もうひとつのソラ   作:ライヒ

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改稿完了


第三話 「ねんざにはテーピングがいいらしいです。」

 

 

 

 

 

 ○月×日

 

 はやとが来てから、つなは少し困ってるみたいでした。

 この間は理科のテストが返されたのですが、そこでつなはまさかの20点台を取って先生に嫌がらせを受けていました。

 その後やって来たはやとはなんと全教科オール100。もう笑うしかありません。私の点数? そんなものどうだっていいじゃないですか。

 あと、せんせーが言っていましたが、死ぬ気弾は色々使い道があるようです。詳しくは面倒なので書きませんが。

 それとせんせーがいつもつれていたカメレオンは形状記憶カメレオンらしく、自分のサイズで何にでもなれるそうです。

 この間はつながグラウンドを真っ二つにしていました。すごい。

 しかし、今日の体育は野球です。これでもかというほど憂鬱ですよ……。

 

 

 

 

 

第三話 「ねんざにはテーピングがいいらしいです。」

 

 

 

 

 

「桃凪ちゃん! そっち行ったよー!」

「ちょ……! 無茶言わないで……!!」

 

 ただいま体育の野球の時間。桃凪の今日一番の憂鬱イベントだ。

 体力のない桃凪にとって広範囲を走り回る野球はサッカーと並んでの鬼門。数十分やっただけだが、もうバテバテである。

 そして、そんな状況に追い打ちをかけるように自分の所に飛んでくるボール。もうどうしろと。

 しかし期待されているのは事実なので頑張るしかない。疲れた体に鞭を打ってさらに動く。

 

「ていやぁー!」

 

 ズザー! とスライディングをしてまで手を届かせる。もうもうと立つ土煙。そして結果は。

 

「と、取れた……!」

 

 これで相手は2アウト、あと一回である。

 球を取れたということよりも、誰かの役に立てた感動に打ち震える桃凪。しかしただ一つの問題が。

 

「桃凪ちゃん大丈夫?」

「…………どうしよう。足、くじいたかも……」

 

 先程から鈍い痛みが足首を中心に広がっていて、全く動かない。捻挫(ねんざ)だろうか。

 

「じゃああっちに行って休む? 肩貸そうか?」

「いや、自分でいくよ。大丈夫だから」

 

 そう言う桃凪だが、どう見ても強がりにしか見えなかった。

 しかし気合と根性でどうにか立ち上がろうとして、その時。

 

「おー、大丈夫か?」

「え、うわっ」

 

 ひょいっ、といとも簡単に桃凪の体が持ち上がる。そして誰かに抱えられてる感触。いきなり自分の目線が高くなって、いわゆる、肩車。

 

「オレが連れてってやろうか?」

「や、やまもと……」

 

 肩車の犯人は山本(やまもと)(たけし)。高身長、たぐいまれな運動センス、と桃凪とは正反対な人物だ。気さくでさわやかな性格な為、クラスの皆からの信頼も厚い。女子人気もあり。実際、先程から「桃凪ちゃん羨ましいなー」などという声が聞こえている。

 

「あー、ごめん……」

「いーって事よ。それに桃凪は妹みてーなもんだしな」

「……」

 

 桃凪もこれでも思春期真っ盛りの少女なのだが、そこら辺を分かっているのであろうか。と言っても、山本のそれは皮肉でも何でもなく100%善意からの言葉、なんか怒るのも微妙になってきた。

 

「そういやさ、最近ツナすげーよな」

「む、そう?」

 

 そういった桃凪の視線の先にはボールを探しにあたふたと慌てるツナ。あれを見て言っていたとしたら、本当に疑問に思う。

 

「んー、なんつーかさ最近あいつすげーじゃん。剣道でもバレーでもさ、オレあいつに赤丸チェックしてんだぜ」

「へー……」

「いや、お前も人ごとじゃねーぞ」

「はい?」

 

 山本を…というより肩車されているため実際には山本の後頭部を見ながら、桃凪は首をかしげる。

 

「お前さ、ツナがすげー事やってるときにはいつも隣でフォローしてんじゃん? あれってさ、実際にはやろうとするとすごい難しいことだと思うぜ」

「……そう、なのかな」

「そうそう」

 

 気楽に笑う山本を見ているとどうしてもそうとは思えないのだが、とりあえず頷いておくことにした。

 

