【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら 作:ルピーの指輪
スパイスの奥深さ
「叡山先輩の仰るとおり選ばれておりましたか……。お互い頑張りましょう。恵さん」
「……う、うん」
「め、恵さん?」
“秋の選抜”のメンバー発表の日。掲示板の前でわたくしと恵さんは自分の名を確認しました。
恵さんはわたくしが話しかけても上の空でして、反応があまり返ってきません。緊張をされているのでしょうか。
「そ、ソアラさん! 俺も選抜入りしたんだ。もし、直接対決になったらそのときは――」
「けっ、アルディーニ! お前にゃ、ソアラさんに指一本触れさせねぇぞ!」
「なんだと!?」
「んだよっ!?」
「タクミさん、にくみさん。お二人とも選ばれたのですね。わたくしもお二人に負けないように精進いたします」
タクミさんとにくみさんも選抜されているらしく、気合いを入れておりました。確かに本戦に上がると直接勝負をしなくてはならないのですよね。
恵さんと戦うことになる可能性もあるということですか……。
「あら、幸平創愛さん。ごきげんよう。あなたと戦えることを願っているわ」
アリスさんも当然のように選抜されているみたいで、わたくしと戦いたいと仰ってくださいました。
「は、はい。わたくしもアリスさんの料理を見てみたいです。楽しみにしてますね」
「リョウくん。この人の反応いつもオカシイんだけど。威圧感が足りてないのかな?」
「多分、性格的にお嬢が負けてます……」
わたくしもアリスさんのお料理が見たいと申しましたら、彼女は首を傾げてわたくしの反応が変だといつも後ろに居られる男性に訴えます。
そ、そんなに変なこと言いましたかね……?
「でも、幸平さんとは別のブロックだから。戦えるとしたら、本戦に残ってもらわないと無理みたいなの」
「では、本戦で会いましょう。頑張りますわ」
“秋の選抜”はAとBの2ブロックに分かれるみたいで、わたくしはAブロックでした。
どうやらアリスさんはBブロックみたいですね。
「へぇ、言うじゃない。あなたも頂点を目指して戦いたいということね」
「いえ、というより……、アリスさんに勝ったらお友達になってくれると仰ってくれましたから」
「……ん? リョウくん、やっぱりこの子と変なんだけど」
「だから、お嬢が性格的に負けてますって」
わたくしは以前、アリスさんと料理勝負で勝てば友人になってくれるという約束をしました。
ですから、その約束を果たすために頑張ると伝えたのですが、彼女の求めている答えと異なるようでした。どういうことを申し上げればよかったのでしょうか……。
『み~なさぁ~ん! こ~んにっちは~! 秋の選抜にて司会進行を務めさせていただく、うふっ……、川島麗でぇ~〜っす! きゃぴっ!』
『選ばれた60名はAとBの半分ずつに分かれています。選抜ではまずA、Bそれぞれのブロックで予選を行います。その各ブロック上位の選手が本戦トーナメントへの出場権を得るのでぇ~っす!』
『あとは〜、叡山先輩から伝言。選抜にはVIPも参加、自分の将来を左右することも! 夏休みの間みんな頑張ってね!』
わたくしとにくみさんの食戟の司会もされていた川島さんが選抜の司会もされるらしくルールの説明をしてくださいました。
どうやら、予選は30人ずつの2ブロックに分かれて、そのうちの上位4名ずつが本戦に上がれるというルールみたいです。
「ど、どうしようソアラさん……。メンバーが豪華すぎて私だけ場違い感がすごいよ……」
「そんなことありません。実際、恵さんはあのとき見事な一皿を作られたではないですか」
恵さんは自信が無さそうにされていましたが、彼女は優れた料理人だとわたくしは思っています。
実際、四宮シェフとの食戟のときも素晴らしい一品を短い時間で考えましたし、先輩方も彼女を高く評価しておりました。
「そ、それは、ソアラさんが――」
「なんで俺たちが落ちてあの落ちこぼれが選ばれてんだよ」
「俺座学も実技も全部点数あいつより上だぜ? おかしくねぇ?」
そんな恵さんの姿を見て、心無い方々が彼女が選ばれたことに対して不平や不満を口にします。
許せませんわ。恵さんがどれだけ努力をされているのか、知らないでそんなことを――。
「黙りな! 選抜のメンツは単なる成績順で決まるわけじゃないんだ。料理人としての個性や将来性、あらゆる視点から評価される! テストの点だけ取ってりゃ満足なヤツらははなから選ばれるわけないんだよ!」
わたくしが彼らに文句を言おうとしたとき、紫色の髪をした背の高い女性が彼らに凄んで、恵さんの名誉を守ってくれました。
「す、すごい迫力ですね……」
