【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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ソアラの口調の秘密とかが分かる回です。
原作とは違う親子関係にも注目してください。

ちなみに唐揚げ編は次の次の回でやりますので、倉瀬さんの出番はあります(笑)



城一郎現る

「いや~! 終わった~終わった~」

「無事に全員生き残ったな」

 

 極星寮のメンバーは自分たちの全員が無事という結果に満足しながらホテルを後にしようとしていました。

 やっとわたくしたちは寮に帰ることができるのです。

 

「あら、四宮シェフ!」

 

「お前ら二人とも生き残ったな」

 

「ええ、なんとかおかげさまで」

 

 ロビーに四宮シェフが居ましたので、わたくしは彼に頭を下げました。

 すると、彼は食戟の時とは打って変わって爽やかな表情でわたくしたちの無事を称えてくれます。

 

「あっ!? その荷物……、もうフランスに戻るんですか?」

 

「ああ。いつまでも店を閉めてるわけにはいかねぇ。それに当面の目標が決まったからな。――俺の店“SHINO’S”をパリで1番の名店にして三ツ星を取りに行く。他にもまだまだやりたいことがある。プルスポール勲章だけじゃ物足りなくなってきたところだ」

 

「三ツ星……ですかぁ」

 

「すごい! 三ツ星ってフランスにいる日本人シェフはまだ誰も取ったことないのに!」

 

 三ツ星というモノがどれ程のことなのか無知なわたくしにはピンときませんが、彼ほどの方が覇気を剥き出しにしてチャレンジをすると仰っているのです。

 恵さんの口ぶりからも察せますが、今よりも遥かに高い場所を目指そうとしているのでしょう。

 

「そこで、お前らに……」

 

「「……?」」

 

「「待てぇ~い!」」

 

 そんなわたくしたちを見て四宮シェフが何かを話そうとしたとき、卒業生の先輩方がこぞってこちらに駆け寄ってきました。

 

「抜け駆けなんてさせませんよ四宮先輩!」

「なんのことだか分からねぇな」

 

 乾シェフは四宮シェフに何やら抗議しております。はて、何か争うようなことでも起きましたかね?

 

「幸平創愛。イタリア料理に興味はない?」

 

「は、はぁ……。い、イタリア料理ですか?」

 

 呆然とそのやり取りを見ているわたくしに、水原シェフが突然イタリア料理について尋ねてきました。

 

「田所君。君の才能は鮨店でこそ伸びると……」

 

「いいえ! 恵ちゃんもソアラちゃんも私が大切にお持ち帰りします! そして、3人で仲良しに――」

 

 関守板長は恵さんに話しかけ、さらに乾シェフがわたくしと恵さんの手を握り、持ち帰るとか仰ってきました。

 一体、何の話なのでしょう……。

 

「ふふっ……、もう声を掛けてるのね」

 

「ど、堂島シェフ! ここ……、これは?」

 

「品定めというやつよ。この合宿は学園を卒業したあとの就活の材料にもなるということなの」

 

 すると銀髪をかきあげながら、堂島シェフがわたくしの前に歩いて来られ、この合宿は就活の材料となると話してくれました。

 

「卒業生たちは自分の店を休みにしたり副料理長に任せてまでしてここに来てくれている。それは人材確保の場でもあるからなんだ。資質ある料理人を探すのは簡単なことではないからね」

 

 さらに遠月リゾートの副料理長の瀬名さんが、この合宿のもつ意味を具体的に語り、ようやく先輩方がわたくしをスカウトしてくれようとしていることに気が付きました。

 わたくしみたいな人など雇いたいと思ってくれるなんて、ありがたいことです。

 

「幸平さん。あなたなら“遠月リゾート”でも物になるでしょう。いつでも歓迎するわ」

 

「ありがたいお話ですけどわたくしには“ゆきひら”があるので……。父と二人で切り盛りしてきた店です。今はどこで何をしているのかわかりませんが……。わたくしが出ていくと、あの父はきっと大泣きしますから。それはもう、手に負えないくらい……」

 