「おっし、とうちゃーく」

「あ、ありがと」

「んじゃーな、あまりはしゃぎすぎんなよー?」

 

 笑いながら男子の方に戻っていく山本、どうやら自分の番が来ていたらしい。それを置いといて自分を運んでくれたのだろうか。だとしたら本当にお人好しだ。

 でも、

 

「悪い気はしない……かも」

 

 そしてそこからそう遠くない場所でリボーンが、山本のファミリー入りの計画を立てていたのだった。

 

 

 

 

 

 ツナにとって山本は、人気者で、運動神経抜群で、明るくて、何もかも自分と正反対の人物だった。共通点など自分と同じクラスであることぐらいだろうか。

 異性としての憧れの存在が笹川京子だというのなら、こういうふうになりたい、こんな人になってみたい、そういう同性としての憧れはまさしく山本だろう。

 そんな山本が、ツナに相談してきたのだ。

 

「その相談の内容ってなに?」

 

 桃凪はツナにそう聞き返した。

 ツナは話してきたのは自分にも関わらず、テレビに映るゲーム画面に夢中になっている。どことなく意識を引っ張られたような状態で、答えた。

 

「スランプなんだってさー。野球がうまくいかなくて、どうしたらいいって言われた」

「つな野球苦手だよね? アドバイスできたの?」

「ほっとけ。あー……、努力とか?」

「つなが言えることじゃない気がするそれ」

「いや、まあ、ほら、えーと……。普通の人が言う感じの」

「一般論として?」

「それそれ」

 

 ぽんぽん軽妙な掛け合いだが、内容としては適当な兄を妹がたしなめているという所。

 山本は最近のツナが頼もしくて、つい相談してしまったと言ったらしい。まぁ確かにリボーンが来てからツナは色々と頼もしくならざるを得なくなっている。だって死ぬ気ですから。

 でもそれは実際の実力ではなく、死ぬ気による底上げだ。そもそもツナが死ぬ気になっているときは文字通り必死なので、どうすればいいのかとかそういうのは分かってないのだろう。むしろ、どうするまでも無く体が勝手に動いているという感じだ。直感力、とでもいうのだろうか。

 

「そんな適当な事言ってだいじょうぶ?」

「いやでも、同意してくれたし、山本もやる気出たみたいだしさ」

「ならよかった、病は気からとも言いますしな……」

 

 出来ないと思っていれば出来ない。ツナもそれだ。出来るわけない、出来る筈がない、そういうふうに思っているからいつまでたっても出来なかった。

 けれど、山本の出来ないは「いつも通りに出来ない」だ。いつもと同じことをしているはずなのに、前よりも劣って見える。普通の人なら自意識過剰かもしれないが、山本は野球部では有名な選手。それはあり得ないだろう。

 思い込みとは全く別の所に、原因があるような気もする。

 

「……ねーつな「その山本だがな」あう」

 

 それを指摘しようとした瞬間、リボーンに発言をかぶせられた。狙ってやったわけではないと思うが、……いや、リボーンだしな。

 

「ファミリーにいれるぞ」

「はぁ!? お前何言ってんだよ!」

 

 続くリボーンの爆弾発言にツナがゲームをやめてリボーンの方を見る。リボーンはいつものようにクリっとしたお目目にぷっくりほっぺの無表情。感情がうかがい知れないが、これまでの経験から碌な事考えてないのはツナにだってわかった。

 

「つーか、何でお前がオレの友達の名前知ってんだ!?」

「つな、せんせーは結構色んな所にいるよ」

「教え子の交友関係くらい把握してねーとな」

 

 さらりと告げたリボーンの発言で、ああそういえばこいつ殺し屋だったなと怯えるツナ。自分の日常の中に知らない間にマフィアがらみの事が浸食しているというのは、抜けだせない落とし穴に知らず知らずはまっているようで恐ろしい。

 そして、そんな事情に友達を巻き込みたくはなかった。

 

「山本は野球一筋なんだよ! 俺はそんな山本を応援してるの!!」

「その割にはアドバイスが適当だったよね」

「だ、だって何言ったらいいかわからなかったし……」

「相変わらずダメツナだな」

「リボーンうるさい!!」

 

 こうして、沢田家の夜は更けていくのであった。

 

 

 

 

 

