第二十四話 「繰り返す」
雲雀が骸と話していた時。実は、桃凪は意識を保っていた。
目を開けるという行為が億劫で、雲雀から見ると眠っているように見えたかもしれないけれど、桃凪は雲雀と骸の会話を聞いていた。
正直、雲雀が来たときはああやっぱりなぁという感じだった。あの雲雀が、ここまで自分の縄張りに食い込んできた相手を放っておくわけがないのだから。
しかし、まさかここまでどうでもよさげな扱いをされるとは。いや予想はしていたが、もしも来たのならそういう反応をするだろうなとは思っていたが。
(やっぱ、きょーやはきょーやだなぁ……)
そして、それが少しうれしくもあった。
なんというか、こんなによくわからない、非日常的な状況の中にあって、雲雀だけはいつものように普通だったから。ある意味では、安心した。
(……帰んなきゃ。早く)
だからこそ、強く思う。
ツナの所へ帰りたい、と。
少しだけ保たれていた意識が再び、奥へ奥へと沈んでいく。
沈んでいく中、
誰かの背中が、見えた気がした。
第二十四話 「ripresa」
「ケンカ売られてるのがオレって……どういうことだよ!」
「ツナ、お前は被害者の特徴を覚えてるか?」
「え?」
被害者、というのは襲われた並中生のことだろう。彼らにだけある特徴とは確か……。
「……全員歯を抜かれてるんだっけ?」
「そうだ。それも全員が全員、同じ本数抜かれてるわけじゃねー」
先ほど襲われた草壁は、リボーン曰く4本。その前に襲撃された了平は5本だった。
そしてリボーンの捕捉によると、了平の前に襲撃された森山は6本。その前の押切が7本、さらに前の横峰が8本、その前は9本で、そのさらに前は10本。そこまで聞いてようやくツナにも合点がいく。
「あ! 数字がきれいに並んでる……!」
最初に襲われた人物は24本すべての歯を抜かれていたらしい。それから順番に1本ずつ、数が減っていっている。
「つまり、奴らは歯でカウントダウンしてやがる」
「な!?」
「……でも、リボーン」
今まで意味不明だった犯人の行動に、全て何らかの意図と理由が込められていることを知って驚愕しているツナ。そして、冷静にそれを聞きながら、リータは一つの疑問を口に出した。
「相手がカウントダウンをしていたからとはいえ、それがツナ君を狙っているって説明にはならないんじゃない? ただ単に、遊び感覚なのかもしれないしね」
「それについてはこれから説明するところだ」
そういってリボーンはぺらりと一枚の紙を二人に見せた。表題は「並盛中喧嘩の強さランキング」。唐突に渡されたそれにツナの理解が追い付かず、どういうことなんだろうとリボーンに聞き返す。
「えーと、これがどうかしたのか……?」
「おめーは鈍いな。襲われたメンツとそのランキングを見比べてみろ」
「???」
「…………あぁ、なるほど」
何やら得心がいったように頷いているリータと、すでに見当がついている、というよりも事件の真相がわかっているらしきリボーン。その二人の様子にツナは何か嫌な予感を感じながらも、ツナは襲われた人とランキングの人物を見直した。
すると、
「! ぜ、全員、ランキングに載ってる……!?」
「それだけじゃねーぞ、襲われた順番と歯を抜かれた本数が順位とぴったり一致してる」
「マジかよ!?」
慌てて見直してみると、確かに。了平の順位は5位だし、草壁の順位は4位だった。24位から上は一人たりとも違うことなく、きれいに並んでいる。
ここまで精密なランキングを作れるものなど、ツナは一人しか知らない。
「このランキングって、フゥ太のだよな?」
「ああ」
「な、なんでフゥ太のランキングを相手が持ってるんだよ!」
そういえば今朝から姿を見ていない、自分のことを慕ってくれる少年。まだ幼いながらも彼の持つランキング能力は百発百中で、マフィアのボスも頼りにするほどだ。それゆえに多くの人から狙われている少年でもある。
「どうなってるんだよ、これ……」
「オレ達マフィアには「
フゥ太の秘密は業界では最高機密の扱いらしい。一般の人間がフゥ太のランキングの事について知るわけも無く、さしあたってこの秘密を知っているものはごくごく少数に絞られてくる。
「つまり、このランキングを入手できるのは……」
「あっ!」
リボーンのまとめを遮るようにツナは声を上げた。犯人解明で忙しかったせいで頭からスポーンと抜けていたが、よくよく考えればこの場で悠長に話している時間など無い。
だって、4位の草壁が襲われたのなら、次に襲われるのは3位の人間ではないか。
「そういえば3位っていったい誰…………なっ!? う、嘘だろ!?」
ランキングに目を通し、3位に書かれている名前を見た瞬間、ツナは思わず絶叫した。