 堂島シェフにも素敵なリップサービスを頂けて感激しているのですが、わたくしがあの店を離れますと残るのはいい加減な父だけになりますし、あの人はあれで寂しがり屋なので泣いて引き止めるのは目に見えています。

 

「ふむ。あなたのお父上はあなたのことを愛しているのね……。んっ……? まさか……、あなたは……」

 

「……? それでは堂島シェフ、お世話になりました」

 

 そんなわたくしの顔を見て堂島シェフが何かを言いかけましたが、バスが出る時間が近づいていましたので、わたくしは彼女に頭を下げてホテルを後にしました。

 

 極星寮の一色先輩やふみ緒さんは元気にしていらっしゃいますでしょうか? 何だか、とても長いことここに居たような気がします。

 

 ちょっと気まずい感じだった恵さんも昨日のディナーの後からは普通に接してくれるようになりましたし、終わってみれば楽しかったです。

 

 そう、わたくしの心は既に寮に傾いていたのですが――。

 

「お、置いてきぼりになってしまいましたわー!」

 

 わたくしは髪を縛るときに使っている手ぬぐいをホテルの部屋に忘れて、大急ぎで取りに行きバスに乗り込んだのですが、そのバスは遠月の生徒が乗るバスとは別のバスでした。

 

 そして、降りたときには時すでに遅く、すべてのバスが出発した後だったのです。

 

 こんなドジなわたくしがよくこの合宿生き残れたものですわ……。一歩出た瞬間にもう粗が出ましたの……。

 なんか、堂島シェフたちに申し訳ないのですが……。

 

「そ、ソアラ。あなた、どうしてまだここに?」

 

「え、えりなさん!? えりなさんこそ、どうして?」

 

 頭を抱えて蹲っているわたくしに、何とえりなさんが声をかけてくれました。

 まさか、そんなことってありますの?

 

「えりなお嬢様! 車の手配出来ました。ちょうど1台だけ出せる車が……。――あっそちらも乗り遅れた学生さんで?」

 

「ええ、彼女も送って差し上げて」

 

 その後、えりなさんの使用人らしき方が、車の手配というようなことを口にして、彼女がわたくしも送るようにと仰ってくれました。

 こうしてみると、えりなさんって本物のお嬢様ですのね……。

 

 

「あ、ありがとうございます。えりなさん」

 

「――と、当然でしょう。と、()()なんだから……」

 

 車に乗せてもらい、わたくしはえりなさんに改めてお礼を言いました。

 すると、彼女は初めて友達という言葉をわたくしにかけてくれます。どうもこちらの一方通行のような気もしていたので、彼女がそう認識していることが分かって嬉しかったです。

 

「しかし、ビュッフェといい、さっきのことといい……、まるで運命の赤い糸で繋がれているみたいですわ」

 

「な、な、何を突然言い出すの? は、破廉恥だわ、そんなの……」

 

「そ、そうですか? でも、今日はこうしていても許してくださるんですね」

 

 わたくしはえりなさんにピタリとくっついて手を握りながら、お話しています。

 えりなさんの手はとてもきれいで触り心地が最高に気持ちいいのです。

 

「別に引き剥がすのが面倒なだけよ。勘違いしないで……。あ、あと昨日の500円玉がコップを通過する魔法だけど……」

「あ、はい。また、いつでもお見せできますわ……」

 

 そんなわたくしの発言を少し照れながら返すえりなさんでしたが、結局車を降りるまでずっと手は握りっぱなしでした。

 それにしても、昨日の手品をご覧になるときのリアクションはとても素直でとても可愛らしかったです。

 

 

「はぁ〜、まさか無事に帰られるなんて思いませんでしたわ〜」

 

「あの程度の課題で何をいってるの? そんな調子だと選抜で勝ち残れないわよ」

 

「選抜……ですの?」

 

 わたくしが合宿が無事に終えられた安堵を改めて口にすると、彼女は“選抜”という知らないワードを口にします。

 また、知らない言葉が飛び出ました。この学校は変な行事が多すぎです。

 

