もうひとつのソラ   作:ライヒ

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capriccioso…カプリチオーソ:気まぐれに


第二十八話「気まぐれの放逐」


第二十八話 「capriccioso」

 

 

 

 

 

 ステラは私にできた初めてのマフィアの友人だった。

 彼女の性格を一言で言うのなら、天真爛漫。捨て子だったのをマフィアに拾われ、たくさんの愛情を受けて育った、快活な性格をした少女だった。

 最初は――受け入れがたかった。マフィアをまるで善の存在のように言う彼女の言葉は到底信じられるはずもなく、私には彼女が騙されているようにしか見えなかった。

 彼女は私のことを大切な友人としてファミリーに紹介した。彼女のファミリーは皆優しく、おおらかな人達だった。私はそれでも、マフィアを信じることができなかった。

 積もりに積もった疑心は最悪の形で爆発して、私は彼らの前でマフィアが一体どれだけ汚く下賤な存在なのか、私が信じてきたマフィアの形をぶちまけてしまった。

 ――――その時だ。

 

『お前の言い分を否定はしない。どれだけ言い繕っても、マフィアは世間一般には犯罪組織だ。だがな――』

 

 ステラと同じように、マフィアに拾われ、その恩を返すためにファミリーを守っていた“あなた”。

 

『――――何も知らないお前が、俺のファミリーを侮辱するな!!!』

 

 その言葉はとてもまっすぐで、とても芯が通っていて。決して否定することのできない強さがあった。

 

 それが、“あなた”との出会い。

 

 

 

 

 

 第二十八話 「capriccioso」

 

 

 

 

 

 黒曜センターに入ったツナたちはすぐに敵と遭遇した。

 金髪の少年は名こそ明かさなかったが、リボーンの入手していた脱獄犯の写真から、城島犬と呼ばれる人物だと判明する。

 犬の狙いは山本のようだった。山本が並中の喧嘩ランキング二位で、犬は山本を襲撃する予定だったらしく、まずは山本から――と以外に律儀に標的を山本に絞ったのだった。

 黒曜センターは前に土砂崩れが起きて大部分が地中に埋まっている。それに気づかずに入ってきたツナたちの足元の空間から奇襲を仕掛け山本だけを誘導することにより、彼を孤立させることに成功した。

 彼の持つ能力は『アニマルチャンネル』。対応する動物の牙を自らの歯に差し込むことにより、その動物の力を得るというものだ。最初は犬が優勢ではあったのだけれど、山本を心配したツナがリボーンに地下に蹴り飛ばされ落ちてきたことにより、友人を守るために捨て身の攻撃を放った山本の覚悟に軍配が上がる。

 気絶した犬を動けないように縛り上げた後、地下に落ちた山本とツナを引っ張り上げ、一行はしばしの療養と休憩をとっていた。

 

「……これでいいわ。できるだけ傷口を広げないようにしなさい」

「どもッス」

 

 利き腕を怪我した山本に簡易的な応急処置をビアンキが施し、とりあえず先に進もうと一行は立ち上がる。

 一方ツナは、山本の足手まといになってしまったことにひどく落ち込んでいた。

 

(怖くて全然動けなかった……オレやっぱこういうの向いてない……ヘコむ……)

 

 元々おっかなびっくり足を踏み入れた場所だ。いつものように歩くことさえ足が震えて難しいというのに、戦闘など出来るはずもない。結果的に山本に怪我を負わせてしまったことが、とても申し訳なかった。

 

「十代目、あいつ気絶してますけど叩き起こして桃凪さんの居場所を吐かせられませんかね?」

「え? お、起こすって……ま、また襲い掛かってこられるかもしれないし……」

「縛り上げたから大丈夫だと思うが、奴が桃凪の居場所を吐くとは思えねーな。骸に不利になるような情報は言わねえと思うぞ」

 

 気絶している犬を見下ろしながら獄寺がそんなことを言うが、逃げ腰のツナと冷静なリボーンの推測によりその話は取り消される。

 

