【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら 作:ルピーの指輪
研修合宿2日目――四宮シェフの課題は3時間以内に彼のルセット(レシピ)通りに“9種の野菜のテリーヌ”を作ることでした。
課せられたルールは一人で誰の助言も無しで料理を完成させること――つまり完全な個人戦ということです。
わたくしは何とか合格をもらえましたが、恵さんはピンチに陥っていました。
どうやら、出遅れてしまった彼女は傷んだ食材しか残ってなかったようで、ルセットどおりに作ると確実に調理が失敗してしまうという状況になってしまったようなのです。
しかし、恵さんは傷んだカリフラワーにワインビネガーを通すという工夫をすることで、色も味も両方を整えることに成功したのでした。
わたくしは声をかけることは出来ませんでしたが、恵さんの合格を確信します。やはり恵さんは素晴らしい料理人です。
そう思っていましたのに――。
「田所恵……、クビだ」
恵さんに四宮シェフは退学を宣告しました。訳がわかりません。彼女はベストを尽くし、ピンチを乗り越えたはずですのに……。
「以上で課題は終了だ」
「どうして……、どうして私の品はダメなんでしょうか?」
恵さんも当然、納得がいかなかったのでしょう。四宮シェフに自分の品がダメだとはんだんされた理由を質問します。
「傷みはじめてるカリフラワーをゆでるときにワインビネガーを使ったんだろ? 漂白作用のあるビネガーできれいな色を保って下味にもビネガーを使うことでカリフラワーの甘みを引き立てている。野菜の甘みとビネガーのかすかな酸味が絶妙にマッチした味になっているな」
四宮シェフはそれに答えますが、何やら恵さんの手法を褒めているように聞こえます。
退学を宣告しているにも関わらず……。
「な、なのにどうして!」
「誰がルセットを変えていいと言った!?」
「――っ!?」
「このメニューはそれぞれの野菜の甘みが作り上げるハーモニーを楽しむものだ。ルセットの中に“酸味を生かす”なんて文言が1ヶ所でもあったか? お前が作ったのはもはや全く別の料理。課題に沿わない料理を出せば当然失格。納得したか?」
四宮シェフが恵さんの品を失格にした理由はルセットどおりでは無かったから、ということみたいです。
しかし、食材がきちんとしたものならいざ知らず、傷んでいるにも関わらず何の対策もしないで調理された方が問題だと思うのですが……。
とにかく、このような理由で恵さんが退学になるなんてことは――。
「納得いかないですわ!」
「――んっ?」
気が付いたとき、わたくしは大きな声を出して、四宮シェフに詰め寄っていました。
恵さんはベスト尽くしました。いい仕事をされていたとわたくしは思います。なのに……。
「そもそも、鮮度の落ちはじめてる食材が混じってたことは素材を準備された四宮シェフの落ち度ではないでしょうか?」
わたくしが納得がいかない点はこちらです。ルセットどおりに作らせる課題ならば、誰もが平等に調理できる環境を整える事が筋なはずです。
「わたくしたちはこの課題の間、先輩方の従業員として扱われるのですよね? ならば、食材管理の責任はトップである四宮シェフにあるはずですわ」
「ガキが! 誰に向かって口利いてんだ。ああっ!?」
「きゃっ……!」
わたくしが四宮シェフの責任を追求しますと、彼は激高してわたくしを睨みながら怒鳴りつけます。
こ、怖い……。やはりこの人は怖いです……。
「分かってないようだから教えてやる。状態の悪いカリフラワーは
「わざと……?」
「冷静さを失いその目利きを怠ったまぬけはもれなく失格にした。出遅れていいものを確保できないのろまもな」
驚いたことに四宮シェフはわざと傷んだ食材を混ぜたと言い放ちました。そ、そんな……、退学者を出すことを前提で課題を出すなんて……。
「ですから! 恵さんはその遅れをカバーするために創意工夫して対応を――!」