「それも知らないの? 遠月伝統“秋の選抜”よ。選び抜かれた1年生が腕を振るい競い合う美食の祭典。その選考はもう始まっているの。気付かなかったかしら? 合宿に選考委員が出入りしていたのを」

 

「ええ、言われてみればそんな感じの方もいらっしゃったような……。あのスーツ着た方々ですね。しかし、美食の祭典ですか……。わたくしのような者が選ばれるでしょうか?」

 

 スーツの方が何やらメモを取っているのは知っていましたが、まさか1年同士で戦うような祭典の為とは知りませんでした。

 しかし、まだまだ力不足のわたくしがそれに選ばれるものなのでしょうか?

 

「選ばれないわけないでしょ! 恐らく、トップに近い成績で選抜されているわ。だから、負けちゃダメよ。あなたは私のライバルなんだから。約束なさい……」

 

「は、はい。善処しますわ」

 

 そんなわたくしにえりなさんは必ず選ばれると断言し、負けは許されないと口にしました。

 約束という言葉を言うとき、彼女は手を握る力を強めていたので、わたくしはこの約束は守らなくてはならないと直感します。

 彼女はわたくしが“選抜”とやらで成長することを望んでいる……。

 

「はぁ、なんでこんな自信なさげな子が、あのとき()()()とダブって見えたのかしら?」

 

「あの人?」

 

「私の1番尊敬する料理人よ。あんなに格好良く、そして究極の美味とも言える料理を作れる人は見たことなかったわ……」

 

 そんな会話の中、えりなさんはわたくしの姿が彼女が尊敬する料理人に似て見えたときがあったと話し出しました。

 頬を赤らめながら、その料理人の話をするえりなさんはとても誇らしげに見えました。

 この方にこれ程のことを言わしめる料理人とはどんな方なんでしょう。きっと見たこともないくらい素敵な方なのは間違いありません。

 

「えりなさんが、そこまで言うなんて……。余程の方なのでしょうね。おや、お父様からメールが……。日本に帰って来た……、そうですかぁ」

 

 えりなさんの想い出の料理人の話を聞いたとき、わたくしの携帯に父から日本に戻ったとだけ書いてあるメールが届きました。

 娘が退学の危機にあったのに呑気に海外旅行とは――。

 

「あなたのお父様は海外に行ってらしたの? 定食屋の店主だったのでは?」

 

「は、はい。それがある日、行方不明になりまして……、わたくしには遠月学園に行けとメモだけを残して……」

 

「何それ、非常識な人。あなたも苦労してるわね。だから、この学園について無知なのね」

 

「まったくですわ。えりなさんの憧れてる方とは大違いですの」

 

 わたくしが父から受けた仕打ちをえりなさんに話すと、やはり非常識だという答えが帰ってきました。

 ああ、父がもっと格好いい人でしたら良かったですのに――。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「何はともあれみんな無事に帰って来てくれてうれしいよ」

 

「みんな疲れただろう? 今夜はたっぷりうまいもん食わせてやるよ。まっ作るのは私じゃないがね」

 

 えりなさんのおかげで無事に皆さんに追いついたわたくしは一緒に極星寮に戻りました。

 一色先輩とふみ緒さんに出迎えてもらって、厨房へと足を運んでいると美味しいものを食べさせてくれるとふみ緒さんは声をかけて下さいます。

 しかし、どうやら作るのは彼女ではないようです。一色先輩でもなさそうですし、どなたでしょう……?

 

 

「おっソアラちゃん、帰って来たか。手伝ってくれ」

 

「あ、はい」

 

 厨房で父が調理をしていて、わたくしに手伝うように言ったので、腕をまくって髪を後ろに結ぼうと準備をしようとしました――。

 

 あれ……? お父様がいらっしゃる……?