そこに書かれていたのはツナもよく知る名前で、先日まで一緒に行動していた人でもあり、今日は見舞いに来て会えなかったが、いつもはツナと同じ教室で勉強する仲でもあり、……認めたくないが、マフィア関係の人でもあった。
「獄寺君じゃないか!」
並盛中喧嘩ランキング映えある第3位は、ツナの友人、
「り、リボーン! どうしよう、どうすれば……!」
「なかなかヤベー事態になってきたな。ツナ、お前が行け。オレは気になることを調べる。あとリータも残れよ、聞きたいことがあるからな」
「へぇいっ!? お、オレー!?」
ツナが何か反論する暇も無くリボーンは去り、その場にはツナだけが残された。
戸惑いながらも考える。獄寺は恐らく、自分が喧嘩の強さランキングで3位になっている事も、それが理由で何者かに狙われている理由も知らないはずだ。とりあえずは獄寺にそれを伝えて、人が多い所や屋内に避難してもらわなければ。
「獄寺君どこだろ……、学校かな……!」
平日の昼間なのだし、学校にいるはずだ。というか、そうであってくれ。
そう祈りながら、ツナは病院から一目散にかけ出した。
……ツナがそうやって病院から走り去っていった後。
「ねぇ、私に聞きたいことって?」
「お前、ディーノと連絡取れるか?」
「ディーノと? ……何かあった時のために、常に連絡をとれる直通回線は持ってるけど……あの子に何か頼み事?」
「おう。ここ最近、イタリアのほうで何か大きな事件があったかを知りてーんだ」
少なくともリータの記憶にはそのような事件はない。けれど、自分がイタリアから発ったのは数週間前だったし、その間に何か事件が起きていてもおかしくはないだろう。
「わかった、ディーノに連絡を取ってみる。……それと、リボーン」
「今回の件、お前は簡単には動くな」
「……やっぱり、そうなっちゃうのね」
有無を言わさないリボーンの言葉に、リータは肩を落とす。
リボーンがそう言う理由はわかっているのだ。リータの立場は非常に難しい所だし、彼女が勝手に動いては事態が悪化する可能性だってある。それはわかっている。彼女が落ち込んでいるのは、それとはまた別の理由だ。
「ツナが心配なんだろ? お前は昔から、身内には過保護なところがあるからな」
「それは……そうね」
「ディーノがへなちょこだったのもお前があいつを庇ってたからでもあるからな。だからこそ、オレはお前がいないところにあいつを行かせたんだ」
「……わかってるわよ。でも、仕方ないじゃない」
かつて、自分はディーノを甘やかしていたことがある。
ディーノは昔からキャバッローネファミリーの10代目になることを決定づけられていたが、本人のその自覚は薄く、また優しく陽気なファミリーに囲まれて育ったため、基本的に争い事が苦手な性格だった。喧嘩など起ころうものなら悲鳴を上げて逃げていくし、持ち前のうっかりさを発揮しよく野良犬の尻尾を踏んづけて追っかけられることなど日常茶飯事。そんな情けない、けれど優しい少年だったのだ。
でも、血風吹きすさぶマフィアの世界において、その長所は短所にしかならなかった。ディーノとリータの父親である9代目は、そんなディーノを心配し、マフィアの世界で生きていくための家庭教師にリボーンをつけさせることを決める。それはディーノにとっては不本意なものであったが、後にキャバッローネの看板を背負う事になる「跳ね馬」ディーノを育て上げたのもまた、彼だ。
そして、その時リータは、
「……私だけ、私だけは何も知らされていなかったのよ。自分がマフィアの生まれなことを。本来なら、先に生まれた私のほうが10代目を継ぐはずだったのに」
「言ってやるな。でっけー夢を持った娘のために、後ろ暗い世界を見せようとしなかったんだよ、お前たちの親父は」
自分がマフィアの子供であること、本当なら、ディーノではなくて自分が後を継ぐはずだったこと。
それらすべてを知らされないまま、リータは生きていた。
知ったのは、本当の意味で全てが終わってしまった後。
父親が、抗争で死んだ後だった。
「……あの時のディーノみたいな思いは、もうさせたくないの。誰かが傷つく原因を自分のせいだなんて思ってほしくないの」
あの時、自分がすべて知っていたのなら。ディーノはあそこまで傷つかなかったのではないだろうか。自分が、ディーノの重荷の半分を背負ってやることもできたのではないだろうか。そう思うたびに、彼女はたまらなく泣きたい気分になってくる。ディーノが何も言わないから、さらに。
ずっと姉として弟を守っていたというのに、肝心なところで守られていたのだ。
だから、心配なのだ。あの子は、昔のディーノによく似ている。気弱で優しくて、マフィアになるには向かない子供。
「だからせめて、心配くらいしたっていいじゃない」
人が倒れている。
みんながみんな、白い服を着ている人だ。
でも、赤い。
白ばっかりなはずなのに、赤い。紅い。朱い。
これはいったい何だろう?