「でもまぁ、わりかし楽な相手でしたね。眼鏡ヤローはまだ寝てるって言ってましたし、これなら骸のこともすぐにぶっ飛ばせそうですね」

 

 そう明るく言う獄寺の言葉を盛大な笑い声が打ち消した。先ほどまで気絶していた、犬のものだ。慌てて様子を見ると、縛られたままの犬が起き上がり大口を開けて笑っている。

 

「アニマルヤロー!?」

「か、完全に気絶してたのに……!?」

「死んだフリしてたんだびょん! まあ、お前らがあんまりにも馬鹿だからやめたけどな!!」

 

 滑稽で仕方がないとでもいうかのように犬の哄笑は止まない。骸を倒せるはずがない、顔を見る前に死ぬだろう。そのように言う犬に獄寺が突っかかるが、「うるさいわ」と人の頭くらいのサイズの岩を思いっきり投げ込んだビアンキの手によって犬は再び眠りにつくことになった。

 だが、六道骸を侮らない方がいい、とはリボーンの談。

 

「やつは今まで死ぬと思われたピンチを何度も脱出している。人を殺すという方法でな。やつが脱獄したのもやつの死刑執行前日だったはずだ」

「ひぃっ……ま、マジで……!?」

 

 やはりめちゃくちゃ恐ろしい人物らしい、六道骸。リボーンが渡してきた顔写真にも、筋骨隆々の鋭い目つきをしたいかにもな風体の男が写っている。

 こんなやつとこれから戦うのか……。緊張と恐怖に身を強張らせるツナだが、とりあえず進まなければ何も始まらない。治療も終わったことだし、犬が起きる前に早めにこの場から離れ奥へと進んだ方がいいだろう。そう思い、一同再び足を動かす。

 

「はー……にしても、こんな場所に本当に桃凪はいるのかよ……」

「桃凪さん……ひどい目にあってないといいんスけどね」

「桃凪は人質として捕らわれてる。死ぬようなことにはなってないと思うぞ」

「……でもそれは、逆に言うと『死なない限りはなにをしてもかまわない』とも取れるわね」

「び、ビアンキ怖いこと言うなよ!!」

「こりゃ早めに助けてやんねーとな、気合入るぜ!」

「山本ぉ……。うぅ……リータさんはどう思いますか? 桃凪と仲良かったし……」

 

 と、会話の途中で先ほどから口数の少なかったリータに話しかけようと思ったツナだったのだが。

 いない。

 

「あれ……?」

 

 いつの間にか、リータがいなくなっていた。

 

「り、リータさん!? え、なんで!?」

「オイオイはぐれたか?」

「ぇえええそれまずいよ!! あの人すごい方向音痴なんだよ!」

 

 リータの方向音痴は桃凪からよく聞かされていた。こんな場所で一人になってはぐれるなどとんでもないことだ、放ってはおけない。

 

「まずいって! すぐに探さないと……」

「いや、進むぞ」

「……リボーン?」

 

 慌てる一同の中、唯一冷静だったリボーンがぽつりと言った。

 

「あいつも一流のマフィアだ、一人になった程度でやられるとは思えねえ。ここ一番の勘は鋭い奴だし、すぐにこちらを見つけ出すだろう」

「でも……」

「あいつにはあいつなりの事情があるんだ。放っておいてやれ」

 

 そう言われて、ツナの脳裏によぎったのは先ほど暗い面持ちをしていたリータの顔。笑顔の中に時折見せる、水底から見上げる光のような眼差し。

 彼女なりの事情。それが、彼女をこの場についてこさせたのだろうか。

 急にはぐれた彼女に、以前から彼女を快く思っていなかった獄寺が疑心を滲ませ始める。

 

「あのアマ、もしや俺たちを裏切って骸側につこうってんじゃ……!」

「獄寺君……それはたぶん、ないと思う」

「十代目? どうしてですか?」

「いや、なんとなくなんだけど……」

 