 

「――っ!? いえ、思わず実家の感覚で反応しましたが、何をされてますの!? ここで!」

 

「ど、どなたですか?」

 

 わたくしは父が厨房にいることに驚き、恵さんたちは見慣れないオジサンがいることに驚きます。

 いや、本当にこの人は娘を放ったらかして出て行って、いきなりその娘の学校の寮で当然のように料理してるってどういう神経してますの……。

 

「遠月学園および極星寮のOBだよ。――ジェネレーションギャップだねぇ。かつての十傑第二席、才波城一郎を知らないとは」

 

「さいば、ですの?」

 

 ふみ緒さんは父と知り合いらしく、父のことを“さいば”と呼び、この寮のOBとか仰っていました。

 ええーっと、これはどういうことですの?

 

「そろそろ米が炊けるぞ、ソアラちゃん」

 

「やかましいですの! お父様、早急に説明してくださいまし!」

 

「「親子!?」」

 

 わたくしは訳がわからなくなって父に向かって怒鳴ってしまいます。は、はしたないことをしてしまいましたわ。

 

 ふみ緒さんによると、父は若い頃に極星寮に住んでおり十傑の1人だったらしいのです。

 そして今日はわたくしの顔を見がてらふみ緒さんに挨拶に来たそうで――。

 

「――お父様が遠月OBで極星寮出身でしかも十傑。まったく聞いていませんでした……」

 

「ソアラさん、大丈夫? お水飲む?」

 

 合宿での疲れも残っている上に父の話が衝撃的すぎて、わたくしが項垂れてますと恵さんがお水の入ったコップを持ってきて下さいました。

 遠月学園にわたくしを入れたのは自分が通っていた学校だったからなのでしょうか? だとしたら、前もって色々と教えておくべきでしょう。

 知らないことだらけでわたくしが戸惑うことくらい予想が付いたでしょうし……。

 

「あなたがジョーイチロー・サイバでしたか」

 

「へえ~。俺を知ってるのか? あと、ソアラちゃんに変なことしてねーだろうな?」

 

「お父様、一色先輩は紳士ですわ。そのような言い草は許しません」

「確かに先輩は紳士だけど、あの格好を見たら心配になるような……」

 

 一色先輩は父のことを知っているらしく、父に話しかけて折りましたが、そんな父は先輩に向かって失礼なことを言っております。

 先輩に向かってなんてことを――。

 

「ご息女のソアラさんは大事な後輩として扱っておりますのでご安心を。――過去の資料でお名前を拝見したことがあったもので、世界中のあらゆる名店で腕を振るった流浪の料理人。だがあるとき料理界の第一線からこつ然と姿を消した知る人ぞ知る伝説の人物であると」

 

 父が世界中の名店で腕を振るった? 伝説の人物? そんなバカなお話がありますか……。

 だって、父はわたくしが物心ついたときからずっと定食屋で――。

 

「現・十傑第七席、一色慧と申します。お会いできて光栄です才波シェフ」

 

「今は幸平の名前でやってるからさ。城一郎でかまわないぜ」

 

「お父様がそんなに有名でしたなんて……」

「あんた全然知らなかったわけ!?」

 

 わたくしは一色先輩の話が信じることが出来ずに頭を抱えていると、吉野さんがツッコミを入れます。

 確かに、変だと思ったことはあるにはあるのです。しかし――。

 

「いえ、小さい頃に海外の写真が沢山あることについて質問をしたことがあるですが、父は実は自分が“異国の王子様”だと答えてわたくしも長いこと真に受けてしまいまして……、それ以来聞かないことにしましたの」

 

「まさか、ソアラのその話し方って……」

 

「はい、父のせいですわ。小さい頃からいつお姫様になっても大丈夫のように頑張りましたのに……、残ったのはこの堅苦しい喋り方だけです。ぐすん……」

 

 そうわたくしは長年の間、父のついた嘘の話を鵜呑みにしておりました。

 定食屋の娘に過ぎないわたくしが、こんな喋り方になってしまったのは父の“王子様”発言のせいなのです。

 

「大丈夫だって、ソアラちゃんはいつでもパパのお姫様だからさ」

 

「お黙りください! こんな大事なことを隠して! 何が王子様ですの!」

 

「いや、悪ノリってしたくなるじゃねーか。そしたら、思いの外お前が信じちまって。なんか言い出し辛くてよー」

 