「……う、 。けほっ……ごほっ……」
息を吸うことを忘れていた。体に圧をかけられているみたいに、肺の動きが鈍っている。意識が戻ってきた体が、命を繋ぐために必死で呼吸を繰り返していた。
頭がずきずきしていて、顔全体が熱い。熱が出ているのか、頭痛のせいでそう思っているのかはわからないが、現状、コンディションは最悪だと言っておこう。
意識の覚醒は五感の目覚めを誘発する。最初に確認できたのは意外にも嗅覚で、埃っぽくくすんだ空気の臭いを感じ取る。次に視覚の情報が脳へとゴールした。室内なのに何故か霧に包まれてよく見えない。なんかの病気、とは思いたくないなぁ。
触覚が今自分の寝ている場所を知る。柔らかくもなければ硬くもない、スプリングの壊れかけたボロボロのソファーの上。そして聴覚、誰かがこちらに歩いてくる音がする。
「起きましたか?」
「………………むくろ」
ソファーの近く、こちらの顔を覗き込むように佇んでいるのは、おそらく自分の頭痛の原因となっているであろう骸だった。霧のせいで見えにくいが、緩やかな笑みを浮かべていることが確認できる。
ああもう、最悪の目覚めじゃないか。
「…………きょーや、来てたよね。どこ」
「雲雀恭弥のことですか? それなら、すでに僕が倒しましたが」
「……倒したの? きょーやのこと」
骸はあの時、桃凪が起きていたことに気づいていたらしい。起きていた、と言っても意識が保たれていたのはほんの十数秒くらいだったし、大体のものがぼんやりとしていたのだが、雲雀がここに来ていたのは覚えている。
雲雀は強い、桃凪にはそれがわかる。だから、骸が雲雀を倒したといったとき、すぐに信じることはできなかった。
重たい頭をゆっくりと動かして、部屋の様子を確認する。いつの間に場所を移動したのだろう、照明のない暗い部屋だった。壊れて床に散らばったガラスに、散乱しているガラクタ。でも、そんな部屋の惨状よりもよほど目を引くのは、
「……きょーや、だ」
床に倒れ、ピクリとも動かない雲雀のことだろう。
制服の白いシャツは所々血と埃で汚れ、近くには彼が愛用しているトンファーが転がっている。生きている、のだろうか。それが疑わしく思えてくるほど、彼の状態はひどかった。
「おや、やはり知り合いでしたか」
「…………ああ、まぁ、知り合い、かもしれない」
「疑問形ですか」
いや、知り合いなことは決定事項なのだが、こう、親しい仲というと少し変な感覚がするというか。間に存在する情のようなものを感じ取れそうにないというか。
それはともかく、雲雀だ。
不調な体を動かし、ソファーから移動するべく力を込める。自宅から黒曜センターまでの移動か、それとも意味不明な頭痛の負荷のせいなのか、まるで全力で運動した後のように、力が入らなかった。
「う……、わ、あっ」
ずるり、とソファーについていた肘が滑る。何かを感じるような時間もなく、桃凪はそのまま頭を地面に叩き付けそうになった。なった、というのは、直前で骸が桃凪を助けてくれたからだ。桃凪を支えてくれた手は、予想以上に人間らしい。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫だから、ちょっとどいて……」
でもありがとう。と、自分をこのような状態に陥らせている原因に律儀にお礼を言う桃凪。意識が朦朧しているというより、頭が足りていないといったほうが適切かもしれない。
骸は、そんな桃凪の言葉に少し驚いた様子で、桃凪がふらふらと横を通り過ぎるのもそのままにしている。
雲雀は桃凪が近くに来ても反応しない。ぐったりと頭を地面に投げ倒していて、人形のように動かないままだ。
「きょーや」
肩に軽く触れて、優しくゆする。触れた手のひらからぬくもりが、呼吸のかすかな動きが、生きている感覚として伝わり桃凪を安心させた。けれど、雲雀は反応しない。
「きょーや、ってば」
揺すっているだけでは起きないと思って、うつぶせで倒れている雲雀を助け起こした。力の抜けた人間は予想以上に重くて、力を込めるたびに頭が割れそうに痛む。勘弁してほしい、痛いのは苦手なんだ。
「起きて、きょーや、朝だよー……」
何度も何度も、反応するまで話しかけ続けていた。いつもの彼なら今は朝ではないとか静かにしろとか、そういった反応をもらえるのだが。
