【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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四宮シェフとの食戟

「“シュー・ファルシ”これは少し意外なメニューですね」

 

 梧桐田シェフは四宮シェフの品を“シュー・ファルシ”と呼びました。なんだかロールキャベツに似ている料理ですわね。

 

「オーベルニュ地方の郷土料理だな。肉や野菜を細かく刻んだ詰め物をキャベツの葉で包み蒸した洋食で言うところのロールキャベツに近い品」

 

 と、思っていましたら事実ロールキャベツに近いフランスの郷土料理だったみたいです。

 なるほど、そのような料理でしたか……。

 

 そして、審査員の先輩方は実食に移ります。

 ううっ……、当たり前ですが皆さまは実に美味しそうに四宮シェフの“シュー・ファルシ”とやらを食していますね……。

 

 

「この詰め物一般的なシュー・ファルシで使われる豚ロースやタマネギではない! 地鶏むね肉の詰め物だ!」

 

「切り開いたむね肉の中に牛脂で香ばしく炒めたモリーユ茸とアスパラガスそしてフォアグラ、更にむね肉とバター卵生クリームを滑らかなムース状にしたものを入れ蒸し上げられている」

 

「このムースが舌にねっとりとからみつきその瞬間ふわりと溶けて濃厚な旨味となって口の中に広がる」

 

「サボイキャベツ。日本ではちりめんキャベツと呼ばれるこの食材は生では青臭さが強いが加熱すると上質な甘みが出る品種だ。ブランシール、下ゆで。ヴァプール、蒸し上げ。それぞれの工程でこの料理に最適なポイントへぴたりと合わせ加熱されている」

 

 そして、先輩方は口々に四宮シェフの品の良いところを挙げていきます。

 こ、これは非の打ち所がないということでしょうか? いえ、恵さんの品だって負けてないはずです。

 

「しかし意外だったわ、四宮くん。私はてっきりあなたの店“SHINO’S”の()()()()()()が食べられると思っていたのに」

 

「相手はまだ学生ですよ? 看板料理を出すなんてそんな無慈悲なまねするとでも?」

 

 どうやら、四宮シェフは自分の店のお料理は出していないみたいですね。

 手心を加えられる方とは思えないのでちょっと意外です。しかし、相手がこちらを見括っているのはチャンスかもしれませんわね。

 

「つ……、次は私の番……」

 

「大丈夫ですよ。恵さん。今のわたくしたちの精一杯を見てもらいましょう」

 

「う、うん!」

 

 わたくしは緊張が戻ってきた恵さんを背中から抱きしめながら、声をかけます。

 すると彼女に顔に覇気が戻り、自分の作った料理を審査員の方のところに持っていきました。

 

「あの子たち、普通の友人?」

「いいじゃないですか。素敵な関係で!」

「う、うむ……」

 

「では幸平・田所、あなたたちのサーブよ」

 

 堂島シェフはわたくしたちの料理を出すように伝えます。

 恵さんの作った品は――。

 

「7種類の野菜を使った“虹のテリーヌ”です」

 

 まさか、四宮シェフの課題と同様の野菜のテリーヌを作ろうとするとは思いませんでした。恵さんは意趣返しをするようなタイプの方ではありませんし……。

 しかし、この一皿には彼女の強い意志が込められています。

 

「色の異なるパテが7つ――虹のごときストライプを作ったわけか」

 

「そういえば四宮が課題で作らせたのも確かテリーヌじゃ……」

 

「面白ぇ。俺のルセット“9種の野菜のテリーヌ”にケチつけようってわけだな?」

 

「いやあの、わ、私は私なりのルセットを見てほしいと思ってですね……」

 

 四宮シェフはやはり自分の品にケチを付けられていると思っていたみたいですが、恵さんの心は別のところにあります。

 

 そして、“虹のテリーヌ”が審査員の方々の人数分行き渡ったところで、試食が開始されました。

 

「――美味い!」

 

「パテにジャガイモ・ニンジン・ズッキーニなどを練り込んで七色の層を作り各層の野菜それぞれの旨さを生かすよう調理されている」

 