 本当になんとなく、ただの直感だけれど。

 

「リータさんは、ただ、悲しんでるだけのように見えたんだ」

 

 ツナは、その推測が当たっていると、心のどこかで確信していた。

 

 

 

 

 

 千種が目を覚ましたのは、奇しくも犬が気絶したのと入れ替わるようなタイミングだった。

 

「……」

 

 目を開けた時は、まず直前の記憶を洗い出すところから始める。

 並盛中喧嘩ランキング3位の獄寺を襲い、そこから芋づる式にボンゴレ十代目候補、沢田綱吉を炙りだすことに成功した後、そこからの記憶がごっそりと抜け落ちていた。這う這うの体でアジトまで帰ったところまでは、なんとなく覚えているのだが。骸の元まで帰ったとき、張りつめていた気が抜けたのと単純に負ったダメージによる反動で気絶したのだろう。

 まだ抜けきらない疲労の中頭を巡らせ、近くに置いてあった眼鏡をかけ起き上がった千種の耳に、骸の声が聞こえてきた。

 

「おや、起きましたね。3位狩りは大変だったようですね? 千種」

「……骸様。ボンゴレの十代目と接触しました」

 

 そう、確かこの一言を言う前に気絶してしまったんだった。しかし骸は千種の様子を見てそれを察していたらしく、驚く様子もない。

 

「そのようです。彼ら、今遊びに来ていますよ」

「!」

 

 それは少し予想外だった。千種がボンゴレを特定したのと同じように、奴らも千種の特徴からこのアジトを特定したのか。にしても、早いような気もした。認識したのはほんの数十秒だけだが、沢田綱吉はこのような攻撃的な作戦を立てるような人物には見えなかったのだが。となるとやはり、ボンゴレについている家庭教師の仕業だろうか。

 しかしそうであるというのなら、自らもここで寝ているわけにはいかないだろう。そう思いベッドから離れようとした千種を骸が制した。

 

「千種は少し休んでいなさい。丁度、援軍が到着したところですので。……一人は遅れているようですけれどね」

 

 そう言う骸の背後に、五人の男女の影がある。

 一人はボブカットにした茶髪に前髪の片方をピンで留め、『MM』と書かれたトランクを傍に置く、勝気な目をした少女。

 一人は眼鏡の奥に陰湿そうな雰囲気を滲ませた、小鳥を肩に乗せた中年男。

 少し奥にいる二人はお互いそっくりの顔をしていて、人間というよりはホラー映画の怪物のような得体のしれない無機質さを感じさせる大男二人組。

 さらに奥にいるのは、帽子を目深にかぶり右頬に古い傷を持つ、どことなく鋭い雰囲気を持つ青年。

 この五人は、骸たちと共に牢獄から脱出した協力者たちである。皆一様に、黒曜の制服を身に纏っている。

 骸がどれだけ優れた力を持っていようと、一人の力ではやはり限界がある。故に骸はあの牢獄の中で「使える」人間を選別し、自由と引き換えに自らの脱出を手助けさせた。

 骸が彼らを選んだ理由は単純である。

 彼らは皆、あるいは金、あるいは趣味、そういう、個人の欲望のために人命をないがしろにできる、生粋の極悪人なのだ。

 無言で援軍を見つめる千種に、ボブカットの少女、M・Mが嘲るような声をかける。

 

「あいっかわらず不愛想な顔してるわねぇ、久しぶりに脱獄仲間に会ったって言うのに」

「……なにしに来たの?」

 

 これは率直な疑問であった。骸との契約は脱獄するまで。それ以降は縁は切れているはずだ。

 しかしそれを問われたM・Mはなにを当たり前のことを聞いているのかと首をすくめる。

 

「仕事に決まってんでしょ。骸ちゃんが一番払いがいいんだもん」

「スリルを欲して、ですよ」

「……答える必要はない」

 

