などこれっぽっちもしていなかったのだ。

 けれどそれは間違いで、自分が並中生である限り常に狙われ続けているのだとわかってしまって。外に出たら最後鬼みたいに強い襲撃犯にボコボコにされて病院送りになってしまう、そんな想像……実際に現実になるかもしれないそれが頭をよぎり、ツナの足は震えだしていた。その隣でリボーンが「やっぱり護身術習った方がいいな」と不穏なことを口走っていたのだが、あいにくツナの耳には入っていなかった。

 おびえた子犬というか、むしろ生まれたての小鹿のように震えているツナを見て、リータは感慨に近い何かを抱く。彼のその姿がどうしても、昔のディーノと被って見えてしまっているから。

 

(本当にそっくりね、あの二人。ディーノがあの子を気に入る理由がわかる気がするわ)

 

 少しだけ、今の視界に過去の状況を重ねていると、後ろから足音が聞こえてきた。その足音の主はリータからは見えないが、視界にいる並中生がそちらを確認したとたんに一斉に頭を下げるのを見えて、好奇心から彼女は後ろを振り向いた。

 廊下の奥の方から歩いてくる黒い影。リーゼントと学ランという、とても特徴的な姿をした少年たちだった。確か、朝校門にいた風紀委員もあのような服装をしていた気がするので、おそらく彼らは風紀委員だろう。

 口にはっぱをくわえた大柄な風紀委員と、それに付き従うように歩いてくるもう一人の風紀委員。視界の端で、ツナが先ほどの知り合いに頭を下げさせられている様子が見えた。暗黙のルール、というものなのだろうか。まるで大名行列のようだ。

 二人組の風紀委員はそんな周りの様子など気にした風もなく、淡々と会話をしながら歩いていく。

 

「では、委員長の姿が見えないのだな」

「ええ。いつものようにおそらく敵の尻尾をつかんだかと……、これで犯人側の壊滅は時間の問題です」

「そうか」

 

 そんな会話が聞こえてきた。

 

「どうやら、雲雀が動いたみてーだな。ま、当然だろ。ここらで一番強いのはあいつだからな」

 

 足元にいるリボーンが独り言のようにつぶやいている。

 

「雲雀ってもしかして、朝に会ったあの子?」

「そーだぞ。ツナのファミリー候補だ」

 

 朝、ツナについて行って学校まで行ったとき。周りの子たちとは明らかに一線も二線も違う雰囲気を出していた、鋭い目をした少年のことか。

 彼がどうやら、今回の犯人の所に単身乗り込んだらしい。

 周りでは、彼が動いたのならもう大丈夫だ、と生徒たちの安堵と喜びの声が聞こえる。普段は恐れられているが、その恐れのぶん、信頼されてもいるのだろう。

 

「……でも、本当に大丈夫なの?」

「それはわかんねーな。雲雀は確かに強いが、それでも一般人から抜け出ている程度だ。……犯人がマフィアならあいつより強くても不思議じゃねー」

 

 少しだけ、リータは息を飲んだ。こういう時のリボーンの観察眼は本物だというのが、彼女にはわかっていたからだ。

 もしリボーンの言っている可能性だった場合、一人で死地に乗り込んだ少年はどうなるのか?

 

「って言ってもな、相手が並のマフィアじゃ無理だろうな。よほどのことがない限りは大丈夫だ」

「……なら、いいけど」

 

 リボーンの言うことを信じたい。

 でも、リータはこの感覚に覚えがあるのだ。昔体験した、そんなはずはない、起こるわけない、そう思っていることほど、現実になりやすい。嫌な予感ほど鮮明で、叶いやすいものもない。今回も。

 だからそれが現実になってしまわないように、リータはそっと祈っていた。

 

 

 

 

 

 リータの祈り。それは実際に死地にいる少年……雲雀からしてみれば、てんで見当違いのものであった。

 まずは一人二人小手調べに。黒曜センターにて、雲雀は大勢の黒曜の生徒に囲まれながら自らのトンファーの調子を確かめていた。すれ違いざまに数人の男たちを殴りとばしながら、悠然と歩を進める。