「あ、あの……、ありがとう。えっと……」
「私は北条美代子。幸平創愛と田所恵だね。あんたらに興味があるんだ」
彼女は北条さんという名前らしくわたくしたちに興味があるみたいなこと仰っていました。
「わたくしたちに……」
「興味……?」
「かつて遠月十傑に名を連ねた料理人四宮小次郎。その四宮と食戟をやったってうわさは本当かい? しかも引き分けたって言うじゃないか」
彼女は四宮シェフとの食戟について質問してこられました。
それを聞かれても非公式ですし、なんと言って良いのか分かりませんが……。
「いえ、わたくしたちは敗れましたの」
「う、うん。四宮シェフの品がすごくて全然歯が立たなかった……」
「そうなのか? では、なぜあんたらは退学になってない!? おかしいじゃないか!?」
「「ひっ……!」」
北条さんは、わたくしたちが四宮シェフに負けたと口にするとズイッと前進して怖い顔をして追求してきます。
わたくしも恵さんも完全に威圧感に飲まれてしまい、小さくなってしまいました。
「どうして、ここにいる!?」
「そ、それは、そのう。まぁ、いろいろとありまして……、温情をかけてもらったといいますか……」
「負けたけど、引き分けにしてもらえた感じかなぁ」
「……なんだ。結局、男に媚を売って助かった口か……。見込み違いだったよ。邪魔したね」
わたくしたちがざっくりと事の顛末を話しますと、彼女は肩を落として去っていきました。
な、何だったんでしょう? びっくりしましたわ……。
北条さんが居なくなったあと、周囲が突然ざわつきだしました。おや? 誰かがこちらに来ていますね……。
「お、おい。えりな様だぞ」
「十傑は選抜には出ないはずだろ」
「どうしてここに……」
こちらに来られた方はえりなさんと新戸さんでした。確かに十傑というのは選抜メンバーを選ぶ側ですから、えりなさんは“秋の選抜”には出ません。
それは、前に送ってもらったときに聞きました。
「えりなさん。仰ってたとおり、選抜されていましたわ」
「それくらいで浮かれない。現在の十傑メンバーはほとんどが選抜本戦で戦った経験があるの。この意味わかる?」
「あ、はい。十傑になるには最低でも本戦に残るくらいの力がなくてはならないということですね」
将来わたくしが十傑を目指すなら選抜の本戦には最低でも残らなくてはならない。“秋の選抜”にはそんな意味もあるということはわたくしでも何とか理解できました。
それが、簡単ではないということも……。
「よろしい。約束……、覚えてるわね?」
「もちろんですわ。“秋の選抜”でえりなさんに少しでも追いつけるようにします」
わたくしはえりなさんとの約束を果たすために全力を尽くすつもりです。
まだまだ成長しなくては彼女には届きませんから――。
「おい、幸平創愛! えりな様になんと畏れ多いことを!」
「新戸さんも選抜されてましたわね。おめでとうございます」
「と、当然だ! 私にはえりな様の側近としてだな。恥ずかしくないように戦う義務があるんだ! 貴様とは違うのだ!」
「では、わたくしも新戸さんを見習って恥ずかしくならないように頑張りますね」
「うっ……、貴様はいつも何を考えているのかわからん!」
新戸さんも気合い十分という感じで、わたくしにその意気込みを語っていました。
彼女のお料理も興味があります。そう考えると“秋の選抜”は楽しいイベントかもしれませんね。
叡山先輩が何か怖いことを仰ってましたが、なるべく考えないようにしましょう……。
「では、あなたの戦いを楽しみにしているわ」
えりなさんは、少しだけ微笑んで手を振り去っていきました。彼女にだけは失望されたくはないですね……。
◇ ◇ ◇
それから間もなくして“秋の選抜”のお題が発表されました。
それを受けて、わたくしと恵さんはその“お題”に立ち向かうためにその専門家の先生を訪ねることにしました。
「選抜のお題はカレー料理になったけど……。範囲が広すぎるよね」
「はい。ですから、父の知り合いの先生がカレーの専門家だと聞いたので、アドバイスを貰いに行きますの」
「ソアラさんって律儀だね。菓子折りまできちんと用意して」
「ええ、まぁ。これは、そのう……」
先日、父が極星寮に来られたときに彼が自分の後輩が遠月学園で教師されていると仰って、彼女がカレーのスペシャリストだということを話していました。
父の後輩の名前は汐見潤先生――彼は自分の名前を出せば、アドバイスをくれると言っていましたが――。
「ごめんくださ~い。あれ? 誰も居ませんわね……」
汐見先生の研究室に到着したわたくしたちは彼女を探しますが、誰も見当たりません。
留守でしょうか……?