「シェフは俺だ! 俺が作ったルセットに手を加えることが下っ端に許されるわけねぇだろ! いいか下っ端。これ以上俺に盾つくならシェフの権限でお前もクビにしてやろう」
「そんな横暴が……」
「ソアラさん、もうやめて!」
普段でしたら、わたくしも引き下がるところですが、恵さんの進退がかかっているこの状況で引くなんて事はありえません。
ですから、わたくしは何とか四宮シェフを説得しようと試みたのですが、恵さんが後ろからわたくしに抱きついてそれを止めます。
「もう大丈夫だから。ソアラさんまで退学になっちゃうべさ。私の、私のことはもういいから……」
涙声になった恵さんはわたくしの背中に顔をくっつけて、小さく震えながら自分のことを構わないようにと口にしました。
やはり、この方は優しい方です。だからこそ、わたくしは――。
「――恵さん、よろしいわけがありません。絶対に……」
わたくしは振り返り、恵さんの両肩を抱いて目をまっすぐに見つめて決意を固めました。
これが遠月学園のやり方ならば、わたくしも遠月学園のやり方をまかり通らせていただきます。
「四宮シェフ、まことに恐縮ですが質問をお許しくださいまし……」
「まだあるのか?」
「遠月のあのルール――卒業生にも適用されますの?」
「あのルール?」
四宮シェフを呼び止めたわたくしは、彼に大事な質問をします。
足が震えて、手から全身から汗が吹き出て胸の鼓動がドンドン大きくなる。
でも、頭の中だけは人生の中で1番冷えておりました。
そう、わたくしが恵さんの退学を取り消すために考えた手段。それは――。
「食戟です――食戟で貴方にわたくしが勝てば、恵さんの退学を取り消していただけないでしょうか?」
「何考えてんだ編入生のヤツ!」
「相手は卒業生。元十傑第一席」
「しかも食の最前線で戦ってる怪物四宮シェフだぞ!」
わたくしは四宮シェフに食戟を挑みました。
無謀だと言われることは承知しています。相手はえりなさんをも上回る怪物――。
世界でも最高峰の料理人なのですから。
ですが、恵さんを助ける手段はもはやこれしか思いつきません。
わたくしが四宮シェフに食戟で勝利し、彼に彼女の退学を撤回させるしか――。
だから、どんなに怖くてもわたくしは引く気はこれっぽっちもありませんわ……。
「在校生以外との食戟前例がないわけじゃない。――だが、食戟には双方の合意が必要だろ? 悪いが勝負を受ける気はないんでね」
「まあ、そう急かないで。なかなか面白いことになっているようね。四宮くん……」
四宮シェフは食戟を受けることを拒否しましたが、騒ぎを聞きつけた堂島シェフと乾シェフが間に入ってくださり、わたくしと恵さんは四宮シェフと共に別室に連れて行かれました。
何とか風向きが変わると良いのですが――。
「美味しいじゃないですか。田所恵さんの品」
「この課題は俺に一任されてるはずだぜ」
乾シェフが恵さんの品を褒めると、四宮シェフは不機嫌そうな顔でそう呟きます。
やはり、わたくしの食戟を受ける気はなさそうです。
「あなたが定めた試験内容と判定基準に不満はないわ。――しかし、少なくとも彼女は状況に対処しようとしたんでしょ? そのガッツには一考の余地があるとは思わない?」
「思わないね。ちっとも思わない」
「私は余地あると思いま~す」
堂島シェフは腕を組みながら、冷静で淡々と諭すように四宮シェフに恵さんの努力を認める気はないのか尋ねますが、彼の心は頑なで意見を変えようとはしません。
乾シェフは味方になってくれてますが……。
「あら、なんとこれで同票じゃない。のっぴきならないわ。――致し方ない。非公式の食戟……、私が取り仕切ましょう。いわば、これは野試合ということになるわ」
「おい待ってくれよ堂島さん! なんで俺がそんな茶番を……」
「受けなさい……、四宮くん……!」
「――っ!? はぁ、分かったよ。マダム堂島の気まぐれにつきあうさ」
強引に食戟を取り仕切ろうとして下さる堂島シェフに対して四宮シェフは文句を言おうと口を開きますが、彼女の声が1オクターブ下がると態度を軟化させて彼女の言葉を飲み込みます。