「ふん。知りませんわ。お父様なんて大嫌いですの」

 

 わたくしはプイとそっぽを向いて、父に苦言を呈します。

 遠月学園のことを一言も話さずに悪ノリだったと悪びれない父に改めて腹が立ったからです。

 

「ちょ、ちょっとソアラちゃん? お、俺が悪かったからさ。お前の好物を作ってやるから、機嫌直してくれや」

 

「あんたも人の子だったんだねぇ。まさか、娘の前だと、こんなだらしない顔するとは思わなかったよ」

 

 父は涙目になってわたくしに謝り、ふみ緒さんはそんな父の態度に驚いたような顔をしていました。

 実家ではいつもこんな感じなのですが、父は外ではどんな顔をしていたのでしょう?

 

 

「さっ、乾杯といこうぜ!」

 

 わたくしの心の整理がつかない内に父はいつも以上に気合を入れて調理を終わらせて、キッチンにご馳走を並べておりました。

 なんか知らないメニューが沢山ありますの……。

 

「どうぞ召し上がれ……」

 

 父は海外の調理法や調味料にも詳しく、お料理も様々な技法が取り入れられたものばかりでした。

 寮の皆さんも色々と質問される内に、いつの間にか父と打ち解けておりました。

 恵さんや榊さんなどは、わたくしに“格好いい父親”で羨ましいとまで仰る始末……。

 

 そ、そうですかね……。変わり者のオジサンなだけだと思いますが……。

 

 ほら、相変わらずわざと不味い料理を作っていますし……。まぁ、これは亡くなった母もしておりましたが……。

 長年付き合っていても、こればかりは理解に苦しみますわ……。

 

「ゲテモノ料理は置いておくとして、かつて“修羅”と呼ばれた男が随分と優しい料理を作るようになったよ。銀華(シロハ)にもいつか食わせてやりな」

 

「しろはさんってまさか……!」

 

「ああ。合宿で偉そうな顔してただろ? 遠月リゾート総料理長、堂島銀華だよ」

 

 ふみ緒さんが突然、父に堂島シェフの名前を出しましたのでわたくしは驚きました。

 まさか……、あの美人で凛々しくて格好いい堂島シェフと父って、お知り合いだったのですか?

 

「ほれこれが銀華、こっちが城一郎。二人が高2の頃さ」

 

「二人とも若~い! いや、銀華さんは変わってなさすぎ……」

 

 ふみ緒さんが見せてくれた写真は若い頃の父と堂島シェフのツーショット写真でした。

 なんか、すごく仲が良さそうなんですが……。そして、堂島シェフはなんで年を取ってもこの頃とあまり変わっていませんの?

 

「十傑第一席、堂島銀華。第二席、才波城一郎。この二人が中心になったあのころ極星はまさに黄金期を迎えたのさ」

 

「食戟で連戦連勝を続け何から何まで自力で賄ってたからねぇ、もはや独立国家みたいなもんだったよな」

 

 ふみ緒さんと父の話によると、当時の遠月学園で最強の料理人だった父と堂島シェフは次々に食戟を繰り広げて戦利品を蓄えていたようです。

 

 確かに父は勝負事が好きですからこんなルールの学校ですと傍若無人に振る舞っている様子は容易に想像できますわ……。

 

 わたくしたちが耕してるあの畑も麹用の作業場も鶏小屋の敷地もみんなあのころ堂島シェフと父たちが手に入れたものらしいです。

 

「にしても銀華は毎年年賀状とお中元を欠かさないのに城一郎! あんたたまには手紙の一つでもよこしたらどうだい」

 

「だから時々こうやって顔見せに来てるだろ」

 

「よく言うよ! ふらっとやってきちゃいつも勝手に出ていって! 大方、あんな別れ方した銀華に顔を合わせ辛いんだろ!? あっ……!」

 

 父が音沙汰ないことについて苦言を呈していたふみ緒さんでしたが、堂島シェフと父の関係を口にした瞬間に、ハッとした表情でわたくしを見ました。

 ああ、やっぱり……。あまり想像したくなかったですが……。そういうことですの……。

 