「お客さん!?」
そう思ってましたら、部屋の角で書類にまみれて床に座っている中学生くらいの女性がおりました。
ちょうど良いです。彼女に汐見先生の居場所を聞きましょう。
「あのう、突然訪問して申し訳ありません。こちらのゼミの汐見先生にお会いしたいと思いまして」
「汐見は私ですが……」
わたくしが彼女に質問をすると、彼女は自分が汐見先生だと答えました。どう見てもお若くみえるのですが、人は見かけに寄らないものです。
「――も、申し訳ございません! こ、こちら、お詫びの品ですの。つまらない物ですが、どうぞお納めくださいませ!」
汐見先生のお姿を見て、彼女が父の後輩だったらということを想像したわたくしは、深々と頭を下げて菓子折りを差し出しました。
「えっ! そ、ソアラさん。どうして、いきなりそんな……」
「あ、あなた。どうしたのですか? 頭を上げてください」
「いいえ。下げさせてください。きっとわたくしの父はあなたに迷惑をかけたはずですの」
わたくしの勘なのですが、絶対に父は汐見先生に過去に多大な迷惑をかけたと読みました。
それならば、先手を取って謝らないと門前払いになるやもしれません。
「あなたのお父さんが私に? どういうことですか?」
「よう、潤。頼まれたやつ買ってきた。ん? これは、どういう状況だ?」
汐見先生がわたくしに頭を上げるように声をかけたとき、同時に銀髪で色黒の男性が研究室に入ってきました。
わたくしのせいで、二人を困惑させてしまっていますね。
気が重いですが、事情を説明しなくては――。
「そ、そうでしたか。幸平創愛さん。あなたが才波先輩の娘さんですか。とてもそうは見えませんが……」
「ねぇ、ソアラさん。城一郎さんが、汐見先生に迷惑をかけたって言ってたの?」
「いいえ。でも、あの傍若無人な父のことです。きっと後輩である汐見先生はトラウマになっても仕方がないくらいのことをされていてもおかしくありません。例えば、無理やりゲテモノ料理を食べさせたり」
わたくしは汐見先生の内気そうな感じを見て、父の傍若無人ぶりの被害に遭っているのではと容易に想像できました。
堂島シェフのようなタイプだと跳ね返せるのですが、この方ではおそらく無理です。恵さんは父のことをよく知らないのでそれが信じられないみたいですが……。
「さすがにそれは――」
「ええ、私は才波先輩のせいで一生消えない心の傷を負いました」
「本当に申し訳ありません。これを置いたらすぐに退散させて頂きますので……」
汐見先生は父のことを思い出したのか、非常に暗い表情をされて、わたくしの話したことを肯定しました。
やはり、心に傷まで負っていらっしゃる。よくもまぁ、自分の名前を出したら顔パスとか言えましたね……。
嘘でも堂島シェフやふみ緒さんから聞いたことにすれば良かったですわ……。
「えっ? カレーのアドバイスはどうするの?」
「そんな厚かましいこと、わたくし言えませんよ」
「いいじゃないか、別にお前が潤に何かしたわけじゃないんだろ? 俺もお前らと同じ高等部1年の葉山だ。ここで助手をやってる」
わたくしがアドバイスは聞けないと、口にするも葉山さんという方が帰らなくても良いと仰ってくれました。
彼は汐見先生の助手をされているみたいです。
「ゼミに入るのって普通2年生からだよね?」
「その女には俺が必要だからさ。スパイスをいじる以外何もできねぇ女なんだよ。なっ? 潤」
「潤って呼ぶな! 汐見教授でしょ! 葉山君は私の助手って立場なんだからちゃんとそこは礼儀を持って……」
どうやら、葉山さんと汐見先生はかなり親しい間柄みたいです。親子くらいの歳の差があるはずですが、とてもそうは見えません。
「潤、今日の水やり当番忘れてたぞ。代わりに俺がやっといた。先週も水やりを忘れて貴重なスパイスを枯らしかけたよな? 先月潤がすっぽかした来客を応対したのは……」
「幸平創愛さん! お父さんのしたことは娘のあなたには関係ありません。ぜひ、ウチのスパイスでも見物していってください!」
「は、はぁ……。あ、ありがとうございます」
「話をすり替えやがったな……」
葉山さんから色々と追求されて小さくなっていた汐見先生は唐突にわたくしにスパイスを見物していくように仰ってくれました。
ありがたいお話です。これで、カレー料理について理解が深められれば良いのですが……。