「――――……」
「……む」
やがて、ぼそぼそと雲雀の口からつぶやきが漏れる。骸には聞こえなかっただろうが、至近距離の桃凪には聞き取ることができた。
何を言っていたかというと。
「………………………………うるさい」
「……うん、ごめん」
ああ、本当にいつも通りの雲雀だった。もう他に形容できないほどの雲雀っぷりだった。
たとえどのような状況になろうとも、自分一人の力だけで立とうとするところ。それが、桃凪の知る雲雀の姿。
「きょーや、きょーや、平気?」
「…………」
「そっか。よかった」
実際、何がよかったのかはよくわからないが、雲雀が「もうこれ以上喋るな」と思っているのだけはよくわかったので、大人しく話を切り上げることにする。
雲雀はもう動く気力はないのだろう。敗北感からとかではなく、体力とコンディションの問題で。意識だって、今は辛うじて保たれているが、本当は落ちる寸前なはずだ。
それでも、雲雀は心配されることを望んではいないだろうから、よかったでいいのかもしれない。
「話は終わりましたか」
骸の声だ。どうやら桃凪と雲雀の会話が終わるまで律儀に待っていてくれたみたいで、二人の会話の切れ目にそっと、言葉をすべり込ませてきた。
骸の声が聞こえた途端、ぎっ、と。雲雀から何か、圧力のようなものが発せられる。それは多分殺気と呼ばれるもので、対象ではないはずの桃凪まで震え上がってしまいそうな、研ぎ澄まされた刃が形になって見えそうなほど鋭利な殺気だった。
けれど骸はそんなものなどどこ吹く風といった様子で、突き刺さる刃を受け流している。
「術はそこに彼がいる限りは解けませんが、大丈夫ですか? 見たところかなり辛いようですが」
骸が言っているのは、桃凪の頭痛のことだろう。だからやっている本人が一番他人事なのはどうかと思うのだが、それを骸に言ったところで何も解決しないことなどわかっている。この場合、自分は骸になんと返すべきだろうか。
「辛いのは、そうだけど。それより……」
「?」
「むくろは今どうしようとしているのかを、聞きたいかも」
というか、これから自分たちをどうするつもりなのかと。
「……えーと、ほら。私は別に、何ができるわけじゃないからいいと思うんだけど」
桃凪は何の力もないから、ここから逃げることはできない。骸もそれがわかっているから、桃凪をどこかに閉じ込めたり、縛っておいたりはしていない。
「でも、私はともかく、きょーやは野放しにしておくには危険すぎる」
けれど、雲雀はそうじゃない。いくら満身創痍とはいえ、そのままどこかに放っておくことはできないはずだ。両手両足が折れようと這いずってでも獲物を咬み殺そうとする、それが雲雀なのだから。
「だから、きょーやをどうするつもりなのかを、聞きたい……と思う」
それが例えば、想像したくはないけど、始末する、とか言う物騒な方向ならば、役に立つ立たない以前に全力で抵抗しなければならない。
もっとも、その可能性は薄いとはわかっているが。
「……なるほど」
「うん。で、どうなのかと」
「そうですね、彼は出番が来るまでどこかに幽閉しておくことになります。そろそろ、当たりを引きそうですからね」
当たり、というのは。
(はやとか……たけし、かな)
とりあえず、今すぐ雲雀をどうこうしようとは思っていないらしい。それは少し安心した。この分なら、雲雀から離れても大丈夫だろう。……本当は、片時も離れずに傷の治療をしたいのだけど。
「……そっか、まぁ、今のところは、安心……か、な」
安心したら、なんか、どっと疲労感が。今まで緊迫した雰囲気のせいで忘れていたが、今桃凪はとんでもない頭痛がしているのだ。こうやって起き上がっていることも辛くて、もう、このまま床にぶっ倒れてしまいたくなるほどの。
けれど、それをするにはためらわれた。
だって、骸の部下が、今この瞬間にも獄寺や山本を狙っているかもしれない。傷つけているのかもしれない。それだけじゃない、ツナにだって、危険が及んでいるかもしれない。安心はあくまでも雲雀の身だけで、今並盛町にいるメンバーは何にも保障されていないのだ。
そんなことはわかっている。
わかっているが、どうにもできない。
どうにもできないのなら、どうするべきか?
