もうひとつのソラ   作:ライヒ

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suffocato……スッフォカート:息を詰めるような

第二十九話「息の詰まるような」


第二十九話 「suffocato」

 

 

 

 

 

 駆ける、逃げる、避ける。

 向けられる銃口から放たれる見えない攻撃は、走り抜けるツナを追うように地面を穿ち、瓦礫を消し去り木を抉る。足元スレスレを掠めた攻撃に冷や汗をかく暇もないまま、とにかく全力で射線を逸らすべく走り続けた。

 一塊になって動けば格好の的になるのは誰にでもわかる。だから取るべき手段はバラバラになって攪乱すること、なのだけれど。

 俊敏な山本は逃げきれた。手負いの獄寺は摘み上がる瓦礫をうまく利用して隠れながらニューロンの目を誤魔化している。ビアンキは料理を目くらましにしているようだ。

 しかし、ツナは。

 

「む、無理無理無理無理ぃいいいいいい!?」

「コラー! 逃げないでくだサーイ!!」

「いや無理だってー!!」

 

 現在、集中して狙われていた。

 それもそのはずで、元々彼らの狙いはツナなのだし、ツナは動きもそこまで早くないし、当然といえば当然のことだ。もちろん、狙われている方からしたらたまったもんじゃないのだが。

 

「コノ……っ! なんて逃げ足ですかボンゴレ十代目! ネズミでももうちょっと慎みありますヨ!!」

「なんだよその比較!?」

 

 ニューロンが手元のレバーを手前に動かすと空になった薬莢がバラバラと地面に落ちる。即座に新たな薬莢……リボーンの持っている銃の比ではないほど大きなそれを詰め直して、もう一回レバーを引く。そして、

 

「当、た、レェっ!!」

「ひぇ……っ!?」

 

 巨大な銃口がツナを捕らえて、思わず竦んだ体にもつれた足が瓦礫をひっかけバランスを崩した。

 あ、これは、死んだかも――。そんな風に思った瞬間、

 

「十代目、伏せてください!」

「えっ……ぶわっ!!」

 

 獄寺の声と共にツナの視界を白い煙が覆いつくす。伏せて、と言っていたがもちろん間に合うはずもなく、煙を盛大に吸いこんでむせ返っているツナの腕が誰かにつかまれ、抱えられた。

 

「よっし、ツナ確保だ獄寺!」

「山本!?」

「なにやってんだ早くこっち来い野球バカ!」

 

 怪我をしていないほうの腕で器用にツナを抱えた山本は野球部自慢の健脚で瓦礫を飛び越え、獄寺の声が聞こえる方へと飛び込む。煙幕に視界を塞がれながらも追従すべくニューロンが足に力を込め、跳躍しようとしたが。

 

「逃がしま……っ!?」

 

 さらに頭上で異音。じゅうじゅうと何かが溶けるような、あるいは溶岩が沸騰するような。危険を察知した頭が反射的にバックステップを取れば見計らったかのようにさっきまでニューロンのいた場所に彼の体ほどもある大きな瓦礫が落ちてきた。

 落下した瓦礫の衝撃で巻き起こった風により煙幕は消え去ったが、代わりに土煙が視界を塞ぐ。そこに混ざって感じる甘ったるい異臭は、元々瓦礫を支えていたであろう鉄骨に張り付いた物体からだろう。知っているものが見れば、桜餅……の変わり果てた姿、と表現する。幸いなのかはわからないが、ニューロンにはそれの知識はなかったのでただの「強酸性の毒物」としか認識できなかったが。

 それはともかく。

 

「……見失いましたネ……」

 

 晴れた土煙の向こうには、もう誰もいなかった。

 

 

 

 

 第二十九話 「suffocato」

 

 

 

 

 

「ははっ、今のはヤバかったなー」

「し、死ぬかと……今度こそ死ぬかと……!」

「十代目、ご無事で何よりです」

「こんぐれーで死にそうとか言ってたら先が思いやられるぞ、ツナ」

 