「ソースは2種類。甘酸っぱいすだちのジュレ。それにしそを中心に数種のハーブをペースト状にした清涼感のあるグリーンハーブソース。テリーヌをすだちやしそで食べさせるなんてこれは面白い発想だね」

 

 梧桐田シェフは恵さんの料理を面白いと褒めてくださいました。

 ええ、このような素材の良さを引き立てる発想は恵さんならではと思います。

 

「7層のパテと2種類のソースの組み合わせで14種類もの味を楽しめるわけか。ワクワクしますね」

「この彩り鮮やかなストライプが見た目のみならず味わいにも効果を発揮しているとは」

 

「田所さん。これはドライトマトを使っているのね?」

 

 梧桐田シェフと関守シェフの言葉に続いて、堂島シェフが恵さんがドライトマトを使用している点に注目しました。

 

「はい! 私の田舎では夏にいっぱい取れた野菜を冬にも食べられるように天日干しで保存食を作るんです。それを手伝ってるときオーブンで作るやり方をお母さん、あっ、母に教わりました」

 

「半分に切ったプチトマトに岩塩をまぶして低温オーブンでじっくり乾燥させると甘さが増してすっごく美味しくなるんです」

 

 このドライトマトはテリーヌに絶妙なアクセントを加えて、豊かな味に仕立て上げていました。

 わたくしも彼女のサポートをして色々と良い勉強ができました。

 

「トマトには旨味成分の一つグルタミン酸が含まれている。乾燥させることで凝縮されて舌に感じる甘さは各段に跳ね上がる」

 

「同じ野菜のテリーヌというメニューでありながら新鮮さの美味と熟成による旨味全く異なる切り口で野菜にアプローチしている」

 

「心にしみいるような味。恵ちゃんの優しさがあふれてくるようですね」

 

 先輩方は口々に恵さんのテリーヌを褒めています。それだけこの一皿の出来栄えは素晴らしく、彼女が如何に優秀な人材だということを物語っているということです。

 

「わ、私の料理が先輩方に……、ぐすんっ……」

「恵さん……」

 

 恵さんはそんな先輩方の様子をご覧になり、目に涙を浮かべて感激していました。

 わたくしも恵さんが褒められると嬉しいです。

 

「よしそれでは判定に移る。このコインが票代わりだ」

 

 堂島シェフは2つの皿を用意して、恵さんと四宮シェフどちらが美味しかったか、コインで投票するというやり方で判定すると仰っていました。

 

 審査員の先輩方は勝っていると思われる方の皿にコインを置いていきます。

 審査員は3人しか居ないので、直ぐに決着がわかりました――。

 

「……そ、そんな」

 

 結果は0-3でわたくしたちの惨敗……。

 まさか、1つも票が入らないとは……。そこまで実力の差があったということですね……。

 

「はっ! 残念だったな」

 

「実力の差は歴然。四宮くんの圧勝というところね」

 

 堂島シェフは淡々とした口調で四宮シェフの勝利を宣言します。

 実力の差は歴然でしたか……。これは完全にわたくしが甘かったです――。

 

「恵さん申し訳ありえません。出しゃばった上に……、お力になれませんでした。しかし、決して下を向かないでください。わたくしは恵さんの料理が好きです」

 

「そ、そんな……、ソアラさんは」

「泣かないでくださいまし。わたくしも前を向きますから」

 

 わたくしには俯いている恵さんの肩を抱くことしか出来ませんでした。

 結局わたくしは無力です。お友達を助けることも出来ずに……、出しゃばって……、何も結果を残せなかったのですから――。

 自分の力の無さにこれほど歯がゆさを感じたのは初めてかもしれません。

 

「まっ落ち込むことはないさ当然の帰結ってやつなんだからな。んじゃ明日も早いし俺は失礼する。お疲れさん。――っ!?」

 

「「――っ!?」」

 

 しかし、四宮シェフがこの部屋をあとにしようとした瞬間にコインの音が響き渡りました。

 これは、どういうことでしょう?