その答えを出す前に、再び、桃凪の意識は緩やかな闇に包まれていく。雲雀を支えていた体がかしいで、廃墟の床が近づいてきた。
「安心、ですか。君はずいぶんと気楽で……おや、また眠るのですか」
遠くで骸の声が聞こえる。
もう、限界が近いようだ。床に倒れた感触さえも、定かではない。
(帰ったら……体とか、鍛えよう)
この頭痛がそう言うものなのかはわからないが、体力をつけておいて損はない。そんな、今この状況で考えるようなことではない、どうでもいいことが頭を巡る。
「……おやすみなさい。次に目が覚めた時、君の目には何が映るのでしょうね? 変わり果てたボンゴレの姿か、それとも……」
最後まで聞くことはできなかった。
なんだか最近、こうやって意識を失ってばっかな気がするなぁ。
骸の声に引っ張られるように、桃凪は深い眠りに落ちた。
「ええ、そう……ここ数週間でね、お願い。何か分かったら教えてってリボーンが言ってたわ」
『それくらいはいいけどよ……』
リボーンと別れてから、リータはディーノに専用の端末を使って連絡を取っていた。専用の端末と言っても、携帯電話を改造したもので、見た目は普通の折り畳み式の携帯と変わりはない。
しかし、リボーンの頼みだというのに、ディーノはやけに歯切れが悪かった。本人は隠しているつもりだが、伊達に姉弟をやってなどいない、お見通しである。
「……ディーノ、貴方、私に何か隠し事してるんじゃない?」
『なっ!? 何言ってんだよ姉貴! んなわけねーだろ』
「…………」
怪しい。すっごく怪しい。
今すぐにでも問い詰めたいところだったが、こういう時のディーノはやたらと口が堅いことは、長年の経験からわかっていた。
だからこの場合は、
「……ねぇディーノ?」
『…………な、なんだよ』
先ほどとはうって変わって、優しげな声音になるリータ。明らかに何かを含んでいるその声に、警戒心を高めながらもディーノは返事をした。
「貴方、私に対して隠し事ができると思ってる?」
『いや、だからしてねーって……』
「何を隠してるのか、当ててあげましょうか?」
『……は?』
少しだけ、ディーノの声が固まる。
リータは別に人の心が読めるわけではない、テレパシーとかも持ってない、しかし、リータならやってしまうかもしれない。長い間姉を見てきたディーノは、一瞬そんな疑念に支配されたのだ。
その結果、コンマ数秒リータへの対応が遅れた。
「……ほら、やっぱり何か隠してるじゃない」
『え? ……あ』
「そんなことない、は通じないわよ。何年貴方の面倒を見てきたと思ってるの。後ろめたいことがなければ、そんな反応しないでしょ」
『……ああもう、わかったよ』
勝ち誇るリータの声を聞いて、ディーノは深い、マリアナ海溝よりも深いため息をつく。
ディーノの持論だが、兄弟関係というのは大体、生まれた瞬間から決まっている気がする。
ツナ達のような、お互いがお互いを半身だと思っているような関係もあれば、ディーノとリータのような、上下の順位がわかりやすいほどあらわれている関係もある。
……別に、大事な時にはきちんとボスとして自分を支えてくれるから、文句はないのだが。
『…………あのよ、姉貴』
「……何?」
少しの逡巡の後、少しだけ声のトーンが下がったディーノに、知らずリータも襟を正した。
『……墓参り、行ってきたのか?』
「――――――――」
――――――――。
『いきなりこんなになげー休暇取ったんだ、やっぱそう思うのが普通だろ』
「――――」
『あー、と。それによ、オレはその時いなかったから、あんまり知らねーけど、その、やっぱ、……まだ、引きずってんのか?』
「――」
『……姉貴?』
――――――――――……。
『……オイ姉貴! だいじょ「ディーノ」あ、あぁ?』
――――――――私は。
「――――――――……呆れた」
『……はぁ!?』
長い長い沈黙の後、リータは、本当に、心の底から、呆れたように、ため息をついた。先ほどのディーノの溜息とはまた別の、自分ではなく相手に脱力してしまったような、肺から絞り出したため息を。