 M・Mの言葉に続けるように、残りのメンバーも大男二人組以外はここに来た目的を言う。一人だけ、答えになってないものもいたが。……まぁ、それも仕方のない話だろう。

 あとは遅れてきている一人だが……。

 

「イヤー! 遅れちゃいましたネ!!」

 

 この場の雰囲気にそぐわない能天気な声が、部屋の入り口から聞こえてきた。

 そこには濃いピンク色の髪を大雑把に切りそろえ、フードのついたコートに半ズボン、背中に自らの体と同じくらいはあるのではないかと予測できる鞄を背負った、少女のようにも少年のようにも見える小柄な人物がいた。

 

「……“秘密屋”」

「ハイッ! 秘密次第で何でもこなす雑用のエキスパート“秘密屋”、ただいま参上しましタっ!!」

 

 この場に最初からいたメンバーが内部からの協力者というのなら、この人物は外部からの協力者。秘密屋は骸を外に出すための手引きをした、いわゆるなんでも屋というやつだ。

 しかし、秘密屋は金銭で動くなんでも屋ではない。

 彼、もしくは彼女が求めるのは、商談を行う人間の“秘密”である。その人物が隠している秘密、それを暴き、蒐集することを何よりの生きがいとしている、生粋の変人であった。千種からすると、その趣味ならばなんでも屋より情報屋をやった方がいいのではないかとも思うのだが、彼の人物は情報は一切扱ってない、とのことらしい。

 骸の脱獄を手伝う際も、骸の持っている“秘密”と交換にその力を貸したとのことだが……。

 

「まさか貴方が呼びかけに応じてくれるとは思いませんでしたよ、秘密屋」

「ワタクシ達にとっても六道様はお得意様ですので。貴方様にはまだまだ未知の“秘密”が眠っているご様子、これは行かねばなるまい、と僕の中の秘密トレジャーハンターの血が騒いだのでございますナ!」

「クフフ、そうですか。一応言っておきますが、任務が果たせなかった場合は僕の秘密は渡しませんよ」

「ソレハ勿論承知しております。我ら一同心を込めて誠心誠意働かせていただく所存ですヨ!」

 

 ぺこりと秘密屋がお辞儀をして、とりあえずは話はまとまったようだった。その時、隅からどさりと重いものを落とすような音が聞こえてきて、必然と全員の視線が集中する。そこには慌ててランキングブックを拾いあげているフゥ太がいた。まるで、今までずっと眠っていて今起きたばかりのような顔。その様を見て含み笑いを零す骸が、ふと何かに気づいたように外に目をやる。千種以外は気づかなかっただろう、わずかな間、骸の目が少しだけ細まった。

 

「……では皆さん、依頼内容は先ほど話したようにボンゴレの抹殺。やり方は個々の自由に任せます」

 

 その鶴の一声で一同は解散、各々、目的地へと向かっていった。

 

「さて、では僕も行きますか」

「骸様、何処へ?」

「件のボンゴレを、一回この目で見ておきたくて」

 

 一言、それだけを告げて出ていこうとする骸に、重たい体を起こした千種も後に続く。ついてこなくてもいい、と骸は言ったのだが、ここにいてもやることは特にないわけだし。体が動くのだから、できることもあるだろう。それにこの程度の痛み、かつて受けていた仕打ちに比べたらどうということもないのだ。そういう地獄に、千種はいた。

 二人連れ立って部屋を出る時、骸がふと出口付近で立ち止まって。

 

「……一回目は宣告しました。そして二回目は見逃しましょう。けれど、三回目も逃げるのなら、君は僕にとって本当に無価値な存在だ。――次はないですよ」

 

 誰に聞かせるでもなく、そう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

「……ばれていた」

 