「おい沢田、これ資料室まで頼めるか」

「うぃー? あ、はい了解です」

 

 授業で使った世界地図を、資料室の所定の位置まで戻してほしい。

 地理の授業の後、桃凪は地理の先生からそんなことを頼まれた。

 別に桃凪はクラス委員でも何でも無いのだが、何でかこういう頼まれごとをよくされる。雲雀の所に書類を持って行くのだって、最初は先生方の必死の頼みだった。

 都合のいい小間使いにされている感が否めなくもないが、特に問題を感じてもいないのでスルーしている。

 そして資料室へと続く道。暇なので歌を歌っていた。

 

「どーはどーなつーのどー」

 

 さっきまでは「かえるの歌」だったが、輪唱してくれる相手もいないのに一人さびしく歌うのがいやになってきたので、適当に知ってる歌を口ずさむ。

 

「れーは……れんこんのれー?」

 

 なんかちがう気がするがまぁ良いか。

 目的地である資料室はそこの角を曲がった場所だ。ほどなくしてついた資料室の扉を片手で開く。中は結構埃っぽく、かけられた暗幕が実に穴場スポットっぽさを発揮していた。

 

「みーはみーんなーのみー……ふぬぅっ」

 

 所定の位置、というのは恐らくあそこの『世界地図』と書いてある戸棚なのだろうけど、桃凪の身長では微妙に高かった。おのれ、先生の馬鹿。

 そーっと地図を戸棚に乗っけるように戻していたのだが、ふと、資料室の前を誰かが通り過ぎるような気配がした。

 

「ふぁーは……ん?」

 

 桃凪は思わずそちらのほうに顔を向ける。じっと集中すると、ゆっくりとした足音も聞こえてきた。

 なんだかそれがやけに気になって、さらに神経を集中させる桃凪。

 

「あれって……うわっ!?」

 

 そして床に垂れ下がっていた暗幕を踏みつけ、桃凪は盛大にすっ転んだ。しかもバランスをとろうと振った手が隣の棚の資料を直撃し、それも巻き込んでしまう。

 どさばさがたんごろっ!!

 

「う、うわぁああ……しまった」

 

 なんかの資料の紙とか、昔の硬貨とか、古墳で取れた土偶のレプリカとか、そういったものの中に埋もれてもぞもぞとうごめく桃凪。

 うめいている桃凪がいる資料室の扉が開かれ、突如光が飛び込んできた。もわりと立ち上がっている埃が、外からの光に照らされてキラキラと光を反射している。

 開かれた入り口に立っていたのは。

 

「……桃凪、か?」

「……やまもと?」

 

 あと数分で授業時間にもかかわらず、何故かそこには山本がいた。

 と、そこで桃凪は違和感を感じ取る。山本に、昨日は無かったはずのものが付け足されていたからだ。

 

「やまもと、その腕どーしたの?」

「え、……ああ」

 

 桃凪の視線の先にある、真っ白なギプスに気づいて、山本は笑った。桃凪の目からでもわかるほどに生気がなく、無理してると一発でわかるようなほろ苦い笑い方だ。

 

「ちょっと無理してさ、こんなざまになっちまった」

「大丈夫?」

 

 思わず聞いて、馬鹿かと思う。大丈夫ならそんなものつけていないだろうに。

 

「ん、やっぱいいや。今の忘れて」

「……おう」

 

 少し慌てて取り繕ってみたが、……余計な気を使っているように見えたかもしれない。というか確実に見えていたと思う。なんとなく気まずくて、視線を下に。

 

「……オレ、そろそろ行くな」

「え、う……」

 

 頭の上から降ってきた声、予想外の言葉だったというわけでもないのに、驚いてしまった。

 山本と桃凪はそこまで親しいわけでもない。山本の誰とでも仲良くできるスキルがあるから傍目には友人のように見えるが、性別、性格、趣味嗜好、なにも当てはまるところがない二人は、そこまでお互い深いところに踏み込む仲でもない。

 しかし、そんな桃凪でも今の山本を一人にしておくことはなんだかためらわれた。

 山本は桃凪に背を向けてどんどん進んでいく。桃凪は、その背中に向かって思い切って声をかけてみることにした。

 

「…………やまもとー!!」

「うおっ! な、なんだ?」

 

 いつも叫んだりしない桃凪が久しぶりに放った大声に、さすがの山本も驚いたようで肩を震わせ、振り返る。

 しかし、なんて言おう?