『呆れたってなんだよ!?』
「だって、呆れもするでしょう? いつになく神妙な様子だったから、何を抱え込んでるのかと思えば……そんなことだったなんてねぇ」
『そ、そんなこと……』
自らの過去を、そんなことで片づけていいのか。そう聞きたかったディーノだが、リータはそれを聞く前にぴしゃりとディーノの言葉を遮った。
「そんなこと、よ。いい? ディーノ。私があの事を引きずっている、っていうのは事実よ。けれどね、それで動けなくなってるって思ってるのが、そもそもの間違いなの」
つらつらとよどみなくリータはディーノに言葉を畳みかける。そこに一切の動揺はなく、躊躇いもなく、ディーノは本気でリータがそう思ってるのだと知れた。
「私は、引きずっていくことを選んだの」
目を閉じると思い出す。
どうして、なんで。そんな理不尽に打ちのめされた、あの時のことを。
「私の後悔も懺悔も、全部引きずっていくの。忘れないために、擦り切れないために、強くなるために。全部を引きずりながら、それでも貴方の隣に立つことを選んだのよ、私は」
『……』
「少しは私を信頼してよ。私がそんなに弱いと思った?」
最後の言葉にはかすかに笑みを乗せて、彼女は己の本心を口に出した。それは紛れもなく本物で、一片の狂いもなく美しくて、惚れ惚れしてしまうほど純粋な、本心。
だけど。
『……大丈夫か?』
「何が?」
『いや……こういうのもなんだけどよ。――――乗り越えたほうが、ずっと楽だぜ?』
本心だからこそ、ディーノは心配してしまう。
いつか耐え切れなくなってしまうのではないのかと。
背負っていくものの重みに潰されて、彼女が死んでしまうのではないかと。
彼女を信頼していないわけではない、むしろ誰よりも信頼しているからこそ、ディーノは彼女を心配しているのだ。
マフィアになるには優しすぎる彼女が、これ以上傷ついてしまうのを。
ディーノは彼女の「優しさ」を誰よりも信じているからこそ、誰よりも彼女の身を慮っている。
「…………大丈夫よ」
そんな弟の様子がいじらしくて、それと同じくらいうれしくて、リータの声音は気づかないうちに優しくなった。
「大丈夫だから」
『……ん、ならいい。リボーンにあとで連絡するように言っといてくれ、情報があったらそこで渡す』
「はいはい」
軽くあいさつを交わして、ディーノとの通話を終了する。
「…………」
一息。
「……大丈夫」
知らず知らずのうちに、リータはそんなことを呟いていた。
それは遠い所にいる弟へのエールにも聞こえたし、自分自身の心を奮い立たせるための独り言にも聞こえた。
大丈夫よね?
今はもういない、思い出の中だけになった人に、リータは心の底で語り掛ける。お願いだから、見守っていてね。
周囲には誰もいない中、ぽつりと、誰かの名前を呼ぶ声だけが、やけに強く響いたのだった。
「――――ステラ」
それは彼女にとって、忘れられない人の名前。
黒曜センターボウリング場。例にもれず廃墟らしく寂れぼろくなったそこ、動いていないボウリングマシンとコースに、久しぶりの音が帰ってきていた。
所々に細かい傷がつきながらもまだまともに直線を走ることの出来るボウリングの玉を手に持ち、コースとの感覚をとりながら、犬が玉を放る。真っ直ぐ進んで行った玉はコースの先、ボウリングのピンだけではなくそこらへんにあったのだろうガラスの瓶や空き缶も一緒に並べてある手作り感あふれるセットの中心に当たって、甲高い音がはじけた。
「骸さ~ん、んで、どーだったんれすかー? 並中のボスの? スズメだっけアヒルだっけ?」
見事にストライクを出した犬が振りかえり、ソファーに座る骸に聞いた。ついさっき帰って来たばかりの彼は骸が戦っている相手の詳しい詳細を知らず、ただ骸が彼に勝ったことぐらいしか分からなかった。
それと帰ってきたら何故か人が一人増えていた事もよく分からなかった。何なんだろうか、あの小学生?