 いやまあ、隠れていたのはわかっているだろうとは思っていたけれど。

 骸たちが出ていったあと、ひょっこりと物陰から姿を現した桃凪は冷や汗を一つ。見逃された、ということでいいのだろうか。

 というか、フゥ太に会いに来たのに何で骸がいるのか。いやまぁ、フゥ太は人質の一人なのだから目の届く範囲に置いておくことは間違ってはいないのだろうが。

 

(覚悟を、決めろということ、なんだろうなぁ)

 

 骸の意志に賛同し、彼の味方につくか。

 彼のやることを否定し、ツナの味方のままでいるか。

 そのどちらに寄るのかを、早く決めろと言っているのだろう。中途半端なままふらふらするのは許さないと、そう言っているのだ。それは実にその通りで、もしも桃凪が骸の立場だったらそうする。むしろ三回目まで待たないかもしれない。

 どちらにつくのかはもう決めているのだけれど。

 ただ、それを告げるタイミングも、桃凪が持つ数少ないカードの一つであるから。

 今はまだ、言葉に甘えて逃げておこうと思った。

 さて、それはともかくとして。

 

「やっほぅ、ふーた」

「桃姉ぇ……?」

 

 広い部屋の隅っこで、一人ぼっちでうずくまっているこの小さな男の子に、桃凪は用があるのだ。

 歩み寄った桃凪はサラサラの髪を持つ丸い頭にそっと手を置いて、ゆっくりと撫でる。積もった心労ははあどけない子供の顔にべったりと疲労の色を塗りつけていた。

 

「……大丈夫? ちゃんと寝てる?」

「……ううん」

「ううむ、私の睡眠欲を少し分けてあげられたらいいのになぁ」

「なに言ってるの、桃姉ぇ……」

 

 桃凪の言葉に、少しだけフゥ太が微笑む。どことなく硬くはあったけれど。それを見て、桃凪は一つ、フゥ太に問うた。

 

「ねえふーた、つなに会いたくない?」

「……ツナ兄に?」

「うん。……たぶん、来てると思うの」

 

 今どこら辺にいるのかはわからないが、骸が合いに行くと言っていたし、たぶんもうすぐそこにいるのだろう。

 桃凪は半ばわかっているようなわかっていないような感じで骸のところに来たが、フゥ太はそうではなかったはずだ。きっと、会いたいのではないか。

 そう思ったが故の問いだったのだが、フゥ太の反応はあまり芳しいものではなかった。

 

「……僕、もうツナ兄に、会う資格がないよ……」

「どうして?」

「それは……」

 

 その先を口にしようとして、でもできないようで。くるりと丸い瞳に、隠し切れない涙と悲しみが浮かんでいた。

 ……人のことよりまず自分の事を何とかしろと言われるかもしれないが、大事な友達がこんなふうに悲しんでいるのを見て、自分を優先できるはずもなかった。

 

「……顔を見るだけなら、どうかな。物陰から、ちょっとだけ」

「……」

「だめ?」

 

 フゥ太はツナに会いたがっている、けれどその気持ちに無理やり蓋をしている。そういう風に桃凪には見えた。……だから。

 

「ほんの少しだけ、顔を見て、それで帰ろう。遠くからだったら、たぶんわからないよ」

「……僕、は」

「ふーた」

 

 手を差し伸べる。

 その手を、少年は。

 

 

 

 

 

「やっぱさー、全員で仲良しこよしで殺すなんて無理がある気がすんのよねー」

 

 廃墟を出てすぐ、土砂が積もり山のようになった場所で告げられたM・Mの言葉に異論を申し立てるものは誰もいなかった。皆が皆、その自覚があったからだ。

 それぞれが卓越した殺しの技能を持つ彼らの戦い方は協力には明らかに向いていない。一緒に戦おうものなら、味方の力で死ぬ可能性もあった。

 

「ナラバ、順番に戦うというのはいかがですか? 一人でも殺せるという自信がおありなのでしょウ?」

「私はそれでもいいけど」

「異論はありませんねぇ。双子はもう所定の位置につかせましたし」

「……好きにしろ」

 