 

「…………そっち、屋上だよ?」

「……ちょっと風に当たりたくてさ」

 

 それだけ言って、また山本は桃凪に背中を向けた。

 桃凪の言葉は、届かなかった。

 

 

 

 

 

「んー……むー……」

 

 先生からの用事が終わった後、なんとなく教室に戻りづらくて桃凪はうろうろしていた。

 それというのも、山本だ。

 あの後、山本を追っかけて屋上まで行こうかと思ったのだが、山本の背中からはなんだか、関わってほしくなさそうなオーラが出ていて、どうも足を向けることができなかった。簡単な話、桃凪はビビってた。

 

「どうしよう……」

「行きゃいいじゃねーか」

「うわっ!? ……あれ? せんせー?」

 

 いつの間にか、というかこれももうお馴染みみたいになっているが、リボーンがいつものごとく桃凪の隣に現れる。しかも状況の把握を完璧にしている状態で。

 桃凪はちょっとだけ眉を下げて、リボーンに相談してみた。

 

「ねえせんせー」

「なんだ」

「私、あのとき山本に何を言ってあげたらよかったのかなぁ」

 

 あの時、去っていく山本になんて声をかけたらよかったのかわからなかった桃凪。励ますのも何か違った気がした。けれど、桃凪は励ます以外に山本にかける言葉が見つからなかった。だからこそ、あんな言葉になってしまったのだけど。

 もしも、

 

「私じゃなくて、つなだったら、なんか違ったことが言えたのかな」

 

 あの場にいたのがツナだったら。同じ男の子だったら、山本にかける言葉が見つかったのだろうか。

 

「それはオレにもわからねーな」

「……結構ざっくりだね」

「そりゃそーだ。何がどうしてたら、とかこれがこうなったら、とか、今更考えても仕方ないだろ」

 

 すぱりと切って捨てられた桃凪の悩みは、確かにそうかもしれない。

 結果というのは最後までわからない。ここにいたのがツナだったとしても、ツナが何も言えずに終了していた可能性だってないわけじゃないのだ。可能性なんて、それこそ無限大にある。

 

「まあ、ツナの答えなら聞けるぞ」

「え? それって……」

 

 どういう意味、と聞こうと思ったら、リボーンはもういなくなっていた。

 よくわからなくて、首をかしげる桃凪は、窓の外を見る。快晴だ。

 だけど、なぜだろう? なんとなく予感めいたものを感じて、桃凪は窓を開ける。涼しい風が吹き込んできた。

 そして、その風に乗って声が聞こえてきた。

 

『――だから、オレは山本と違って死ぬほど悔しいとか、挫折して死にたいとか、そんなすごい事思った事無くて……』

 

 この声は、間違えようもなく。

 

「……つな?」

 

 弾かれたように桃凪は窓から身を乗り出して、上を見上げる。ぶわりと風が頬を撫でて、桃凪の長い髪を巻き上げた。

 

(……あそこにいるのは、やまもと? つなは……声だけしか聞こえない)

 

 屋上のフェンスの外側に立っているのは山本。ツナの声は聞こえてくるが、声だけ。姿は見えなかった。

 

『むしろ、死ぬときになってすっごく後悔するような情けない奴なんだ……』

 

 でも、ツナの言っていることは、まさしくあの時、桃凪が山本にかけることができなかった言葉だった。

 

『どうせ死ぬんだったら、もっとちゃんと、死ぬ気になってやっておけばよかったって。――――こんなことで死ぬの、もったいないな、って』

(つな……)

 

 知らないうちに、桃凪は目を細める。眩しいものを見るかのように。

 羨ましい。本当に、ツナは羨ましい。

 桃凪は自分が結構臆病なことを自覚している。人よりも多く考えてしまうのはそのせいだし、どこか飄々とした態度をとってしまうのも、相手の敵意とか、そういったものを削ぐのがそれが一番だとわかっているからだ。

 だから、何かを選択するときは悩む。それはもう悩む。

 できれば1時間2時間悩んでいたいところだが、現実の時間でそんなに悩むことはできない。だからいつも、これでよかったのだろうか、これで大丈夫なんだろうかと、いつもそうやって悩んでいる。いつまでたっても、桃凪は悩みから解放されたことがない。