「ハズレでしたよ。歯をとるまで横になってもらってます」
「っひゃ~、生きてんのかな~? そいつ」
「それはともかく犬、千種は?」
「えー? ああ、柿ピーは3位狩りに参りました。そろそろ面倒くせーから加減できるかわかんねーって」
確か千種が担当しているのは並盛で3番目に喧嘩が強い、とランキングに書いてあった獄寺隼人のはずだ。正直、犬も千種もたび重なるハズレによって疲労とストレスがたまっている。今までは殺さないように手加減をしていたのだが、それも出来るかどうか怪しい感じだ。
「その気持ちもわかります。なかなか当たりが出ないものね」
骸はイラついた様子も無く、何を考えているのかわからないが、あまり好意的には取れない微笑みを口に浮かべたまま。どうやら今の機嫌は上々らしい。骸は機嫌の有無によって対応が変わったりするから要注意だ。今の状態なら世間話くらいは余裕で出来るだろう。
「そーいえば骸さん。なんらったんれすか? あの小学生」
「小学生? ……ああ、彼女の事ですか」
一瞬誰の事を言っているのかわからない様子で戸惑っていた骸だったが、すぐに合点がいったらしく、ソファーに深く体を沈め呟いた。
「最初はあの体質が興味深かったのですがね、こうして話していると、彼女自身にもなかなか興味が持ててきました」
「? ふーん?」
「…………犬にこういった話をする意味はなかったですね」
「あ! オレ馬鹿じゃねーすよ! ほんとれすよ!!」
「はいはい」
明らかにこちらを馬鹿を見る目で見つめてきている骸に反論する犬だが、その反論は逆に肯定しているようにしか見えなかった。かるーくあしらわれて終わる。
呆れていた骸だったが、それでも話をやめることはなく。犬に聞かせるためというよりなんとなく漏れてしまった独り言のように、続ける。
「このような状況において、まだしっかりと自分の芯を保っている。それはなかなか難しい事ですからね」
彼女は馬鹿ではない。今ここにいるということがどれだけ絶望的なことなのかはわかっているはずだ。
けれど、それでも彼女の目には諦めとかは微塵も浮かんでいなかった。
あるのはただ、強い意志。
「何か支えとなっているものがあるのでしょう。つまり、それが崩れれば一気に瓦解する」
それは助けか、また別のものか。
確信は持てていないが、骸はそれがボンゴレにつながるものだという予感がしている。
今は眠り姫となっている彼女が、いったいどれだけのものなのか。
「さて、僕はそろそろ行きます」
「んあ? どこにれすかー?」
「さっき話題に上った人物の所にですよ」
ソファーから立ち上がり、内に秘めたる好奇心を抱えたまま、骸はボウリング場を後にした。
「ボス、頼まれていた事調べてきたぜ」
「おう、ありがとな、ロマーリオ。ったく……リボーンも人使い荒いよなぁ」
「そう思うんだったら、頼まれたら何でも引き受ける癖なんとかしねーとな」
「ちぇっ」
日本ではまだ朝方だが、時差の関係でイタリアでは早朝、というより深夜となる。本来ならディーノもぐーすか眠っている時間帯なのだが、彼は今とある用事で残業をしていた。
その用事とは、先ほどの会話の通りリボーンからの依頼、というより頼み事だ。ツナ達のいる街で謎の襲撃犯が現れ、その狙いはツナらしいという事。故にリボーンはここ最近イタリアで大きな動きがあれば教えて欲しい、とリータを通して連絡してきていた。
ディーノはそれを聞いたとき、まさかそんなことが、と少し呆然とした。あの時リータには言わなかったが、少し前にディーノのもとに舞い込んできた事件と、リボーンに頼まれた依頼が、ぴたりとひとつの線になって繋がったからだ。
「それで、顔写真と遺体の照合がすんだ。……もっとも、脱獄犯以外全員皆殺しだったから楽だったけどな」
「……ああ」
つい2週間前、大罪を犯した凶悪なマフィアばかりを収容している監獄にて脱獄騒ぎが起こった。脱獄犯は看守と他の囚人達を皆殺しにして脱走し、それほど派手な大立ち回りだったにもかかわらず忽然と行方をくらませたのだ。
ディーノに頼まれたのは脱獄した囚人たちの調査。顔を見た者たちは全員殺されてしまっているため、誰が脱獄したのかが不明だったからである。死屍累々の監獄の中に残されていた大量の死体と顔写真を比べて、誰が死んで誰が逃げたのかを分析する非常に地味かつ鬱な仕事だった。
そして今日ようやくすべての解析が終わり、脱獄したメンバーが明らかになった。
ロマーリオがディーノの机の上に置いたのは、件の脱獄犯たちの犯罪歴などを記したプロフィールと顔写真。
「これで全部か?」
「ああ。メンバーは延べ9人。少数精鋭だな」
「その中でも主要となったのが、城島犬、柿本千種、六道骸の3人組か……」