 ニューロンから丁度死角になる位置。積み上がった瓦礫の中でぽっかりと空いた場所に全員は集合していた。偵察を行っていたビアンキがニューロンはこちらに気づいていない、と告げると緊張から解放された三者は思い思いの反応をとるが、やはりいつものような余裕はない。地べたにへたり込んで大きく息をつくツナの足はがくがくと震えていたし、軽く笑い飛ばしている山本も少し息が上がっている。獄寺は苛立ちを隠せておらず、咥えている煙草のフィルターが噛み跡でぐしゃぐしゃになっていた。

 

「さーて、じゃあ作戦会議すっか。あのチビッ子をどう攻略するのか考えようぜ」

「テメーが仕切ってんじゃねえよ」

「攻略、って言っても……」

 

 そもそも、ニューロンとリボーンはなにやら知り合いらしい雰囲気を出していたのだが、それについて聞く前にニューロンが襲いかかってきたので今の今までうやむやのままであった。リボーンに聞いてみると、彼はリボーンと同じアルコバレーノと言う存在らしい。選ばれた7人の中の、番外の8番目。

 アルコバレーノについてはよくわからないけれど、リボーンと似たような存在はこれまでに何度か見たことがある。しかし、

 

「でも、ニューロンは赤ん坊じゃなかったぞ?」

「ああ、あいつはちょくちょく体を変えるんだ」

「体を、変える?」

「オレも詳しい原理はよくわかんねーけどな、会うたび会うたび姿かたちが変わってんだよ。共通点はおしゃぶりを持ってることぐらいだ」

 

 リボーンが最初にニューロンに出会った時は長身の男であったが、しばらくしたら妖艶な女性に変わっていて、さらにしばらくしたら今度は小柄な老婆になっていた、らしい。変装で片づけられるようなものではなく、けれども確かに目の前に居るのはニューロンである、とリボーンの勘は言っている。だから、そういうものなのだろう、とアルコバレーノ全員が渋々納得したのだ。

 ニューロンの秘密については現在どれだけ頭を捻ってもわからないのだが、この作戦会議の根本はそこではない。

 あの巨大な銃をどうするか、だ。

 

「さっき奴が弾を撃ってた時に見たんですけど」

 

 逃げながらもきちんと観察をしていたらしい獄寺によると、ニューロンの持つ銃の弾は“消える弾丸”なのではないか、とのことらしい。

 

「消える弾丸って……あれか、消える魔球みてーなやつのことか?」

「ちげーよ、ありゃボールの回転力やブレを利用してんだろ。そういうんじゃなくて、マジで“消えて”んだよ。着弾と同時に周囲の一定範囲が丸ごと虚空に消えてる。じゃなかったらあんだけデカい弾丸を使ってんのに瓦礫がほとんど飛び散らねえ理由にならねーだろ」

「消える弾丸って、なんだよその物騒な弾……」

 

 先ほど、逃げていたツナは運よくニューロンの銃をよけることができた。けれどもしも、一発でもあの弾丸が当たっていたら……。そう思うと、先ほどからずっとしている寒気がいよいよ深まってきて、ツナは自分の手で肩をさすった。

 一連の獄寺の考察を聞いていたリボーンは、少し考えるそぶりを見せた後おもむろに、

 

「そいつは、“消滅弾”かもしれねーな。天才科学者ヴェルデの開発した特殊弾……になる筈だったやつだ」

 

 特殊な加工を施した弾丸を発射の瞬間高エネルギーで負荷をかけ反応させることにより、着弾と同時に周囲の一定領域ごと消滅するという代物で、構想されていた当時は「証拠の残らない武器」として注目されていた。……が、弾丸の核に希少金属を微量とはいえ必要とすることと、弾丸を反応させるために使用されるエネルギーを作るためのリアクターの小型化が難しかったことから初期のプロトタイプがいくつか作られただけで量産には至らなかったらしい。

 元々ヴェルデ自体が実益を得るために発明をするタイプでなかったこともあって、このような発明は星の数ほどあった。恐らく本人が忘れているものもあるだろう。どうやってニューロンがあの銃を手に入れたのかはわからないが、あれは間違いなくヴェルデの作ったものだとリボーンは結論付けた。

 