 だから、桃凪はツナがうらやましい。考えなくても、悩まなくても、そうやって答えを選ぶことのできるツナが。

 そう感傷に浸っていると、屋上での時間は進んでいた。山本とツナは相変わらず話をしていて、フェンスの外に飛び出している山本は、非常に危なっかしい。

 落ちてしまったらどうしよう、そんな風に考えたとき。

 

「……え?」

 

 グラリ、と山本の体が、そして今まで見えなかったツナが。

 落ちた。

 声も出なかった。視界だけがやけにスローモーションで、ゆっくりとバランスを崩してく二人が見える。

 ああ、助けなければ。

 そう頭では思ったのだが、体は動いてくれなかった。

 いや、

 

「……っ!!」

 

 動かなければ。見えて、わかっているのなら、動くことだってできるはずだ。

 窓から顔を引っ込め、足に力を入れる。行くべき場所は、二人が落ちてくる中継地点。間に合うか、いや、間に合わせる。

 体が重い。運動音痴の自分にはどうやら荷が重すぎたようで、たった数歩にもかかわらず心臓はもう爆発しそうなくらい鳴りだしていた。きっと緊張でもあるだろう。

 桃凪のすぐ上の階で爆音が鳴った。それは桃凪にとってつい最近聞きなれてしまった、銃の音。でもそんなことはどうでもいい。

 ようやくたどり着いた場所。窓を開けて、

 

「つ、なぁああああああああああああああああ!!」

 

 手を伸ばせ――!!

 

 上を向いたらすぐ目の前、目と鼻の先に山本を抱えるツナがいた。ツナも桃凪に気づいて、手を伸ばす。

 一瞬に近い刹那に、二人の手がしっかりと繋がった。

 だが、

 

「うぇっ!?」

 

 ツナの手を掴んだ桃凪に降りかかってきたものは、人間二人分の体重。ずしりと肩が外れそうな重量は、桃凪には少し荷が重かった。踏ん張っていた足はあっさりとはずれ、体が宙に浮いた。

 

(……あ、死んだ)

 

 どこか諦観を抱いた頭でそんなことを思ったのだが。

 宙に浮いていた重心が、しっかりとしたものに支えられる。それと同じタイミングで、窓のサッシを掴む手が見える。

 それは間違えようもなく、ツナの手だ。

 

「……ぅ、おりゃああああああああ!!」

 

 掛け声一発、ツナが廊下へと身を乗り出す。ツナのもう片っぽの手には山本が抱えられていて、慌てて桃凪も山本の体を掴んで引っ張り込む。

 三人で巻き込み転がりながら、どうにか安全な着地を果たす。どうもツナは死ぬ気になっていたらしく、額にオレンジ色の炎が光っていた。

 

「……は、はぁ……死ぬかと思った」

「……それは私のセリフなんだよ」

 

 廊下に大の字に転がりながら、虫の息で桃凪は答える。本当に、死ぬかと思った。

 かなりの紙一重、失敗すればツナと山本どころか桃凪まで一緒に落ちかねなかった。というか一瞬落ちかけた。けれどそうならなかったのは、運の良さとタイミングと、あとはほんのちょっとの頑張りだろう。

 

「! そうだ、山本! 大丈夫か?」

「ああ。……ツナ! おまえスゲーな!」

「えっ?」

「おまえの言う通りだ、死ぬ気でやってみなくっちゃな」

 

 屋上でしていた会話の深いところを桃凪は知らないが、この様子を見る限りいい方向へと進んでいるらしい、良きかな良きかな。

 山本の顔には先程までの陰鬱そうな表情はなく、何処となく晴ればれとした顔に。元に戻ったのだ。

 

「オレどーかしちまってたな。バカがふさぎこむとロクなことねーってな」

「山本……!」

「桃凪もサンキューな」

「いいよ、つなとたけしのためだし」

 

 山本からまっすぐ感謝されて、どことなく桃凪もうれしい気分に。呼び方もやまもとからたけしへと変わっていた。

 

「さて、まずはつな……服を着ようか?」

「え。……げっ!!」

「あっはっは。おまえら本当におもしれーなー」

「……あ、思い出したかもしれない」

「思い出したって……何がだよ?」

「んーつな、えーとね」

 

「ふぁーは『ふぁいと』のふぁだよ!」

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