 秘密屋の提案に全員が乗っかる形で、一人一人順番にボンゴレを殺しに行くということで話がまとまる。

 

「じゃあまず私から行くわよ。言っとくけど、私が全員殺すからあんた達の報酬はないから」

 

 そう言い放ったM・Mは先ほどまで居た高台から飛び降り、遠目に見えるボンゴレの元へと向かっていく。

 

「……さぁて、あの強欲女がしくじった時のために、私も現場へといきますか」

 

 バーズと呼ばれる中年男がM・Mを一切信用しない発言をしたのち、同じように高台から降り向かっていく。残されたのは青年と秘密屋だけであった。

 

「バカナ話ですよねぇ。わざわざ存在する数の利を捨てるんですかラ」

「……」

 

 個々で殺そう。そう提案したのは己である筈なのに、心底馬鹿らしそうな声で秘密屋が告げる。青年はそれに何も答えなかった。無言を貫く青年を秘密屋は興味深そうに見つめている。あまりにも見られるので、いい加減無視できなくなってきた。

 

「……俺になんの用だ」

「イエイエ、ちょっとした感覚のようなものといいますカ」

 

 にやり、と秘密屋が嗤う。

 

「アナタ、なかなかに素敵な秘密を持っていますネ?」

「そのようなものはない」

「カクさずともよろしいのですよ。俺はこんな名前を名乗っている以上他人の秘密には敏感なのです。あなたの秘密、隠していても伝わってきますねェ」

 

 うんうん、とまるで全てわかっているような顔で頷いている秘密屋の姿が、その日は非常に腹立たしかった。知らず、語気を強めて威圧するような言葉使いに変わっていく。

 

「なにも知らない貴様が、わかったようなことを口にするな」

「オヤ怖い。ではわたしはお口チャックさせてもらいましょうカ」

 

 青年の殺気にも秘密屋は動じず、相変わらず笑みを顔に貼り付けたまま、遠くから聞こえてくる戦いの音に耳を澄ませていた。

 

「……トコロデ、貴方、星が好きなんですカ?」

 

 ――――黙っていることができないのか、コイツは。

 怒りを通りこしていっそ呆れさえ感じている青年の様子など、最初から眼中に入ってはいないのだろう。そうでなければこんな射殺すような目をした男に何度も話しかけるものか。

 

「ホラ、なにもしていないときによく、空を眺めてらっしゃるでしょう。太陽を見ているわけでも、雲を見ているわけでもない。でしたら、見ているのは星かなって思ったのですガ?」

 

 真昼間の空に、星が見えるはずもない。秘密屋の指摘はてんで的外れだった。

 そも、星が好きなのは自分でなく――――。

 

「……っ」

 

 一瞬、遠く遠くに置き去りにしてきた幻影が鼻先まで近づいてきたような気がして、眩暈がした。脳裏に浮かんだ夜空の黒髪と光の金髪に、すぐに蓋をする。

 それはもう、かつての自分と共に捨ててしまったものなのだから。

 あれほどうるさかった秘密屋は、何故かその時はなにも言わず。ほどなくして聞こえてきた戦闘の音に耳を澄ませて、ただ男の隣に立ち尽くしていた。

 ――音がまばらになる。恐らく先鋒がしくじったのだろう。ならば自分が、と一歩進もうとした矢先、小さな影が翻った。

 

「デハ。お仕事開始ですネ!」

「……おい」

「真打は最後に出るものです、ヨ?」

 

 次は俺が、と言おうとしたのをわかっているかのように小首をかしげてそんなことを言う。己が真打なのだとは微塵も思っていない男に対して。

 

「ソレニ、わたしの方も色々と事情がありましテ」

 

 秘密屋が、笑う。

 この少年、もしくは少女が浮かべるにはあまりにもそぐわない笑みだった。賢者が微笑むのなら、このような顔をするのだろうか。そんな益体もない想像が頭をよぎる。

 