「あの銃の部品のほとんどはエネルギーを精製するリアクターだ。恐らく限界まで小型化してんだろーが……あれが限界だったみてーだな」

「確かにチビッ子が持つにゃーちょっと厳しいデカさだよな、あれ。よく飛んだり跳ねたりできるもんだぜ、よっぽど鍛えてんだろーなぁ……」

「山本、なんでしみじみと言ってんだよ……?」

「……リボーンさん。限界まで小型化してるってことは、あいつの持つ武器に無駄な部分は一切存在しねぇってことですよね? となると……どこかが不具合を起こせば使えなくなるってことッスか?」

 

 精密機器と同じで、難しい動作をするために必要最低限を削ぎ落としていけばいくほど、物理的ダメージには弱くなる。無論、それを防ぐために部分的な強化などが行われている可能性はなくもないが……プロトタイプが作られて以降開発が頓挫したものならば、あるいは。

 

「可能性はある、な。くっついてるエネルギーリアクターのうちの一つでも壊れればもう使えなくなる筈だ」

 

 ただ問題は。

 

「うーん……でもよ、どーやって近づくよ? あのチビッ子、こっちを見た途端にガンガン撃ってくんぜ?」

「とてもじゃないけど近づける感じじゃないよな……」

 

 かすっただけでも致命傷の弾丸を雨あられと撃ってくる相手に、どうやって近づいてあまつさえ銃を破壊するのか。一番の問題点が一番どうしようもない。

 

「さっきみてーに獄寺の煙幕は使えねーのか?」

「あっちも見えねぇ代わりにこっちも見えねぇだろ。どうやって回避すんだよ」

「あっ、山本が遠くから適当な大きさの瓦礫を投げるとか……」

「それやるにはどこに当てたら致命傷なのかを見極めねーとな。一回失敗したら二度目はねーぞ」

 

 しばらく、あーでもないこーでもないと言い合っていたのだが、一向にいい答えは出ず。

 頭を悩ませていると、傍で作戦会議を聞いていたビアンキが痺れを切らしたように言った。

 

「あなた達、もうあまり時間が無いわよ。ニューロンがこっちに近づいてきてる」

「ゲッ!? ま、マジで……!?」

 

 このままここにいたら見つかってしまう、けれども有効な打開策は見えてこない。焦りがじわじわと積もっていく中、覚悟を決めたような顔をした獄寺が告げた。

 

「十代目、……オレが突っ込みます」

「獄寺君!? なに言いだすんだよ……!?」

「そーだぜ獄寺。そりゃいくらなんでも無茶だ」

「るせぇ! テメェは黙ってろ! ……勝算はあります。奴の“消滅弾”は消す物体を選べない。前の方にバリケード代わりにボムを撒いて突っ込めば、一か八か通る筈です」

 

 それこそ無茶な話だった。通常の弾丸より大きいとはいえ消滅弾が必ず散布されたボムに当たるとも限らず、第一そんな大量にボムを使えば爆風で獄寺の身が危ない。

 

「お願いします十代目! オレは十代目の右腕としてあのメガネヤローに一矢報いるまで死ぬつもりはありません! ぜってーにあいつを倒してみせます!!」

「ダメだよ! 絶対にダメだ!!」

 

 見つかるかも、といった危機感が消え失せて、気が付いたらツナは怒鳴っていた。隣で山本が驚いた表情を浮かべているのを見て、すぐに我に返る。

 

「あ、いや、……獄寺君怪我してるんだから、その……無茶はして欲しくないっていうか……」

「十代目……」

「ツナ……」

「そ、それにさ! 他に何かあるかもしれないじゃないか! 例えば……えーと……」

 

 おぼつかない頭を必死に巡らせて、どうにか作戦を考える。自分を含めた全員が無事でいられる作戦を。誰も傷つかない作戦を。考えて、考えて、考えて……。

 ふと、この間桃凪と一緒にゲームをやった時を思いだした。

 

 

『つなってさ、RPGのゲームすっごく下手だよね』

『なっ、いきなりなに言うんだよ……』

『だってさ、魔法使いも戦士も盗賊も、みんな攻撃しかしないし。魔法使いは強化の魔法とか使えるし、盗賊は敵を攪乱する特技があるよね? 戦士を強化して敵に攪乱して攻撃した方が強いじゃん』