 歩きながら襲ってくる奴をまず一撃、後ろから武器をふりあげられたので避けて相手がバランスを崩した所で一撃。これで四人。

 襲撃事件の犯人、雲雀からすると悪戯の犯人がどこにいるのかはわからない。しかし、そんなことは雲雀にとってさしたる問題ではないのだ。

 片っ端から潰していけばいい。

 五人、十人。そろそろ両手じゃ数えられなくなった。人探しをしているだけなのに次から次へと人が襲ってくるのは正直言ってうっとうしい。どうせ強くも無いくせに、群れで襲ってくるのはもっとうっとうしい。

 二十、三十。そろそろ数えるのが面倒になってきた。

 目に付いた建物に足を運ぶ。足元の割れたガラスが革靴に潰されぱきりと音を立てて割れた。

 雲雀の通った道、その道程には彼が倒した敵が積み上がっていて。先ほど不意打ちをしてこようとした奴もいたが、そんなことはわかっていたので特にどうというわけでもなく。

 驚くほど簡単に、彼は黒幕と相対出来ていた。

 

「やあ」

「よく来ましたね」

 

 相手は余裕と自身に満ち溢れた声をしていてむかつくが、この場面で怯えるようならそれはそれでつまらない。どっちにしろ咬み殺すのだけど。

 ああでも、それよりも。

 

「……それなに」

「? それ、とは?」

「それ」

 

 ぴっ、と雲雀が持っていたトンファーで、黒幕の少年の隣を指し示す。

 そこにいたのは、ソファーに寝転んでぐったりとしている、あのめんどくさい小動物だった。車で轢かれた猫のように動かないが、かすかに呼吸の音が聞こえる。まだ、生きているようだ。陽だまりで日向ぼっこしてるほうがお似合いの小動物が、なぜかここにいる。

 正直、いらない、すごく邪魔、必要ない。帰れ。

 

「……何でここにいるのか、ということでしたら。僕が招いたからですよ」

「…………ふぅん」

「知り合いでしたか?」

 

 認めたくないが、顔は知っている。

 

「クフフ……そうですか。ならば話は早い、彼女の身が惜しければ……」

「うるさい」

 

 知っているが、それがどうした。

 雲雀に人質など通用しない。だって、その気になれば一人でだって生きていけるのが彼なのだから。

 小動物がいたのは予想外だったが、別にそれだけ。情とか義理とかを求めているのならば、それは大きな勘違いというものだ。

 あの小動物は勝手に雲雀の傍に来て、勝手にそこに居座っているだけ。別に一度たりとも雲雀がそこにいて欲しいと頼んだわけじゃないし、居ても居なくても、どちらでもいいと思っている。

 だから雲雀が彼女を助ける理由など無いし、捕まったのなら勝手に抜け出せばいい。小動物自身も、雲雀が助けてくれるなど露ほども思っていないだろう。

 助けを求められたわけじゃないのに助けるなどばかばかしい。そういうことは弱い草食動物たちが自分たちのコミュニティで行えばいいだけだ、雲雀がそんなことをするわけがない。そもそもの話、

 

 あの小動物が、このような状況に陥った時、雲雀に助けを求めるはずがないだろう。

 

 勝手になんとかすればいい。それができないのなら、自分の隣にいる価値などないのだから。

 

「そんなつまらないことで、時間を消費したくないんだ」

「クフフ、随分と薄情ですね」

 

 もうこいつとは口を利かない、話しても話さなくても同じ結果なのだから。そう思って雲雀は歩を進め。

 ……。

 …………? 何かおかしい。

 

「おや? 汗が噴き出していますが、どうかなさいましたか?」

「……黙れ」

 

 冷や汗、なはずはない。恐怖など感じるはずもないし、焦っているわけでもない。戦いの時の緊張感とも違う。

 ならばこれはなんだ?