「――懐かしい顔に、挨拶をしておきたくテ」

 

 そう言って、小さな影は一目散に突撃していった。

 

 

 

 

 

 次から次へと襲ってくる刺客、MMとバーズ、そして双子を退けたツナ達。情報に全く載っていなかった敵に対しての動揺はそれなりのもので、特にツナは頭を抱えていた。

 

「こ、こんなヤバい奴らが居るなんて聞いてないよぉおおお」

「だってこいつらは無関係だと思ったんだもん」

 

 キャラ変えてごまかすな! とリボーンの方を向いて叫ぼうとしたツナだったのだが、突如として視界を染め上げる光の奔流に出ようとした言葉が引っ込んだ。その発生源は、ほかでもないリボーン……の首にかかっているおしゃぶり。

 

「えっ、な、なんだこれっ、!?」

「光ってやがんな」

 

 異常事態だというのになぜか当事者であるリボーンの方がツナより冷静であった。興味深げにおしゃぶりをしげしげと眺めているリボーンに、逆にツナの方が困惑する。なんでそんなに冷静なんだ。

 その時、

 

「ツナッ!」

「十代目!!」

「えっ、ぐぇっ!?」

 

 山本と獄寺の鋭い叱責。二つの腕に同時に引っ張られ、潰れたカエルのような声を上げて地面に転がったツナの頭上を、見えない『何か』が通過していくのが直感でわかった。

 ざぐり、と形容しがたい音が背後で聞こえてきて……地に伏せながら、恐る恐る確認したツナの目には、バスケットボール大に丸く抉れた木の幹が。恐らく、先ほどまで自分が立っていた場所の、丁度頭辺り。一気に顔から血が抜ける。

 

「あ、あれ、何……?」

「わかんねっス……変な音が聞こえたんで念のために庇ったんですが……」

「あっち、なんか光ってなかったか?」

 

 山本が指さした先、雑木林の奥。

 そこから、ガシャンガシャンと機械的な音が響いてくる。

 今度はなんだ、と身をすくませていたツナの目に映ったのは、意外や意外、小柄な子供だった。

 フードを被っているから顔はよく見えない、背中大きなカバンを背負っていて、濃いピンク色の髪をしている。そして両手で長い砲身を持つ大きな銃を抱えていた。まるで、この前見たSF映画に出てきたレーザー銃のようだと思った。

 そして、

 

「あの子も、光ってる……?」

 

 傍らのリボーンを見る。彼の胸元にあるおしゃぶりと、色は違えど同じ光を、子供の胸元、服の下から発している。リボーンの方が鮮やかな黄色ならば、子供の方は輝くピンク色。

 無言で子供の方を見ていたリボーンは、やがてなにか納得したようで。

 

「なるほど、今度はその姿にしたのか。……久しぶりだな、“ニューロン”」

 

 獄寺が小さく「神経細胞……?」とか呟くのが聞こえたが、ツナにはとんと心当たりのない名前であった。

 子供が笑う。見た目の年に似合わない、悟った笑い方だった。

 

「エエ、ええ。やはり貴方にはわかってしまいますね。そうですよ、僕の呪いはあなた方とは違うので、こうやってどんどん体を変えていかないといけないのですね。……でもまったく驚かないとは流石、流石ですよリボーン! ふふふ、お久しぶりですネ!!」

 

 聡さを思わせる含み笑いは、一転して狂気じみた哄笑に変わる。嬉しくて仕方がない、と言った様子で笑う子供に構わず、リボーンはツナ達に忠告した。

 

「気を付けろよ。あいつは恐らく、今までお前らが相対した敵の中でぶっちぎりでヤベー奴だぞ。なんたってあいつは……」

 

 

「――――同じアルコバレーノとして、惜しみない称賛を捧げましょウ!!!」




新しいキャラが出てきたすぐに正体がわかる展開、ストレスが少なくて私は好きですが皆さんはどうですか?

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