『え、あ、あー……』

『適材適所、ってやつだよねぇ』

 

 

 そう言って、ふにふにと桃凪が笑っていたのを覚えている。

 

「……あのさ、考えたんだけど……協力、してみるとか……」

 

 発想がゲームから、というのは自分でもどうかと思うのだけれど。

 ええいとりあえず言ってしまえ! と半ばヤケになって自らの考えを話し始めるツナ。

 

 それを少し後ろから、満足げな顔でリボーンが見つめていた。

 

 

 

 

 

 さっきからずどぉんとかどごぉんとかすごい音がしてるんだけれど、何事だ。隣で一緒に歩いているフゥ太が怯えているじゃないか、というのが桃凪の大体の感想であった。

 

「なんかすごい音が鳴ってるね……」

「ツナ兄ぃ、大丈夫かな……」

「心配だねぇ……」

 

 荒れ果てて廃墟になってはいるけれど、かつては人がいた場所であるからそこまで道なき道を行くわけではない。これが山奥だったりしたら桃凪ではちょっと厳しかったかもしれないが、整備されていた道があってよかった。

 フゥ太と一緒に手を繋いで、ゆっくりと歩みを進めているのだが、後ろの方から誰かが追いかけてくる様子はなく。どうやらフゥ太と自分の逃避行(?)はあちらには咎められてはいないようだった。

 

(に、しても……)

 

 このままだと案外さっくりとツナ達に合流できてしまう。

 いや、合流が悪いわけではない。むしろ最良なのだ。ツナ達は人質の心配がなくなるし、桃凪たちの方は安心できる。フゥ太はどうも骸になにやらを吹きこまれているらしいが、だからといって骸のところにずっといる方がまずいだろう。だから、これが一番いいはず、なのだ。

 それでもどこか足が躊躇ってしまうのは、まだ自分が迷っているからなのだろうか。覚悟を決められないままなし崩しでツナ達の味方になることを、良しとできない自分の心の、現れなのか。

 

(……いつまでも考えてたって仕方ない。きょーやにも申し訳ないし、とりあえずできることは全部やってみよう)

 

 自分を見失うな、という雲雀の叱咤を思いだす。とりあえずは、あの信頼に背くことの無い自分でありたい。それが桃凪の本心だった。

 だから、考えるよりまずは行動、である。

 

「もうちょっとでたぶんつな達のいるところに行くと思うけど、ふーたは大丈夫?」

「……う、うん」

 

 桃凪だけならいくらでも飛び込んでいけるのだけれど、今回はフゥ太も一緒なので、聞くべきところは聞いておくべきだろう。そう思って隣のフゥ太に声をかけたのだが、返ってきた返答は硬い。桃凪も悩んでいるように、フゥ太もフゥ太で色々と悩んでいるらしい。不謹慎だが、ちょっと安心した。

 

「……とりあえず、遠くからちょっと見るだけにしようか」

「いいの?」

「いいよー」

 

 今登っている小高い雑木林を抜ければツナ達のいるであろう場所につく。あそこだったら隠れる場所もたくさんあるだろうし、遠くから眺めるだけなら簡単なはずだ。

 そう話していると、またずどぉん、と大きな爆発音が鳴った。これは獄寺のボムの音、だろうか。

 

「つな達、頑張ってるんだね」

「……ねぇ、桃姉ぇ」

「んー?」

 

 丸い目が、じっと桃凪を見上げている。恐る恐ると言った体で、フゥ太が口を開いた。

 

「桃姉ぇは、僕が……」

「あっ」

「えっ」

 

 それに注目していたのが仇になったらしい、ずるっと足元が滑る感覚。うんまぁ、廃墟なのだから、地盤も緩んでるし、こういうこともあり得るだろう、たぶん。フゥ太を巻き込むわけにはいかないと繋いでいた手を離すと、あっという間に世界は反転する。

 ……自分の運動音痴が、久々に恨めしくなった。

 

 

 

 

 

 ツナが思い付いた作戦に、獄寺と山本が乗っかって、それにリボーンが口を出して、ビアンキがリボーンに賛同して。

 あれよあれよという間に、いよいよ作戦開始という所になってしまった。

 