やはり、堂島シェフは怒ると怖そうです。
「オーケー幸平。お前が勝てば彼女の退学は取り下げよう。ただし負ければお前のクビもまとめて飛ばす――」
「……承知致しました。勝負を受けていただき感謝いたします」
そして、勝負を受けることを了承した四宮シェフはわたくしが負ければ恵さんと共に退学させると宣言しました。
これで、希望が繋がりました――。
直ぐに千切れてしまうくらい細い糸ですが……。
「なんとか勝負にまで持っていく事が出来ましたわ。とにかく午後の課題もしっかり――」
「ソアラさんのバカ! なんしてあんな無茶な勝負挑んだのさ!?」
「ふぇっ!? ば、バカですか? わたくし……」
四宮シェフとの食戟が決まったわたくしに、恵さんは叱りつけるような声で涙目で文句を言ってきました。
わたくしって、バカですか? 頭をフル回転させて食戟という発想に至ったのですが……。
「バカだよ。ソアラさんは合格してたんだから、私なんかほっとけばよかったべさ……」
「恵さん……、涙を拭いてくださいまし。可愛いお顔が台無しですわ」
「ぐすっ……、誤魔化さないで……」
涙をボロボロと流す恵さんに、わたくしはハンカチを渡します。
そして、恵さんは涙を拭きながら、わたくしの目を見て話題を変えないようにと言いました。
「わたくしが似合わないことをしていることは自分でもよくわかっているつもりです」
「それじゃ、なして……」
「約束したじゃないですか。一緒に極星寮に帰ると……」
わたくしは恵さんとの約束を何としてでも守りたかった……。極星寮に戻ってまだまだ一緒に頑張りたかったのです。
「でも、いつも助けてもらっているのにこんなことに巻き込んじゃって……。私なんて謝ったらいいか……。あっ……」
「巻き込んだなんて言わないでくださいな。好きな人のために戦うのは当然です。それに――田所恵という料理人はここで落ちてはならないとわたくしは信じてます」
「ソアラさん……」
わたくしは恵さんを力一杯抱きしめて、耳元でささやくように自分の正直な心を伝えます。
恵さんの優しさやひたむきさに助けられて来ました。だからこそ、わたくしは自分の意志で四宮シェフに立ち向かいます。
それを巻き込んだなどと仰ってほしくないのです。
「とはいえ、さっきから震えが止まらないのですが。うふふっ……」
「もう、だからバカなことは止めてって言ったの」
「バカって言わないでくださいまし。何とかしてみせます」
爆発しそうなくらい大きな鼓動がわたくしの胸を通じて恵さんにも丸わかりになっているでしょう。
そして、怖くて堪らない気持ちが手足の震えになって表に出てきていることも誤魔化せなくなってます。
でも、わたくしは立ち止まりません。最後まで……。彼女と合宿所から無事に帰るそのときまで……。
「ホテル遠月離宮の別館は今回の合宿で使用される予定はない。その地下1階厨房……。ここなら邪魔は入らないわ」
「ど、どうして卒業生の皆さんが?」
「審査員として来てもらったの。乾さんではどうも判定が偏りそうだから」
堂島シェフが審査員を頼んだのは、水原シェフ、梧桐田シェフ、関守板長という3人の先輩方でした。
さらに乾シェフは椅子に縛られて動けない状態に……。これは豪華な審査員ですわね……。
「では、ただいまより2対1の野試合を執り行う。今日の課題で余った野菜類これを使った料理をお題とする。作るメニューは自由だがなるべく野菜がメインになる品にしなさい。制限時間は2時間とする」
お題は野菜をメインとしたメニュー。自由度はかなり高いです。
四宮シェフは当然フランス料理で来ますからわたくしはどう攻め――。
「更にもう一つ条件を付ける。田所恵さんがメインで調理しなさい」
「「――っ!?」」
「それでは、食戟を開戦するわ……!」
メニューを考えようとした刹那――堂島シェフは恵さんがメインとなるように指示を出します。
一体、なぜそのような指示を出したのでしょう?