 

「堂島シェフがコインを?」

 

 なんと、堂島シェフが恵さんの皿にコインを置いています。彼女は審査員ではないはずなのですが……。

 

「勝負はもうついたはずですが。それはなんのまねでしょう?」

 

「あら、私はこちらの品を評価したいと思ったから、票を投じさせてもらったまでよ」

 

「審査員でもないあんたが何を言いだすんだよ。しかもそっちの料理を評価するだって? 理解不能だぜ堂島さん」

 

「本当に分からない? 田所さんが作った料理その中に答えはあるわ。四宮くん、あなたは今停滞しているわね?」

 

「――っ!?」

 

 堂島シェフが恵さんの皿に1票投じた理由を四宮シェフが尋ねると、彼女は恵さんを評価したいからと答え、さらに四宮シェフが停滞しているとまで口にしました。

 

「本当は気付いているんでしょ? 勲章を得た今、次にどこへ向かえばいいか分からなくなっていること、頂に立ち尽くしたまま一歩も前進できていないことに」

 

「料理人にとって停滞とは退化と同義。この勝負でスペシャリテを出さなかったのは自分の料理が止まってることを私たちに知られたくなかったからね」

 

「黙れ! あんたに何が分かる!? 遠月グループの雇われシェフやってるあんたなんかにこの俺の何が!」

 

 堂島シェフは四宮シェフがお店の料理を出さなかった理由は自分が立ち止まっていることを知られたくなかったからだと分析します。

 すると、四宮シェフはそれを聞いて激怒しました。彼ほどの料理人でも悩みというものがあるようです。

 

「食べてみなさい」

 

「はっ! 火入れが甘ぇ。盛りつけもパテのつなぎもなってねぇ。堂島さんもヤキが回ったな」

 

「くっ……、それなのに……」

 

 四宮シェフは恵さんの料理の拙い部分を口にしてもなお、彼女のテリーヌを食べ続けました。

 そして、彼の瞳から一筋の涙が溢れたのです。

 

「涙……」

 

「四宮先輩が私の料理に……」

 

 気付いたとき、四宮シェフはコインを恵さんの皿に投じていました。

 これは、彼が恵さんを評価してくれたということでしょうか?

 

「おいノロマ――」

 

「えっ?」

 

「パテに仕込んだ香辛料、オールスパイスを使ったな?」

 

 四宮シェフは恵さんにオールスパイスを使った理由を尋ねます。

 どうやら、彼は気付いたようです。恵さんが何を想って料理をされていたのかを――。

 

「鶏レバーの臭み抜きに使ったみたいだね。オールスパイスはシナモンクローブナツメグなどの香りを併せ持つ香辛料だから」

 

「だがそれだけの理由ではないな?」

 

「先輩たちは昨日からずっと審査でたくさんの料理を食べてますよね。だからえっと、オールスパイスには消化促進の効果もあるから……、す、少しでもその、おなかに優しい品を出せたらと思って……」

 

 そう、恵さんは先輩方を気遣ってこちらの料理を作りました。彼女の優しさで包まれるような素敵な一皿を……。

 わたくしはそんな恵さんだから、共に調理が出来て誇らしく思っていたのです。

 

「やっぱり恵ちゃんは最高です!」

 

「ああ、やはり僕たちの見る目は正しかったようだね」

「好みのタイプってだけでしょ」

「そんなことないですよ水原先輩!」

 

「拙くも響く――そんな料理だったわね。――田所さんは勝負の場であっても料理を食べてくれる相手のことをしっかりと見ようとしたわ。あなたが頂の先へ道を開くのに必要なことのように思うけど?」

 

「ちっ、全て堂島さんの手のひらの上かよ……」

 

 そう、堂島シェフは四宮シェフの悩みを最初から見抜いていたのです。

 わたくしもあのように強く堂々とした人間になりたいものです。

 ですから、この勝負は負けて退学になってしまいましたが……、料理は続けようと思ってます。

 

「はいこれで同票。すなわち引き分けですね。この勝負私が預からせてもらいますよ」

 

 そんなことを考えていると乾シェフは五百円玉を恵さんの皿に乗せて引き分けだと言い出しました。

 ええーっと、そんなノリが許されるのでしょうか?