「獄寺が所定の位置についたぞ。ツナ、おめーもそろそろ腹くくれ」

「こ、これで大丈夫なのかな……」

「サーセン、これ煙出てんですけど、素手で触って大丈夫なモンなんですか……?」

「死んでも持ち続けなさい」

 

 引き攣った声を上げている山本といつも通りのビアンキの声を背後から受けながら、震える膝を必死に動かしてツナは前に出る。

 ツナがこの場所から飛び出すのが、作戦開始の合図。

 そこからはもう後戻りはできない、一本道だ。

 

(……い、今さらながら緊張してきた……! や、ヤバイ……なんでこんな作戦言っちゃったかなー!?)

 

 ツナとしては、本当に苦し紛れの思い付きだったのだ。成功率とか、できるかどうかとか、そんなもの考えもしないで言っただけの、案とも呼べないものだったのに。それが獄寺の頭脳と山本の行動力とビアンキの押しの強さとリボーンのダメ押しで、なんか、こんなことに。

 緊張のあまり思考が現実から飛び始めて、血の気が抜けた顔がどんどん蒼白になっていく。最初の一歩を踏み出そうとする足がブルブルと震えていた。

 そして、背後にいる家庭教師は鬼だった。

 

「さっさと行け」

「え、……ぐぇっ!?」

 

 小さな体でなぜそんな膂力があるのか不思議でならないのだが、とにもかくにも背中を思いっきり蹴っ飛ばされ、覚悟の決まらないうちからツナは戦場に放り出されてしまったのだった。

 蹴とばされた勢いで一歩踏み出して、瓦礫に躓きそうになってたたらを踏んで、悲鳴を上げながら転がり出た場所。

 数メートル前に、ニューロンが居た。

 

「ひぇっ……」

「オやァ……?」

 

 しばし見つめ合うこと、数秒。

 

「……見敵・必殺!!!!」

「あああああああやっぱりー!?」

 

 長い銃身を振り回し、即座に照準をツナに合わせたニューロンはそのまま凶悪な笑みを浮かべ引き金を引く……筈だったのだが。

 

「――っせるかよぉ!!」

「ムっ!? ……上ですネ!!」

 

 頭上から降ってきた声に反応して見上げた先には、瓦礫に隠れて巧妙に姿を消していたらしい獄寺と、上空にばらまかれた大量のボム。すぐ近くに敬愛するボスが居るというのに一切躊躇せず投げられたそれは一瞬だけ空中で静止して、その後重力に従い落下してきた。

 目の前で悲鳴を上げているボンゴレ十代目と、上空から降ってくるボム。

 どちらが重要かと言われたら、この時点では後者に軍配が上がった。

 

「――ッフ!」

 

 重たい銃身を振り回し、多少よろけつつも銃口を上空に合わせたニューロンはそのまま連続で5発。本来上空に向けて銃を撃つのは射出した弾丸がそのまま落下してくる危険性があるため御法度なのだが、この消滅弾に関しては射出されてから一定時間が経っても物体に触れなかった場合自動的に消滅するようになっている。証拠の残らない弾は伊達ではないのだ。

 撃った弾の内3発はボムに命中したらしく、破裂音を立ててボムの雨に穴が空く。安全地帯を即座に見極めて、そこに飛び込んで爆風をやりすごして次の機会を狙って――。

 

「て、ぇ、りゃぁああああっ!?」

「ヘァっ!? え、ちょ!?」

 

 警戒をしていなかったわけではなかったのだが。

 膝の笑っていたあの少年が、ボムが降ってくる場所に自ら突っ込んでくる姿の想像ができなかったのだ。

 文字通り全身全霊の勇気を振り絞り、ちょっと裏返った雄叫びを上げてニューロンの安全地帯に飛び込んできたツナは小柄なニューロンの体に攻撃を仕掛けるようなこともせず、そのまま一直線にニューロンの持つ銃に手を伸ばし、長い銃身にへばりつくように掴みかかった。