「まぁ、スパイスがこんなに豊富に……。あっ!? これはカレーのような匂いしますわ」
「カリパッタって名のスパイスだ。カレーリーフと呼ばれることもあるな」
「えっ!? これ生のカレーリーフ?」
「恵さん、ご存知ですの?」
「うん。カレーリーフの苗木は寒さに弱くて冬を越せずに枯れちゃうから日本では乾燥させたものが流通してるの。生の状態じゃなかなか手に入らないのに……」
さすがはスパイスの専門家の研究室ということで、市場には流通してない珍しい種類の植物もあるみたいです。
日本の冬は越せないスパイスですか……。
「それも潤の研究テーマの一つなんだ。熱帯地域原産のスパイスを国内で安定栽培する方法の確立。冷凍技術を駆使した長期保存方法の発見や新しい香味成分の抽出も次々と成功させてる」
「ふぇ〜っ、汐見先生は凄いのですね」
「えへへ。あなたは先輩の娘さんとは思えないほど良い子ですね。――スパイスにはそれだけの可能性が秘められているということです」
葉山さんから汐見先生の研究について、ざっくりとした説明を受けたわたくしが素直に感想を述べると、汐見先生は上機嫌そうな表情を浮かべました。
「そもそもスパイスとは――!」
そして、先生はホワイトボードに自らのスパイスの理論を詳しく記述してくれます。
なるほどこれは、勉強になりますね……。
「はぁ、こうなると長いんだよな……。まっ実際に体験する方が早いんじゃねぇか? 食ってけよ。スパイスの奥深さを見せてやる」
そんな汐見先生の講義を尻目に葉山さんは、彼女のスパイスの理論を実践したカレーを食べさせてくれると仰ってくれました。
これは、ありがたいことです。まさか、そこまでして頂けるとは――。
「まず1品目“鶏肉のコリバタカレー”。南インドの代表的な品の一つだ。さっきのカレーリーフを使って香りづけした」
「はむっ……、こ、これは……、最初に強いカレーリーフの香りが鼻を突き抜けて、それを追いかけるように唐辛子やタマネギのピリッとした旨味が口に広がりますわ……!」
「そいつが生の威力だ。生の葉はドライリーフの10倍以上の香りを放つ」
葉山さんが使用した生の状態のスパイスの力強さは、刺すような刺激によって見事に証明されました。
このインパクトは凄いですね……。
「よし次の品だ。――カジキやサケなどの白身魚を使った“ゴア・フィッシュ・カレー”」
「あれ? 同じカレーが2つ?」
「使ってる具材やスパイスの種類は全く同じだ。食べ比べてみてくれ」
「――はっ、あとに食べたお皿の方が美味しい!?」
目の前に2つ並んだ見た目が全く同じカレー――しかし、食べると差は歴然。あとから食べたカレーの風味が断然豊かになっておりました。
「そう。そっちの皿はレッドペッパーとコリアンダーをフライパンで乾煎り……、つまり焙煎したスパイスを使ったんだ」
「えっ? それだけでこんなに差が出るの? 香りの立ち方が全然違う」
「先生の仰っていたことがよく分かりますね。乾煎りした香辛料を軸に食材全ての風味が見事に絡み合っております」
乾煎りした香辛料を使うと、ここまで風味を変化させることが出来るという理論も、このカレーで見事に証明が成されている。
葉山さんの料理人としての実力が窺えます。
「最後はこいつだ」
「最初に食べたコリバタカレーと同じに見えますわ……。でも香りは――」
「全然違う! カレーリーフの香りがさっきより数段強烈になってる!」
このカレーの香りは、最初のコリバタカレーよりもかなり強くなっていました。生のカレーリーフをさらにパワーアップさせる――これはおそらく……。
「口に広がる辛さの勢いも全然違いますね。ずっとずっとはっきりした味になってます。おそらく、出汁の代わりに水で煮込んだのでは?」
「――っ!? 驚いたな。正解だ」
「ソアラさん、どういうこと?」
「先程の講義の応用ですよ。スパイスの風味は多くの種類が混じるほど個々の強さは薄れていきます。これはその逆です。ストックの風味をあえて取り去ることでスパイスの強さをよりとがらせたカレーを葉山さんは調理しましたの」
汐見先生が講義してくれたおかげで、すんなりと葉山さんがこのカレーを調理した意図が頭に入りました。
いやはや、スパイスとは確かに奥深い……。
「潤の講義をちょっと聞いただけで普通はそこまでわからないぞ」
「き、恐縮です。記憶力には自信がありますので……」