 

「しっかりしてくださいよ。ほら、僕はこっちですよ」

「……っ!!」

 

 足がふらつく、体のバランスがおかしい。三半規管が無くなってしまったような不安定さ。この感覚は、

 男が手元にあるスイッチをいじる。カチリという音と共に辺りが電灯に照らされ、今までよく見えなかった部屋の様子が鮮明にわかるようになった。

 

「海外から取り寄せてみたんです。クフフフ、本当に苦手なんですね。――――――桜」

 

 そこには、季節外れに狂い咲く、満開の桜の木。

 

 

 

 

 

 ぶち、という音がした。

 ツナが足元を見てみれば、ぴちぴちと跳ねまわる気持ちの悪い物体が。

 

「な、なんだこれ!?」

「あら、リボーン。レオンの尻尾切れたわよ」

「そーみてーだな」

 

 どっからどう見ても気持ち悪い光景なのにこの二人は何とも思ってないのか!? と一瞬ツッコみかけたツナだったが、むにゅむにゅと変化しているレオンの姿を見ていると、そんな考えは吹っ飛んでいた。

 

「だ、大丈夫なのか? レオンいろんなものに変わりっぱなしだぞ!?」

「尻尾が切れて形状記憶の制御が出来なくなってんだ。時間が立てば収まる」

「なんじゃそりゃ……」

 

 相変わらず思うが、レオンは本当に地球の生き物なのだろうか。宇宙からやってきたと言われた方がまだ信用できる気がする。形状が変化するカメレオンという時点でそもそもあれだが、生態が謎過ぎて。

 もっとも、リボーンも同じくらい謎だから二つ合わせればイーブンなのかもしれないが。

 その時、向こうの廊下からガラガラとキャスターの転がる音が聞こえてきた。病院だから担架に人を乗せて運んでいるのだろう。けれど、騒がしい音はツナの身をすくませる。この状況ならば、なおさら。

 

「どきなさい! また並中生がやられた!!」

「……え!?」

 

 担架に乗って運ばれていったのは、先ほど病院を出ていったばかりの風紀委員の片方だった。ツナには、彼が風紀委員副委員長の草壁哲也だとはっきりわかる。副委員長のまさかの様子に病院にいた並中生からざわりと動揺が広がった。

 

「草壁さんだ!」

「病院出てすぐにやられたんだって……!」

 

 そんな、確か雲雀が敵を倒しに行ったはずだ。それなりに時間が立っているから、今頃はもう相手のグループは壊滅していてもおかしくはないはず。なのに、何で。

 まさか、雲雀が負けた?

 

「……ねえリボーン、最悪の可能性、叶っちゃったんじゃないかしら?」

「レオンの尻尾も切れたしな。これが切れるってことは、不吉だ」

 

 あの雲雀が喧嘩で負けるわけがない。そう思っているのに、一度腹に落ちた黒くて苦い塊はなかなか取れはしなかった。ぐるぐると嫌な予感がして、気持ち悪い。

 吐きだしたくて大きく深呼吸をして、隣のリボーンを見たのだが。リボーンは何かを考えた後、レオンをツナに預けて草壁の所に走り出した。その後戸惑う周りの人間を無視し、気絶している草壁の口の中を確認した後戻って来る。それをリータは何やら憂鬱そうな顔で見ていた。

 

「リボーン、何してんだよ!」

「他に考えにくいな」

 

 いつものように何を考えているのかわからない表情をしながら、キャスターで治療室へ運ばれていく草壁を見送った後、リボーンは告げた。

 

「喧嘩売られてんのは、ツナ。おまえだぞ」

「……へ!?」




お久しぶりです。待っていたコメント、誠にありがとうございます。励みになりました。皆さんのコメントがこの作品の燃料になっています……。
リータをメインで動かすようになって、彼女のキャラ付けの難しさがわかったり……。

余談ですが、キャラクターにイメージソングを付けるのならどんな感じがいい?みたいな想像をしていると、なぜか桃凪のイメージソングは「ゴールデンタイムラバー」と「森之宮神療所☆」になりました。気になる方は検索どうぞ、首をかしげることうけあいです。
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