 流石に少年の体重で歪んでしまうほど柔い作りではないのだけれど、それを振り回すニューロンの腕力に限界はある。一時的に行動が制限され歯噛みするニューロンの思考を断ち切るように、落ちてきたボムが一斉に爆発した。安全地帯にいるとはいえやはりある程度爆風は受けてしまうので、咄嗟に右袖で口元を隠して熱風をやり過ごし、情けない声を上げながら銃身に張り付いている少年を引き剥がそうとしたのだが。

 

「ハ、な、れ、な、さ、ィ~!!!」

「い、や、だ~!! ここで離れたら死ぬぅううう!!!」

 

 確かに離れた瞬間思いっきり頭を吹っ飛ばしてやろうとは思っているが。しまいには長い銃身の端と端を持って、お互い綱引きのような状態になってしまう。

 

「ホンっっっっっ……とに離れなさいっ!! これヴェルデから買い取るのにどれだけ金かかったと思ってるんですカー!!」

「そんなんオレにいわれてもー!!」

 

 傍から見ていると玩具の取り合いで喧嘩する子どものような光景だったが、本人たちは果てしなく真剣だった。

 にしても、何かがおかしい。

 先ほどからしっかりとニューロンの銃にしがみついているツナだが、そこから何もしようとしない。ただ震えながら銃身を抱え込むように地面にうずくまっているのだ。

 

(……奪い取る、までは考えていないようですね……。ワタシに銃を使わせないため……? いやむしロ)

 

 銃を、動かないように固定しているような。

 

(――――ッ!?)

 

 まずい、と危険信号が走り抜ける。

 彼らの狙いは――――エネルギー生成のためのリアクターだ!!

 

「……ッふ、ざけん「ややや山本ぉー!! 早くぅううう!?」……!?」

 

 そろそろ体力的にも気力的にも限界が近づいているらしい少年が名を叫ぶ。その声に応じるように、少し離れた場所でざり、と地面を固く踏みしめる音がした。

 足を肩幅くらいに開いて立つ、黒髪の少年。

 

「おう、行くぜ」

 

 足を一歩前に踏み出して、右腕を後ろに下げ、大きく振りかぶって。

 

 

「――――そぉ、っら!!!!」

 

 

 手にした物の標準は、ニューロンの持つ銃の、リアクター。

 剛速球で投げられる球のことをレーザービームなどと評することもあるらしいが、確かにこうやって目の前で見ればその評価にも頷ける。狙いは正確、寸分違わずリアクターに直撃だ。その衝撃で銃身が一瞬横に逸れて、ツナの手の内から銃が離れる。

 行動の制限から解放されたニューロンは、続く球を警戒してひとまず距離をとった。

 

「ッハ! 残念でしたねぇボンゴレの皆さん! リアクター周りは念入りに補強したんですよ!! ちょっと遠くからなにか投げたくらいで、壊れるわけが――」

 

 ない、と言葉を続けることはできなかった。

 じゅうじゅうと溶けるような音が鳴る。振り回した銃身の軌跡を追うように、ドス黒い煙が上がっていた。鼻をつくこの独特な、甘い異臭は。

 

「……ウ、ソォ……?」

「ポイズンクッキング、溶解桜餅よ」

 

 どろどろと溶けているリアクターを見て呆然とするニューロンに得意げにビアンキが言った。後方で獄寺が胃を抑えている。

 

「ぐっ……と、とにかく、一番ヤベー武器は無力化できたな」

 

 腹痛と戦いながらそう口にした獄寺の言う通り、ニューロンの持つ銃のリアクターは完全に溶けて使い物にならなくなっていた。つまり、消滅弾を撃つ事はもうできないということで。

 

「さーて、あとはさっさと畳んじまうか……散々好き勝手暴れてくれやがってこのクソガキ……」

「(ご、獄寺君の方が怖い……!!)」

「まー、確かにやんちゃが過ぎたチビッ子には説教してやんねーとな」

 

 なにやら顔に濃い影を作りながら呟く獄寺と、あっけらかんという山本の間に挟まれて戦々恐々とするツナ。張り詰めた雰囲気が、少しだけ普段に帰ってくる。

 その時、使い物にならなくなった銃に手を伸ばしたニューロンが、ついていた部品を一つ、むしり取った。瞬間、半分ほど溶けかけているリアクターから凄まじい光が迸り、ツナ達の視界を白く染める。