「記憶力は関係ないような……」
「しかし、葉山さんは凄いですね。料理の最中鍋の中を全く見ていませんでした。つまりそれは、立ち上る食材とスパイスの香りだけで鍋の状態を完全に把握しているということです」
スパイスについての知識があるだけでは、この品は生み出せない。
しかも、彼は鍋を見ずに調理していました。香りだけで鍋の状態を把握するなんて普通の人には無理なのですが……。
「だから、言ったろ? あの女には俺が必要なんだよ。潤が築いた理論を実際の調理に昇華させる――それがここでの俺の役目だ」
「な、なるほどですわ。汐見先生の理論を実践する為には香り――つまり嗅覚に鋭敏な方でないと務まらない――」
そう、彼には天性の嗅覚があります。それはえりなさんの味覚のように神から与えられた才能のようなものでしょう。
これは、努力ではどうしても手に入らないモノです。
「正直笑ったぜ予選のお題を聞いたときは。よりによって“カレー料理”とはな」
「やはり、葉山さんも秋の選抜に選ばれているのですね」
「ああ、お前と同じAブロックさ。幸平創愛」
「あら、ご一緒でしたか。わたくしがAブロックだということをご存知でしたのね」
そして、予想はしていましたが葉山さんもまた“秋の選抜”の出場者で、わたくしと同じAブロックのようです。
それにしても、わたくしが同じAブロックということをどうしてご存知なのでしょうか?
「お前は面白ぇ。同級生の中じゃ才能も技術もトップクラスだ。けどな、それだけじゃ遠月のてっぺんには届かない」
「は、はぁ……、そうですかぁ。恐縮です」
「美味さよりも見た目よりもまず初めに届くもの咀嚼し嚥下したあとも漂うもの。それが香り――料理を制する者は香りを制する者。すなわち遠月のてっぺんを取るのは葉山アキラこの俺だ」
葉山さんはこの学園のトップを狙っていみたいです。
これだけの才能をお持ちなのですから、そういった自信があるのも頷けます。
「ええ、そうですよね。わたくしも香りが大切だと考えております。美味しそうな匂いというのはそれだけで人を惹きつけますから。葉山さんはそのスペシャリストというだけで、他の料理人の一歩先を行かれているのでしょう」
「えっ? あ、ああ……」
「葉山さんが選抜でどのようなカレーを作るのか――とっても楽しみにしていますわ」
葉山さんには及びませんが、わたくしも美味しそうな匂いでお客様の気を引こうと努力くらいはしております。
彼はその香りのスペシャリスト。そんな彼がどんなカレー料理を作られるのか――わたくしは興味が尽きません。
「なんだ、お前もこの学園のてっぺんを志しているんじゃないのか?」
「それは、まぁ勝ち残るように全力は出すつもりですが……、それと葉山さんのカレーが楽しみなのは別問題じゃないでしょうか?」
もちろん、わたくしも勝ち残れるような品を作れるように頑張ります。
だからといって、彼のカレーに興味を持てないなんてことはありません。皆さんがどんな品を作られるのか見られるのも“秋の選抜”の面白いところではないでしょうか?
「はぁ……、まったく毒気のない奴でやりにくい……。忠告しとくが、そんな甘いことじゃ生き残れないぞ。勝ちへの執念がないのは致命的だな」
「大丈夫ですよ。葉山さん……。わたくしにも負けられない理由がありますから」
えりなさんとの最初の約束――それだけはわたくしには破ることが出来ないのです。
葉山さんの才能や実力には驚かされましたが、だからといって逃げるわけにはいきません。
「そうなのか? とてもそうは見えん。まぁ、すべては1ヶ月後にわかるか……。お前がどこまで食い下がるか、楽しみにしといてやる」
「は、はい。恐縮です……。それでは――」
「うん、そうだね。そろそろ帰る?」
「いえ、汐見先生がスパイスの講義を続けられていますので、そちらに戻りませんか?」
「あっ、先生……、まだ話してた……」
それから、小一時間ほど先生の教義を聞かせてもらったわたくしたちは彼女にお礼を言って、極星寮に戻りました。
わたくしのカレー料理――さて、どのような品を作りましょうか……。
遠月学園に入学して最初の夏休みが始まりました――。
葉山とソアラは中々絡ませにくかった。
少年漫画の主人公感がない彼女の弱点はこういうキャラとバチバチな展開が書けないところかもしれません。