9人。いくら凶悪な犯罪者とは言え、両手の指で数え切れるような数の人間がこのような大事件を起こした。しかも中にはツナと同い年くらいの少年少女もいるではないか。
ディーノは渋い顔でプロフィールをめくりながら、顔写真に目を通してゆく。あとでこれはリボーンにファックスか何かで送らなければならない、そう思っていたのだが。
並べられていく顔写真の中に、ひとりだけ見覚えのある顔が。
「……」
「……ボス。言いてぇことはすっげーわかる」
思わず何とも言えない複雑な表情でロマーリオを見上げると、まぁロマーリオも同じ表情をしていたわけで。何度かロマーリオと顔写真の間で目線を往復させてから、ごつん! と勢いよくディーノは机に頭をぶつけた。
顔写真のひとつを手に取り、ぴらぴらと空中で揺らしながらロマーリオに話しかける。
「……なー、ロマーリオ」
「なんだ?」
「こいつってさ、あれだよな」
「あー……。そうだな、お嬢が探してる奴だな」
やっぱりか。
お嬢、ことディーノの姉リータは昔からの探し人がいるらしい。似顔絵も見せてもらったことがあるからディーノもロマーリオも知っている。しかし、何でこのタイミングで現れるんだろうか。ロマーリオとディーノの気持ちはそれ一つだった。
リータは穏やかで柔らかい物腰だから、一見すると押しが弱く見られがちだ。だが侮るなかれ、ああ見えてもかなり強引なところも持ち合わせている。ディーノは彼女と喧嘩して一回も勝てたためしはないし、先ほどの電話だって……まぁそれはまた別の機会に。
リータがこの事を知ったら、彼女はどんな行動を起こすのか……。ボンゴレのこととかそういう事情全部を放り投げかねない。
「ボス、一応言っとくがな。9代目は今回の件はリボーンさんと10代目候補に一任するとよ」
「だよなーやっぱそうなるよなー……、マジでどうしよう」
机にぐでーっと頭を投げ出した状態で、さらに頭を抱えるディーノ。どうしたらいいのだろうかこれは。
「そこまで悩むんだったら、伝えなきゃいいじゃねえか」
「あー、いやほら。だってよ……」
至極もっともな正論をロマーリオが言うが、ディーノはそれに対してしどろもどろに返すだけだった。
リータの性格を考えるに、知ってしまってはもう止まらなくなる。なら、内緒にして内々に片づければいいのでは。リボーンにあらかじめ伝えないように言っておけば、リータはリボーンの意見には従うだろうし。
そういうロマーリオから目をそらし、もごもごと口を噤んでいたディーノだったが、その後気まずそうにロマーリオに告げた。
「もし今姉貴に内緒にしてよ、あとから伝えたとするよ」
「おう」
「姉貴はさ、『何で教えてくれなかった』って言うよな」
「そーだな」
「んでさ……たぶん、……………………泣くだろ?」
「……はぁ?」
「いやだから! ……怒った後に、確実に、泣くだろ!?」
「……ぶふっ」
ロマーリオ、爆笑。
「な、ロマーリオ、テメッ! 笑ってんじゃねーよ!!」
「だははははははははっ!! いや、だってよ……、何を言うかと思えば……なぁ!!」
部屋の外にも聞こえるくらいの大声で笑い声を響かせたロマーリオは、ひぃひぃと腹を押さえながら目じりに浮かぶ涙をぬぐう。笑いもするだろう。跳ね馬と恐れられる、あのキャバッローネファミリーのボスが、まさか姉の涙でここまでうろたえるとは!!
「お前知らねーから笑ってられんだって! 実際に泣いたとこ見てみろ! すっげーんだよ!!」
「いやぁ、うちのボスの一番の弱点はオレ達がついてねーとダメな所だと思ってたが……まさかお嬢の涙が一番効くとはなぁ」
「人の! 話を!! 聞けよ!!」
近所迷惑とか安眠妨害とかをまったく考えていない、いい年した大人たちのはた迷惑なコントが始まってから数分後。一時休戦を希望したロマーリオの発言により、室内には一時の静寂が戻ってきていた。
笑い過ぎて枯れた喉を気遣いながら、ロマーリオが話の軌道を戻していく。
「んでボス。結局の所どーすんだ?」
「……リボーンに任せる。アイツは姉貴のこともよく見てやがるからな」
「……ま、それが妥当ってとこだな」
不機嫌な表情でリボーンからの電話を待つディーノに、やれやれとロマーリオは子を見る親のような視線を向けた。ディーノが幼いころ……それこそ、まだまだへなちょこだった頃から知っているロマーリオからしてみれば、まだまだディーノなど子供でしかないのだ。無論、ボスとしての信頼はきちんと置いているが。
現在時刻は時計の針が12を過ぎてから数時間。まだまだ日は登らず、苦労人の男たちの眠れない夜は、いまだ延長中だった。
これから仕事やらなんやらでPCに触れること自体が難しくなってきそうです。ので、上げられるうちに上げておきたいと思いました。
やっと新しい場面に移せそうです。読者の皆様にはご迷惑おかけしました。申し訳ありません。