 

「むっ! 引き分けということはつまり田所さんの処遇は食戟開始前のままということね?」

 

 さらに堂島シェフが棒読みのような口調で勝負は無かったことになるようなことまで口にします。あれ? これってもしかして……。

 

「何から何までイレギュラー。とんだ茶番だ。――まっ、ノロマはノロマなりに努力するんだな。生き延びるために……」

 

 最後に四宮シェフが恵さんを激励して去っていきました。

 

「ということは、助かったということですかね? め、恵さん……」

「……ぐすっ、そ、ソアラさん……、立っていられない……」

 

「そ、そういえば、わたくしも……、安心すると……、力が……」

 

 わたくしと恵さんは2人揃って崩れ落ちるようにその場にへたり込みました。

 先輩方に情けない姿を見せてしまいましたね……。

 

「ちょっと、あなたたち。大丈夫!?」

 

「ええ、大丈夫ですわ。勝負に負けるということは、存外ストレスが溜まるものなのですわね」

 

 わたくしは食戟を申し込んだ際、当然勝つつもりで挑みました。

 無謀な戦いでも自分の仕事を全力でこなせばいい勝負くらいなら出来ると思い上がっていたのです。

 

 そうですか。父と遊び半分で料理勝負などはしたことがありましたが……、これが敗北の味ですか……。知りませんでした――。

 

「――っ!? あ、あなたは本気で……、四宮くんに……。あなたが纏うその雰囲気……、以前どこかで……」

 

「堂島シェフ?」

 

「いや――、2人ともこれからの成長を期待する」

 

 堂島シェフはわたくしの顔を見て、昨日に大浴場で見せたのと同じ表情をしましたが、すぐにわたくしと恵さんに手を貸して立たせてくれました。

 彼女の温情でわたくしたちは生かされたました――。ならば、わたくしたちはそれに応えなくては……。

 

 

 吉野さんからものすごい数の着信に気付いたわたくしたちは、皆さんの所に急いで戻ろうと動いていました。

 

「ソアラさん、今日はありがとう。私、この恩は絶対に……、あっ……」

 

「その先は言わせません。わたくしが好きでやったことですから。それより、2人とも生き残れたことを喜びましょう」

 

 わたくしは恵さんの言葉を彼女の唇に人差し指を当てて遮りました。だって、恵さんに恩を売ったりなんてしたくないですから。

 

「でも、私は忘れない。絶対に……。――よかった……、ぐすっ……」

 

「あらあら、涙を拭いてくださいまし。吉野さんたちが心配を……、んっ……、んんっ……」

 

 わたくしが彼女にハンカチを渡そうとしたとき、恵さんがわたくしの唇を奪いました。

 彼女の柔らかく弾力のある唇の感触でわたくしの思考は一瞬ストップしてしまいます。

 

 恵さんったら、今日はスキンシップが少々積極的なんですね……。

 

「んっ……、んんっ……、――はっ!? わ、私なんでごどを……!? ソアラさんを見てたら、どうにも止まらねで……、ご、ごめんなさい……」

 

「恵さん……、待ってください。置いていくなんて寂しいじゃないですか。わたくしの側にいてくださいな」

 

 恵さんは口づけをした後に顔を真っ赤にされて走り去ろうとしたので、わたくしは彼女の手を掴み引き止めます。

 そして、彼女を力いっぱい抱きしめて頭を撫でました。

 

「怖かったですね。恵さんもきっと不安だったのでしょう。わたくしと一緒で……」

 

「うん……、ずっと怖かった……。あ、あのもう少しだけこうしててもいいかな?」

 

 わたくしたちはしばらく抱き合ってから、そのまま手を繋いで寮の仲間たちの戻りました。

 予想はしていましたが、吉野さんたちにしこたま説教を頂いてしまいましたわ……。

 

 わたくし、堅実に生きていると思ってましたのに――皆さんは無鉄砲だの、無謀だの、仰っております。

 確かにこの学園に来てから少し人生が刺激的になっているような気がしますわ。

 

 こうして、わたくしたちの宿泊研修最大の危機は幕を閉じたのでした――。

 わたくしは、まだまだ力不足というわけですのね……。大切な人を守れないくらい……。

 もっと上手にならなくては――。

 




宿泊研修の山場は終了。
やっぱり、この頃はどうしても田所ちゃんが強い……。

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