「ふぇっ!? まさか、お父様と堂島シェフは昔……」

 

「いや、昔ちょ〜っとだけだよ。ソアラちゃん。そんな目をしないで」

 

 わたくしが父の顔をジッと見ますと、彼は頭を掻きながら困ったような表情をされました。

 いえ、別に母だけとしか付き合ったことがないとか思ってませんから良いんですけど……。

 

 はっきりと申しまして釣り合ってませんの……。

 

「どうせ、ちゃらんぽらん過ぎて振られたに決まってますわ。堂島シェフはしっかりとした真面目な方でしたし」

 

「ぐっ……、反論できねぇ……」

 

 それから父は質問攻めにあって昔の話を色々と聞きました。

 ついでに父がちゃんと遠月を卒業してないことも……。お前なら大丈夫だからって、ちょっと無責任過ぎやしませんか?

 

 しかし、懐かしそうに語る父の顔から察するに……、ここには父の想い出がいっぱい眠っているのでしょう。

 

 その上、驚いたことにわたくしの303号室はかつて父が住んでいた部屋だったみたいです。そうですか――かつてこの部屋で父が青春を……。

 

 とりあえず、この部屋で一緒に寝ようとか血迷ったことを仰ってましたので蹴飛ばしておきましたが……。

 

 

 

「ソアラちゃーん! 起きたか? 今厨房にいるからよ、お前も自分の包丁持って下りてきな」

 

 翌朝の早朝、わたくしは久しぶりに父の声で起こされました。

 包丁を持って? 朝食の仕込みでも手伝わせるつもりでしょうか……。

 

「おっ来たな。包丁は研いであるな?」

 

「ええ、もちろん。砥石の匂いが抜けるように昨日の晩……」

 

「よしオーケーだ。じゃ早速で悪いんだがお前がどれだけ成長したか……。あるいは成長してないのか、今ここで見せてくれ。久方ぶりに料理勝負といこうじゃねぇか。ソアラよ……」

 

 厨房に行くと、格好をつけて包丁を持った父が料理勝負をしようとか言ってきました。

 まさか、こんな早朝からわたくしと遊ぶためにここに呼んだのですか……?

 

「えっ? 嫌ですけど……」

 

「うぇっ!? そりゃねーぜ、ソアラちゃん。固いこと言わずに、さ」

 

 わたくしが勝負を断りますと肩をがっくりと落とした父が慌てたような口調で勝負をしようとしつこく誘ってきます。

 いやいや、実家ならいざ知らずここで親子で料理勝負とか恥ずかしいですの……。

 

「やっぱり娘だってのが信じられないねぇ。好戦的なあんたと違って、ソアラには闘争心がなさすぎる」

 

「ああ、確かにソアラは俺と違って気が弱いし勝負事は嫌いだけどよ。才能の方はすげぇんだぜ。実際勝負したら俺も負けたことあるくらいだ」

 

 ふみ緒さんがわたくしと父の性格が違いすぎると仰ると、父はわたくしとの勝負に負けたという話を持ち出します。

 その話は今、関係ないような……。

 

「あんたが、この子にかい? ふーむ」

 

「い、いえ、ふみ緒さん。それは――」

 

「ソアラ、ふみ緒さんには今日の勝負のためにわざわざ準備をしてもらったんだ。だからさ、頼むよ」

 

「はぁ、仕方ありませんわね。ふみ緒さんにはお世話になっていますし、1回だけですわよ」

 

 父がふみ緒さんにわざわざ朝からわたくしと勝負をすることを伝えて準備までしてもらっているという話を聞いたので、わたくしは渋々料理勝負を受け入れました。

 そういえば、“秋の選抜”とやらもあるみたいですし、料理が上手になったのか測るいい機会かもしれませんわね……。

 ちょっと頑張ってみましょうか――。

 




娘にタジタジの城一郎でした。
堂島先輩は城一郎の元カノみたいにしちゃったので、この辺を活かした絡みも書こうと思ってます。

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