 

「ッ!? 今度はなんだ!?」

「オイオイまだなんかあんのかよー! 多彩すぎんだろチビッ子!!」

「ななななにー!? 何が起きてるのー!?」

 

 白に塗りつぶされた景色の中、ニューロンの手に持つ銃から機械的な合成音が響いてきた。

 

『アラート。制御端末、破壊されました。リアクターの制御できません。アラート。制御端末、破壊されました。リアクターの制御できません。繰り返します。アラート……』

「……フフ……」

 

 俯いていたニューロンが、ゆっくり顔を上げる。フードに隠れた顔、逆光により少しだけ見えるようになった表情は、凄惨という言葉がぴったりな笑みだった。

 

「マッドサイエンティスト謹製の武器には――自爆機能がついてるって相場が決まってるんですヨ――――!!!!」

 

 そして続く絶叫によると。

 

「ボクの貯金の5割の重み……身をもって知りなさーーーーーーイ!!!!!」

 

 完全なる八つ当たりであった。

 

 

 

 

 

 なんかそのへんの木とかに当たって止まるだろうと楽観視していた転倒後のローリングは、なぜか一向に止まらなかった。

 すでに視界がぐるぐるに回っていてどっちが上でどっちが下なのかもわかっていないし、先ほどうっかり口を開けた時に盛大に口の中に土とか落ち葉とかが入ってきたのでもう口を開きたくない。なんだか向こうの方がすごく騒がしいので、もしこのまま止まれずに落ちて行ったら戦ってるど真ん中に放り出されるんじゃないだろうかと思う。それは、すごく、困るなぁ。

 

(あっ)

 

 今何か光った。一瞬だけではなく、今も光り続けている。待て、本当に何が起こっているんだ。

 転がり続ける。光が強まる。

 林を、抜けた。

 

 

「……ど、いてーーーーーーーー!!!!」

 

 

 何が起きたのか全くわからなかったのだけど、とりあえず坂道の先は小さな崖のようになっていて。回転により生まれた慣性の法則はすでに桃凪が止められるようなものではなくなっていたので、ぽーんと虚空に投げ出された桃凪の目には、まばゆい光の中に誰かがいることしかわからない。

 わからないなりに、巻き込んでしまうわけにはいかないと声を張り上げた。

 

「ハァッ!? 今度は何――――……」

 

 光の中心、小さな人影がこちらを見て、そして硬直した。

 

「……――貴女、ハ……」

 

 辛うじて見える口元が、何かを呟こうとした、のだけど。

 それより先に、桃凪の体がその人影に激突した。

 そうしたら、その人影が持っていた何かすごく大きい光る物体が、ぽーんと遠くに飛んでいって。

 伏せろ、と誰かが叫んでいた。

 

 ――――――――……。

 

 目がチカチカして、耳がぐわんぐわんする。

 なにも見えないしなにも聞こえない真っ白な無音の場所に放り出されたような感覚がしばらく続いて、うっすらと視界が戻って。

 目と耳は馬鹿になってしまっているが、それ以外は特に異常はないらしい。あの高さからあの勢いで放り出されたのだから擦り傷じゃすまないだろうと思っていたのだが、何かがクッションになって助かったようだ。そのなにかというのは、今自分の下で目を回している小さな人なんだろう。どうしよう。

 とりあえず心の中でお礼を言いながら、丁重にその人の上からどく。まだ視界は白っぽかったけれど、きょろきょろとあたりを見まわしてここはどこか探ろうとした。

 

「…………桃凪?」

 

 呆けたような懐かしい声が聞こえる。そのたった一言に、桃凪の心臓は強く脈打った。

 桃凪が振り向いた先。

 そこに。

 

「――――……つな」

 

 

 桃凪の、一番大事な人がいた。




リボーンの戦いって基本的に1対1の戦いが多くて、各々が役割分担して戦うような戦闘ってあんまりないよなぁと思ってました。それぞれやれることやできることが違うから、連携して戦うとすごく強い気がするんですよね。そんなことをやってみたくて書いたオリジナル展開。大変だけど楽しかったです。

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