「堂島シェフ! 食戟挑んだのはわたくしです!? なのにどうしてですの!?」
「幸平さん! あなたの料理で勝ち、仮に田所さんが生き延びたとしよう。それが何になる? 金魚の糞であることは変わらないわ。遠月学園では己の価値はその腕で証明しなければならない。今夜このとき、この調理台において田所さん、あなたがシェフよ!」
なるほど、確かに恵さんの進退を賭けるのなら彼女の実力を示すことが筋ですわね。
堂島シェフの言っていることは正論です……。
「同情するぜ幸平。絶望的な気分だろ? そののろまの腕に自分のクビが懸かってるんだからなぁ」
「絶望? はて、どうしてわたくしが絶望をするのですか?」
「はぁ? そこの使えねぇ女がてめぇの人生を左右するんだぞ。想像力がねぇのか?」
四宮シェフは勝ち誇った顔をして、わたくしを同情すると仰っておりますが、そのような言動は戯言です。
恵さんになら、人生を預けられる。わたくしはそう想っていますから。
「恵さんは優れた料理人ですわ。彼女がシェフならわたくしは喜んでサポートに回りましょう。――それに、わたくしは本来“食事処ゆきひら”の2番手。サポートの方が得意ですの」
そう、わたくしは父の調理のサポートをしていた経験の方が多いのです。
ですから、こちらに来てから機会がありませんでしたが、調理を手伝う方が本来わたくしには向いております。
「ふっ、やはり面白い子。一見、内気に見えるが、芯はしっかりしてる。あの子と友人になるわけだ」
「恵さん。料理を楽しみましょう! せっかく素晴らしい先輩方に食べて頂けるのですから、今このときを楽しむんです!」
「楽しむ? そ、そんなの無理だよ。だ、だって負けたら――。ソアラさんだって、本当は――」
「いいえ、わたくしは楽しめますわ。大好きな恵さんの手料理を助けることが出来るのですから。料理人としてこれほど嬉しい事はございません」
わたくしは前髪を後ろに束ねながら恵さんに声をかけます。
大好きな恵さんの調理をお手伝いするなんて、こんなに楽しみな事はありません。
思えば、シャペル先生や乾シェフの課題の時も恵さんと一緒だったからとても楽しく調理が出来ていたのです。
「まぁ、青春っていいですね」
「――私もソアラさんと料理をするのが好き……。だから、もっと頑張ろうと思ったんだ。そうだね。せっかく、一緒に出来るんだもん――」
恵さんもわたくしと同様にもう震えてはいませんでした。わたくしたちは互いの手を握りしめて、見つめ合い、そして同時に頷きます。
さぁ、わたくしたちの食戟を開始しましょう。
「恵さん、その調子ですわ。それでは、どのような品を作るのか教えてください」
「うーん。一応、思いついた品があるんだけど――」
恵さんは自分の考えた品についてわたくしに説明をします。
それは恵さんらしい優しいお料理で、聞いているだけでワクワクしてきました。
「――それは面白いですね。わかりました。手間のかかりそうな下処理はお任せくださいまし。わたくし、スピードには多少自信が有りますから」
「ソアラさんのは多少ってレベルじゃないよ。でも、お願い……」
「では、始めましょう。ふふっ……、どのような皿が出来るのか楽しみですね。恵さん」
わたくしは自然と笑みが溢れました。恵さんの料理を共に作ることが楽しくて……。
美味しいと仰ってもらえるように全力でサポートせねば……。
「くすっ、こんな時にニコニコ出来るなんて……、何か私も楽しくなってきたよ」
それに合わせて恵さんも笑います。ええ、その素敵な笑顔があれば大丈夫。
この困難もあなたとなら乗り越えられる気がします――。
「あの2人……、笑ってる? この退学がかかった状況で」
「ふむ。女性の笑顔は大好物だけど、これは中々……」
「あっ……、しまった……」
「肩肉の切り出し終わりましたわ。スジも全て取っております」
わたくしは恵さんの考えていることが手に取るように分かります。元々の性格が似ていますので、次の動作が考えなくても容易に想像が出来るのです。
「何あれ……?」
「彼女の仕事を先読みして自分の作業との両立を崩さずにサポートしてるな」
「しかも決して余計なことはしない。田所の邪魔にならないよう神経を張り巡らせている。どう見たってあのスピードは学生のレベルをはるかに超えている。いや、プロでもあれ程の――」
「さあ双方仕上げにかかりなさい!」
わたくしも恵さんも必死に調理に打ち込みます。
息を合わせて、お互いを感じて、この瞬間を共に過ごすことに悦びを感じながら――。
「では審査を開始する。まずは四宮くんの料理ね――」
そして、双方の料理が完成していよいよ審査の時が始まりました。
ベストは尽くしましたわ。今のわたくしたちに出来る最高の品を作ることが出来たと断言が出来ます。
わたくしと恵さんは手を繋いで、ただその時が来るのをひたすら待ちました――。
審判が下される、その時を――。
田所ちゃんはヒロイン力が高い。
特にこの頃はすごかった。
あと、堂島先輩(♀)は最初四宮先輩を呼び捨てだったのですが、急遽くん付けに変えたりしました。
なんか、城一郎のことも城一郎くんとか呼んでたほうがしっくりきたので……。